高齢者の運転について

先日、大学で授業をしたんです。

医学部で新設された科目なんですが、行動科学の授業で、タイトルは「脳の働き方を知って人に優しくなろう」。


コンセプトとしては、人がついパッと考えてしまう中には、実は事実と違っていたり、固定観念や偏ったものの見方(バイアス)を知らず知らず持っていて、それが人に対して厳しい意見や対応につながっている場合があり、そこに自覚的になろうということです。


さて、その中で、今話題の高齢者の運転問題についてとりあげました。

この問題、皆さんにとってはどうでしょうかね。


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どうでしょうか。75歳以上ドライバーの死亡事故と来たら、人を巻き添えにしていそう、とか、死亡事故は急増しているイメージありませんか?


とりあえず客観的データを確かめてみましょう。ソースは警察庁交通局が平成30年に発表した、「平成29年における交通死亡事故 の特徴等について」(pdf)がいいでしょう。


これ、答えは3だけなんですよ。まあ当たり前そうなこれだけです。


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ニュースを見ていると、高齢者の運転をどうにかせねば、という議論が多いですよね。
でも、なんとなくのイメージで皆さん語っている気がして...確かに高齢者の皆さんはどんどん増えている日本ですが、死亡事故件数はどのくらいあるのかというと...


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見てください。75歳以上ドライバーの免許人口10万人あたりの死亡事故件数は年々減っているんです。一貫して。
こんな感じで減っているというのは結構びっくりじゃないですかね。


とはいえ、75歳未満のドライバーに比べて死亡事故件数が多いのは確かです。
では、その死亡事故がどんな事故なのか見てみると...



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まず平成29年の死亡事故件数(2829件)で、75歳以上運転者の割合は全体の12.8%、418件。
そのうち、168件(40%)が車両単独事故で、対人事故件数は78(19%)。
これは75歳未満ドライバーの死亡事故件数が対人で38%を占めていることとは対照的でしょう。
そう、対人事故が多いのは、今話題の超高齢者ではないんですね。
なので、ドライバー死亡事故の占める割合に高齢者は多いですが、多くは単独か、対車両なのです。


一方で、歩行中死者、つまり歩いている最中に自動車事故で亡くなってしまう割合は高齢者が突出しています。
特に人口10万人あたりの割合では、全年齢層に比べて、80歳以上では4倍です。



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つまり高齢者はどちらかといえば被害者の側面が強いし、ドライバーとしては単独で事故を起こしやすく、亡くなりやすい。
これは、若年者より重大事故を起こしやすい可能性もありますが、同じ衝撃でも体への負担がより強いからかもしれない。


ただし、免許人口10万人あたりの高齢者死亡事故数は一貫して減っているので、対策そのものは上手く行っているのかもしれませんね。
高齢ドライバーの免許返納も増えてきたからでしょう。



さて、75歳以上運転者の認知症の割合はどうなんでしょうか。


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図のグラフで、第1,第2分類が認知機能の低下を示唆しています。
報告書では、死亡事故で49%が第1・2分類を占め、認知機能受験者の32%に比べて高いため、認知機能の低下が死亡事故の発生に影響を及ぼしている、としていますが...

どうでしょうか、この部分には違和感を感じます。死亡事故運転者の過半数(51%)が、認知機能低下を示唆されていなかったのに、死亡事故に至っていることのほうが問題でしょう。

認知症ドライバーが多くを占めているのなら、認知症ドライバーには運転をさせない、という言ってみれば当然の対策で良いのですから。
もちろん、認知機能検査がそもそも認知症を判別できるのかといった観点から考え直すことも必要かもしれません。

www.npa.go.jp

今行われている認知機能検査は3つ。


・時間の見当識(検査時の年月日、曜日、時間を尋ねる)
・手がかり再生(一定のイラストを短時間記憶できるか)
・時計描写(時計の文字盤と指定された時刻を描く)


ですが、運転に必要な技能のすべてがこれでカバーできるかというと、十分とは言えないでしょう。
平成29年より、第1分類になったドライバーは医師の診察を受けることが公安委員会によって指示されていますが、せめて第2分類まで拡大して欲しい。

また、第3分類の方の死亡事故が多いことを考えると、すべての75歳以上のドライバーは医師の診察を受けるべきなのかもしれません。



ちなみに、今月仙台で予定されている老年精神医学会のプログラムを参考にすると、発表の中に聖マリアンナ医科大学の先生方による「運転免許試験で「認知症の恐れがある」とされ当院を受診した高齢者について」という演題があります。免許更新時に認知症の恐れがあると判断された(つまり上記の第1分類ですね)方23人の診断結果が出ています。結果はすべての方が認知症もしくはMCI(軽度認知障害)だったそうです。11名は自主返納、7名は診断書作成とのこと。でも3名は診断結果に納得せず激怒したそうですから、そういう場合は困るな...。とはいえ今の検査が一定の効果を発揮しているのはわかります。



そんなわけで高齢者運転について今日の内容をまとめると、


ドライバーとしては、
高齢(75歳以上)ドライバー死亡者数は他の年齢層より高い
高齢ドライバー死亡事故の原因の多くは対物・対車両事故


高齢ドライバーの免許更新時の認知機能検査は一定の成果をあげているが、十分とまではいかない


歩行者としては、
高齢者死亡事故がとても多く、それは横断中であることが多い


対策として、私が考えるのは、


1.高齢ドライバーの免許更新時の認知機能検査は見直し、医師診察対象を拡大し、認知症ドライバーを可能な限り少なくする
2.自動車の安全対策機能(自動ブレーキなど)の強化と自動運転の開発

でしょうか。


対策1のためには認知症検査可能な医師数を増やす必要があるでしょう。
対策2は今積極的に技術開発がされているので、一層速く進んでいくことを望みます。


超高齢者だからそれだけで運転が危ないわけじゃない


警察庁統計によれば正直普通の人にとっては、超高齢者ドライバーではなく、75歳未満の運転者のほうがより危ないようです。


「高齢ドライバー」の危険が強調される議論では、あたかも一定年齢以上になると自動的に認知機能低下をもたらして運転に望ましくない状態になる印象を与えられてしまいます。でも実際は、認知機能低下は明確にこの年齢で低下するとラインが引けるわけではなく、当然ながら個人差があり、人によっては若くても認知機能低下は有りえ、80歳でも若い方よりよほど安全に運転できる人もいるわけです。



必要なのは、適切な評価とそれに基づく措置がしっかりされることでしょう。




ズバリ合格! 運転免許認知機能検査 (TJMOOK)

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ただ単に認知機能検査を突破することだけが目的にこういう本を利用するとなると問題かなとは思います。運転免許センターでの認知機能検査は運転に必要十分な脳機能のほんの一部を判定しているに過ぎず、その場しのぎに突破できたことが果たして趣旨にあうかどうか...と思いつつこの手の本を手にとってやってくれる人はそうでない人たちよりも自覚的で良いのかも。



臨床医のための!高齢者と認知症の自動車運転

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高齢者がどんどん増えていく日本では、認知機能評価が少なくてもある程度まではどの臨床医でもできるべきではないでしょうかね。


高齢ドライバーの安全心理学

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高齢ドライバーの抱える諸問題を抱えるにはとても良さそうです。購入してみたい。




世界的企業がしのぎを削って開発中の自動運転技術。運転中に人間の能力を超えてしまう状況に直面しうる以上、解決策はこれしかない、と思うのです。でも一方で、人が運転技術を学ばなくなった時代というのが到来するのも怖いですよね。運転が一部の人の限定能力になっても困る(気がする)ので、良いバランスが取れるといいのだけれど。