片頭痛についての当ブログ的まとめ

今年もはや3月末になって、最初の投稿が残念ながらこんなに遅くなってしまいました。
1つには代表を勤めている会社のブログに注力していることもありますので...と言い訳ですけどね。


さて、会社(ライデック)のブログでこの4月から発売予定の片頭痛の注射予防薬、ガルカネズマブについてまとめてみました。
日本イーライリリー社と第一三共が共同で販売するようです。商品名はエムガルティ。


www.tsudanuma-ridc.com


以前も実は片頭痛予防の注射薬についてまとめてみてます。

neurophys11.hatenablog.com


もう3年前です。

当時私が把握していたのはそこで紹介したエレヌマブとフレマネズマブだったんですが、まだかな〜と思っていたらガルカネズマブのほうが先になったんですね。

薬理学的機序としてはフレマネズマブと同じです。CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)という血管拡張物質の作用を阻害します。
ガルカネズマブとフレマネズマブはCGRPに直接結合してその作用を阻害、エレヌマブはCGRP受容体に結合してCGRPの結合を阻害します。
〜マブという名前が示すとおり抗体医薬です。


neurophys11.hatenablog.com


片頭痛予防薬は実は既に何種類もあり、効果もある人にはある、という感じですが当然効かない人もいます。私もその1人。
なので、今回の〜マブ薬のように確実な効果が期待できそうな薬には心底期待したいのです。


どのくらい期待できるのかは、アウトカムである月当たりの片頭痛発作回数減少になります。幾つもある臨床試験の結果は似たりよったりで、発作をゼロにはできないけど、4-6割程度は軽減できそう。
そう書くと大したことは無さそうですが、例えば月に6回が3回になれば、年間では36回も減ったことになりますよね。これはすごく大きい。


とはいえ、片頭痛は年間を通して均一に起こるのではなく、集中するシーズンと全然無く過ぎるシーズンがある方が大部分ではないかと。
そういう意味では発作の集中する時期がわかっている方は、その時期の1ヶ月前から使って集中する時期を過ぎたらやめる、という使い方をしたいですね。でもそういう使い方では臨床試験はされていないので...とりあえず我が身でそのような方法を試してみようかなと思います。


ところで発作時の治療はトリプタン系の薬が本流です。

neurophys11.hatenablog.com

効くときは劇的に効きます。

ただやはり予防的効果は無いですからね。

今回の注射薬のほかに、予防的にも急性期治療的にも期待したいのは私の研究対象でもある経頭蓋直流電気刺激(tDCS)なんですが、こちらは正直まだまだエビデンスが足りなすぎて...自分でtryしてもいいんですがまだまだです。


さていずれにしても片頭痛は辛いので早くに治療導入されてほしいものです。

neurophys11.hatenablog.com

以前書いたとおり、片頭痛は半数以上が10歳未満で発症し、20歳未満では平均で9年以上も診断までかかってしまうという驚愕のデータがあります。
私も発症小2で、診断がついたのが医学部4年生、神経内科の講義を聞いて大学病院にかかったときですから、22歳(一浪してるんです)。つまり発症から診断まで18年もかかったのでした。


全国の親御さん、保健室の先生、小児科の先生、是非とも子どもの頭痛の苦しみに早く気づいてあげてください。


もちろん、大人になってからでも遅くはありません。

なにせ経済損失が大きいのです。

neurophys11.hatenablog.com


特に女性の方で損失が大きい。
治療導入を早くするとともに、周囲の方は頭痛の苦しさ、発作後の後遺症(倦怠感など数日続きます)を知って配慮をしてあげてください。

新型コロナ雑感(3)_スウェーデンってどうなの?

前回が8月...気付けばもう今年の最終日の23時になってしまいました...


なかなか更新できなかったのは会社のほうのブログで色々書いていたりして...というのは言い訳で、もっと自由にこちらには書きたかったなあと思います。コロナ禍過中で「コロナうつ」が増えていると言われますが、私自身もそこはかとなくどうでもいいような気分も持ちつつ年末まで来た、という感じがします。いや元気は一応ありますが...。


さて、新型コロナについて駄文を2つ載せましたが、最後にスウェーデンについて調べた範囲内で。


御存知の通りスウェーデンは集団免疫作戦を敢行しており、行動制限が無いわけではないけれども、かなりゆるく、そしてこれもまた御存知の通り高齢者が多数亡くなったこともあり、国王までも「失敗した」と言ったとか。


www.jiji.com


そんなスウェーデンの感染状況はここに行くと詳しく見られます(スウェーデン語です)。


Experience


今日の時点で感染者総数437,379人、集中治療に4,055人、そして死亡者は8,727人ですね。3月から5月にかけてに次いで大きな波が来ていることがわかります。


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ちなみに日本では、東洋経済さんのデータによれば、12/29日時点で225,618人、重症者668人、死亡3,348人ですね。日本も案外感染者数、死亡者数多く感じるかもしれませんが、100万人あたりに換算すれば(スウェーデンの人口物凄く大雑把に1000万人、日本1億3000万人としてスウェーデン対日本)、感染者数で22,562人対1,735人、重症者410人対5人、死者873人対26人ですから、圧倒的に彼の国のほうが多いです。人口規模が似通っていて日本で一番死亡者数の多い東京でも数字は上がりますがスウェーデンとの差は10倍以上。


とはいえ、日本では100万人あたりの重症者、死者数がこれだけ少ないにも関わらず医療崩壊の危機があることは由々しき事態ではあるのですが...ここではそれはともかく、スウェーデン的に彼らの国の対策が成功しているのかを考えてみたいと思います。考察というほどのものではありません。


square.umin.ac.jp

リンクはスウェーデンで勤めている日本人医師へのインタビューです。
よくスウェーデンでは80代以上は絶対に治療しない、ICUに入れないみたいなことが言われます。普段は「絶対」では無さそうですが、このコロナ禍の元では80歳以上、70代でも基礎疾患があるとICU入室させないと。抜粋引用(太字は筆者)すると、

