ADHDの薬は何が理由で飲めなくなるか?

前回のblogに書いた、多くの人が持つ疑問、2つに関連して今日は書きたいと思う。
その2つは…
・依存症にならないの?
・もう絶対やめられないのではないか


どうしてそんな疑問が出てくるのかと言えば、ADHDに使う薬、特にコンサータ(メチルフェニデート徐放錠)が「中枢刺激薬」に分類され、薬理学的にも法律上覚せい剤に分類されるアンフェタミンに作用機序が近いことが心配されるからだろう。そういった知識が無くても、ADHDのように多動や不注意が問題になる特性に対して「刺激」してしまったら余計悪化するのでは?と危惧するのも気持ちはわかる。


どんな薬でも投与によって起きた副作用ないしは有害事象は投与中止の理由となる。コンサータストラテラの投与試験・研究における中止理由を見てみると、何に気をつけたらいいかがわかるのではないか、というのが本日のお題。


コンサータ長期投与試験で依存症は発症したのか?
コンサータで依存症が心配されるのは、覚醒剤が依存症を作り出す、脳内の快感中枢すなわち側坐核(⇛Wiki)という部位と作用部位が重なるからだ。アンフェタミンやコカインといった覚醒剤側坐核においてドパミン濃度を上昇させ、それが脳内報酬系を活性化させると得も言われる快感につながって、嗜癖(依存)を生じさせる。


ところが、以前から書いているように、ADHD脳はこの側坐核(に限らないのだが)におけるドパミン神経系の活動がそもそも弱く、非ADHD者が快感を感じられる刺激でもこの脳内報酬系が活性化し辛い。つまりコンサータは元々反応し辛い脳を普通の刺激で活性化できるようにする程度にしか脳の反応性を上げないと考えられるのだ。


そんなわけでどの本でも強調されているように、実際にコンサータによる依存症というのは、診断が正しい限りにおいて無いと考えて良いのだが、日本で行われた、成人のADHDを対象にした48週間の長期投与試験の結果から見てみたい。


成人期の注意欠陥/多動性障害患者を対象としたJNS001(メチルフェニデート塩酸塩徐放錠,コンサータ錠)18,27,36,45,54,63または72mg/日の非盲検可変用量長期投与試験 (内容は専門家向け)


この試験の対象は小児期にADHD診断が確定している成人253例で、205例(81%)が48週の投与期間を通じてコンサータを継続し、48例(19%)が投与中止となった。オープン試験であり、つまり医者も患者も何が投与されているかは知っている試験なので、二重盲検試験のように、薬の有効性を見るものではない。最低投与量の18mgから開始し、症状を見ながら、人によっては72mgまで増量している。


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さて、この試験の中止理由は図の通り。48例のうち、有害事象は22例、すなわち全体253例の8.7%が有害事象(副作用)を理由にした中止であり、中止例の46%にあたる。
その内訳を見ると、多い(といっても4例、3例)のが動悸と悪心。動悸はどちらかと言えば交感神経系を刺激する方向に働くことを考えたら当然だし、コンサータの薬理作用である(結果的な)ドパミン受容体刺激増強は、末梢では特に上部消化管(胃・十二指腸)の動きを抑える方向に働くので出現しやすい副作用だ。ただし、よく言われる食欲減退や不眠といった副作用中止はそれぞれ2例、1例と、かなり少ないこともわかる。
さて、ここで注目したいのは依存症が生じたのかという点だが、投与中止に至った48例いずれも、やめられない、という依存は生じていない。有害事象が出てくれば即座に中止できるのだ。


ストラテラコンサータの中止理由比較
さて、もう1つの抗ADHD薬、ストラテラのほうはどうだろう?
こちらの特徴は、脳内のノルアドレナリンという神経伝達物質の働きを増強させるところにある。機能としては覚醒・注意・意欲など人間が行動する時に必要な能力を活性化させる働きをもち、うつ病で機能低下が目立つことも知られている。ADHDもこのノルアドレナリン神経系が全般に機能低下状態にあり、ストラテラはその機能向上に働く。


コンサータと違うのは、ストラテラは理論的には依存症をそもそも発症させない。それは、先に述べた側坐核におけるドパミン濃度上昇を来さないことによる。なので、ストラテラの場合には依存症は心配しなくてよいのだが、副作用による中止には何があるのだろう。


コンサータストラテラ双方の長期投与を約3年、子どもも含めて対象とした報告から見てみたい。


注意欠陥多動性障害 (ADHD) の薬物療法
—methylphenidate徐放錠およびatomoxetineの継続率等からみた有用性の検討—(専門家向け)


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この報告の対象は、コンサータ460例(男395、女65、6-21歳)、ストラテラ121例(男102、女19、6-20歳)。
図を見てみよう。コンサータは中止率40%。先ほどの臨床試験に比べて中止率が高いのは、こちらのほうが、投与期間が長いこと、年齢層が若いこと、ストラテラという選択肢もあることなどが理由かと。ストラテラでは中止率が50%とより高い。これは筆者らの薬剤選択では、コンサータが第1選択であり、コンサータ中止例やコンサータ無効例にストラテラを使っており、対象がより難治であることも関係している。


グラフを見てほしいが、副作用による中止例はコンサータでもストラテラでも割合としては決して高くないということがわかる。中止に至った理由を見ても、コンサータは先述の臨床試験と余り変わりはない。一方、ストラテラの方だが、コンサータに無い(少ない)面として、乱暴と強度の眠気、が挙げられている。ストラテラコンサータと異なり、中枢「非」刺激薬に分類されるので意外感があるかもしれないが、実はストラテラで攻撃性や易怒性が高まる事例の存在が知られている。また眠気が強いこともままあるので、服薬時間としては夜が望ましいことも多い。
ただし、いずれにしても生命に関わるような副作用や依存症など深刻なものは無く、出現した副作用も服薬中止により回復している。また、攻撃性や易怒性は副作用としてある人がいたとしても、むしろ気持ちを穏やかにコントロールできるようになる人の方が多い(それが抗ADHD薬の効能ですから)。


ということで、抗ADHD薬の主要な2剤において、実際には依存は問題にならず、また副作用中止、効果あるも止めた、といった中止理由はむしろ一度始めたらやめられない、という誤解を払拭するに足りるのではないかと思う。


服薬を怖がってばかりだと学習機会を逸してしまう
ADHD者の抱える諸問題に対して薬が全てを解決できないのは勿論だが、少しでも(人によっては大いに)解決に至る手助けになり得るのは確かだ。懸念があれば中止できることを考えれば、服薬に消極的になる必要は無いといえるのではないか。
ADHDの特質故の不器用さや課題達成困難を抱えたまま、「出来る」という経験を積めないのであれば劣等感だけが強くなってしまう。とりわけ子どもの間にそうならないよう、服薬は選択肢の1つとして考えたい。


