アルツハイマー型認知症と鑑別が難しいレビー小体型認知症

レビー小体型認知症はこの数年急に市民権を獲得してきた。
dneuroが医学部の頃、すなわち1990年代後半はこういった認知症が提唱されつつある、というまだ良くわかっていない認知症として習った覚えがあるが、現在では頻度の高い認知症として認知されている。2年前から、認知症治療薬として名高い、エーザイ株式会社のアリセプトがこの認知症に適応を拡大した点で、盛んにCMを打たれたことも大きい。


レビー小体型認知症は4大認知症の1つ
認知症界隈ではよく4大認知症といって頻度の高い認知症がカテゴライズされていたりする。アルツハイマー認知症、脳血管型認知症レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症である。


4大認知症とは?


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図は以前紹介した九州大学大学院病態機能内科学教室が1961年より進めている久山町研究から。以前同教室の研究で糖尿病がアルツハイマー認知症のリスクになるという結果を紹介した(→糖尿病とアルツハイマー型認知症)。
アルツハイマー認知症と脳血管性認知症の頻度が高いのは当然として、レビー小体型認知症認知症の16%ほどを占めるから、珍しいとは言えない。
症状としては、認知症なので物忘れ(健忘)があるのだが、その他に特徴的なのは、幻視症状、パーキンソン症状、自律神経調節障害(起立性低血圧や失禁)、そして覚醒度の変動といったもの。特に幻視症状は特徴的で、非常にヴィヴィッドな実在感のある人物幻視が多い。*1


後からわかる例が多い
初期、というか認知症を疑われる時期にはアルツハイマー認知症と同じように、物忘れも目立つから誤診されていることも多い。


例えば69歳のAさん(男性)はクリーニング店勤務だったが物忘れを妻に指摘されることがあり、外来を訪れた。認知症スクリーニングとしてポピュラーな長谷川式認知症スケール改訂版(HDS-R)*2をしてみると、30点満点の21点。これは認知症判断のカットオフだ。1週間後のMRI検査にて、軽度の海馬萎縮や側脳室拡大*3などの所見からアルツハイマー認知症初期と判断し、抗認知症アリセプトを3mgから開始。2週間後5mgに増量したところで本人は「思い出せることが増えてきた」とのこと。2ヶ月後のHDS-Rではなんと満点だった。


さて、調子を取り戻したAさんはそのまま勤務も続けていたのだが、初診から1年後に時々手が震えるように。2年後、珍しく妻と一緒に訪れたと思ったら「玄関に人形が見える」と言い出し、よだれや震えなどのパーキンソン症状、それに時々ぼーっとするという覚醒度の変動が見られるようになっていた。


ということで、実はレビー小体型認知症であることが判明し、アリセプトの他、抗パーキンソン病薬に少量の抗精神病薬(幻視に対して)を服薬してもらい、以後3年になるが比較的安定している。ただし、徐々に認知機能は低下した。


うつから始まることも多いレビー小体型認知症
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 実のところ、認知症の方を診た時に、後から考えると認知症の始まりは物忘れでは無いことも多い。図はアルツハイマー認知症レビー小体型認知症でどんな精神症状が発症時(0時点)より前に見られたかを示している。これを見ると、特にレビー小体型認知症では、うつ症状が診断の40週も前から出現していることがわかる。そう、高齢者のうつ症状は認知症の前駆症状の可能性があるということでもあり、レビー小体型認知症では特にその頻度が高いことを示している。この表にはないが、アルツハイマー認知症にはない前駆症状としては、レム睡眠時行動障害や寝言、嗜眠(よく眠ること)、それに調子の変動(すっきりしている時とぼんやりしている時と)が挙げられる。特にレム睡眠時行動障害は、レム睡眠といういわゆる夢を見るような睡眠時に行動異常(大声を上げる、起き上がって何かをするなど)を伴うもので、58%程度の頻度で見られるともいう。


幻視とパレイドリア
 レビー小体型認知症で特徴的な幻視症状。東北大の池尻信氏の博士論文がネットからダウンロードできるが、それによるとレビー小体型認知症ではパレイドリアという錯視が誘発されやすいという。


  パレイドリア: 雲の形や壁の染みがどうしても人の顔や姿にみえる、
  など不明瞭あるいは意味のない視覚対象から明瞭で具体的な錯視像
  が作り出される体験


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 誰しも木目の中に顔を見たり、パンジーを見れば猿の顔に見えたりするものだが、レビー小体型認知症では図のように花の中に本当に顔を見てしまう。アルツハイマー認知症の方に比べて圧倒的にそのようなパレイドリア反応が多いらしい。また、このような模様の中に顔を見てしまうことを誘発するパレイドリアテストというものもある。こういった錯視体験の誘発の容易さが幻視のベースになっているのは想像に難くない。ちなみに、レビー小体型認知症の幻視は圧倒的に人物が多く、次に動物や虫の幻視が来る。その他に実態的意識性、つまり見えない何者かが確実にそこにいるという感覚も味わいやすいようだ。


治療反応性は高い
 最後に少しだけレビー小体型認知症の治療について書くと、基本的にはアリセプトなどの抗認知症薬に対する反応性は良いようだ。特に幻視症状にはアリセプトの作用機序が上手く働くようだ。横浜市立大学の元教授、小阪憲司氏はレビー小体型認知症の世界的な権威だが、アリセプトの有効性を強調される。なので、認知症症状が出たとしても紹介した症例のように一旦は元に戻る方も多い印象がある。ただ、経験的にはパーキンソン症状や強い幻視症状が出てしまうと薬の選択に難渋することも多い。それはパーキンソン症状に対する薬(ドパミン作動薬)が、幻視症状に対する治療薬(抗精神病薬:ドパミン阻害薬)と作用的に拮抗するからで、かなり微妙なバランスを強いられることも多い。
 また、パーキンソン病との異動が問題になるが、病理的にはどちらの疾患もレビー小体という異常なタンパク質が脳内に沈着している点で共通している。どこからその沈着が強く始まるかによって、パーキンソン病のように運動面から機能低下を起こすか、レビー小体型認知症のように認知機能に障害をきたすかが異なるというだけで、本質的に両者に違いはないという理解が正しいようだ。


認知症―専門医が語る診断・治療・ケア (中公新書)

認知症―専門医が語る診断・治療・ケア (中公新書)

