自殺数10万人超えの噂を自殺統計をつらつら見て考えてみたい

自殺数に関してwebで検索していると気になる記事が結構あって、その中には日本の自殺者数は本当は10万人を超えているみたいなエントリに当たる。例えばこんな⇛【マジかよ】毎年報道される日本の自殺者数は3万人どころじゃなかった!? 「遺書が無いと自殺ではなく変死扱い」等が話題に


これが本当かを考えるに当たり、自殺統計をつらつら眺めてみた。
ちなみに、遺書が無いと変死扱い⇛自殺に組み入れられない、ということは無く、遺書ありと遺書無しとに分けてきちんと数えられているようだ。自殺なのに自殺ではないと判断されてしまうこともあるだろうが、遺書の有無と変死扱い、は違う話。



自殺者数は最近減少している
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日本の自殺者が年間3万人超えで推移しているなんて報道は数年前まで。相変わらず自殺死亡率(10万人あたりの自殺者数)では先進国の中で最低なんだが、それでも今は減少傾向。2016年の自殺者数は21,897人、一番多かった2003年は34,427人だったから、この13年で1万人以上減ったことになる。これは大きい(図1は厚労省HPから⇛コチラ)。


図1右上の「年齢階級別自殺死亡率の年次推移」を見ると、年齢層別の推移がわかる。2007年以降、つまりこの10年では、40代以降、ひときわ50代の自殺死亡率の低下が著しい。図中表の数字は10万人あたりの自殺者数だ。10年前(2007年)は38.1人だったのが2016年には23.6人まで。40%近く少なくなっている。70代(35.0⇛21.4)、80代(35.0⇛21.6)、それに40代(31.9⇛19.8)も同様だ。


一方で、19歳以下の若者の自殺死亡率は10年間でほぼ一定だし、20代の自殺死亡率も増減しつつ余り変わりない(22.0⇛17.3)。中年以降には何かしらの自殺の要因が関わっている一方で、若者ほど本気で自殺を考えたことがあり、自殺未遂率が高いというデータがある。


公益財団法人日本財団(http://www.nippon-foundation.or.jp)の調査では自殺念慮・自殺未遂は20-39歳の若年層で最も高いという。厚労省の調査と直接比較することはできないかもしれないが、自殺未遂経験者は同財団の調査では年間45万〜60万人の推計で、若い世代・女性の方が多く、しかも複数回に及ぶことが多い。要は若いと既遂率(最後まで遂げて亡くなる率)が低いのだ。恐らくその理由は手段として大量服薬やリストカットなど比較的ライトな手段を取ることと、衝動性の高まりに依るもので準備が足りないことなどが要因なのだろうが…。*1


 日本財団自殺意識調査2016(pdf)


とはいえ、そもそもこの自殺死亡率自体やはり高いのだ。


日本の自殺率6位、若年層ほど深刻 政府が17年版白書


記事によれば先進7カ国の中で、15-34歳の事故による死亡率(6.9人)を自殺が上回っているのは日本だけのようだ。英、米、仏、独、伊、加の6カ国はいずれも事故死亡率のほうが自殺死亡率より高い。要するに自殺する人が事故で死ぬ人より多い逆転現象は先進国では日本に独特だと。


自殺と経済問題、1998年年急上昇の謎
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経済・生活問題は常に動機別自殺要因の第2位だ。厚労省統計で7318人(2007年)⇛3522人(2016年)とこの10年で約半減している。これは明らかにとても大きい減少幅で、景気動向指数と男性自殺者数の相関や、景気・失業率と男性自殺者数の高い相関が指摘されることが多い(図2c,d)。


とりわけ同期間の年齢送別自殺死亡率低下の中では、50代男性が目立つ。さらに、男性だけで高い相関、というのが特徴で、女性の自殺死亡率はそういった経済指標との相関は無い。こと経済問題だけは日本の自殺要因においてこれまで男性偏重になっていたのは疑い無いだろう。一応今見られる男性の自殺死亡率低下トレンドは政権の経済政策が悪い方向に働いていないということか。


jbpress.ismedia.jp


さて、図2aでは2000年(H12年)が50代の自殺死亡率が高いが、一番高かったのは実は1998年で、図1の総自殺死亡者数のグラフを見ても気づくように、1997年から1998年にかけて自殺死亡率は急上昇している。さすがに傾きが急すぎるので、これは「さては自殺の定義が変わって、これまで組み入れられなかった自殺が加わったに違いない」と思ったが、そうではないらしい。H16年厚労省補助金による資料「自殺増加の社会的要因についての検討」によれば、


 警察関係者に対して,1997年から 1998年にかけて,自殺の判定基準の変更があったかどうかについて問い合わせたところ,警察庁から特段の変更の通知がなされた事実もなく,現場の担当官にも,その扱いに有意な変化があったという認識はなかった


と。じゃあ考察はというと「リストラにあっても再就職が難しい層」というコメントだが、まあそれはいつの時代もそうだしなあと思うし、何もこの1年で急勾配にならなくてもいいのでは、と思うので、もっと何か別の理由があるのではと勘ぐってしまう。もちろん実際に1998年が自殺急増の特異年なのかもしれないけど。


動機としてトップの健康問題と高齢者
で、健康問題。自殺の理由としては常にトップとなる。さらに厚労省統計からは、健康問題の中でもうつ病を始めとした精神疾患の割合が大きいという。自殺数は、14,684人(2007年)⇛11,014人(2014年)と25%ほどの減少。実数として減っているのは大変喜ばしいので、文句はないのだが、近年、精神科への敷居が低くなり、精神科受診数が増えている中でのこの数字というのが満足して良いレベルなのかはわからない。


H2年(1990年)とH26年(2014年)を比較してみれば明らかだが、H2年に60代から急激に上昇していた自殺死亡率がH26年には半減以下になっている。同期間の高齢者数は日本で大幅に増大しているのだから、自殺死亡率の顕著な低下はとても良いことと思う。この世代には景気動向の影響が若い世代と違って小さいはずで、だとすればこの20年間に、日本は高齢者の自殺を予防する手立てに成功してきた、ということなのか?特に女性高齢者の自殺死亡率は他の年代と変わらなくなっており、何かしら要因があって然るべきと思うのだが…。


もともと高齢者は男女を問わず自殺死亡率が高い。特に若い世代と違って、高齢者自殺死亡率のピークは、50代がピークを迎えていた平成10年前後ではなく、その10年ほど前で、図2dを見ると1990年は失業率も自殺死亡率も非常に低い。時はバブル終了期で、まだ皆浮かれた気分が漂っていた頃かな…何故世の中が不景気の沈滞ムードに入る前に高齢者自殺が多かったのか疑問だったりする。


尚、図22a,bの縦軸(10万人中の自殺者数)は男女で軸の範囲が違い、一見高齢者自殺死亡率の男女差がなさそうだが、やはり女性の方が少ない(H2年で男性約90人、女性約60人、それでも顕著に多いが)。


自殺数変動に周期性?
さて、些か口の悪いdneuroの同僚は、この数年の高齢者の自殺者数低下は、要するに自殺という選択肢を選んでしまう傾向のある人達が、若い時期に(つまり50代とか)既遂してしまっているからなのでは?と指摘した。


自殺の多かった1998-2000年くらいに50代〜60代だった方々は当然今が60代〜70代。仮に人口の一定割合の人たちが自殺に向かう選択をするとしよう。その潜在的に自殺を選ぶ人たちの多くが50代で既遂し、高齢者人口からいなくなれば、高齢者の自殺者数が減少する、という考えが成立する?


