セロトニントランスポーター遺伝子は日本人気質を決めているか?

性格は遺伝するんですか?


よくそう問われるが、実際のところ答えはyes and noだ。
結局子供は親2人のハイブリッドなので、持っている遺伝子は他人よりずっと近い。親子そっくりは容姿だけでなく、性格や人格(ここでは余り区別しない)にも当てはまる。とはいえ、勿論おおよそ半分は違うので*1容姿・性格ともに、似ても似つかない親子は数多いわけだ。


では一番似ているはずの一卵性双生児はどうか。
基本的に一卵性双生児は同じ遺伝子のセットを持っている。だからとり分け幼いころの容姿は親でも区別がつかないほどだ。


⇛ 三つ子が見分けられないおじいちゃん(「探偵!ナイトスクープ」2015.10.16)

    (映像は自分で探すべし)


ただ、年をとると双子でも違いが目立ってくる。同じ環境で育ってもそうだ。
なぜ?という疑問に関して1つ答えが出ていて、たとえ同じ環境下にあっても遺伝子は生まれて何十年も経つとDNAメチル化をはじめとしたエピジェネティックな変化・修飾を受けて遺伝子の発現(=タンパク質合成)に違いが生じてくる(図参照)。


エピジェネティクス(http://bit.ly/21mIqIM
 ⇛遺伝子そのものの変化ではなく、遺伝子DNAに後天的にメチル基(-CH3)がついて修飾したりすることでDNAからのタンパク質合成が影響を受ける
  (多くの場合抑制的に働く)。


だから、年を取ってくるとそのように大きくなった相違点が、容姿の差や性格の違いというのに反映されてくる。
  性格を規定する遺伝子は遺伝しうる(次の世代に引き継がれうる)。
  でも環境の影響によってその遺伝子発現が違ってくる。
ってことだ。


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さてさて、ここでポイントとしては性格やら人格やらはたった1つの遺伝子で規定されているものではない、ということ。
それを把握の上で、この記事。


日本のネットで「炎上」が多いのは江戸時代のせいらしい、脳科学的に
 (http://nkbp.jp/20ZRhuo)


脳科学者、中野信子氏によれば、「ネット炎上」を作る日本人気質はセロトニントランスポーター遺伝子の変異の差によって説明が付くのだという。


セロトニンは、神経伝達物質の1種で、これが多いと前向きな気持になり、やる気が出たりするので「幸せホルモン」と呼ばれることもある。*2そのセロトニンの働きを調整するのがセロトニントランスポーター。遺伝子は、長いタイプ(LL型)、短いタイプ(SS型)、そしてその中間型(SL型)があるが、ざっくり言ってLL型を持つとセロトニンの働きを強めて楽観的に、SS型は弱めて悲観的性質を作る。集団のセロトニントランスポーターの遺伝子タイプの構成比は民族によって異なり、アメリカ人はLL型が多く、日本人はSS型が多い。それが日本人の悲観的で確実、同質性を重視する気質につながっているのだ。戦国の世を経て、江戸時代にはそういった確実性を重んじ安定が好まれる社会となり、この遺伝子型が日本人に定着した…


ざっとこんな趣旨の記事だが、先に書いたようにそんな気質そのものがたった1つの遺伝子で決まるものでは無いんである。このセロトニントランスポーターが気質を決めるというのは実は結構な前から沢山の論文が発表され、ある程度そう言える部分はありそうなのだが、それでもその決まる程度は極僅かで、決して「日本人気質」を作ってなどいない。


こういった「1つの遺伝子が性格を決めている」系の話は、すべて科学漫談として楽しんでおけばいい。特にセロトニントランスポーターが気質を決めるという話は良く出てくるが、そんなにすごい力コレだけにはないですよ。


元記事がなんだかやたらとSNS系で広まっていたので書いてみた。

*1:子供はざっくり両親からそれぞれ半分の遺伝子を受け継ぐ…と考えがちだが正確に言えば、ミトコンドリア遺伝子という特定の遺伝子群があり、それは母親からしか受け継がない。だから、実は母親から受け継ぐ遺伝子の方が多いのだ。全体からすると数としては少ない割合ですけどね。病気においても、母親からという意味で進化上とても重要ではある。

*2:セロトニンの作用自体、こんな幸せホルモンと考えるのは単純化の極地だが、抗うつ薬が神経細胞におけるセロトニン作用を増強する方向に働くことは確か。