大人のADHD: もっとも身近な発達障害 (ちくま新書)

大人のADHD: もっとも身近な発達障害 (ちくま新書)


以前も紹介した昭和大学附属病院精神科岩波明氏の著作ADHDADHDとして診断されることが重要だとわかるはず。うつ病などではなく。岩波先生の精神科ではADHD向けデイケアも行っており、見学した印象としてはとても素晴らしく感じた。



ご存知モデル・タレント・俳優の栗原類氏の自伝的著作。栗原氏はASD+ADHDでそれ故の学習障害も抱えて成長したようだ。小学生時代ニューヨークで過ごしており、彼の地と日本の小学校の違いが私にはとりわけ興味深かった。NYの小学校が示す子どもへの対応の柔軟さ。この本は日本の教育界のお偉いさんに是非読んで欲しい。

コンサータやストラテラをめぐる葛藤について

・薬を使って良くなっても意味が無いのでは?
・依存症にならないの?
・もう絶対やめられないのではないか


ADHDの方に薬を使うというとき、特に勉強している家族の方からはこんな疑問を呈されることが多い。一方、医者の立場からすると、ADHDには薬が有効であり、どちらかといえば積極的に使用した方が良い場合が多く感じられる。しかし、薬を使う、ましてやADHDというどちらかといえば疾患というよりも特性(性質)上の問題に対して、薬を使うことに直感的に躊躇し、葛藤する人は多いし、その感覚そのものは健全だと思う。


なので、自らの、もしくは子供を含めた家族のADHD特性に対して薬を使うとはどういうことなのか、改めて考えていきたいと思う。


決心だけじゃどうにもならない
ADHDの3主徴として、多動・不注意・衝動性が挙げられることが多い。


adhd.co.jp

ストラテラ(一般名:アトモキセチン)を発売しているイーライリリー社の作ったページだが、コンパクトにまとまっているので見て欲しい。
3主徴とは具体的には…
不注意として、例えばケアレスミス、人の話を聞けない、部屋の片付け、約束の時間に遅れる。
衝動性として、不用意な発言、衝動買いや重大な物事の簡単な決断。
多動として、部屋を出ていってしまう、そわそわしている、おしゃべりが止まらない。


「心がけ」や「もっと注意をすること」で解決可能なことばかりじゃないかと思う人、多いのではないか。


そう、1つ1つなら確かにやる気でどうにかなるかもしれない。実際に軽いADHD特性があるだけなら、工夫次第で、もしくは理解ある周囲のサポート次第でどうにかなる。特定の能力に秀でていたり、稀な能力を持っていれば、ADHD特性のほぼすべてを許容してもらえる人もいるだろう。


が、ADHD特性も一定程度以上になると、やる気の問題では解決できず、サポートをする側の苦労も並大抵ではない。決意を促すご家族も、一念発起を繰り返す本人も、行動改善が難しいのはとっくに承知と思う。それは、「やる気」だけではどうにもならない、実行機能障害という特性があるから。さらにその背景には、ノルアドレナリンドパミンという2つの神経伝達物質が働くべき脳の局所で、足りないという理由があり、自分の力ではどうにもコントロールできない。


  ⇛ ADHDに関する10の誤解(神話)_前編


ADHD者はなかなか快感を感じられない(報酬を報酬として感じづらい)という特性があることも以前紹介したが(⇛学習できないのは報酬系の不全が問題)、こういった脳の特徴もまた自分ではどうにもできない。


大人のADHDワークブック

大人のADHDワークブック


最近、ADHDの方にはこの本を紹介することが多い。
ADHDの概説の他に、日常生活上の様々な工夫への情報が書いてあるが、12-15章は薬に関して当てられている。


著者が紹介しているアメリカの研究(P.139)では、大人のADHDに対して2つの群を比較してみたという。1つは、大人になってからADHD診断を受けた群(大人診断群)。もう1つは子どもの頃にADHD診断を受けた群(子ども診断群)。
大人診断群は、子ども診断群より機能が高い傾向がある一方、特に不安やうつ症状を併せ持っていることが多かった。これは、それだけ長い間治療を受けず、ADHD特性に苦しんでいたのではないかと推測できる。
子ども診断群は、学業や仕事がうまく行かず、反社会的な行動やドラッグに走る傾向にあったという。早期に診断を受けたということは、それだけ特性(症状)がより重かったのではないかと推測。
(注)その研究の元にしたデータの頃には十分な早期診断や対処が確立されていたわけではないから、早期診断がされるようになった現代では子ども診断群が必ずしも症状が重いわけでも、その行く末に反社会的行動が待っている、というわけではない。


特性に苦しみ続けるのは理不尽だと思う
ADHD特性を持っているから、といってそれに苦しみ続けるのは不当だろう。
その特性が軽いとは言えず、明らかにハンデになっている場合、その改善を本人や周りの支援者の責任にのみ負わせるのは理不尽で、過酷だとdneuroは確信している。それを駄目というのは、近視の人には眼鏡、四肢切断の人には義足(義肢)の使用を禁ずる、というのに近いのではないかと感じる。


その上で、冒頭3疑問の答えはすべて’否’なのだが、それは次回。
尚、言うまでもないが(でも残念なことに)、薬は何でも解決する万能薬ではなく当然ながら日常の工夫と、多かれ少なかれ環境調整は必要とする。


マジック・ツリーハウス 第24巻ダ・ヴィンチ空を飛ぶ (マジック・ツリーハウス 24)

マジック・ツリーハウス 第24巻ダ・ヴィンチ空を飛ぶ (マジック・ツリーハウス 24)

小学生に人気のマジック・ツリーハウス。ジャックとアニーが今回会うのはレオナルド・ダ・ヴィンチダ・ヴィンチは、興味があちこち飛ぶ、新しい実験を次々行う、作品を完成させない、などの性質からADHD疑惑がある(本当の所はわからないと思うけど…)。そんなダ・ヴィンチさんがミケランジェロに「お前は何一つ完成させていない」となじられて落ち込む姿を見せるのがかわいい。
仮にダ・ヴィンチADHDだったとして、薬を使うと創造性が消えるようなことになったのか、それとも未完作品が少なくなったのか…。

片頭痛予防について

何度も書くがdneuroは片頭痛患者でもある。
辛い発作の予防が出来ればと思う。片頭痛は診断から数十年は付き合わないといけない病気。きちんと診断されて治療をしていく必要がある。


1.まずは片頭痛の頻度を知ろう
何事もまずは情報。片頭痛治療をするにあたり頻度の情報は是非知っておきたい。
いつ、何をきっかけに、どの程度の強さで、頻度はどれくらいか。吐き気や感覚過敏など頭痛の随伴症状も一緒に記録する。そして、その状態の持続時間と何かで和らいだかどうか。発作的な症状を起こすどの病気でもそうだが、記録が詳細にあれば正しい診断と治療につながる。


zutsu-online.jp



頭痛ログ(androidアプリ)
頭痛ダイアリー(iPhoneアプリ)