エビデンスのない治療はされないので、家族や本人が望むからという理由で末期がんの患者さんに抗がん剤治療をするようなことは絶対ありません。通常から、予後の悪い患者さんは年齢にかかわらず、ICU治療を受けることはできません。今回のパンデミックでは、80歳以上や、70歳代でも腎不全などのリスクファクターがあるとICU適応ではないと判断をされます。・・・ほとんどの場合はその基準で正しいのだと思いますが、医師としては辛いものがあります。今回のパンデミックICUに入った人の年齢分布では、90歳以上で1人、80歳代でも100人程度でした。ICU治療の適応とならない高齢者の中にも、自力で回復する人もいますが、不幸な転帰を取る場合は鎮静剤処置だけです。


確かに上記スウェーデン統計を見ると死者数が圧倒的に80代以上に傾く中、重症者は40-70代、つまり医療対象が限定されているのですね。


尚、これだけの重症者がいる中でなぜ医療崩壊しないのかといえば、病床のドラスティックな転換が可能だから、です。ここが日本と違うところで、公的病院が大部分なればこそ、でしょうか。

ストックホルム市内には5カ所ほどの大きな病院がありますが、新型コロナ患者は大学病院を中心に担当することになり、それ以外の疾患は新型コロナ患者を扱わない病院へ移動させたりする対応が取られました。例えば、乳がんの手術は全てストックホルム市内にある、新型コロナ感染者を扱わない私立病院へ委嘱しました。...新型コロナ感染者の治療にあたる医師については、希望者や各科の若手を中心に、事前に教育を行った上で配置換えを行いました。医師以外でも、医学生含め全国から5000人ほどボランティアを集めて、周辺サポートができるように教育していました。今回、ICUなどの最前線での診療行為につくことになった臨時スタッフには、220%の給与の支払いをすることになりました。航空会社のキャビンアテンダントは休職になりましたが、スカンジナビア航空では短期間で准看護師のような専門職になる教育をするといったことも行われ、国を挙げて、しっかりと準備をしていました。


さてそんなスウェーデン、結局感染対策は成功と言えるのかどうか。


対策全くしていないという印象もあるスウェーデンですが、実際にはそんなこともなく、他の欧州諸国と比較してロックダウンなどしていないだけで、ある程度はしていますし、1月からはどうやら平日の一定の時間帯に公共交通機関に乗る際にはマスクが推奨されるようです。おぉって感じですね...

https://www.jiji.com/jc/article?k=20201028040749a&g=afp


そんな緩めのスウェーデンの状況を欧州の他の国と比べてみました。
指標は超過死亡率(excess mortality rate)です。
これは1週間に亡くなった人の数を2015–2019年の過去5年間に亡くなった数と年齢ごとに比較したもので、例えば今年4月の超過死亡率が20%であれば、過去5年間の同時期に亡くなった方よりも20%数が多く、それは恐らくは新型コロナウイルスという新しい疾患による可能性が高いことになります。
極端に高いようであれば感染対策が残念ながら上手く行っていないということになるでしょう。
ただし、どうやっても感染が拡大する時期もあるでしょうし、全てが新型コロナウイルスによるわけではなく、社会全体としてこのコロナ禍にどのくらい上手く対応できているか、が相対的にわかるものです。


参考にしたサイトはこちらになります→
Excess mortality during the Coronavirus pandemic (COVID-19) - Statistics and Research - Our World in Data


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(a)はフランス、(b)はドイツと、75歳以上で超過死亡率を比べています。
どうですかね、フランスはロックダウンなどスウェーデンよりはるかに厳しくやっていましたが、スウェーデンよりずっと良いかと言うと3-4月と今回の大きい波の中では大して違わないどころか悪いくらいですね。
一方でドイツとスウェーデンを比較するとドイツのほうが前回の波では圧倒的に超過死亡率が低くさすがなんですが、今回は余り違いがありません。


このあたり、実はスウェーデンで3-5月の第一波で沢山の高齢者が亡くなっていますが、多くが老人施設でクラスターが発生して亡くなったことが反映されています。スウェーデンというと高福祉の国というイメージが強いですが、老人施設での労働環境は良いものとは言えず、介護者は移民中心で、残念ながら感染対策がきちんとできていなかったことが要因です。フランスは、というと恐らくイタリアやスペインと同様に高齢者が若者と同居する率が高いのではないでしょうか。ドイツは別居率が高く、それが高齢者の極端な超過死亡につながっていないものと考えます。スウェーデンも同様なんですが、施設での対策の失敗でした。前回も書きましたが、ドイツでの老人の独居(単身もしくは夫婦のみ)率は非常に高いのです。2010年時点でドイツは子供と暮らす同居率が2%とのことです。


(c)はスウェーデン、フランス、そしてドイツの15-64歳の超過死亡率です。フランスは第一波では大幅に平年より上がった一方で、現在は過去5年並み、ドイツは一貫して平年並みでさすがです。そしてスウェーデンは第一波とそれからしばらくは過去5年より高かった一方で最近はなんと低くもなっているんですよね...なぜなんでしょうか。


さて、心配なのは(d)に示したベルギーで、超過死亡率が第一波も夏の第二波もそして今回第三波と65歳以上は他国を遥かに超えて高いのです。大丈夫なんですかね。必ずしも全てが新型コロナウイルスによるものでは無いのでしょうが、心配ですね。


結局スウェーデン人はどう思っているのだろう...


