コロナ雑感(2)_年齢階層別に考えてみると...

新型コロナウイルスについては今日でともう1回で最後にする予定ですが、今日は年齢階層別にデータを見てみたいと思います。


怖がるべきか、安心すべきか


感染者数が東京で連日200人以上が続き、なんだか感覚も麻痺してきた方も多いのではないでしょうか。

そして、そこまで感染者数が多くなってきたのに重症者数、死者数が伸びていないことを指摘して、新型コロナウイルスの危険性が無いかのように語っている方もそれなりに目立ってきた気がします。少なくてもTwitter上では。


実は私のtwitterのTL上では、


①保守的医療層(保守的=標準的なという意味)→医療的にはまだわからないことが多い。感染拡大を重視し、行動制限をしっかりすべき


②経済重視層→BCGなり何らかのファクターXが効いている。早く指定感染症から外し、3密避けながらの自由な経済往来を


に2分されている印象ですが、現実解はその中間なのでは、と強く感じます。


怖がりすぎても何もできないし、そういう状況下は正直はっきりわからない、つまり4月と同じ気持ちで怖がっている必要があるのかどうか。本当に恐ろしいのはインフルエンザ流行も重なるであろう秋以降なのでは?という気持ちが強くあります。


一方で、BCG接種、ことに東京株が効いているという説が、いわゆるシティズン・サイエンティスト的なJ Sato氏をの発見を元に展開され、アカデミアにも一定の基盤を築いている印象を持ちます。しかし、たとえBCG接種が死亡率低下に寄与しているとしても、新型コロナウイルスの性質がまだはっきりわからない部分があり、一部の重篤化した方の臨床経過がやはり他の風邪ウイルス系のものとは格段に違う以上、「大丈夫だから普通の生活に」という説を唱える方は極端に感じられます。



そういう意味では東京都医師会の提言は真剣に考えるべきことのように感じられます。


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https://www.tokyo.med.or.jp/wp-content/uploads/press_conference/application/pdf/20200710-2.pdf


にある世代別行動制限の提案は良いのでは、という気がします。但し、デイサービスなど福祉サービスはちゃんと動かした上でということではあります。そうでないと介護の家族が疲弊して具合を悪くしてしまうでしょう。



年齢階層別に感染者数、死者数を考えてみる


世代間別行動制限的な考え方に賛同したいのは、日本を含めた各国のデータを世代間別に見てみた結果です。
これに関連して、一度期せずして東北大副学長の大隅典子先生と意見交換を少しだけしてみたことがあります。

Newsweekの記事をもとにした意見交換でしたが、要するに日本の死者数の少なさにおける要因は、施設入居高齢者の多くが感染を免れたことによる、ということです。
一方で、記事中にもあるように、死亡者の多かった欧州各国では施設高齢者がかなり亡くなっている。

イギリス、イタリアとアメリカでは、高齢者を病院から老人ホームに移動させ感染を広げたり、施設内で感染者を隔離していなかったりと人災に匹敵するような判断ミスも高齢の施設入所者の犠牲を広げた。大型のクラスターとなり死亡者が発生してからやっと、政府が高齢者施設の重要性に気が付いた状況だった。
一方、驚くべきことに、170万人以上が高齢者施設に入所・通所している世界一の高齢化社会である日本で、施設での集団感染が少ない。厚労省が3月31日に公表した医療・福祉施設でのクラスターは14件あり、そのうち3件のみが高齢者施設であった。

施設にいる高齢者のうち何%がコロナで亡くなったかという数値に換算すると、ドイツが0.4%、スウェーデンが2.8%、イギリスが5.3%、スペインが6.1%であるのに対し、日本は0.01%にも満たない。


かねてより日本では第1波(3-4月の時期)での死亡者数が少ない要因に、高齢者の感染が少ないのでは?と私は思ってきました。そういうと、いやいや日本を含めて世界中で死者の大部分は高齢者でしょう?と言われそうですが、それでも高齢者の数が非常に多い中、割合としては高齢感染者が非常に少なかったのでは?ということです。


一方で、東アジア全般に新型コロナウイルスの死者数が少なく、その中では日本は劣等生だ、という意見も聞かれます。
www.newsweekjapan.jp


ということで、新型コロナウイルスの感染/死亡に様々な要因が複雑に絡むのを承知の上で、とりあえず各国の感染者数の年齢階層別データに着目してみます。
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データ収集の日付には少しばらつきがあって申し訳ないのですが、日本は7/15日時点(感染者数22140名、死者数977名)、他国は6/12に収集できた数字から引用しています。
欧州からは3-4月時点でとても辛い状況にあったイタリアとスペイン、それに欧州の中では優等生と見なされるドイツ、そして東アジアからはベトナム,タイという感染対策成功国、それに韓国を選んでみました。


どうでしょうね、一見してわかるのは、日本を含むアジア各国では感染者年齢の多くが20-49歳なのに対して、イタリア・スペインではそれに匹敵もしくは凌駕する勢いで高齢者割合が高いことです。ドイツは欧州にも関わらず東アジアに近い傾向です。


