ASDは治療するものなのか

ASDに関する報道をみていると、例えば「オキシトシン」で自閉症の治療につながるという報道がある。以下は東大のプレスリリースではあるが*1


www.jst.go.jp


「治療」というのを、病的な状態から健康な状態に復する、という定義で考えているとすると、ASDには当てはまらない、という気にどうしてもなってしまう。というのも、ASDが「病」とは違う概念に感じるし、ASDではない=健康、というわけでもない。


f:id:neurophys11:20161027213410j:plain:w300:right

幾つかの慢性疾患では治療ゴールを病的状態からの完全な脱出に置いてしまうと、時に不可能を追いかけることになる。例えば糖尿病や高血圧のようないわゆる生活習慣病*2で考えてみる。図に示したように、両疾患とも、「常に医療を必要とする状態」から「治療行為をほぼ必要としていない」状態にグラデーションを持って存在している。同じ糖尿病の人でも症状は様々であり、医療の必要度も個人によって異なる。


医療依存度という観点から精神疾患を考えると、疾患によって大分違う。統合失調症躁うつ病(双極性障害)は治療という概念が当てはまる度合いが明らかに強く、薬をやめることを治療ゴールに設定するのは苦しい場合がほとんどだ。うつ病や不安関連疾患、認知症はもう少し医療依存度が低くなることが多い。皇室の雅子様もかかっている適応障害は外在するストレスに対する適応不全なのだが、そのストレスが大きければ大きいほど医療依存度が高くなるし、環境改善が図れれば医療はもはや必要ない*3


また、誰もが環境変化によって適応障害にはなりうる。
    適応障害とは(厚生労働省)


私の友人に屈強なラグビー経験者が居て、当然ラグビーの中では立派なのだが、一緒に登山に行くと簡単にへばり「もう俺は置いていっていい」と泣き言が多くなる。登山という別環境が強いはずの彼を適応障害にしてしまう。どこでも強いということは中々無いものだ。そして、たとえ辛い環境では適応障害を起こす弱さ(素因)を持っていたとしても、自分にとって良い環境にいる限り症状は出てこない。表に出なければ(顕在化しなければ)その人は疾患を持っているとは言えないだろう。


f:id:neurophys11:20161027213843j:plain:w300:right
さて、ASDと治療という話に戻ると、まずASDは「病」というよりはその人が持っている特徴、特性、性質といった類のものだ。その特性がある環境下では非常な不適応を起こし、適応障害化すれば医療依存度は高くなる一方で、図に示すように、その人に適した環境下では何の問題もなくいられる。そういう状態はASD(自閉症スペクトラム障害)というよりASC(自閉症スペクトラム条件)を特性として持っているだけと考えたい。つまり、ASC状況にあるだけであれば医療的に治療を求める必要もなければ、医療者が大多数のASDでない人(敢えて健康な人とは言わない)のように特性に踏み込んで変えていく必要もない。*4


敢えてASDに対して、治療するという言葉を使うとすれば、ASDからASC状態にしていくこと、二次障害には対応することだろう(標準的な治療を試みることが困難な場合もあるが)。


一方で、ADHD注意欠陥多動性障害は、「治療」対象になりうる症状が幾つかある。ADHDに関してはまた日を改めて。


自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体 (SB新書)

自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体 (SB新書)

本田先生のこの著作は何度も紹介しているがやはり素晴らしい。
今日の文脈ではこの図を紹介したい。


f:id:neurophys11:20161027214205j:plain:w300:right
ASDに治療という言葉がしっくりこないのは、どうやっても、成長した時に特性(特徴)は残っているからだ。それは小さい頃とは出方が変わっているかもしれないし、人によっては他人との違いに対策を練っていたりするだろう。



女性のアスペルガー症候群 (健康ライブラリーイラスト版)

女性のアスペルガー症候群 (健康ライブラリーイラスト版)

「女性の」アスペルガー症候群(という言い方はちょい古いのだが)。男性と違い目立ちづらいこともあるが、男とは違う身体の状態が、男性アスペルガー(ASD)とは違う悩みを持つのは当たり前。

*1:オキシトシンは本来子供が生まれた後、乳汁分泌を促すホルモンとして知られている。このホルモンが、例えば人が肌を通じたコミュニケーションを図った時に上昇するということがわかり、愛情ホルモンとしてある意味もてはやされている。ASD者にとって福音か?といえば正直まだはっきりわからないところではある。

*2:生活習慣病というと習慣さえ変えれば発症せず、また軽快するので、それができないのは本人が弱いからだという考えがある。それを突き詰めて透析患者は糖尿病を治すのに努力しなかった末路なのだから公費使う必要なし、と言ったのは最近ブログが炎上した長谷川豊氏。実際にはどうやっても症状改善が図れない場合もあるし、そもそも発症は遺伝的に規定。自分ではどうにも出来ない部分も多く、生活習慣病という名前がおかしい。

*3:皇太子妃雅子様の症状が改善するのか。普通に考えれば答えは1つなのだが日本社会はそれを許さないだろう。皇后になられたときに自由度が増え、元気になられるといいのだが。

*4:ASDを定型にしていくのは本人にも周囲も辛い無駄な努力と言っていい。ASDというのは大多数のASDではない人(定型という)とは違う脳内ネットワークを発達させているはず。それを発達させた後に再度組み直す、という治療は正直無理筋。

奇跡の医療と腸内細菌

 奇跡的な治療ってあるんですか?と聞かれたことがある。でも奇跡は日常診療では中々得られることがない。救急医療を思い浮かべる方も多いと思うが、それでも奇跡はなかなか起きない。私は救急医療センターで集中治療室の医師として勤めた経験がわずか半年ながらあるが、その間奇跡的な治療効果というのは残念ながら見られなかった。センターに患者さんは救急車で来院するのだが、内臓疾患にしろ怪我にしろ、中毒にせよ、ほぼすべての方が予想通りの転帰を辿った。*1