向こうに暮らしている方々のブログを読んだり、報道を見る限りはやはり「緩さ」への支持は大きいように感じますね。
さらには、GDPの落ち込みも一時ひどかったのも回復しているようですし、少なくてもロックダウンなどハードな対策をとった他の欧州諸国に比べて著しく低いというわけでもなく、どちらかといえば傷は少ないほう。

Swedish Q3 GDP preview: More than half recovered


そんな様子を見ていると、そもそもが高齢者への医療が制限気味であり、かつ今回のコロナがどんな対策をとっても死亡者は高齢者中心であり若い人は影響をほとんど受けないことを踏まえ、多くのスウェーデン国民は心理的にも自国の状況を受容しているように見えます。


さらに、これは穿ち過ぎでこんなことを考えていないとは信じたいことではありますが、むしろスウェーデン政府は高福祉を維持するための社会保障費を節約できたと考えて、新型コロナの高齢者の死に関しては、重大事と考えずに許容しているってことがあったりしないかと疑う心すら芽生えてしまいます。


ただ、やはりスウェーデンの誰も彼もが政府の政策を支持しているわけでもなく、また「高齢者の死」を理由もなく受け入れているわけではないことは、TBSでインタビューされた女性の言葉を聞いてもわかります。日本人の感覚からすれば驚愕するのですが、女性の72歳の叔父は認知症で施設入所しておりコロナがわかった後家族への相談もなく緩和ケアに切り替えられすぐに亡くなったと。そもそもがスウェーデン認知症発症後に病気になったときに、余り治療を望まない文化があるのはあるにしても、当然ながらその認知症発症した人に対する心情は人によって大きく違うわけで...せめて家族に緩和ケアに移行するかどうかくらい意思を聞いてみる必要はあるんじゃないですかね。


www.youtube.com


というわけで、スウェーデンの対策はいわゆる第一波時に高齢者施設での対策が極めて不十分だったことで80歳以上の死亡者が極端に多くなった点では失敗したと言えます。しかし、その後緩やかな感染対策は継続させ、結果として他の欧州各国と比べたときには生産年齢人口の死亡者を少なく済ませ、経済的にも遜色ない状態に立て直せたということで総合的に国民の中では成功している感覚なのではないでしょうか。政府への国民の信頼も基本的には厚いようです。


とはいえ、当初の目的である集団免疫達成には程遠い状況ですから、ワクチンの普及がいよいよ始まったことは非常にラッキーだったのではないかと。


さて、我が国を見ると実は結果として国民の新型コロナに対する行動はスウェーデン的になっていた気がします。マスクを必ず着用するなど日本人的な部分があるとはいえ、持続可能な対策を極めて自主的に判断して行動している方が非常に多い点、似通っている気がします。特にこの第三波の中では行政の笛吹けど踊らず、という状況になっている印象です。


違いがあるのは、日本ではスウェーデンのように高齢者施設での感染者が沢山出たということがなく、施設の介護スタッフの感染対策意識がしっかり高いまま維持されていることがまず1つ。私も特別養護老人ホームで嘱託医をしていますが、介護者の皆様の意識の高さには頭が下がります。


もう1つは、これは困った点ですが、感染者数も重症者数も圧倒的に少ないにも関わらず医療崩壊の危機に瀕していることです。日本の皆保険による医療体制は平時明らかに世界一の制度ですが、普段から余裕のない状況で医療関係者が働いているためにこういった非常事態に割ける余剰が少なく、そして公的病院が少ないために状況に応じた柔軟な配置転換ができないのは日本の医療が抱える大きな脆弱性であることがわかりました。もし新型コロナウイルス感染症が高齢者のみならず、インフルエンザのように年少者にとっても脅威となる感染症であったなら...それはとんでもない地獄絵図だったのではないかと震撼する思いです。


今後新型コロナに関してはワクチンが普及すればコントロールできる状況になると希望が出てきたわけですが、今現在の状況がとにかく切迫していることは東京で新型コロナに向き合っている同期医師からも聞いています。私個人としては医師であるとはいえ直接新型コロナウイルスの臨床に携わることができない状況に無力感を感じつつも、何が後方支援としてできるのか考える毎日です。


現在新型コロナウイルス感染症に向き合っている全ての関係者の皆様に感謝と、現在感染している方の1日も早い回復を願って今年の記事を終えたいと思います。

コロナ雑感(2)_年齢階層別に考えてみると...

新型コロナウイルスについては今日でともう1回で最後にする予定ですが、今日は年齢階層別にデータを見てみたいと思います。


怖がるべきか、安心すべきか


感染者数が東京で連日200人以上が続き、なんだか感覚も麻痺してきた方も多いのではないでしょうか。

そして、そこまで感染者数が多くなってきたのに重症者数、死者数が伸びていないことを指摘して、新型コロナウイルスの危険性が無いかのように語っている方もそれなりに目立ってきた気がします。少なくてもTwitter上では。


実は私のtwitterのTL上では、


①保守的医療層(保守的=標準的なという意味)→医療的にはまだわからないことが多い。感染拡大を重視し、行動制限をしっかりすべき


②経済重視層→BCGなり何らかのファクターXが効いている。早く指定感染症から外し、3密避けながらの自由な経済往来を


に2分されている印象ですが、現実解はその中間なのでは、と強く感じます。


怖がりすぎても何もできないし、そういう状況下は正直はっきりわからない、つまり4月と同じ気持ちで怖がっている必要があるのかどうか。本当に恐ろしいのはインフルエンザ流行も重なるであろう秋以降なのでは?という気持ちが強くあります。


一方で、BCG接種、ことに東京株が効いているという説が、いわゆるシティズン・サイエンティスト的なJ Sato氏をの発見を元に展開され、アカデミアにも一定の基盤を築いている印象を持ちます。しかし、たとえBCG接種が死亡率低下に寄与しているとしても、新型コロナウイルスの性質がまだはっきりわからない部分があり、一部の重篤化した方の臨床経過がやはり他の風邪ウイルス系のものとは格段に違う以上、「大丈夫だから普通の生活に」という説を唱える方は極端に感じられます。