ついでに右肩に各国の年齢中央値(2015年)を載せておきました。これが高いほど当然ながら人口に占める高齢者割合が大きいわけです。日本の年齢中央値は世界一、ドイツは2位、イタリア,スペインも最上位グループです。一方タイ,ベトナムは若いですね。ベトナムの年齢中央値は30.5歳、実に日本より15歳も若く、人口ピラミッドを見ても高齢者層の少なさが一目瞭然です。


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何を言いたいのかというと、要するに、東アジアで死者数が少ないのは基本的に若い人ばかりが感染しており、高齢者感染数が非常に少ないからでは?ということです。


そう考えてみると、高齢者数が圧倒的に多い日本でこれだけの数しか高齢者感染が出ていないのは、日本の感染者予防策が上手く行っており、ドイツもまたあれだけの中でさすがと言える予防ができているのではないでしょうか。


ちなみにドイツでなんで高齢者が守られたのか?、はドイツでの老人の独居の多さ(単身もしくは夫婦のみ)によるのかもしれません。2010年時点でドイツは子供と暮らす同居率が2%とのことです。一方でイタリア・スペインは同居率が高く、それが感染者拡大に寄与した可能性は高そうですね。


ただ、介護が必要な場合に施設介護よりは在宅介護、という流れは欧州で強いらしく、そのせいでドイツもかなりな数の感染/死者数が出たと言えるのかもしれません。

www.oshiete-kaigo.com


ご存知の通り、日本を含めて各国の死亡者の殆どを高齢者、特に80代以上の方が占めているわけです。
このデータを見る限り、第1波で日本の死者数が少なかったのは単純に感染した高齢者の数が少なかったのが最大要因、に思えます。


感染者数に占める死者の割合を見ると、あの集団免疫政策が失敗だったと言われるようなスウェーデンと日本を比べたって、年齢階層別に見るとさほどの違いは無いのです。(データは7/14時点)

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新型コロナウイルスによる死者を少なくするためには高齢者感染を防ぐことこそ重要だとわかります。
私が嘱託医を勤める老人ホームでも現在に至るまで入居者の新型コロナウイルス感染は0であり、Newsweekの記事にもある通り、時折高齢者施設のクラスターが報告されますが、ほぼ全てと言っていいくらいに日本の高齢者施設は感染を免れています。
当然ながら高齢者施設にいる方は基礎疾患を抱えていることが多く、今後も日本での死者を少ないまま維持していくためには、そういった施設を始めとして、高齢者の方の感染を如何に少なくできるか、が鍵だと思いますね。


感染しては困る高齢者がまだまだ大勢いるはず


連日報道されている感染者数、日本が今回の若者感染者の増加でますます感染者割合は途上国のように若者中心に偏ってきており、もし新型コロナの免疫というのが弱い感染で獲得されることがあるとすれば、暴露されていない高齢者との世代間乖離が激しくなっているかなあと危惧します。


あのイタリアでも70代以上高齢者の感染者、死者割合は実際の同世代人口に比してそれぞれ1%、0.4%程度、であることを考えると、まだまだ感染していない高齢者は大勢おり、本格的な冬の第2波が来ると、油断すると高齢者死者数はまた欧州で凄いことになるのでは?と思ってしまいます。


でも、もしかしたら、欧州では脆弱なリスクの高い高齢者はほぼ亡くなっていて、免疫も一定程度獲得しており、日本を含む東アジアは高齢者が感染暴露されていないだけに、より一層危ない、という可能性だってあるかもしれません。



その意味で、冒頭にあげたような、東京都医師会の世代別行動制限は、今後も経済活動を進めるのであれば必要な考え方に思えます。
どうすればということに関しては、良いアイデアをお持ちの方に委ねたいと思いますが...。


次回、スウェーデンの死者数について他の欧州との比較というのを少しばかり書くつもりです。

新型コロナ雑感(1)_西浦氏42万人について

また2ヶ月経ってしまいました...
更新しようにもなかなかできないのは、私自身もこのコロナ禍である種の無力感に陥っているのかもしれません...。
前回4/24にアップしてから、1ヶ月以上は自分の会社と、勤めるクリニックで言ってみれば危機管理をしていて、精神科医ではありますが、新型コロナウイルス情報ばかり見る日が続いていました。


どうもこのコロナ禍は、専門家でなくても(つまり私もですが)何か言わなければ気がすまなくなる病に皆さん罹っているようで、なかなか議論が収束せず、専門家は専門家で一定程度揺らぎがあるし(当たり前なんですけどね...)、「私の信頼する専門家」の意見のみ声高に主張する人が溢れている気がします。


信頼できる人でも時にはブレるし、意図によって語る言葉は違ってくる


実際には、ある事実があったとして、専門家であってもリスクの軽重を判断する際にはその人の拠って立つ基盤によって、また経験によっても、発言の狙いによっても揺らぎが生じ、誰か1人が全期間に渡って科学的・医学的に妥当なことを言い続けることは難しいわけです。


そんな中一貫して冷静で中庸的な、そして一般的な思考をとる医師からみて納得できる記事を書いてくれているのは国立国際医療研究センターの忽那賢志先生でしょうか。

news.yahoo.co.jp



その一方、信頼が揺らぐ専門家としては例えば、神戸大感染症内科教授の岩田健太郎氏。私自身深く尊敬するのですが、時折言動がエキセントリックになり、ダイヤモンド・プリンセス号に乗り込んで、語る必要のない恐怖を一方的に喋って、結果的には成功したと思われるかの船での対策への評価を混乱させたわけです。しかし、それ以外の面での氏の発言には勉強させられ、納得できることがやはり多く、基本的には信頼しています(というのも私の主観に過ぎませんけどね)。