2.自分の片頭痛の誘因を知ろう
片頭痛には嫌な性質があって、ストレスがかかっている最中ではなくストレスから脱した後に頭痛がやってくるという人が多い。
ただ、注意してほしいのはこのストレス、何も精神的なものを言うだけではなく、肉体的負荷や、片頭痛持ち特有の「誘因」のことをいう。
Kelmanの論文(⇛The triggers and precipitants of the acute migraine attacks)に拠れば、誘因(trigger)として多いのは、(精神的)ストレス、ホルモン(女性のみ)、空腹、天候、睡眠障害、臭い、首痛、光、アルコール、夜更かし、熱、食べ物、運動、性行動*1らしい。人によってそれら誘因の数は1つから10個以上まで、非常にバラエティに富む。


私の場合は以下。*2


(1)太陽光
 日差しの強くなる春、片頭痛の頻度が増す。これは一般にも言えることで、季節の変わり目に、特に春、片頭痛頻度が増す傾向は確かなようだ。気圧の変化が…と訴える人も多い。


(2)長時間密閉された空間に、その空間には過剰な人数でいること
 会議室や狭苦しい空間。特にエアコンや換気扇が動いておらず、空気循環が無い状態で起こることが多い。CO2濃度上昇を可能性として。CO2は血管拡張作用を持つ。もっとも私には化学物質過敏もあるので、もしかしたらそちらが換気のない空間で症状を起こしている可能性も否定できないが。


(3)ある種の化粧品、塩素、ホルムアルデヒド、アルコール
 これ化学物質過敏症なのでは?という誘因だが、結果として血管拡張に至る作用を持つということだろう。ウルトラ下戸の私には、アルコール代謝産物のアセトアルデヒド片頭痛の誘因として強力だ。とりわけウイスキーで反応が物凄い。蒸留酒であるウイスキー醸造酒であるビールや日本酒、ワインに比べて酔いづらいと言われることもある中で、理由はよくわからない。同じ蒸留酒でも焼酎はずっとまし。


(4)光の点滅や風、特定の臭いなどある種の物理刺激
 陽光で無くても点滅する光に曝されるのは弱い。風に関しては昔、電車通学の時座っていると、開いた窓から吹き込むことがあったが、それに長時間当たっていることが誘因となった。扇風機の風などが偏って身体に当たっているときにも同様。またdneuroはマウスを使った研究をしているにも関わらず、マウスを飼育している部屋に入ると、臭いで片頭痛が誘発されるため、特殊なマスクが必要だ。*3


他に、一般的には、空腹、コーヒーやチョコなどのカフェイン含有物、女性なら月経などが誘因になる。だが例えばカフェインは多くの頭痛薬に配合されてもおり、治療的に働く人も多いので、やはり人によって誘因は違う。


3.予防薬はtryしよう
トリプタン系製剤という優れた頓服薬が出来たことで劇的なQOLの上昇が期待出来るようになった片頭痛だが、そもそも頭痛を防げればそれに越したことはない。誘因を避けるのは1つだが、予防薬を使ってもみるべきだ。発作頻度が高く、一度起こすと3日以上寝込んだり、トリプタン製剤の禁忌患者。さらにはトリプタンの副作用が強かったり、鎮痛薬の効果が小さい、経済的理由、などが予防治療の適応となる。


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日本頭痛学会のガイドラインから予防薬を見てみよう。
 慢性頭痛の診療ガイドライン2013



有効で、特に推奨される薬剤には、プロプラノロール(商品名:インデラル)、バルプロ酸ナトリウム(デパケン、セレニカ)、アミトリプチリン(トリプタノール)などがあがられている。
実際にdneuroが片頭痛持ちに出した経験では、プロプラノロールやバルプロ酸ナトリウムで奏効したことがある。もっとも劇的な人では、毎日のようにトリプタン製剤を使っています、という重症の片頭痛が、バルプロ酸ナトリウム200mgの服薬によって殆ど自覚しなくなった例がある。*4ただ、残念ながら自分自身には効果が無かった…。


さて、最近気になる論文が出た。最も権威ある医学誌の1つ、New England Journal of Medicineに出たその論文は、’Trial of Amitriptyline,Topiramate,and Placebo for Periatric Migraine’
片頭痛患者に、予防薬としてこれまでエビデンスがあるとされていたアミトリプチリン(トリプタノール)とトピラマート(トピナ)をプラセボ(偽薬)と比較したものだが、なんと3剤とも効果に変わりはなかった。どちらの薬剤もプラセボと比較して同等の治療効果しかなく、副作用だけ頻度が高かったので、途中で試験が中止されたほどだ。片頭痛持ちにとっては残念な報告と言える。
書いたように、予防薬の効果は人によってかなり差があると感じる。絶対の効果を期待できるわけではないが、それでも一部の人には確実に有効であり、副作用を確認しながらtryする価値はあると思う。


4.標準治療でない治療の模索は限界を作って利用する。
幾つか片頭痛治療において、いわゆる標準的医療ではない代替医療系の治療がある。それは例えば漢方薬(呉茱萸湯や五苓散など)、鍼灸、それからビタミン剤やマグネシウムサプリなど。さらに、有望かもしれないものに電気や磁気を使った治療。そして整体や気功等々…。


漢方や電気を使った治療に関してはまた機会を改めて紹介したいが、いずれにせよここに挙げたような治療に関しては、他を諦めたからといって盲目的にずっとし続けるのは感心しない。


代替医療を受けるコツは、確かに効く人は居るので、漢方や鍼灸、サプリなら2ヶ月、整体などやるならやるで最大6回までで効果を振り返ること。満足な効果もないのに延々と高額な「治療」を受けるのはナンセンスなので、そこは「治療者」の言葉に惑わされず、別なことを考えてみるべき。


ところで…
片頭痛を引き起こす誘因は徹底して避けるべきか?
確かに誘因を知ったら基本的にはそれを的確に避けるべきだろう。片頭痛は一度起こすと数時間〜数日に渡って調子の悪さが続き、あなたが発作を起こすことによる経済的損失は大きいはずだ。


だがそれでは、誘因をもたらす行動を諦めざるを得ない。
私の場合、陽光に関しては逃げてばかりもいられないので荒療治を行う。つまり、片頭痛が起きても翌日めげずにあたり続ける。学生時代テニスの合宿があると、決まって初日の夜は激しい片頭痛で駄目になっていたが、翌日以降片頭痛は起こさなかった。つまり強い暴露は感受性を鈍くし、片頭痛の予防になった。今でも季節の変わり目や、夏日差しが強くなった頃、1-2日は苦しい日を経て、慣れるようにはしている。これが片頭痛持ち皆に効くことではないかもしれないけど…。*5


サックス博士の片頭痛大全 (ハヤカワ文庫NF)

