綾野さんと認知症の記憶について

綾野さんは手強かった


綾野さんはアルツハイマー認知症。大正生まれ。
dneuroは老人ホームの嘱託医なのだが、入居した方にはまずは何か精神・神経的な問題を抱えていないかを診察する。


綾野さんの診察時、看護師からの依頼があった。
「とにかく頑固で、爪も切らせてもらえないのでなんとか説得してくれないか」
そんなわけで、自分としては説得するぞという強い気概を持って初診察に臨み、話をして数分、看護師が手を焼くに十分な「突破力」をお持ちの方だと思い知らされる。


「綾野さん、爪切りましょうよ」と私。
「切りません!」とは綾野さん。
「でもね、爪切らないとゴミが入ったりして不潔だし、身体傷つけちゃいますよ」
「何言ってるの、あんた。私はね、爪の間にゴミを挟むような汚いことはしていないし、身体を傷つけるような間抜けでもないんですよ!」
「いやそうはいってもね、やはり危ないし…」
「わたしゃね、自分の意志でこの爪を伸ばしているんだし、それで悪いことも起こしていないわけ。そういう自由が私に無いとでもいうわけ??」


ここまで言われて、個人の自由を尊重する崇高な人権意識が無いわけではない身としては屈服せざるを得ない。
「いや、そうではないですよ……わかりました…」
看護師から怒られたことは言うまでもない。
後日機嫌のいい時にベテランの介護士が同意を得てささっと切ったという。



さて、そんな綾野さんとは2週間に1度の診察機会があった。綾野さんの人生は波瀾万丈で、職業的意識を越えて聞いているのが楽しかった。
戦前に2度の結婚と2年以内の離婚、それぞれ娘を1人設けているのは珍しいのではないか。そして戦後にもう1回最後の結婚。3人目のご夫君が亡くなって後、ホームに入居となった。

ある日は3度も結婚した綾野さんに結婚について聞いてみた。
「結婚に値する男はいなかったねえ…」
「最後のね、やつはずっと私に惚れていたんだよ。だから一緒になってやったんだ」*1


レクリエーションとして来たフラダンスサークルの方々の公演には行かないというので理由を聞いてみる。
「あんなニセモノには行かないよ!」


本は好き、というのだが理解力が下がってきたこともあり、雑誌を勧めてみる。
「雑誌はくだらないから読まない」


毒舌の綾野さんには、スタッフも手を焼きつつ親しみを感じていたようだったが、入居3年、心不全を患い、いよいよ死期も近いのかなぁという日に会いに行く。いよいよ元気もないかと思いつつベッドに近づいたとき。
「また来た?120歳まで生きる権利があるけど、権利は行使出来ると限らないからね」
帰り際、綾野さん、またね、と挨拶すれば「また、はくさいから嫌だね」


綾野さんは2009年5月14日7時49分肺炎で死去。享年89歳。


覚えていたかは怪しいけれど…
綾野さんには、明らかに記憶障害があり、正直私の顔を覚えていたかは疑問だ。それでも、当意即妙の受け答え、皮肉の聞いた言い回し、そして悪戯っ子のようなチャーミングな表情は認知症そのものが進んだ晩年になっても衰えることはなかった。
認知症だからその人の認知機能が全て衰えるものではないのだ。


ぼくは物覚えが悪い:健忘症患者H・Mの生涯

ぼくは物覚えが悪い:健忘症患者H・Mの生涯

H.M氏というイニシャルで神経学の教科書に必ず出てくる方がいる。本名はヘンリー・グスタフ・モレゾンというアメリカ人。27歳の時、自動車事故に遭った10歳の時から苦しんでいる、てんかんの発作を止めるために、両側海馬切除術という実験的な手術を受けた。以後、彼はアルツハイマー認知症と同様、前向性健忘、すなわちこれからのことを覚えられないという記憶障害に陥った(⇛HM (患者) - Wikipedia)。本書は初期から彼に寄り添い、彼の失われた能力についてずっと研究を続けた心理学者による著作


さて、これからのことを記憶できないHM氏は、コーキン女史に会う度に、初めましてだったのだが、しばらく後からは彼女のことを高校の同級生と認識していたらしい。その理由ははっきりわからないが、HM氏にとって高校の同級生というのは好感のもてる馴染みのある人が多く、そのためにコーキンさんをその記憶に当てはめたのかもしれない(著者もそこまで突っ込んでは書いていないけど)。


綾野さんは、なんのかんの言いながら常に(初対面と認識されるはずの)dneuroには好感を持って会っていてくれた(うぬぼれでありませんように)。私はHM氏にとってのコーキンさんのように、何かしら記憶の中の「良い人」の面影を持っていたのかな、などと思ったりする。もしくは好みの男だっただけかもしれんけど…。

*1:綾野さんが3番目の夫を振り返る口調は厳しい中にも愛情を感じさせるニュアンスは感じ取れた。しかし一方で、夫の死というものは妻たるおばあさんたちに大きな衝撃になっていないことも多いようだ。ある認知症のおばあさんが楽しそうにしているので尋ねたところ「今日夫の葬式なんですよ!」と明るく言われたことがある。この数日毎日そういう状態のようで、夫でもある我が身としては聞いていて悲哀感を感じたもの。もちろん中には、健忘があるために夫の死を記憶できず、毎回聞く度に悲しそうな顔をするおばあさんもいた。前者の方が幸せだとは思うけどね…。

2016年も早く過ぎた人へ

あけましておめでとうございます。

今年も精神科系や心理系を含めた医療系の話題について神経科学者と臨床精神科医的視点から書ければと考えています。


さて、まあ毎年のことながら、2016年も早く過ぎ去って、やりたいことのどれだけができたんだろうと些かの後悔や罪悪感をもって今年を迎えたわけだが、なぜ大人になるほど時間は早く過ぎ去ってしまう(ように感じるのか)のか。きっと他にも2016年が早く過ぎてしまった…と嘆く人は多いハズ。


主観的時間感覚の子供と成人の差

 なぜ今は1年があっという間に過ぎてしまうのに、子供の頃は1年がとても長かったのか?勿論、物理的な時間の長さは基本的には誰にとっても平等に同じはずであり、子どもの1年が大人より長いわけではないことを考えると、実際には「感じ方」の問題となる。つまり時間の長さの感覚は主観的なわけで、その感覚を「主観的時間」と呼ぶ。これは年を重ねるにつれて長くなるか?短くなるのか?
 
