ワクチンと自閉症、あれこれ

「ワクチンと自閉症」でググると当blogの「自閉症の原因はワクチンや水銀じゃないよ」が結構上の方で出してくれるおかげでアクセス数が多い。有り難い一方で、トランプ米大統領の発言のせいか、ワクチン=自閉症原因説が話題になることが多くなっている様子。また、ワクチンに含まれる物質としては水銀が問題視されていたが、最近ではアルミも話題になっている。*1


bit.ly


水銀じゃないよ、というのは以下詳しい。

  うさうさメモ チメロサールに関する情報まとめ
  横浜市衛生研究所 チメロサールとワクチンについて


ワクチンってのはとかく白眼視されやすい。その理由をdneuro的には、以下考えているのだが。


1.自閉症が増えている要因として理由付けしやすい
自閉症が増えている、という恐らくは事実が複合的な要因からなっていて、それ故にコレという絶対的な原因はないことは以前書いた(⇛ASDは増えているの?)。
自閉症(本稿では現在のASD概念まで含める。要は広い意味で)は、今ではおよそ2歳には特徴が揃うので診断が可能とされているが、一方で気づかれないことも多く、就学時まで顕在化しないこともあれば、診断が思春期以降になることも多い。


診断の時期までに起きたりやったりしたことの何かという原因を探し求めたときに恐らくワクチンは標的になりやすいのだろう。ちょうどワクチンを沢山打つ時期と、問題として顕在化してくる時期が一致しているので、あたかも関係があるのではないかと思えてしまう。人は理不尽を感じた際に、何か理由が欲しいものだ。そういった心理にワクチン=自閉症説はとても説得力を持ちうるのだろう。*2


2.ワクチンは効力を感じにくい上に相反する情報が氾濫している
ワクチンは集団としての健康を考えた時には多くの疾患で有用なのは疑いようがない。例えば東京都、とか日本とか、世界で、といった大きな集団で人間の健康を考えた時に、構成員がワクチンを接種したかしないかで、そのワクチンの対象となる疾患からの脅威を減らせるかどうかが大きく違う。


一方で、例えば毎年、効果がある、いや意味がないと話題になるインフルエンザワクチン。どれだけそのメリットが広報されても一部の人の不信感が拭えない。その1つの理由としては、集団において効果があるといえど、個人としてワクチンの効果を実感するというのは難しいということだろう。罹患しにくい体質の人や罹患者に接しづらい環境にある人からすれば、「俺なんて打っていないけど毎年かからないぜ」と豪語しやすい。また、打って罹患しないという効果が続いても、そんなのは1回でもワクチンを打ったにも関わらず罹患してしまったら、その人個人にとっては「効かないよ」という印象を植え付けかねないだろう。


さらにネガティブなサイトはわんさかとある。特に前橋市の5万人のデータを使ったという研究を根拠にして接種の意味が無いという内容を書いているサイトが多い。興味ある方は論文擁護派(ワクチンには懐疑派)と、論文否定派(ワクチン接種派、dneuro含む)双方の主張をどうぞ。


インフルエンザワクチンは打ってはいけない(Thinkerさんのサイト)
インフルエンザ予防接種について


ただまあ正直ワクチンに限らないけど、ある医療行為に疑念を抱いたときに、それを否定する派の意見って凄く溢れていて、どう判断したらいいかはとても難しいだろうと思う。それは専門家も然り。インフルエンザワクチンは、WHOだって推奨している(⇛http://www.who.int/influenza/vaccines/en/)が、WHOに疑いを抱く人にとっては意味が無いしなあ...。ワクチンは自閉症を起こすことはないが、副反応(接種に伴う副作用)は確実にある。ワクチン接種後熱っぽくなったり、局部が腫れた人は多いだろう。重篤な副作用も大変確率低いながら、ワクチンのタイプに応じて可能性はあるので、集団に数多く打てばごく少数の方に残念な結果が出るのは医療行為の宿命ともいえる。それでも打たなければ出るであろう、病気そのもので亡くなったり、重篤な後遺症を残す人の数を減らすのがワクチンの目的であり、医療行政なんだろう。ごくわずかな重篤な副作用を重視して打たないと選択するのもそれはそれで個人の自由ではある。純粋に個人として考えればワクチン打たなくても、罹患しないことも十分にあるので。ただ、ワクチンの対象が感染症である以上、自分が罹るリスクを減らすことで、自分が関わる他の人たちのリスクも下げられることを頭に置いておくといいかも。


3.医療不信、製薬会社不信
結局はこれなのかなあとも感じるところ。目の前の医師、医師会、厚生労働省や政府がいうことは全て権威の後ろ盾のあるもので、大本営発表みたいなもの、そこには嘘や誤魔化しが溢れていて、大衆が知ってはまずいことは隠されている、と疑っているのかなあ…と。以前、コメントにも書いたが、その関係を疑う人には、医者だって自分の子供達にせっせとワクチン接種をしていることを考えてみて欲しい(いや知りようがないか...)。危険だと感じていたらさすがに声をあげますよ。


さて、現在の頻度でのワクチン接種推奨が、製薬会社が儲けるために医者や厚生労働省と結託しているという論調もあるが、ワクチン接種は必要と判断されたなら広範に施行されないと意味がない部分もあるし(感染症だから)、製造を担う製薬会社にとって利益になるのは必然なので、そういう目で見ればそう見えるかなあと思ったりはする。dneuroはワクチンに関連して医師が製薬会社から利益(リベートとか?)を得た、という話は聞かないけれど…。*3