頻度の高い認知症について正統的な知識を入れたければ熊本大学の池田学先生の著作が一番良いと思う。冷静な筆致で、各認知症の病像と標準的な対応、治療をわかりやすく解説。

レビー小体型認知症の臨床 (神経心理学コレクション)

レビー小体型認知症の臨床 (神経心理学コレクション)

やや専門的に知りたい人は。やはり池田先生と、レビー小体型認知症の病理を詳細に研究し、世界の第一人者である小阪憲司先生の対話。

レビー小体型認知症がよくわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)

レビー小体型認知症がよくわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)

小阪憲司先生監修によるレビー小体型認知症のわかりやすい解説本。

*1:本当に現実感のあるリアルな幻視らしい。私の患者さんの幻視は人形だったが、可愛いので出てきても嫌な感じは無いとのこと。なお、幻覚というと統合失調症を思い出す方もいるかもしれないが、統合失調症には幻視は少ない。リアルな幻聴であることがほとんど。

*2:長谷川式認知症スケールは代表的なスクリーニングツール。30点満点で21点以下だと認知症を疑うとされるが、実際には健常であればどんな年でも26点より下ということは無い。アルツハイマー認知症で初期から低下する立体把握の項目が無いのは欠点。

*3:側脳室は大脳にある左右に別れた部屋であり、脳脊髄液が貯留している。ここが拡大しているのは、周囲の大脳皮質が萎縮した証拠。

ドラマ「無痛」と先天性無痛症

久坂部羊の「無痛」を原作にフジがドラマにしているが、重要人物の1人(イバラ君)が先天性無痛症だという。


無痛 (幻冬舎文庫)

無痛 (幻冬舎文庫)

ドラマの後読もうと思っているので未読です。


さて、先天性無痛症が一体どういう病気なのか、学生相手の講義で扱うこともあるのでそんな内容を。若干危惧するのは、ドラマでは無痛症のイバラ君が残虐行為をしている描写があり、それが肉体的に無痛であることと関連があるかのように思える人もいるだろう。実際にはそういうことはないので、その点はあくまでもフィクション*1


    先天性無痛無汗症(Wiki)
    先天性無痛症(難病疾病センター)


無痛は羨ましいと思う人もいるかもしれないが、少なくても病気でない、普通の状態で無痛になってしまうと実はとても困る。


痛み、は身体に危険が迫ってるぞという警告であるのに、それを感じない先天性無痛症の子供は危険を避けることを学習できない。爪を噛めば肉を噛み切ってしまうし、高所から飛び降りて骨折をしても痛みを感じないから動き続ける。普通であれば痛みがあるからこそ固定に従うがそれも無いため動かしてしまうし、傷も化膿する。当然治りは悪く骨は変形して治癒する。風邪を引いて高熱が出てもそれを感じないから動き続けるし、感染症でお腹に病変があったりしても痛みを感じないから治療の機会を逸し、病状は悪化する。そんなこんなで早死にする子は多く、後述の文献によれば3歳までに20%の子が死去、大人まで生き延びないことが多いとされている。


先天性無痛症の子たち

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この図の子は先天性無痛症の12歳の男の子。普通の両親から問題なく生まれたが、6か月児に父親のタバコでお腹に火傷を負ったのに何の反応も無かったという。写真は12歳論文著者たちの病院受診時の写真らしい。口角(口の端)が傷つき、指の爪は短く指先の変形があり、X線で見る大腿骨頭は破壊が進んでいる。病気は次の子と同じ。



CNNの特集を見てみよう (英語ですが)。

www.youtube.com

この映像の主人公ロベルト君4歳は先天性無痛症。空腹も一種の痛みなのか、生まれたときからお腹も空かず、従ってミルクは無理やり飲ませていた。痛みを感じないで動き回り、身体は傷だらけとなった彼に診断されたのは遺伝性感覚性自律神経ニューロパチーIV型(Hereditary Sensory Autonomic Neuropathy IV)。無痛という感覚障害と自律神経に問題のある神経病という意味。この病気は遺伝性疾患で、実は無痛であるだけでなく、汗もかけない。汗を出しての体温調節が出来ないから夏は地獄である。クーラーの存在が死活問題だ。そしてこのような無痛で無汗という悪条件が揃った上に彼は多動なのだ。痛みを感じず動き回るから怪我が絶えない。
そんな彼を支援するための募金活動があった(⇛Help Roberto)が、2009年を境に更新されていないので亡くなったのかもしれない。


さて、「痛み」は身体への警告だと書いた。すなわち、痛みがあることで我々はその原因となるものを避けて安全に行動するし、痛みがあるから病気だとわかって治療に向かう。


痛みを感じる経路
痛みを感じる末梢神経(主に皮膚に分布)の興奮⇛脊髄から脳へと情報の伝達⇛視床⇛大脳皮質    
    詳しく知りたければ⇛痛覚(脳科学辞典)


先天性無痛症の人は、感覚の出発点、すなわち皮膚に分布する痛覚神経の数が非常に少ない、もしくは興奮しづらいようだ。一方で、他の感覚神経は正常に分布し、大脳皮質に至る感覚経路も正常だから、痛覚以外の皮膚感覚(体性感覚という:触覚、圧覚、振動覚など)は感じる(ビデオでもロベルト君はくすぐられたら笑ってた)。


患者会ガイドラインがある
先天性無痛症の発症は、遺伝形式が常染色体劣性であることで極めて稀である(高校生物の復習なら⇛メンデル遺伝と疾患)。原因遺伝子の異常(変異)を素因として持っている両親が揃った上で子供に引き継がれる確率は1/4。もともとそういった素因(原因遺伝子変異を染色体上の片方に持つ)を持っている確率そのものが低いため、100万人に1人程度の発症のようだ*2。だが、日本の人口は1億人以上いることを考えると、全国に少なくても100人以上居る。


稀な疾患には同じ病気を持つ患者会家族会の果たす役割が大きい。情報だけでなく、同じ病気を持つ者、家族にしかわからない苦労や喜びが共有できる。また、まとまることで発言に影響も持てる。日本にも家族会があり、今回のドラマにおける先天性無痛症の描き方について意見を表明し、フジテレビもそれに応じたようだ。