 実は、この子どもと大人の主観的時間感覚の差、というのは前々から実験されており、また理論的にも考えられている。


 1つは、子どもは心拍数が早い
これは動物一般に言えるが、小さい動物ほど心拍数が早い。だからネズミは象に比べて遥かに1分間の心拍数が早い。その数なんと1分間に600回。人間も赤ちゃんの脈拍数は1分間に140回くらい。小学生が110回程度。一方成人すれば60回まで減る。つまり大雑把に小さい子供は大人に比べて2倍の心拍を1分間に打つのだが、言ってみれば、大人の1秒は子供にとって2秒の重みを持つということになる(はず)。だから時間の長さは客観的には同じでも子供には長く感じられる。


 一方、ジャネーの法則(⇛ジャネーの法則 - Wikipedia)なんてものがあって、こちらは5歳にとっての1年と50歳にとっての1年では、それまで生きてきた長さに対しての重みが違うだろうと。つまり、5歳にとって1年365日は生きてきた日数(1825日!)の20%も占めるが、50歳にとってみれば18250日のわずか2%。その重みは年とともに益々小さくなるから、1年が経つのが早い。


 刺激が多いほど、魅力的に感じる時間が多いほど、主観的時間が長く感じられる、という研究結果もある(経験的にも明らかですね)。退屈な時間は記憶の中でぽっかり抜け落ちる。未経験なことばかりの5歳にとって1年は沢山の新しい記憶で埋められるが、80歳にとっての1年は経験したことばかりで、振り返った時に思い出せる刺激的な出来事はごくわずか。


 dneruo的には退屈な時間が抜け落ちることはしっくりくる。初めての土地に行くとき、往路はたどり着けるかという不安も強く、長く感じる一方で帰り道はあれ?と思うほど短く感じることが多いでしょう?記憶を辿れれば早いし、そうでないと長く感じる、というのであれば、これからのことを覚えていられない認知症の方は子供のように主観的時間感覚が長いのだろうか…。

ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 (中公新書)

ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 (中公新書)

ネズミとゾウの心拍数の差といえばこれ。著者の本川達雄先生、随分個性的で、以前話題にもなった。
曰く、心拍数の生涯回数というのは基本的には一定であるため、心拍数の異常に早いネズミはゾウに比べて寿命が短いことになる。
ちなみにゾウの心拍数は3秒に1回!1分間に20回程度しか無いことになる。これは体重の4分の1乗らしい。生涯心拍回数は15億回ということだから、人に当てはめると約26年。人間は例外なのだ。
 
www.athome-academy.jp

実際ネズミの1秒がゾウの1秒と主観的感覚が一緒だったら多分あっという間に生涯が終わってしまうだろう。だから、確かに心拍数が主観的時間感覚を決めるというのも頷けるところはある。
しかし、私dneuroは基本頻拍気味で、大体80-100/分なので、生涯心拍回数が決まっているとすると短命ってことかよ、とは思った。

発達障害臨床雑感

この1年、自分のいるクリニックでは発達障害の診断や現在抱えている不適応や気分障害・不眠など精神科的症状に悩む人の受診が増えた。国際的な診断ツールである、ADOS-2(本人対象)やADI-R(養育者対象)を用いての出来るだけ客観的な自閉症鑑別の手段を使っていること、そういったツールを使えて発達障害に元々詳しい心理士がいること、地理的に理科系の大学が近辺に複数あることといった条件は重なっている。ただ、実際に数、特に現在の状況に不適合な発達障害者が増えて顕在化しているのだとも思う。


疾患や障害と捉えるのが正しいのか?
 以前も書いた(⇛ASDは治療するものなのか)ように、ASDにしてもADHDにしても、必ずしも「疾患」や「障害」と考える必要はない。それぞれの性質を持ちつつも、能力が環境にマッチして発揮できており、周囲から認められている人に敢えて医学的診断は必要ないだろう。「ちょっと変わり者だけどデキるよね」という存在でいい。そういう意味で、ASDもADHDも必ずしも「治す」べき疾患にかかっているわけではないし、適応している人に対して「障害」という言葉を使うのは間違っている。また、それぞれの特徴はそもそも脳が抱えている特性であって、治療目標は、ある時点で「健常状態」にころっと転換させ得るものでは無く、現在の状況に適応できる条件を整えたり、適応能力を伸ばしていく手伝いをして、社会適応を上げることにあるのだと思う。さらに言えば、その目標に必要なのは、医療の提供では不十分・役不足・期待するのが間違っているという面が強くて、診察室を出た、社会で助けてくれる存在が要るのは明らかだ。大人なら就労支援施設や地域のケアセンターなどのスタッフが大いに助けになるし、子どもには勿論学校の理解と濃厚な支援が必要だ。優しい、信頼できる大人の存在も用意して欲しい(⇛発達の子には優しいお兄さんやお姉さんを家庭教師に)。*1


みなが天才ってことはない
 ASDやADHDに「理解あるつもり」の人にありがちなのは、あたかも彼らが特別な才能に恵まれていると勘違いしていることだ。モデルの栗原類さん、そして彼のTVドキュメンタリーに出てきたピアニスト野田あすかさんなど見ることで漠然とそう感じる人が多くなっても仕方がない。加えて、ちょっと古いけれども、映画「レインマン」でダスティン・ホフマンが演じたサヴァン自閉症の男性が特異的に素晴らしい記憶力を持っていた姿が印象に残っている人もdneuroの世代より上では多い。*2



