嗜銀顆粒性認知症で説明つくのかな

認知症の種類を問うと4大認知症と答える方が多い。アルツハイマー病(型認知症)、脳血管性認知症レビー小体型認知症、そして前頭側頭型認知症


しかし、臨床をやっているとどうにも当てはまらない人が出て来る。dneuroは外来のみだがそれでもこの10年、ほどほど認知症の方を診てきたと思う。そして大抵の方はいわゆる4大認知症+治る認知症(正常圧水頭症、硬膜下血腫、甲状腺機能低下症など)で迷っているわけだが、時々この人はどうにも既存の診断に(挙げた以外も含む)当てはまらないのではないかという方もいる。


1つは、初期にアルツハイマー認知症様の記憶障害(記銘力低下)で始まるのだが、次第に性格変化・情動変化、被害的言動が目立つようになり、認知能力の低下自体はさほど進まないタイプ。普通のアルツハイマー病なら余り目立たない人格変化が強いなあと感じる。


もう1つは、前頭側頭型認知症の始まりと思える症状が明確で、診断的に自信を持っていたら、どうにもやはり認知能力の低下が遅く、通常であれば数年で周囲へのレスポンスがほぼ消えて、身体も動かなくなる経過をたどるはずが、そういった面でも低下が見られない。どちらかと言えば穏やかな面が強くなってきて、介護者が楽になる。こちらは前頭側頭型認知症が穏やかなアルツハイマー病に変化した?と思えたりする。


今日紹介するのは前者として、まだ余り医者においてさえ認知度が低い嗜銀顆粒性認知症がその答えなのかなという紹介。ちなみに漢字が難しいが、「しぎんかりゅうせいにんちしょう」と読む。嗜は「嗜好」のしで、銀に染まりやすい顆粒(つぶつぶ)の画像が脳標本に見られることでそんな名前に(変換しにくいったら…)。


嗜銀顆粒性認知症の特徴
なにせ概念が新しい(といっても最初の報告は1987年)ので、診断基準も無いのだが、高齢発症、軽度認知障害、緩徐な進行、易怒的(怒りっぽい)などが特徴。


記憶力低下が出て来ることでアルツハイマー病診断が下ることは多いと思われる。実際dneuroが体験した恐らく嗜銀顆粒性認知症の患者さんたちもこの病態概念が無いとそう診断せざるをえないと思う。診断して経過を見ている間になんとなく違うんだよなあという違和感を感じつつフォローする印象。ただし、合併を否定する概念ではなさそうだし、最初はアルツハイマー病で、それに合併してきたと言えなくもない…とすると認知機能低下が緩徐なことと矛盾するか。


アリセプトは残念ながら効かない
アルツハイマー病やレビー小体型認知症治療薬として一般的に使われるアリセプト(一般名:塩酸ドネペジル)は残念だが効果が無いようだ。
なので、アリセプトに反応しないノンレスポンダーの中に嗜銀顆粒性認知症が紛れている可能性はそれなりにあるのではないか。


頻度は高い
 もともと嗜銀顆粒性認知症は高齢者の保存された病理脳標本の中に銀に染まる顆粒が存在することで発見されている。東京都健康長寿医療センターの村山氏の論文を読むと、そういった銀に染まる顆粒(嗜銀顆粒)は凍結保存された脳の672例中323例(48.1%)に、さらに感度の高い染色法では443例(65.9%)に認められたという。
もし、これら全ての症例が嗜銀顆粒性認知症であったとすると、相当高い割合で存在していることになり、実は頻度的には1,2を争う認知症ということもあるのだろうか。


病変の始まる部位に特徴がある
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嗜銀顆粒が沈着し始める部位に特徴があるという。それは図のように、大脳の側頭葉の奥に位置する、迂回回(うかいかい、と読む。英語ならambient gyrus)という場所で、記憶に関連し、アルツハイマー病で萎縮の目立つ海馬という部位に近い場所。ここから徐々にその嗜銀顆粒沈着部位が前頭葉や側頭葉に広がっていくという。その進展が広範囲になれば認知症は必発。


回というのは大脳皮質の襞(ひだ)のこと。大脳皮質は肉眼的にはしわしわだが、そのしわの膨らみには「~回」、溝には「~溝」という名前がついている。「迂回回」は海馬に近い部位。恥ずかしながらこの認知症で初めて知りました…。


文献に提案される診断基準
国立精神・神経医療研究センター病院臨床検査部の斎藤祐子氏は昨年の老年精神医学雑誌(第27巻増刊号P.80-87)にて診断基準を提案されている。今日はその紹介をもって終わりとしたい。


臨床特徴
1)高齢発症(嗜銀顆粒が沈着し始めるのは60歳以上)
2)物忘れから始まることが多いが、頑固さや易怒性(怒りっぽさ)に前頭側型認知症との共通点がある。
3)進行は緩徐。日常生活動作(activity of daily living:ADL)も保持される傾向。
4)ドネペジル(商品名:アリセプト)に反応性が乏しい。

検査所見
1)左右差を伴う形態画像。迂回回を中心とする萎縮像がアルツハイマー病と異なる。
2)VSRADスコアがMMSE得点に比して高い(悪い)=認知機能が比較的保たれているのに、画像上の萎縮が強い。


VSRADはMRI画像の自動解析。平たく言って海馬の萎縮が全脳に比してどのくらい強いか?を示す。MMSEはminimental scale examinationという認知機能テストのことでとても一般的。


3)機能画像(例えば脳の血流を見るSPECT)で側頭葉の機能低下に左右差。
4)脳脊髄液の認知症指標物質(タウ蛋白濃度やAβ濃度)の濃度がアルツハイマー病ほど高くないもしくは正常範囲。


診断しても治療法が全く無いだけに、告知もなかなか難しいという気はする。
それでも早期にわかれば介護のやり方に今後工夫の余地が生まれるかも。

恍惚の人 (新潮文庫)

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認知症と言えば懐かしき有吉佐和子氏の名著。
お嫁さんがお祖父さんを一生懸命介護する姿にそこまでしなくてもと感じるのが今の感覚かなあと。


スクラップ・アンド・ビルド

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第153回芥川賞受賞作。孫が支える認知症のお祖父ちゃん。文章の感覚が新鮮。どちらかと言えば面白いのは作家の羽田氏。

火花 (文春文庫)

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羽田氏と同時受賞の又吉さんの作品。ラストの後が気になります。