最近気になる精神科系ニュース_エーザイ復活劇とアデュカヌマブについて

toyokeizai.net

ついこの間のこと、エーザイの株価が急騰。
図にあるように5000円台から一時は8000円台まで高くなったという(持っていたかった...)。

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その理由はリンク先にあるようにエーザイが米製薬会社バイオジェンと組んで開発中の薬、アデュカヌマブをアメリFDAに承認申請したということのよう。


アデュカヌマブ、この舌を噛みそうな薬は、以前から多くの大製薬メーカーがこぞって開発していたものの1つ。アルツハイマー病の脳に溜まってくるタンパク質、アミロイドβ42の沈着物(老人斑)に対する抗体で、注射すると老人斑を取り除いてくれます。


以前アルツハイマー病の薬については書きましたが、この手の薬の開発は大きな期待が持たれていたのに悉く失敗しました。



neurophys11.hatenablog.com



エーザイのアデュカヌマブもそのはずだったんですが...下記の記事からは、どうやら再解析するとApoε4というアルツハイマー病のリスクを高める遺伝子変異があることと、高用量でアデュカヌマブを使うとアルツハイマー病進展の抑制が見られたということのようですね。

www.mixonline.jp



素晴らしい!と手を叩きたいところですが、ちょっと注意が必要にも感じました。



2つの臨床試験、軽度のアルツハイマー病患者さんに対してというが...



さて、今回のエーザイが根拠としている臨床試験は2つあります。

簡単にまとめると、こんな感じ。

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こちらの記事も。

answers.ten-navi.com



気になる点は大きく2つかな。


まず、高用量を途中から、とかApoε4という遺伝子変異がある場合にのみ高用量を投与とか、もともとは違ったのでしょうという中途での方法(プロトコル)の変化ですね。


確かに、Apoε4という遺伝子変異はアルツハイマー病のリスクとして広く知られて(絶対なるとかではない)いますが、その変異持ちに対してだけ高用量というのは十分な根拠と言えるかどうか


別に変異持ち以外にも高用量設定していいんじゃないか、という疑問がまず1つです。


それと、今1つはENGAGE,EMERGEという2つの臨床試験に対して対象とした認知症の基準です。

www.nia.nih.gov
EMERGE: Aducanumab (BIIB037) for Early Alzheimer's Disease


どちらも同じなんですが、気になるのは、対象がMCI(軽度認知機能低下)と軽度アルツハイマー病患者さんたちで、その認知症の程度は、CDR(Clinilal Dementia Rating)という評価のスコアが0.5、MMSE(Mini Mental State Examination)という評価のスコアが24-30点の範囲であることなんですよ。


CDRもMMSEも信頼性のある評価スケールですが、なにせこの基準が甘いというか、認知症?といえるレベルなのかがなんとも... CDRで0.5というのは基本的には非常に軽度な認知機能低下だし、MMSE24点以上は基本的には認知症とまではみなしません。


もちろん、軽度認知機能低下もアルツハイマー病につながるのですが、全員がそうなるわけではなく、まあ凡そ半数。逆に言えば、臨床試験導入された患者さんにはアルツハイマー病に発展し得ないMCIの方もそれなりに混ざっているはずで、それは臨床的に判別不能です。


なので、対象患者の認知症程度が軽すぎる上に全員がアルツハイマー病ではない、というのがどうにも素直にこのニュースを良かったですね、といえない点なのですよ。


うーん、どうなんだろう、なにせ影響力の大きい臨床試験の結果ですし、またとにかくアデュカヌマブの薬価はとにかく高いものになるはずで、もう少ししっかりした、病期の進んだアルツハイマー病の患者さんに果たして効果があるのか知りたいところです。


また、効果があったという記事からは、アルツハイマー病が治る方向に改善と思えてしまいますが、実際には認知症進展の抑制であって、それならこれまでの薬、ドネペジル(アリセプト)という同じくエーザイさんのブロックバスターと変わらないのでは...とも考えてしまいます。


ちなみに、そのドネペジルの臨床試験をまとめた論文を改めて探してみましたが、対象者のMMSEはもっとちゃんと低い(20点以下)んですよね。今回のアデュカヌマブの対象者もそれくらいの認知症であれば、もっと結果を素直に見られるのですが。


ドネペジル臨床試験対象者についての論文(pdf)です
ドネペジル他施設臨床試験の結果論文(pdfです)


アルツハイマー病を発症する人の特徴についてはこちらにもまとめてみた記事がありますのでどうぞ。


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大学入試における発達障害特性に対しての合理的配慮、について考えてみる

f:id:neurophys11:20191008212436j:plainうーん、ついに9月は書けなかったなあと反省しきりですが、最近会社のほうで表記タイトルの内容をTweetしたところそれなりに反響があったので、こちらにもう少しdneuroの考えを入れつつ書いてみます。


そう、お題は大学受験における合理的配慮、発達障害特性編です。




まあ元々試験の本質ってなんなんだろう、少なくてもそれは「時間」ではないよなあと考えていたんです。

全くの私見ではありますが、試験って、早く終わってもう書くことなくなれば、ケアレスミスを防ぐための見直し時間さえ取れれば後は無駄な時間ですし、覚えてないことはいくら時間を書けても出て来ようがないわけで。もちろん、考えて解ける問題で時間が足りない〜となることもありますが、そういう問題でも、その解く力を見るのに「制限時間」は本質ではないよなあ、特に「素早く書く」ことが本質ではない大部分の問題の中で、素早く書けないがために点数取れないのは試験として適切ではないよねえ、と。