サックス博士の片頭痛大全 (ハヤカワ文庫NF)

オリバー・サックスの「偏頭痛百科」この前紹介したが新装再販されてました。お勧め。*6


症例から学ぶ戦略的片頭痛診断・治療

症例から学ぶ戦略的片頭痛診断・治療

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 南山堂
  • 発売日: 2010/12/01
  • メディア: 単行本

こちらは専門家向け。症例が多いので参考になります。

*1:性交時頭痛というのが問題としてある一方、逆に片頭痛発作を楽にするという報告も2013年にあった。今いちはっきりわからないが、発作後に欲が強まるというのは経験する。神経伝達物質セロトニンの関わりのせいか…。

*2:こんな誘因があるために、私は日差しのもと、1時間も息子とボールを蹴ったりした後ダウンし、時に激しい片頭痛発作に襲われるのは家族にとっても痛い…。情けなさ感も半端ない。空気の対流が無いと辛いと訴えると私の身近な存在には鼻で笑われて辛いものがあるし、些細な感覚に頭痛が誘発される自分がまったく面倒な人間に思える。とはいえ昔よりマシですが。

*3:マウスを使う実験している研究者でありながら、マウスの飼育施設にいると頭痛が起きてくる。こういう自分を知ったのは学部学生の頃だが、大学院生時代は、特殊な有害物質用マスクをしながら実験をしていた。ハイラック555という、1枚500円以上するマスク⇛ハイラックマスク 555。同じ悩みの人(会ったことないけど)お勧め。

*4:頭痛薬を服薬しすぎていると、頭痛薬起因性の慢性頭痛という状態にもなってしまう。この方の場合その可能性も0ではないものの、バルプロ酸服薬によって本人の自覚する頭痛の頻度は激減できた。

*5:刺激を加えながらそれによって引き起こされる症状を緩和するのは花粉症の減感作療法のイメージに近い。私の場合、では他の刺激ではどうかというと、残念ながら慣れたりはしない。まあホルムアルデヒドやアルコールなどはそもそも代謝酵素が無いので当然とはいえ、慣れてくれたら嬉しいのに…。

*6:へんずつう」は片頭痛と書かれたり偏頭痛と書かれたり。片なら痛みは片側、偏なら痛みは偏っているというイメージか。理由はともあれ医学界では「片」頭痛。だからこのblogでもそう表記。そのせいかオリバー・サックスの著作も単行本の時と表記が変わった。

不老の薬があるかもしれない

研究の講演で将来を夢見ることができることはもう10年位なかったのだが、つい先日目の覚めるような話を聞くことができたので紹介したい。


過日このようなニュースがあったのをご存知だろうか。
www.konekono-heya.com


ネコはどうも腎不全になりやすいらしく、多くのネコが腎不全で死に至る。腎臓が機能しなくなり、尿毒素が身体に溜まって死に至る腎臓病が、AIMという薬を使うことで劇的に改善したという話である。ネコでは臨床試験が進んでいるらしく、最初のネコは何と15歳。急性腎不全状態で、あと1週間で死ぬと言われたネコが、AIM投与によって奇跡の回復を果たし、計15回の静脈投与で、1年経った今、とても元気だという。


尚より詳しくは⇛ネコに腎不全が多発する原因を究明


AIMとは?
Apoptosis Inhibition of Macrophage、の略である。日本語では「マクロファージのアポトーシス抑制」。これでもなんじゃコレ?と思う人多いはず。


アポトーシスとは、プログラムされた細胞死のことで、傷ついて死に至る場合と異なり、ある種のシグナルでスイッチが入ると自ら死へのプロセスが始まるので、細胞の自殺とも言われる。マクロファージは、抗原提示細胞という細胞の一種で、免疫系の細胞だ。基本的には身体に異物(細菌やウイルスなど)が入った時にいちはやくその場に駆けつけてその異物を貪食(どんしょく:食べること)し、リンパ球などに何が入ったのかを知らせ(抗原提示)、免疫系を活発にする。貪食の対象にはそういった異物の他に、老廃物や年老いた細胞などもある。


さて、AIMというタンパク質は、普通に血液中に存在しているタンパク質で、マクロファージで合成された後、IgMという抗体*1に結合して漂っている。そのAIMだが、普段結合しているIgMを離れて、例えば死んだ細胞や老廃物の方に結合することでそれらが周りの細胞などに処理される働きを持つ。素晴らしいことには、例えば急性腎障害を起こした腎臓の傷ついた尿細管においては、どうやら死んだ細胞をその周りの細胞が取り込んで(食べて)処理した後、何かしらのメカニズムで細胞の再生が起き、臓器が回復される。


ネコの奇跡では、腎機能低下によって全身に広がった尿毒物質(尿毒症というやつだ)にこのAIMが(恐らく)結合して取り除かれ、全身状態が改善するとともに、腎臓内の損傷細胞が(恐らく)再生され、その後の良い状態の持続につながっていると考える。


慢性疾患や悪性腫瘍、そしてアルコール代謝にも朗報?
素晴らしいことにどうやらAIMが結合することで、脂肪分解やがん細胞へのアポトーシス(細胞死)誘導が可能になる。脂肪やがん細胞を標的にこのAIMを制御できれば、様々な慢性疾患の予防や、ガンの治療に役立つことは言うまでもない。しかも、このAIMは基本的にはもともと持っている物質であり、例え過量になったとしても腎臓から排出されるだけなのだ。


面白いことに、AIMはアルデヒドに結合できるらしい。私のようなウルトラ下戸はここに着目したい。アルコール摂取によって血中に増えたアセトアルデヒドにAIMを結合させられれば、アルコール代謝を、代謝酵素に拠らずに可能にできるかもしれない。dneuroは明らかにアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)を欠いており、ひどくアルコールに苦労させられているが、AIMが救世主になることを夢見ている。*2本当にそうなるかは、例えば酒の強い人の血中ではアルコール摂取後にAIMが増えているか知りたいところだが、実際に予備的な測定ではそうなっているらしい。


今後の課題と応用可能性
先に書いたようにAIMは安全性がほとんど問題にならない。問題は、AIMが普段はIgMという抗体にくっついていることだ。
今後の課題は、どうやってAIMをフリーの状態にさせるか。その条件の解明と、AIMをIgMから思いのとおりに離すリリーサーの開発が望まれる。


さて、AIM、実は中枢神経系には存在しない。脳内は血液脳関門という、脳内に入る物質を検閲している細胞群があるのだが、AIMが結合しているIgM抗体はここを通れない。
老廃物除去、というと例えばアルツハイマー認知症で脳内に蓄積するアミロイドβ42というタンパク質除去に役立てないかと考えてしまうが、現状では人為的にAIMを脳に入れるしか無い。*3それは現在実験中らしい。