教授 | 神戸大学病院感染症内科



また、「8割おじさん」で知られる厚生労働省クラスター班の西浦博先生。
news.yahoo.co.jp

西浦先生はこの、新型コロナウイルスはインフルエンザのように皆が皆ウイルスを拡散するというわけではなく、感染者のごく一部が多くの人に感染拡大させてしまうことを見抜いた方です。こういった感染症の伝播に関しての数理モデル構築では日本で唯一無二の方でもあるわけです。*1

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この図は、5/29の専門家会議資料から。


www.mhlw.go.jp


このままだと「42万人が死亡する」、との主張があったのは4/15でした。
www.asahi.com


で、この発言が色々と取りざたされているわけで、特に何もしなければ...の計算根拠は、基本再生生産数(1人の感染者が何人に感染させるか)を2.5にしたことのようですね。
この2.5という数字が大きすぎる、と批判もされているのですが...


4/15当時を振り返ってみます。
私は社員に向けた現在のコロナ状況への考察を4/2以降毎週作っているのですが、ちょうどその時点での感染者動向がこんな感じでした。


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そう、感染者数(色々と言われますが、正確には捕捉陽性者数というべきかなと)が5日で倍になるようなペースであって、死者数は増加ペースがこのままだといいけどな...と感じているような時期です。私自身は新型コロナの最前線にいたわけではなく、外来の数を減らした関係で仕事量そのものは減っていたわけである意味とても時間的余裕ができていたのですが、当時最前線にいた医学部同期の回想を聞くに、現場では非常に切迫した状況でした。


私の親しい同期2人は東京多摩地域と千葉県成田辺りにいたのですが、ことに東京での防御具不足は大きく、5月に入った時点でゴミ袋を切って利用していたわけですから、たとえ軽症でも感染者数が増え続ければ一層医療状況が逼迫したのは明確です。


そもそもこの新型コロナウイルスは、8割以上は無症候〜軽症であり、罹ったとしても重症化は少ない、という一見大したことのない性質を持っており、そしてそれこそが私を含めて多くの医療者が当初リスクを見誤った要因です。問題は数なのです。特に、指定感染症*2であり基本的には入院させなければいけない中、2週間は様子をみなければいけないという出口が狭い状況下で数が増えることは恐怖でしか無い。数が増えればどんどん医療が逼迫していく、それも凄まじいスピードで、というのが当初わからなかったのがこの新型コロナウイルスの怖さでした。



従って、4/15の時点である意味、非常に極端な数字で国民を脅かしてくれたのは末端の医療従事者として大変有り難いなと感じたと記憶しています。もちろん、当時はまだ現在進行系ですから、大げさな嘘で脅かしている、と認識したわけではなく、本当にひどい状況に振り子が振れることがありうるのかもという危惧も抱きながら、という状況です。


同じく専門家会議の資料から分かる通り、

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実は感染者のピークは4月初旬にあったわけで、その後増え続けたということはないわけですが、それは結果論というべきでしょう。

www.newsweekjapan.jp

リンク先記事で西浦先生、

私たちモデラーは、リスク評価についてはアンダーリアクト(控えめに言う)よりは、オーバーリアクト(大げさに言う)して話をすべきと、肝に銘じながらやってきた。

と述べてますね。


つまり、4/15の発言は意図的なオーバーリアクトだったわけですが、そこには、人は必要を越えて伝えられて初めて必要程度にしか動かない、という人の行動への一種の不信感(ある意味信頼感)があったのだと思います。行動経済学的に言えば、人同士の接触を抑えて感染者数を抑えるためのナッジ*3として上手く機能したと言えるのではないでしょうか。



あれ、論点がずれてきたかな。
要は基本的に正しい(であろう)ことを語っている先生方でも、ときには間違ったり、また発言に意図を混ぜ込んで大げさに言ったりすることはあるということですね。


でもまあ、日本は押谷先生率いるクラスター班の先生方を信頼すれば良かった(というのは日本での死者が少なかった結果から明らかに私は感じるのですが)のは、大変な安心材料でした。今回の政府の白眉は対策班に十分に信頼できる先生方をおいたこと、そして意見を十分に聞いてくれたことにあると感じます。


www.m3.com


*1:他にもいるんでしょうが、残念ながら声大きい人はいないようですね...