そういう意味では東京都医師会の提言は真剣に考えるべきことのように感じられます。


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https://www.tokyo.med.or.jp/wp-content/uploads/press_conference/application/pdf/20200710-2.pdf


にある世代別行動制限の提案は良いのでは、という気がします。但し、デイサービスなど福祉サービスはちゃんと動かした上でということではあります。そうでないと介護の家族が疲弊して具合を悪くしてしまうでしょう。



年齢階層別に感染者数、死者数を考えてみる


世代間別行動制限的な考え方に賛同したいのは、日本を含めた各国のデータを世代間別に見てみた結果です。
これに関連して、一度期せずして東北大副学長の大隅典子先生と意見交換を少しだけしてみたことがあります。

Newsweekの記事をもとにした意見交換でしたが、要するに日本の死者数の少なさにおける要因は、施設入居高齢者の多くが感染を免れたことによる、ということです。
一方で、記事中にもあるように、死亡者の多かった欧州各国では施設高齢者がかなり亡くなっている。

イギリス、イタリアとアメリカでは、高齢者を病院から老人ホームに移動させ感染を広げたり、施設内で感染者を隔離していなかったりと人災に匹敵するような判断ミスも高齢の施設入所者の犠牲を広げた。大型のクラスターとなり死亡者が発生してからやっと、政府が高齢者施設の重要性に気が付いた状況だった。
一方、驚くべきことに、170万人以上が高齢者施設に入所・通所している世界一の高齢化社会である日本で、施設での集団感染が少ない。厚労省が3月31日に公表した医療・福祉施設でのクラスターは14件あり、そのうち3件のみが高齢者施設であった。

施設にいる高齢者のうち何%がコロナで亡くなったかという数値に換算すると、ドイツが0.4%、スウェーデンが2.8%、イギリスが5.3%、スペインが6.1%であるのに対し、日本は0.01%にも満たない。


かねてより日本では第1波(3-4月の時期)での死亡者数が少ない要因に、高齢者の感染が少ないのでは?と私は思ってきました。そういうと、いやいや日本を含めて世界中で死者の大部分は高齢者でしょう?と言われそうですが、それでも高齢者の数が非常に多い中、割合としては高齢感染者が非常に少なかったのでは?ということです。


一方で、東アジア全般に新型コロナウイルスの死者数が少なく、その中では日本は劣等生だ、という意見も聞かれます。
www.newsweekjapan.jp


ということで、新型コロナウイルスの感染/死亡に様々な要因が複雑に絡むのを承知の上で、とりあえず各国の感染者数の年齢階層別データに着目してみます。
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データ収集の日付には少しばらつきがあって申し訳ないのですが、日本は7/15日時点(感染者数22140名、死者数977名)、他国は6/12に収集できた数字から引用しています。
欧州からは3-4月時点でとても辛い状況にあったイタリアとスペイン、それに欧州の中では優等生と見なされるドイツ、そして東アジアからはベトナム,タイという感染対策成功国、それに韓国を選んでみました。


どうでしょうね、一見してわかるのは、日本を含むアジア各国では感染者年齢の多くが20-49歳なのに対して、イタリア・スペインではそれに匹敵もしくは凌駕する勢いで高齢者割合が高いことです。ドイツは欧州にも関わらず東アジアに近い傾向です。


ついでに右肩に各国の年齢中央値(2015年)を載せておきました。これが高いほど当然ながら人口に占める高齢者割合が大きいわけです。日本の年齢中央値は世界一、ドイツは2位、イタリア,スペインも最上位グループです。一方タイ,ベトナムは若いですね。ベトナムの年齢中央値は30.5歳、実に日本より15歳も若く、人口ピラミッドを見ても高齢者層の少なさが一目瞭然です。


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何を言いたいのかというと、要するに、東アジアで死者数が少ないのは基本的に若い人ばかりが感染しており、高齢者感染数が非常に少ないからでは?ということです。


そう考えてみると、高齢者数が圧倒的に多い日本でこれだけの数しか高齢者感染が出ていないのは、日本の感染者予防策が上手く行っており、ドイツもまたあれだけの中でさすがと言える予防ができているのではないでしょうか。


ちなみにドイツでなんで高齢者が守られたのか?、はドイツでの老人の独居の多さ(単身もしくは夫婦のみ)によるのかもしれません。2010年時点でドイツは子供と暮らす同居率が2%とのことです。一方でイタリア・スペインは同居率が高く、それが感染者拡大に寄与した可能性は高そうですね。


ただ、介護が必要な場合に施設介護よりは在宅介護、という流れは欧州で強いらしく、そのせいでドイツもかなりな数の感染/死者数が出たと言えるのかもしれません。

www.oshiete-kaigo.com


ご存知の通り、日本を含めて各国の死亡者の殆どを高齢者、特に80代以上の方が占めているわけです。
このデータを見る限り、第1波で日本の死者数が少なかったのは単純に感染した高齢者の数が少なかったのが最大要因、に思えます。


感染者数に占める死者の割合を見ると、あの集団免疫政策が失敗だったと言われるようなスウェーデンと日本を比べたって、年齢階層別に見るとさほどの違いは無いのです。(データは7/14時点)

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新型コロナウイルスによる死者を少なくするためには高齢者感染を防ぐことこそ重要だとわかります。
私が嘱託医を勤める老人ホームでも現在に至るまで入居者の新型コロナウイルス感染は0であり、Newsweekの記事にもある通り、時折高齢者施設のクラスターが報告されますが、ほぼ全てと言っていいくらいに日本の高齢者施設は感染を免れています。
当然ながら高齢者施設にいる方は基礎疾患を抱えていることが多く、今後も日本での死者を少ないまま維持していくためには、そういった施設を始めとして、高齢者の方の感染を如何に少なくできるか、が鍵だと思いますね。