センター試験は配慮してもらえます


そんな中、今年はたまたまですが、患者さんに受験生が多く、センター試験への配慮申請の診断書を求められることが複数回ありました。

そう、発達障害特性に対する入試への配慮に関しては例えばセンター試験で申請すれば受けられる可能性があるのです。


試験時間の延長、別室受験、拡大文字問題、注意事項の文書配布などです。


www.dnc.ac.jp


なので、合理的配慮を求める方は主治医に必ず相談して、OKなら申請のための診断書を書いてもらいましょう。
もちろん絶対にOKとなる保証は無いですが...


センター試験配慮実績を見てみる


大学入試センターのサイトには、幾つかデータがアップされてます。
その中から、H28.29年の配慮決定に関してのデータがありましたので、そこから発達障害の実績を抜き出してみました。


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これを見ると発達障害者で配慮を受けたのは人数で全体のおよそ1割弱くらい。250人くらいが、複数の配慮を受けて、延べで平成28年に305人が、平成29年に375人が配慮を受けていますね。


多いのか少ないのかこれだけではわからないですが、、別な文献で申請者数を見てみると、どうやら配慮・変更無しは1000人位いるようなので、診断書があるからイコール配慮が受けられる、というわけではなさそうです。


とはいえ、配慮実施の実数に、謎の「その他」カテゴリがあり、そこに1400人も入っているのでどうなんでしょうか。今度電話して聞いてみるかな...。


ご興味あるかたはこちらの論文(pdf)をどうぞ。

ci.nii.ac.jp



アメリカではADHDやLDの特性に対する配慮は当然

ではここでどのような配慮が適切かなんですが、東京大学バリアフリー支援室の桑原氏がシンポジウムで行った発表が参考になります。


発達障害における配慮と公平性 (pdfです)

リンク先見ますと、公開シンポジウム「発達障害と合理的配慮~高等教育における「イコールアクセス」を考える~」で発表されたスライドと、それを受けた東京大学副学長の南風原先生のコメントを読むことが出来ます。


アメリカと日本の対応の差から話は始まるのですが、アメリカではADHDとLDに対しての配慮はかなり当然だと。

試験に関して、例えば試験時間の延長が、受験生にとって公平なのか、という命題がありますね。
要点は、試験が受験生に求める「学術的要件の本質」にスピードとか計算とか果たして入っているのかと。

もちろん条件はあるんですが、こういったサイトを見た限りでは図のような。

www.additudemag.com

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もっとも誰もが良い恩恵を受けられるとは限らず、このサイトに投稿しているADHDの方は画一的な役に立たない配慮を受けたということで残念だったようですが...


ともあれ、アメリカではコンセンサスとして配慮そのものは適切なこと、という認識があるようです。


試験時間と学術的要件


さて試験に戻ります。桑原先生のお話など読むと、要するに(私の解釈ですが)例えば数学で求めるのが、答えそのものの他に「問題によって提起されることに対して自分の思考を組織化して表現すること」(要するに過程です)であったとしたら、問題を解くスピードは学術的要件の本質ではないだろうと。計算も同様で、思考力を見たい問題で計算力そのものは本質ではないはずです。


従って、例えばADHD特性の注意機能が問題解決中に障害となるのであれば、一定時間延長することは合理的配慮だということです。


書字も同様で、もし書くことそのものが学術的要件の本質でなければ、ワープロ使用も合理的配慮になるわけです。


ただし日本語変換とかが大きなヒントになりうるならそこは考えどころですが…



いずれにしても、ADHDやLD特性を抱える受験生は、「早く読み、書く」ことに対してハンデを抱えていることは確かですね。


大学が入試において求める学力の本質が、制限時間内にどれだけを書けるのか、とかでなければ、試験時間の延長や書くこと、計算することへの補助デバイスがあることは公平性の観点から問題は無いと考えて良さそうです。



逆に、うちの大学(学部)は、その先の職業を考えた時に、素早く長文を読む能力、書くスピード、暗算で計算する能力など必須です、となれば、それらが学術的要件の本質になりますから、試験時間の延長は難しいでしょうね。

学部が試験で何を求めるかによって合理的配慮の条件が変わるのは構わないはずです。
それを門戸を閉ざす理由としてやたらと振りかざされたら困りますが。


なお、日本とアメリカでの試験における配慮対処の違いですが、先に書いたようにアメリカではADHDとLDに対してが多いのに対し、実は日本の実績ではASDが多いようです。


なぜなんでしょうねえ??