*2:指定感染症だからベッドが逼迫するのだ、という意見には傾きたくなりますが、性質が十分わからない段階では患者とわかった以上医療ベースに載せるほうが望ましかったとも思いますし、途中からホテル利用などするようになるなど柔軟な対応が結果としてできたのは良かったです。

*3:ナッジとは、自由な選択をできる状況にありながらも、良い方向への選択肢に誘導させる声掛けや何がしかの仕掛けのことです。例えば、レストランでシェフが食材消費のため特定のメニューを客に選択させたい時、あからさまにこれをオーダーしろというのではなく、「シェフのお勧め」といった形でメニューに載せられていると、ついオーダーしたくなりますよね。そういうのがナッジです

色々変わりましたね

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2020年1月28日朝日新聞から。武漢から帰国したチャーター機


久しぶりに更新となります。


前回tDCSのことを書いてから2ヶ月と少し、すっかり世界の景色が変わってしまったことに驚きます。
毎日毎日、新型コロナウイルスのことで情報がほとんどが占められ、さらにその情報に基づいた決定も日々更新をされるために、1ヶ月どころか、1週間前にはこう考えていた、ということが既に変わっていることに気づいて愕然とすることがあります。

皆様はお元気でしょうか...
私の方は、身体的には元気ですが、経営しているカウンセリング施設株式会社ライデックは4/2より休業しており、勤めているクリニックは通常通り診察中ですが、患者さんの感染機会を減らすために待合を減らすよう工夫したりしています。そして、大学の方は週に1回赴くと、随分と人が減りました...。



さて、前回更新時の2/5あたり、何考えていたんだろう...と思います。
記憶では、ダイヤモンド・プリンセス号(以下DP号)に対する処置に対する賛否が随分と取り沙汰され、私自身は一貫して日本は頑張って対応している気がしていましたが、世界からは批判を浴びていた印象です。

記事主張の是非はともかく、この記事はDP号をめぐる日本の対処を振り返るのに良い気がします。
www.fnn.jp


この当時の私のtwitterでいいね、を押したツイートが参考になるかもしれません。
1/30ですが、

当時の空気感がよくわかる気がします。

中国武漢における感染爆発を受けて、徐々に新型コロナウイルス(以下新型コロナ)に対する不安感が日本でも出て来ているのは事実です。
武漢渡航歴のない、バス運転手の方の感染が報告されたのもこの時期でした。でもまだまだ水際対策が効くのではないかと考えていた時期ですよね。

一方でこれは大事になると予想されていた方もいたとは記憶しています。

武漢からのチャーター便で日本人が帰国されたのもこの時期、1/28を皮切りに、2/17の第5便到着まで続きます。日本政府のこの対応は非常に良かった、十分に早かった気がします。


ただ、大概は、そして、医者も、特に普通コロナウイルスって風邪でよく見るウイルスだよね?と考えていた人たち、その中には私も含まれるんですが、こんな感覚だった気がします。

感染症大家の岩田先生ですから、決して新型コロナに対して感染拡大への危機感が無かったわけではないし、子宮頸がんワクチンが十分に広まっていないことを憂う現状は今も変わりありません。しかし、新型コロナへの危機意識の切迫感、という意味では岩田先生でさえこう呟く程度でした。*12月始めはこんな空気感だったんですね。


さて、そんなまだまだ怖くはないかな、みたいな雰囲気がどのように現在のようになってきたのかは、備忘録も兼ねてまた次回に。

*1:本筋とは関係ありませんが、岩田先生がDP号に潜り込んで訴えたレポートはかなり衝撃的でした。それは岩田先生が憂えた内容というよりは、そんなことまでしてしまうんだ,岩田先生!!という意味で。個人的には新型コロナのことを真剣に考える契機にはなった気はしまし、その後の先生のtweetは安心して参考にしていいことを呟いてくれている、と感じています。

tDCSの新しい研究を始めました_被検者さん募集中です

気づけば今年最初の記事になってしまいました。
なかなか進まずスミマセン...


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さて、tDCS,経頭蓋直流電気刺激の記事は何度か書いていますが、新しく研究を開始しましたのでお知らせします。
被検者さん、募集中でもありますので、ご興味あるかたは是非ご連絡ください。


内容について説明しますね。


tDCSは頭皮上から弱い電流をかけて、脳機能に影響を与える刺激です

neurophys11.hatenablog.com


詳しくは以前書いたエントリから把握して欲しいのですが、幾つかある脳刺激法の1つ。
tDCSはその名の通り、頭皮上から弱い(0.5〜2mA程度)直流電気刺激を与えて、その刺激が頭皮直下の大脳皮質神経細胞に影響し、学習や行動の変化をもたらすことを目的に使います。


もちろん、将来的には治療に繋げたいので、その変化は今ある機能を改善させる方向を目指します。
大きくは次の3領域で考えるといいでしょう。


・認知機能を向上させる。
記憶、注意、処理速度、判断力など


・運動機能を向上させる。
麻痺の改善(リハビリ)、筋力増加、より良い運動技能の習得など


・病気の症状を緩和する。
うつ病の諸症状、頭痛、慢性疼痛、めまいなど



何せ装置自体はとても小型で扱いやすく、刺激による危険性は非常に低い(事実上ありませんが、局所に強い電流が流れてしまうと頭皮の火傷に繋がります)こともあり、被検者さんにも検査者にも優しいデバイスではあります。


主に上記3領域を対象に近年は研究成果の報告が相次いでいるのですが、近年特にアメリカでは民生用機械が発売もされており、スポーツ選手が使ったりしているようです。もっとも研究者的にはその効果はそこまで言っていいのか?と疑問に思うところはあります。


japan.cnet.com



今回の研究目的は?