感染しては困る高齢者がまだまだ大勢いるはず


連日報道されている感染者数、日本が今回の若者感染者の増加でますます感染者割合は途上国のように若者中心に偏ってきており、もし新型コロナの免疫というのが弱い感染で獲得されることがあるとすれば、暴露されていない高齢者との世代間乖離が激しくなっているかなあと危惧します。


あのイタリアでも70代以上高齢者の感染者、死者割合は実際の同世代人口に比してそれぞれ1%、0.4%程度、であることを考えると、まだまだ感染していない高齢者は大勢おり、本格的な冬の第2波が来ると、油断すると高齢者死者数はまた欧州で凄いことになるのでは?と思ってしまいます。


でも、もしかしたら、欧州では脆弱なリスクの高い高齢者はほぼ亡くなっていて、免疫も一定程度獲得しており、日本を含む東アジアは高齢者が感染暴露されていないだけに、より一層危ない、という可能性だってあるかもしれません。



その意味で、冒頭にあげたような、東京都医師会の世代別行動制限は、今後も経済活動を進めるのであれば必要な考え方に思えます。
どうすればということに関しては、良いアイデアをお持ちの方に委ねたいと思いますが...。


次回、スウェーデンの死者数について他の欧州との比較というのを少しばかり書くつもりです。

新型コロナ雑感(1)_西浦氏42万人について

また2ヶ月経ってしまいました...
更新しようにもなかなかできないのは、私自身もこのコロナ禍である種の無力感に陥っているのかもしれません...。
前回4/24にアップしてから、1ヶ月以上は自分の会社と、勤めるクリニックで言ってみれば危機管理をしていて、精神科医ではありますが、新型コロナウイルス情報ばかり見る日が続いていました。


どうもこのコロナ禍は、専門家でなくても(つまり私もですが)何か言わなければ気がすまなくなる病に皆さん罹っているようで、なかなか議論が収束せず、専門家は専門家で一定程度揺らぎがあるし(当たり前なんですけどね...)、「私の信頼する専門家」の意見のみ声高に主張する人が溢れている気がします。


信頼できる人でも時にはブレるし、意図によって語る言葉は違ってくる


実際には、ある事実があったとして、専門家であってもリスクの軽重を判断する際にはその人の拠って立つ基盤によって、また経験によっても、発言の狙いによっても揺らぎが生じ、誰か1人が全期間に渡って科学的・医学的に妥当なことを言い続けることは難しいわけです。


そんな中一貫して冷静で中庸的な、そして一般的な思考をとる医師からみて納得できる記事を書いてくれているのは国立国際医療研究センターの忽那賢志先生でしょうか。

news.yahoo.co.jp



その一方、信頼が揺らぐ専門家としては例えば、神戸大感染症内科教授の岩田健太郎氏。私自身深く尊敬するのですが、時折言動がエキセントリックになり、ダイヤモンド・プリンセス号に乗り込んで、語る必要のない恐怖を一方的に喋って、結果的には成功したと思われるかの船での対策への評価を混乱させたわけです。しかし、それ以外の面での氏の発言には勉強させられ、納得できることがやはり多く、基本的には信頼しています(というのも私の主観に過ぎませんけどね)。

教授 | 神戸大学病院感染症内科



また、「8割おじさん」で知られる厚生労働省クラスター班の西浦博先生。
news.yahoo.co.jp

西浦先生はこの、新型コロナウイルスはインフルエンザのように皆が皆ウイルスを拡散するというわけではなく、感染者のごく一部が多くの人に感染拡大させてしまうことを見抜いた方です。こういった感染症の伝播に関しての数理モデル構築では日本で唯一無二の方でもあるわけです。*1

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この図は、5/29の専門家会議資料から。


www.mhlw.go.jp


このままだと「42万人が死亡する」、との主張があったのは4/15でした。
www.asahi.com


で、この発言が色々と取りざたされているわけで、特に何もしなければ...の計算根拠は、基本再生生産数(1人の感染者が何人に感染させるか)を2.5にしたことのようですね。
この2.5という数字が大きすぎる、と批判もされているのですが...


4/15当時を振り返ってみます。
私は社員に向けた現在のコロナ状況への考察を4/2以降毎週作っているのですが、ちょうどその時点での感染者動向がこんな感じでした。


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そう、感染者数(色々と言われますが、正確には捕捉陽性者数というべきかなと)が5日で倍になるようなペースであって、死者数は増加ペースがこのままだといいけどな...と感じているような時期です。私自身は新型コロナの最前線にいたわけではなく、外来の数を減らした関係で仕事量そのものは減っていたわけである意味とても時間的余裕ができていたのですが、当時最前線にいた医学部同期の回想を聞くに、現場では非常に切迫した状況でした。


私の親しい同期2人は東京多摩地域と千葉県成田辺りにいたのですが、ことに東京での防御具不足は大きく、5月に入った時点でゴミ袋を切って利用していたわけですから、たとえ軽症でも感染者数が増え続ければ一層医療状況が逼迫したのは明確です。


そもそもこの新型コロナウイルスは、8割以上は無症候〜軽症であり、罹ったとしても重症化は少ない、という一見大したことのない性質を持っており、そしてそれこそが私を含めて多くの医療者が当初リスクを見誤った要因です。問題は数なのです。特に、指定感染症*2であり基本的には入院させなければいけない中、2週間は様子をみなければいけないという出口が狭い状況下で数が増えることは恐怖でしか無い。数が増えればどんどん医療が逼迫していく、それも凄まじいスピードで、というのが当初わからなかったのがこの新型コロナウイルスの怖さでした。



