ヒトはなぜワクチンを疑うのか (2) 

インフルエンザの流行を都が認めたらしい。自分もそろそろ打ちたいが今年は不足しているインフルワクチン。今回は以前書いた続編を。


ヒトはなぜワクチンを疑うのか(1)


初めにdneuroの立場を表明するとすれば、ワクチンは一定の感染症を予防し、不幸な感染者を減らすこと、それによって社会が公衆衛生的に計り知れないメリットを享受しているというスタンス。


要するにワクチンは役に立つ。


一方、ワクチンへの懐疑心、不信は消えない様子。


・病原体を身体に入れる、という余計な作業という気がする
・そういう余計な作業が一大産業になっていて、製薬会社や医者が大儲けする軍産複合体ならぬ医産複合体ができている気がする
・そういった構造を守るために国がワクチンを推奨している


こういったところかなあ…


以前も書いたけれども、少なくてもクリニックレベルではワクチンを打ったからと言って正直そんなに儲からないと思う(⇛ワクチンと自閉症、あれこれ)。また、基本的に、ワクチン不要論の意見には都市伝説や誤った研究解釈、短絡的な暴論を一般化しているのが目立つので、正直与しにくい。


今話題の本は困る点が多いなあ

ワクチン副作用の恐怖

ワクチン副作用の恐怖


さて、今話題になっているこの本書。

近藤誠氏は言わずと知れたベストセラー(人によって名著でもあり迷著とも)、「患者よ、がんと闘うな」の著者で、慶応医学部放射線学科にいた人。


さて、今度の近藤氏の本で、dneuroとしては以下4点指摘してみたい。


1.自己体験をもとにしたインフルエンザワクチン不要論の展開はやめれ


体育会系議論というと体育会系の人に怒られてしまいそうだが、自分はこうだったから~はやめようよ、と言いたい。


曰く、
「病原体に感染する機会をできるだけふやせば、それだけ免疫システムが成熟し、充実するはずです。」

だが、1回の感染が命取りになることもあるのを忘れるなよと言いたい。あなたが健康なのは喜ばしいが、誰もがあなたのようには強くない。


そもそもインフルエンザで重症化する人は少数派。大多数はワクチンを打とうが打たなかろうが、また発症しようがしまいが、流行によって超重症になったり、死ぬようなことは滅多にないわけだが、その滅多にない悲劇を無くしたいと思わんのか。



2015年の感染症発生動向調査によれば、2009-2015年の年齢別インフルエンザ脳症数は0-4歳群で202例、5-19歳で408例、そして死亡数は0-4歳で14例、5-19歳で20例(⇛インフルエンザ脳症について)。



そう6年で未成年の34人もがインフルエンザ脳症によって命を落としているわけで、これを無視して、インフルエンザは放置してむしろ罹った方が免疫がついて良い、とは言えないだろう。


尚、脳症発症者においてワクチン接種率がどうだったか、は気になるところ。ある医師の記載ではインフルエンザ脳症発症者にワクチン接種者はいなかった、という記載はあったが文献的根拠まで見つけられなかったのであるなら見つけたい。


また、インフルエンザ脳症自体はワクチン接種で予防できない。言い換えればワクチン接種しても、罹ってしまったらワクチン接種歴は残念ながら関係ないようだ。
ただ、罹患率を減らせることは確かなので、そういう意味で例数は減らせるだろう。


インフルエンザ脳症について興味ある方はこちらを。
インフルエンザ脳症ガイドライン 厚労省インフルエンザ脳症研究班(H21年9月)


2.自閉症ワクチン説を肯定するな


精神科医として本当に困るのは、ワクチンが自閉症を誘発するという虚言を率先して広める医者がいるという事実。ため息出すしかないというか。


そもそもがウェイクフィールドというイギリス人医師の嘘論文に端を発するこの説が未だに広まっているのは、ワクチンに含まれていたチメロサールという水銀化合物への誤解であったり、どこかに原因を見つけたいという主として親の欲求からなのかと思う。以前それらのことを書いたので、参考になれば。