そういう目で見るのもありか...という気も。社会情勢に影響を受けやすい中年世代で自殺が増加⇛自殺素因のある人口プールが中年世代で減少する⇛しばらくその世代が高齢人口になった時に自殺者が減る、みたいな周期性があるんだろうか、とも思うが、疲れたので次回以降に考えることとする。


「日本の自殺者数、本当は10万人越え」のウソ

最初に戻る。
変死体として見つかるのは年間15万人にも達するときがあり、WHO基準では変死体の約半数が自殺と考えられるので、実際には日本の自殺総数は10万人を超えるのだ、という。もう10年以上も語られているようだ。


いやいやいやそれは多すぎでしょう、ということで何故そんな誤解が成り立つのかを考えていたら、以下のblogで詳細に考察されているので一読を。


d.hatena.ne.jp


まあ、簡単にまとめると以下。
1.WHO基準とされる一文がどうやら誤訳された上で無批判に利用されている。
2.変死体というか法的にいうところの異状死体(死因が診断確実な病気でないすべての死因による死体)の中で実際に解剖された中での自殺者はおよそ15%程度。
3.警察庁統計はそのように後から判明した自殺の数も組み入れている。
4.「変死体」増加の主原因は高齢者の孤独死の増加ではないか。


いずれにしても10万人は越えていません。


死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ (光文社新書)

死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ (光文社新書)


デマはデマとして、日本における警察発見の死体の死因推定が雑なのは事実。日本では事実上東京以外に專門に死因究明のための解剖を行う施設(監察医務院)が無いため、「変死体」がきちんと解剖されず死因の究明が果たせないことが多い。警察に嘱託された医師に依る安易な「心不全」とか「呼吸不全」という死因が多いのが特徴的。そりゃ死ぬときは心不全にも呼吸不全にもなりますよ。


著者の岩瀬氏は千葉大法医学教室の教授。発見された異状死体の死因究明の為に、解剖に先立つ画像診断専用のCTを日本で最初に導入、CT画像も参考にする。


日本は残念ながら他の先進諸国と比べて発見死体の死因究明目的とした解剖実施率が絶望的に低く、殺人が見過ごされている可能性が十分にある。肝臓がんによる病死と考えられているケースが解剖して初めて蹴られたことによる内臓破裂による死だと判明する例があったりもするのだ。自殺も「本当に自殺」なのかは解剖しなければわからないことがある。



歴史上の様々な人物たちの死の様子を生前の業績と比較しながら淡々と解説する。自殺した偉人としては、ヒトラーゴッホクレオパトラマリリン・モンロー円谷幸吉川端康成ロンメル将軍、乃木希典芥川龍之介。芥川は幼い我が子に、「もしこの人生の戦いに破れし時には、汝等の父のごとく、自殺せよ」と遺書に残したという。自殺ではないが、抗生物質ペニシリンを発見したフレミングの死が好きだ。具合が悪く、傍らの妻に心臓病かと聞かれ、「そうじゃない、食道から胃のほうへずっと下がっていくようだ」と語って考えこんでいるとふいに、静かに息絶えた。

*1:日本財団(ニッポンザイダン)って何?と思ったら、昔の日本船舶振興会なのね。「一日一善!」のCMが懐かしい(って分かる人は40代より上なはず)。

オキシトシンと自閉症〜オキシトシンはどうなっている(2)

前回はNature誌の論説を紹介したが、現浜松医科大学精神医学教授の山末氏らのグループはオキシトシン臨床試験を日本で行っており、一定の効果を得たという発表が2015年にあった。

www.amed.go.jp


その山末氏がやはり同年にPsychiatry and Clinical Neuroscience誌(日本精神神経学会発行の英文誌)にこれまでのASDに対するオキシトシンについてまとめている。そこで言及されている現在の問題点について少し紹介したい(⇛論文はコチラ)。*1


まず、これまでに行われたオキシトシンの単回投与(1回だけ投与する)について。
2003年から15年に発表された11の臨床研究(二重盲検)ではいずれでもオキシトシンの鼻腔内スプレーにて何らかの指標、特に人との感情的交流に結びつくようなスコアが改善している。対象は3つを除けば18歳以上のASDだ。*2


一方、オキシトシンの持続投与臨床研究(二重盲検)は2012年から15年にかけての4つ。対象は7歳から成人まで。オキシトシンのスプレーを短いのは4日間、長い研究では8週間継続。結果は、基本的には1つを除いて効果を認めていない。その1つというのが山末氏らの研究だけど。


そんなわけで、どうも1回限りの使用であれば何らかの変化がありそうだが、毎日使ってしまうと効果が薄れてしまうのはいかがなものか。本当に効果があるのかを含めて、この持続投与による何らかの改善報告の乏しさ、というのはオキシトシンの利用に際して躊躇する理由の1つ。


オキシトシンを治療薬として使う際の解決すべき問題点
・経時的に投与前後のASD中核特性を定量的に測定するための信頼できる評価法がない。


現在の評価法には例えばADOS-2(本人対象)であるとか、ADI-R(養育者対象)のかなり詳しくASD特性を評価するテストがあるが、これらは通常1回きりの評価であり、これで評価する特性が余り変化をしないことを前提に開発されている。例えば、1月にADOSを測り、3ヶ月間オキシトシンを投与して4月に評価する、そんな形での測定には向いていない。dneuroも心理士さんにやってもらっている身として、多分2回目にはたとえ別な心理士さんを相手にしたとしても、介入に関係なく評価点としてはASDレベルが下がることが多いだろうと思うし、そもそも短期間に複数回測ることに向いていない質問が多すぎる。


・臨床研究で期間を変えての治療報告がない。


動物では慢性投与が社交的にネガティブな影響を与えたことが報告されている。そうこれに関しては面白い実験があり、先日紹介した一夫一婦制のプレーリーハタネズミ。雄個体に1回だけの投与ならパートナーへの親密度を増させるが、長期間与えると一夫一婦制でなくなってしまうのだ!つまり、1回なら相手への愛情が増して、より愛情深くなるが、オキシトシンがいつも高まっていると、愛情が他の雌にも向いて傍目には浮気性になってしまう(人間でも優しい性格の男性が艶福家であったりしますよね...)。
これをネガティブ、と表現するのが正しいかはわかりませんが。


・用量を変えての治療報告がなく、至適用量がわからない。


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動物では用量に比例してではなく、効果を期待できる丁度よい(そして狭い)用量があり、その幅を外れると、低用量でも高用量でも効果がない。


こういうのを逆U字形という(図参照)。



例えば英単語の試験を控えた学生時代を想像して欲しい。試験がずっと先だと緊張感がなさ過ぎてだらける(図中a)。覚えられる単語数は僅かだ。試験が近づいて来るに従って、程よく緊張して、記憶に定着する単語数も増してくる(b)。ところが本当に直前の試験5分前。単語帳を閉じる前にもう1つくらい覚えようと思っても緊張感マックスになるともはや頭に入ってこない(c)。*3

オキシトシンの人間に対する効果としても自伝史的記憶を思い出すという作業で、こういった逆U字形的な効果があったという報告があったりするが、いずれにしてもどのくらいの量が適当か、について知見は少ない。


他にも問題はあるよ
その他にも、オキシトシンがどのように中枢神経内に行くのかとか、効果の個人差について、などやはりわかっていないことが多い。denuro的にはオキシトシンを鼻腔内投与することが本当に脳内に作用させることになっているのか、そのメカニズムが正直分からないので要勉強。確かに嗅覚を担う嗅神経が分布する嗅粘膜(鼻の奥)は脳内につながっているけど、そこに噴霧したオキシトシンは脳の奥にまで浸透するのか、それとも何かしらのシグナルを増強するということなのか...。


恨みを溜められるのは困る
さて、オキシトシンASD特性を「治療する」というのなら、効いて欲しい症状(特性)がある。それは、ネガティブな記憶が積み重なりやすく、そればかりが頭に思い浮かんでくることが多いという部分だ。被害的になりやすいと言ってもいい。本人としては苦しんでいるわけで、それが現在の人生に影を落としてしまっているのはとても残念なことだと思う。


もちろん、ネガティブなことが実際に身に起きていたのであれば、その記憶に悩ませられるのは、おかしいとはいえない(その出来事に遭ったのが理不尽なのは当然として)。


問題は、客観的に見るとひどくはない、言ってみれば普通の環境下で、いや良好な環境で養育されたと思える場合においてさえ、どうしても嫌な記憶ばかりが先行して思い返されるASD者が多いことだ。沢山の良いこと、嬉しいことも経験してきたはずなのに...。


養育者の体験談としてはこういうのが当たるだろうか。

アスペルガー?の息子から恨まれてます。 : 生活・身近な話題 : 発言小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)


こういった情緒交流の困難さがもたらす恨みが溜められないためには、何かをされた時には相手に感謝の気持ちや嬉しい、という気持ちがきちんと湧いてくれていないといけないはず。それを幾らかでも緩和させるために...ということでオキシトシンが働くなら期待したい。


ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由

ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由


記憶つながりで。著者がジャーナリストで、記憶術に興味を持って全米記憶力選手権(アメリカってなんでもあるな...)参加者にインタビューするうちに自ら参戦してチャンピオンになってしまったという。もともとは超記憶術なんてのを持っていたわけではないから、どうやってなったかを詳らかに書く。dneuroは学生へのセミナーで本書で紹介される記憶術を紹介し、実際に有効なことを示すが、じゃあ自分もやるかというと、正直めんどくさいからやらない。



特異能力を発揮するサヴァンアスペルガー(ASD)として有名なタメット氏。彼の自伝だが、円周率をとんでもない桁数(22,514桁!)まで暗唱する姿をNHKでみた人も多いハズ。すごい……のだが、実はそのタメット氏がASDサヴァンというのは嘘だと看破しているのが上に紹介した本。まあもちろん円周率をトレーニングで覚えようが、努力なしにサヴァンの能力で言えようが、どっちにしてもダメな凡人にとって変わりはしないのだが、それでも嘘が混じっているのを知ると、本書のことも色眼鏡で見ざるを得ない。サヴァンが嘘でもとてつもなく高い能力をタメット氏が持っているのは本当だし、ASDが嘘かまではわからないんですけどね。

*1:2015年のプレスリリースを見る限りはオキシトシンへの期待が高まるようにしか書かれていないが(それがプレスリリースというものだけど)、今回紹介した論文には極めて率直にオキシトシンの薬としての問題点が記述されており、いたずらに期待を高めたりしていない。山末氏は、奢らない、誠実な方だと思うが、オキシトシンの限界はもっと一般に知られてもいい。

*2:二重盲検(ダブルブラインド)…Wikiこちら臨床試験の技法で、薬を投与する側もされる側も実薬と偽薬(もしくは比較する対照薬)のどちらが投与されたかわからないようにする。Aという薬の服薬に効果があったとしてもそれだけでは自然回復と区別がつかない。Bと比較しても、Aのほうが効くのでは?という期待が医者側、患者側のどちらにあっても、その期待値が自覚症状に影響してしまう。現代の薬は二重盲検を経て初めて効果があると言って良い。逆にそれを経ていない薬の効果は基本的には疑うし(多くのサプリがそうだ)、慎重に判断する。

*3:記憶に関するこの法則はヤーキーズ・ドットソンの法則と呼ばれ、色んな現象に当てはまる。例えば、スポーツにおけるトレーニングとパフォーマンスの関係とか。やらないのは論外として、やり過ぎもダメなことって多いよね、と。あと仕事量とやる気の関係とか。また以前も書いたが、レイプされた女性が相手の特徴を余りよく覚えてないとかにも当てはまる。子供に何かを覚えさせようとして怒鳴ったら全く逆効果というのも頷けますね。

オキシトシンはどうなっている?(1)_自閉症とオキシトシン治療について

愛情ホルモン、オキシトシンASD治療に有効だと言われて久しい。
臨床治験も現在進行中だし、ASD治療薬(と書くのは抵抗があるのだが、それは後述)としてのオキシトシンの現在地を確かめたい。


オキシトシンについて
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オキシトシン(⇛Wiki)は脳下垂体(図参照)から分泌されるホルモン。dneuroの世代としては、子宮収縮を増強して分娩を促進する働きや乳汁分泌を促すホルモンとして習い、まあ産婦人科か、内分泌專門じゃないと日常意識しないよね、という程度の意識でしかなかったのだが、近年は愛情を育むホルモンではないかとの認識が広まったことで意識せざるを得ない。一般的に注目されているのは、このオキシトシンが、Wikipediaにも記載があるように、赤ちゃんを抱っこする、異性と手をつなぐ、セックスをした後などに高まることによって相手を慈しむ感情に影響しているらしいこと、それになんといっても自閉症のコミュニケーション・情緒障害に対して治療効果を持つかも、という期待のせいだろう。もっとも、前段の色んなことしたあとにオキシトシンが高まる、に関してdneuroは根拠文献未読ですが...。


勝手に使うのは時期尚早
このオキシトシンアミノ酸が連なったペプチド(ごく小さなタンパク質と思っていい)という構造であり、飲んでも残念ながら消化管で分解されて吸収はされない。だから、効果発揮のためには直接脳に届けるしか無いのだが、実は鼻の粘膜は中枢神経に通じているので、オキシトシンも鼻の奥にスプレーするのが投与法となる(図参照)。*1


というわけで、鼻へ届けるスプレーが個人輸入でも購入可能であり、発達障害(の中でも自閉症スペクトラム障害:ASD)を診断された人、もしくはそう疑われるケースについて、特に親御さんが子供にスプレーして効果があったという報告もネット上には多く寄稿されているわけです。


一方で、実際の効果に関しては、厳密な条件が設定された上での臨床治験が現在進行しており、その一部に有望そうな結果がありそうではあるが、とはいえ本当に目的に適う結果がえられるかどうかについては結論が出ていない。


こういう場合、医師としては「しっかり結果が出るまで待つべき」としか公式には言えない。dneuro個人的にも実際にスプレーするには躊躇する結果しか今は出ていないので、今日と次回はそのための判断材料として。


オキシトシンの効果についてのエビデンス
まずは2015年のNature誌の記事から。オキシトシンが脳にどう影響するのかの知見がまとめられている。
www.nature.com



基礎研究的にはマウスやラットが多く用いられているが、例えば赤ん坊マウスの鳴き声を聞いた時にオキシトシンが投与されると、神経活動が母親に近いものになる。だから研究者によれば「オキシトシンは脳を子供の声に反応するように作り変える」。2013年のラットの研究ではオキシトシンは神経回路の背景ノイズを減らし、刺激に対して反応しやすくする。そのおかげか、動物では他の個体に対する匂いに注意が払えるようになるという。


一方、人においてはオキシトシン投与により、投資ゲームで相手をより信頼して与える金額が増したり、人の顔を見る時に目を見る時間が増えたり、表情からかすかな感情の変化を感じ取ることができるようになるなどの報告がある。全体的には人への信頼や、感情交流が増すことを期待される効果なのだろう。



実際にオキシトシンASDへの投与が一時的に共感性や社会的協働度を上げる研究が続いたが、一方で複数回投与(継続投与)がそういった効果を持つことは確認できていない。


そういった事情もありオキシトシンを自分で購入して(アメリカでも適応外)子供や配偶者や自分に使っていることに関しては研究者も懸念を抱いている。


可能性はあるが上手く使わないと、という気がする
Nature誌の記事を踏まえると、期待はできるが簡単には使えないよ、という趣旨が垣間見える。結局は進行している臨床試験の結果を待たないと公的には責任あることは言えないので当然か。


dneuroも当然期待する部分はあれども、動物実験で示されたように、直接に信頼や愛情をもたらすよりも神経回路のノイズを減らして、今受けている刺激に対する感受性を増すのでは?という研究がもっともらしく感じる。であれば、そこで何か本人にとって悪いことがなされた時にオキシトシンが高まってしまうと、逆に敵意や悪感情が高まってしまうのではないかと危惧するわけです。基礎実験では、良いことを期待して実験計画を練るしなあと。


それに最初にオキシトシンが人への信頼性を高めるという主張の根拠になった行動実験の論文を読んでみると、正直そんなに凄い効果かなあと思わざるを得ない(2005年、Nature誌。⇛原著はコチラ)


といったわけで、人の情緒にオキシトシンが影響を与えるところまでは同意するけれども、それがどういう状況で、どれだけの量が必要で、どんな人に対して効果が期待できるのか、はきちんと知りたいわけです。


次回、別な論文をもとにもう一度取り上げます。


ところで、オキシトシンと言えば、プレーリーハタネズミ。
遺伝子の変化によって恋に落ちるプレーリーハタネズミ:科学ニュースの森


アメリカに住むこのネズミは一夫一婦制の関係を持つのだが、オキシトシンが、似た構造を持つバソプレシンというホルモンと共に重要な役割を演じているらしい。乱交配のサンガクハタネズミに両ホルモンを与えると、一夫一婦制に変わる、というから人間に当てはめると確かにオキシトシンは惚れ薬になる可能性もあるかなあと思ったりはする。