従って、4/15の時点である意味、非常に極端な数字で国民を脅かしてくれたのは末端の医療従事者として大変有り難いなと感じたと記憶しています。もちろん、当時はまだ現在進行系ですから、大げさな嘘で脅かしている、と認識したわけではなく、本当にひどい状況に振り子が振れることがありうるのかもという危惧も抱きながら、という状況です。


同じく専門家会議の資料から分かる通り、

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実は感染者のピークは4月初旬にあったわけで、その後増え続けたということはないわけですが、それは結果論というべきでしょう。

www.newsweekjapan.jp

リンク先記事で西浦先生、

私たちモデラーは、リスク評価についてはアンダーリアクト(控えめに言う)よりは、オーバーリアクト(大げさに言う)して話をすべきと、肝に銘じながらやってきた。

と述べてますね。


つまり、4/15の発言は意図的なオーバーリアクトだったわけですが、そこには、人は必要を越えて伝えられて初めて必要程度にしか動かない、という人の行動への一種の不信感(ある意味信頼感)があったのだと思います。行動経済学的に言えば、人同士の接触を抑えて感染者数を抑えるためのナッジ*3として上手く機能したと言えるのではないでしょうか。



あれ、論点がずれてきたかな。
要は基本的に正しい(であろう)ことを語っている先生方でも、ときには間違ったり、また発言に意図を混ぜ込んで大げさに言ったりすることはあるということですね。


でもまあ、日本は押谷先生率いるクラスター班の先生方を信頼すれば良かった(というのは日本での死者が少なかった結果から明らかに私は感じるのですが)のは、大変な安心材料でした。今回の政府の白眉は対策班に十分に信頼できる先生方をおいたこと、そして意見を十分に聞いてくれたことにあると感じます。


www.m3.com


*1:他にもいるんでしょうが、残念ながら声大きい人はいないようですね...

*2:指定感染症だからベッドが逼迫するのだ、という意見には傾きたくなりますが、性質が十分わからない段階では患者とわかった以上医療ベースに載せるほうが望ましかったとも思いますし、途中からホテル利用などするようになるなど柔軟な対応が結果としてできたのは良かったです。

*3:ナッジとは、自由な選択をできる状況にありながらも、良い方向への選択肢に誘導させる声掛けや何がしかの仕掛けのことです。例えば、レストランでシェフが食材消費のため特定のメニューを客に選択させたい時、あからさまにこれをオーダーしろというのではなく、「シェフのお勧め」といった形でメニューに載せられていると、ついオーダーしたくなりますよね。そういうのがナッジです

色々変わりましたね

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2020年1月28日朝日新聞から。武漢から帰国したチャーター機


久しぶりに更新となります。


前回tDCSのことを書いてから2ヶ月と少し、すっかり世界の景色が変わってしまったことに驚きます。
毎日毎日、新型コロナウイルスのことで情報がほとんどが占められ、さらにその情報に基づいた決定も日々更新をされるために、1ヶ月どころか、1週間前にはこう考えていた、ということが既に変わっていることに気づいて愕然とすることがあります。

皆様はお元気でしょうか...
私の方は、身体的には元気ですが、経営しているカウンセリング施設株式会社ライデックは4/2より休業しており、勤めているクリニックは通常通り診察中ですが、患者さんの感染機会を減らすために待合を減らすよう工夫したりしています。そして、大学の方は週に1回赴くと、随分と人が減りました...。



さて、前回更新時の2/5あたり、何考えていたんだろう...と思います。
記憶では、ダイヤモンド・プリンセス号(以下DP号)に対する処置に対する賛否が随分と取り沙汰され、私自身は一貫して日本は頑張って対応している気がしていましたが、世界からは批判を浴びていた印象です。

記事主張の是非はともかく、この記事はDP号をめぐる日本の対処を振り返るのに良い気がします。
www.fnn.jp


この当時の私のtwitterでいいね、を押したツイートが参考になるかもしれません。
1/30ですが、

当時の空気感がよくわかる気がします。

中国武漢における感染爆発を受けて、徐々に新型コロナウイルス(以下新型コロナ)に対する不安感が日本でも出て来ているのは事実です。
武漢渡航歴のない、バス運転手の方の感染が報告されたのもこの時期でした。でもまだまだ水際対策が効くのではないかと考えていた時期ですよね。

一方でこれは大事になると予想されていた方もいたとは記憶しています。

武漢からのチャーター便で日本人が帰国されたのもこの時期、1/28を皮切りに、2/17の第5便到着まで続きます。日本政府のこの対応は非常に良かった、十分に早かった気がします。


ただ、大概は、そして、医者も、特に普通コロナウイルスって風邪でよく見るウイルスだよね?と考えていた人たち、その中には私も含まれるんですが、こんな感覚だった気がします。

感染症大家の岩田先生ですから、決して新型コロナに対して感染拡大への危機感が無かったわけではないし、子宮頸がんワクチンが十分に広まっていないことを憂う現状は今も変わりありません。しかし、新型コロナへの危機意識の切迫感、という意味では岩田先生でさえこう呟く程度でした。*12月始めはこんな空気感だったんですね。


さて、そんなまだまだ怖くはないかな、みたいな雰囲気がどのように現在のようになってきたのかは、備忘録も兼ねてまた次回に。

*1:本筋とは関係ありませんが、岩田先生がDP号に潜り込んで訴えたレポートはかなり衝撃的でした。それは岩田先生が憂えた内容というよりは、そんなことまでしてしまうんだ,岩田先生!!という意味で。個人的には新型コロナのことを真剣に考える契機にはなった気はしまし、その後の先生のtweetは安心して参考にしていいことを呟いてくれている、と感じています。

tDCSの新しい研究を始めました_被検者さん募集中です

気づけば今年最初の記事になってしまいました。
なかなか進まずスミマセン...


