アルツハイマー型認知症と鑑別が難しいレビー小体型認知症

レビー小体型認知症はこの数年急に市民権を獲得してきた。
dneuroが医学部の頃、すなわち1990年代後半はこういった認知症が提唱されつつある、というまだ良くわかっていない認知症として習った覚えがあるが、現在では頻度の高い認知症として認知されている。2年前から、認知症治療薬として名高い、エーザイ株式会社のアリセプトがこの認知症に適応を拡大した点で、盛んにCMを打たれたことも大きい。


レビー小体型認知症は4大認知症の1つ
認知症界隈ではよく4大認知症といって頻度の高い認知症がカテゴライズされていたりする。アルツハイマー認知症、脳血管型認知症レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症である。


4大認知症とは?


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図は以前紹介した九州大学大学院病態機能内科学教室が1961年より進めている久山町研究から。以前同教室の研究で糖尿病がアルツハイマー認知症のリスクになるという結果を紹介した(→糖尿病とアルツハイマー型認知症)。
アルツハイマー認知症と脳血管性認知症の頻度が高いのは当然として、レビー小体型認知症認知症の16%ほどを占めるから、珍しいとは言えない。
症状としては、認知症なので物忘れ(健忘)があるのだが、その他に特徴的なのは、幻視症状、パーキンソン症状、自律神経調節障害(起立性低血圧や失禁)、そして覚醒度の変動といったもの。特に幻視症状は特徴的で、非常にヴィヴィッドな実在感のある人物幻視が多い。*1


後からわかる例が多い
初期、というか認知症を疑われる時期にはアルツハイマー認知症と同じように、物忘れも目立つから誤診されていることも多い。


例えば69歳のAさん(男性)はクリーニング店勤務だったが物忘れを妻に指摘されることがあり、外来を訪れた。認知症スクリーニングとしてポピュラーな長谷川式認知症スケール改訂版(HDS-R)*2をしてみると、30点満点の21点。これは認知症判断のカットオフだ。1週間後のMRI検査にて、軽度の海馬萎縮や側脳室拡大*3などの所見からアルツハイマー認知症初期と判断し、抗認知症アリセプトを3mgから開始。2週間後5mgに増量したところで本人は「思い出せることが増えてきた」とのこと。2ヶ月後のHDS-Rではなんと満点だった。


さて、調子を取り戻したAさんはそのまま勤務も続けていたのだが、初診から1年後に時々手が震えるように。2年後、珍しく妻と一緒に訪れたと思ったら「玄関に人形が見える」と言い出し、よだれや震えなどのパーキンソン症状、それに時々ぼーっとするという覚醒度の変動が見られるようになっていた。


ということで、実はレビー小体型認知症であることが判明し、アリセプトの他、抗パーキンソン病薬に少量の抗精神病薬(幻視に対して)を服薬してもらい、以後3年になるが比較的安定している。ただし、徐々に認知機能は低下した。


うつから始まることも多いレビー小体型認知症
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 実のところ、認知症の方を診た時に、後から考えると認知症の始まりは物忘れでは無いことも多い。図はアルツハイマー認知症レビー小体型認知症でどんな精神症状が発症時(0時点)より前に見られたかを示している。これを見ると、特にレビー小体型認知症では、うつ症状が診断の40週も前から出現していることがわかる。そう、高齢者のうつ症状は認知症の前駆症状の可能性があるということでもあり、レビー小体型認知症では特にその頻度が高いことを示している。この表にはないが、アルツハイマー認知症にはない前駆症状としては、レム睡眠時行動障害や寝言、嗜眠(よく眠ること)、それに調子の変動(すっきりしている時とぼんやりしている時と)が挙げられる。特にレム睡眠時行動障害は、レム睡眠といういわゆる夢を見るような睡眠時に行動異常(大声を上げる、起き上がって何かをするなど)を伴うもので、58%程度の頻度で見られるともいう。


