ADHDに関する10の誤解(神話)_後編
7.実行機能の発達的な障害であるというADHDの新しいモデルは、旧来のADHDモデルとは全く異なっている。
⇛ADHDの新しいモデルは、本質的に幼い子どもの行動障害だという旧来のモデルとは多くの点で異なっている。新しいモデルではADHDの問題は、子供だけでなく、青年期から大人にかけての問題でもあると考えている。脳が複雑に制御する、自己制御能力に広範に焦点を当てている。旧来モデルは、多くの根幹部分では新しい病態モデルと重なっているものの、ADHDの複雑さや生涯に渡って持続する症候群だという側面を捉えきれておらず、もう通用しない。【回りくどいが(え、訳が悪いって…)、ADHDの問題は従来より広範にかつ持続的に生活に影響をもたらすと考えているということ。問題は子どものときだけに限定されるわけではないから、継続的な対応が必要。】
8.ADHDに関連した実行機能障害は、本質的には脳の「化学的アンバランス」のせいだ。
⇛こういう表現がADHDを説明する時によく使われる。まるで化学物質が脳の周りの液体中(脳脊髄液)に浮かんでいて、単純にスープの中の塩分が過剰であるかのような。そういう見方は間違っていて、ADHDの障害は脳の中や周囲の全体的なもしくは特定の化学物質が過剰/不足という問題ではない。化学物質が作られ、放出され、再度蓄えられるのは、神経細胞同士が繋がりを持つ、シナプスレベルの話で(図参照)、極小の膨大な数のネットワークが脳の制御システムを操っている。ADHDの脳ではそこでの化学物質の放出が十分でないか、もしくは放出から再蓄積までの流れが早すぎてしまう。【ADHD脳の不具合は神経伝達物質であるドパミンやノルアドレナリンといった化学物質がミクロレベルの局所、すなわち神経接合部位(シナプス)で足りなかったり、過剰であったりする。化学物質が総量として足りないとか過剰というわけではない。】
9.ADHD者の中には処方薬が障害を治して、もう必要としない者もいる。
⇛ADHD薬の効果は、抗生物質が数日や数週で感染を治す、というのとは違う。ちょうどメガネが装着時にだけ視力を上げるものの、近視の目そのものを治すわけではないのと同じなのだ。ADHD薬の効力が持続するのは2時間から12時間ほどで、次第に効果を失う。但し、薬が要らなくなるADHD者もいる。脳の成熟が遅いタイプで、年とともに成熟する例がある。あとは環境が良くなる例、すなわち先生がよりサポーティブだったり、新しい仕事が以前のものより難しい実行機能を必要としなかったり、何かしらのサポートが加わったりという場合。こういった薬に依らない改善は一時的であったり、とても持続的であったりもする。【治す、というのが根本的にADHD特性を無くしてしまうという意味でならそれは明らかに間違い。だからずっと薬が要るかというと、ここで指摘のように環境の改善により、薬の助力無しで適応が良くなることはあるし、そういうケースは多い。】
10. ADHDに対する薬が実行機能を改善させたり、何らかの改善を持続させるエビデンスはない。
⇛エビデンスはADHD薬の効果が複数の異なる側面で生ずることを示している。第1に画像研究により、薬はADHD者の実行機能に関わる様々な神経ネットワークの結びつきを改善させ、作業記憶を向上させ*1、課題実行時に退屈になることを防ぎ、人によっては特定脳領域の構造的な異常まで正常化させることがわかった。第2に適切な服薬治療は教室での不適切な振る舞いを改善させる(教室を出ていかなくなるとか)。さらに薬物療法は実行機能の様々な側面を向上させる。すなわち、計算課題における正確性とスピードを改善し、フラストレーションの溜まる作業を持続させ、作業記憶を上げ、課題に取り組むモチベーションを上げる。もっともどの子に対しても同じように改善させるわけではなく、あくまでもグループ比較において見られるということであり、また効果は薬が身体に留まっている間に限られる。【ここに述べられているように、ADHD特性に対して薬の効果は十分に期待でき、劇的なケースも多い。Brownはそれが薬が体内に留まっている時のみだと強調するが、これに関しては後ほど少し反論を試みたい。】