   NPO 先天性無痛無汗の会 「トゥモロウ」

トゥモロウさんの作ったガイドラインは内容がとても充実しており、少しでも関心を持った人には役に立つだろう。
   改訂版 先天性無痛無汗症〜難病の理解と生活支援のために〜 (pdf)


アメリカでは同じ病気を持つ本人・家族がキャンプを開催している。
   Camp Painless But Hopeful


このキャンプの中心になっていた女の子、Ashlyn Blockerさん、2012年に元気な姿をテレビに見せていたが、今でも元気でありますように。



www.youtube.com

  

*1:肉体的な痛みがないのは精神的な痛みが無いことにはならない。作中のイバラ君は好きな人物の苦悩を自分の(精神的な)痛みとして感じる心優しい人物であり、決して悪人としては描いていない。

*2:原因遺伝子はNTRK1遺伝子である。神経栄養因子NGFというタンパク質は神経を伸ばす作用があるが、それを受け取るタンパク質がNTRK遺伝子から作られる(TrkA受容体)。このNTRK遺伝子に変異があるため作られるタンパク質が異常となり、NGFを受け取れない痛覚神経が正常に発達しない。この遺伝子素因を500人に1人が持つとしたら、500人に1人同士が出会う確率が1/500x1/500で25万分の1、さらに4人に1人の確率で子供が発症するので、100万人に1人の計算になる。ただ実際にはそもそもどれくらいの確率で素因を持っているかはっきりわかっていない。

20年後に多分精神科医の殆どは要らなくなり始めると思う

AI、人工知能に関してのニュースが最近目立つ。
dneuro的にはこの数年将棋のプロ棋士がソフトに負け続けており、ほぼ人間が敵う状態には無い(羽生さんが負けて決着となるだろうけど)ことや、ついには碁までAlpha碁というソフトに完璧に打ち負かされたことが大きい。



井上氏の本で語られるように、AIが進歩した時、社会的懸念としては「技術的失業」という現象が進む。技術が進歩して人間の活動を代替することができれば、当然それに携わっていた仕事は機械に取って代わられるわけで、産業革命以後様々な仕事が人の手から離れた。特定の領域(例えば将棋とか)にのみ強い現在の特化型AIから、より広範な能力を発揮できる汎用AIが普及した時、多くの職業が取って代わられ失業するだろう。


今後どの職業が残り、どの職業が廃れるのかというのは盛んに予測されている。自動運転が普及すればドライバー需要がほとんど無くなるなんてのは想像しやすい。どの仕事が無くなりどの仕事が残るのかってのは色んな人が予想しているが、まあまあ感覚にも合う例としては以下どうだろう。


今後10~20年の間に消える仕事・残る仕事


銀行の融資担当者やレジ係、会計事務員などが無くなる一方で、内科医・外科医、振付師、小学校教員、栄養士などは無くならないという。メンタルヘルスと薬のサポートワーカー、心理学者の2つは精神科医とはまた違う。どうやら未来予測の大家からすると、なんとか医者は大丈夫と思えそうだが…


多くの医師業務はAIに代替されるはず
恐らく医師はどんどんAIに代替させられていくだろう。その根拠として、診断がまず1つ。正直医師は誤診が多い。誤診しながら正しい診断に至ると言ってもいいくらいだ。それは初期に判断できる材料が少ないという仕方の無い場面もあるのだが、端的に言って一般的な頻度の高い病気(いわゆるcommon disease)や経験則から診断しえた病気だけが頭に上ってくる医師が殆どなせいだろう(私もそうですよ)。まあそれでも色んな疾患可能性の有無を状況によって判断変えながら次々考えていく。自分の経験が乏しければ専門家の相談も仰ぐし、文献も漁る。そうやって珍しい病気でも探索をやめなければ、ゆっくりと正しい診断に至っていく。*1
でもこの過程を十分に発達したAIは瞬時にこなしていくだろうから、そのスピードに人間が及ぶはずがない。


東大、IBM人工知能「Watson」を活用したがん研究を開始news.mynavi.jp


東大が今、IBMの有名な人工知能ワトソンを使って、膨大な研究論文や遺伝子情報データベースを探索する研究を始めている。その成果としてすでにある女性の白血病を診断したとのニュースもあった(⇛AI、がん治療法助言 白血病のタイプ見抜く...専門外なのでどのくらい凄いのかは正直わからないけど)。


次に安泰と思われそうな外科もそうでもないと思える。かつての外科治療が内科治療になり変わっている*2というのが1つ(例えば早期胃癌や抗がん剤放射線治療の進歩)。そして、外科におけるロボットの活用。現在はダヴィンチ(⇛手術支援ロボットダヴィンチ徹底解剖)のようにあくまでも人の手を補助する役割に過ぎないが、早晩少なくても簡単な解剖学的構造からなる病変であれば自律的に治療することが可能になるだろうし、それくらいになってもらわねば困る。外科医の役割は相対的に小さくなっていくはず。



精神科医は恐らく駆逐されていく
心の変調をカウンセリングで治療する、と理解(誤解)されている精神科医の仕事はさすがにAIでは駄目でしょう、と素朴に思っている人は多いかもしれない。


ここで少し一般的な精神科外来診療の流れを見てみよう。


 問診票記入⇛診察(問診により診断、時に採血やMRIなど)⇛(多くの場合)処方
 ⇛薬局で薬を受け取る


診断の要は問診、問いかけと応答のやり取りだ。このまさに問いかけこそが人工知能の得意分野であり、十分にケーススタディを行ったAIは患者の答えに応じて的確な問いを繰り出し、疾患を絞っていくだろう(クイズ王に勝てるんだから⇛コンピューターは“ヒト”になれるか(前編)、IBMワトソンがクイズ王に勝てた理由)。洗練されたアルゴリズムは、全ての質問を愚直にしていく構造的な診察よりも名人芸に近いものになると思う。さらに、検査が必要であると考えた場合も、その検査を必要とする疾患の可能性を探って的確な取捨選択を行うはずだ。


また、現在は例えば甲状腺機能障害を見るのに血液検査を行い、脳梗塞など頭蓋内病変がないかを確認するためにMRIのような画像検査を行う。順序としては診断の精度を上げるために、問診の後にオーダーする。