 医師になって15年、奇跡的な医療というのは存在しないよね、という諦念に風穴が開いたのが実は2013年。The New England Journal of Medicineという世界で最も権威ある臨床医学雑誌にある論文が掲載された。ある病気に対する従来治療の奏効率が30.8%に対して、その論文の斬新な治療の効果は何と93.8%!!これはもう圧倒的で、従来治療をするのが悪と言ってもいいくらいな上、副作用は無い。


f:id:neurophys11:20161021214950j:plain:w300:right

 その治療は何か、といえば実は便移植。その対象となった病気は偽膜性大腸炎という。大部分の人には聞き慣れない病名と思うが、抗生物質等で正常な腸内細菌叢が破壊された時に、Clostoridium difficile(クロストリジウム・ディフィシール)という細菌が異常繁殖した結果起きる大腸の炎症だ(図参照)。これに対する治療は基本は保存的治療(適切な栄養を取り様子を見るということ)だが、こじれた場合には特別な抗生物質(バンコマイシン)*2で治療するのが教科書的。ところが、偽膜性大腸炎は結構治療しづらく、図の左側、グラフの右がバンコマイシンによる治療成績だが、高くて30%と奏効するとは言い難い。

        偽膜性大腸炎 → 薬剤性腸炎


 これに対して便移植。なんと80%〜90%の奏効率で、しかも副作用がない。通常従来の治療と新しい治療の差があっても40%が55%になった、とかが普通なのでこの差は圧倒的だ。論文が出て余りの差に驚愕してすぐに大学院生に紹介したが、抗生物質をはじめとするあらゆる最新治療を差し置いて、結局は元気な他人の大便を移す単純さがとても良かった。


 ところで、どうやって移植するの?という疑問に対しては千葉大のHPをどうぞ。有り難いことにあの塊のまま移動するわけではない。

www.ho.chiba-u.ac.jp


移植するのは腸内細菌叢
 さて、上記HPにあるように、便移植の本質は人の腸内に生息している莫大な数の細菌からなる腸内細菌叢の移植、である。


 人の腸内細菌はWiki(腸内細菌)によれば、約3万種類、1000兆個が生息し、重量にして1-2kgになるという。それが作っている腸内細菌の生態系をまとめて腸内細菌叢という。年齢とともにその細菌の数は変化し、また個体差も大きい。腸に良いとされるビフィズス菌の仲間は10-20%程度を占めるようだが、生後間もなくから増え始めて幼児期にピークを迎えた後、年齢とともに減っていく。腸内細菌叢の個体差は生後間もなくから始まり、双子でもその差は大きいし、抗生物質*3で菌が死ぬと分布が違ってくる(図参照)。


f:id:neurophys11:20161021214958p:plain


腸内細菌叢は精神状態にも影響する可能性も
 最近の腸内細菌叢に関するトピックはこの腸内細菌叢が様々な人の健康状態に影響し、その中には精神状態も含まれるということ。
 腸内細菌叢が腸内に分泌する物質群を通じて、体内のホルモンやサイトカイン(免疫系細胞の放出する生理活性物質)の動態を変化させ、不安や恐怖といった感情面や、知性に関しても変化させるのではという研究が動物を中心に相次いている。近年はサイコバイオティクスなる述語さえできた。敢えて日本語にすると精神細菌学かな?


welq.jp


でも実際どれだけ影響するのだろう??
 …が、まあそうはいっても抗生物質を飲んで腸内細菌が物凄く死んだとしても経験的にそれで精神状態が大きく変わった、ということは無い。下痢や便秘が続くと確かに気分は変わる。ただそれは腸内細菌叢の変化というよりも、下痢でげっそりしたり、便秘の閉塞感という物理的な問題のほうが大きく影響している気がするので、実際に腸内細菌叢の変化が急性の影響を出してくるかというと個人的にはそこまででは?と疑問に思う。


 実際のところ腸内細菌叢というのは未だに謎が多く、誰もが知っている大腸菌*4も実は腸内ではマイノリティ。単に外で培養した時に沢山増えたのが大腸菌で、メジャーだと勘違いされたためにあんな名前になった。良い腸内細菌がメンタルに効果的として、ビフィズス菌や乳酸菌が本当に良ければ、ヨーグルトを沢山消費する現代、もっと健康な人が増えても良さそうだが、実際にはメンタルヘルスは昔に比べて少なくても良くはなっていないだろう。


 例えば子供やお年寄りなど必ずしも症状を言葉で表明できない方々の辛さの背景に実は腸内細菌叢が、というのはある気はする。それに昔から腸脳相関といって胃腸の不調は確かに脳から身体への様々な連絡を変化させることが知られているので、まあ腸内細菌叢は良いに越したことはないものの、その良さの要因が現時点ではわからないので、だったら健康な人の大便使ったほうがてっとり早いと言えそうだ。


 超健康な人からの便を何かカプセルみたいにして売り出すことが出来れば、皆んなが理想的腸内環境を得られるのでは?と思うのだが、と思ったらアメリカではもうカプセルになっているのね…。まだ偽膜性大腸炎に対する臨床試験という位置づけ。

welq.jp

 胃の中でカプセルが溶けることだけは避けていただきたい(笑)。精神科分野では過敏性腸炎とか、慢性疲労症候群などに効かないかな…。いつかサプリとして売り出されるのでは、とも思うが、誰がドナー(大便の提供者)になるんだ、というのが一番の疑問だったりする。


大便通 知っているようで知らない大腸・便・腸内細菌 (幻冬舎新書)

大便通 知っているようで知らない大腸・便・腸内細菌 (幻冬舎新書)


あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた

あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた


尚、今日の話題にすごく興味を持った方、同じく精神科医のblogのようだが、
こちらをどうぞ。

腸内細菌とメンタルヘルス(その1 これまでのプロバイオティクスの歴史 part1) : 場末P科病院の精神科医のblog

拙blogなど比較にならない詳細な論文解説が読める。

*1:どんな病気でも苦しい状態から元通りになることは劇的で個人的な奇跡と言えなくもない。ただ、その治療効果そのものは予め予想できる範囲内であることが殆どで、そういう意味で奇跡は殆ど無い。マスコミを賑わせている超高額抗がん剤オブシーボは、非常に予後の悪かった悪性黒色腫に光明をもたらしたので奇跡的治療薬と言えるかもしれない。インターフェロンに変わる大幅な治療奏効率を誇るC型肝炎の抗ウイルス薬も奇跡の薬の1つ。

*2:便移植の適用疾患は今後広がる可能性がある。特に潰瘍性大腸炎のような炎症性腸疾患。ただし偽膜性大腸炎ほどまでの奏効率ではない。

*3:抗生物質は病気を起こす悪い菌だけでなく良い細菌も平等に殺す。だから抗生物質を服用すると下痢になりやすく、抗生物質に耐性を持ったビフィズス菌製剤(ビオフェルミンRとか)が処方されたりする。

*4:余談だが大腸菌は実験室では実験によって使い分けるくらいとても沢山の種類を使う。実験室で増えやすく、遺伝子実験の友であり、もちろん汚くもない。

アルツハイマー型認知症と鑑別が難しいレビー小体型認知症

レビー小体型認知症はこの数年急に市民権を獲得してきた。
dneuroが医学部の頃、すなわち1990年代後半はこういった認知症が提唱されつつある、というまだ良くわかっていない認知症として習った覚えがあるが、現在では頻度の高い認知症として認知されている。2年前から、認知症治療薬として名高い、エーザイ株式会社のアリセプトがこの認知症に適応を拡大した点で、盛んにCMを打たれたことも大きい。


レビー小体型認知症は4大認知症の1つ
認知症界隈ではよく4大認知症といって頻度の高い認知症がカテゴライズされていたりする。アルツハイマー認知症、脳血管型認知症レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症である。


4大認知症とは?


f:id:neurophys11:20161017054334p:plain:w300:right
図は以前紹介した九州大学大学院病態機能内科学教室が1961年より進めている久山町研究から。以前同教室の研究で糖尿病がアルツハイマー認知症のリスクになるという結果を紹介した(→糖尿病とアルツハイマー型認知症)。
アルツハイマー認知症と脳血管性認知症の頻度が高いのは当然として、レビー小体型認知症認知症の16%ほどを占めるから、珍しいとは言えない。
症状としては、認知症なので物忘れ(健忘)があるのだが、その他に特徴的なのは、幻視症状、パーキンソン症状、自律神経調節障害(起立性低血圧や失禁)、そして覚醒度の変動といったもの。特に幻視症状は特徴的で、非常にヴィヴィッドな実在感のある人物幻視が多い。*1


後からわかる例が多い
初期、というか認知症を疑われる時期にはアルツハイマー認知症と同じように、物忘れも目立つから誤診されていることも多い。


例えば69歳のAさん(男性)はクリーニング店勤務だったが物忘れを妻に指摘されることがあり、外来を訪れた。認知症スクリーニングとしてポピュラーな長谷川式認知症スケール改訂版(HDS-R)*2をしてみると、30点満点の21点。これは認知症判断のカットオフだ。1週間後のMRI検査にて、軽度の海馬萎縮や側脳室拡大*3などの所見からアルツハイマー認知症初期と判断し、抗認知症アリセプトを3mgから開始。2週間後5mgに増量したところで本人は「思い出せることが増えてきた」とのこと。2ヶ月後のHDS-Rではなんと満点だった。


さて、調子を取り戻したAさんはそのまま勤務も続けていたのだが、初診から1年後に時々手が震えるように。2年後、珍しく妻と一緒に訪れたと思ったら「玄関に人形が見える」と言い出し、よだれや震えなどのパーキンソン症状、それに時々ぼーっとするという覚醒度の変動が見られるようになっていた。


ということで、実はレビー小体型認知症であることが判明し、アリセプトの他、抗パーキンソン病薬に少量の抗精神病薬(幻視に対して)を服薬してもらい、以後3年になるが比較的安定している。ただし、徐々に認知機能は低下した。


うつから始まることも多いレビー小体型認知症
f:id:neurophys11:20161017054349j:plain:w300:right

 実のところ、認知症の方を診た時に、後から考えると認知症の始まりは物忘れでは無いことも多い。図はアルツハイマー認知症レビー小体型認知症でどんな精神症状が発症時(0時点)より前に見られたかを示している。これを見ると、特にレビー小体型認知症では、うつ症状が診断の40週も前から出現していることがわかる。そう、高齢者のうつ症状は認知症の前駆症状の可能性があるということでもあり、レビー小体型認知症では特にその頻度が高いことを示している。この表にはないが、アルツハイマー認知症にはない前駆症状としては、レム睡眠時行動障害や寝言、嗜眠(よく眠ること)、それに調子の変動(すっきりしている時とぼんやりしている時と)が挙げられる。特にレム睡眠時行動障害は、レム睡眠といういわゆる夢を見るような睡眠時に行動異常(大声を上げる、起き上がって何かをするなど)を伴うもので、58%程度の頻度で見られるともいう。


幻視とパレイドリア
 レビー小体型認知症で特徴的な幻視症状。東北大の池尻信氏の博士論文がネットからダウンロードできるが、それによるとレビー小体型認知症ではパレイドリアという錯視が誘発されやすいという。