ワーキングメモリを対象にした研究です。
ワーキングメモリとは、何か作業なり課題を為すときに一時的に必要とする記憶能力のことを指します。


例えば、電話番号、言われたとき直後に電話をかけるのであればなんとか覚えておくことが可能でしょう。


そんなふうに、何か用事をする際にちょっとの間だけ頭に留めておいて、必要な時間だけ使ってその後は忘れてしまう、そんな記憶です。


一昨年、私は学生さんと組んで、このワーキングメモリが、左の背外側前頭前野という大脳皮質をtDCSで刺激して向上することを報告しました。ただし、どちらかというと高い能力を既に持っている学生さんが被検者でした。


sway.office.com



今回は、改めて、人数を拡大して行います。そして、どちらかといえばワーキングメモリが弱い方で能力向上がより大きいのでは?と考えています。


将来的にはこれがワーキングメモリに弱さを抱えがちな、ADHDの方や、学習障害を持つ方、うつ状態の方などに応用可能であればと期待しています。


千葉大学医学部で行いますので、ご興味を持った方は是非下記画像を参考に私までご連絡ください。
本当に若干ではありますが、謝礼を差し上げます。


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真田丸に見る秀吉の黄昏と認知症

blogの更新が遅くなりました。


最近は会社の公式blogの方を優先させているこの頃です。来年は今少しこちらも頻度を上げていきたいと思うところ。


ちなみに最近は抗ADHD薬として第一選択薬であるコンサータについて書いていますので、ご興味ある方はご覧いただければ幸いです。

www.tsudanuma-ridc.com


さて、年末なので業務と関係ない話題を。


はい、私は今三谷幸喜脚本の大河ドラマ真田丸」を息子と観ています。以前NHKオンデマンドで観たので2回目です。


作品は出演俳優のあの人の事件によってNHKオンデマンドでは観られなくなってしまったので*1、DVDで借りています。



そして、改めて見ながらまた泣きそうになってしまいました。

老いた秀吉と、その介護にあたる真田信繁(後の幸村)を描いている第30章「黄昏」です。


この回描かれるのは秀吉晩年。第二次朝鮮出兵の直前。秀吉はその才気と陽気で人たらしの性格で沢山の智謀の配下を得てのし上がり、果ては織田の天下を継いだ言わずしれた戦国の英雄、天下人(てんかびと)です。


しかし、晩年は老いた故か、朝鮮出兵のような後世に禍根を残すことになる施策や、秀吉の子の出自をからかった落書きに対して側近さえついていけない残酷な仕打ちを番の者たちにしたりしてしまっています。


そんな秀吉はますます老いていくのが明らかで、考えているのは息子、お拾(ひろい:豊臣秀頼の幼名)の将来ばかり。


ドラマが描くのは明らかに認知症になった秀吉に付き従い、甲斐甲斐しく世話をする真田信繁の姿。
それはもう切ない姿が描かれるのですよ。
 

ここではキャプチャー映像を見ながら(著作権気になりますがこれはきちんとした引用と解釈して欲しい...)。

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秀吉の側に呼ばれた石田三成片桐且元。秀吉脇には真田信繁が付き従う。老いを悟ったのか秀吉は三成と且元に金子を渡す。脇にいる信繁に気を使う且元は「信繁には?」と秀吉に問うと、秀吉は信繁の顔をしげしげと眺めて「(こんなやつは)知らん!」と(1)。

 

「我々は長い付き合いだから」と三成・且元に信繁は気の毒そうな目で慰められるが、彼らが去った後瞑目し、ショックを隠せない(2)。そりゃそうですよ、これだけ甲斐甲斐しく世話を焼いているのに存在を忘れられてしまったんだから。


そこへいつの間にか近づいていくのが秀吉(3)。なにやら様子がおかしい。ちょっと来い、ちょっと来いと信繁を障子裏に手招きして一緒に隠れて「遅いのう、市松(福島正則の幼名)は」とつぶやく。
 

このシーン、実は信繁が始めて秀吉と直接会った日の再現で、以前はこのまま秀吉について芸者遊びの場に抜け出すのです。老いた秀吉は今その過去に戻っています。そこに気づいた信繁は当時と同じように初めて会ったふりをしながら、「もしや秀吉様では?」と(4)。振り向いた秀吉はここで信繁の心を救う一言を。「わしは利発な若者が大好きなのじゃ。そちも一目見て気に入った!」と。

 
しばし過去の再現に付き合った信繁は優しく秀吉を床に誘導し、休ませる(5)。 

 

この姿が真実であるかは置いといて(いやこの下りのすべてが三谷氏の創作なんでしょうけど)、このシーン、本当に好きなんですよ。

 
かつての姿を失っていく認知症の秀吉、我慢して、時にすごいショックも受けながら介護する信繁の姿、そして過去を生きる秀吉は信繁に会うと、かつてと同じ反応...認知能力は落ちても人格の核の部分は変わっていないところに介護者が救われる場面といえないでしょうか。脚本の三谷氏の優しさを感じます。晩年表面的な人格が変われども秀吉に尽くす信繁に救いを与えてくれたのだと思います。