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さて、tDCS,経頭蓋直流電気刺激の記事は何度か書いていますが、新しく研究を開始しましたのでお知らせします。
被検者さん、募集中でもありますので、ご興味あるかたは是非ご連絡ください。


内容について説明しますね。


tDCSは頭皮上から弱い電流をかけて、脳機能に影響を与える刺激です

neurophys11.hatenablog.com


詳しくは以前書いたエントリから把握して欲しいのですが、幾つかある脳刺激法の1つ。
tDCSはその名の通り、頭皮上から弱い(0.5〜2mA程度)直流電気刺激を与えて、その刺激が頭皮直下の大脳皮質神経細胞に影響し、学習や行動の変化をもたらすことを目的に使います。


もちろん、将来的には治療に繋げたいので、その変化は今ある機能を改善させる方向を目指します。
大きくは次の3領域で考えるといいでしょう。


・認知機能を向上させる。
記憶、注意、処理速度、判断力など


・運動機能を向上させる。
麻痺の改善(リハビリ)、筋力増加、より良い運動技能の習得など


・病気の症状を緩和する。
うつ病の諸症状、頭痛、慢性疼痛、めまいなど



何せ装置自体はとても小型で扱いやすく、刺激による危険性は非常に低い(事実上ありませんが、局所に強い電流が流れてしまうと頭皮の火傷に繋がります)こともあり、被検者さんにも検査者にも優しいデバイスではあります。


主に上記3領域を対象に近年は研究成果の報告が相次いでいるのですが、近年特にアメリカでは民生用機械が発売もされており、スポーツ選手が使ったりしているようです。もっとも研究者的にはその効果はそこまで言っていいのか?と疑問に思うところはあります。


japan.cnet.com



今回の研究目的は?

ワーキングメモリを対象にした研究です。
ワーキングメモリとは、何か作業なり課題を為すときに一時的に必要とする記憶能力のことを指します。


例えば、電話番号、言われたとき直後に電話をかけるのであればなんとか覚えておくことが可能でしょう。


そんなふうに、何か用事をする際にちょっとの間だけ頭に留めておいて、必要な時間だけ使ってその後は忘れてしまう、そんな記憶です。


一昨年、私は学生さんと組んで、このワーキングメモリが、左の背外側前頭前野という大脳皮質をtDCSで刺激して向上することを報告しました。ただし、どちらかというと高い能力を既に持っている学生さんが被検者でした。


sway.office.com



今回は、改めて、人数を拡大して行います。そして、どちらかといえばワーキングメモリが弱い方で能力向上がより大きいのでは?と考えています。


将来的にはこれがワーキングメモリに弱さを抱えがちな、ADHDの方や、学習障害を持つ方、うつ状態の方などに応用可能であればと期待しています。


千葉大学医学部で行いますので、ご興味を持った方は是非下記画像を参考に私までご連絡ください。
本当に若干ではありますが、謝礼を差し上げます。


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真田丸に見る秀吉の黄昏と認知症

blogの更新が遅くなりました。


最近は会社の公式blogの方を優先させているこの頃です。来年は今少しこちらも頻度を上げていきたいと思うところ。


ちなみに最近は抗ADHD薬として第一選択薬であるコンサータについて書いていますので、ご興味ある方はご覧いただければ幸いです。

www.tsudanuma-ridc.com


さて、年末なので業務と関係ない話題を。


はい、私は今三谷幸喜脚本の大河ドラマ真田丸」を息子と観ています。以前NHKオンデマンドで観たので2回目です。


作品は出演俳優のあの人の事件によってNHKオンデマンドでは観られなくなってしまったので*1、DVDで借りています。



そして、改めて見ながらまた泣きそうになってしまいました。

老いた秀吉と、その介護にあたる真田信繁(後の幸村)を描いている第30章「黄昏」です。


この回描かれるのは秀吉晩年。第二次朝鮮出兵の直前。秀吉はその才気と陽気で人たらしの性格で沢山の智謀の配下を得てのし上がり、果ては織田の天下を継いだ言わずしれた戦国の英雄、天下人(てんかびと)です。


しかし、晩年は老いた故か、朝鮮出兵のような後世に禍根を残すことになる施策や、秀吉の子の出自をからかった落書きに対して側近さえついていけない残酷な仕打ちを番の者たちにしたりしてしまっています。


そんな秀吉はますます老いていくのが明らかで、考えているのは息子、お拾(ひろい:豊臣秀頼の幼名)の将来ばかり。


ドラマが描くのは明らかに認知症になった秀吉に付き従い、甲斐甲斐しく世話をする真田信繁の姿。
それはもう切ない姿が描かれるのですよ。
 

ここではキャプチャー映像を見ながら(著作権気になりますがこれはきちんとした引用と解釈して欲しい...)。

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秀吉の側に呼ばれた石田三成片桐且元。秀吉脇には真田信繁が付き従う。老いを悟ったのか秀吉は三成と且元に金子を渡す。脇にいる信繁に気を使う且元は「信繁には?」と秀吉に問うと、秀吉は信繁の顔をしげしげと眺めて「(こんなやつは)知らん!」と(1)。

 

「我々は長い付き合いだから」と三成・且元に信繁は気の毒そうな目で慰められるが、彼らが去った後瞑目し、ショックを隠せない(2)。そりゃそうですよ、これだけ甲斐甲斐しく世話を焼いているのに存在を忘れられてしまったんだから。


そこへいつの間にか近づいていくのが秀吉(3)。なにやら様子がおかしい。ちょっと来い、ちょっと来いと信繁を障子裏に手招きして一緒に隠れて「遅いのう、市松(福島正則の幼名)は」とつぶやく。
 