 でも残念ながら、というか当たり前だがそんな才能に恵まれた人はごく少数であって、普通は特別な能力なんて無いし、むしろ学習障害状態になっている子ども、その結果身につけるべき能力が身についていない大人の発達障害は多い。デキる人であったとしても、あの人はできるからそれでいいんだという状況には無い方が普通。少なくてもクリニックに来る人は、持っている発達障害特性が、そうでない人たちが支配している環境に合わず、障害となっているからこそ来院している。子供時代は、変わっているだけに、「将来何ものかになるのかも」と思ってしまう教師も多い気がするが、そうではなく、しっかりとケアして能力が伸ばせるように、最低限の力がつくようにサポートすることが常に必要である。


量的なADHDと質的なASD
  ADHDは量的問題と感じている。以前報酬系の活性の弱さを書いたように(⇛学習できないのは報酬系の不全が問題)、ADHDの脳内ネットワークは非ADHD者と変わらないながら、必要な神経伝達物質の量が足りない為に問題が特性として出てきている。だから、足りないのを補うという意味で、薬が効きやすいのだとも思う。一方、ASDが質的の意は、脳内ネットワークそのものが非ASD者と違っている部分があり、それが独特の発想やこだわりにつながっているのではないかということ。


自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体 (SB新書)

自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体 (SB新書)


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 この本は何度も紹介している。著者で精神科医の本田秀夫氏は、ASDは「特有の発達スタイルを持つ人種」であり、ASDとそうでない人の違いは、みにくいアヒルの子の話をモチーフに「白鳥とアヒルの違いに匹敵するかも」と述べている。本田氏は、外国人と考えればいい、という例えを使うこともあったと思うが、私dneuroは、「いっそネコと考えたらどうか」と話をすることにしている。ASD者の不適合には、周囲が自分たちに何としても合わせないといけないのだという発想から逃れられないことも多い。でも、イヌの群れに1匹ネコがいたからって、そのネコにイヌと同じになれ、というのは酷だし、意味も無いことはわかるでしょう?さらに言えば、ネコにもやっぱり個性があるわけで、あの人はASDだからこうだと決めつけてしまうと、指導・対応に柔軟性が無くなってしまう(指導がASD化してしまっているみたいだ)。結局はASD的な特性があると認めた上で個性を見極めて対応していく必要がある。ちなみにASDをネコと思えという文脈で言えば、ADHDシェパードの群れの中のポメラニアン、といったところかな。俺らの中でやっていくなら変わんなきゃ駄目だぞという感じ。


社会適応を妨げている特性
 ADHDの3主徴(不注意・多動・衝動性)はよく言われるものの、私は以下の4つが社会適応を妨げている特性と感じる。それは、ワーキングメモリーの低さ、覚醒度の低さ、反抗性、報酬系の不全、だ*3。これらの機能面の弱さは主に大脳の前頭葉と、線条体側坐核と言われる神経細胞群の機能の低さに起因すると考えていい。やる気を出しても好ましい行動の習慣化がし辛く、不全感が強まり、劣等感が醸成されやすいのだと思う。
 一方のASD。新しいことへの不安と柔軟性欠如、高いプライド*4、被害者意識を高めやすい、そして感覚過敏。こういった点が、新しいことに挑戦することを妨げ、人のアドバイスを聞けず、挫折に弱く、先に進めずこだわりを捨てられないことにつながっているのではないか。実はASD者にこのような特性があることが、高い能力と攻撃的な性格を持つ場合には、加害者にもなり得ると感じている。こういった性質を、自分がASD(的)であることに気づかない親が持っている場合に、子どもが非常に傷ついていることを経験する。とりわけ子どもがASDの場合、ASD(的)親の加害による傷つきは社会適応を悪くした主因と言っても良いくらいなときがある。この件についてはいずれ項を改めて。


以上、上記は雑感で、のちのち変わる可能性もあるし、私の感覚が絶対的に正しいというわけでもなく、また今日の記述には必ずしもエビデンスがあるわけではないので、注意されたし。

なかなか良いのではと思うこのシリーズ。身近な存在や、ちょっと理解できない部下に発達障害的側面があるのでは、と考えた時に手にとって欲しい。



ASDについての本は大分増えてきて、解説本や、ASDとしての自分を語っている本はテンプル・グランディンなど中心に多数出版されている。一方で、もっと等身大に、ASDと診断されたけどそれが今後の人生において何を意味するのか、診断されたことをどう利用していくかを当事者的目線で語ってくれる著作が日本には足りない気がする。邦訳を望みたい本。近いうち内容も取り上げたい。

*1:家庭教師はいいけど金がかかるし…と思う方、いるだろうが、実際のところ発達障害の養育にはコストがかかると覚悟した方がいい。学校教育が対応に不十分なのだから当然でもあって、単純に医療機関や対応機関に支払うコストだけでなく、費やすべき時間コストも当然大きくなる。アメリカCDCのデータによれば、ASDの子に対する支出はそうでない子に対しての支出に比べて年間で4-6倍、金額にして2,240ドル-3,360ドル、ざっくり言って25万から40万程度は余計にかかるという。

*2:サヴァンは持っている知的能力に見合わないような凄い能力を特定領域に持っていることを言う。例えば、日付から瞬時に曜日を言い当てるようなカレンダー計算、見たものを全てそのまま絵に再現できる能力、驚異的な暗算能力などが紹介されることが多い。

*3:ワーキングメモリーは、日本語では作業記憶。何か課題を遂行するときだけに一時的にオンラインに保持する記憶力のことを言う。例えば電話番号を電話をかけているときだけ覚えておくとかが当たる。訓練で伸ばすことは一定程度なら可能。

*4:ASD者の高いプライドは時に困ったことにつながる。能力として出来ないのにプライドだけは高いものだから、間違った自分を指摘されることに我慢がならず、指導を素直に受け入れられない。一番病、常に一番でないと気が済まないことにもつながりやすい。好きな選手などもそうで、例えばサッカーならメッシやロナウド、野球ならイチロー大谷翔平のようなその業界の一番だけが好きで、どうプレーをしているかなんて関係ない、という人がいたりする。結果だけが大事で、勝てない、一番になれないとそれまでの頑張ったことを全部否定してしまう。

ADHDの薬は何が理由で飲めなくなるか?