別室受験が多いことと関係しているかな...。


もういっそPCでね、皆試験しても良いんじゃないですかね、今の時代は。
とも思ってしまいますがまあそれは別な機会に。


いずれにしても、配慮は求められます。必要な方は準備しましょう。


尚、東京大学では合理的配慮を受けられることがHPに記載されています。


「受験生の障がいの程度に応じて、別室受験、試験時間の延長、PC利用の対応」をするとのことで、PC利用も可能なようです。


東京大学という日本の最高学府が率先して配慮を考えるのは素晴らしいこと、と思います。


読めなくても、書けなくても、勉強したい―ディスレクシアのオレなりの読み書き

読めなくても、書けなくても、勉強したい―ディスレクシアのオレなりの読み書き

読字、書字障害を考えた時に思いつくのはこの本です。

この本を読んで思うのは、少年期に先生からほめられること、存在の価値を認められることの重要性、そして、PCを用いて書くことが出来るとどれだけ世界が広がるか、です。

片頭痛についてこれまでの記事のまとめ

どうもこの頃は更新が時々、になってしまいました。
年ですかね、やはり体力が無いのかとも思うのですが、最近片頭痛の発作が多いのです。

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6-7月のじめっぽさから、急に暑くなって、という気候の変化も関係していそうですが...


そんなわけで前に書いた片頭痛についての記事をまとめてみます。


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片頭痛、というと若い女性の病気、軽い病気、ただの頭痛、という偏見にさらされている部分があります。ところが、実際には若い女性ばかりではないし、頭痛と馬鹿にするには大変大きな経済損失をもたらしているのです。

頭痛、というのは経験ない方には非常にわかってもらいづらいものですね。


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さて、苦しい片頭痛ですが、発症年齢が若いことも知られていません。


そう、思春期前の発症年齢中央値は、男の子7歳(!)、女の子11歳なんですよ。

そして当事者的に一層困るのは、診断までに時間がかかること。dneuroは7歳発症、19歳診断ですから、診断まで実に12年。

blogで紹介されている研究結果では、20歳未満発症例は診断までに平均9.5年かかっていると。


診断されないと、それまでずっと頭痛に苦しむ上に、「気合でなんとかしろ」とか言われちゃうわけで...早く診断されたいものです。



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そんな辛い片頭痛の救世主は、トリプタン製剤という薬です。


dneuro個人に関して言えば、この薬が登場するまではどの薬も効果がありませんでした。今からでは想像したくないですが、この薬が出てきたおかげで生活が大きく良い方向に変わったのは確かです。


強調したいことが1つ。


子どもにも使えますよ。


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辛い片頭痛、予防できればそれに越したことはありませんね。

予防は大きく2つ。

誘因を避けること、と予防薬の利用、です。


多くの方には何かしらの誘因があるものです。dneuroの場合は、太陽光とか、ある種の薬物、密閉空間(に溜まった高い二酸化炭素濃度)とか。

ですから、基本的には避けたい、でも避けてばかりだと日常生活や仕事に影響するので、一定の我慢と努力もします。ジレンマです。


予防薬は、効く人には大変効く印象です。dneuroは残念ながら効果を感じませんが、外来では劇的効果を感じる人もおり、試す価値は高いかと。




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さて、実は今新しい片頭痛予防薬が発売待ちです。

既に承認済みのはずなんですが、中々出ませんね。

皮下注射薬です。


予防なので、月に1回から3ヶ月に1回程度で使っていきます。


新しい作用機序のもので期待したいのですが、問題は価格。


1年間使うと、医療費が80万以上かかりそうです。保険適用で3割になってもこれは...

うーん、どうなるんでしょう。

でも、選択肢が増えるのはいいことです。
発売する大塚製薬さん、株価上がるかも?



そんなわけで今までに書いた5記事を紹介しました。

片頭痛が収まってきたらまた書きます。


なお、片頭痛は多くは60歳以上で収まります。
うん、それは楽しみに生きたい...



レナードの朝」のサックス先生の本です。
片頭痛の多様さがわかる名著ですが、絶版なのは残念。


片頭痛には、前兆として幻覚様の視覚画像が見えることがあるんですが、個人によってここまで違うかとも。

ちなみに、本書は「偏頭痛」ですが、医学的には「片頭痛」と書きます。


「片頭痛」からの卒業 (講談社現代新書)

「片頭痛」からの卒業 (講談社現代新書)


評判が良い、この手の本ですが、恐らく読む価値はしっかりとあるんだろうと思います。
dneuroも今度読んでみようかと。


ただね、当事者としては、生活習慣を変えずに、収まって欲しいんだよねえ。


医師としては言ってはだめかもしれませんが、誘因に曝されないように生きるのではなく、誘因に曝されても大丈夫な身体を、今の生活を続けながら得たいんですよ。

慢性疾患を抱える身にとってそれはやはり贅沢な望みなんでしょうか...


症例から学ぶ戦略的片頭痛診断・治療

症例から学ぶ戦略的片頭痛診断・治療

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 南山堂
  • 発売日: 2010/12/01
  • メディア: 単行本


医者としてはこの本を。大変参考になります。

インチュニブの副作用について

前回はインチュニブを含めた薬の作用メカニズムについて書きましたが、今回は最近の論文からインチュニブの長期連用における安全性について。


効果、はあるのであとは副作用とのバランス


最初に効果についてですが、

インチュニブに効果があるのは疑いようがありません。
そもそも、臨床試験で効果があることが示されているので発売されているので。

あとは、他の薬剤、すなわち、コンサータストラテラと比べてどうか、という点と、副作用から考えた使い分け、です。


効果から考えた薬の使い分け、はできると良いのですが、実のところそれは難しい。


前回のblogに書いたように、コンサータは主にドパミン系、ストラテラは主にノルアドレナリン系に、そしてインチュニブは選択的にノルアドレナリン系に効く薬剤ですが、残念がらこういうタイプにはこれ、という使い分けができるしっかりした根拠は無いのです。