11.(あれ?)ADHDの問題は時には成人早期にまで続くが、通常は中年までには消え失せる。
⇛ADHD特性の問題は単に症状だけでなく、症状が日常生活で向き合う問題に対処可能かどうかで決まってくる。幸運にも能力にはまった職業につけたり、ADHD者が難しく感じる問題に対処してくれるような同僚や秘書に恵まれた場合には、ADHD者もとても良く暮らすことが出来る。そういう人でも、より多くの能力を必要としたり、十分なサポートが得られない状況に陥ると、ADHD特性が問題になってくるだろう。同様に、その人のために計画を立てたり、食事を作ったり、家計を担い、日常の細々したことをケアしてくれる配偶者に出会えた場合には、快適に暮らし、別な側面で家庭に貢献できるだろう。もしそういったサポートが、病気、別居、離婚や死別によって無くなってしまうとADHD者は自分では対処できない沢山の問題に突然直面化されることになる。脳の成熟や環境の変化によって特性が目立たなくなるADHD者がいる一方で、中年期以降まで問題が続く場合もある。また、女性では閉経後に、男女とも年を経ることによってADHD様の特性が目立ってくることもある。人生の後年に入ってから生ずるADHDの問題に関しては十分な研究があるわけではない。【確かにADHD特性を持っていても、高い能力を持つ資格職に就いた方は、細々したことを周りの人がサポートしてくれていますよね...キーとなる人との離別、定年後の家庭生活、高齢による認知能力の低下はADHD者にとっての試練。】
ADHD特性は一生その人を苦しめるものなのか?
前回からADHD研究者のBrown氏の著作からの記事を紹介した。ポイントは以下3つと考えていいと思う。
1.ADHDの問題は、様々な課題をこなすことにおいて障害となる、実行機能障
害にあり、それは単なる「やる気」で解決するものではない。
2.ADHDの問題は適切な服薬でコントロール可能な一方、効果は服薬中に限ら
れる。
3.ADHDの特性は小児期・青年期に出現するだけでなく、中年以降になっても
持続する。
普段外来でADHDの方と接する(自分も含めてADHD特性の当事者とも自認しているが…)身として、ADHDの特性が診断基準で強調される、不注意・衝動性・多動の3つのみならず、実行機能障害が本態だというのは特に同意出来る点で、著作をしっかり読んでみたいと思わせる。特に「やる気さえ出せばいいはずだろ」という認識で接している周りの方、ADHD者は脳の作りがあなたのようにやる気を持続させ、頑張らせる構造になっていない可能性があり、単に「気持ちの問題」では無いことに思いを巡らせて欲しい。
対して、ADHDの予後に関しては若干悲観的に過ぎる気がする。以前ADHD脳は遅れて成長するという結果を書いたこともあるように(⇛ADHDを理解するために(2))、ADHD特性が後年ほとんど問題となっていない人が実際にいる。また、薬に関してだが、服薬により、「初めて霧が晴れた気がする」と語る人がおり、そういう方の場合、自分が調子の良いときに到達できる高みを初めて実感でき、「ああなればいいんだよね」と自分の中で目標設定ができるようだ。服薬した上で身につけた対処能力も定着することは多々あるはず。というわけで服薬のメリットは必ずしも服薬中のみに限らないとdneuroは考えているものです。
服薬に嫌悪感・副作用があって耐えられないなどの理由で薬を使わないときには、何らかの環境改善の工夫と、自らの特性を知った上での能力向上の努力、ないしは代償(スマホのリマインダーを上手く使うのも一手)は不可欠。もちろん、薬だけが解決ではないので、服薬している方も様々な工夫を参考に。
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