前回のblogに書いた、多くの人が持つ疑問、2つに関連して今日は書きたいと思う。
その2つは…
・依存症にならないの?
・もう絶対やめられないのではないか


どうしてそんな疑問が出てくるのかと言えば、ADHDに使う薬、特にコンサータ(メチルフェニデート徐放錠)が「中枢刺激薬」に分類され、薬理学的にも法律上覚せい剤に分類されるアンフェタミンに作用機序が近いことが心配されるからだろう。そういった知識が無くても、ADHDのように多動や不注意が問題になる特性に対して「刺激」してしまったら余計悪化するのでは?と危惧するのも気持ちはわかる。


どんな薬でも投与によって起きた副作用ないしは有害事象は投与中止の理由となる。コンサータストラテラの投与試験・研究における中止理由を見てみると、何に気をつけたらいいかがわかるのではないか、というのが本日のお題。


コンサータ長期投与試験で依存症は発症したのか?
コンサータで依存症が心配されるのは、覚醒剤が依存症を作り出す、脳内の快感中枢すなわち側坐核(⇛Wiki)という部位と作用部位が重なるからだ。アンフェタミンやコカインといった覚醒剤側坐核においてドパミン濃度を上昇させ、それが脳内報酬系を活性化させると得も言われる快感につながって、嗜癖(依存)を生じさせる。


ところが、以前から書いているように、ADHD脳はこの側坐核(に限らないのだが)におけるドパミン神経系の活動がそもそも弱く、非ADHD者が快感を感じられる刺激でもこの脳内報酬系が活性化し辛い。つまりコンサータは元々反応し辛い脳を普通の刺激で活性化できるようにする程度にしか脳の反応性を上げないと考えられるのだ。


そんなわけでどの本でも強調されているように、実際にコンサータによる依存症というのは、診断が正しい限りにおいて無いと考えて良いのだが、日本で行われた、成人のADHDを対象にした48週間の長期投与試験の結果から見てみたい。


成人期の注意欠陥/多動性障害患者を対象としたJNS001(メチルフェニデート塩酸塩徐放錠,コンサータ錠)18,27,36,45,54,63または72mg/日の非盲検可変用量長期投与試験 (内容は専門家向け)


この試験の対象は小児期にADHD診断が確定している成人253例で、205例(81%)が48週の投与期間を通じてコンサータを継続し、48例(19%)が投与中止となった。オープン試験であり、つまり医者も患者も何が投与されているかは知っている試験なので、二重盲検試験のように、薬の有効性を見るものではない。最低投与量の18mgから開始し、症状を見ながら、人によっては72mgまで増量している。


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さて、この試験の中止理由は図の通り。48例のうち、有害事象は22例、すなわち全体253例の8.7%が有害事象(副作用)を理由にした中止であり、中止例の46%にあたる。
その内訳を見ると、多い(といっても4例、3例)のが動悸と悪心。動悸はどちらかと言えば交感神経系を刺激する方向に働くことを考えたら当然だし、コンサータの薬理作用である(結果的な)ドパミン受容体刺激増強は、末梢では特に上部消化管(胃・十二指腸)の動きを抑える方向に働くので出現しやすい副作用だ。ただし、よく言われる食欲減退や不眠といった副作用中止はそれぞれ2例、1例と、かなり少ないこともわかる。
さて、ここで注目したいのは依存症が生じたのかという点だが、投与中止に至った48例いずれも、やめられない、という依存は生じていない。有害事象が出てくれば即座に中止できるのだ。


ストラテラコンサータの中止理由比較
さて、もう1つの抗ADHD薬、ストラテラのほうはどうだろう?
こちらの特徴は、脳内のノルアドレナリンという神経伝達物質の働きを増強させるところにある。機能としては覚醒・注意・意欲など人間が行動する時に必要な能力を活性化させる働きをもち、うつ病で機能低下が目立つことも知られている。ADHDもこのノルアドレナリン神経系が全般に機能低下状態にあり、ストラテラはその機能向上に働く。


コンサータと違うのは、ストラテラは理論的には依存症をそもそも発症させない。それは、先に述べた側坐核におけるドパミン濃度上昇を来さないことによる。なので、ストラテラの場合には依存症は心配しなくてよいのだが、副作用による中止には何があるのだろう。


コンサータストラテラ双方の長期投与を約3年、子どもも含めて対象とした報告から見てみたい。


注意欠陥多動性障害 (ADHD) の薬物療法
—methylphenidate徐放錠およびatomoxetineの継続率等からみた有用性の検討—(専門家向け)


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この報告の対象は、コンサータ460例(男395、女65、6-21歳)、ストラテラ121例(男102、女19、6-20歳)。
図を見てみよう。コンサータは中止率40%。先ほどの臨床試験に比べて中止率が高いのは、こちらのほうが、投与期間が長いこと、年齢層が若いこと、ストラテラという選択肢もあることなどが理由かと。ストラテラでは中止率が50%とより高い。これは筆者らの薬剤選択では、コンサータが第1選択であり、コンサータ中止例やコンサータ無効例にストラテラを使っており、対象がより難治であることも関係している。


グラフを見てほしいが、副作用による中止例はコンサータでもストラテラでも割合としては決して高くないということがわかる。中止に至った理由を見ても、コンサータは先述の臨床試験と余り変わりはない。一方、ストラテラの方だが、コンサータに無い(少ない)面として、乱暴と強度の眠気、が挙げられている。ストラテラコンサータと異なり、中枢「非」刺激薬に分類されるので意外感があるかもしれないが、実はストラテラで攻撃性や易怒性が高まる事例の存在が知られている。また眠気が強いこともままあるので、服薬時間としては夜が望ましいことも多い。
ただし、いずれにしても生命に関わるような副作用や依存症など深刻なものは無く、出現した副作用も服薬中止により回復している。また、攻撃性や易怒性は副作用としてある人がいたとしても、むしろ気持ちを穏やかにコントロールできるようになる人の方が多い(それが抗ADHD薬の効能ですから)。