様々な老廃物除去に役立つAIMによって、不老が実現できる可能性は高い。まあ完全には無理でも、定期的なAIM活性化によって慢性疾患に至る原因となる老化物質を取り除き、それが結果的に適切な細胞再生を臓器に誘導できたら…きっと人はより健康状態を維持できるし、その成果でノーベル賞を受賞できるだろうなと。


老化の生物学的メカニズムに関心のある人向け。生物系を目指す高校生なら読んでみよう。


老化は治せる (集英社新書)

老化は治せる (集英社新書)

老化を病気とし、炎症という現象から老化を論じる。私の学生時代に習った病理学教授いわく「すべての病気は炎症」。古い万能薬アスピリンについても詳しい。抗炎症薬は様々な効能を持つ。私は全てに同意はしないけど、それでも確かに炎症が絡まない病気は殆ど無いのは確かかな。


人体冷凍  不死販売財団の恐怖

人体冷凍 不死販売財団の恐怖

現時点で、不死を目指している人たちは自らの身体を冷凍保存することを望む。どう考えてもその状態から解凍〜治療して復活するのは無理筋と感じるのだが。この本は内部告発的らしい。今度購入したい。

*1:抗体はリンパ球が作るタンパク質で、外部から侵入した異物や老廃物除去に役立つ免疫物質だ。物凄く多様であることがこれまでに経験したことのない感染を予防することにも役立ち、その多様性のメカニズムを解明したのが1987年にノーベル賞を受賞した利根川進先生。IgA、IgG、IgM、IgEなど何種類もあり、それぞれが我々の健康に役立っている。その一方、自分の身体に対して抗体を作ってしまった状態にあるのが、自己免疫疾患。

*2:アルコール代謝は原則、アルコール⇛アセトアルデヒド⇛酢酸と進むが、二日酔いの原因になるのはアセトアルデヒドアセトアルデヒドを分解できない体質が世界中で我らモンゴロイド族にだけ存在。酒を楽しめる体質になりたいと願うのはdneuroだけではないだろう。

*3:アルツハイマー認知症では神経細胞アミロイドβ42というタンパク質が蓄積してそれが周囲の細胞死を誘発する。ではこのタンパク質を除こうという治療薬が盛んに治験されているが、残念ながら今のところ治験結果は良好でない。

片頭痛の発作時治療

以前も書いたが、片頭痛は辛い。
発作は耐えきれないような頭痛とともに吐き気を伴い、光や音に対する過敏性を持つことで暗い中にじっとしていないといられない。
片頭痛に関して、その経済的損失が莫大であること、特に子供においては診断までに時間がかかってしまうことは以前書いた。
  片頭痛と経済損失と思い出
  片頭痛は早めに診断してもらおう


さて、そんな辛い片頭痛、急性期には今ではトリプタン系という良薬が登場したことでかなり緩和されるようにはなったが、如何せん値段が高い。10錠買うと3割負担でも数千円かかり、処方すると驚かれることもしばしば。*1


様々な国の片頭痛治療ガイドライン片頭痛は週に2-3回以上あれば予防治療が推奨されている。ガイドライン推奨と最近の論文から、片頭痛と付き合うのに必須の急性期治療を今日は紹介した上で次回予防について。


発作時の急性期治療
試みる薬としては以下の順で効果を確認していく。

  1. アセトアミノフェン(カロナール)
  2. NSAIDS(エヌセーズ、と読むことが多い。非ステロイド性抗炎症薬)
  3. トリプタン製剤


1は2のNSAIDsには多い胃腸障害が少ない、安全性の高い鎮痛薬。「効かない」と訴える人もいるが、日本では従来より1回の量が少なすぎることが指摘されていた。100mg錠からあるが、1日1500mg(15錠!)まで使えるし、思い切って1回に300-400mg程度は使用してみるべき。アメリカで頭痛を訴えたり、二日酔いというと同成分の「タイレノール」をやたらと勧められることが多いが、1錠300mgと高用量である。長期間大量服薬は肝障害の副作用を念頭に置く必要がある。小児の解熱剤に出されるのは普通はこれ。


2はいわゆる「痛み止め」。最近話題の「ロキソニン」もこれの1種。胃腸障害には気をつける必要があり、長期間にわたり連続して使う場合には胃薬の併用もいるし、薬剤性胃潰瘍*2の原因薬として多いことは常に念頭に置きたい。尚、片頭痛は吐き気を伴うが、アメリカでは吐き気どめとの合剤も発売されているようだ。またNSAIDsは細粒の形で水に溶かして服薬したほうが、効果が高いとの報告もある。


3は片頭痛の特効薬であり、この登場は私のような片頭痛患者にはまさに福音だった。発作時に、上記2製剤では効かない人はさっさと使うと良い。片頭痛持ちならわかると思うが、「今日は薬を使いたくない…」「できればこのまま収まってくれないか」と躊躇している間に頭痛が出現、悪化することがよくあるもの。カロナールロキソニンはそのような時最早間に合わないことが多いが、トリプタン製剤なら間に合う。だから早く飲んだほうがいい。片頭痛には、目の前がチカチカしたり、光の点が視野の中心に見えてそれが広がっていくような閃輝暗点という特有の前兆がある人も多いが、経験的には痛みの始まる前のその時点で飲んだほうがいい場合も(薬が勿体なくて飲めない、というのも理解できるけど…)。カロナールロキソニンとの併用も問題ない。


  尚、閃輝暗点のような前兆がないと片頭痛じゃないと勘違いしている人(医者も)がいるが、片頭痛診断の最重要ポイントは、音や光など感覚刺激への過敏性である。頭痛が拍動性でないといけない、というのも嘘である。


トリプタン製剤の副作用と使い分けについて
片頭痛は脳の血管拡張による痛みなのだが、トリプタン系はセロトニン受容体(5-HT1B/1D)に働いて血管を収縮させる。


それが影響しているのかどうか、副作用に首の痛みや一過性の胸の圧迫感、赤面などがある他、「triptan sensation (トリプタン感覚)」と表現される異常感覚がある。ちなみにdneuroは以前も書いたが、イミグランで肩痛がひどいため服薬をあきらめて、今ではレルパックス(エレトリプタン)にしている。そのように副作用に対する感受性には個人差があるため、1剤がダメでもトリプタン系製剤の服薬を試していく価値が十分にある。片頭痛持ちはあきらめてはいけません。


トリプタンの副作用と問題点(こばやし小児科・脳神経外科クリニック)
(兵庫県の脳外科医さんのblog。他の記事も大変わかりやすい)


ところで、血管収縮ということで心血管を収縮させて虚血性心疾患(狭心症心筋梗塞)や脳血管障害のリスクにならないのか、というのは不安に思うのだが、現在のところ関係はないという結論のようだ。(実は今回参考にした論文にトリプタン製剤服薬者の100万人に1人は起こりうるともあったが、それは極めて稀ということでは?と感じる)。
とはいえ、未治療の高血圧、虚血性心疾患、レイノー病、一過性脳虚血がある人は禁忌である。