実際のところ、使い分けに関して臨床医としての感覚的なものはあるんですけどね...
ただ、それは責任を持っては言えないので、ひとまず現段階のガイドラインを中心に考えると、第1選択としては通常はコンサータを選び、副作用や、もしくは併用の観点から第2選択肢として、ストラテラが従来は唯一の薬だったところに、インチュニブが出てきたということになるでしょう。

つまり、基本はコンサータ、第2選択にストラテラもしくはインチュニブ

コンサータストラテラの主要な副作用は、食欲不振です。


この副作用を伝えると、「かえって都合いいです。食べすぎるので〜」と言ってくださる方、結構居るんですが、問題は成長期の服薬が成長を阻害しないかどうかというところ。


なので、特に痩せ型のADHDっ子がコンサータないしはストラテラを服薬するときには食欲の問題は大きい。
後述しますが、インチュニブには食欲不振の副作用はなく、成長阻害が無いため、第3の選択肢ができたことは大きいのです。


今回は、大人への適応拡大なので、その点は子どもに比べると意義は低いですが、それでも他の2剤で痩せちゃう人はいるので、やはり選択できるようになったのは大きいかなと。



インチュニブの主要な副作用を考える


今回参考にするのは、ヨーロッパで行われた第3相試験の結果についての報告論文です。
国内外の臨床試験結果は幾つか手に入りますが、実のところ他の結果と大差は無いので、新しい、という点から採用してます。


プラセボは置いていない、オープンラベルの試験です。つまり、効果のないプラセボ薬との比較や他の薬と比較しての優位性などを見ているものでは無いので、投与する医者も、服薬する側もインチュニブを服薬することがわかっています。*1


www.ncbi.nlm.nih.gov


215人の子どもたち(平均年齢11.7歳)を対象に、2年間、インチュニブ(論文では一般名:グアンファシン)投与を行い、2年間では133人が最後まで服薬しています。ちなみに男子が73.8%。 *2試験の完了は全体の62%ですが、安全性に関してはほぼ全員を対象に解析しています。


多い副作用は眠気

さて、経過中にインチュニブに関連した何らかの副作用を経験した人数は132人、61.7%です。


特に経験する人数が20%以上の大きなメインの副作用は3つ。


眠気(36%)、頭痛(28.5%)、疲労感(20.1%)です。


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眠気、疲労感はやはりどの試験でも多いもので、実際使うと感じる方が多いでしょう。

この眠気、どのくらい続くかというと、どうやら服薬後3-4週の用量調整期間にもっとも多く出てきて、8週間(2ヶ月)ほど経つと落ちついてきて、だんだん少なくなる、という経過のようです。


通常インチュニブは子どもなら体重に応じて1mgから、大人なら2mgから開始します。眠気に応じて用量を調節するものの、初期の眠気は次第に弱くなっていく可能性はあるので、眠気が強過ぎなければすぐにそれを理由にすぐにはやめないほうが良いのでは?と感じます。



成長への影響は無いが、脈拍と血圧は若干下げる


さて、抗ADHD薬の心配の1つである成長阻害がインチュニブに無いことは以下のグラフを見て安心して良いのではと思います。
コンサータと併用することも有りうるので、成長への影響が多少なりとも懸念せれるコンサータと組み合わせたときに、副作用が相加的ではない(重複して積み上がるわけではない)のは安心材料の1つでしょう。


身長(下図a)、体重(同b)、BMI(同c)といずれも大きく変化は無いですね。
身長が右上がりなのは、子どもたちなので時間とともに成長しているわけです。BMIが安定しているので、体重も身長に応じてはちゃんと増えているということでしょう。



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上図右側は脈拍(d)と血圧(e)で、こちらのほうは若干下がります。
これが深刻な副作用に繋がることはめったに無いと思いますが、仮に問題になっても服薬をやめれば大丈夫そうです。神経質にはならなくて良いと思いますが、注意しておくと良いでしょう。



User reviewは真っ二つ


さてさて、私はよく薬について情報を知りたいという時に、海外のuser reviewも参考にします。
日本にはこういったサイトは無いですが、さすがアメリカというべきか、服薬してどうだったか、というのを服薬した本人や家族がレーティングして載せるサイトがあるのです。


www.drugs.com


これで見ると、インチュニブの評価は、10点満点で平均5.8点。

低い、というのではなくて、8以上の評価と3以下の評価がほとんどです。


両極端に分かれているので、要するに、効く人には実感が強く感じられ、効かない人には効かない、もしくは副作用で服薬が難しい、というのがはっきりしている薬だと言えるのでしょう。


ADHD薬を使う際に心がけたいのは、とにかく、使うことでメリットを感じられること、副作用がある場合はその程度に応じて薬を変えることです。
今回インチュニブが成人に適応拡大されたことで、薬としての選択肢が増えたことは喜びつつ、上手く生活に役立たせられれば、と思うところです。



めんどくさがる自分を動かす技術

めんどくさがる自分を動かす技術

行動を開始するのが難しい、のはADHDの生活困難の1つに挙げられますが、たとえADHDでなくても、やらなくてはいけないことに腰が重いというのはありますよね。

この本には面倒くさがる自分を動かす沢山のやり方が書いてあるので、自分が持っている以外のやり方を参考にするのにとても良い気がします。
私に関して言えば、「集中したいなら手が届くところに"誘惑するモノ"を置かない」というやり方が効果的かなと。子どもに何かをやらせたいときにも有効ですよ。