ということで、抗ADHD薬の主要な2剤において、実際には依存は問題にならず、また副作用中止、効果あるも止めた、といった中止理由はむしろ一度始めたらやめられない、という誤解を払拭するに足りるのではないかと思う。


服薬を怖がってばかりだと学習機会を逸してしまう
ADHD者の抱える諸問題に対して薬が全てを解決できないのは勿論だが、少しでも(人によっては大いに)解決に至る手助けになり得るのは確かだ。懸念があれば中止できることを考えれば、服薬に消極的になる必要は無いといえるのではないか。
ADHDの特質故の不器用さや課題達成困難を抱えたまま、「出来る」という経験を積めないのであれば劣等感だけが強くなってしまう。とりわけ子どもの間にそうならないよう、服薬は選択肢の1つとして考えたい。


大人のADHD: もっとも身近な発達障害 (ちくま新書)

大人のADHD: もっとも身近な発達障害 (ちくま新書)


以前も紹介した昭和大学附属病院精神科岩波明氏の著作ADHDADHDとして診断されることが重要だとわかるはず。うつ病などではなく。岩波先生の精神科ではADHD向けデイケアも行っており、見学した印象としてはとても素晴らしく感じた。



ご存知モデル・タレント・俳優の栗原類氏の自伝的著作。栗原氏はASD+ADHDでそれ故の学習障害も抱えて成長したようだ。小学生時代ニューヨークで過ごしており、彼の地と日本の小学校の違いが私にはとりわけ興味深かった。NYの小学校が示す子どもへの対応の柔軟さ。この本は日本の教育界のお偉いさんに是非読んで欲しい。

コンサータやストラテラをめぐる葛藤について

・薬を使って良くなっても意味が無いのでは?
・依存症にならないの?
・もう絶対やめられないのではないか


ADHDの方に薬を使うというとき、特に勉強している家族の方からはこんな疑問を呈されることが多い。一方、医者の立場からすると、ADHDには薬が有効であり、どちらかといえば積極的に使用した方が良い場合が多く感じられる。しかし、薬を使う、ましてやADHDというどちらかといえば疾患というよりも特性(性質)上の問題に対して、薬を使うことに直感的に躊躇し、葛藤する人は多いし、その感覚そのものは健全だと思う。


なので、自らの、もしくは子供を含めた家族のADHD特性に対して薬を使うとはどういうことなのか、改めて考えていきたいと思う。


決心だけじゃどうにもならない
ADHDの3主徴として、多動・不注意・衝動性が挙げられることが多い。


adhd.co.jp

ストラテラ(一般名:アトモキセチン)を発売しているイーライリリー社の作ったページだが、コンパクトにまとまっているので見て欲しい。
3主徴とは具体的には…
不注意として、例えばケアレスミス、人の話を聞けない、部屋の片付け、約束の時間に遅れる。
衝動性として、不用意な発言、衝動買いや重大な物事の簡単な決断。
多動として、部屋を出ていってしまう、そわそわしている、おしゃべりが止まらない。


「心がけ」や「もっと注意をすること」で解決可能なことばかりじゃないかと思う人、多いのではないか。


そう、1つ1つなら確かにやる気でどうにかなるかもしれない。実際に軽いADHD特性があるだけなら、工夫次第で、もしくは理解ある周囲のサポート次第でどうにかなる。特定の能力に秀でていたり、稀な能力を持っていれば、ADHD特性のほぼすべてを許容してもらえる人もいるだろう。


が、ADHD特性も一定程度以上になると、やる気の問題では解決できず、サポートをする側の苦労も並大抵ではない。決意を促すご家族も、一念発起を繰り返す本人も、行動改善が難しいのはとっくに承知と思う。それは、「やる気」だけではどうにもならない、実行機能障害という特性があるから。さらにその背景には、ノルアドレナリンドパミンという2つの神経伝達物質が働くべき脳の局所で、足りないという理由があり、自分の力ではどうにもコントロールできない。


  ⇛ ADHDに関する10の誤解(神話)_前編


ADHD者はなかなか快感を感じられない(報酬を報酬として感じづらい)という特性があることも以前紹介したが(⇛学習できないのは報酬系の不全が問題)、こういった脳の特徴もまた自分ではどうにもできない。


大人のADHDワークブック

大人のADHDワークブック


最近、ADHDの方にはこの本を紹介することが多い。
ADHDの概説の他に、日常生活上の様々な工夫への情報が書いてあるが、12-15章は薬に関して当てられている。


著者が紹介しているアメリカの研究(P.139)では、大人のADHDに対して2つの群を比較してみたという。1つは、大人になってからADHD診断を受けた群(大人診断群)。もう1つは子どもの頃にADHD診断を受けた群(子ども診断群)。
大人診断群は、子ども診断群より機能が高い傾向がある一方、特に不安やうつ症状を併せ持っていることが多かった。これは、それだけ長い間治療を受けず、ADHD特性に苦しんでいたのではないかと推測できる。
子ども診断群は、学業や仕事がうまく行かず、反社会的な行動やドラッグに走る傾向にあったという。早期に診断を受けたということは、それだけ特性(症状)がより重かったのではないかと推測。
(注)その研究の元にしたデータの頃には十分な早期診断や対処が確立されていたわけではないから、早期診断がされるようになった現代では子ども診断群が必ずしも症状が重いわけでも、その行く末に反社会的行動が待っている、というわけではない。


特性に苦しみ続けるのは理不尽だと思う
ADHD特性を持っているから、といってそれに苦しみ続けるのは不当だろう。
その特性が軽いとは言えず、明らかにハンデになっている場合、その改善を本人や周りの支援者の責任にのみ負わせるのは理不尽で、過酷だとdneuroは確信している。それを駄目というのは、近視の人には眼鏡、四肢切断の人には義足(義肢)の使用を禁ずる、というのに近いのではないかと感じる。


