学習できないのは報酬系の不全が問題

  (補足)ここを読んでくださる方はコチラもセットでどうぞ
     ⇛目の前の誘惑に耐えるのは難しい

ADHD(やASDもだが)の子と接していると、褒めても通じないということがよくある。叱るんじゃなく褒めて行動を増やそうと実践するのに、褒めた行動が次につながらない。やっぱり次も同じ行動を起こしてしまうことが重なり、ついには怒ってしまう。おかしい…という思いにならざるを得ない。


何故だろう?そう考えた時にたどり着く1つの結論は、褒められたことが快感に繋がっていないのではないか?ということだ。そう、褒められたことが嬉しければ次はその望ましい行動をするはずなのに、褒められた経験の喜びが乏しいからこそ行動が改善されないのでは?と。


先日出席した研修会では、福井大学教授の友田明美先生(子どものこころの発達研究センター発達支援研究室 HPはコチラ)の講演会だったが、ADHD報酬系の話題であった。


   報酬系…心地良いことが起きた時に活性化される脳内のシステムのこと。覚せい剤のような依存性物質の摂取はこのシステムを非常に強く効率的に活性化させるために快感が非常に強い。そこに関わるのが神経伝達物質ドパミン。だからドパミン神経の亢進は報酬系の活性化→依存形成の一面を持つ。(→Wiki)*1


機能的MRI(functional MRI;fMRIと略す)を使った実験では、ある課題を被験者にモニターを見ながらさせると、その時の脳活動を記録することができる。友田先生のグループは、このfMRIの中で金銭的報酬を獲得するようなゲームをADHDと非ADHD児17人ずつ(平均年齢は双方とも約13歳)に行った(⇛Mizuno et al., Neuroimage:Clinical, 2013)。


ゲームはカード選択をするもので、報酬が高い、低い、無いの3条件に分かれる。そしてカード選択によって報酬があれば、普通は「やった!」という感情とともに報酬系が活性化されるわけだ。


結果(図参照)*2、非ADHD児は報酬の高低に関わらず脳の報酬系(線条体、特にその中の側坐核という部分)が活性化したが、ADHD児は高い報酬の時しか報酬系が活性化せず、低い報酬の時には報酬系の活性化が見られなかった。一方、ADHD児も薬による治療を受けた後は非ADHD児と同様の脳活動を示した。

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このことは何を意味するか?
脳の中で報酬系が動くと人はその行動に快感を覚えるので繰り返すようになる。
実は褒めることが金銭に匹敵する価値のあることが別な研究でわかっているので、子供がして欲しい行動をした時にまたして欲しければ、すかさず褒めることだったりする(犬と同じ)。なので、今は「褒めて」育てることが推奨されてもいるのだが…この研究結果を見ると非ADHD児がちょっとでも褒めることで報酬系を動かしてくれるのに対して、ADHD児はその程度じゃ報酬系が動かないことになる。


そう、ADHD児にして欲しいことをさせるためには、「褒める」だけでは足りなくて、「ものすごく褒める」ことが必要なのだ。そしてその時に動く神経伝達物質ドパミンで、報酬系が動くためには線条体ドパミンが高まらないといけない。ADHD児の治療で使うメチルフェニデート(商品名はコンサータ)*3線条体ドパミン濃度を高めることが知られているが、治療後ADHD児はその治療結果として低い報酬でも報酬系が動くことになる。


またこうも考えられる。ADHD児は普段、非ADHD児が快感や喜びを覚えるようなちょっとした出来事には反応しないので、関心を払えないのだ。そういう意味でADHD児は快感という大事な感覚を普段十分に味わえていない子供とも言える。


このことはADHD者が依存性薬物だとかゲームにハマりやすいことも理論的には説明可能とする。例えば覚せい剤線条体におけるドパミン濃度を高める作用があるので、普段ドパミンが足りなくて快感を覚えられないADHD者は、覚せい剤で通常では味わえないような快感を得てしまう。日常とのギャップが非ADHD者よりも大きいがために快感に対する希求がより強くなる。さらにそういった欲望を抑える能力を持つ前頭葉の能力も元々低いので、一旦高まった欲求を抑えられない。それが依存の悪循環を作り出す。


将来何か望ましくないことへの依存状態にならないようにするためには、やはり幼少期から望ましい行動に快感を覚える経験を増やすことにあると思う。人はある行動とその結果を脳の中で結びつけるので、良い行動、望ましい・その場にふさわしい行動をした時、とにかくそれを見ていた周囲がその子の快感と結びつけてあげる必要がある。とりわけ忘れてならないのは、
   ADHD児を相手にするときは物凄く大げさに、そして心から褒めよう
である。


尚、今回はADHD児の結果だが、共通する性質や合併の多い自閉症スペクトラム(ASD)ではどうかというのも知りたいところ。ASD者も快感に乏しいという気がするので、ある程度あてはまるだろう。特にADHDを合併しているときには同じことが言えると考える。ただし、ASD者には治療薬も効きづらい。ADHD者は快感を覚える経路は非ADHD者と同じで、ただその経路(報酬系)が弱く、活性化のためにより強い刺激を要するだけだが、ASD者はその経路そのものが違う可能性もあるのではないか。


以前も紹介した本。方法としては正しいことばかりなんだろうけどなかなか上手く行かない。ADHD児への対応が非ADHD児にとっても良いのは間違いない。


実際に発達障害ないしは気味の子供3人を育児している方の工夫。ここまでやってみたいものと思うけれども…。ヒントは沢山。


報酬系にご興味をお持ちの方は是非この本を読むことをお勧めしたいです。
なぜ人はハマってしまうのかを生物学的、要するに脳の構造的観点から知ることができます。

*1:ドパミンは脳内の代表的な神経伝達物質パーキンソン病で低下することが知られているように一部の神経経路(黒質線条体経路)では身体の動きに関わる。一方で、ドパミンは好奇心や快感を覚える脳内経路に関わり、ときめく時にはドパミン系の神経回路が活性化している。

*2:脳というのは何もしていなくてもいろんな場所が動いている(例えば画像を見るだけで視覚領域が活性化している)。こういう研究の結果は、【報酬が高い時−(マイナス)報酬が無い時】【報酬が低い時−(マイナス)報酬が無いとき】というように、何かあった時の脳活動から活動が一番低い時の脳活動を引いて、何かあった時だけに活動している領域を検出している。

*3:メチルフェニデートは脳内でドパミン濃度が高まるように働く。覚せい剤と作用はほぼ同じなため依存の不安があるかと思うが、正しく使えば問題ない。現在日本で使われているのは服薬後錠剤から徐々に成分が溶け出す徐放剤(コンサータ)。かつて同成分の薬(リタリン)の乱用は問題となり、一部クリニックの違法処方が関わったこともあり、精神科医にとっては苦い思い出(⇛リタリン乱用)。