ちなみに他の場面でも、三谷氏は秀吉配下のそれぞれにとても優しい演出を施していると思います。それぞれの労苦が、彼らの主君である秀吉の一言によって救われるような...。ただし、秀吉本人には些か残酷な死に方を用意していて、それは晩年見られた秀吉の行為への処罰的意味合いがあるのかどうかな、とか思うわけです。
 

ところで、秀吉は恐らくアルツハイマー認知症として描かれていると思うのですが、それにしては易怒的で、人格変化がやや強い点でアルツハイマーではなく、以前本blogで書いた、嗜銀顆粒性認知症なのかも、という気がしたりします。


neurophys11.hatenablog.com


でも嗜銀顆粒性認知症にしては発症が若すぎるかな...嗜銀顆粒性認知症は高齢者発症が特徴的ですが秀吉は62歳没ですからね。
アルツハイマー認知症に加えて、天下人の贅沢な食事が脳血管病変を促進して脳血管性認知症も合併している、それがための情動不安定でもいいのかもしれません。


秀吉の晩年の所業については、独裁者固有の猜疑心などでも説明できそうですが、私としては若かりし頃の秀吉の寛容さとは随分と違う点を考えて、何らかの神経変性疾患を抱えたゆえ、と考えたいのです。これまでの学説などはあるのでしょうかね。影響されるのも嫌なので敢えて調べていませんが、今後はちょいと調べてみようかと思います。



 

真田四代と信繁 (平凡社新書)

真田四代と信繁 (平凡社新書)

 
 

 時代物を読んだり見たりすると気になるのはどこまでが事実なのか演出なのか、そして虚構なのかじゃないですか?

本書はドラマの時代考証を担当した丸島氏による真田信繁論なので、非常に参考になります。

また次のネット記事、丸山氏へのインタビューで、非常に誠実に考証されたのだとわかるのです。リアルタイムでは詳細なツイートしていたとのことで、あぁその時に知っておきたかった。

 
toshin-sekai.com


石田三成 「知の参謀」の実像 (PHP新書)

石田三成 「知の参謀」の実像 (PHP新書)


ところで、真田丸を見て印象が変わった最右翼といえば石田三成じゃなかろうかと。

ドラマではちとかっこよすぎな気もしますが、有能であり、秀吉への忠誠心は本当だったのでしょう。ほんと、惜しいのです、三成さん。もっと天下のことを考えて生き残って欲しかった。もしくは大阪の陣までいてくれれば...それは無理だったかな。蓄財を全くしていなかった真面目さが胸を打ちます。 

 

知られざる名将 真田信之 (だいわ文庫)

知られざる名将 真田信之 (だいわ文庫)

  • 作者:MYST歴史部
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2015/11/12
  • メディア: 文庫

ドラマでは信繁の兄、信之はやや情けない描かれ方をしていますが、この人なくして真田家は幕末まで残らなかったのであり、超名君です。

あの時代に93歳まで生きたのも凄い。晩年まで子どもたちの件で悩んだのは些かお気の毒。

1つ言えるのは、暮らすなら信之殿の下なら安心できそう。

 

峠越え (講談社文庫)

峠越え (講談社文庫)

 
ドラマでは当然家康は信繁の仇敵になります。三谷氏の家康、なかなか気弱な人でユーモラス。特に序盤、信長死去の方に触れた時家康は京都に行く途上であったため、急ぎ国に帰る必要があったのですが、その時の「伊賀越」の描き方は、気弱な家康が随所で覚悟を決めつつ三河に帰り着く様がとりわけ可笑しかったので子どもも大いに笑っていました。


さて、信玄や信長に怯えつつしかし結果的にはそれら重しを除いていける家康の知謀を描いたのがこの小説。フィクションですよ、もちろん。でもこの線で小説の後も読みたいものです。


ちなみに、私は家康が勝ったことが日本のために本当に良かったと感じています。結果として江戸260年という長きに渡る繁栄を享受できたのですから...とはいえ、鎖国政策が科学技術の移入や日本人の科学的思考を妨げたとも思えます。もし秀頼政権(もしくは秀次政権)や、関が原時に九州平定を進めた黒田如水による天下、というのものがあったらもっと開放的だったのかしら、とか考えんでも無いですが。

 

*1:この件に関しては色んな議論があるでしょうね。私としては1出演者の不祥事で、その作品に関わった全てのスタッフの皆さんの仕事が結果的に全否定されてしまう形になるのは悲しく、避けて欲しいと感じます。始めにこういう経緯があったと説明した上で同意した人には見られる形にしていただきたい。

最近気になる精神科系ニュース_エーザイ復活劇とアデュカヌマブについて

toyokeizai.net

ついこの間のこと、エーザイの株価が急騰。
図にあるように5000円台から一時は8000円台まで高くなったという(持っていたかった...)。

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その理由はリンク先にあるようにエーザイが米製薬会社バイオジェンと組んで開発中の薬、アデュカヌマブをアメリFDAに承認申請したということのよう。


アデュカヌマブ、この舌を噛みそうな薬は、以前から多くの大製薬メーカーがこぞって開発していたものの1つ。アルツハイマー病の脳に溜まってくるタンパク質、アミロイドβ42の沈着物(老人斑)に対する抗体で、注射すると老人斑を取り除いてくれます。


以前アルツハイマー病の薬については書きましたが、この手の薬の開発は大きな期待が持たれていたのに悉く失敗しました。



neurophys11.hatenablog.com



エーザイのアデュカヌマブもそのはずだったんですが...下記の記事からは、どうやら再解析するとApoε4というアルツハイマー病のリスクを高める遺伝子変異があることと、高用量でアデュカヌマブを使うとアルツハイマー病進展の抑制が見られたということのようですね。

www.mixonline.jp



素晴らしい!と手を叩きたいところですが、ちょっと注意が必要にも感じました。



2つの臨床試験、軽度のアルツハイマー病患者さんに対してというが...



