不老の薬があるかもしれない

研究の講演で将来を夢見ることができることはもう10年位なかったのだが、つい先日目の覚めるような話を聞くことができたので紹介したい。


過日このようなニュースがあったのをご存知だろうか。
www.konekono-heya.com


ネコはどうも腎不全になりやすいらしく、多くのネコが腎不全で死に至る。腎臓が機能しなくなり、尿毒素が身体に溜まって死に至る腎臓病が、AIMという薬を使うことで劇的に改善したという話である。ネコでは臨床試験が進んでいるらしく、最初のネコは何と15歳。急性腎不全状態で、あと1週間で死ぬと言われたネコが、AIM投与によって奇跡の回復を果たし、計15回の静脈投与で、1年経った今、とても元気だという。


尚より詳しくは⇛ネコに腎不全が多発する原因を究明


AIMとは?
Apoptosis Inhibition of Macrophage、の略である。日本語では「マクロファージのアポトーシス抑制」。これでもなんじゃコレ?と思う人多いはず。


アポトーシスとは、プログラムされた細胞死のことで、傷ついて死に至る場合と異なり、ある種のシグナルでスイッチが入ると自ら死へのプロセスが始まるので、細胞の自殺とも言われる。マクロファージは、抗原提示細胞という細胞の一種で、免疫系の細胞だ。基本的には身体に異物(細菌やウイルスなど)が入った時にいちはやくその場に駆けつけてその異物を貪食(どんしょく:食べること)し、リンパ球などに何が入ったのかを知らせ(抗原提示)、免疫系を活発にする。貪食の対象にはそういった異物の他に、老廃物や年老いた細胞などもある。


さて、AIMというタンパク質は、普通に血液中に存在しているタンパク質で、マクロファージで合成された後、IgMという抗体*1に結合して漂っている。そのAIMだが、普段結合しているIgMを離れて、例えば死んだ細胞や老廃物の方に結合することでそれらが周りの細胞などに処理される働きを持つ。素晴らしいことには、例えば急性腎障害を起こした腎臓の傷ついた尿細管においては、どうやら死んだ細胞をその周りの細胞が取り込んで(食べて)処理した後、何かしらのメカニズムで細胞の再生が起き、臓器が回復される。


ネコの奇跡では、腎機能低下によって全身に広がった尿毒物質(尿毒症というやつだ)にこのAIMが(恐らく)結合して取り除かれ、全身状態が改善するとともに、腎臓内の損傷細胞が(恐らく)再生され、その後の良い状態の持続につながっていると考える。


慢性疾患や悪性腫瘍、そしてアルコール代謝にも朗報?
素晴らしいことにどうやらAIMが結合することで、脂肪分解やがん細胞へのアポトーシス(細胞死)誘導が可能になる。脂肪やがん細胞を標的にこのAIMを制御できれば、様々な慢性疾患の予防や、ガンの治療に役立つことは言うまでもない。しかも、このAIMは基本的にはもともと持っている物質であり、例え過量になったとしても腎臓から排出されるだけなのだ。


面白いことに、AIMはアルデヒドに結合できるらしい。私のようなウルトラ下戸はここに着目したい。アルコール摂取によって血中に増えたアセトアルデヒドにAIMを結合させられれば、アルコール代謝を、代謝酵素に拠らずに可能にできるかもしれない。dneuroは明らかにアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)を欠いており、ひどくアルコールに苦労させられているが、AIMが救世主になることを夢見ている。*2本当にそうなるかは、例えば酒の強い人の血中ではアルコール摂取後にAIMが増えているか知りたいところだが、実際に予備的な測定ではそうなっているらしい。


今後の課題と応用可能性
先に書いたようにAIMは安全性がほとんど問題にならない。問題は、AIMが普段はIgMという抗体にくっついていることだ。
今後の課題は、どうやってAIMをフリーの状態にさせるか。その条件の解明と、AIMをIgMから思いのとおりに離すリリーサーの開発が望まれる。


さて、AIM、実は中枢神経系には存在しない。脳内は血液脳関門という、脳内に入る物質を検閲している細胞群があるのだが、AIMが結合しているIgM抗体はここを通れない。
老廃物除去、というと例えばアルツハイマー認知症で脳内に蓄積するアミロイドβ42というタンパク質除去に役立てないかと考えてしまうが、現状では人為的にAIMを脳に入れるしか無い。*3それは現在実験中らしい。


様々な老廃物除去に役立つAIMによって、不老が実現できる可能性は高い。まあ完全には無理でも、定期的なAIM活性化によって慢性疾患に至る原因となる老化物質を取り除き、それが結果的に適切な細胞再生を臓器に誘導できたら…きっと人はより健康状態を維持できるし、その成果でノーベル賞を受賞できるだろうなと。


老化の生物学的メカニズムに関心のある人向け。生物系を目指す高校生なら読んでみよう。


老化は治せる (集英社新書)

老化は治せる (集英社新書)

老化を病気とし、炎症という現象から老化を論じる。私の学生時代に習った病理学教授いわく「すべての病気は炎症」。古い万能薬アスピリンについても詳しい。抗炎症薬は様々な効能を持つ。私は全てに同意はしないけど、それでも確かに炎症が絡まない病気は殆ど無いのは確かかな。


人体冷凍  不死販売財団の恐怖

人体冷凍 不死販売財団の恐怖

現時点で、不死を目指している人たちは自らの身体を冷凍保存することを望む。どう考えてもその状態から解凍〜治療して復活するのは無理筋と感じるのだが。この本は内部告発的らしい。今度購入したい。

*1:抗体はリンパ球が作るタンパク質で、外部から侵入した異物や老廃物除去に役立つ免疫物質だ。物凄く多様であることがこれまでに経験したことのない感染を予防することにも役立ち、その多様性のメカニズムを解明したのが1987年にノーベル賞を受賞した利根川進先生。IgA、IgG、IgM、IgEなど何種類もあり、それぞれが我々の健康に役立っている。その一方、自分の身体に対して抗体を作ってしまった状態にあるのが、自己免疫疾患。

*2:アルコール代謝は原則、アルコール⇛アセトアルデヒド⇛酢酸と進むが、二日酔いの原因になるのはアセトアルデヒドアセトアルデヒドを分解できない体質が世界中で我らモンゴロイド族にだけ存在。酒を楽しめる体質になりたいと願うのはdneuroだけではないだろう。

*3:アルツハイマー認知症では神経細胞アミロイドβ42というタンパク質が蓄積してそれが周囲の細胞死を誘発する。ではこのタンパク質を除こうという治療薬が盛んに治験されているが、残念ながら今のところ治験結果は良好でない。