世にも危険な医療の世界史

世にも危険な医療の世界史

こちらは単に最近読んで面白かった本です。
今でこそ、標準医療は、完全ではないとはいえ、エビデンスを大事にし、結果によって根拠を持って治療を考えることができますが、昔はどうしてこんなことがされてたの?と思う医療が沢山あります。

とりわけ罪深かったのは瀉血ではないかと思いますね。


とにかく具合が悪ければ、血を抜く。血を抜いて具合が悪くなれば、効果がないと更に血を抜く。そんな瀉血が医師によって盛んに行われていた時代があったのですよ。欧米ですけどね。モーツアルトも、死ぬ1週間前に2リットルもの血液を治療として抜かれたそうです。2リットルは大人の循環血液量の40%。彼がそもそも具合を悪くしたのがなぜかはわかりませんが、弱ったところに2リットルの瀉血は、それ自体致命的ダメージを与えたことが想像に難くないというか。モーツアルトは毒殺されたなんてことが言われてますが、医師の瀉血による殺人というのが正しいんじゃないですかね...死んだのは意図したことではないわけですが。


エビデンスを考慮しない時代、人は専門職を含めて、どんな突拍子もないことも健康に良いと信じられる性質を持つのだ、とわかります。

*1:プラセボ薬を置かない理由ですが、インチュニブはすでに効果そのものはあることがわかっていますし、2年間の追跡研究で効果の無い薬を対照群に置くのは倫理的とも言えません。

*2:男子割合は教科書通り多いですね。でも私の外来だと、実は30-40代になるとADHDは圧倒的に女性が多いんですよね〜。子どもの女性ADHDさんはかなり見逃されてるのではないかと疑います。

インチュニブが成人に適応拡大_インチュニブの作用について

つい先日ですが、抗ADHD薬の1つ、インチュニブ(一般名:グアンファシン)が成人に適応拡大されました!


これはこれまでADHD症状に対して、使えた薬が成人ではコンサータ(一般名:塩酸メチルフェニデート)とストラテラ(一般名:アトモキセチン)の2剤のみだったことを考えるととても喜ばしいことです。薬の選択肢が増えました。今までは18歳未満にしか適応が無かったんですよね。



インチュニブは何が違う?


ここでちょっと薬の働き方を考えてみましょう。


専門的な解説は成書に譲りたいところですが、現在日本で使える3剤を大雑把に分けると、ドパミン系優位に効くか、ノルアドレナリン優位に効くかというように分けられます。ここでは、脳の中でも前頭葉に対する薬の働きに着目してみます。


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図にあるように、脳の前の方にある前頭葉、ここは言ってみれば脳全体の指揮者のような存在で、私達が「自分」であるためにとても重要な脳領域です。機能としては、神経活動を一方向に向かわせてしっかり働かせる注意機能現在必要な情報を保持して今の状況に対処する作業記憶気持ちの波を制御して落ち着つかせる情動制御、などが挙げられます。



そう、ADHDはこういった前頭葉の機能に弱い部分があるから、不注意であったり、衝動性が高かったりする、と理解されています。



そして、図の右側にあるように、脳を構成する神経細胞は、その接続部(シナプス)で神経伝達物質という化学物質をやりとりしてお互いに連絡しています。色んな種類の神経伝達物質がある中で、抗ADHD薬のターゲットとなるのがノルアドレナリンドパミンというわけです。


ノルアドレナリン濃度調整をするのがインチュニブとストラテラ


で、前頭葉ノルアドレナリン濃度を調整するのが今回成人適応になったインチュニブと、これまでも使えたストラテラになります。


ノルアドレナリンはその濃度が適正範囲にあると、前頭葉神経細胞に、しっかり働けよ、こう働くんだぞ、という司令がしっかりと伝わるのに役立ち、要するにノルアドレナリン前頭葉の機能強化をするのが役割です。


ドパミン濃度調整をするのがコンサータ



一方、ドパミン濃度調整に強く働くのがコンサータです(ノルアドレナリンの調整も担います)。


ドパミンは、前頭葉では、神経細胞が刺激に的確に反応するよう、ノイズになりうる余計な刺激が今やっていることに邪魔しないように神経活動を調整します。それによって、前頭葉神経細胞はしっかりと持ちうる能力を発揮できるというイメージでしょうか。言ってみればドパミン神経細胞のチューニングを担うのです。


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さて、そんなわけで、インチュニブは、ストラテラと同じく前頭葉ノルアドレナリン濃度を調整してくれる薬剤というわけです。



では、ストラテラと同じなのか、というとインチュニブは神経細胞ノルアドレナリン受容体(α2A受容体)に最も強く選択的に働く薬であり、それだけ高い効果も狙えるわけです。



次回,インチュニブの用量や、副作用などについて。




昭和大の岩波先生。


しっかりADHDを知りたいという方には勧めています。

大人のADHDを扱った書籍でインチュニブについて出てくるのはまだ先でしょうね。


マンガでわかる 大人のADHDコントロールガイド

マンガでわかる 大人のADHDコントロールガイド

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本


自分のADHD気質を理解しながら職場での適応を高めていくことを考えたときにはこんな本たちが良いのではないでしょうか。
ただ、對馬さんの本は、中身はとっても良いのですが、ボリューム感があって、読み進めるのには努力がいるかも。当事者同士で抄読会とかやると一番いいかもと思ったりします。
(ちなみに、對馬は「ツシマ」と読むようです。難しい...)

