自殺数10万人超えの噂を自殺統計をつらつら見て考えてみたい

自殺数に関してwebで検索していると気になる記事が結構あって、その中には日本の自殺者数は本当は10万人を超えているみたいなエントリに当たる。例えばこんな⇛【マジかよ】毎年報道される日本の自殺者数は3万人どころじゃなかった!? 「遺書が無いと自殺ではなく変死扱い」等が話題に


これが本当かを考えるに当たり、自殺統計をつらつら眺めてみた。
ちなみに、遺書が無いと変死扱い⇛自殺に組み入れられない、ということは無く、遺書ありと遺書無しとに分けてきちんと数えられているようだ。自殺なのに自殺ではないと判断されてしまうこともあるだろうが、遺書の有無と変死扱い、は違う話。



自殺者数は最近減少している
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日本の自殺者が年間3万人超えで推移しているなんて報道は数年前まで。相変わらず自殺死亡率(10万人あたりの自殺者数)では先進国の中で最低なんだが、それでも今は減少傾向。2016年の自殺者数は21,897人、一番多かった2003年は34,427人だったから、この13年で1万人以上減ったことになる。これは大きい(図1は厚労省HPから⇛コチラ)。


図1右上の「年齢階級別自殺死亡率の年次推移」を見ると、年齢層別の推移がわかる。2007年以降、つまりこの10年では、40代以降、ひときわ50代の自殺死亡率の低下が著しい。図中表の数字は10万人あたりの自殺者数だ。10年前(2007年)は38.1人だったのが2016年には23.6人まで。40%近く少なくなっている。70代(35.0⇛21.4)、80代(35.0⇛21.6)、それに40代(31.9⇛19.8)も同様だ。


一方で、19歳以下の若者の自殺死亡率は10年間でほぼ一定だし、20代の自殺死亡率も増減しつつ余り変わりない(22.0⇛17.3)。中年以降には何かしらの自殺の要因が関わっている一方で、若者ほど本気で自殺を考えたことがあり、自殺未遂率が高いというデータがある。


公益財団法人日本財団(http://www.nippon-foundation.or.jp)の調査では自殺念慮・自殺未遂は20-39歳の若年層で最も高いという。厚労省の調査と直接比較することはできないかもしれないが、自殺未遂経験者は同財団の調査では年間45万〜60万人の推計で、若い世代・女性の方が多く、しかも複数回に及ぶことが多い。要は若いと既遂率(最後まで遂げて亡くなる率)が低いのだ。恐らくその理由は手段として大量服薬やリストカットなど比較的ライトな手段を取ることと、衝動性の高まりに依るもので準備が足りないことなどが要因なのだろうが…。*1


 日本財団自殺意識調査2016(pdf)


とはいえ、そもそもこの自殺死亡率自体やはり高いのだ。


日本の自殺率6位、若年層ほど深刻 政府が17年版白書


記事によれば先進7カ国の中で、15-34歳の事故による死亡率(6.9人)を自殺が上回っているのは日本だけのようだ。英、米、仏、独、伊、加の6カ国はいずれも事故死亡率のほうが自殺死亡率より高い。要するに自殺する人が事故で死ぬ人より多い逆転現象は先進国では日本に独特だと。


自殺と経済問題、1998年年急上昇の謎
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経済・生活問題は常に動機別自殺要因の第2位だ。厚労省統計で7318人(2007年)⇛3522人(2016年)とこの10年で約半減している。これは明らかにとても大きい減少幅で、景気動向指数と男性自殺者数の相関や、景気・失業率と男性自殺者数の高い相関が指摘されることが多い(図2c,d)。


とりわけ同期間の年齢送別自殺死亡率低下の中では、50代男性が目立つ。さらに、男性だけで高い相関、というのが特徴で、女性の自殺死亡率はそういった経済指標との相関は無い。こと経済問題だけは日本の自殺要因においてこれまで男性偏重になっていたのは疑い無いだろう。一応今見られる男性の自殺死亡率低下トレンドは政権の経済政策が悪い方向に働いていないということか。


jbpress.ismedia.jp


さて、図2aでは2000年(H12年)が50代の自殺死亡率が高いが、一番高かったのは実は1998年で、図1の総自殺死亡者数のグラフを見ても気づくように、1997年から1998年にかけて自殺死亡率は急上昇している。さすがに傾きが急すぎるので、これは「さては自殺の定義が変わって、これまで組み入れられなかった自殺が加わったに違いない」と思ったが、そうではないらしい。H16年厚労省補助金による資料「自殺増加の社会的要因についての検討」によれば、


 警察関係者に対して,1997年から 1998年にかけて,自殺の判定基準の変更があったかどうかについて問い合わせたところ,警察庁から特段の変更の通知がなされた事実もなく,現場の担当官にも,その扱いに有意な変化があったという認識はなかった


と。じゃあ考察はというと「リストラにあっても再就職が難しい層」というコメントだが、まあそれはいつの時代もそうだしなあと思うし、何もこの1年で急勾配にならなくてもいいのでは、と思うので、もっと何か別の理由があるのではと勘ぐってしまう。もちろん実際に1998年が自殺急増の特異年なのかもしれないけど。


動機としてトップの健康問題と高齢者
で、健康問題。自殺の理由としては常にトップとなる。さらに厚労省統計からは、健康問題の中でもうつ病を始めとした精神疾患の割合が大きいという。自殺数は、14,684人(2007年)⇛11,014人(2014年)と25%ほどの減少。実数として減っているのは大変喜ばしいので、文句はないのだが、近年、精神科への敷居が低くなり、精神科受診数が増えている中でのこの数字というのが満足して良いレベルなのかはわからない。