ワクチン打ったって儲からない、の簡単な計算
大体、小児科クリニックでは1日をすっぽりインフルエンザワクチンの日に当てていることが多いと思うが、果たして儲けているのかをざっくり計算してみる。


いつもの1日を、一人あたりの平均診療単価として、保険点数500点=5000円、患者数40人、とすると、1日の保険収入は5000x40=200,000円。
ワクチンの予約数が例えば100人、単価3000円として、3000x100=300,000円、ここからワクチン単価1000円(一人あたり)を引くと、ちょうど200,000円。注射針や注射器、アルコール綿など必要な器具の単価は含まず、なので実質20万円以下か。
ワクチン接種に1日100人も来るようなクリニックなら、ということで1日患者数40人と設定したが、ワクチン日を設定したからといって、特別利益が増えるわけでもなく、むしろ赤字になりかねないことはわかると思う。もっともワクチンは子供でも自費だから、3000円でなく、もっと高く設定は可能だがそうすると患者さん来ないでしょう。


ワクチン製造の製薬会社はワクチンが売れれば売れるほど当然売上は伸びる。が、経営側からみれば、リスクは高いらしい。莫大な先行投資、予期し難い流行、ワクチン製造法の変化、政治的な判断がもたらすリスク、もし副反応が重篤だった場合の回収や賠償のリスク、などなど。
やや古い記事だが、こちら。


ワクチン産業育成へ日本版ACIPの創設を : 日本経済新聞


製薬会社も案外苦労しているのだとは思うし、途上国ではそれこそ現在もワクチンがどれだけ広まるかが、子どもたちの死を防ぐことに死活的重要性を持っているので、我々はワクチンを正しく理解すべきだと思う。


雪の花 (新潮文庫)

雪の花 (新潮文庫)

ワクチンのお陰で撲滅された感染症の代表格が天然痘。が、日本での最後の感染者は1955年。今日本に生きているほとんど全員が、天然痘と言われてもピンとこない。なにせもう病原体が存在しないのだから。
天然痘は恐ろしい病気(⇛Wiki)で、致死率が20-50%、高熱を発したあと一旦解熱し、発疹が全身に出現する。それはたとえ治癒した後も残り、痕ととして身体に感染歴が刻まれる。感染力の強さは凄まじく、助かった人のかさぶたからも伝染るという。
日本にはこの天然痘ワクチン、種痘法が江戸時代に長崎を通じて伝来した。福井藩の医師笠原良策は、天然痘の流行に何の力も持たない漢方医学に失望を覚え、当時の西洋医学蘭学を勉強する中で種痘を知る。知った良策の行動力は凄まじく京都の蘭方医師たちの協力を仰ぎながらついに種痘(天然痘感染患者由来のかさぶた)を得る。その後良策が福井藩に持ち込むのだが、京都〜福井の難路越えや、無理解から来る種痘普及の困難(天然痘の苗を刷り込むなんてと忌避されたのだ)など、最終的に種痘が藩内に根付くまでの苦労は涙なくしては読めない。


陽だまりの樹 (1) (小学館文庫)

陽だまりの樹 (1) (小学館文庫)

以前も紹介したが、種痘といえばこれですよ。手塚治虫の曽祖父で江戸末期〜幕末に活躍した(?)手塚良庵医師の生涯が、幕府に忠義を誓う武士、伊武谷万二郎の生き様と絡めながら描かれていく中に、種痘を日本に広める苦労も出てくる。
ストーリーが抜群に面白いのは言うまでも無いが、沢山の弟子(福沢諭吉とか大村益次郎を含む)を私塾(適塾)で育てた大阪の医師、緒方洪庵の苦労、蘭学医師たちが、当時の医学権威であった漢方医師たちとどのように闘っていたか、はもっと知られていい話題だと思ったりする。


WHOによる天然痘根絶宣言は1980年。発展途上国を含む世界中の国からある1つの感染症が一掃されることがどれだけ偉業か。活躍したのは熊本出身の日本人医師蟻田功氏で、不可能と言われたプロジェクトのリーダーとして遂に根絶に導いた。天然痘根絶プロジェクトの最大の砦はインドだった。何せ人口が多いだけでなく、天然痘にかかることはその神「シトラ マタ」に選ばれて幸福の道なのだ、という信仰まであったのだから。そして最後の患者はソマリアで1977年10月26日。チームのメンバーはゲリラに拘束されたりもした。NHKの番組をまとめたこのKindle本、安いし是非どうぞ。


後半、天然痘の話になってしまった。

*1:ちょっと調べればわかることではあるんだが、アルミについても容易に反論可能である。また今度取り上げたい。

*2:原因の第1はやはり遺伝である。自閉症精神疾患の中では高い遺伝浸透率(遺伝子が親から子に引き継がれ、その性質が出てくること)を持つ。一方で、幾つかの研究から父母ともに高齢であることや母胎内での何かしらの条件が影響することも示唆されているのでまたいつか取り上げたい。

*3:近年も例えば高血圧治療薬ディオバンをめぐる研究者を巻き込んだ大規模不正事件などがあり、ワクチン疑念派から見れば製薬会社や結託している医師が大勢いると思われても仕方のない現象はある。dneuroやその周辺で製薬会社さんから特別な利益供与の話を聞かないのは、単に小物だからですかね...。