片頭痛と経済損失と思い出

片頭痛は苦しい病気だ。
頭痛はただでさえ辛い。片頭痛はその頭痛時(発作という)にそれだけでも痛いというのに、吐き気と時に嘔吐に襲われる上、音や光に過敏になり、暗い部屋で悶え苦しむハメになる。
そんなに苦しいのに余り理解はされない。

製薬会社エーザイのHPから、どれだけの労働損失に当たるか見て欲しい。


偏頭痛の社会への影響


些か古いが、同HP参照の1999年の論文によれば、経済損失はアメリカでは年間130億ドルに上るという。1ドル120円とすれば1兆5600億円だ(!)。

「頭痛大学」HPの経済損失のページで日本人の経済損失を見てみよう。


頭痛大学



男性1日あたり賃金  14,568円
女性1日あたり賃金  9,327円
片頭痛経済損失  287,848,102,923円
片頭痛男性経済損失  78,596,954,272円
片頭痛女性経済損失  209,251,148,651円


同HPの1日あたり賃金の根拠がいま一歩わからないものの、概ね正しい(若干高い気もするが)として、一旦片頭痛を起こせば1日休まざるを得ないわけで、要は男性の場合片頭痛発作1回1万4千円のコストがかかる、ということだ。発作により例えば年間7-8日休むことになったりすればそれは結構な額だ。

そして、全体の経済損失が287億円!患者割合に女性が多いことを反映して、女性の経済損失が200億円にも上る。


というわけで、片頭痛発作の速やかな軽減やその予防がもたらす経済効果はバカにできない。


さて、小学生からしばしば片頭痛発作に悩まされていた私にとって、急性期片頭痛、すなわち片頭痛発作時に服用する頓服薬の登場は切望するものであった。


医学生4年時に神経内科の授業を受け、その予防にβブロッカー*1が有用であること、前兆時に麦角アルカロイド*2を使用すれば効果を期待できることを教授に言われ、胸高まらせたものだった。

飲みましたよ、インデラル(一般名:プロプラノロール)とカフェルゴット(一般名:酒石酸エルゴタミン)。


でも効かなかった。特にカフェルゴットは頓服で使うので期待したのに、失望感は大きかった。一般的なNSAIDsと呼ばれる種類の鎮痛薬との併用も不可で、どうしたらいいの?という感じ。尚、βブロッカーは私には効かなかったが、予防薬としてエビデンスはしっかりしている。


そんな中、アメリカでは使えるというイミグラン(一般名:スマトリプタン)が早く日本でも承認されないかなぁと心待ちにしていたのである。
⇓彼の国では1990年頃から使えていたという。

http://homepage2.nifty.com/uoh/kusuri/t1_suma.htm


日本では2000年にまずは注射薬から承認、そして待ちに待った経口薬は2001年に登場。すでに医者になっていた私は大手製薬メーカーのグラクソ・スミスクライン社MR氏からの勧めもあって、直ぐに処方。

片頭痛にはなりたくないものだが、この時ばかりは試したいとちょっと心待ちにする歪んだ望みを持った。

そして待ちに待った発作がありましたよ。痛みに耐えつつ、強力な武器を得た期待と共に服薬したのを思い出す。そう、確かに頭痛は和らいだ。

でも、予想外の肩痛。痛み、というよりドーンと重くなって、頭痛は良くなれどもその肩痛の為に動けず...
よくある、肩が凝って痛いなどというレベルではない強さなのだ。
実は、肩痛というのは、狭心症心筋梗塞といった、心臓を栄養する冠血管の収縮、すなわち心筋の虚血による放散痛で出現することもある。
なので、これは危険なのではないか、とMR氏にも尋ね、自分でも調べたが、一応これは危険が無いようである。頚部筋に存在するセロトニン受容体に作用するからであって、心筋虚血によるものでは無いという。
とはいえ、イミグラン、スマトリプタン系の薬って血管収縮作用を持つから、狭心症心筋梗塞の人には注意なんだよなぁ...

そんなわけで、イミグランは私にとってはボツ。
結局、私にとって有用なトリプタン製剤は、マクサルト(一般名:リザトリプタン安息香酸塩)の登場まで待つこととなった。www.eisai.jp


さて、数年後、件のMR氏が、ニタニタしながら私に近づいてきたことがあった。
片頭痛の先生には、吐き気の激しい時にこれはどうですか?」とその手には上梓されたばかりの点鼻薬が。
うーん、確かに、嘔気の酷い時にこれは救いになる人はいるはずだろうな...鼻からプシュッと薬を噴射させればいいわけで。

片頭痛の薬、イミグラン点鼻液20のこと - 今日から農家のお嫁様っ! -

この人のblog参照。

その後しばらくはそのMR氏の前を通るたびに
「先生、使っていただけました?」と笑顔を向けられた。
そのたびに、「発作を早く起こせってことかい!!」と内心怒りつつ、結局今に至るまで使わずに机の中にある。


トリプタン製剤は、実は効き目も副作用も個人差が大きいことが知られている。
私の場合、イミグランは副作用でダメだったが、一方でマクサルトは問題なかった。
つまり、最初の1剤が効果無かったり、もしくは副作用が激しかったとしても、それで諦めるのではなく、2剤目、3剤目を試すべきであることは注意して欲しい。
そして、イミグランは経口薬のみならず、注射剤、点鼻薬も揃っていて、現在のところ最も製剤の種類が多いトリプタンである。優れた薬なのだ。身体に合えばね。


ところで、片頭痛に対して良い本はないものかとアマゾンで検索してみた。amzn.to

若干、信用度の低い、民間療法に頼りがちな本が目立つように思う。
まあそれだけ苦しんでいて、内科にかかってもあまり役に立たないことが多いということでもあるだろう。

*1:高血圧、不整脈心不全に使われることが多い。交感神経系の働きを抑える方向に。

*2:血管収縮作用を持つ(片頭痛は血管拡張が病態に関与する