しかし、恐らく20年後はある程度は患者の血液や唾液などから疾患に特徴的な因子を予め解析するブレイクスルーが登場している可能性が高い*3。個人識別番号などから事前に患者の生体情報が得られていれば、問診情報と補完的に働く。つまり現代と違い、最初から一定の情報が既にある。一方、生体情報と問診の照合のためには、場合によっては膨大な研究の蓄積からできたデータベースにアクセスする必要があるだろう。そこはやはり人間離れした速度が出せるAIが圧倒的だ。


こういった診断の為のプロセスは条件が揃えば診察室で行う必要も無く、自宅で行える可能性がある。生身の精神科医が介在する必要があるだろうか?薬も規制緩和は必ず進むはずだ。適切なプロセスにより診断を受けた場合には今は病院で処方箋を貰わなくてはいけない薬も手に入るだろう。それもやはり生体情報からより自分の身体に合った薬が選択されているに違いない。だから薬剤師さんも生き残れるかどうか。


恐らくインフラの整っていない地域や、興奮し暴れていたり、知的障害や認知症によって質問に答えられないレベルの患者を前には、20年後はまだ生身の精神科医が活躍できそうだ。人を押さえ込めるアンドロイドが発達するまでは可能ではないか。でも逆に言えばそれ以外の多くの精神科外来で取り扱う疾患に関しては精神科医が必要では無くなるだろう。誰か人間が一定程度のマネジメントをする必要はあっても、何人も要らないだろう。


こういった精神科診療は受け入れられるだろうか?
今は無理。AIに対する信頼が足りない。でも20年後は技術向上と共に、きっと受け入れの素地が整っているはずだと思う。それに今でもSkypeなどによるPCを前にした直接の対面でない精神科面接は行われている(⇛遠隔診療には「Skype」さえあれば十分?)。その場にいなくても良い医療が既に登場しているのだから、画面の向こうが人間でない日が必ず来る。
  AIじゃないけど気軽にできる認知行動療法なら⇛「ここれん」心の練習5分間

*1:common diseaseとはよくある病気のこと。内科なら、風邪や糖尿病だの高脂血症だの生活習慣病。精神科なら統合失調症うつ病双極性障害パニック障害をはじめ頻度の高い疾患がそれに当たる。

*2:内科医は既にかつての外科医療を侵食している。最たるものが内視鏡だろう。内視鏡手術の適応は拡大しており、例えば以前は外科医が治療をしていた早期胃癌をはじめとした粘膜内に留まる初期癌は、今は内科医が治療している。身体を切り開く外科医である必要はない。そのように外科でない医師がかつての外科範囲に進出する上に、薬で治せる領域は広がるだろう。胃潰瘍なんて良い例だ。

*3:遺伝子解析が期待を持たれている(いた)が、現状では疾患を分類するという点ではあまりに未完成。10年後辺りから事情が変わってくると期待したい。薬物が効きやすい・副作用が出やすい遺伝子変異検出なら今でも応用可能だろうと思うのだが…。

睡眠薬はやめられるのか?

睡眠薬はやめられないんでしょう?とはよく聞かれる疑問だが、率直に言えば「止めるのが簡単な人もいれば、難しい人もいる。人さまざま」というつまらない答えが正しい。


睡眠薬をやめられないとすれば、それは退薬症状(離脱症状とも)や反跳性不眠という現象がおきてしまうことが1つ。もう1つは、睡眠力というか、睡眠状態に脳を移行させる力が回復しきれていない、ことによる。


dneuroはやめたい患者さんには、服薬を始めた時には失われていた睡眠力が無事に回復していることが睡眠薬を中止するためには必要であり、回復していれば、中止による退薬症状に数日耐えればできますよ、と言うことが多い。


さて…


睡眠薬は沢山あれど、今使用されている睡眠薬の殆どはベンゾジアゼピンという種類に属する。かつて催眠作用は強いが毒性が強く、大量服薬によって命の危険があったバルビツール酸系という睡眠薬があったが、dneruoが医者になった頃には睡眠薬ベンゾジアゼピン系であった。


一方で、最近になり、構造的には似ているものの、睡眠薬の働くGABA受容体(GABAはギャバ、と読む)にちょっと違った形で作用する非ベンゾジアゼピン睡眠薬が登場した(代表は商品名マイスリー)。さらに、睡眠ホルモンとも言われるメラトニンと同等の働きをするロゼレム(商品名)が、2年前には催眠というより覚醒を邪魔するオレキシン製剤ベルソムラ(商品名)が登場した。


   上記睡眠薬により詳しく知りたければ…
   睡眠薬の強さの比較。医師が教える睡眠薬の選び方


ベンゾジアゼピン睡眠薬とそのやめ方
上記サイトにも書かれているが、ベンゾジアゼピン睡眠薬はどのくらい身体に留まって作用するか、によって分類されている。


超短時間作用型…ハルシオン*1
短時間作用型…レンドルミンリスミーデパス
中時間作用型…サイレース/ロヒプノールベンザリン
長時間作用型…ドラールダルメート   (全て先発品の商品名)


である。ハルシオンならば身体から抜けるのに2-4時間だが、長時間作用型のドラールであれば24時間以上だから、何を飲むかによって身体への残留時間が全く異なる。そして一般的に作用時間が短いものほど入眠作用が強く、言い換えれば切れ味が鋭く、そのために依存になりやすい。ただ中時間作用型に分類されるサイレース/ロヒプノールも程々長く続く割に入眠作用も強く、つまりは切れ味良く、そのせいで依存状態になっている人はよく見かける。切れ味が良い薬ほど、急に失った時の退薬症状(≒離脱症状)も強いために、依存が形成されやすく、止めるのが難しい。


とはいえ、長く服薬していても止めることは可能であり、それにはやめたいという意志と、上手なやり方の両方を必要とする。


精神科の薬がわかる本 第3版

精神科の薬がわかる本 第3版


この本はわかりやすくて良い精神科薬の解説本だが、そこで提案されている3つのやりかたは図にも示した3つ。



1.用量漸減(ぜんげん)法
2.回数漸減法(図では隔日法)
3.置換中止法

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1.は段々用量を減らしていく。急がずに数週間かけてやめていく。