妊娠中・授乳中はトリプタンを服薬できるのか?
片頭痛持ちは明らかに女性が多く、そして妊娠可能年齢期に発作が多い。
有り難いことに、妊娠中や母乳育児中、片頭痛は軽減することが多いとのことだが、妊娠・授乳中の服薬は気になるところ。


慢性頭痛の診療ガイドライン2013


慢性頭痛のガイドラインでは、とりあえずアセトアミノフェン、すなわちカロナールが推奨されている。トリプタン製剤は添付文書的には安全性が確立されていないと記載があるものの、実際に胎児に奇形が発生したなどの報告は無い。授乳においては、例えばイミグランの母乳移行は注射で3.5%、経口服薬で0.5%。dneuroの使っているレルパックスは母乳移行が非常に少なく(0.02%)、授乳中に使うのならばレルパックスが良さそうだ。尚、NSAIDsは妊娠後期には使わないほうが良い。胎児動脈管収縮・閉鎖という現象を起こしてしまう可能性があり、アメリカ食品医薬品局FDAは妊娠後期に禁忌としている。


さて、個人的結論を言わせてもらえば、カロナールで痛みが和らぐのなら問題ないが、余りに苦しい片頭痛発作があるとすれば、それが妊婦にしても授乳中のお母さんにしても、身体に良いとは、ひいては胎児にも良いとは到底思えないので、頻回使用は慎むにしても、トリプタン製剤を使ってコントロールするのは選択肢として外す必要は無いと思う。


子どもの片頭痛にどう対応するか?
以前書いたように、子どもの片頭痛は見逃されやすい、というか、頭痛そのものが軽く見られているきらいがある。実際のところ頭痛が、必ずしも本物ではなく、ある意味ストレスの身体化反応となっている子がいないわけではないだろうが、片頭痛であるならばしっかり対応してあげたい*3。思春期前の片頭痛発症年齢中央値は、男の子で7歳、女の子で11歳。平均で9年以上診断が就いていないという。


さて、小児の場合も基本的には治療薬選択は原則変わらないのだが、やはりアセトアミノフェン(カロナール)や、NSAIDSの中では一番胃腸障害の少ない、イブプロフェン(商品名はブルフェン)が推奨される。


トリプタン系製剤は実は危険性というよりも有効性が小児で確立されていない側面が強いようだが、イミグラン点鼻薬が推奨されている。錠剤ではリザトリプタン(マクサルト)。使って良いのだ。


ママ、頭が痛いよ!―子どもの頭痛がわかる本

ママ、頭が痛いよ!―子どもの頭痛がわかる本

子どもの頭痛、は本物なこともあるのですよ。


頭痛女子のトリセツ

頭痛女子のトリセツ

同じ著者。女子医の有名な先生なんですね。


偏頭痛百科―サックス・コレクション (サックス・コレクション)

偏頭痛百科―サックス・コレクション (サックス・コレクション)

絶版だが、「レナードの朝」で有名なアメリカの神経内科オリバー・サックス著。片頭痛の前兆がとにかく人によってバリエーションに富む。


尚、頭痛薬、とりあえず医者にかかるのは嫌だという方は市販薬も使っているはず。説明書に沿った使い方をして、問題がなければ良いと私は思うが、他の重要疾患かもと心配なら、もちろん早期に受診を。

*1:薬価サーチ(イミグラン)で見るとイミグランは1錠763円。10錠1シートで7630円。3割負担でも2300円ほど。ジェネリックでも1錠393円。これは高い。

*2:薬剤性胃潰瘍の原因として一番多いのがNSAIDs。なので気をつける必要はある。ちなみに良くロキソニン+セルベックスという形で胃腸薬が付加されることも多いと思うが、実際に胃潰瘍予防としてエビデンスがあるのは、PPI(プロトンポンプ阻害薬)という薬だけ。他の胃薬は予防という観点からまじない程度の役割しか無く、無駄な処方が多いと感じる。

*3:個人的経験だが、私の片頭痛は少なくても学校の保健室では無視された。痛いのに返されて階段で泣いていた思い出は辛い。母も片頭痛もちだったので、母の理解はあったものの、無知なため、薬ではなくタイガーバームを塗られていた過去がある。恨んじゃいないけど…。

ADHDに関する10の誤解(神話)_後編

7.実行機能の発達的な障害であるというADHDの新しいモデルは、旧来のADHDモデルとは全く異なっている。
 ⇛ADHDの新しいモデルは、本質的に幼い子どもの行動障害だという旧来のモデルとは多くの点で異なっている。新しいモデルではADHDの問題は、子供だけでなく、青年期から大人にかけての問題でもあると考えている。脳が複雑に制御する、自己制御能力に広範に焦点を当てている。旧来モデルは、多くの根幹部分では新しい病態モデルと重なっているものの、ADHDの複雑さや生涯に渡って持続する症候群だという側面を捉えきれておらず、もう通用しない。【回りくどいが(え、訳が悪いって…)ADHDの問題は従来より広範にかつ持続的に生活に影響をもたらすと考えているということ。問題は子どものときだけに限定されるわけではないから、継続的な対応が必要。】


8.ADHDに関連した実行機能障害は、本質的には脳の「化学的アンバランス」のせいだ。
f:id:neurophys11:20161107052241j:plain:w300:right ⇛こういう表現がADHDを説明する時によく使われる。まるで化学物質が脳の周りの液体中(脳脊髄液)に浮かんでいて、単純にスープの中の塩分が過剰であるかのような。そういう見方は間違っていて、ADHDの障害は脳の中や周囲の全体的なもしくは特定の化学物質が過剰/不足という問題ではない。化学物質が作られ、放出され、再度蓄えられるのは、神経細胞同士が繋がりを持つ、シナプスレベルの話で(図参照)、極小の膨大な数のネットワークが脳の制御システムを操っている。ADHDの脳ではそこでの化学物質の放出が十分でないか、もしくは放出から再蓄積までの流れが早すぎてしまう。【ADHD脳の不具合は神経伝達物質であるドパミンノルアドレナリンといった化学物質がミクロレベルの局所、すなわち神経接合部位(シナプス)で足りなかったり、過剰であったりする。化学物質が総量として足りないとか過剰というわけではない。】


9.ADHD者の中には処方薬が障害を治して、もう必要としない者もいる。
 ⇛ADHD薬の効果は、抗生物質が数日や数週で感染を治す、というのとは違う。ちょうどメガネが装着時にだけ視力を上げるものの、近視の目そのものを治すわけではないのと同じなのだ。ADHD薬の効力が持続するのは2時間から12時間ほどで、次第に効果を失う。但し、薬が要らなくなるADHD者もいる。脳の成熟が遅いタイプで、年とともに成熟する例がある。あとは環境が良くなる例、すなわち先生がよりサポーティブだったり、新しい仕事が以前のものより難しい実行機能を必要としなかったり、何かしらのサポートが加わったりという場合。こういった薬に依らない改善は一時的であったり、とても持続的であったりもする。【治す、というのが根本的にADHD特性を無くしてしまうという意味でならそれは明らかに間違い。だからずっと薬が要るかというと、ここで指摘のように環境の改善により、薬の助力無しで適応が良くなることはあるし、そういうケースは多い。】


