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ASDは増えているの?

ASDが増えているという声が聞こえる。
実際外来をやっていると以前に比べて遥かに多くの方がASDであると感じられるし、検査の希望も多い。


実際に増えているのか、ということを議論する前にデータを見ると、例えばアメリカでは2000年には150人に1人であったのが、2012年統計では68人に1人と倍増している(⇛CDC Autism prevalence)。ただ、実は州による差が大きく、例えばアラバマ州では175人に1人なのに対して、ニュージャージー州では46人に1人とその差3.8倍。この地域差は何?と疑問だが…


本題に戻り自閉症が実際に増えているのかどうか。
①実際に増えている②見かけ上増えているにすぎない、2つの可能性を考えたい。そして2つの可能性にはいくつかの要因が考えられる。以下の要因について今日は簡単に考えていきたい。


    ①実際に増えている……生物学的要因(含環境因子の影響)
               
    ②見かけに過ぎない……診断基準の変化
               元々多かったのだが、顕在化してきただけ


実際に増えている生物学的要因はあるのか??
 ASDに限らないが、どのような疾患、特性、そして個性も確実に遺伝の影響は強い。医学の発展でより多くのASDの方が子供を残すようになった、という可能性はあるだろうか。実はASDは免疫に異常が見られることがあり、感染症に罹りやすい。そういった意味では現代の乳幼児死亡率が低下した中、無事に幼少期を過ごし成人となるASDの方が増えた可能性はあるだろう。ASD児の周囲への非同調性は現代において生存のリスクにならない、というのもあるかもしれない*1
さらに、現代医学は1000g以下の未熟児も無事に育て上げることが出来るのだが、未熟児の脳発達には異常が伴うことも多く、超早産児(27週未満)が将来ASDになる可能性は通常の出産に比べれば非常に高いという(⇛Brain differences in premature babies who later develop autism)。


環境因子で近年話題になったのはワクチンだが、これは明確に否定されている。では何らかの化学物質か?「奪われし未来」や「メス化する自然」で話題になったように、環境中の化学物質の影響が性に現れることが動物では示されている一方、人間でははっきりしない。ただ、メス化が影響であるならばASDは違うかもしれない。ASD特性はどちらかといえば男性的側面が強調されていると言える*2。化学物質の小児発達への影響は、子宮内暴露も含み、ASD増加に何からの関係はあって良さそうだが、結論は出ていないし、出ない気はする*3


ASD増加は見かけにすぎない
 見かけに過ぎない派も多い。こちらも一定の蓋然性はある。
第一にASDは先日も書いたように診断基準が時代とともに変遷著しい。従って、現在ASDと診断される人が、20年前には診断されないこともありうる。こういうと、つまりは人為的に増やされただけでは?という疑問が出て当然だ。臨床現場ではアメリカの精神疾患診断基準となっているDSMにもとづいて診断をすることが多いが、1994年のDSM-IVになって、従前の古典的な自閉症(知的発達の障害を伴う)から広汎性発達障害までその診断範囲が広がった結果として診断数は確実に増えた。90年代の自閉性疾患への関心の高まりとともに診断数が上がっている。2015年からはDSM-Vに版が重なり、さらに自閉診断はその健常との境界が曖昧となり診断数は増えている。


では診断基準の更新という人為的な増加だけかといえば、元々多かったのが社会的に顕在化しやすい世の中になったということも言えそうだ。ASD的な特徴の1つとして、こだわりと、真面目で一つのことをコツコツと同じ手順を正確に踏んで取り組むことが可能、逆にその手順が違うとひどく混乱してしまうという側面がある。それを考えると、一定の手順やラインに従って作業に従事することが可能な第1次2次産業中心の社会では適応力が高いと言える。一方で、第3次産業でサービス提供が中心になってきた現代社会では、コミュニケーション能力の不足や、臨機応変な対応、マルチタスク作業の困難さなどによって、特性が障害として顕在化しやすい環境にあるだろう。実際、ASDの有病率は先進諸国で上昇が見られるのに対して、発展途上国ではかつてと同じように1/10000人と低い*4


ということで、どちらに立場からも現在の増加、顕在化はある程度までは説明可能だったりする。診断基準の変遷に伴って小児科医、精神科医がASDだと感知する感度が上がったのは確か。従って、それによる診断数増加があるわけだが、それを考慮に入れてもやはり問題として顕在化してきた数は増えており、やはり増加要因は複合的なのだと感じる。また、実際にASD特性が学校生活や社会活動上、残念ながら障害になっている方がいる以上は、それが本当の増加だろうが、見かけの増加だろうが臨床的には対応しなくてはならないし、より住みやすい社会を目指す必要もあるだろう。


そして精神科医の懺悔としては、90年代以降の自閉特性の認知が現在までに至るまで、どれだけ多くの誤診があったかと。今から考えると私が研修医だった頃(2000年あたり)、ちょっとわからない病像を呈する患者さんは統合失調症(当時は精神分裂病)とカテゴライズされていたように思う。今から考えるとその少なくない割合はASDである。ASDの方が、一時的に幻聴のような精神病症状を訴えることは今なら理解できる。また、その後の境界性人格障害(パーソナリティ障害)や双極性障害の診断ブームの中で、やはり今ならASD特性として把握すべき状態がそれらの診断に埋もれたことは多かったと感じる。とりわけ、自殺企図を繰り返し、操作的に人を操る境界性人格障害とされた方々には実は調子の悪い時のASDというケースは多かったのでは、と個人的に感じている。


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メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖

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*1:ASDであることが生きていくことの障害になったとしても、残っているからには集団において貴重な遺伝子を提供しているはずだ。特別な才能保有者がいることの他に私が思い浮かべるのはテンレックというマダガスカル島のネズミ。10匹いる小テンレックたちは基本的に群れで行動するが、その中の1匹は他の子たちから離れて「マイペース」で動いている。ヘビのような敵が来たりしたとき、もしかしたらそのマイペースさんだけが他から離れていることで助かることもあるだろう。

*2:自閉症は超男性脳という主張がある(⇛自閉症が男子に多いのは?)。確かに自閉症が苦手としているコミュ力、空気を読む力、気配り、そしてマルチタスキングなど(嘘をつくことも…かな)は女性が得意としており、そういう意味では自閉的特質が対極の男性脳と言えなくもない。とはいえ、方向音痴だったりして空間認知能力が弱いのは男性脳と言えない気もするが。

*3:動物実験レベルでは子宮内で様々な化学物質暴露によって子供が出生後に様々な行動変化を起こすことは知られている。我々の研究室でもそれは確認しているが、一方で自閉特性を増させるような極めてダイナミックな変化まで生じさせるかは不明である。ワクチン以外にも、葉酸摂取だとか、微量金属などが自閉症を起こさせるとの説を唱える方々がいるが、どれか1つが主要因だというのは正直考えづらい。

*4:アフリカのソマリアでは自閉症がいないが、一方でアメリカはミネアポリスにいるソマリア人家族には高率に自閉症、それも重いタイプが多いという。これはなぜ?というのは分からないが、環境の影響だろうか。スウェーデンソマリア人家族でも同様の現象が見られ、スウェーデン病とも言う。 Why is Autism observed in America and not in underdeveloped countries?