2.は飲む頻度を減らしていく。1日おきに飲んでOKか確認。眠れるようなら2日おきを試して、段々日数を空けていく。


3.は薬を変えていく方法。依存状態になりやすいのは超および短時間作用型の睡眠薬だから、まずはそれを長時間作用型の薬に変えていく。多種類のベンゾジアゼピン睡眠薬が使われているなら、まずは単剤を目標にまとめていく。入眠や深い睡眠に支障が出るようなら、一部の抗うつ薬が睡眠を深くすることがわかっているので、そういった薬も併用していく。


以上のやり方で焦らずにやめていくことはできるはず…。*2


睡眠薬を続けるというデメリット
ところで睡眠薬を飲み続けるデメリットはなんだろう?
それは副作用、退薬症状、そして薬を使うという気持ち悪さ、かなと。


副作用としての、過鎮静、筋弛緩作用が強いことによる転倒、薬が2日酔いのように朝残ってしまい覚醒不十分になること、その結果として日中の注意力低下、などは留意すべきものだ*3。こういったことがあるのなら、即刻減量や中止、もしくは別作用の薬への置換を考えるべき。


あるいは、睡眠薬が無いと眠れない場合、飲めない状況になった時困るだろう。例えば病気により入院して絶飲絶食とされたとき。
この場合、急に薬が身体から抜けたことによる退薬症状が激しく出てくることがある。いらいら、落ち着かなさ、不安、けいれんやせん妄がそれにあたる。


そして、勿論薬を使わなくては眠れないという事実に対する気持ち悪さ。
薬が必要なくなればそれはそちらのほうが良いに越したことはないわけで…。


睡眠薬は絶対に無くさなければいけないのか?
最後、ここに来てそもそも論になってしまうが、私は以下を原則にしている。


1.まずはすんなり苦痛なくやめられるかは試してみよう。
2.沢山の同系統の薬を飲んでいるなら、それは種類を少なくしてみよう。
3.その上で、無理して猛烈に頑張ってまでやめる必要は無い。


ま、結局は眠れるのが一番なので、少ない種類の薬を少量必要としているくらいならそんなに頑張って無くさなくてもいいんじゃないかな〜と。


グリシン 1000mg 海外直送品

グリシン 1000mg 海外直送品


最近睡眠サプリとして甘いアミノ酸グリシンが有名になった。味の素が「グリナ」の名で3gを睡眠作用のあるサプリとして発売して注目されてから。研究界隈ではもともとグリシンは鎮静作用があるのはわかってたが、統合失調症に1日60gとか使う研究が多く、3gという少量で効くとしたら驚き。とはいえ眠れない人は試してみても悪く無い。3g程度なら副作用は恐らく無いし、「グリナ」は高い…。

*1:今日blogに載せたのは全て先発品の商品名。化合物の名前は一般名というが、ハルシオン(トリアゾラム)、レンドルミン(ブロチゾラム)、デパス(エチゾラム)、サイレース(フルニトラゼパム)、ベンザリン(ニトラゼパム)、ドラール(クアゼパム)、ダルメート(フルラゼパム)。メラトニン製剤ロゼレムの一般名はラメルテオン。ベルソムラはスボレキサント。 最近の処方箋はこの一般名が書かれていることが多く、またジェネリック医薬品は一般名そのままであることも多い。

*2:中にはあっさりやめられる人もいる。実際睡眠薬なんて、眠れれば飲まなくていいわけで、多くの患者さんには「自分で調節していいですよ」と伝える。但し、躁状態や幻覚妄想状態など、睡眠が絶対的に必要な場合は別。

*3:ベンゾジアゼピン系の薬は抗不安薬としても使われる。不安を和らげる作用を期待して日中も服薬するわけだ。注意すべきは、自覚的に眠気を感じていなくても注意力が低下し、反応速度が遅くなっていることがあることで、運転など特に慎重でありたい。

認知症でトイレを失敗する理由

認知症の方の外来をしていると、トイレを失敗してしまうのはなぜ?という疑問を聞かれることがある。


認知症のタイプにもよるのだろうけど、ここではアルツハイマー認知症で考えてみたい。


アルツハイマー認知症というと、「おじいちゃんボケてきたかしら?」と周囲が心配する記銘力障害すなわち新しいことを記憶できない、すぐに忘れてしまう、を思い出す方は多いと思う。これは、大脳の側頭葉深部にある海馬という組織が萎縮をするからだ。海馬は物を覚える際に、とりわけ出来事(医学界隈ではエピソードという)や単語の意味を記憶する場合に主要な働きを担い、永続的に記憶を保存する大脳皮質との橋渡し的な役割を果たしている。MRIでもアルツハイマー認知症では、初期から海馬およびその周辺の萎縮を見ることが多い。


一方で、アルツハイマー認知症の初期から問題になってくるのは実はもう1つあって、頭頂葉症状である。

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頭頂葉は読んで字の如く、大脳皮質の上部を指し、あなたの触覚、暖かさや冷たさ、そして痛みを感じるときに最初に反応する大脳皮質部位である一次感覚野や、手足や顔を動かすための司令を末梢神経に発する一次運動野が存在している。頭頂葉脳卒中を起こすと身体が麻痺するのはよく知られている。


で、頭頂葉が萎縮してくると、感覚と運動を統合し、外界に正確に反応して身体を動かすことができなくなる。それが、例えば服の裏表がわからなくなって変な着方をしてしまう(着衣失行)、ちょっとした図形を把握したり書いたりできなくなる(構成失行)、椅子に身体をどちら向きにして腰掛ければ良いかわからない(定位障害)、物の形が見えていても正確に把握できない(形態失認)といった症状として出てくる。


     失行…以前はできていた行為ができなくなること
     失認…感覚を通じた認知ができないこと*1


そう、トイレの失敗は恐らくこの頭頂葉障害が大きく出た結果だ。便器や便座の位置はわかっても身体や、男なら自分のアレをどの方向に向けたらいいかわからない、もしくは頭で考えた方向に向けられないのだろう。


それは努力すれば出来るというよりも、能力的な問題になっている。
だから、「おじいちゃん、きれいに使ってよ!!」と叱っても無意味なのだ。
やろうと思ったって出来ないんだから。


では解決はオムツか?
もちろんオムツは選択肢の1つだけど、トイレ失敗するから即オムツというのでは人としての尊厳に関わる、と自分なら思う。


なので、どの程度の失行・失認状態にあるのかは知りたい。軽い形態失認であれば便器がわかりやすく周囲から目立っていれば上手くできるかもしれない。ピンクなどの目立つ色の便座カバーをかけるとか。他にも、夜失敗する人にはトイレは一晩中電気を点けておく、便器内に目標を設置する(男子便器ならハエの絵とか⇛スキポールのトイレのハエ)。どうしてもトイレではないけど同じ場所で排泄をするのであれば、思い切ってそこで出来るようにしておくとか…。