10. ADHDに対する薬が実行機能を改善させたり、何らかの改善を持続させるエビデンスはない。
 ⇛エビデンスADHD薬の効果が複数の異なる側面で生ずることを示している。第1に画像研究により、薬はADHD者の実行機能に関わる様々な神経ネットワークの結びつきを改善させ、作業記憶を向上させ*1、課題実行時に退屈になることを防ぎ、人によっては特定脳領域の構造的な異常まで正常化させることがわかった。第2に適切な服薬治療は教室での不適切な振る舞いを改善させる(教室を出ていかなくなるとか)。さらに薬物療法は実行機能の様々な側面を向上させる。すなわち、計算課題における正確性とスピードを改善し、フラストレーションの溜まる作業を持続させ、作業記憶を上げ、課題に取り組むモチベーションを上げる。もっともどの子に対しても同じように改善させるわけではなく、あくまでもグループ比較において見られるということであり、また効果は薬が身体に留まっている間に限られる。【ここに述べられているように、ADHD特性に対して薬の効果は十分に期待でき、劇的なケースも多い。Brownはそれが薬が体内に留まっている時のみだと強調するが、これに関しては後ほど少し反論を試みたい。】


11.(あれ?)ADHDの問題は時には成人早期にまで続くが、通常は中年までには消え失せる。
 ⇛ADHD特性の問題は単に症状だけでなく、症状が日常生活で向き合う問題に対処可能かどうかで決まってくる。幸運にも能力にはまった職業につけたり、ADHD者が難しく感じる問題に対処してくれるような同僚や秘書に恵まれた場合には、ADHD者もとても良く暮らすことが出来る。そういう人でも、より多くの能力を必要としたり、十分なサポートが得られない状況に陥ると、ADHD特性が問題になってくるだろう。同様に、その人のために計画を立てたり、食事を作ったり、家計を担い、日常の細々したことをケアしてくれる配偶者に出会えた場合には、快適に暮らし、別な側面で家庭に貢献できるだろう。もしそういったサポートが、病気、別居、離婚や死別によって無くなってしまうとADHD者は自分では対処できない沢山の問題に突然直面化されることになる。脳の成熟や環境の変化によって特性が目立たなくなるADHD者がいる一方で、中年期以降まで問題が続く場合もある。また、女性では閉経後に、男女とも年を経ることによってADHD様の特性が目立ってくることもある。人生の後年に入ってから生ずるADHDの問題に関しては十分な研究があるわけではない。【確かにADHD特性を持っていても、高い能力を持つ資格職に就いた方は、細々したことを周りの人がサポートしてくれていますよね...キーとなる人との離別、定年後の家庭生活、高齢による認知能力の低下はADHD者にとっての試練。】


ADHD特性は一生その人を苦しめるものなのか?
 前回からADHD研究者のBrown氏の著作からの記事を紹介した。ポイントは以下3つと考えていいと思う。
 1.ADHDの問題は、様々な課題をこなすことにおいて障害となる、実行機能障
  害にあり、それは単なる「やる気」で解決するものではない。
 2.ADHDの問題は適切な服薬でコントロール可能な一方、効果は服薬中に限ら
  れる。
 3.ADHDの特性は小児期・青年期に出現するだけでなく、中年以降になっても
  持続する。


普段外来でADHDの方と接する(自分も含めてADHD特性の当事者とも自認しているが…)身として、ADHDの特性が診断基準で強調される、不注意・衝動性・多動の3つのみならず、実行機能障害が本態だというのは特に同意出来る点で、著作をしっかり読んでみたいと思わせる。特に「やる気さえ出せばいいはずだろ」という認識で接している周りの方、ADHD者は脳の作りがあなたのようにやる気を持続させ、頑張らせる構造になっていない可能性があり、単に「気持ちの問題」では無いことに思いを巡らせて欲しい。


対して、ADHDの予後に関しては若干悲観的に過ぎる気がする。以前ADHD脳は遅れて成長するという結果を書いたこともあるように(⇛ADHDを理解するために(2))、ADHD特性が後年ほとんど問題となっていない人が実際にいる。また、薬に関してだが、服薬により、「初めて霧が晴れた気がする」と語る人がおり、そういう方の場合、自分が調子の良いときに到達できる高みを初めて実感でき、「ああなればいいんだよね」と自分の中で目標設定ができるようだ。服薬した上で身につけた対処能力も定着することは多々あるはず。というわけで服薬のメリットは必ずしも服薬中のみに限らないとdneuroは考えているものです。


服薬に嫌悪感・副作用があって耐えられないなどの理由で薬を使わないときには、何らかの環境改善の工夫と、自らの特性を知った上での能力向上の努力、ないしは代償(スマホのリマインダーを上手く使うのも一手)は不可欠。もちろん、薬だけが解決ではないので、服薬している方も様々な工夫を参考に。


図解 よくわかる大人のADHD

図解 よくわかる大人のADHD

環境改善と能力向上の鍵は自分を知ること。周りにいるADHD特性持ちを知りたい人にも是非。


大人のADHDワークブック

大人のADHDワークブック

克服のためのワークブックが盛んなのはアメリカの特徴。役に立つと思う。ただし、これを自分だけでやれるだけの力を要求できるかどうか。


成人ADHDの認知行動療法 実行機能障害の治療のために

成人ADHDの認知行動療法 実行機能障害の治療のために

こちらも同様。レビューの高評価を見ると実際にtryしてくれている人も多いのだろう。1人だけでなく、グループで出来ればなあと考えたりする。

*1:作業記憶はワーキングメモリー(Working Memory)とも。作業・課題実行中に必要なだけの一時的な記憶能力のこと。例えばパスワードをログインの時だけ頭に留め置いたり、ゲーム中さっき出てきたことを覚えておいて次の作業の手がかりにしたりという時に働いている。数字だと訓練しない限り7桁程度が限界。前頭葉の高い能力が必要とされる。

ADHDに関する10の誤解(神話)_前編

注意欠陥多動性障害(ADHD)といえば、多動、不注意、衝動性が3大症状として挙げられるのが標準的。ただ、実はその3つだけが本質というよりも、以前書いたような報酬系の不全(⇛学習できないのは報酬系の不全が問題)とともに、総合的に何か課題をこなすだけの実行機能を加えた5つの領域に問題があると言っていい。つまり彼らは与えられた課題に集中し、何をするか頭に留め置き、やる気を持続し、目を覚まし続け、そして感情を制御すること(つまんねえとか思ってもそれに負けないこと)が難しい。とはいえ、そういったADHDの困った性質があらゆる場面で来るかと言えば、明らかに違う。それはADHDの偉人や有名人を考えたとき、ADHD特性が欠点なだけでないことがわかる*1