H2年(1990年)とH26年(2014年)を比較してみれば明らかだが、H2年に60代から急激に上昇していた自殺死亡率がH26年には半減以下になっている。同期間の高齢者数は日本で大幅に増大しているのだから、自殺死亡率の顕著な低下はとても良いことと思う。この世代には景気動向の影響が若い世代と違って小さいはずで、だとすればこの20年間に、日本は高齢者の自殺を予防する手立てに成功してきた、ということなのか?特に女性高齢者の自殺死亡率は他の年代と変わらなくなっており、何かしら要因があって然るべきと思うのだが…。


もともと高齢者は男女を問わず自殺死亡率が高い。特に若い世代と違って、高齢者自殺死亡率のピークは、50代がピークを迎えていた平成10年前後ではなく、その10年ほど前で、図2dを見ると1990年は失業率も自殺死亡率も非常に低い。時はバブル終了期で、まだ皆浮かれた気分が漂っていた頃かな…何故世の中が不景気の沈滞ムードに入る前に高齢者自殺が多かったのか疑問だったりする。


尚、図22a,bの縦軸(10万人中の自殺者数)は男女で軸の範囲が違い、一見高齢者自殺死亡率の男女差がなさそうだが、やはり女性の方が少ない(H2年で男性約90人、女性約60人、それでも顕著に多いが)。


自殺数変動に周期性?
さて、些か口の悪いdneuroの同僚は、この数年の高齢者の自殺者数低下は、要するに自殺という選択肢を選んでしまう傾向のある人達が、若い時期に(つまり50代とか)既遂してしまっているからなのでは?と指摘した。


自殺の多かった1998-2000年くらいに50代〜60代だった方々は当然今が60代〜70代。仮に人口の一定割合の人たちが自殺に向かう選択をするとしよう。その潜在的に自殺を選ぶ人たちの多くが50代で既遂し、高齢者人口からいなくなれば、高齢者の自殺者数が減少する、という考えが成立する?


そういう目で見るのもありか...という気も。社会情勢に影響を受けやすい中年世代で自殺が増加⇛自殺素因のある人口プールが中年世代で減少する⇛しばらくその世代が高齢人口になった時に自殺者が減る、みたいな周期性があるんだろうか、とも思うが、疲れたので次回以降に考えることとする。


「日本の自殺者数、本当は10万人越え」のウソ

最初に戻る。
変死体として見つかるのは年間15万人にも達するときがあり、WHO基準では変死体の約半数が自殺と考えられるので、実際には日本の自殺総数は10万人を超えるのだ、という。もう10年以上も語られているようだ。


いやいやいやそれは多すぎでしょう、ということで何故そんな誤解が成り立つのかを考えていたら、以下のblogで詳細に考察されているので一読を。


d.hatena.ne.jp


まあ、簡単にまとめると以下。
1.WHO基準とされる一文がどうやら誤訳された上で無批判に利用されている。
2.変死体というか法的にいうところの異状死体(死因が診断確実な病気でないすべての死因による死体)の中で実際に解剖された中での自殺者はおよそ15%程度。
3.警察庁統計はそのように後から判明した自殺の数も組み入れている。
4.「変死体」増加の主原因は高齢者の孤独死の増加ではないか。


いずれにしても10万人は越えていません。


死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ (光文社新書)

死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ (光文社新書)


デマはデマとして、日本における警察発見の死体の死因推定が雑なのは事実。日本では事実上東京以外に專門に死因究明のための解剖を行う施設(監察医務院)が無いため、「変死体」がきちんと解剖されず死因の究明が果たせないことが多い。警察に嘱託された医師に依る安易な「心不全」とか「呼吸不全」という死因が多いのが特徴的。そりゃ死ぬときは心不全にも呼吸不全にもなりますよ。


著者の岩瀬氏は千葉大法医学教室の教授。発見された異状死体の死因究明の為に、解剖に先立つ画像診断専用のCTを日本で最初に導入、CT画像も参考にする。


日本は残念ながら他の先進諸国と比べて発見死体の死因究明目的とした解剖実施率が絶望的に低く、殺人が見過ごされている可能性が十分にある。肝臓がんによる病死と考えられているケースが解剖して初めて蹴られたことによる内臓破裂による死だと判明する例があったりもするのだ。自殺も「本当に自殺」なのかは解剖しなければわからないことがある。



歴史上の様々な人物たちの死の様子を生前の業績と比較しながら淡々と解説する。自殺した偉人としては、ヒトラーゴッホクレオパトラマリリン・モンロー円谷幸吉川端康成ロンメル将軍、乃木希典芥川龍之介。芥川は幼い我が子に、「もしこの人生の戦いに破れし時には、汝等の父のごとく、自殺せよ」と遺書に残したという。自殺ではないが、抗生物質ペニシリンを発見したフレミングの死が好きだ。具合が悪く、傍らの妻に心臓病かと聞かれ、「そうじゃない、食道から胃のほうへずっと下がっていくようだ」と語って考えこんでいるとふいに、静かに息絶えた。

*1:日本財団(ニッポンザイダン)って何?と思ったら、昔の日本船舶振興会なのね。「一日一善!」のCMが懐かしい(って分かる人は40代より上なはず)。