自閉症の原因はワクチンや水銀じゃないよ



ワクチン接種率の上昇と自閉症の発症数が相関しているじゃないか、という人に対しては以下、考えてもらえるといいかな。


・必ずしも相関しているとは言えない(上記リンク参照)。


自閉症(ないしは自閉症スペクトラム発達障害)は、診断基準の変遷と共に診断数が増加したが、かつては多かった誤診が減っているはずで、さらに以前気づけていなかった人を気づけるようになった。昔もいたのだ。


・相関は原因と結果を示すものではなく、例えば自閉症診断数と携帯電話の普及、自閉症診断数とインターネット利用人口、自閉症診断と高齢者数の増加、とか見つけようと思えば相関が見つかるんじゃないかな。


f:id:neurophys11:20171202163110j:plain:w300:right


図は試みに作ってみたグラフで、青は嵐のファンクラブ会員数の増加を示しているが、オレンジの曲線もそれと全く一致するかのように増えている。
実はこのオレンジは65歳以上人口に占める生活保護受給率の推移。
つまり、嵐ファンの増加と、お年寄りの生活保護受給増は極めて密接な相関が認められている。*1


が、嵐のファンが生活保護を増やすわけでもないし、65歳以上の生活保護者が嵐のファンを増やしているわけでもないのは明らかであって、要は2データ間のちょっとした相関なんていくらでも見つかるから、あまり短絡的に2つの現象を繋げてはいけないということ。


3.川崎病がBCG接種で起こると殆ど明言している


川崎病とBCG接種については初耳だったので調べてみたが、これはまた…という内容。


川崎病は乳幼児がかかることの多い自己免疫性の疾患で何かしらの感染症への背景にして、苺状に舌が腫れたり、皮膚が剥がれ落ちるような幾つかの病変の発症を特徴とする疾患。


この川崎病が残念ながら年々増加傾向にあり、最近では年間10000人を大きく超えている。1つには小児科医の専門的な診断が正確にされてきたということは要因で、必ずしも以前にはいなかった、というわけではないが、増えているのも確か。


近藤氏はそこをワクチンと結びつけたかったのだろうか。
BCG接種で、というのは明らかな誤解ないしは曲解。確かに、川崎病になるとBCG接種部位の発赤が目立つようになり、診断の一助となりうる。でもそれは原因ではなくて、BCG未接種でも川崎病にはなるわけで…


もしBCG接種が川崎病を起こすのであれば一大医原病として大騒ぎになっているだろう。官民あげてそれを隠すような利権はどこにも存在しない。



shufu-blog.com


4.ワクチン接種後すぐに死亡した原因をワクチンとするには無理があるのではないか


ワクチンの副反応については、厚生労働省の厚生科学審議会がワクチン定期接種や安全性の評価をし、報告されたケースについてもワクチンによる副反応ゆえと言えるかを検討している。近藤氏によるとこの審議会での議論は「ワクチンは安全ありき」だから、報告例がワクチン由来の死なのは(近藤氏的には)明らかなものなのに、十分な議論もなく、結論としては安全と評価され、副反応報告のよる懸念が握りつぶされてしまうというのだが…


その1つに、2012年に起きた日本脳炎ワクチン接種後10分後から容態がおかしくなり、心肺停止、蘇生処置虚しく亡くなった10歳の子の事例が挙げられている。


詳しくは⇛ 日本脳炎の予防接種死亡例について(pdf,2例目)


この10歳の子には特殊な背景があり、広汎性発達障害の診断のもと、アリピプラゾール(商品名:エビリファイ)とピモジド(商品名:オーラップ)という抗精神病薬セルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)という抗うつ薬が処方されていた。


近藤氏は、これはワクチン直後の死だから、ワクチンとの因果関係は明らかで、それなのに審議会ではワクチンとの因果関係を否定する強引な議論がなされた、報告論文の結論も強引であり、著者たちは案の定ワクチンの専門家だった…と書く。



うーん、どうかな。これに関しては審議会議論を読むと決して各委員たちが結論ありきで議論を述べていないことがわかる。ある委員は、「接種直後の心停止症例で、ワクチン接種との因果関係は強く考えられる」ときちんと述べている。ただ、問題は、「ワクチン接種」という行為そのものがかなり乱暴にされたため、痛みや恐怖が内服薬によってありえる心電図異常(QT延長という)から心停止を誘発したのではないか、と考察していること。dneuroもその可能性のほうが高い、と感じる。要するに、ワクチンの中身(成分)をこの10歳の子の死と結びつけるほうが短絡的であり、これをワクチンによる副反応死亡例とする近藤氏の主張のほうが強引過ぎる気がする。*2