定位障害の人は、便器に座るという動作はしようとするはずなので、誘導可能な環境なら誘導して示してあげる、便座にお尻の位置を固定できるようにするとか…いやこういったことは介護の専門家が沢山のアイディアをお持ちなはずだけども…。夜間トイレに起きることが多いのは認知症の方も一緒だが、トイレをずっと明るくしておくのも役立つかもしれない。


埼玉は和光病院の介護ケアTips。
上述のトイレ介護の工夫もこの本に幾つか。


認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ (介護ライブラリー)

認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ (介護ライブラリー)

認知症の人の能力低下に厳しい・キツイ言葉かけしても意味は無いので、気持ちが落ち着く声掛けは大事。

*1:失行は一度獲得した能力の喪失だが、失認は必ずしもそうじゃない。相貌失認と言って人の顔がわからない人がいる。右頭頂葉の損傷(梗塞、出血、外傷など)で起こることもあるが、もともと相貌失認状態な人もいる。そういう人は顔で人を覚えられない。

平成28年度診療報酬改定は精神科における多剤併用大量療法を駆逐するか?

精神科医療界には多剤併用大量療法という問題があった(今でも無いとはいえない)。
日本精神医療の黒歴史の1つ。


多剤併用大量療法だった日本
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特に統合失調症治療において、幻覚・妄想を和らげる抗精神病薬を複数、その副作用対策としての抗パーキンソン病薬、便秘薬、さらには夜は寝られないからと睡眠薬を複数種類といった多剤併用大量療法が漫然とされてきた経緯がある。
図はかつて私が単科精神病院から引き継いだ患者さんの処方だ。時期としては2000年代後半。抗精神病薬が5種類、感情安定薬1種類、睡眠薬2種類(ただしベゲタミンA*1という薬は3種混合薬なので、事実上は4種類)、それに副作用どめとしての抗パーキンソン病薬が2種類に、便秘薬が2種類。服薬時の錠数は朝8錠、昼9錠、夜13錠それに毎食後1包粉薬(アローゼン)。想像してみて欲しい、もはやそれ自体食事といっていい。


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こういうもんじゃないの?と言う方にはもう1つ中医協の資料を見てもらおう。諸外国との抗精神病薬の投与剤数比較だが、ほとんどの国が単剤治療で80%越えなのに対して、日本だけが3剤以上の割合が一番高い。2004年ですら50%。どうしてこうなった?というのは1回分として考察を今度書きたい*2が、いずれにしても、日本がかなり特殊な状態であったのは一目瞭然だ。もちろん、疾患に対する悪影響だけでなく、多剤併用大量であることは医療費を増やす。まして合併症をもたらすのであれば余計に医療費が増すという医療経済的悪影響も考えていい。


診療報酬の改訂が世界スタンダードの治療を導く?
さて改めて統合失調症治療を考えた時に、抗精神病薬はほぼ必須なのだが、その使用原則は同系統の薬の単剤(一種類)使用である。これは同じ作用機序を持つ複数の薬を組み合わせて使っても効果が単剤をはっきり上回ることは無く、かえって副作用だけが増し、ひいては死亡率も上がったという過去の研究成果でもある。必ずしも統合失調症だけに当てはまることではなく、躁うつ病(双極性障害)やうつ病をはじめとした他の精神疾患でも基本的には同じ発想をする。


  ただし、同じ作用機序という但し書きを書いたように、別な作用メカニズムの薬を
  組み合わせて効果の増大を狙う、ということはあり得ることには注意。同じ抗精神病薬
  カテゴリー内でも作用機序を考えたうえでの併用が完全に駄目というわけでもないと
  思うのだが。


単剤使用というグローバル・スタンダードが日本でもようやく標準になってきたのが2000年頃からの10年。dneuroが医者になり研修を開始した時期とちょうど重なる。それ以後は多剤併用大量療法に対しての忌避感が医者の間にも強まり、少なくても新規発症の患者には単剤使用が原則となった。


こういった中、おそらくは入院患者において単剤への切り替えがなかなか進まないこともあり、平成26年度の診療報酬改定でかなり画期的なことが決定された。それは、「1回の処方において、3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、4種類以上の抗うつ薬又は4種類以上の抗精神病薬を投与した場合」に精神科継続外来支援・指導料を算定せず、処方せん料、処方料、薬剤料を減額するというものだった。多剤併用のままではペナルティが課されたのだ。


ただ、これはかなり甘い規定であり、抗うつ薬抗精神病薬も3種類までは事実上全く問題ない、というものだ。さらに言えば精神科継続外来支援・指導料は入院中の患者に適用するものだから、外来のみの診療所への影響は少なかった。


ということで、2年後の平成28年度、すなわち今年の診療報酬改定では「3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、3種類以上の抗うつ薬又 は3種類以上の抗精神病薬の投薬」が処方された場合には、外来患者に算定する、通院・在宅精神療法を50%に減額する決定がなされた。すなわち、抗精神病薬抗うつ薬睡眠薬抗不安薬という精神科でメインに使う薬はそれぞれのカテゴリーにおいて事実上2種類までと制限をされたのだ。もちろん、やむを得ない場合の例外規定はある*3のだが、規定を超えて処方する患者がいる場合には3ヶ月に1回の報告義務も課せられた。


 興味のある方は⇛ 平成28年度診療報酬改定の概要
      関係有るのはP.102 向精神薬の適切な処方の促進


これは処方行動に及ぼす影響が大であると思う。
日本では保険診療を中心に医療が回っている以上、診療報酬上規定がある場合にはそれを外れるわけにはいかないのだ。だから、今現在冒頭に示したような多剤併用大量療法をしている場合、医師は抗精神病薬の種類を減らすよう調整していくだろう。結果、副作用の軽減⇛副作用どめの減量といった良循環も期待できる。報告義務も有用だ。面倒なことは減らしたいものだ。