さて、ADHDの諸問題に関して、イェール大学の研究者(Thomas E Brown)の著作を抜粋したpdf記事が新鮮だったので、それを更に抜粋して(笑)、注(【】内)を加えつつ紹介したい。


Ten Myths about ADHD


1.ADHDがある人(以下ADHD者)は、どんなときにも集中して課題をこなし続けることが出来ない。
⇛ 誤解である。臨床データはADHDの実行機能が変動しうることを示している。内容によっては、ADHDは集中することに何の困難も覚えない。ADHDのパフォーマンスは報酬の程度や、課題の性質、それに知的能力や心理面に大きく左右される。【だからADHD特性があっても偉業を達成できる。】


2.ADHD者が課題を本当に集中して効率的にこなそうと思ったらそれは出来る。単なる「やる気」*2の問題なのだ。
⇛ ADHD者は、興味ある、もしくはやらないと大変なことになりうる特定の活動や課題をやすやすとこなしてしまうことがある。そういう姿を見ると、周囲は彼らが別の重要な場面でも、「やる気」さえ見せれば能力を発揮するのは簡単に思えてしまう。こういった、能力は意識下にコントロールされているという見方に新しいADHDモデルは反対する。実行機能の制御はもっと意識下に*3、「自律的に」制御される。【やる気を出せと言われれば出来るもんじゃないってこと。場面場面で持てる能力の発揮が異なってしまうし、なんでそうかと言われてもわからない。】


3.高いIQ(知能指数)があればADHDの実行機能障害など持ち得ない。
⇛ 実はIQとして計測される知性は、ADHDの実行機能の問題と殆ど関連を持たない。極めて高いIQ*4を持つ子供でさえADHD特性を持った場合には日常生活の様々な場面で高い認知能力を効果的に発揮することが出来ない。高いIQのせいでADHDの正しい診断と対応が遅れてしまうことがよくある。【IQは単独では日常生活のハンデを表し切らない。IQ126の認知症も経験した。】


4.ADHDの実行機能障害は通常10代後期か20代前半には姿を消す。
⇛ 確かに思春期にかけて次第にADHD関連の障害が姿を消してゆく一部のADHD児はおり、そういった子にとってADHDは成長の遅さを示す特徴にすぎない。しかし大抵の場合、過活動や衝動性は成長とともに姿を消していくが、広範な不注意症状は持続し悪化することさえある。中学、高校、そして大学前半は、それまでは興味や能力の問題で避けていれば良かった様々な活動に直面する最も厄介な期間である。幸運なADHD者は弱みを解決して仕事と良き人生を手に入れるが、そうはなれない場合も多い。【ADHD特性が目立たなくなる人もいれば、後々まで障害としてハンデを抱える人もいるということ。思春期は自分の困った特性と直面化する。特にケアしたい。】


5.最近の研究により、彼らの実行機能障害が主に大脳前頭皮質*5にその責任があることが確実となった。
⇛ 実行機能には脳の様々な部位が関わり、決して前頭皮質の関与だけではない。ADHD脳が示す、特定脳部位の成熟、皮質の厚さ、頭頂葉・小脳・大脳基底核の特性、そして神経線維路は個人差が大きく、機能的な結びつきが非常に多様なパターンを示す。【同じADHDと言っても人によって発達する脳部位、成長の早さ、脳部位同士の連絡は違うということ。ADHDにはADHDの個性があるが、それは個々人別々な脳発達を遂げていることにも依る。】


6.ADHDの実行機能に感情や動機づけは関係ない。

⇛ 初期のADHD診断基準は感情や動機づけの問題に関心を払わなかったが、最近の研究ではその重要性が強調されている。ADHDの感情制御能力にのみ焦点があたることも多いが、動機づけ(やる気)につながる感情の慢性的な欠陥が非常に重要であることもわかってきた。それは報酬系に関わるドパミン神経*6の活動に異常がある。その結果、やる気を出したり、維持することが難しい。【やったことに対する達成感、喜びが薄いため、望ましい行動が定着しないのは適切なドパミンの分泌が欠けているから。】



A New Understanding of ADHD in Children and Adults: Executive Function Impairments

A New Understanding of ADHD in Children and Adults: Executive Function Impairments

今回紹介したのはこの著作からの抜粋。原著では10じゃなく35も神話を挙げている。米Amazon.comでは大絶賛。実際子どもたちを見ていてもADHDを実行機能障害という切り口から見ないと、というのは実感していたので一読に値するはず。邦訳出ていないので誰もやる人いなければ自分が、とも思う。


マンガでわかる大人のADHDコントロールガイド

マンガでわかる大人のADHDコントロールガイド


わかりやすい漫画と温かみのある解説。
成人して自分の特性に気づいた時とても助かる本だと思う。


大人のADHD: もっとも身近な発達障害 (ちくま新書)

大人のADHD: もっとも身近な発達障害 (ちくま新書)


しっかり知りたければ岩波明氏の本。
岩波氏の昭和大学ではADHDデイケアもやっており、見学したこともあるが、とても有効に感じる。

*1:ADHDの偉人として思い浮かぶのは時代順不同に、ダ・ヴィンチモーツアルトエジソンリンカーンあたり。日本では織田信長坂本龍馬など。まあエピソードからの推測だけれども。楽天三木谷社長は公言していますね。あと研究者にはすごく多いと思う。好奇心旺盛で、好きなもの(にだけ)には没頭できるなどが良い印象。神の手脳外科医のF氏も…。

*2:原文では”will power”。「意志力」と訳されるようだが、この文脈では「やる気」という方がしっくり来る気がする。

*3:著者原文は「勃起不全と同じ」とサラッと書く。そちらも能力が保持されていても女性を前にした状況下ではダメとか、条件次第で能力があるのに自分でそれをコントロールできないのは確か。

*4:よく知能検査では言語性IQと動作性IQに乖離が生じて、ADHDはASDと似て動作性IQが低いと言われたりする。実際そういう人も多い。だから関連が無いと言ってしまうと言い過ぎの気がするが、極めて高いIQの人にとっては知能検査レベルなんて軽々と凌駕できるということですね。

*5:大脳の前方部分、前頭葉は人間の知性発揮において大きな役割を果たす。特に感情を抑えたり、その場にふさわしい行動をとったり、場面場面で最適な選択をするのに必要。アルコールはここの機能を弱まらせるので、抑制が欠如して泣き上戸になったり、セクハラ親父に変貌する。

*6:ドパミンは脳内の神経伝達物質の1つ。精神面では好奇心や新しもの好きといった性質、依存性に関わる。行動面では足りなくなるとパーキンソン症状や意欲低下を引き起こす。