  パレイドリア: 雲の形や壁の染みがどうしても人の顔や姿にみえる、
  など不明瞭あるいは意味のない視覚対象から明瞭で具体的な錯視像
  が作り出される体験


f:id:neurophys11:20161017054357j:plain:w300:right
 誰しも木目の中に顔を見たり、パンジーを見れば猿の顔に見えたりするものだが、レビー小体型認知症では図のように花の中に本当に顔を見てしまう。アルツハイマー認知症の方に比べて圧倒的にそのようなパレイドリア反応が多いらしい。また、このような模様の中に顔を見てしまうことを誘発するパレイドリアテストというものもある。こういった錯視体験の誘発の容易さが幻視のベースになっているのは想像に難くない。ちなみに、レビー小体型認知症の幻視は圧倒的に人物が多く、次に動物や虫の幻視が来る。その他に実態的意識性、つまり見えない何者かが確実にそこにいるという感覚も味わいやすいようだ。


治療反応性は高い
 最後に少しだけレビー小体型認知症の治療について書くと、基本的にはアリセプトなどの抗認知症薬に対する反応性は良いようだ。特に幻視症状にはアリセプトの作用機序が上手く働くようだ。横浜市立大学の元教授、小阪憲司氏はレビー小体型認知症の世界的な権威だが、アリセプトの有効性を強調される。なので、認知症症状が出たとしても紹介した症例のように一旦は元に戻る方も多い印象がある。ただ、経験的にはパーキンソン症状や強い幻視症状が出てしまうと薬の選択に難渋することも多い。それはパーキンソン症状に対する薬(ドパミン作動薬)が、幻視症状に対する治療薬(抗精神病薬:ドパミン阻害薬)と作用的に拮抗するからで、かなり微妙なバランスを強いられることも多い。
 また、パーキンソン病との異動が問題になるが、病理的にはどちらの疾患もレビー小体という異常なタンパク質が脳内に沈着している点で共通している。どこからその沈着が強く始まるかによって、パーキンソン病のように運動面から機能低下を起こすか、レビー小体型認知症のように認知機能に障害をきたすかが異なるというだけで、本質的に両者に違いはないという理解が正しいようだ。


認知症―専門医が語る診断・治療・ケア (中公新書)

認知症―専門医が語る診断・治療・ケア (中公新書)

頻度の高い認知症について正統的な知識を入れたければ熊本大学の池田学先生の著作が一番良いと思う。冷静な筆致で、各認知症の病像と標準的な対応、治療をわかりやすく解説。

レビー小体型認知症の臨床 (神経心理学コレクション)

レビー小体型認知症の臨床 (神経心理学コレクション)

やや専門的に知りたい人は。やはり池田先生と、レビー小体型認知症の病理を詳細に研究し、世界の第一人者である小阪憲司先生の対話。

レビー小体型認知症がよくわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)

レビー小体型認知症がよくわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)

小阪憲司先生監修によるレビー小体型認知症のわかりやすい解説本。

*1:本当に現実感のあるリアルな幻視らしい。私の患者さんの幻視は人形だったが、可愛いので出てきても嫌な感じは無いとのこと。なお、幻覚というと統合失調症を思い出す方もいるかもしれないが、統合失調症には幻視は少ない。リアルな幻聴であることがほとんど。

*2:長谷川式認知症スケールは代表的なスクリーニングツール。30点満点で21点以下だと認知症を疑うとされるが、実際には健常であればどんな年でも26点より下ということは無い。アルツハイマー認知症で初期から低下する立体把握の項目が無いのは欠点。

*3:側脳室は大脳にある左右に別れた部屋であり、脳脊髄液が貯留している。ここが拡大しているのは、周囲の大脳皮質が萎縮した証拠。

ドラマ「無痛」と先天性無痛症

久坂部羊の「無痛」を原作にフジがドラマにしているが、重要人物の1人(イバラ君)が先天性無痛症だという。


無痛 (幻冬舎文庫)

無痛 (幻冬舎文庫)

ドラマの後読もうと思っているので未読です。


さて、先天性無痛症が一体どういう病気なのか、学生相手の講義で扱うこともあるのでそんな内容を。若干危惧するのは、ドラマでは無痛症のイバラ君が残虐行為をしている描写があり、それが肉体的に無痛であることと関連があるかのように思える人もいるだろう。実際にはそういうことはないので、その点はあくまでもフィクション*1


    先天性無痛無汗症(Wiki)
    先天性無痛症(難病疾病センター)


無痛は羨ましいと思う人もいるかもしれないが、少なくても病気でない、普通の状態で無痛になってしまうと実はとても困る。


痛み、は身体に危険が迫ってるぞという警告であるのに、それを感じない先天性無痛症の子供は危険を避けることを学習できない。爪を噛めば肉を噛み切ってしまうし、高所から飛び降りて骨折をしても痛みを感じないから動き続ける。普通であれば痛みがあるからこそ固定に従うがそれも無いため動かしてしまうし、傷も化膿する。当然治りは悪く骨は変形して治癒する。風邪を引いて高熱が出てもそれを感じないから動き続けるし、感染症でお腹に病変があったりしても痛みを感じないから治療の機会を逸し、病状は悪化する。そんなこんなで早死にする子は多く、後述の文献によれば3歳までに20%の子が死去、大人まで生き延びないことが多いとされている。


先天性無痛症の子たち

f:id:neurophys11:20160928224433j:plain:w300:right

この図の子は先天性無痛症の12歳の男の子。普通の両親から問題なく生まれたが、6か月児に父親のタバコでお腹に火傷を負ったのに何の反応も無かったという。写真は12歳論文著者たちの病院受診時の写真らしい。口角(口の端)が傷つき、指の爪は短く指先の変形があり、X線で見る大腿骨頭は破壊が進んでいる。病気は次の子と同じ。