生理学テキスト

生理学テキスト

医学生含む医療系学生に人気の少し易しめの生理学テキスト。手持ちの第5版(2007年)で既に、オキシトシンに関しては「脳の情動や社会的行動に関係する扁桃体などに作用し、動物ではつがいや親仔を結びつけ接近させる作用を持つ。...オキシトシンは社会的行動を円滑にする働きがある」と記載が。ちなみに医学生諸君はこのテキストで満足してはいけません。


長英逃亡〈上〉 (新潮文庫)

長英逃亡〈上〉 (新潮文庫)

今日のと関係は無いですが、医学史系の紹介として。
高野長英は幕末にいた医師。鎖国下日本に多大な知識をもたらしたオランダ人シーボルトの高弟だった彼は、蘭学の天才の誉れ高く、次第に医業に飽き足らなくなって、当時の幕府が持つ国防体制では列強に太刀打ちできないことを著書で激しく指弾した。終身禁固刑(永牢)となり小伝馬町の牢屋にとらわれて5年、放火を誘導して脱獄に成功はしたが以後逃避行を続ける、という話。当時の日本は今に比べれば格段に通信手段が無いのに、それでも潜伏し続けるのは難しかったことに驚愕する。

*1:知人の話だが、このスプレーは実は結構刺激的で、これだけでもASDのお子さんには辛いのでは?と思ったりする。それになかなかしっかりと鼻の奥にスプレーするのは難しいので、そういった意味でも、オキシトシンがどれだけ脳に到達しているのやら、とは思う。

ビッグデータ活用するには情報が正しい必要があるよね...

以前20年後には精神科医がいなくなり始めるといった内容を書いてまあまあ読んでくださっている方もいるようで有り難いのだが、幾つかビッグデータとかAI系のサイトや解説本を読んで考えることを。


cs.sonylife.co.jp


AI活用例として、遺伝子解析、総合診療支援、画像診断、医薬品開発を挙げている。この中で、画像診断に関しては早く進んで欲しい。画像は基本的に嘘付かないからAIがバカ正直に画像を溜め込んで沢山の例から正確な画像診断技術を磨いてくれればいいなあと思う。日常的に参考にできればどれだけ心強いか。


さて、AIが進行して診断をバシバシとやっていく中で医師が必要じゃなくなるのは怖くないが(それは社会としては歓迎すべきことだし)、間違った情報を正しいと誤認したまま蓄積していってそれをもとに重要な医学判断や研究の方針を立ててしまうことは避けて欲しい。今後は研究テーマだってAIが考えることがあり得るのだろうけど、参照するデータが間違っていたらどんなに良いテーマも結果を出すことが出来ない。


遺伝子解析に関しては、これまでも述べたとおり結構な危惧を持っている。というのは、AIが参照するであろう遺伝子解析論文には相当程度、質に問題があるだろうから。遺伝子が絡む研究では特に出版バイアス、つまり研究結果がネガティブだったときに出版されていないということが多い。さらに、論文の記述を詳細に分析できるようになったAIに気をつけて欲しいのは、論文著者が、結果が正しいことを最大限にアピールするために、過去文献の引用や結果の解釈にかなりバイアスをかけて記述していることだろう。実際、まだ入学したばかりの、でもとても意欲的な大学院生は沢山の論文を読むのは良いけど、著者の書くがまま全部の記述をそのまま信じ、懐疑的に読むということを知らない。ま、賢いAIさんはこんな危惧を凌駕するだけの実力を持つのかもしれないが...。*1


とりあえずスーパー研修医さんがそばにいる気分にさせて欲しい
精神科医の恐怖は、目の前の人の精神症状を精神疾患と診断しておきながら後に身体に原因のある器質性疾患であることが判明することだ。当然、似たような症状を引き起こす身体の病気を念頭に置くのだが、果たして自分は考え尽くしたのか、に自信が持てないことだってある。多分将棋や碁の棋士も一手指す(打つ)ときに同じような気持ちになっているのではなかろうか。


techon.nikkeibp.co.jp


これから先、医者が要らなくなる世界が出て来るにせよ、当面は(10年くらいでしょうかね)生身の医者の作業がストレスフリーになる過渡的状況が生まれるはず、というのを考えると、この「ホワイト・ジャック」はいいんじゃないかなと。問診状況から様々なデータにアクセスして、鑑別疾患やら必要な検査、とりわけ本来頭に上らせなければいけないのに抜けがちな珍しい疾患の可能性など挙げてくれるという。NHKドクターGで回答するような優秀な研修医さんが傍にいてくれるようなものだ。デキる研修医は、国試からまだ日が浅く、その知識は辞典のように情報量があり、かつどんな可能性も考えるほど偏見がない。脇に居てくれたら非常に役にたつ。*2


ベテラン医師になるほど思いつく疾患名は少なくなる。それはメジャーな疾患が結局は溢れていることもあるし、ある意味、将棋の羽生さんの言う「捨てる力」や「大局観」につながるもので、正解に至る時間を節約してはいる。だが、時に間違うし、自信が無いことも多い。そんな時参照できるAIがあれば。


確かな情報の蓄積がAI医療成功への鍵だろう


AIが参照するのはいわゆるビッグデータというやつだ。
そのデータの蓄積が日本は他の先進国に比べてとても弱い、というのが残念。


国内の代表的な医療データベースは厚労省のNDB(National Database)。電子レセプトの情報を集めたアーカイブだ。ちなみにレセプトは保険診療の明細書のことで、各医療機関は保険請求のためにその情報を電子データで保険組合に送っている。それは保険診療情報を元にしており、何せ日本は皆保険だから保険診療情報を追うことで、ほぼすべての受診者に対する治療動向を探ることができる。ただ、生活保護は対象外となるし、診断名は出したい薬に応じて保険病名がつけられるために実際の医学的診断と異なっている場合も多く、あらゆる情報を信用できるわけでもない。また、データは無料で利用可能だが利用制限が強く、解析はエンジニアさんの助けを借りないと難しいなど、1人の人間が助けなしに使うにはちょっと(かなり)ハードルが高いのが困ったところ。厚労省にアクセスしてコレコレが欲しいのですとお願いして向こうが表にまとめてくれるのを待たなければいけないとか、事前に研究計画を立ててから要求とか、ハードルが高いと参照する気も失せる...と思うのだが、でも公開しているオープンソースもあり、これはこれでちゃんと見ると面白そうだ。*3


      第1回NDBオープンデータ


一方でNCD(National Clinical Databese)は日本外科学会を中心に各外科系学会が協力して作り上げている外科手術のデータベースで、4000を超える日本の施設があらゆる外科手術についての細かいデータを収集している。こちらのほうは、外科手術と対象が限定されているし、手術はわかりやすい結果がついてくるものだから、基本的に正確に内容が登録される。NDBに比べてその精度が高い、と言えるだろう。国際的にも評価が高い。


   NDB(National Clinical Database)について(代表理事挨拶)


精神科でこんなデータベースができればいいと思うが...なかなか。
やはり結果が明確な外科系のほうが情報の確度が良い気はする。


人工知能の核心 (NHK出版新書 511)

人工知能の核心 (NHK出版新書 511)


AI系の本で是非紹介したいのは将棋の羽生三冠のこの本。以前NHKで羽生さんが取材するという体でスペシャルが放映されたが情報量が薄かった。あの羽生さんに、AIが結果として人間らしい将棋ができたとしても、「接待将棋」みたいなものはハードルが高いのではないか、と言われるとそうかな、と思う。何せ羽生さんは100人を相手に指導的将棋を指せる人なのだ(⇛羽生善治竜王(当時)の100面指し)。全体にはAIの発展を非常に肯定的に感じておられているようだ。


ところで、ロボットの倫理の問題も取り上げられる。いわゆるフレーム問題だ。要するに倫理的判断を求められた時にどう決断するのが正しいのか、ということだと理解している(単純すぎかな?)。


有名な例としては、
トロッコのブレーキが故障し、このまま進むと目の前の5人を轢いてしまうので分岐でハンドルを切らなければいけないが、その先には1人がいるのでやはり轢いてしまう。どう判断すべきか?といった問題。
ここで倫理的判断が求められ、それが解けないからAIの普及にはまだ困難が...云々みたいな話の展開が多いのだが、まあ何というか観念的過ぎて、これが解決しないとAI普及させられないなんてのは困るといつも思う。そもそも人間はこういった答えのない状況に至ると、正直迷ったまま流れの中で何も決断できずに悲惨な状況に陥ることが大半だ。一方で、もし決断をすれば、それは状況からしてどちらが適切だったのかと批評を受けることになるが、十分に周囲から信頼を置かれている人の場合には、帰結が思わしくなくても納得されるのではないか。あの人でそれならしょうがない...と。AIの判断なら大丈夫、という感覚が芽生えないとダメってことですかねえ。


