知って面白い医学史
医学史は面白い。それは不謹慎だが人体実験の歴史だし、今から見るとまさかそんなことを権威じみた偉い人達が言っていたんだ、と当然こちらは後出しじゃんけんなのでずるいのだが、正しい治療に至るまで苦闘の歴史が偲ばれるというのもあるのかもしれない。
- 作者: トレヴァー・ノートン,赤根洋子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2012/07/06
- メディア: 単行本
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先日、「飲んだ、治った、効いた」の判断には注意しなくてはいけないと書いたけれど、治ったという判断ではなくて、飲んで病気になった、という判断の方も怪しいことはある。正しい例外は、胃潰瘍と胃がんの原因になるヘリコバクターピロリ菌で、オーストラリアのバニー・マーシャルが自ら飲み込んだ10日後に胃潰瘍を発症したことが決め手になった。医学史上、非人道的な人体実験がされていたことを理由に今では医学実験(治験)は大変面倒な倫理検査と、同意手続きを経て行われるが、マーシャルさんは「同意できるほど十分に説明を受けている人間は、私しかいなかったから」と自らを実験台にした理由を言う。マーシャルは2005年にノーベル賞を取って報われたけれども、自己を対象に報われない人体実験をした医師・研究者は沢山いらっしゃる。
本書の第1章の主人公は18世紀のロンドンの外科医、ジョン・ハンター。外科医の教育には遺体の解剖が不可欠と考え(それ自体は正しい)、そのために沢山の遺体を確保すべく墓泥棒とも結託したらしい(当時は献体という制度がないので…)。さらに、今もそうだがもっともポピュラーな性感染症の1つである淋病と、流行復活の兆しの見える梅毒は、18世紀同じ病気と考えられていた。1767年、ハンターは淋病患者の膿を自らの性器にこすりつけ、その淋病患者が偶然梅毒にも感染していたために両方に感染した。多分、彼は同じ病気と誤解したままだったはず。もしこんなハンター先生の奇人ぶりを知りたければこの本がいいらしい。
- 作者: ウェンディ・ムーア,矢野真千子
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2013/08/06
- メディア: 文庫
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内容はこの方のblogに詳述されてしまっているけれども。
解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯
ところで、もちろん、今やっている治療が正しい、と決めつけるのは傲慢で、現在も20年後から見れば歴史であることを考えると、多分間違っていることも沢山やっている。でも、間違いや行き過ぎ、は今はわからない。そんな中でも例えば、抗がん剤治療は、ほんの10年前から見て今は随分と副作用に配慮されてきているように思う。近藤誠氏の「ガンと戦うな」は、氏の「結果から見てしかわからないがんもどき」理論を受け入れがたいのだが、それでも当時主流派のひたすらガン縮小が大事的発想に対して疑念は呈してくれた。主流・潮流になっている医療は時に病気を叩くことに行き過ぎになってしまう。でもその揺れ戻しが来て、というのを繰り返し、次第に結局何が大切なのか、を熟考できるようになる気がする。ガンだけでなく、高血圧しかり、高脂血症しかり、征服するだけが医療の発展ではないのだ。もちろん精神科も同様であって、統合失調症の治療に関してはようやくゴールを病気の軽快以外の点に置く発想が定着してきたように思う。
とはいえ、これまでこのblogで述べてきたように、主流派であり標準的な医療は、基本的には膨大な実験やダブル・ブラインドの治験を経ており、それを頭ごなしに否定してしまうのはおかしいことがほとんどだ。dneuroは治療で漢方も使うし、何しろ学生時代東洋医学研究会の部長だったので、別に漢方否定派じゃないんだが(⇛漢方って何だ?)、時に漢方絶対派の方に遭遇するとげんなりする。日本では、江戸時代末期まで、人の想像をベースにした東洋医学(当時は東洋なんてつけないけどさ)が全てであり、物理的存在を対象とした実証主義で無かったし、天然痘ワクチンとなる種痘の普及をどれだけ当時の主流派である漢方医たちが邪魔したのか知らないの?と問いたくなる。頼むから福井藩の町医者、笠原良策の決死の努力を知ってくれ。
- 作者: 吉村昭
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1988/04/28
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ところで、先日紹介した「外科の夜明け」はさらっと内容を読めるのだが、実は作者トールワルドの原著の大幅な抄訳。完訳版はこちら。
- 作者: ユルゲントールヴァルド,J¨urgen Thorwald,小川道雄
- 出版社/メーカー: へるす出版
- 発売日: 2007/05
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この人は医学史を、作中主人公が、医学史を発展させた医師たちの同時代人として生き、その発展を見て、体験していくドキュメンタリー仕立てとして書いている。
胃がんの手術といえば、ビルロート法(第1法と2法がある)という胃の摘出術があるのだが、手術法が開発された当時、外科手術そのものが冒険だった。主人公は若き妻に何とか手術を受けさせるよう奔走するのだが、結果的に妻は受け入れず死んでしまう。
外科医になりたい人は是非この本を読んで気持ちを高ぶらせ、外科医に憧れる人はこの本で疑似体験を。
外科の夜明け―防腐法 絶対死からの解放 (地球人ライブラリー)
- 作者: J.トールワルド,J¨urgen Thorwals,大野和基
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 1994/12
- メディア: 単行本
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