CNNの特集を見てみよう (英語ですが)。

www.youtube.com

この映像の主人公ロベルト君4歳は先天性無痛症。空腹も一種の痛みなのか、生まれたときからお腹も空かず、従ってミルクは無理やり飲ませていた。痛みを感じないで動き回り、身体は傷だらけとなった彼に診断されたのは遺伝性感覚性自律神経ニューロパチーIV型(Hereditary Sensory Autonomic Neuropathy IV)。無痛という感覚障害と自律神経に問題のある神経病という意味。この病気は遺伝性疾患で、実は無痛であるだけでなく、汗もかけない。汗を出しての体温調節が出来ないから夏は地獄である。クーラーの存在が死活問題だ。そしてこのような無痛で無汗という悪条件が揃った上に彼は多動なのだ。痛みを感じず動き回るから怪我が絶えない。
そんな彼を支援するための募金活動があった(⇛Help Roberto)が、2009年を境に更新されていないので亡くなったのかもしれない。


さて、「痛み」は身体への警告だと書いた。すなわち、痛みがあることで我々はその原因となるものを避けて安全に行動するし、痛みがあるから病気だとわかって治療に向かう。


痛みを感じる経路
痛みを感じる末梢神経(主に皮膚に分布)の興奮⇛脊髄から脳へと情報の伝達⇛視床⇛大脳皮質    
    詳しく知りたければ⇛痛覚(脳科学辞典)


先天性無痛症の人は、感覚の出発点、すなわち皮膚に分布する痛覚神経の数が非常に少ない、もしくは興奮しづらいようだ。一方で、他の感覚神経は正常に分布し、大脳皮質に至る感覚経路も正常だから、痛覚以外の皮膚感覚(体性感覚という:触覚、圧覚、振動覚など)は感じる(ビデオでもロベルト君はくすぐられたら笑ってた)。


患者会ガイドラインがある
先天性無痛症の発症は、遺伝形式が常染色体劣性であることで極めて稀である(高校生物の復習なら⇛メンデル遺伝と疾患)。原因遺伝子の異常(変異)を素因として持っている両親が揃った上で子供に引き継がれる確率は1/4。もともとそういった素因(原因遺伝子変異を染色体上の片方に持つ)を持っている確率そのものが低いため、100万人に1人程度の発症のようだ*2。だが、日本の人口は1億人以上いることを考えると、全国に少なくても100人以上居る。


稀な疾患には同じ病気を持つ患者会家族会の果たす役割が大きい。情報だけでなく、同じ病気を持つ者、家族にしかわからない苦労や喜びが共有できる。また、まとまることで発言に影響も持てる。日本にも家族会があり、今回のドラマにおける先天性無痛症の描き方について意見を表明し、フジテレビもそれに応じたようだ。


   NPO 先天性無痛無汗の会 「トゥモロウ」

トゥモロウさんの作ったガイドラインは内容がとても充実しており、少しでも関心を持った人には役に立つだろう。
   改訂版 先天性無痛無汗症〜難病の理解と生活支援のために〜 (pdf)


アメリカでは同じ病気を持つ本人・家族がキャンプを開催している。
   Camp Painless But Hopeful


このキャンプの中心になっていた女の子、Ashlyn Blockerさん、2012年に元気な姿をテレビに見せていたが、今でも元気でありますように。



www.youtube.com

  

*1:肉体的な痛みがないのは精神的な痛みが無いことにはならない。作中のイバラ君は好きな人物の苦悩を自分の(精神的な)痛みとして感じる心優しい人物であり、決して悪人としては描いていない。

*2:原因遺伝子はNTRK1遺伝子である。神経栄養因子NGFというタンパク質は神経を伸ばす作用があるが、それを受け取るタンパク質がNTRK遺伝子から作られる(TrkA受容体)。このNTRK遺伝子に変異があるため作られるタンパク質が異常となり、NGFを受け取れない痛覚神経が正常に発達しない。この遺伝子素因を500人に1人が持つとしたら、500人に1人同士が出会う確率が1/500x1/500で25万分の1、さらに4人に1人の確率で子供が発症するので、100万人に1人の計算になる。ただ実際にはそもそもどれくらいの確率で素因を持っているかはっきりわかっていない。

20年後に多分精神科医の殆どは要らなくなり始めると思う

AI、人工知能に関してのニュースが最近目立つ。
dneuro的にはこの数年将棋のプロ棋士がソフトに負け続けており、ほぼ人間が敵う状態には無い(羽生さんが負けて決着となるだろうけど)ことや、ついには碁までAlpha碁というソフトに完璧に打ち負かされたことが大きい。



井上氏の本で語られるように、AIが進歩した時、社会的懸念としては「技術的失業」という現象が進む。技術が進歩して人間の活動を代替することができれば、当然それに携わっていた仕事は機械に取って代わられるわけで、産業革命以後様々な仕事が人の手から離れた。特定の領域(例えば将棋とか)にのみ強い現在の特化型AIから、より広範な能力を発揮できる汎用AIが普及した時、多くの職業が取って代わられ失業するだろう。


今後どの職業が残り、どの職業が廃れるのかというのは盛んに予測されている。自動運転が普及すればドライバー需要がほとんど無くなるなんてのは想像しやすい。どの仕事が無くなりどの仕事が残るのかってのは色んな人が予想しているが、まあまあ感覚にも合う例としては以下どうだろう。


今後10~20年の間に消える仕事・残る仕事


銀行の融資担当者やレジ係、会計事務員などが無くなる一方で、内科医・外科医、振付師、小学校教員、栄養士などは無くならないという。メンタルヘルスと薬のサポートワーカー、心理学者の2つは精神科医とはまた違う。どうやら未来予測の大家からすると、なんとか医者は大丈夫と思えそうだが…


