アルツハイマーが治る??そんな話には頭に警戒警報が鳴り響いてしまう

ひょんな拍子にアメリカのDr. Bredesenによるアルツハイマー認知症に対する非常に画期的な予防及び治療法が書かれているという本を見つけました。


原題は"The End of Alzheimer's"ですから、非常に衝撃的です。


ということで、今読んでいるのですが...個人的には頭の中に警戒警報が鳴り響くので、一応そのことを書いておきたくなりました。

とはいえ、内容を全否定するものではなく、dneuroだって認知症治療に関わっている身として、アルツハイマー認知症が治るとか,予防できるとか勿論大いに期待しているし、そんな方法が発見されれば嬉しいことこの上ないのですが、それは信頼できる情報なればこそ、です。


まずは内容を見てみよう


本を読むべきでしょうが、とりあえず内容を簡単に知るにはこの記事を。

toyokeizai.net

gentosha-go.com


理論をすっ飛ばしてブレデセン医師の主張をざっとまとめると、


1)アルツハイマー病の進展には36の要因があり、「アルツハイマー病の脳は36個の穴が開いた屋根」である。薬剤がそのうちの1-2個の要因による穴を塞げるが、人によって穴の数も大きさも違うため治療は包括的にオーダーメイドになされなければいけない


2)認知機能低下を進行させるのは5項目に集約される。すなわち、インスリン抵抗性②炎症/感染症③ホルモン・栄養素・栄養因子の最適化④(化学的、生物的、生理的)毒素⑤喪失した(または機能障害が起きている)シナプスの再生と保護


3)1,2で挙げたアルツハイマー病進展の要因をなくすために行うのがリコード(ReCODE:Reversal from COgnitive DEcline; 認知機能低下からの回復)法である。例えば、体内にケトン体を増やす食事療法(ケトフレックス12/3)、適度な運動、適度な睡眠、ストレスの軽減、脳トレMCTオイル、クルクミン、アシュワガンダ、ハーブ、マグネシウムレスベラトロール、オメガ3脂肪酸、グルタチオン、ビタミンD、プロバイオティクス、ビタミンB12亜鉛、特定の抗生物質デトックスプロトコルなどなど。
このリコード法は早く始める程良いし、アルツハイマー病が発症してからも効く(!)。


どこに怪しさを感じてしまうのか?

実は、字面を追うだけだと、結構納得できるんですよ。


特に、アルツハイマー病進展の要因は人それぞれだから治療は包括的にオーダーメイドに、とか本来はそうだよなーと感じますし、2)で挙げた5つの要因はそれぞれエビデンスが結構あります。
例えば、インスリン抵抗性ですが、以前dneuroが書いたとおり(→
糖尿病とアルツハイマー型認知症 - 神経科学者もやっている精神科医のblog)、糖尿病はアルツハイマー病の大変大きな危険因子といっていいものです。

炎症もですね、脳内の免疫的細胞であるミクログリアが活性化されすぎてしまうことが脳にダメージを与えることであるとか、ある種の感染症アルツハイマー病と関連している報告が確かにあるよなと。


こんな感じで、アルツハイマーを進展させる要因についての記述は、概ね納得できるものが多いんですよ。それはブレデセン医師がきちんとした学術論文を多数発表している基礎医学研究者であるからでしょう。


ところが、その対策であるリコード法の記載になると色々と疑念が湧いてきてしまうのです。


それはもう色んな怪しいキーワードが多く含まれているからにほかならないというか。


例えば、ケトフレックス食事療法、デトックスプロトコルグルテンフリー食、オメガ3脂肪酸、グルタチオン、プロバイオティクス、レスベラトロール脳トレMCTオイル、オーガニック野菜、グラスフェッド飼育の牛肉、とかね。



更にその上で、症例紹介がやたらと多い。いやそれは実例を挙げないとしょうがないんだから当たり前でしょ?と思うかもしれませんが、それにしたって、誰々がこうしたから治った、早く始めたから完全回復したのだ、まだ良くなっていないのはプログラムを完全にやっていないのだ、みたいな文章多すぎなんですよ。


