認知症の治療 捉え方を変えてみよう
先ごろ「認知症の治療」というお題で講演依頼を受けた。
・いわゆる4大認知症(アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、そして血管性認知症)
・現在市場に出ているアリセプト(塩酸ドネペジル)を主体とした認知症治療薬
・治る認知症を見逃さない
という話をした上で、治る認知症を例外にすれば根本的には止められないんですよ、だから早くから介護を考えましょうという構成にしていた。
が、何というかそれは医学モデルで考えすぎであって、一般の方や介護的立場にとって聞く意義があるのかなと思い始めた。
ところで、何故治らないのかといえばそれはアルツハイマー型認知症を代表とする治らない認知症は、進行性の変性疾患というやつであり、脳機能を担う神経細胞群が不可逆的に機能不全(細胞死)を起こしていくから。
要は脳細胞がどんどん死んでいくのであって、根本的には死んだ細胞を再生し、かつ再生するだけでなく、元々あった神経細胞同士をつなぐネットワークまで再生しない限り、機能回復は望めないのだ。
この10年くらい、アルツハイマー型認知症治療薬の有力な候補に、脳に貯まってくる老人斑を無くしていくアミロイドワクチンというのがあった。欧米を中心に精力的に臨床治験がされたものの、効果は極めて限定的だったことに世界が失望した。それは幾ら老人斑を取り除いても、死んだ神経とそれが構築していたネットワークの再生はできないのだからある意味当然なわけ。
脳は血管のかたまりであり、血管病変を防ぐことが大事
さて、脳は人間の臓器で最も酸素消費が多い。脳の重さは体重の2%でしかないのに酸素消費量は全身の20%、ブドウ糖消費量は全身の25%も占めしまう。脳はとっても贅沢なのだ。
そんな脳の莫大な酸素消費とブドウ糖消費を賄うために、脳には心臓拍出量の15%もの血液が循環する血管のネットワークがある。要は神経に栄養を供給するための血管網の塊でもあるのだ。
なので、図に示したように、認知機能低下に関わる因子に血管を衰えさせる条件が多い。それは、高血圧、糖尿、高脂血症などであって、要は血管を大事にすることが認知機能維持に役立つし、その大事さはアルツハイマー型認知症などの治らない認知症にかかったとしても変わらない。
実はアルツハイマー型認知症と言ったって、余程若年期に発症しない限りは脳血管病変を一定程度は持ち合わせていて、それが認知症症状に影響していることは当然考えられる。
だから、根本的には治らない認知症にかかったとしても、血管性の脳病変を招いて認知機能を低下させないため(その最たるものが麻痺を起こすような脳梗塞)に、血管を大切にする、つまり生活習慣病(糖尿病、高血圧、高脂血症)をコントロールすることが大事ということになる。もちろん予防に努めた方が良くて、そういう意味では運動や食事内容を考えていくことが、ある意味認知症治療の一環になるといえるだろうなと。
認知機能トレーニングだけしたって多分意味がない
東北大の川島教授と任天堂が組んで開発した脳トレは一時期ブームだったし、今でもそういったアプリは盛んだ。*1
認知機能を高めようというトレーニングが、認知症に効果的だ、いや効果が無いなんていう論争は前々からあって、正直どちらのエビデンスも探せば見つかるので、なんとも言えないかなあなんてところ。
ただ、1つだけ確かなのは、どんなに効果的な認知機能トレーニングをしたって、それ単独では劇的には効果を出したりしない。
仮にこれだけやっていれば認知症を防げるなんてことを言っていればそれは過大広告というもので、実際に認知機能トレーニングサイト、Lumosity(⇛https://www.lumosity.com/)はアメリカ連邦取引委員会から200万ドルの罰金処分を受けた。*2
トレーニングするなら複合的に
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以前も紹介した日経サイエンス今年の8月号(⇛認知症にならないってできるのか、とかキツネのはなしとか)。
そこから取ってきた図だけれども、これはフィンランドで進行中のFINGER研究。認知トレーニングだけでなく、もっと包括的な生活改善介入を行う。対照群は定期的な健康指導にとどまるが、介入群には積極的な介入として、認知トレーニング、運動(筋力トレーニング)、栄養(地中海食)それに健康管理(医師受診、看護師訪問)を組み合わせて合計2年間行ったのだ。そうすると、介入群参加者は、3つの認知機能尺度(複雑な記憶、実行機能、情報処理速度)の項目において1年目から対照群を上回るようになり、2年目でははっきり有意差がついた。
素晴らしい。
ちなみにここで言う複雑な記憶、というのは9つの認知機能テストを組み合わせたかなり難しい項目も含むもの(Neuropsychological Test Battery;NTB)。