さて、今回のエーザイが根拠としている臨床試験は2つあります。

簡単にまとめると、こんな感じ。

f:id:neurophys11:20191117224630p:plain:w400

こちらの記事も。

answers.ten-navi.com



気になる点は大きく2つかな。


まず、高用量を途中から、とかApoε4という遺伝子変異がある場合にのみ高用量を投与とか、もともとは違ったのでしょうという中途での方法(プロトコル)の変化ですね。


確かに、Apoε4という遺伝子変異はアルツハイマー病のリスクとして広く知られて(絶対なるとかではない)いますが、その変異持ちに対してだけ高用量というのは十分な根拠と言えるかどうか


別に変異持ち以外にも高用量設定していいんじゃないか、という疑問がまず1つです。


それと、今1つはENGAGE,EMERGEという2つの臨床試験に対して対象とした認知症の基準です。

www.nia.nih.gov
EMERGE: Aducanumab (BIIB037) for Early Alzheimer's Disease


どちらも同じなんですが、気になるのは、対象がMCI(軽度認知機能低下)と軽度アルツハイマー病患者さんたちで、その認知症の程度は、CDR(Clinilal Dementia Rating)という評価のスコアが0.5、MMSE(Mini Mental State Examination)という評価のスコアが24-30点の範囲であることなんですよ。


CDRもMMSEも信頼性のある評価スケールですが、なにせこの基準が甘いというか、認知症?といえるレベルなのかがなんとも... CDRで0.5というのは基本的には非常に軽度な認知機能低下だし、MMSE24点以上は基本的には認知症とまではみなしません。


もちろん、軽度認知機能低下もアルツハイマー病につながるのですが、全員がそうなるわけではなく、まあ凡そ半数。逆に言えば、臨床試験導入された患者さんにはアルツハイマー病に発展し得ないMCIの方もそれなりに混ざっているはずで、それは臨床的に判別不能です。


なので、対象患者の認知症程度が軽すぎる上に全員がアルツハイマー病ではない、というのがどうにも素直にこのニュースを良かったですね、といえない点なのですよ。


うーん、どうなんだろう、なにせ影響力の大きい臨床試験の結果ですし、またとにかくアデュカヌマブの薬価はとにかく高いものになるはずで、もう少ししっかりした、病期の進んだアルツハイマー病の患者さんに果たして効果があるのか知りたいところです。


また、効果があったという記事からは、アルツハイマー病が治る方向に改善と思えてしまいますが、実際には認知症進展の抑制であって、それならこれまでの薬、ドネペジル(アリセプト)という同じくエーザイさんのブロックバスターと変わらないのでは...とも考えてしまいます。


ちなみに、そのドネペジルの臨床試験をまとめた論文を改めて探してみましたが、対象者のMMSEはもっとちゃんと低い(20点以下)んですよね。今回のアデュカヌマブの対象者もそれくらいの認知症であれば、もっと結果を素直に見られるのですが。


ドネペジル臨床試験対象者についての論文(pdf)です
ドネペジル他施設臨床試験の結果論文(pdfです)


アルツハイマー病を発症する人の特徴についてはこちらにもまとめてみた記事がありますのでどうぞ。


neurophys11.hatenablog.com

大学入試における発達障害特性に対しての合理的配慮、について考えてみる

f:id:neurophys11:20191008212436j:plainうーん、ついに9月は書けなかったなあと反省しきりですが、最近会社のほうで表記タイトルの内容をTweetしたところそれなりに反響があったので、こちらにもう少しdneuroの考えを入れつつ書いてみます。


そう、お題は大学受験における合理的配慮、発達障害特性編です。




まあ元々試験の本質ってなんなんだろう、少なくてもそれは「時間」ではないよなあと考えていたんです。

全くの私見ではありますが、試験って、早く終わってもう書くことなくなれば、ケアレスミスを防ぐための見直し時間さえ取れれば後は無駄な時間ですし、覚えてないことはいくら時間を書けても出て来ようがないわけで。もちろん、考えて解ける問題で時間が足りない〜となることもありますが、そういう問題でも、その解く力を見るのに「制限時間」は本質ではないよなあ、特に「素早く書く」ことが本質ではない大部分の問題の中で、素早く書けないがために点数取れないのは試験として適切ではないよねえ、と。


センター試験は配慮してもらえます


そんな中、今年はたまたまですが、患者さんに受験生が多く、センター試験への配慮申請の診断書を求められることが複数回ありました。

そう、発達障害特性に対する入試への配慮に関しては例えばセンター試験で申請すれば受けられる可能性があるのです。


試験時間の延長、別室受験、拡大文字問題、注意事項の文書配布などです。


www.dnc.ac.jp


なので、合理的配慮を求める方は主治医に必ず相談して、OKなら申請のための診断書を書いてもらいましょう。
もちろん絶対にOKとなる保証は無いですが...