この改定は、医師の処方行動を世界のスタンダードであり、かつエビデンスのある治療に誘導する、患者にとって良いものである。
すでに外来の現場においては、世界的に標準的と言える処方行動がほとんどの場合実現していると思うのだが、今回の改定でよりその傾向が進んでいくと個人的には思っている。


2016-2017年度版 イラスト図解 医療費のしくみ

2016-2017年度版 イラスト図解 医療費のしくみ

日本の医療制度の仕組みを知りたければ。


以下参考までに保険点数とその改定の意味することについて。


保険点数は1点=10円
病院経営者が悲喜こもごも感じる診療報酬改定。
ご存知の方も多いだろうが、日本の病院・診療所にかかったとき、もしくは在宅でも、そこで受ける医療行為にはほぼすべてに保険点数が定められている。この点数は1点=10円で換算される。例えば診療所で精神科にかかったとき、あなたが再診であれば面接の技術料としては「通院・在宅精神療法30分未満」として330点=3300円が算定される。普通は3割負担だから3300x0.3=990円が自己負担。これが心筋梗塞にされるいわゆる心カテによる手術「経皮的冠動脈再建術」であれば22000点=220,000円、自己負担は66,000円となるので手術の技術料は桁違いだ(もちろん、人件費や機材にかかるコストがあるのでこれが全て儲けになるわけじゃない)。

 保険点数とは


保険点数改訂は政策誘導手段でもある
で、医療行為に対する保険診療点数は2年毎に改正される。そのための厚生労働大臣からの諮問機関が中央社会保険医療協議会、略して中医協中医協が提案する保険点数が上がるようなことがあれば、保険診療から得られる病院の診療報酬がプラスになるわけだし、保険点数が下がればその医療行為による診療報酬も下がる。


病院(診療所)も保険収入に依存している以上、保険点数が上がった医療を積極的に採用し、下がった医療行為は減らしていくことになる。つまり保険診療の点数改定は強力な政策誘導の手段となり得る。仮に政府がこの方向の医療を増やしたい(減らしたい)という意向を持った時には、その医療行為の保険点数を上げれば(下げれば)、基本的にはその方向に沿って医療行為がされていく。


診療点数早見表 2016年4月版

診療点数早見表 2016年4月版

開業医と医療事務のお友達といえばこれ。

*1:ベゲタミンA/Bという3種類合剤の睡眠薬がかつては盛んに使われていた。クロルプロマジンフェノバルビタール、プロメタジンという薬の合剤であり、Aが高用量。最強に近い睡眠薬としてある意味便利なのだが、大量服薬による致死性が高いことで知られていた。ついでに言うとベゲタミンAは赤い錠剤で見た目も毒々しかった。

*2:一口に抗精神病薬といっても、細かく言えば薬はそれぞれ違う薬理作用を持っている。だからその長所/短所を考えた上で適切に組み合わせる、いわば漢方的発想が日本人医師にあったのではとも思う。香港も多剤率高いし。でも問題は、それが効果を高めず副作用だけ増やし、その対策も含めて結果的に服薬数増加の悪循環を生み、患者の健康・生活能力を下げたことにある。

*3:実際の臨床現場においては、グローバル・スタンダードだの、エビデンスのある治療といったキレイ事が通じないことも当然ある。例外規定は、①他院から引き継いだ多剤併用患者に処方する場合②薬剤切り替えのとき③臨時投薬のとき④どうしても必要と判断されるとき、の4つ。乱用されなければ適切だと思う。

週刊現代はまたか…

週刊現代は的外れな医療批判を繰り返している。
今回も読んでみたが、なんというか、コピーの如く同じ批判を号を変えても繰り返すのは能が無い。いや他の出版社もまた的外れな現代医療批判を繰り返しているから、やはり医療批判が売れるコンテンツなだけだろう。同じ記事の使い回しなら取材費もかからないし。


ともあれ、今回話題にしたい週刊現代(8/6号)。
気になるのは大橋巨泉さんが死を前にしてモルヒネを誤投与されたという記事。


独占!巨泉さん家族の怒り「あの医者、あの薬に殺された」~無念の死。最後は寝たきりに


大橋巨泉さんは国立がんセンター中央病院にて中咽頭がんだったらしい。在宅介護に移って往診に来るようになった医者がモルヒネを投与し始めてから日に日に弱り、足元フラフラ、意識は混濁し、あっという間に亡くなったという内容。


問題は医者であって、モルヒネではないだろう
さて、記事内容が正しければ、巨泉さんの死期を早めたかはともかく、意識も薄れ歩行もままならないという過鎮静状態に陥ったのは、紛れも無くモルヒネの投与量がおかしかったように思える。


ただ、この記事を読んで危惧してしまうのは、モルヒネそのものがあたかも悪い薬のような印象を抱かせてしまうところにある。


モルヒネは現代がん治療、特に末期緩和医療の中で必要不可欠な、そしてきちんと使えば意識を保たせながら痛みを和らげる本当に素晴らしい薬である。WHOでもその積極的な使用が推奨され、長らく日本では緩和医療において適切に使われてこなかった歴史があった。曰く、依存症になる*1、意識レベルが低下する、死期を早める…適切な使用によりそういう事は無いという知識が普及し、ようやく日本で抵抗の無くなってきた昨今、この記事でモルヒネを過剰に怖がる患者や家族が出てきたら、それは不幸だろう。せめて記事タイトル、修正してくれ。


記事中の副作用記事への解説
60すぎたら、医者にすすめられても拒否しなさい!一度やったら、もう普通の生活に戻れない


この記事中、dneuro専門の精神科薬については1つ1つ解説したい(記事がそっくり重複しているので、今日の内容も長くてしつこいかと思うが…)。


尚、断っておくが、解説の意図は記事の間違いを指摘したい、というよりは記事を読んだ人が本号の「煽り」によって、いたずらに必要な薬を怖がったり、拒絶したりしないようにしたいところにある。


薬服用に関する原則は、
  ・どんな薬も効果だけでなく副作用がある。
  ・副作用の程度によって薬を継続するかの妥当性が判断されることがある。

ということであり、逆に言えば副作用がなければ余計な心配をせず、その薬が必要ならしっかり使うべきだ。



さてさて、まずは睡眠薬について。記事中取り上げられている薬に関するタイトルは太字、趣旨は太斜字で。
マイスリーで前向健忘に
エチゾラムマイスリーで転倒*2

 マイスリーの副作用に、前日の記憶すらなくしてしまう「前向性健忘」があり、それは「酒によって前日の記憶を覚えていないのと同じような状態」(前出の浜氏)
 服薬した翌朝まで薬が残り、転倒することがある。「骨折してそのまま寝たきりになる高齢者も」(上昌広氏)