高齢者の運転について

先日、大学で授業をしたんです。

医学部で新設された科目なんですが、行動科学の授業で、タイトルは「脳の働き方を知って人に優しくなろう」。


コンセプトとしては、人がついパッと考えてしまう中には、実は事実と違っていたり、固定観念や偏ったものの見方(バイアス)を知らず知らず持っていて、それが人に対して厳しい意見や対応につながっている場合があり、そこに自覚的になろうということです。


さて、その中で、今話題の高齢者の運転問題についてとりあげました。

この問題、皆さんにとってはどうでしょうかね。


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どうでしょうか。75歳以上ドライバーの死亡事故と来たら、人を巻き添えにしていそう、とか、死亡事故は急増しているイメージありませんか?


とりあえず客観的データを確かめてみましょう。ソースは警察庁交通局が平成30年に発表した、「平成29年における交通死亡事故 の特徴等について」(pdf)がいいでしょう。


これ、答えは3だけなんですよ。まあ当たり前そうなこれだけです。


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ニュースを見ていると、高齢者の運転をどうにかせねば、という議論が多いですよね。
でも、なんとなくのイメージで皆さん語っている気がして...確かに高齢者の皆さんはどんどん増えている日本ですが、死亡事故件数はどのくらいあるのかというと...


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見てください。75歳以上ドライバーの免許人口10万人あたりの死亡事故件数は年々減っているんです。一貫して。
こんな感じで減っているというのは結構びっくりじゃないですかね。


とはいえ、75歳未満のドライバーに比べて死亡事故件数が多いのは確かです。
では、その死亡事故がどんな事故なのか見てみると...



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まず平成29年の死亡事故件数(2829件)で、75歳以上運転者の割合は全体の12.8%、418件。
そのうち、168件(40%)が車両単独事故で、対人事故件数は78(19%)。
これは75歳未満ドライバーの死亡事故件数が対人で38%を占めていることとは対照的でしょう。
そう、対人事故が多いのは、今話題の超高齢者ではないんですね。
なので、ドライバー死亡事故の占める割合に高齢者は多いですが、多くは単独か、対車両なのです。


一方で、歩行中死者、つまり歩いている最中に自動車事故で亡くなってしまう割合は高齢者が突出しています。
特に人口10万人あたりの割合では、全年齢層に比べて、80歳以上では4倍です。



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つまり高齢者はどちらかといえば被害者の側面が強いし、ドライバーとしては単独で事故を起こしやすく、亡くなりやすい。
これは、若年者より重大事故を起こしやすい可能性もありますが、同じ衝撃でも体への負担がより強いからかもしれない。


ただし、免許人口10万人あたりの高齢者死亡事故数は一貫して減っているので、対策そのものは上手く行っているのかもしれませんね。
高齢ドライバーの免許返納も増えてきたからでしょう。



さて、75歳以上運転者の認知症の割合はどうなんでしょうか。


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図のグラフで、第1,第2分類が認知機能の低下を示唆しています。
報告書では、死亡事故で49%が第1・2分類を占め、認知機能受験者の32%に比べて高いため、認知機能の低下が死亡事故の発生に影響を及ぼしている、としていますが...

どうでしょうか、この部分には違和感を感じます。死亡事故運転者の過半数(51%)が、認知機能低下を示唆されていなかったのに、死亡事故に至っていることのほうが問題でしょう。

認知症ドライバーが多くを占めているのなら、認知症ドライバーには運転をさせない、という言ってみれば当然の対策で良いのですから。
もちろん、認知機能検査がそもそも認知症を判別できるのかといった観点から考え直すことも必要かもしれません。

www.npa.go.jp

今行われている認知機能検査は3つ。


・時間の見当識(検査時の年月日、曜日、時間を尋ねる)
・手がかり再生(一定のイラストを短時間記憶できるか)
・時計描写(時計の文字盤と指定された時刻を描く)


ですが、運転に必要な技能のすべてがこれでカバーできるかというと、十分とは言えないでしょう。
平成29年より、第1分類になったドライバーは医師の診察を受けることが公安委員会によって指示されていますが、せめて第2分類まで拡大して欲しい。

また、第3分類の方の死亡事故が多いことを考えると、すべての75歳以上のドライバーは医師の診察を受けるべきなのかもしれません。



ちなみに、今月仙台で予定されている老年精神医学会のプログラムを参考にすると、発表の中に聖マリアンナ医科大学の先生方による「運転免許試験で「認知症の恐れがある」とされ当院を受診した高齢者について」という演題があります。免許更新時に認知症の恐れがあると判断された(つまり上記の第1分類ですね)方23人の診断結果が出ています。結果はすべての方が認知症もしくはMCI(軽度認知障害)だったそうです。11名は自主返納、7名は診断書作成とのこと。でも3名は診断結果に納得せず激怒したそうですから、そういう場合は困るな...。とはいえ今の検査が一定の効果を発揮しているのはわかります。