また、参加者は対照群599名、介入群591名、平均年齢は69歳。こういうテストでは、そもそも認知能力が十分に高い人や、認知症が進みすぎている人には意味がない。そこで、最初の候補者2654名から、十分に認知能力が高い人1108名、非常に低い人7名、それに他の病気を持っている人などが除かれている。参加したのは平均的フィンランド人より若干認知能力スコアが低かった人たちのようだ。だからこそ研究の意義は大きい。
ダイナミックポリゴン仮説と、サルコペニアにフレイル
さて、これまで見てきたように、認知症を良くしようと思った時には、必ずしも中核病変(アルツハイマー型認知症なら老人斑の蓄積や神経原線維変化といった病理的変化)だけが寄与しているのではない。
むしろその他にも生活習慣病の改善であるとか、残存機能に働きかけることなどが認知症治療につながるので、そういう意味で様々な因子が認知症の重症度に寄与するよ、というダイナミックポリゴンという捉え方が提唱されている(Fotuhiら,2009,Nature Genetics)。
確かにこの捉え方だと、認知症悪化に寄与する因子が多いので、病名にとらわれずに、低減できる寄与因子がないかなという観点から考えていけるため、対策の選択肢が増える。
でも更に言えば、Fotuiらのオリジナルの寄与因子の中で、もうどうしようも無い病変や遺伝的条件はまとめてしまい、サルコペニアとフレイルという概念を寄与因子に加えて、個人的には後述するフレイルこそ中核に据えたい。
サルコペニアは加齢に伴って起きる骨格筋量の低下(いわゆる筋力低下)のことをいう。我々の筋力は30代から徐々に低下を見せ、次第にそれが身体能力の低下を招く。補うには運動と高タンパク食が必要だ。
また筋力低下の他に、体重減少、疲労感、歩行速度低下、活動量低下などが加齢とともに見られる現象は一般的に老化による衰弱そのものだが、それをフレイルと呼ぶ。
これらサルコペニアとフレイルという概念は重なり合う部分もあるが、どちらもその悪化は認知機能低下(認知症)に強く関与する。
…というか認知症はフレイル状態を作り上げる一要因だよね、と思う。であればフレイルを中核としたダイナミックポリゴンが出来るだろうということで、Fotuhiらのを改変したのが図のポリゴン。
認知症の治療というとき、また介護を考えた時には、認知症を治さないと何もできないでは悲しいので、その人の問題点を多面的に捉えたいというところ。
ちなみに今日の記事には下記論文を大変参考にしました。
アルツハイマー病の発症にかかわる因子とその治療の可能性(齋藤聡,老年精神医学雑誌 28(7), 703-707, 2017-07)
著者の齋藤氏は国立循環器病研究センターで、アルツハイマー型認知症モデルマウスを用いて有望な薬の開発もしているようで、期待したい。
認知症の9大法則 50症状と対応策: 「こんなとき、どうしたらよい?」不思議な言動が納得できる・対応できる
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認知症介護における困った時の様々な対策のヒント集。入浴を嫌がる、オムツを外してしまう、何も言わずに外出してしまう…困った行動は必ずしも全てを無くすことはできないが、困ったことをされてもすぐに原状復帰できる対策もあったりする。また場合によっては無理に止めずにそのまま様子をみてもいいだろうが、このまま様子を見て良いのか、それとも止めるための方策を考えたほうがいいのかは判断に迷う所と想像する。
しかし、認知症の人がする行動に対し、こういうことだろうと非認知症側は気持ちを推測する。本当にそうなのか、は回復可能になると知ることができるのかなあ…。
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政治家の本というとやや警戒する人もいるかもしれないが、政権中枢に近い議員が日本の今後の超高齢化社会において、インターネット技術を利用した健康行政の在り方、展望をキーとなる分野の第一人者と対談している本書は面白い。今後の医療の財政負担を考えた時に、できるだけ病気は予防し、未病の段階に留める必要があり(そりゃそうだ)、元気な高齢者を増やさなきゃいけない。そのためにはIoHH(Internet of Human Health)の基盤づくりをしていく、その技術開発が成長率も押し上げるというのが片山氏の発想。ちなみに対談相手には楽天三木谷社長や、神奈川の黒岩知事も。
フレイルについても語られているのだが、その中で気になる話を1つ。日本と韓国の20代の女性の筋肉量はものすごく少ないのだという。寝たきりになるフレイル予備軍なのだ。確かに日本の女性って細いからなあと思うが…。筋肉は90代だって運動すれば増強できる。サルコペニアを防ぐ取り組みが必要なのだ。
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最新号の日経サイエンスの医学系話題は3つ。「男女の脳はどれほど違う?」「トランスジェンダーの子どもたち」「カロリー神話の落とし穴」。
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