その上で、冒頭3疑問の答えはすべて’否’なのだが、それは次回。
尚、言うまでもないが(でも残念なことに)、薬は何でも解決する万能薬ではなく当然ながら日常の工夫と、多かれ少なかれ環境調整は必要とする。


マジック・ツリーハウス 第24巻ダ・ヴィンチ空を飛ぶ (マジック・ツリーハウス 24)

マジック・ツリーハウス 第24巻ダ・ヴィンチ空を飛ぶ (マジック・ツリーハウス 24)

小学生に人気のマジック・ツリーハウス。ジャックとアニーが今回会うのはレオナルド・ダ・ヴィンチダ・ヴィンチは、興味があちこち飛ぶ、新しい実験を次々行う、作品を完成させない、などの性質からADHD疑惑がある(本当の所はわからないと思うけど…)。そんなダ・ヴィンチさんがミケランジェロに「お前は何一つ完成させていない」となじられて落ち込む姿を見せるのがかわいい。
仮にダ・ヴィンチADHDだったとして、薬を使うと創造性が消えるようなことになったのか、それとも未完作品が少なくなったのか…。

片頭痛予防について

何度も書くがdneuroは片頭痛患者でもある。
辛い発作の予防が出来ればと思う。片頭痛は診断から数十年は付き合わないといけない病気。きちんと診断されて治療をしていく必要がある。


1.まずは片頭痛の頻度を知ろう
何事もまずは情報。片頭痛治療をするにあたり頻度の情報は是非知っておきたい。
いつ、何をきっかけに、どの程度の強さで、頻度はどれくらいか。吐き気や感覚過敏など頭痛の随伴症状も一緒に記録する。そして、その状態の持続時間と何かで和らいだかどうか。発作的な症状を起こすどの病気でもそうだが、記録が詳細にあれば正しい診断と治療につながる。


zutsu-online.jp



頭痛ログ(androidアプリ)
頭痛ダイアリー(iPhoneアプリ)


2.自分の片頭痛の誘因を知ろう
片頭痛には嫌な性質があって、ストレスがかかっている最中ではなくストレスから脱した後に頭痛がやってくるという人が多い。
ただ、注意してほしいのはこのストレス、何も精神的なものを言うだけではなく、肉体的負荷や、片頭痛持ち特有の「誘因」のことをいう。
Kelmanの論文(⇛The triggers and precipitants of the acute migraine attacks)に拠れば、誘因(trigger)として多いのは、(精神的)ストレス、ホルモン(女性のみ)、空腹、天候、睡眠障害、臭い、首痛、光、アルコール、夜更かし、熱、食べ物、運動、性行動*1らしい。人によってそれら誘因の数は1つから10個以上まで、非常にバラエティに富む。


私の場合は以下。*2


(1)太陽光
 日差しの強くなる春、片頭痛の頻度が増す。これは一般にも言えることで、季節の変わり目に、特に春、片頭痛頻度が増す傾向は確かなようだ。気圧の変化が…と訴える人も多い。


(2)長時間密閉された空間に、その空間には過剰な人数でいること
 会議室や狭苦しい空間。特にエアコンや換気扇が動いておらず、空気循環が無い状態で起こることが多い。CO2濃度上昇を可能性として。CO2は血管拡張作用を持つ。もっとも私には化学物質過敏もあるので、もしかしたらそちらが換気のない空間で症状を起こしている可能性も否定できないが。


(3)ある種の化粧品、塩素、ホルムアルデヒド、アルコール
 これ化学物質過敏症なのでは?という誘因だが、結果として血管拡張に至る作用を持つということだろう。ウルトラ下戸の私には、アルコール代謝産物のアセトアルデヒド片頭痛の誘因として強力だ。とりわけウイスキーで反応が物凄い。蒸留酒であるウイスキー醸造酒であるビールや日本酒、ワインに比べて酔いづらいと言われることもある中で、理由はよくわからない。同じ蒸留酒でも焼酎はずっとまし。


(4)光の点滅や風、特定の臭いなどある種の物理刺激
 陽光で無くても点滅する光に曝されるのは弱い。風に関しては昔、電車通学の時座っていると、開いた窓から吹き込むことがあったが、それに長時間当たっていることが誘因となった。扇風機の風などが偏って身体に当たっているときにも同様。またdneuroはマウスを使った研究をしているにも関わらず、マウスを飼育している部屋に入ると、臭いで片頭痛が誘発されるため、特殊なマスクが必要だ。*3


他に、一般的には、空腹、コーヒーやチョコなどのカフェイン含有物、女性なら月経などが誘因になる。だが例えばカフェインは多くの頭痛薬に配合されてもおり、治療的に働く人も多いので、やはり人によって誘因は違う。


3.予防薬はtryしよう
トリプタン系製剤という優れた頓服薬が出来たことで劇的なQOLの上昇が期待出来るようになった片頭痛だが、そもそも頭痛を防げればそれに越したことはない。誘因を避けるのは1つだが、予防薬を使ってもみるべきだ。発作頻度が高く、一度起こすと3日以上寝込んだり、トリプタン製剤の禁忌患者。さらにはトリプタンの副作用が強かったり、鎮痛薬の効果が小さい、経済的理由、などが予防治療の適応となる。


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日本頭痛学会のガイドラインから予防薬を見てみよう。
 慢性頭痛の診療ガイドライン2013



有効で、特に推奨される薬剤には、プロプラノロール(商品名:インデラル)、バルプロ酸ナトリウム(デパケン、セレニカ)、アミトリプチリン(トリプタノール)などがあがられている。
実際にdneuroが片頭痛持ちに出した経験では、プロプラノロールやバルプロ酸ナトリウムで奏効したことがある。もっとも劇的な人では、毎日のようにトリプタン製剤を使っています、という重症の片頭痛が、バルプロ酸ナトリウム200mgの服薬によって殆ど自覚しなくなった例がある。*4ただ、残念ながら自分自身には効果が無かった…。