そんなわけで高齢者運転について今日の内容をまとめると、


ドライバーとしては、
高齢(75歳以上)ドライバー死亡者数は他の年齢層より高い
高齢ドライバー死亡事故の原因の多くは対物・対車両事故


高齢ドライバーの免許更新時の認知機能検査は一定の成果をあげているが、十分とまではいかない


歩行者としては、
高齢者死亡事故がとても多く、それは横断中であることが多い


対策として、私が考えるのは、


1.高齢ドライバーの免許更新時の認知機能検査は見直し、医師診察対象を拡大し、認知症ドライバーを可能な限り少なくする
2.自動車の安全対策機能(自動ブレーキなど)の強化と自動運転の開発

でしょうか。


対策1のためには認知症検査可能な医師数を増やす必要があるでしょう。
対策2は今積極的に技術開発がされているので、一層速く進んでいくことを望みます。


超高齢者だからそれだけで運転が危ないわけじゃない


警察庁統計によれば正直普通の人にとっては、超高齢者ドライバーではなく、75歳未満の運転者のほうがより危ないようです。


「高齢ドライバー」の危険が強調される議論では、あたかも一定年齢以上になると自動的に認知機能低下をもたらして運転に望ましくない状態になる印象を与えられてしまいます。でも実際は、認知機能低下は明確にこの年齢で低下するとラインが引けるわけではなく、当然ながら個人差があり、人によっては若くても認知機能低下は有りえ、80歳でも若い方よりよほど安全に運転できる人もいるわけです。



必要なのは、適切な評価とそれに基づく措置がしっかりされることでしょう。




ズバリ合格! 運転免許認知機能検査 (TJMOOK)

ズバリ合格! 運転免許認知機能検査 (TJMOOK)


ただ単に認知機能検査を突破することだけが目的にこういう本を利用するとなると問題かなとは思います。運転免許センターでの認知機能検査は運転に必要十分な脳機能のほんの一部を判定しているに過ぎず、その場しのぎに突破できたことが果たして趣旨にあうかどうか...と思いつつこの手の本を手にとってやってくれる人はそうでない人たちよりも自覚的で良いのかも。



臨床医のための!高齢者と認知症の自動車運転

臨床医のための!高齢者と認知症の自動車運転


高齢者がどんどん増えていく日本では、認知機能評価が少なくてもある程度まではどの臨床医でもできるべきではないでしょうかね。


高齢ドライバーの安全心理学

高齢ドライバーの安全心理学


高齢ドライバーの抱える諸問題を抱えるにはとても良さそうです。購入してみたい。




世界的企業がしのぎを削って開発中の自動運転技術。運転中に人間の能力を超えてしまう状況に直面しうる以上、解決策はこれしかない、と思うのです。でも一方で、人が運転技術を学ばなくなった時代というのが到来するのも怖いですよね。運転が一部の人の限定能力になっても困る(気がする)ので、良いバランスが取れるといいのだけれど。

アルツハイマーが治る??そんな話には頭に警戒警報が鳴り響いてしまう

ひょんな拍子にアメリカのDr. Bredesenによるアルツハイマー認知症に対する非常に画期的な予防及び治療法が書かれているという本を見つけました。


原題は"The End of Alzheimer's"ですから、非常に衝撃的です。


ということで、今読んでいるのですが...個人的には頭の中に警戒警報が鳴り響くので、一応そのことを書いておきたくなりました。

とはいえ、内容を全否定するものではなく、dneuroだって認知症治療に関わっている身として、アルツハイマー認知症が治るとか,予防できるとか勿論大いに期待しているし、そんな方法が発見されれば嬉しいことこの上ないのですが、それは信頼できる情報なればこそ、です。


まずは内容を見てみよう


本を読むべきでしょうが、とりあえず内容を簡単に知るにはこの記事を。

toyokeizai.net

gentosha-go.com


理論をすっ飛ばしてブレデセン医師の主張をざっとまとめると、


1)アルツハイマー病の進展には36の要因があり、「アルツハイマー病の脳は36個の穴が開いた屋根」である。薬剤がそのうちの1-2個の要因による穴を塞げるが、人によって穴の数も大きさも違うため治療は包括的にオーダーメイドになされなければいけない


2)認知機能低下を進行させるのは5項目に集約される。すなわち、インスリン抵抗性②炎症/感染症③ホルモン・栄養素・栄養因子の最適化④(化学的、生物的、生理的)毒素⑤喪失した(または機能障害が起きている)シナプスの再生と保護


3)1,2で挙げたアルツハイマー病進展の要因をなくすために行うのがリコード(ReCODE:Reversal from COgnitive DEcline; 認知機能低下からの回復)法である。例えば、体内にケトン体を増やす食事療法(ケトフレックス12/3)、適度な運動、適度な睡眠、ストレスの軽減、脳トレMCTオイル、クルクミン、アシュワガンダ、ハーブ、マグネシウムレスベラトロール、オメガ3脂肪酸、グルタチオン、ビタミンD、プロバイオティクス、ビタミンB12亜鉛、特定の抗生物質デトックスプロトコルなどなど。
このリコード法は早く始める程良いし、アルツハイマー病が発症してからも効く(!)。


どこに怪しさを感じてしまうのか?