このシーン、実は信繁が始めて秀吉と直接会った日の再現で、以前はこのまま秀吉について芸者遊びの場に抜け出すのです。老いた秀吉は今その過去に戻っています。そこに気づいた信繁は当時と同じように初めて会ったふりをしながら、「もしや秀吉様では?」と(4)。振り向いた秀吉はここで信繁の心を救う一言を。「わしは利発な若者が大好きなのじゃ。そちも一目見て気に入った!」と。

 
しばし過去の再現に付き合った信繁は優しく秀吉を床に誘導し、休ませる(5)。 

 

この姿が真実であるかは置いといて(いやこの下りのすべてが三谷氏の創作なんでしょうけど)、このシーン、本当に好きなんですよ。

 
かつての姿を失っていく認知症の秀吉、我慢して、時にすごいショックも受けながら介護する信繁の姿、そして過去を生きる秀吉は信繁に会うと、かつてと同じ反応...認知能力は落ちても人格の核の部分は変わっていないところに介護者が救われる場面といえないでしょうか。脚本の三谷氏の優しさを感じます。晩年表面的な人格が変われども秀吉に尽くす信繁に救いを与えてくれたのだと思います。


ちなみに他の場面でも、三谷氏は秀吉配下のそれぞれにとても優しい演出を施していると思います。それぞれの労苦が、彼らの主君である秀吉の一言によって救われるような...。ただし、秀吉本人には些か残酷な死に方を用意していて、それは晩年見られた秀吉の行為への処罰的意味合いがあるのかどうかな、とか思うわけです。
 

ところで、秀吉は恐らくアルツハイマー認知症として描かれていると思うのですが、それにしては易怒的で、人格変化がやや強い点でアルツハイマーではなく、以前本blogで書いた、嗜銀顆粒性認知症なのかも、という気がしたりします。


neurophys11.hatenablog.com


でも嗜銀顆粒性認知症にしては発症が若すぎるかな...嗜銀顆粒性認知症は高齢者発症が特徴的ですが秀吉は62歳没ですからね。
アルツハイマー認知症に加えて、天下人の贅沢な食事が脳血管病変を促進して脳血管性認知症も合併している、それがための情動不安定でもいいのかもしれません。


秀吉の晩年の所業については、独裁者固有の猜疑心などでも説明できそうですが、私としては若かりし頃の秀吉の寛容さとは随分と違う点を考えて、何らかの神経変性疾患を抱えたゆえ、と考えたいのです。これまでの学説などはあるのでしょうかね。影響されるのも嫌なので敢えて調べていませんが、今後はちょいと調べてみようかと思います。



 

真田四代と信繁 (平凡社新書)

真田四代と信繁 (平凡社新書)

  • 作者:丸島和洋
  • 発売日: 2015/11/13
  • メディア: 新書
 
 

 時代物を読んだり見たりすると気になるのはどこまでが事実なのか演出なのか、そして虚構なのかじゃないですか?

本書はドラマの時代考証を担当した丸島氏による真田信繁論なので、非常に参考になります。

また次のネット記事、丸山氏へのインタビューで、非常に誠実に考証されたのだとわかるのです。リアルタイムでは詳細なツイートしていたとのことで、あぁその時に知っておきたかった。

 
toshin-sekai.com



ところで、真田丸を見て印象が変わった最右翼といえば石田三成じゃなかろうかと。

ドラマではちとかっこよすぎな気もしますが、有能であり、秀吉への忠誠心は本当だったのでしょう。ほんと、惜しいのです、三成さん。もっと天下のことを考えて生き残って欲しかった。もしくは大阪の陣までいてくれれば...それは無理だったかな。蓄財を全くしていなかった真面目さが胸を打ちます。 

 

知られざる名将 真田信之 (だいわ文庫)

知られざる名将 真田信之 (だいわ文庫)

ドラマでは信繁の兄、信之はやや情けない描かれ方をしていますが、この人なくして真田家は幕末まで残らなかったのであり、超名君です。

あの時代に93歳まで生きたのも凄い。晩年まで子どもたちの件で悩んだのは些かお気の毒。

1つ言えるのは、暮らすなら信之殿の下なら安心できそう。

 

峠越え (講談社文庫)

峠越え (講談社文庫)

  • 作者:伊東 潤
  • 発売日: 2016/08/11
  • メディア: 文庫

 
ドラマでは当然家康は信繁の仇敵になります。三谷氏の家康、なかなか気弱な人でユーモラス。特に序盤、信長死去の方に触れた時家康は京都に行く途上であったため、急ぎ国に帰る必要があったのですが、その時の「伊賀越」の描き方は、気弱な家康が随所で覚悟を決めつつ三河に帰り着く様がとりわけ可笑しかったので子どもも大いに笑っていました。


さて、信玄や信長に怯えつつしかし結果的にはそれら重しを除いていける家康の知謀を描いたのがこの小説。フィクションですよ、もちろん。でもこの線で小説の後も読みたいものです。


ちなみに、私は家康が勝ったことが日本のために本当に良かったと感じています。結果として江戸260年という長きに渡る繁栄を享受できたのですから...とはいえ、鎖国政策が科学技術の移入や日本人の科学的思考を妨げたとも思えます。もし秀頼政権(もしくは秀次政権)や、関が原時に九州平定を進めた黒田如水による天下、というのものがあったらもっと開放的だったのかしら、とか考えんでも無いですが。

 

*1:この件に関しては色んな議論があるでしょうね。私としては1出演者の不祥事で、その作品に関わった全てのスタッフの皆さんの仕事が結果的に全否定されてしまう形になるのは悲しく、避けて欲しいと感じます。始めにこういう経緯があったと説明した上で同意した人には見られる形にしていただきたい。