フレーム問題の状況をもう1つ。羽生さんの本から取ると、「橋の上で知らない人と立っているとします。その下では5人の人間に向かってトロッコが暴走しています。トロッコを止めるためには、橋の上から隣の人を突き落とさなければいけない」という設定。他人を突き落とすという判断に多くの人が躊躇する。
でも自分が落ちてもいいんだよなと思ったりするわけです。自分の所有者を犠牲にさせるAIという発想は探したけど見つけられず。

塩狩峠 (新潮文庫)

塩狩峠 (新潮文庫)


先の状況、何かで...と思ったら三浦綾子の「塩狩峠」ですね。
まだ純粋だった頃、三浦綾子の文章がとても心に響いたことを思い出す。今読むと、三浦さんの描く男性ってちょっと煩悩が欠けすぎていないかと皮肉りたくもなるけど...(心が汚くてすみません)。中学生に読んで欲しい。

論文捏造 (中公新書ラクレ)

論文捏造 (中公新書ラクレ)


以前も紹介したが、ScienceやNatureといった名だたる科学誌がヘンドリック・シェーンという1人のドイツ人にすっかり騙されて、捏造されたデータを基に書かれた論文を幾つも載せまくったことがある。発覚は、グラフ中の点が複数の論文で使いまわされていることに、ある学者が気づいたことがきっかけだった。AIがこういうのに気づいてくれればいいのだけど。
ちなみに論文捏造数のチャンピオンは日本人麻酔科医(⇛http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20141018/1413563946)。その数なんと172本!それだけの論文捏造ができるなら本物も書けるだろうに...。

*1:ちなみに自分の主張を補強するために論文を引用することは至って普通のことで、もちろん反対意見も書くが普通は控えめにである。どちらかと言えば読者が、このテーマだったら、とかこの研究グループだったらこう書くよねと著者の立場を忖度して(笑)読むものだ。

*2:だから病院で研修医に当たったらそれは得したというもの。それに大抵研修医さんは優しい(ベテランも優しくなければいけないはずだけど...)。そんな研修医さんも3年目にもなると、経験を積んで、なんでも治せると思うほど傲慢になることが多い。denuroもその頃上司に「君は今なんでも出来るって思っている年頃だよね?」と言われたりした。しばらくするとやっぱりだめだと落ち込むものでもありますが。

*3:精神科分野にもNDBを参照にした優れた研究があり、この分野の第一人者の1人、奥村氏の業績はとても興味深い⇛ 奥村泰之の情報公開 例えば、古いタイプの睡眠薬を大量服薬した患者は、ICU(集中治療室)に入る期間が長く、誤嚥性肺炎の発症リスクも突出して高いと言う研究があったり(https://www.ihep.jp/news/popup.php?seq_no=778)して、今度紹介します。

ワクチンと自閉症、あれこれ

「ワクチンと自閉症」でググると当blogの「自閉症の原因はワクチンや水銀じゃないよ」が結構上の方で出してくれるおかげでアクセス数が多い。有り難い一方で、トランプ米大統領の発言のせいか、ワクチン=自閉症原因説が話題になることが多くなっている様子。また、ワクチンに含まれる物質としては水銀が問題視されていたが、最近ではアルミも話題になっている。*1


bit.ly


水銀じゃないよ、というのは以下詳しい。

  うさうさメモ チメロサールに関する情報まとめ
  横浜市衛生研究所 チメロサールとワクチンについて


ワクチンってのはとかく白眼視されやすい。その理由をdneuro的には、以下考えているのだが。


1.自閉症が増えている要因として理由付けしやすい
自閉症が増えている、という恐らくは事実が複合的な要因からなっていて、それ故にコレという絶対的な原因はないことは以前書いた(⇛ASDは増えているの?)。
自閉症(本稿では現在のASD概念まで含める。要は広い意味で)は、今ではおよそ2歳には特徴が揃うので診断が可能とされているが、一方で気づかれないことも多く、就学時まで顕在化しないこともあれば、診断が思春期以降になることも多い。


診断の時期までに起きたりやったりしたことの何かという原因を探し求めたときに恐らくワクチンは標的になりやすいのだろう。ちょうどワクチンを沢山打つ時期と、問題として顕在化してくる時期が一致しているので、あたかも関係があるのではないかと思えてしまう。人は理不尽を感じた際に、何か理由が欲しいものだ。そういった心理にワクチン=自閉症説はとても説得力を持ちうるのだろう。*2


2.ワクチンは効力を感じにくい上に相反する情報が氾濫している
ワクチンは集団としての健康を考えた時には多くの疾患で有用なのは疑いようがない。例えば東京都、とか日本とか、世界で、といった大きな集団で人間の健康を考えた時に、構成員がワクチンを接種したかしないかで、そのワクチンの対象となる疾患からの脅威を減らせるかどうかが大きく違う。


一方で、例えば毎年、効果がある、いや意味がないと話題になるインフルエンザワクチン。どれだけそのメリットが広報されても一部の人の不信感が拭えない。その1つの理由としては、集団において効果があるといえど、個人としてワクチンの効果を実感するというのは難しいということだろう。罹患しにくい体質の人や罹患者に接しづらい環境にある人からすれば、「俺なんて打っていないけど毎年かからないぜ」と豪語しやすい。また、打って罹患しないという効果が続いても、そんなのは1回でもワクチンを打ったにも関わらず罹患してしまったら、その人個人にとっては「効かないよ」という印象を植え付けかねないだろう。


さらにネガティブなサイトはわんさかとある。特に前橋市の5万人のデータを使ったという研究を根拠にして接種の意味が無いという内容を書いているサイトが多い。興味ある方は論文擁護派(ワクチンには懐疑派)と、論文否定派(ワクチン接種派、dneuro含む)双方の主張をどうぞ。


インフルエンザワクチンは打ってはいけない(Thinkerさんのサイト)
インフルエンザ予防接種について


ただまあ正直ワクチンに限らないけど、ある医療行為に疑念を抱いたときに、それを否定する派の意見って凄く溢れていて、どう判断したらいいかはとても難しいだろうと思う。それは専門家も然り。インフルエンザワクチンは、WHOだって推奨している(⇛http://www.who.int/influenza/vaccines/en/)が、WHOに疑いを抱く人にとっては意味が無いしなあ...。ワクチンは自閉症を起こすことはないが、副反応(接種に伴う副作用)は確実にある。ワクチン接種後熱っぽくなったり、局部が腫れた人は多いだろう。重篤な副作用も大変確率低いながら、ワクチンのタイプに応じて可能性はあるので、集団に数多く打てばごく少数の方に残念な結果が出るのは医療行為の宿命ともいえる。それでも打たなければ出るであろう、病気そのもので亡くなったり、重篤な後遺症を残す人の数を減らすのがワクチンの目的であり、医療行政なんだろう。ごくわずかな重篤な副作用を重視して打たないと選択するのもそれはそれで個人の自由ではある。純粋に個人として考えればワクチン打たなくても、罹患しないことも十分にあるので。ただ、ワクチンの対象が感染症である以上、自分が罹るリスクを減らすことで、自分が関わる他の人たちのリスクも下げられることを頭に置いておくといいかも。


3.医療不信、製薬会社不信
結局はこれなのかなあとも感じるところ。目の前の医師、医師会、厚生労働省や政府がいうことは全て権威の後ろ盾のあるもので、大本営発表みたいなもの、そこには嘘や誤魔化しが溢れていて、大衆が知ってはまずいことは隠されている、と疑っているのかなあ…と。以前、コメントにも書いたが、その関係を疑う人には、医者だって自分の子供達にせっせとワクチン接種をしていることを考えてみて欲しい(いや知りようがないか...)。危険だと感じていたらさすがに声をあげますよ。