実は、字面を追うだけだと、結構納得できるんですよ。


特に、アルツハイマー病進展の要因は人それぞれだから治療は包括的にオーダーメイドに、とか本来はそうだよなーと感じますし、2)で挙げた5つの要因はそれぞれエビデンスが結構あります。
例えば、インスリン抵抗性ですが、以前dneuroが書いたとおり(→
糖尿病とアルツハイマー型認知症 - 神経科学者もやっている精神科医のblog)、糖尿病はアルツハイマー病の大変大きな危険因子といっていいものです。

炎症もですね、脳内の免疫的細胞であるミクログリアが活性化されすぎてしまうことが脳にダメージを与えることであるとか、ある種の感染症アルツハイマー病と関連している報告が確かにあるよなと。


こんな感じで、アルツハイマーを進展させる要因についての記述は、概ね納得できるものが多いんですよ。それはブレデセン医師がきちんとした学術論文を多数発表している基礎医学研究者であるからでしょう。


ところが、その対策であるリコード法の記載になると色々と疑念が湧いてきてしまうのです。


それはもう色んな怪しいキーワードが多く含まれているからにほかならないというか。


例えば、ケトフレックス食事療法、デトックスプロトコルグルテンフリー食、オメガ3脂肪酸、グルタチオン、プロバイオティクス、レスベラトロール脳トレMCTオイル、オーガニック野菜、グラスフェッド飼育の牛肉、とかね。



更にその上で、症例紹介がやたらと多い。いやそれは実例を挙げないとしょうがないんだから当たり前でしょ?と思うかもしれませんが、それにしたって、誰々がこうしたから治った、早く始めたから完全回復したのだ、まだ良くなっていないのはプログラムを完全にやっていないのだ、みたいな文章多すぎなんですよ。


つい最近出た彼の論文もそうで、100症例紹介という思い切ったものだけど、どうにもただナラティブに改善したよ〜というのを述べられても素直に信用しづらいのです。懐疑的な読み手からすると。


www.omicsonline.org


どの症例も劇的な改善を示していることを強調している反面、例えばその症例が本当にアルツハイマー病だったのかという根拠はほとんど触れていないんですよ。もしかしたら老年期のうつ病だったり、甲状腺機能低下だったり、ビタミンB12欠乏だったりするかもしれないじゃないですか。


意地悪かもしれませんが、この人にはリコード法通じなかったぜ、というのを出してほしいのです。
リコード法を十分やっていないから認知機能低下が軽快していないのです,というのは無しで。


海外のサイトには懐疑派の論議もやはりあって、例えばここなど。


www.quora.com


さて、こんなふうに取り敢えず頭の中に警戒警報が鳴っているdneuroですが、もう少しエビデンスを漁ってはみようと思います。ゆっくり調べたいと思わせる記述もあったりするので...


でも、色んな認知症の方を見てきた身としては、そんな簡単にこの方の認知症が治る、なんてやはり思えないのですよ...回復ってのはもう無くなってしまった神経細胞やネットワークが再生することだと思うけどそれは無理というものでしょう。


以上、決して御本人、ご家族の藁をもすがる思いを否定したい気持ちはありません。


ただ、性急にブレデセン氏の方法が正しい、日本でそれができないかしら、と思って検索すると出てくる治療院にはやたら高額な検査と治療を設定していたりするところがあります。



今のdneuroならどうするか?



まずは、診断が本当に認知症なのかの確定と、認知症ならどんな認知症かの診断が必要です。


アルツハイマー病ないしは認知機能低下があるのが確かならば、標準的治療を受けた上で(ここ大事)、


一般的な栄養学で推奨される食事とか、普通に考えて健康的な生活習慣(適度な運動、十分な睡眠、ストレスを減らすこと)、そして頭を使うこと、が肝要かと。


それができていればブレデセン氏の主張するリコード法の大半がカバーできちゃうんじゃない?


と思っています。


まして、まだ認知症症状が出ていないのに認知症を心配する余りに高額な検査をするくらいなら、生活習慣の見直し、こそが大事だということです。


そして将来への覚悟をするためなら、アルツハイマー病のリスク遺伝子であるApoE4の変異が自分にあるかどうかを民間の遺伝子検査会社の検査を通じて知っておきます。病院では今は検査していません。


リスク遺伝子があれば絶対発症というわけではないですが、あったら生活習慣の見直しをしっかりしなきゃと思います。


ちなみに、日本人は実はリスク遺伝子保有が少ないし、dneuroはまだ自分の遺伝子検査をしていませんけどね。



以前書いたアルツハイマー関連の記事はこちら。

neurophys11.hatenablog.com



ココナッツオイル! この界隈(どの界隈だ)では盛んに勧められていますよね。

でも、もしココナッツオイルがそんなに良いならココナッツオイルを消費している国では認知症発症率が低いのか、という話になるはずです。


ココナッツオイルの消費量はどうやらフィリピンやインドネシア、インドがアジア圏で多いようですが、今後のそれらの国における認知症発症の増加は決して日本に比べて少ないわけじゃないんですよね、どうやら。増加率で見るとですよ。


↓興味あるかたはこちらの報告をどうぞ(英語)。


Dementia in the Asia Pacific Region


https://www.alz.co.uk/adi/pdf/Dementia-Asia-Pacific-2014.pdfhttps://www.alz.co.uk/adi/pdf/Dementia-Asia-Pacific-2014.pdf





なので、個人的にはやはり疑っちゃうなあ...



ご高名な白澤卓二教授です。


うーん、先生の仰る通りなら嬉しいのですが...



大事なのはこういう本だと思います。