ADHDに関する10の誤解(神話)_前編

注意欠陥多動性障害(ADHD)といえば、多動、不注意、衝動性が3大症状として挙げられるのが標準的。ただ、実はその3つだけが本質というよりも、以前書いたような報酬系の不全(⇛学習できないのは報酬系の不全が問題)とともに、総合的に何か課題をこなすだけの実行機能を加えた5つの領域に問題があると言っていい。つまり彼らは与えられた課題に集中し、何をするか頭に留め置き、やる気を持続し、目を覚まし続け、そして感情を制御すること(つまんねえとか思ってもそれに負けないこと)が難しい。とはいえ、そういったADHDの困った性質があらゆる場面で来るかと言えば、明らかに違う。それはADHDの偉人や有名人を考えたとき、ADHD特性が欠点なだけでないことがわかる*1


さて、ADHDの諸問題に関して、イェール大学の研究者(Thomas E Brown)の著作を抜粋したpdf記事が新鮮だったので、それを更に抜粋して(笑)、注(【】内)を加えつつ紹介したい。


Ten Myths about ADHD


1.ADHDがある人(以下ADHD者)は、どんなときにも集中して課題をこなし続けることが出来ない。
⇛ 誤解である。臨床データはADHDの実行機能が変動しうることを示している。内容によっては、ADHDは集中することに何の困難も覚えない。ADHDのパフォーマンスは報酬の程度や、課題の性質、それに知的能力や心理面に大きく左右される。【だからADHD特性があっても偉業を達成できる。】


2.ADHD者が課題を本当に集中して効率的にこなそうと思ったらそれは出来る。単なる「やる気」*2の問題なのだ。
⇛ ADHD者は、興味ある、もしくはやらないと大変なことになりうる特定の活動や課題をやすやすとこなしてしまうことがある。そういう姿を見ると、周囲は彼らが別の重要な場面でも、「やる気」さえ見せれば能力を発揮するのは簡単に思えてしまう。こういった、能力は意識下にコントロールされているという見方に新しいADHDモデルは反対する。実行機能の制御はもっと意識下に*3、「自律的に」制御される。【やる気を出せと言われれば出来るもんじゃないってこと。場面場面で持てる能力の発揮が異なってしまうし、なんでそうかと言われてもわからない。】


3.高いIQ(知能指数)があればADHDの実行機能障害など持ち得ない。
⇛ 実はIQとして計測される知性は、ADHDの実行機能の問題と殆ど関連を持たない。極めて高いIQ*4を持つ子供でさえADHD特性を持った場合には日常生活の様々な場面で高い認知能力を効果的に発揮することが出来ない。高いIQのせいでADHDの正しい診断と対応が遅れてしまうことがよくある。【IQは単独では日常生活のハンデを表し切らない。IQ126の認知症も経験した。】


4.ADHDの実行機能障害は通常10代後期か20代前半には姿を消す。
⇛ 確かに思春期にかけて次第にADHD関連の障害が姿を消してゆく一部のADHD児はおり、そういった子にとってADHDは成長の遅さを示す特徴にすぎない。しかし大抵の場合、過活動や衝動性は成長とともに姿を消していくが、広範な不注意症状は持続し悪化することさえある。中学、高校、そして大学前半は、それまでは興味や能力の問題で避けていれば良かった様々な活動に直面する最も厄介な期間である。幸運なADHD者は弱みを解決して仕事と良き人生を手に入れるが、そうはなれない場合も多い。【ADHD特性が目立たなくなる人もいれば、後々まで障害としてハンデを抱える人もいるということ。思春期は自分の困った特性と直面化する。特にケアしたい。】


5.最近の研究により、彼らの実行機能障害が主に大脳前頭皮質*5にその責任があることが確実となった。
⇛ 実行機能には脳の様々な部位が関わり、決して前頭皮質の関与だけではない。ADHD脳が示す、特定脳部位の成熟、皮質の厚さ、頭頂葉・小脳・大脳基底核の特性、そして神経線維路は個人差が大きく、機能的な結びつきが非常に多様なパターンを示す。【同じADHDと言っても人によって発達する脳部位、成長の早さ、脳部位同士の連絡は違うということ。ADHDにはADHDの個性があるが、それは個々人別々な脳発達を遂げていることにも依る。】


6.ADHDの実行機能に感情や動機づけは関係ない。

⇛ 初期のADHD診断基準は感情や動機づけの問題に関心を払わなかったが、最近の研究ではその重要性が強調されている。ADHDの感情制御能力にのみ焦点があたることも多いが、動機づけ(やる気)につながる感情の慢性的な欠陥が非常に重要であることもわかってきた。それは報酬系に関わるドパミン神経*6の活動に異常がある。その結果、やる気を出したり、維持することが難しい。【やったことに対する達成感、喜びが薄いため、望ましい行動が定着しないのは適切なドパミンの分泌が欠けているから。】



A New Understanding of ADHD in Children and Adults: Executive Function Impairments

A New Understanding of ADHD in Children and Adults: Executive Function Impairments

今回紹介したのはこの著作からの抜粋。原著では10じゃなく35も神話を挙げている。米Amazon.comでは大絶賛。実際子どもたちを見ていてもADHDを実行機能障害という切り口から見ないと、というのは実感していたので一読に値するはず。邦訳出ていないので誰もやる人いなければ自分が、とも思う。


マンガでわかる大人のADHDコントロールガイド

マンガでわかる大人のADHDコントロールガイド


わかりやすい漫画と温かみのある解説。
成人して自分の特性に気づいた時とても助かる本だと思う。


大人のADHD: もっとも身近な発達障害 (ちくま新書)

大人のADHD: もっとも身近な発達障害 (ちくま新書)


しっかり知りたければ岩波明氏の本。
岩波氏の昭和大学ではADHDデイケアもやっており、見学したこともあるが、とても有効に感じる。

*1:ADHDの偉人として思い浮かぶのは時代順不同に、ダ・ヴィンチモーツアルトエジソンリンカーンあたり。日本では織田信長坂本龍馬など。まあエピソードからの推測だけれども。楽天三木谷社長は公言していますね。あと研究者にはすごく多いと思う。好奇心旺盛で、好きなもの(にだけ)には没頭できるなどが良い印象。神の手脳外科医のF氏も…。

*2:原文では”will power”。「意志力」と訳されるようだが、この文脈では「やる気」という方がしっくり来る気がする。

*3:著者原文は「勃起不全と同じ」とサラッと書く。そちらも能力が保持されていても女性を前にした状況下ではダメとか、条件次第で能力があるのに自分でそれをコントロールできないのは確か。

*4:よく知能検査では言語性IQと動作性IQに乖離が生じて、ADHDはASDと似て動作性IQが低いと言われたりする。実際そういう人も多い。だから関連が無いと言ってしまうと言い過ぎの気がするが、極めて高いIQの人にとっては知能検査レベルなんて軽々と凌駕できるということですね。

*5:大脳の前方部分、前頭葉は人間の知性発揮において大きな役割を果たす。特に感情を抑えたり、その場にふさわしい行動をとったり、場面場面で最適な選択をするのに必要。アルコールはここの機能を弱まらせるので、抑制が欠如して泣き上戸になったり、セクハラ親父に変貌する。

*6:ドパミンは脳内の神経伝達物質の1つ。精神面では好奇心や新しもの好きといった性質、依存性に関わる。行動面では足りなくなるとパーキンソン症状や意欲低下を引き起こす。