さて、現在の頻度でのワクチン接種推奨が、製薬会社が儲けるために医者や厚生労働省と結託しているという論調もあるが、ワクチン接種は必要と判断されたなら広範に施行されないと意味がない部分もあるし(感染症だから)、製造を担う製薬会社にとって利益になるのは必然なので、そういう目で見ればそう見えるかなあと思ったりはする。dneuroはワクチンに関連して医師が製薬会社から利益(リベートとか?)を得た、という話は聞かないけれど…。*3


ワクチン打ったって儲からない、の簡単な計算
大体、小児科クリニックでは1日をすっぽりインフルエンザワクチンの日に当てていることが多いと思うが、果たして儲けているのかをざっくり計算してみる。


いつもの1日を、一人あたりの平均診療単価として、保険点数500点=5000円、患者数40人、とすると、1日の保険収入は5000x40=200,000円。
ワクチンの予約数が例えば100人、単価3000円として、3000x100=300,000円、ここからワクチン単価1000円(一人あたり)を引くと、ちょうど200,000円。注射針や注射器、アルコール綿など必要な器具の単価は含まず、なので実質20万円以下か。
ワクチン接種に1日100人も来るようなクリニックなら、ということで1日患者数40人と設定したが、ワクチン日を設定したからといって、特別利益が増えるわけでもなく、むしろ赤字になりかねないことはわかると思う。もっともワクチンは子供でも自費だから、3000円でなく、もっと高く設定は可能だがそうすると患者さん来ないでしょう。


ワクチン製造の製薬会社はワクチンが売れれば売れるほど当然売上は伸びる。が、経営側からみれば、リスクは高いらしい。莫大な先行投資、予期し難い流行、ワクチン製造法の変化、政治的な判断がもたらすリスク、もし副反応が重篤だった場合の回収や賠償のリスク、などなど。
やや古い記事だが、こちら。


ワクチン産業育成へ日本版ACIPの創設を : 日本経済新聞


製薬会社も案外苦労しているのだとは思うし、途上国ではそれこそ現在もワクチンがどれだけ広まるかが、子どもたちの死を防ぐことに死活的重要性を持っているので、我々はワクチンを正しく理解すべきだと思う。


雪の花 (新潮文庫)

雪の花 (新潮文庫)

ワクチンのお陰で撲滅された感染症の代表格が天然痘。が、日本での最後の感染者は1955年。今日本に生きているほとんど全員が、天然痘と言われてもピンとこない。なにせもう病原体が存在しないのだから。
天然痘は恐ろしい病気(⇛Wiki)で、致死率が20-50%、高熱を発したあと一旦解熱し、発疹が全身に出現する。それはたとえ治癒した後も残り、痕ととして身体に感染歴が刻まれる。感染力の強さは凄まじく、助かった人のかさぶたからも伝染るという。
日本にはこの天然痘ワクチン、種痘法が江戸時代に長崎を通じて伝来した。福井藩の医師笠原良策は、天然痘の流行に何の力も持たない漢方医学に失望を覚え、当時の西洋医学蘭学を勉強する中で種痘を知る。知った良策の行動力は凄まじく京都の蘭方医師たちの協力を仰ぎながらついに種痘(天然痘感染患者由来のかさぶた)を得る。その後良策が福井藩に持ち込むのだが、京都〜福井の難路越えや、無理解から来る種痘普及の困難(天然痘の苗を刷り込むなんてと忌避されたのだ)など、最終的に種痘が藩内に根付くまでの苦労は涙なくしては読めない。


陽だまりの樹 (1) (小学館文庫)

陽だまりの樹 (1) (小学館文庫)

以前も紹介したが、種痘といえばこれですよ。手塚治虫の曽祖父で江戸末期〜幕末に活躍した(?)手塚良庵医師の生涯が、幕府に忠義を誓う武士、伊武谷万二郎の生き様と絡めながら描かれていく中に、種痘を日本に広める苦労も出てくる。
ストーリーが抜群に面白いのは言うまでも無いが、沢山の弟子(福沢諭吉とか大村益次郎を含む)を私塾(適塾)で育てた大阪の医師、緒方洪庵の苦労、蘭学医師たちが、当時の医学権威であった漢方医師たちとどのように闘っていたか、はもっと知られていい話題だと思ったりする。


WHOによる天然痘根絶宣言は1980年。発展途上国を含む世界中の国からある1つの感染症が一掃されることがどれだけ偉業か。活躍したのは熊本出身の日本人医師蟻田功氏で、不可能と言われたプロジェクトのリーダーとして遂に根絶に導いた。天然痘根絶プロジェクトの最大の砦はインドだった。何せ人口が多いだけでなく、天然痘にかかることはその神「シトラ マタ」に選ばれて幸福の道なのだ、という信仰まであったのだから。そして最後の患者はソマリアで1977年10月26日。チームのメンバーはゲリラに拘束されたりもした。NHKの番組をまとめたこのKindle本、安いし是非どうぞ。


後半、天然痘の話になってしまった。

*1:ちょっと調べればわかることではあるんだが、アルミについても容易に反論可能である。また今度取り上げたい。

*2:原因の第1はやはり遺伝である。自閉症精神疾患の中では高い遺伝浸透率(遺伝子が親から子に引き継がれ、その性質が出てくること)を持つ。一方で、幾つかの研究から父母ともに高齢であることや母胎内での何かしらの条件が影響することも示唆されているのでまたいつか取り上げたい。

*3:近年も例えば高血圧治療薬ディオバンをめぐる研究者を巻き込んだ大規模不正事件などがあり、ワクチン疑念派から見れば製薬会社や結託している医師が大勢いると思われても仕方のない現象はある。dneuroやその周辺で製薬会社さんから特別な利益供与の話を聞かないのは、単に小物だからですかね...。

オーダーメイド治療は精神科ではまだまだ先になりそうだ

薬物療法において、薬が効くか効かないか、それが予測できればどれだけいいだろう。前回紹介したアメリカの抗うつ薬効果研究(STAR*D)では、最初の治療薬(シタロプラム)で寛解まで至る患者さんは約1/3だった。現在使える抗うつ薬SSRISNRIといった頻用されるタイプの薬を中心に10種類弱ほど。その中から、選んだこの薬が効く可能性が高いとはいえない(効果という面で最大60%ほどの確率か)のなら、事前に反応性を予測して薬を選択したいと願うのが人情というもんだろう。*1


薬はどちらかと言えば副作用で使えない
さて、反応性の話をしたものの、実際に臨床の場では長期間服薬して効きませんね、というよりも、副作用でとにかく使えない、というのが勿体なく感じる。特にSSRIでは嘔気(吐き気)の副作用が出やすい。日本で使えるSSRIは現在4種類(フルボキサミンパロキセチンセルトラリンエスシタロプラム)。一応セオリーとして、この中の1種類で副作用が出たからといって、全てのSSRIで副作用が出るわけではない。別なSSRIを出すことで、副作用なく効果発現を狙う、ということはできるのだが、最初のSSRIで吐き気が非常に強かったらやはり次にSSRIを選択するのは躊躇するものだ。勿論、効果が確約されていればいいが、高くて60%の反応率だし...と思うと、メカニズムの異なる抗うつ薬に食指が動く。


オーダーメイド医療ができれば...
オーダーメイド医療(テーラーメイド医療とも)は、各個人に対して最適な個別的治療のことをいう。我々は、それぞれが、遺伝的背景を異にしており、疾患のかかりやすさ(脆弱性という)、同じ病気でも症状の出方(強く出る症状もあれば出ない症状も)、治療への反応性がそれぞれ違ってくる。


うつ病を例に取れば、抑うつ的な気分がひたすら強い人、いてもたってもいられない焦燥感が強い人、意欲低下が強く動けない人、不安が非常に強い人、希死念慮(死にたい思い)が強く自殺への切迫感が高い人、と症状の出方は共通している部分がありながらも様々だ。


臨床的には、例えば不安な気持ちには神経伝達物質セロトニンが強く関わるだろうからよりセロトニンに特化したSSRI、意欲低下が強いのならノルアドレナリンにも働きかけるSNRI、といった選択を実は考えがちだったりもする。しかしながら、実際にはSSRI/SNRIのどちらを第1選択にしても、そして患者さんの症状の何が強くても、結局はその選択自体に余り意味は無い(両薬を逆に選択しても結果的には余り変わらない)ことがわかっている。そう考えると、結局のところ処方する医師の個人的経験や好みから薬が選ばれることになり得るし、実際そうなっているし、かといってそれで不合理というわけでもない。*2