幻視とパレイドリア
 レビー小体型認知症で特徴的な幻視症状。東北大の池尻信氏の博士論文がネットからダウンロードできるが、それによるとレビー小体型認知症ではパレイドリアという錯視が誘発されやすいという。


  パレイドリア: 雲の形や壁の染みがどうしても人の顔や姿にみえる、
  など不明瞭あるいは意味のない視覚対象から明瞭で具体的な錯視像
  が作り出される体験


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 誰しも木目の中に顔を見たり、パンジーを見れば猿の顔に見えたりするものだが、レビー小体型認知症では図のように花の中に本当に顔を見てしまう。アルツハイマー認知症の方に比べて圧倒的にそのようなパレイドリア反応が多いらしい。また、このような模様の中に顔を見てしまうことを誘発するパレイドリアテストというものもある。こういった錯視体験の誘発の容易さが幻視のベースになっているのは想像に難くない。ちなみに、レビー小体型認知症の幻視は圧倒的に人物が多く、次に動物や虫の幻視が来る。その他に実態的意識性、つまり見えない何者かが確実にそこにいるという感覚も味わいやすいようだ。


治療反応性は高い
 最後に少しだけレビー小体型認知症の治療について書くと、基本的にはアリセプトなどの抗認知症薬に対する反応性は良いようだ。特に幻視症状にはアリセプトの作用機序が上手く働くようだ。横浜市立大学の元教授、小阪憲司氏はレビー小体型認知症の世界的な権威だが、アリセプトの有効性を強調される。なので、認知症症状が出たとしても紹介した症例のように一旦は元に戻る方も多い印象がある。ただ、経験的にはパーキンソン症状や強い幻視症状が出てしまうと薬の選択に難渋することも多い。それはパーキンソン症状に対する薬(ドパミン作動薬)が、幻視症状に対する治療薬(抗精神病薬:ドパミン阻害薬)と作用的に拮抗するからで、かなり微妙なバランスを強いられることも多い。
 また、パーキンソン病との異動が問題になるが、病理的にはどちらの疾患もレビー小体という異常なタンパク質が脳内に沈着している点で共通している。どこからその沈着が強く始まるかによって、パーキンソン病のように運動面から機能低下を起こすか、レビー小体型認知症のように認知機能に障害をきたすかが異なるというだけで、本質的に両者に違いはないという理解が正しいようだ。


認知症―専門医が語る診断・治療・ケア (中公新書)

認知症―専門医が語る診断・治療・ケア (中公新書)

頻度の高い認知症について正統的な知識を入れたければ熊本大学の池田学先生の著作が一番良いと思う。冷静な筆致で、各認知症の病像と標準的な対応、治療をわかりやすく解説。

レビー小体型認知症の臨床 (神経心理学コレクション)

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やや専門的に知りたい人は。やはり池田先生と、レビー小体型認知症の病理を詳細に研究し、世界の第一人者である小阪憲司先生の対話。

レビー小体型認知症がよくわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)

レビー小体型認知症がよくわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)

小阪憲司先生監修によるレビー小体型認知症のわかりやすい解説本。

*1:本当に現実感のあるリアルな幻視らしい。私の患者さんの幻視は人形だったが、可愛いので出てきても嫌な感じは無いとのこと。なお、幻覚というと統合失調症を思い出す方もいるかもしれないが、統合失調症には幻視は少ない。リアルな幻聴であることがほとんど。

*2:長谷川式認知症スケールは代表的なスクリーニングツール。30点満点で21点以下だと認知症を疑うとされるが、実際には健常であればどんな年でも26点より下ということは無い。アルツハイマー認知症で初期から低下する立体把握の項目が無いのは欠点。

*3:側脳室は大脳にある左右に別れた部屋であり、脳脊髄液が貯留している。ここが拡大しているのは、周囲の大脳皮質が萎縮した証拠。