多くの医師業務はAIに代替されるはず
恐らく医師はどんどんAIに代替させられていくだろう。その根拠として、診断がまず1つ。正直医師は誤診が多い。誤診しながら正しい診断に至ると言ってもいいくらいだ。それは初期に判断できる材料が少ないという仕方の無い場面もあるのだが、端的に言って一般的な頻度の高い病気(いわゆるcommon disease)や経験則から診断しえた病気だけが頭に上ってくる医師が殆どなせいだろう(私もそうですよ)。まあそれでも色んな疾患可能性の有無を状況によって判断変えながら次々考えていく。自分の経験が乏しければ専門家の相談も仰ぐし、文献も漁る。そうやって珍しい病気でも探索をやめなければ、ゆっくりと正しい診断に至っていく。*1
でもこの過程を十分に発達したAIは瞬時にこなしていくだろうから、そのスピードに人間が及ぶはずがない。


東大、IBM人工知能「Watson」を活用したがん研究を開始news.mynavi.jp


東大が今、IBMの有名な人工知能ワトソンを使って、膨大な研究論文や遺伝子情報データベースを探索する研究を始めている。その成果としてすでにある女性の白血病を診断したとのニュースもあった(⇛AI、がん治療法助言 白血病のタイプ見抜く...専門外なのでどのくらい凄いのかは正直わからないけど)。


次に安泰と思われそうな外科もそうでもないと思える。かつての外科治療が内科治療になり変わっている*2というのが1つ(例えば早期胃癌や抗がん剤放射線治療の進歩)。そして、外科におけるロボットの活用。現在はダヴィンチ(⇛手術支援ロボットダヴィンチ徹底解剖)のようにあくまでも人の手を補助する役割に過ぎないが、早晩少なくても簡単な解剖学的構造からなる病変であれば自律的に治療することが可能になるだろうし、それくらいになってもらわねば困る。外科医の役割は相対的に小さくなっていくはず。



精神科医は恐らく駆逐されていく
心の変調をカウンセリングで治療する、と理解(誤解)されている精神科医の仕事はさすがにAIでは駄目でしょう、と素朴に思っている人は多いかもしれない。


ここで少し一般的な精神科外来診療の流れを見てみよう。


 問診票記入⇛診察(問診により診断、時に採血やMRIなど)⇛(多くの場合)処方
 ⇛薬局で薬を受け取る


診断の要は問診、問いかけと応答のやり取りだ。このまさに問いかけこそが人工知能の得意分野であり、十分にケーススタディを行ったAIは患者の答えに応じて的確な問いを繰り出し、疾患を絞っていくだろう(クイズ王に勝てるんだから⇛コンピューターは“ヒト”になれるか(前編)、IBMワトソンがクイズ王に勝てた理由)。洗練されたアルゴリズムは、全ての質問を愚直にしていく構造的な診察よりも名人芸に近いものになると思う。さらに、検査が必要であると考えた場合も、その検査を必要とする疾患の可能性を探って的確な取捨選択を行うはずだ。


また、現在は例えば甲状腺機能障害を見るのに血液検査を行い、脳梗塞など頭蓋内病変がないかを確認するためにMRIのような画像検査を行う。順序としては診断の精度を上げるために、問診の後にオーダーする。


しかし、恐らく20年後はある程度は患者の血液や唾液などから疾患に特徴的な因子を予め解析するブレイクスルーが登場している可能性が高い*3。個人識別番号などから事前に患者の生体情報が得られていれば、問診情報と補完的に働く。つまり現代と違い、最初から一定の情報が既にある。一方、生体情報と問診の照合のためには、場合によっては膨大な研究の蓄積からできたデータベースにアクセスする必要があるだろう。そこはやはり人間離れした速度が出せるAIが圧倒的だ。


こういった診断の為のプロセスは条件が揃えば診察室で行う必要も無く、自宅で行える可能性がある。生身の精神科医が介在する必要があるだろうか?薬も規制緩和は必ず進むはずだ。適切なプロセスにより診断を受けた場合には今は病院で処方箋を貰わなくてはいけない薬も手に入るだろう。それもやはり生体情報からより自分の身体に合った薬が選択されているに違いない。だから薬剤師さんも生き残れるかどうか。


恐らくインフラの整っていない地域や、興奮し暴れていたり、知的障害や認知症によって質問に答えられないレベルの患者を前には、20年後はまだ生身の精神科医が活躍できそうだ。人を押さえ込めるアンドロイドが発達するまでは可能ではないか。でも逆に言えばそれ以外の多くの精神科外来で取り扱う疾患に関しては精神科医が必要では無くなるだろう。誰か人間が一定程度のマネジメントをする必要はあっても、何人も要らないだろう。


こういった精神科診療は受け入れられるだろうか?
今は無理。AIに対する信頼が足りない。でも20年後は技術向上と共に、きっと受け入れの素地が整っているはずだと思う。それに今でもSkypeなどによるPCを前にした直接の対面でない精神科面接は行われている(⇛遠隔診療には「Skype」さえあれば十分?)。その場にいなくても良い医療が既に登場しているのだから、画面の向こうが人間でない日が必ず来る。
  AIじゃないけど気軽にできる認知行動療法なら⇛「ここれん」心の練習5分間

*1:common diseaseとはよくある病気のこと。内科なら、風邪や糖尿病だの高脂血症だの生活習慣病。精神科なら統合失調症うつ病双極性障害パニック障害をはじめ頻度の高い疾患がそれに当たる。

*2:内科医は既にかつての外科医療を侵食している。最たるものが内視鏡だろう。内視鏡手術の適応は拡大しており、例えば以前は外科医が治療をしていた早期胃癌をはじめとした粘膜内に留まる初期癌は、今は内科医が治療している。身体を切り開く外科医である必要はない。そのように外科でない医師がかつての外科範囲に進出する上に、薬で治せる領域は広がるだろう。胃潰瘍なんて良い例だ。

*3:遺伝子解析が期待を持たれている(いた)が、現状では疾患を分類するという点ではあまりに未完成。10年後辺りから事情が変わってくると期待したい。薬物が効きやすい・副作用が出やすい遺伝子変異検出なら今でも応用可能だろうと思うのだが…。

睡眠薬はやめられるのか?