さて、最近気になる論文が出た。最も権威ある医学誌の1つ、New England Journal of Medicineに出たその論文は、’Trial of Amitriptyline,Topiramate,and Placebo for Periatric Migraine’
片頭痛患者に、予防薬としてこれまでエビデンスがあるとされていたアミトリプチリン(トリプタノール)とトピラマート(トピナ)をプラセボ(偽薬)と比較したものだが、なんと3剤とも効果に変わりはなかった。どちらの薬剤もプラセボと比較して同等の治療効果しかなく、副作用だけ頻度が高かったので、途中で試験が中止されたほどだ。片頭痛持ちにとっては残念な報告と言える。
書いたように、予防薬の効果は人によってかなり差があると感じる。絶対の効果を期待できるわけではないが、それでも一部の人には確実に有効であり、副作用を確認しながらtryする価値はあると思う。


4.標準治療でない治療の模索は限界を作って利用する。
幾つか片頭痛治療において、いわゆる標準的医療ではない代替医療系の治療がある。それは例えば漢方薬(呉茱萸湯や五苓散など)、鍼灸、それからビタミン剤やマグネシウムサプリなど。さらに、有望かもしれないものに電気や磁気を使った治療。そして整体や気功等々…。


漢方や電気を使った治療に関してはまた機会を改めて紹介したいが、いずれにせよここに挙げたような治療に関しては、他を諦めたからといって盲目的にずっとし続けるのは感心しない。


代替医療を受けるコツは、確かに効く人は居るので、漢方や鍼灸、サプリなら2ヶ月、整体などやるならやるで最大6回までで効果を振り返ること。満足な効果もないのに延々と高額な「治療」を受けるのはナンセンスなので、そこは「治療者」の言葉に惑わされず、別なことを考えてみるべき。


ところで…
片頭痛を引き起こす誘因は徹底して避けるべきか?
確かに誘因を知ったら基本的にはそれを的確に避けるべきだろう。片頭痛は一度起こすと数時間〜数日に渡って調子の悪さが続き、あなたが発作を起こすことによる経済的損失は大きいはずだ。


だがそれでは、誘因をもたらす行動を諦めざるを得ない。
私の場合、陽光に関しては逃げてばかりもいられないので荒療治を行う。つまり、片頭痛が起きても翌日めげずにあたり続ける。学生時代テニスの合宿があると、決まって初日の夜は激しい片頭痛で駄目になっていたが、翌日以降片頭痛は起こさなかった。つまり強い暴露は感受性を鈍くし、片頭痛の予防になった。今でも季節の変わり目や、夏日差しが強くなった頃、1-2日は苦しい日を経て、慣れるようにはしている。これが片頭痛持ち皆に効くことではないかもしれないけど…。*5


サックス博士の片頭痛大全 (ハヤカワ文庫NF)

サックス博士の片頭痛大全 (ハヤカワ文庫NF)

オリバー・サックスの「偏頭痛百科」この前紹介したが新装再販されてました。お勧め。*6


症例から学ぶ戦略的片頭痛診断・治療

症例から学ぶ戦略的片頭痛診断・治療

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 南山堂
  • 発売日: 2010/12/01
  • メディア: 単行本

こちらは専門家向け。症例が多いので参考になります。

*1:性交時頭痛というのが問題としてある一方、逆に片頭痛発作を楽にするという報告も2013年にあった。今いちはっきりわからないが、発作後に欲が強まるというのは経験する。神経伝達物質セロトニンの関わりのせいか…。

*2:こんな誘因があるために、私は日差しのもと、1時間も息子とボールを蹴ったりした後ダウンし、時に激しい片頭痛発作に襲われるのは家族にとっても痛い…。情けなさ感も半端ない。空気の対流が無いと辛いと訴えると私の身近な存在には鼻で笑われて辛いものがあるし、些細な感覚に頭痛が誘発される自分がまったく面倒な人間に思える。とはいえ昔よりマシですが。

*3:マウスを使う実験している研究者でありながら、マウスの飼育施設にいると頭痛が起きてくる。こういう自分を知ったのは学部学生の頃だが、大学院生時代は、特殊な有害物質用マスクをしながら実験をしていた。ハイラック555という、1枚500円以上するマスク⇛ハイラックマスク 555。同じ悩みの人(会ったことないけど)お勧め。

*4:頭痛薬を服薬しすぎていると、頭痛薬起因性の慢性頭痛という状態にもなってしまう。この方の場合その可能性も0ではないものの、バルプロ酸服薬によって本人の自覚する頭痛の頻度は激減できた。

*5:刺激を加えながらそれによって引き起こされる症状を緩和するのは花粉症の減感作療法のイメージに近い。私の場合、では他の刺激ではどうかというと、残念ながら慣れたりはしない。まあホルムアルデヒドやアルコールなどはそもそも代謝酵素が無いので当然とはいえ、慣れてくれたら嬉しいのに…。

*6:へんずつう」は片頭痛と書かれたり偏頭痛と書かれたり。片なら痛みは片側、偏なら痛みは偏っているというイメージか。理由はともあれ医学界では「片」頭痛。だからこのblogでもそう表記。そのせいかオリバー・サックスの著作も単行本の時と表記が変わった。

不老の薬があるかもしれない

研究の講演で将来を夢見ることができることはもう10年位なかったのだが、つい先日目の覚めるような話を聞くことができたので紹介したい。


過日このようなニュースがあったのをご存知だろうか。
www.konekono-heya.com


ネコはどうも腎不全になりやすいらしく、多くのネコが腎不全で死に至る。腎臓が機能しなくなり、尿毒素が身体に溜まって死に至る腎臓病が、AIMという薬を使うことで劇的に改善したという話である。ネコでは臨床試験が進んでいるらしく、最初のネコは何と15歳。急性腎不全状態で、あと1週間で死ぬと言われたネコが、AIM投与によって奇跡の回復を果たし、計15回の静脈投与で、1年経った今、とても元気だという。