の4点。それ以外も沢山あるが、それは他の方の反論にお任せ。


流行のない感染症のワクチンを打つことで重篤な副反応に苦しめられたらそりゃ理不尽だ


例えば…
感染症Aにかかった時の脳炎発症が1/1000人だとする。
Aワクチンによる脳炎発症は接種100万人あたり1人とする。


感染症Aにかかるのはワクチンが無ければ年間1万人とすると、10人が脳炎を発症する。
Aワクチン接種対象が200万人とすると、脳炎発症は2人だ。


理論的には確かにワクチン接種のほうが脳炎発症が少なく済むわけだが…

そもそも感染症Aが殆ど流行らず、今年の感染は1000人しかいなかったら、脳炎発症は1人だから、ワクチンによる脳炎発症を下回ってしまう。


おまけに脳炎発症は高齢者に多く、対してワクチンは若年者を中心に打たれたら…とか、そもそもワクチンで脳炎発症した人は、たとえ感染症Aが流行っても罹患したとは限らず、罹患したとしても脳炎を発症したとも限らない。そう、自分個人に関してはワクチン打とうと打たなくてもそもそもその感染症にかかるかすら未確定(というか確率的には高くない)というところで、ほんとに必要なの?という疑問が生じるわけで、そこは幾ら理論的にワクチンの便益を説かれても肌感覚として納得いかない部分だと思う。


さらに、当然ワクチン接種対象を増やせば増やすほど理論上の脳炎発症者は実数として増えるし、ワクチンによって発症が大きく抑制されてしまえば、終いには感染者数0、つまり感染による脳炎はいないのに、ワクチンによって何人かは病気になってしまう、というパラドックスが生じる。


ポリオワクチンはこのパラドックスに陥っているのではと思えてしまう。
そういう意味で、近藤氏のポリオに関する記述については賛同できる部分があったりはするのだが…。


横浜市衛生研究所のポリオのページを参照したい。

横浜市衛生研究所:ポリオ(小児麻痺・急性灰白髄炎)について


ポリオは口から入って感染して、腸内で増殖し、一部が中枢神経に入り込んで脊髄や脳幹部で運動神経細胞を侵し、麻痺症状を起こす病気。日本では2012年8月31日まで口から飲む生ワクチンが用いられていた。

生ワクチンは生きている弱毒化ウイルスを使うのだが、これが腸の中で増殖する。その中で、稀に遺伝子変異を起こし、それが毒性を強くしてワクチン接種者に麻痺を起こさせてしまうことがある。


1980-1994年にアメリカ合衆国で生ワクチンが3億300万回投与された。このワクチンが原因となる麻痺が起こったのだが、0.00000042%、実に240万回に1人という稀な患者発生だ。免疫が正常な人に限ると、620万回に1人。とはいえ、実数125人という人数を見て少ない、という感覚にはなるのは難しい。有り難いことに、2000年からの不活化ワクチンへの切り替えによってアメリカでの患者発生は無い。日本でも既に切り替え済み。


一方で世界的には一部地域での野生型ポリオの流行は確認されており、2014年にはパキスタンアフガニスタンでの流行が国際的に問題視されていた。


ということで、やはり現在の国際的に移動が激しく、どこにどういう病気が伝播されてもおかしくないことを考えると…野生型の流行があるポリオのワクチン接種そのものは必要と考える。通常の生活範囲内で感染機会に遭遇する可能性はあまりにも低いのは否定できないが…。



まとめると、ポリオワクチン接種は現在でも必要。ただ、それは麻痺の可能性のない不活化ワクチンであるべきだろう。生ワクチンによる麻痺の可能性がどんなに小さくても、それは受け入れ難いリスクだ。


飛騨のさるぼぼ NO.9 (赤:さるぼぼ柄)

飛騨のさるぼぼ NO.9 (赤:さるぼぼ柄)