睡眠薬はやめられないんでしょう?とはよく聞かれる疑問だが、率直に言えば「止めるのが簡単な人もいれば、難しい人もいる。人さまざま」というつまらない答えが正しい。


睡眠薬をやめられないとすれば、それは退薬症状(離脱症状とも)や反跳性不眠という現象がおきてしまうことが1つ。もう1つは、睡眠力というか、睡眠状態に脳を移行させる力が回復しきれていない、ことによる。


dneuroはやめたい患者さんには、服薬を始めた時には失われていた睡眠力が無事に回復していることが睡眠薬を中止するためには必要であり、回復していれば、中止による退薬症状に数日耐えればできますよ、と言うことが多い。


さて…


睡眠薬は沢山あれど、今使用されている睡眠薬の殆どはベンゾジアゼピンという種類に属する。かつて催眠作用は強いが毒性が強く、大量服薬によって命の危険があったバルビツール酸系という睡眠薬があったが、dneruoが医者になった頃には睡眠薬ベンゾジアゼピン系であった。


一方で、最近になり、構造的には似ているものの、睡眠薬の働くGABA受容体(GABAはギャバ、と読む)にちょっと違った形で作用する非ベンゾジアゼピン睡眠薬が登場した(代表は商品名マイスリー)。さらに、睡眠ホルモンとも言われるメラトニンと同等の働きをするロゼレム(商品名)が、2年前には催眠というより覚醒を邪魔するオレキシン製剤ベルソムラ(商品名)が登場した。


   上記睡眠薬により詳しく知りたければ…
   睡眠薬の強さの比較。医師が教える睡眠薬の選び方


ベンゾジアゼピン睡眠薬とそのやめ方
上記サイトにも書かれているが、ベンゾジアゼピン睡眠薬はどのくらい身体に留まって作用するか、によって分類されている。


超短時間作用型…ハルシオン*1
短時間作用型…レンドルミンリスミーデパス
中時間作用型…サイレース/ロヒプノールベンザリン
長時間作用型…ドラールダルメート   (全て先発品の商品名)


である。ハルシオンならば身体から抜けるのに2-4時間だが、長時間作用型のドラールであれば24時間以上だから、何を飲むかによって身体への残留時間が全く異なる。そして一般的に作用時間が短いものほど入眠作用が強く、言い換えれば切れ味が鋭く、そのために依存になりやすい。ただ中時間作用型に分類されるサイレース/ロヒプノールも程々長く続く割に入眠作用も強く、つまりは切れ味良く、そのせいで依存状態になっている人はよく見かける。切れ味が良い薬ほど、急に失った時の退薬症状(≒離脱症状)も強いために、依存が形成されやすく、止めるのが難しい。


とはいえ、長く服薬していても止めることは可能であり、それにはやめたいという意志と、上手なやり方の両方を必要とする。


精神科の薬がわかる本 第3版

精神科の薬がわかる本 第3版


この本はわかりやすくて良い精神科薬の解説本だが、そこで提案されている3つのやりかたは図にも示した3つ。



1.用量漸減(ぜんげん)法
2.回数漸減法(図では隔日法)
3.置換中止法

f:id:neurophys11:20160911205154p:plain:w300:right



1.は段々用量を減らしていく。急がずに数週間かけてやめていく。


2.は飲む頻度を減らしていく。1日おきに飲んでOKか確認。眠れるようなら2日おきを試して、段々日数を空けていく。


3.は薬を変えていく方法。依存状態になりやすいのは超および短時間作用型の睡眠薬だから、まずはそれを長時間作用型の薬に変えていく。多種類のベンゾジアゼピン睡眠薬が使われているなら、まずは単剤を目標にまとめていく。入眠や深い睡眠に支障が出るようなら、一部の抗うつ薬が睡眠を深くすることがわかっているので、そういった薬も併用していく。


以上のやり方で焦らずにやめていくことはできるはず…。*2


睡眠薬を続けるというデメリット
ところで睡眠薬を飲み続けるデメリットはなんだろう?
それは副作用、退薬症状、そして薬を使うという気持ち悪さ、かなと。


副作用としての、過鎮静、筋弛緩作用が強いことによる転倒、薬が2日酔いのように朝残ってしまい覚醒不十分になること、その結果として日中の注意力低下、などは留意すべきものだ*3。こういったことがあるのなら、即刻減量や中止、もしくは別作用の薬への置換を考えるべき。


あるいは、睡眠薬が無いと眠れない場合、飲めない状況になった時困るだろう。例えば病気により入院して絶飲絶食とされたとき。
この場合、急に薬が身体から抜けたことによる退薬症状が激しく出てくることがある。いらいら、落ち着かなさ、不安、けいれんやせん妄がそれにあたる。


そして、勿論薬を使わなくては眠れないという事実に対する気持ち悪さ。
薬が必要なくなればそれはそちらのほうが良いに越したことはないわけで…。


睡眠薬は絶対に無くさなければいけないのか?
最後、ここに来てそもそも論になってしまうが、私は以下を原則にしている。


1.まずはすんなり苦痛なくやめられるかは試してみよう。
2.沢山の同系統の薬を飲んでいるなら、それは種類を少なくしてみよう。
3.その上で、無理して猛烈に頑張ってまでやめる必要は無い。