⇛ 内容そのものは正しい。適切な使用でそれが起きることもあり、特に高齢者の転倒は確かに注意しなくてはいけない。またこれら副作用はエチゾラム(商品名はデパスのほうが有名)やマイスリー(一般名はゾルピデム)の専売特許ではなく、一般に睡眠薬全般に当てはまる。精神科医なら誰でも気を配っている注意事項だ。


アリセプトで心停止の危険、暴力的に。
メマリーは効果が小さい

 アリセプトの服薬で高度徐脈から心停止になる患者もいる(長尾和宏氏)
 興奮状態になることもあり、一部の認知症にしか効かない(河野和彦氏)
 メマリーは元々記憶力回復に効果が謳われたのに今は怒りっぽくなる患者の
 興奮を抑えるために使われている(河野和彦氏)

⇛これも内容は正しい。ただし、服薬後の副作用をきちんと評価すればいいことで、アリセプトそのものの効果は臨床試験で証明されており、私の経験でも実際に有効な患者が多いと感じられる。
メマリーが今では興奮を抑える、鎮静系の薬として使われる頻度が高いのは事実だ。でも副作用は比較的少なく、目的に応じて使いやすい薬でもある。河野氏は、一般の医者が全て誤診し、不適切な使用をほったらかしにしているかのような誤解を与えかねない発言が多すぎるように思う(そういう編集がされているなら申し訳ないが)。



SSRIで不安や焦燥感が強くなる、手足のしびれ、消化管出血の危険性、チザニジンの併用でふらつき症状
抗うつ剤は急にやめると危険

 SSRIを飲み続けると「セロトニン症候群」と呼ばれる不安感や焦燥感が強まる副作用が出ることがある。副作用で手足のしびれ、むくみ、消化管出血が起こることも。チザニジン(商品名テルネリンで知られる筋弛緩薬)と併用するうと血圧が低くなってふらつくことも。急な服薬中止で「離脱症状」もでる。
⇛挙げられている副作用はいずれも考えられうる。でもそれはとても頻度が少なく、かつセロトニン症候群に関して言えば注意すべき症状が書かれていない。不安や焦燥ではなくて、高熱、錯乱や下痢といった症状が書かれるべきだ。余計怖い?厚生労働省の資料によればセロトニン症候群は平成19年度で23例、平成20年度で33例。これは処方人数・処方量を考えれば極めて稀だ*3


リスパダールで窒息死、認知症の患者では寝たきりになることも。
ジプレキサで手のこわばり、睡眠薬の併用で譫妄状態に。
向精神薬セロクエルで血糖値が急上昇
SNRIで血圧上昇

 非常によく処方されるリスパダールでは高齢者で飲み込み悪くなるケースがあり、食べ物を誤嚥・窒息する可能性がある。さらに筋肉のこわばり寝たきりになることも(河野和彦氏)。ジプレキサで手の震えやこわばり、横紋筋融解症を起こすことがある。睡眠薬との併用で譫妄状態を起こす。セロクエルで血糖上昇をもたらすリスクあり、糖尿病患者には使えない(内科医)。SNRI独自の副作用として血圧上昇、動機、頭痛、尿の出が悪くなる、肝機能障害。
⇛1つ1つの記事内容そのものは否定しない。でもやはり河野氏の指摘は、やはり薬そのものが問題というより、不適切に使用している医者がいることが問題というべきだし、匿名内科医さんからのコメントは相変わらずおかしい(参照⇛週刊現代の精神薬批判は的外れ)。セロクエルの血糖値上昇は必ず注意するし、それにジプレキサも忘れてはいけないですよ?SNRIセロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害薬という抗うつ薬の1種であり、副作用はその通り。だから列挙されている副作用に気をつけて使う。肝機能障害はSNRI専売特許ではなく、肝臓で代謝されるあらゆる薬で考えられるものだが。


以上…疲れますね。


問題は薬なのか?
書いていて、また読者も感じたかもしれないが、私は結構記事内容を肯定している。精神科薬に関しては批判そのものは多少の間違いや誤解もあるが、指摘されていることの多くは把握しておくべき事項だ。


ただ、副作用というのは薬であれば必ずあるものだ。運が悪いとしか言いようのないStevens-Johnson症候群もあれば、効果のメリットを考えた時には一定の副作用を受け入れざるを得ないこともある。抗がん剤が良い例だろう。


忘れてならないのは、どのような治療でも、副作用(副反応ないしは合併症)は確率的に出てくる人が必ずいること。なのに、確定的であるかのように、あたかも怖い副作用が「飲めば必ず出てくる」かのように感じてしまう扇動的な書き方は困る。目的の効果が期待され、副作用が出ていない人もこの副作用を煽っているとしか思えない記事を読むと不安感を覚えることが容易に想像できる。


さらに、上述したモルヒネと同じで、おかしな使い方をする医者がいる。例えば河野氏の指摘する多くを読むとあたかも薬そのものが悪い印象を抱くが、本来は使い方のおかしさを批判すべきだ。


今回のような記事が出るのは、こういう医療批判が売れる、という側面があるのも否定しないが、おかしな薬の処方をする医者が数多くいるということの反映でもあると思う。精神科分野でどのようなおかしなことが起きうるかはまた日を改めて考えることにする。


当該の週刊現代読みたければこのサービスが便利。
www.optim.co.jp

*1:モルヒネが日本で使われなかった1つの理由が「依存症になる」だ。正直末期で依存を心配する理由がわからないのだが、実際には依存にはならない。モルヒネが鎮痛剤として効力を発揮する身体の状態においては依存が成立しないことは示されている。

*2:週刊現代の記事は一般名(化学物質名)と商品名がごっちゃになっていて読みづらい。ここでいえばエチゾラムは一般名、マイスリーは商品名。

*3:セロトニン症候群を起こしやすいSSRIパロキセチン(一般名。商品名はパキシル)。両年度において約半数の起因薬剤となっている。以前は山のように処方されていたが、離脱症状も強く、今ではやや使いづらいSSRIと認識されていると思う。