飛騨のかわいいお土産、さるぼぼ、は疱瘡(天然痘)の魔除けでもあるという(⇛Wiki)。


かつて世界中で猛威を奮った天然痘は現在では撲滅された代表的な感染症。致死率も高く、助かってもあばたが顔に残って苦しめられた。歴史上の人物でも、例えばエリザベス女王天然痘罹患者で、顔にはあばたが残った。顔を濃い化粧で覆ったエリザベス女王だが、それは天然痘の後遺症を隠すためだったのだ。他にも、ネイティブ・アメリカンやアステカ族は、ヨーロッパ人の持ち込んだ天然痘によって激甚な被害を負った。何せ毒性・感染性共に高いので、いざ流行すると万人単位の死者を出す。1770年のインド流行では300万人が命を落としたという。


そんな天然痘は現在撲滅されたからこそワクチンを打たずに我々は安心して暮らせる事実は忘れないほうがいい。


破船 (新潮文庫)

破船 (新潮文庫)


陰鬱さが漂う著作も多い吉村昭のこの本は、かなり昔の僻地の貧しい漁村が舞台。時折難破船が漂着するとその中の物資が村民を潤すことになる。もし船員が生きていたとしたら残念なことに。ある日漂着した難破船の中には赤い服を着せられた船員たちが皆死んで横たわっており…という話。まあここで紹介するのだから何故そうだったのかは想像の通り。


アフリカの蹄 (講談社文庫)

アフリカの蹄 (講談社文庫)



著者は精神科医作家。純然たるミステリで、時代は仮想国(といっても明らかに南アフリカ)のアパルトヘイトが無くなった直後頃。1994年に人種隔離政策として悪名高いアパルトヘイトが廃止された同国も、白人支配層の黒人への差別意識は消えず、一部白人層が天然痘を黒人社会に流行させようと試みているのを発見したのは留学中の日本人医師だった…。その証拠を掴もうと彼は奮闘する。


検証 陰謀論はどこまで真実か パーセントで判定

検証 陰謀論はどこまで真実か パーセントで判定


ワクチン不要論が説かれる時に、ワクチンの必要は製薬会社と国、医療界が結託しているのだと、容易に陰謀論と結びついた論調が取られることが残念でならない。本書はワクチンを扱ってはいないが、「アポロ11号は月に行っていない」「9・11テロはアメリカの自作自演だった」や「地球温暖化説はデッチ上げだ」などなどの陰謀論が俎上に挙げられて、しっかりした証拠を基にいやそんなこと無いよ、と解説する。陰謀論は非常に細かくて厄介だったりする。アポロが月に行ったなんて、疑うべくもない歴史的事実なのに、事実の根拠っていざ探ると難しいのだ。著者の1人が述べているように「陰謀論に本気で反論するには、その詳細を徹底的に調べてやるという覚悟が必要」で、陰謀論の説く矛盾に1つ1つ反論するための準備は大変。そんな陰謀論への免疫をつけるのにこの本を。



最後に、ワクチンは確かに個人レベルで見るとその利益に疑問を持ったとしても仕方のない面もある。今本当に必要なものと、近いうちに必要なくなる筈だがまだ続けたほうが良いもの、どちらかと言えば個人の選択になるけど打っておくと万が一罹った時に比べて医療費がずっと少なく済む、といったような場合分けも可能。いずれにしても、批判するなら、結論ありきの陰謀論ではなく、医学的・医療経済学的な視点で議論を喚起して欲しい。近藤氏の本を読んでワクチンが怖くなった方は、氏ががん治療を論じる時もそうだったが「全て」を否定しようと極論に走ること、そして氏の文献やデータ引用を注意深く見ると一部に決定的な無知ないしは故意に近い曲解が含まれていることを考えてみて欲しい。

*1:生活保護受給率は内閣府のデータから(http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2013/zenbun/s1_2_2_05.html)。嵐の人数はこちらのblogを参照(http://yumi55.com/archives/2353)。嵐ファンはやはり多いのね…。

*2:この子はワクチンをかなり怖がっていたようで、診察室を出たり入ったりしていたという。かなり強引にワクチン接種をされた様子。かわいそうに。中止ないしは延期の選択肢を考えてよかったのではと思う。ちなみに心電図測定はされておらず、心電図異常も推測にすぎない。