尚より詳しくは⇛ネコに腎不全が多発する原因を究明


AIMとは?
Apoptosis Inhibition of Macrophage、の略である。日本語では「マクロファージのアポトーシス抑制」。これでもなんじゃコレ?と思う人多いはず。


アポトーシスとは、プログラムされた細胞死のことで、傷ついて死に至る場合と異なり、ある種のシグナルでスイッチが入ると自ら死へのプロセスが始まるので、細胞の自殺とも言われる。マクロファージは、抗原提示細胞という細胞の一種で、免疫系の細胞だ。基本的には身体に異物(細菌やウイルスなど)が入った時にいちはやくその場に駆けつけてその異物を貪食(どんしょく:食べること)し、リンパ球などに何が入ったのかを知らせ(抗原提示)、免疫系を活発にする。貪食の対象にはそういった異物の他に、老廃物や年老いた細胞などもある。


さて、AIMというタンパク質は、普通に血液中に存在しているタンパク質で、マクロファージで合成された後、IgMという抗体*1に結合して漂っている。そのAIMだが、普段結合しているIgMを離れて、例えば死んだ細胞や老廃物の方に結合することでそれらが周りの細胞などに処理される働きを持つ。素晴らしいことには、例えば急性腎障害を起こした腎臓の傷ついた尿細管においては、どうやら死んだ細胞をその周りの細胞が取り込んで(食べて)処理した後、何かしらのメカニズムで細胞の再生が起き、臓器が回復される。


ネコの奇跡では、腎機能低下によって全身に広がった尿毒物質(尿毒症というやつだ)にこのAIMが(恐らく)結合して取り除かれ、全身状態が改善するとともに、腎臓内の損傷細胞が(恐らく)再生され、その後の良い状態の持続につながっていると考える。


慢性疾患や悪性腫瘍、そしてアルコール代謝にも朗報?
素晴らしいことにどうやらAIMが結合することで、脂肪分解やがん細胞へのアポトーシス(細胞死)誘導が可能になる。脂肪やがん細胞を標的にこのAIMを制御できれば、様々な慢性疾患の予防や、ガンの治療に役立つことは言うまでもない。しかも、このAIMは基本的にはもともと持っている物質であり、例え過量になったとしても腎臓から排出されるだけなのだ。


面白いことに、AIMはアルデヒドに結合できるらしい。私のようなウルトラ下戸はここに着目したい。アルコール摂取によって血中に増えたアセトアルデヒドにAIMを結合させられれば、アルコール代謝を、代謝酵素に拠らずに可能にできるかもしれない。dneuroは明らかにアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)を欠いており、ひどくアルコールに苦労させられているが、AIMが救世主になることを夢見ている。*2本当にそうなるかは、例えば酒の強い人の血中ではアルコール摂取後にAIMが増えているか知りたいところだが、実際に予備的な測定ではそうなっているらしい。


今後の課題と応用可能性
先に書いたようにAIMは安全性がほとんど問題にならない。問題は、AIMが普段はIgMという抗体にくっついていることだ。
今後の課題は、どうやってAIMをフリーの状態にさせるか。その条件の解明と、AIMをIgMから思いのとおりに離すリリーサーの開発が望まれる。


さて、AIM、実は中枢神経系には存在しない。脳内は血液脳関門という、脳内に入る物質を検閲している細胞群があるのだが、AIMが結合しているIgM抗体はここを通れない。
老廃物除去、というと例えばアルツハイマー認知症で脳内に蓄積するアミロイドβ42というタンパク質除去に役立てないかと考えてしまうが、現状では人為的にAIMを脳に入れるしか無い。*3それは現在実験中らしい。


様々な老廃物除去に役立つAIMによって、不老が実現できる可能性は高い。まあ完全には無理でも、定期的なAIM活性化によって慢性疾患に至る原因となる老化物質を取り除き、それが結果的に適切な細胞再生を臓器に誘導できたら…きっと人はより健康状態を維持できるし、その成果でノーベル賞を受賞できるだろうなと。


老化の生物学的メカニズムに関心のある人向け。生物系を目指す高校生なら読んでみよう。


老化は治せる (集英社新書)

老化は治せる (集英社新書)

老化を病気とし、炎症という現象から老化を論じる。私の学生時代に習った病理学教授いわく「すべての病気は炎症」。古い万能薬アスピリンについても詳しい。抗炎症薬は様々な効能を持つ。私は全てに同意はしないけど、それでも確かに炎症が絡まない病気は殆ど無いのは確かかな。


人体冷凍  不死販売財団の恐怖

人体冷凍 不死販売財団の恐怖

現時点で、不死を目指している人たちは自らの身体を冷凍保存することを望む。どう考えてもその状態から解凍〜治療して復活するのは無理筋と感じるのだが。この本は内部告発的らしい。今度購入したい。

*1:抗体はリンパ球が作るタンパク質で、外部から侵入した異物や老廃物除去に役立つ免疫物質だ。物凄く多様であることがこれまでに経験したことのない感染を予防することにも役立ち、その多様性のメカニズムを解明したのが1987年にノーベル賞を受賞した利根川進先生。IgA、IgG、IgM、IgEなど何種類もあり、それぞれが我々の健康に役立っている。その一方、自分の身体に対して抗体を作ってしまった状態にあるのが、自己免疫疾患。

*2:アルコール代謝は原則、アルコール⇛アセトアルデヒド⇛酢酸と進むが、二日酔いの原因になるのはアセトアルデヒドアセトアルデヒドを分解できない体質が世界中で我らモンゴロイド族にだけ存在。酒を楽しめる体質になりたいと願うのはdneuroだけではないだろう。

*3:アルツハイマー認知症では神経細胞アミロイドβ42というタンパク質が蓄積してそれが周囲の細胞死を誘発する。ではこのタンパク質を除こうという治療薬が盛んに治験されているが、残念ながら今のところ治験結果は良好でない。