つい最近出た彼の論文もそうで、100症例紹介という思い切ったものだけど、どうにもただナラティブに改善したよ〜というのを述べられても素直に信用しづらいのです。懐疑的な読み手からすると。


www.omicsonline.org


どの症例も劇的な改善を示していることを強調している反面、例えばその症例が本当にアルツハイマー病だったのかという根拠はほとんど触れていないんですよ。もしかしたら老年期のうつ病だったり、甲状腺機能低下だったり、ビタミンB12欠乏だったりするかもしれないじゃないですか。


意地悪かもしれませんが、この人にはリコード法通じなかったぜ、というのを出してほしいのです。
リコード法を十分やっていないから認知機能低下が軽快していないのです,というのは無しで。


海外のサイトには懐疑派の論議もやはりあって、例えばここなど。


www.quora.com


さて、こんなふうに取り敢えず頭の中に警戒警報が鳴っているdneuroですが、もう少しエビデンスを漁ってはみようと思います。ゆっくり調べたいと思わせる記述もあったりするので...


でも、色んな認知症の方を見てきた身としては、そんな簡単にこの方の認知症が治る、なんてやはり思えないのですよ...回復ってのはもう無くなってしまった神経細胞やネットワークが再生することだと思うけどそれは無理というものでしょう。


以上、決して御本人、ご家族の藁をもすがる思いを否定したい気持ちはありません。


ただ、性急にブレデセン氏の方法が正しい、日本でそれができないかしら、と思って検索すると出てくる治療院にはやたら高額な検査と治療を設定していたりするところがあります。



今のdneuroならどうするか?



まずは、診断が本当に認知症なのかの確定と、認知症ならどんな認知症かの診断が必要です。


アルツハイマー病ないしは認知機能低下があるのが確かならば、標準的治療を受けた上で(ここ大事)、


一般的な栄養学で推奨される食事とか、普通に考えて健康的な生活習慣(適度な運動、十分な睡眠、ストレスを減らすこと)、そして頭を使うこと、が肝要かと。


それができていればブレデセン氏の主張するリコード法の大半がカバーできちゃうんじゃない?


と思っています。


まして、まだ認知症症状が出ていないのに認知症を心配する余りに高額な検査をするくらいなら、生活習慣の見直し、こそが大事だということです。


そして将来への覚悟をするためなら、アルツハイマー病のリスク遺伝子であるApoE4の変異が自分にあるかどうかを民間の遺伝子検査会社の検査を通じて知っておきます。病院では今は検査していません。


リスク遺伝子があれば絶対発症というわけではないですが、あったら生活習慣の見直しをしっかりしなきゃと思います。


ちなみに、日本人は実はリスク遺伝子保有が少ないし、dneuroはまだ自分の遺伝子検査をしていませんけどね。



以前書いたアルツハイマー関連の記事はこちら。

neurophys11.hatenablog.com



ココナッツオイル! この界隈(どの界隈だ)では盛んに勧められていますよね。

でも、もしココナッツオイルがそんなに良いならココナッツオイルを消費している国では認知症発症率が低いのか、という話になるはずです。


ココナッツオイルの消費量はどうやらフィリピンやインドネシア、インドがアジア圏で多いようですが、今後のそれらの国における認知症発症の増加は決して日本に比べて少ないわけじゃないんですよね、どうやら。増加率で見るとですよ。


↓興味あるかたはこちらの報告をどうぞ(英語)。


Dementia in the Asia Pacific Region


https://www.alz.co.uk/adi/pdf/Dementia-Asia-Pacific-2014.pdfhttps://www.alz.co.uk/adi/pdf/Dementia-Asia-Pacific-2014.pdf





なので、個人的にはやはり疑っちゃうなあ...



ご高名な白澤卓二教授です。


うーん、先生の仰る通りなら嬉しいのですが...



大事なのはこういう本だと思います。