さて、どの抗うつ薬から始めても結果に大差はない、というのはマス(集団)を対象にした結果である。臨床試験の結果は、集団の平均を解析対象とするのでどうしても漏れてしまうが、実際にはこの薬なら効く、もしくは飲めるが、別な薬は効かない、もしくは副作用が強く出てしまって飲み続けられない、という明確な個人差がある。どの薬を選んでも合理性の観点からは妥当と言えても、しかし目の前の患者さんにはその選択が正しいかを事前に判別できない...この状況はいかにも気持ちが悪い。


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この状況から、例えば、ある個人の採血結果から、こんな結果が出れば薬の選択がしやすいなあと夢想したりする。


とりあえず副作用発現の予想をしたい
先に書いたように、効果発現に薬の差を期待するのは現時点では難しいので、せめて知りたいのは、この薬が目の前の患者さんに副作用をもたらすのか。これは事前予想が極めて立てづらい、というかほぼ無理。


でも実は立てられるんじゃないの?という考え方はある。
抗うつ薬の多くは肝臓でシトクロムP450(⇛Wiki)というタンパク質で代謝を受ける(代謝を受ける、というのは薬の場合には排泄される形に構造を変化させられることを意味することが多い)。このP450タンパク質は50種類以上に分類でき(CYP...と名前がついている)、かつ遺伝的差異が結構ある。つまり、遺伝子配列に変異があることで、活性の強さが個人によって違っていたりする。


例えばCYP1A2がフルボキサミン、CYP2D6がパロキセチンというように抗うつ薬で使われるCYPが違う。このことを利用して、CYPの遺伝的差異がそれぞれの抗うつ薬代謝の個人差につながり、例えばCYP2D6の活性が高い形の遺伝子変異があったときには、より早くパロキセチン代謝されてしまう。言い換えるとより早くパロキセチンが体外に排泄されてしまうために、効果発現が弱まる(はず)。一方CYPの活性が低ければ、パロキセチンがより長く体内に留まり、かつパロキセチンは自身を代謝するCYP2D6を阻害するので、効果発現に有利な一方、副作用の発現頻度も高いはずである。こういった遺伝子変異が民族差(日本人、白人、アフリカ系アメリカ人、アラブ人...など)を持って存在してもいる。いずれにしても、CYP2D6をはじめとしたCYPタンパク質遺伝子変異から、抗うつ薬の副作用発現率が予測できても良さそうだ。
基本的な代謝と排泄と効果の関係を整理すると...


   代謝が早い⇛身体にとどまる時間が短い = 効果弱い、副作用弱い
   代謝が遅い⇛身体にとどまる時間が長い = 効果強い、副作用強い


実際の臨床は理論通りには予測できない
ところがそうは問屋がおろさず、今述べたような発想で薬物効果を検証しても再現性のある結果が得られていない。

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図を見てほしいが、薬が効果を持ち、そして代謝されていく過程は1ステップではなく、沢山のステップを経る。


吸収⇛血流運搬⇛脳内到達⇛効果発現⇛肝代謝⇛腎臓から膀胱への排出といった経過で薬は身体から出て行くが、図の通り沢山のタンパク質がその過程に関わる。そしてそれぞれに遺伝子の差が個人によってある。


例えばCYP2D6の活性が低い人のパロキセチンの効果・副作用を考えてみる。CYP2D6による代謝が遅いということだ。先の図式からすると、パロキセチンが長く身体にとどまれば、作用・副作用ともに強いのでは?と予想される。ところが、良い方向から考えると、脳内のパロキセチンの標的(セロトニントランスポーター)が沢山ある一方で、副作用をもたらす末梢組織の標的が少ない人がいる。その人は効果をより多く享受できるということになるだろう。薬の標的はその分布や量・反応性に個人差が大きく、末梢に偏って存在している人もいる。そういう人ではパロキセチンを使わないほうが良い。末梢性副作用(吐き気や下痢、時に便秘)が強く出るだけで効果も無い。さらに、パロキセチンの直接の標的でなくても、吸収が悪ければ血中に入る濃度は低いだろうし、血液から脳内への運搬が上手く行かなければそもそも服薬の意味が無い。吸収されづらい体質の人では飲んでも何も変わりませんよ、となる。


まあここにあげたのは単なる思考実験で、実際にどうと解析した結果から語っているわけではないけど、少なくても2016年までの多くの研究を解析したメタ解析論文からわかるのは、現時点で遺伝子変異から薬物の効果・副作用予測を目の前の個人に行うのは困難。人というのは極めて高度な複雑系生物なため、そうそう簡単には効果・副作用の発現を予測できないってことか。


いずれは複数の遺伝子変異の組み合わせがどのように薬物動態に影響するのかをごく短時間にかなり正確にした上でのオーダーメイド医療が可能になるのだろうが、もう少し先(10年後くらい?)になりそうだ。


だから今のところは、医療者としては副作用の発現に注意しながら、1種類に拘泥せず、効果なく耐え難い副作用があったなら速やかに他の薬に置換することを心がけるしかない。服薬する側にとっても同様で、医者が処方したのだからと副作用がひどいのに我慢し続ける必要はなくて、別な薬への置換をしてもらうべきだし、次の薬の効果を諦める必要もなかったりする。


尚、薬物はうつ病治療に限らず精神科治療の選択肢の1つであって、そもそも最も必要なのは休息だし、認知行動療法を筆頭格とする他の治療法も選択肢です。


「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか パーソナルゲノム時代の脳科学 (NHK出版新書)

「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか パーソナルゲノム時代の脳科学 (NHK出版新書)


精神科薬物治療におけるオーダーメイド医療というのは良い本も書きようが無いので...
本書の著者は研究者も使う遺伝子解析の教科書を書いているような専門家。
こころを生み出すのは脳であって、その脳の働きに遺伝子がどう働くのか、という視点から書かれている。氏の研究対象である遺伝子とその遺伝子を欠損したマウスの行動実験の結果について、精神疾患研究をわかりやすく紹介しているのが前半。本書の白眉は後半第4~6章で、自身の遺伝子(ゲノム)解析サービスの利用経験を踏まえて結果解釈の仕方や、今後のゲノム脳科学の未来についてしっかりと解説してくれているところだろう。ゲノムで性格や相性がわかるのかといったのは現在の問題として、ゲノム情報をこれから社会がどう利用する可能性があるのかは、子どもたちの未来を考える上でも興味が湧くはず。


ただまあ、本書執筆が2011年という結構前にもかかわらず、残念ながらというべきか、ゲノム利用についての記述が現在もほとんどそのまま当てはまる。このことはゲノム解析についての進歩が著しかった数年前からはちょっと予想が外れたと思うべきではないか。


個人的には、今日取り上げた、抗うつ薬の副作用予測や、抗がん剤の効果的利用についてくらいはあと10年で利用できるようになって欲しい。でも、2011年当時の、あと数年で個人の生活にもっとゲノム情報が入り込んでくるだろうという予測が外れたのと同様に、10年後もそんなに遺伝子情報がわかりすぎている必要はないかなと。ゲノム情報利用に関しては何となく保守的な考えをしてしまう。それが出来うる社会に不安が大きいからかな。

*1:薬というのは効果が無い以外にも、体質に合わず副作用が出てくるから、とか、飲み忘れや飲みたくないという気持ちから飲まれなくなるということもあるので、目の前の患者さんに処方して効果があるのはせいぜい6割くらいの確率かなあというのが臨床的実感。

*2:第1選択とすべき抗うつ薬は現在は他にもう1種類、NaSSA(ミルタザピン)がある。また、抗うつ薬は新しいから良い、と選んでいるわけではない。効果という面では古いタイプの三環系抗うつ薬も実は新しいタイプの抗うつ薬と変わらないどころか若干良い可能性はある。だが、副作用、とくに大量服薬時の心臓への安全性など考えると、第1選択にすることの合理性は低いと言わざるを得ない。古い薬の利点は安いこと、色んな状況においてのデータが蓄積されていることだ。

うつ病とモノアミン仮説

ノアミン仮説と製薬の歴史
先だってコメントに書かれた、モノアミン仮説(⇛週刊現代の精神科薬批判は的外れ)。
ノアミンとは(脳科学辞典参照)、アミノ基(-NH2)と芳香環(亀の子です)を化学構造に持つ神経伝達物質で、うつ病に関連しては、セロトニンノルアドレナリンが双璧で、次いでドパミン