ま、結局は眠れるのが一番なので、少ない種類の薬を少量必要としているくらいならそんなに頑張って無くさなくてもいいんじゃないかな〜と。


グリシン 1000mg 海外直送品

グリシン 1000mg 海外直送品


最近睡眠サプリとして甘いアミノ酸グリシンが有名になった。味の素が「グリナ」の名で3gを睡眠作用のあるサプリとして発売して注目されてから。研究界隈ではもともとグリシンは鎮静作用があるのはわかってたが、統合失調症に1日60gとか使う研究が多く、3gという少量で効くとしたら驚き。とはいえ眠れない人は試してみても悪く無い。3g程度なら副作用は恐らく無いし、「グリナ」は高い…。

*1:今日blogに載せたのは全て先発品の商品名。化合物の名前は一般名というが、ハルシオン(トリアゾラム)、レンドルミン(ブロチゾラム)、デパス(エチゾラム)、サイレース(フルニトラゼパム)、ベンザリン(ニトラゼパム)、ドラール(クアゼパム)、ダルメート(フルラゼパム)。メラトニン製剤ロゼレムの一般名はラメルテオン。ベルソムラはスボレキサント。 最近の処方箋はこの一般名が書かれていることが多く、またジェネリック医薬品は一般名そのままであることも多い。

*2:中にはあっさりやめられる人もいる。実際睡眠薬なんて、眠れれば飲まなくていいわけで、多くの患者さんには「自分で調節していいですよ」と伝える。但し、躁状態や幻覚妄想状態など、睡眠が絶対的に必要な場合は別。

*3:ベンゾジアゼピン系の薬は抗不安薬としても使われる。不安を和らげる作用を期待して日中も服薬するわけだ。注意すべきは、自覚的に眠気を感じていなくても注意力が低下し、反応速度が遅くなっていることがあることで、運転など特に慎重でありたい。

認知症でトイレを失敗する理由

認知症の方の外来をしていると、トイレを失敗してしまうのはなぜ?という疑問を聞かれることがある。


認知症のタイプにもよるのだろうけど、ここではアルツハイマー認知症で考えてみたい。


アルツハイマー認知症というと、「おじいちゃんボケてきたかしら?」と周囲が心配する記銘力障害すなわち新しいことを記憶できない、すぐに忘れてしまう、を思い出す方は多いと思う。これは、大脳の側頭葉深部にある海馬という組織が萎縮をするからだ。海馬は物を覚える際に、とりわけ出来事(医学界隈ではエピソードという)や単語の意味を記憶する場合に主要な働きを担い、永続的に記憶を保存する大脳皮質との橋渡し的な役割を果たしている。MRIでもアルツハイマー認知症では、初期から海馬およびその周辺の萎縮を見ることが多い。


一方で、アルツハイマー認知症の初期から問題になってくるのは実はもう1つあって、頭頂葉症状である。

f:id:neurophys11:20160903220126p:plain


頭頂葉は読んで字の如く、大脳皮質の上部を指し、あなたの触覚、暖かさや冷たさ、そして痛みを感じるときに最初に反応する大脳皮質部位である一次感覚野や、手足や顔を動かすための司令を末梢神経に発する一次運動野が存在している。頭頂葉脳卒中を起こすと身体が麻痺するのはよく知られている。


で、頭頂葉が萎縮してくると、感覚と運動を統合し、外界に正確に反応して身体を動かすことができなくなる。それが、例えば服の裏表がわからなくなって変な着方をしてしまう(着衣失行)、ちょっとした図形を把握したり書いたりできなくなる(構成失行)、椅子に身体をどちら向きにして腰掛ければ良いかわからない(定位障害)、物の形が見えていても正確に把握できない(形態失認)といった症状として出てくる。


     失行…以前はできていた行為ができなくなること
     失認…感覚を通じた認知ができないこと*1


そう、トイレの失敗は恐らくこの頭頂葉障害が大きく出た結果だ。便器や便座の位置はわかっても身体や、男なら自分のアレをどの方向に向けたらいいかわからない、もしくは頭で考えた方向に向けられないのだろう。


それは努力すれば出来るというよりも、能力的な問題になっている。
だから、「おじいちゃん、きれいに使ってよ!!」と叱っても無意味なのだ。
やろうと思ったって出来ないんだから。


では解決はオムツか?
もちろんオムツは選択肢の1つだけど、トイレ失敗するから即オムツというのでは人としての尊厳に関わる、と自分なら思う。


なので、どの程度の失行・失認状態にあるのかは知りたい。軽い形態失認であれば便器がわかりやすく周囲から目立っていれば上手くできるかもしれない。ピンクなどの目立つ色の便座カバーをかけるとか。他にも、夜失敗する人にはトイレは一晩中電気を点けておく、便器内に目標を設置する(男子便器ならハエの絵とか⇛スキポールのトイレのハエ)。どうしてもトイレではないけど同じ場所で排泄をするのであれば、思い切ってそこで出来るようにしておくとか…。


定位障害の人は、便器に座るという動作はしようとするはずなので、誘導可能な環境なら誘導して示してあげる、便座にお尻の位置を固定できるようにするとか…いやこういったことは介護の専門家が沢山のアイディアをお持ちなはずだけども…。夜間トイレに起きることが多いのは認知症の方も一緒だが、トイレをずっと明るくしておくのも役立つかもしれない。


埼玉は和光病院の介護ケアTips。
上述のトイレ介護の工夫もこの本に幾つか。


認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ (介護ライブラリー)

認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ (介護ライブラリー)

認知症の人の能力低下に厳しい・キツイ言葉かけしても意味は無いので、気持ちが落ち着く声掛けは大事。

*1:失行は一度獲得した能力の喪失だが、失認は必ずしもそうじゃない。相貌失認と言って人の顔がわからない人がいる。右頭頂葉の損傷(梗塞、出血、外傷など)で起こることもあるが、もともと相貌失認状態な人もいる。そういう人は顔で人を覚えられない。