センター試験配慮実績を見てみる


大学入試センターのサイトには、幾つかデータがアップされてます。
その中から、H28.29年の配慮決定に関してのデータがありましたので、そこから発達障害の実績を抜き出してみました。


f:id:neurophys11:20191007132032p:plain


これを見ると発達障害者で配慮を受けたのは人数で全体のおよそ1割弱くらい。250人くらいが、複数の配慮を受けて、延べで平成28年に305人が、平成29年に375人が配慮を受けていますね。


多いのか少ないのかこれだけではわからないですが、、別な文献で申請者数を見てみると、どうやら配慮・変更無しは1000人位いるようなので、診断書があるからイコール配慮が受けられる、というわけではなさそうです。


とはいえ、配慮実施の実数に、謎の「その他」カテゴリがあり、そこに1400人も入っているのでどうなんでしょうか。今度電話して聞いてみるかな...。


ご興味あるかたはこちらの論文(pdf)をどうぞ。

ci.nii.ac.jp



アメリカではADHDやLDの特性に対する配慮は当然

ではここでどのような配慮が適切かなんですが、東京大学バリアフリー支援室の桑原氏がシンポジウムで行った発表が参考になります。


発達障害における配慮と公平性 (pdfです)

リンク先見ますと、公開シンポジウム「発達障害と合理的配慮~高等教育における「イコールアクセス」を考える~」で発表されたスライドと、それを受けた東京大学副学長の南風原先生のコメントを読むことが出来ます。


アメリカと日本の対応の差から話は始まるのですが、アメリカではADHDとLDに対しての配慮はかなり当然だと。

試験に関して、例えば試験時間の延長が、受験生にとって公平なのか、という命題がありますね。
要点は、試験が受験生に求める「学術的要件の本質」にスピードとか計算とか果たして入っているのかと。

もちろん条件はあるんですが、こういったサイトを見た限りでは図のような。

www.additudemag.com

f:id:neurophys11:20191007005054p:plain:w300:right


もっとも誰もが良い恩恵を受けられるとは限らず、このサイトに投稿しているADHDの方は画一的な役に立たない配慮を受けたということで残念だったようですが...


ともあれ、アメリカではコンセンサスとして配慮そのものは適切なこと、という認識があるようです。


試験時間と学術的要件


さて試験に戻ります。桑原先生のお話など読むと、要するに(私の解釈ですが)例えば数学で求めるのが、答えそのものの他に「問題によって提起されることに対して自分の思考を組織化して表現すること」(要するに過程です)であったとしたら、問題を解くスピードは学術的要件の本質ではないだろうと。計算も同様で、思考力を見たい問題で計算力そのものは本質ではないはずです。


従って、例えばADHD特性の注意機能が問題解決中に障害となるのであれば、一定時間延長することは合理的配慮だということです。


書字も同様で、もし書くことそのものが学術的要件の本質でなければ、ワープロ使用も合理的配慮になるわけです。


ただし日本語変換とかが大きなヒントになりうるならそこは考えどころですが…



いずれにしても、ADHDやLD特性を抱える受験生は、「早く読み、書く」ことに対してハンデを抱えていることは確かですね。


大学が入試において求める学力の本質が、制限時間内にどれだけを書けるのか、とかでなければ、試験時間の延長や書くこと、計算することへの補助デバイスがあることは公平性の観点から問題は無いと考えて良さそうです。



逆に、うちの大学(学部)は、その先の職業を考えた時に、素早く長文を読む能力、書くスピード、暗算で計算する能力など必須です、となれば、それらが学術的要件の本質になりますから、試験時間の延長は難しいでしょうね。

学部が試験で何を求めるかによって合理的配慮の条件が変わるのは構わないはずです。
それを門戸を閉ざす理由としてやたらと振りかざされたら困りますが。


なお、日本とアメリカでの試験における配慮対処の違いですが、先に書いたようにアメリカではADHDとLDに対してが多いのに対し、実は日本の実績ではASDが多いようです。


なぜなんでしょうねえ??

別室受験が多いことと関係しているかな...。


もういっそPCでね、皆試験しても良いんじゃないですかね、今の時代は。
とも思ってしまいますがまあそれは別な機会に。


いずれにしても、配慮は求められます。必要な方は準備しましょう。


尚、東京大学では合理的配慮を受けられることがHPに記載されています。


「受験生の障がいの程度に応じて、別室受験、試験時間の延長、PC利用の対応」をするとのことで、PC利用も可能なようです。


東京大学という日本の最高学府が率先して配慮を考えるのは素晴らしいこと、と思います。


読めなくても、書けなくても、勉強したい―ディスレクシアのオレなりの読み書き

読めなくても、書けなくても、勉強したい―ディスレクシアのオレなりの読み書き

読字、書字障害を考えた時に思いつくのはこの本です。

この本を読んで思うのは、少年期に先生からほめられること、存在の価値を認められることの重要性、そして、PCを用いて書くことが出来るとどれだけ世界が広がるか、です。