一般的には、こういったモノアミンが脳内で不足していることがうつ病の原因と書かれているようなことがあったりするがそういうわけではない。うつ状態であるとか、不安が強い状態にある病態の中では脳内でそういうことが起きているだろうという仮説だ。


なぜこの仮説が生まれたのか?といえばそれは治療薬の歴史にある。実を言うと抗うつ薬は、病態解明⇛治療薬開発、という本来の流れではなくて、治療効果の偶然の確認⇛薬理作用の解明⇛同薬理作用の抗うつ効果の確認、というサイクルから開発が進んできた。


     抗うつ薬(脳科学辞典から)


最初に抗うつ効果が確認されたのは1950年代、抗結核薬のイプロニアジドで、偶然の産物なのだ。たまたまその薬は、モノアミンを代謝(≒分解)する酵素(モノアミン酸化酵素)の阻害作用を持っていた。次いで抗精神病薬(統合失調症の薬)として開発されていたイミプラミンが偶然にも抗うつ効果を持っており、それは神経と神経の接合部(シナプス)でのモノアミン(セロトニンノルアドレナリン)を増やす作用を持っていた。*1


うつ病の薬を狙って開発されたのではなく、抗うつ効果という現象論ありきで薬が出てきた、というわけだ。*2


そういうわけで、抗うつ薬はイミプラミンと同じ作用を持つものを探すことになった。イミプラミンは現在でも動物実験において、とりあえず抗うつ効果を示す指標としての対照薬(開発中の薬と効果を比較するための薬)として使われている。うつ病の動物モデルというのは幾つかあるが、開発中の薬Aが抗うつ効果を持つ、と言いたい時にはイミプラミンと同様の効果を持つことからAは抗うつ薬として有望だと議論されたりする。
実際、そのような抗うつ薬動物実験上、脳内におけるセロトニンノルアドレナリンを増加させる効果を認めることが多い。


とはいえ、モノアミン低下がうつ病の原因なのか、増やせば良いのか、という点に関しては決定打が欠けており、矛盾点もある。


ここでは2つ。
まず、抗うつ薬セロトニンノルアドレナリンを脳内で増加させるのは動物実験では認められているものの、ヒトで直接の証拠はない。
それは、例えばマウスを用いた実験では、マウスの頭蓋を開けて管を入れ、直接脳内から採集した脳脊髄液から各種物質の濃度が測定できるのに対して、ヒトではそういう実験が出来ないので、確認がされていない。
末梢血採血から濃度を測ることはできるが、実際のところ、末梢血の濃度は、うつ病の重症度や薬の抗うつ効果と相関しない。うつ病が重いからセロトニンが減っている、とか、回復したから上がってきた、なんてのは末梢血からは何も言えないのだ。


  セロトニン濃度を測定する、というクリニックがあるようだ。保険が利かない検査だから自費で測定する。もしそういったクリニックでうつ病の重症度を把握するため、とか抗うつ薬の効果判定のために、といった理由でセロトニン濃度測定を提案されても断るほうがいい。セロトニンは末梢だけで沢山合成されており、そもそも脳内から出てこないし入ってもいかないのだ。末梢血に増えていれば事足れりであれば、単にセロトニンを摂取すればいい。でもそれは特に意味を持たない。


次に、仮にセロトニンノルアドレナリンが増えることが抗うつ効果を発揮するというのであれば、抗うつ薬が効果を発揮するまでに時間差(2週間といわれる)があるのがおかしい。セロトニンノルアドレナリンが足りないことがうつ病の病態で、薬がとにもかくにもそれらの脳内濃度を高めるのであれば、即効性があって良いではないか。まあこれにはセロトニンを、細胞の受け取り手である受容体の感受性が変わるまでに時間がかかるのだとか、脳由来神経栄養因子(BDNF)などの神経栄養因子が合成されて抗うつ効果を発揮してくるのだとか、色々と理由が考えられているが、これですよ、という決定的な証拠はまだ無い(はず)。


そんなわけで、現在の一般的な抗うつ薬が、セロトニンノルアドレナリンなどのモノアミン系の神経伝達に関わり、効くからにはうつ病の病態として、それらの物質の濃度や神経伝達回路が関わっているのは確かだろう、という点は大方の研究者が同意するだろうが、それ以上は何ともいえない状況が正直ずっと続いている。


ところで抗うつ薬はどのくらい効果があるんだろう?


どんな薬もそうだが、効果は100%じゃない。副作用によって服薬の継続が無理だったり、同じメカニズムで効くはずの薬にも合う合わないがあったりする。それは、薬が結合する受容体の分布が人によって違ったり(今のところそれを測定する簡単な手段は無い)、薬を代謝し、身体から出すための肝臓の酵素活性が違ったり、他の薬や食事との飲み合わせなどが関係するということがあるだろう。


抗うつ薬うつ病患者への効果に関しては、アメリカ国立衛生研究所(NIMH)が主導したSTAR*D研究(2006年発表)というのが有名。全米で7年間にわたり4041人の患者が参加した臨床試験によれば、1/3の患者が最初の治療薬で寛解(症状が問題ない程度に治まること)、4種類の抗うつ薬を連続してそれぞれ12週間ずつ、1年にわたって使ったとして寛解にいたるのは全体の70%だった。


    詳しく知りたい人は...
              STAR*D study, Q&A


1年で70%、という数字は、抗うつ薬のみを治療手段として考えた時には決して低くはない数字に感じる。それでも、正しくうつ病と診断して抗うつ薬を使っても、1年かけて治らない人が1/3近くもいる。うつ病の病態仮説としても、治療薬としても、モノアミン仮説に基づいた薬物開発に限界があるのは明らかだ。


じゃあ、他の選択肢は?というと長くなるのでまたいずれ。


1つ言えるのは、薬はいくらメカニズムを考慮して開発しても、効かないものは効かないし、効くものは効く。臨床的には、厳密な臨床試験を経れば結果がわかるので、その結果を踏まえて、効くと証明された薬は治療の選択肢に入れないといけない。ただし、きちんと効果が出るためには、前提として診断が正しくないといけないのは言うまでもない。


野村総一郎先生は、防衛医大の元教授。講演や評判を聞いた限りでは穏やかで頼りにしていい先生と思う。野村先生の著書でdneuroが読んだのは「うつ病の真実」。抗うつ薬セロトニンノルアドレナリンの濃度を増やすことではなく、本来の状態になるように「揺さぶって」効果を発揮しているのでは、と。抽象的な表現だが、感覚的には納得がいく。


漫画家田中圭一氏による、自身を含めてうつ病経験のある方々がどのようにうつ病を抜けてきたのか、を描いたインタビュー漫画。キャラクターは手塚治虫似。大槻ケンヂも一時期大変だったのね...
実体験に基づいた描写がほとんどなので、生々しさがある。とにかく発症のきっかけや、「抜けた」方法、うつとの付き合い方が実に各人各様に異なっている。今うつの人にとっては、それぞれのエピソードと状況が違うし、うつを抜けた「成功者」の体験は、苦悩の最中には必ずしも心の助けとはならないかも。色んな人がなり得るのだということを知ることは支援者にとって役立つ気がする。


最新版 「うつ」を治す (PHP新書)

最新版 「うつ」を治す (PHP新書)

うつ病の治療は、薬物と認知行動療法が2本柱。慶応の大野裕先生は日本の認知行動療法の第一人者の1人。そんなわけで本書は心理的治療側面が詳しいのはもちろんだが、社会的側面、つまり周囲がどのようにサポートしていくか、もわかりやすい。物腰柔らかな著者の人格がにじみ出るような文章に接すると安心感を覚える。

*1:イミプラミンは三環系抗うつ薬に分類されるもっとも古い抗うつ薬の1つ。現在では第1選択になりえないが、新薬も効果自体はこの薬を上回ってはいないので、使うことはあり得る。新薬に比して、心血管系や消化器系への副作用は強い。

*2:目的とは違う効果が偶然に発見されるというのは薬の歴史の中ではよくあること。統合失調症治療のための抗精神病薬(ハロペリドールクロルプロマジン)も然り。近年ではバイアグラが有名。元々は狭心症治療薬として開発中の化合物だった。