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遺伝が関係無いはずは無いわけで…(2)

遺伝子の発症は環境によって左右される
同じ遺伝子群を持っていても、病気が発症するわけじゃないというのはこの前書いた。


話としてわかりやすいのは、dneuroが専門ではない、癌かなと思う。


癌、というのは細胞が本来なるべき細胞として成熟しないで無限増殖するようになった悪性細胞群のことをいうが、癌家系という言葉があるように、遺伝が強く関わることも何となく知られている。


遺伝が強く関わる以上、基本的には全遺伝子を共有する一卵性双生児は癌の発生が一致していいはず。…と思って調べてみるとこんな北欧の研究があったりする。


www.ganchiryo.com


北欧というのは、個人番号識別がしっかりしているようで、とても大規模な疫学研究(集団を対象にした疾患の頻度や原因を探るための詳細な調査研究のこと)が発表されるが、これは約8万組の一卵性双生児、約12万組の二卵性双生児を対象にした調査で、北欧各国のサンプルを30-60年間にわたって追いかけて癌のリスクを調べている。*1


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結果。癌は当然ながら年令とともに発症率が高くなるので、図の茶色の線のように、だんだんと癌になる人が全体としては増える(図はリンク先紹介論文から)。
が、例えば二卵性双生児という普通の兄弟関係にあると、癌になるリスクは5%ほど上がる。そして、一卵性双生児だとそれが14%ほど上昇する。つまり、人は年を取るごとに癌になるリスクは上がり、最終的(100歳時)には
30%強が何らかの癌を発症するが、兄弟の誰かが癌だと、そのリスクは5%ほど上がり、一卵性双生児だと、14%ほども高くなる。ただ、癌といっても同じ癌が発症するとも限らず、一致率の高いのは皮膚癌のメラノーマや前立腺癌。


この結果、どうですかね、リンク先では、やはり一卵性双生児だとリスクがとても高まるというような印象を抱かせるが、dneuroとしては、遺伝子がほぼ完全に一致していてもこの程度か、という気がする。


とりわけ実は肺がんは共有環境リスクのほうが高いことが示されていて、要するに遺伝的リスクよりも喫煙のほうが癌発症のリスクを上げるようだ。*2


遺伝子で規定される素質は環境とエピジェネティックな要因の2つが影響する
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図は、病気の発症に関わる要因を描いた図で、遺伝子と環境の相互作用は、例えば喫煙という環境要因が肺がん遺伝子の活性化のトリガーになる。


最近話題なのはエピジェネティックな要因といわれるもの。これは、遺伝子そのものは持っていたとしても、一部にメチル基(CH3ってやつ)があると転写スイッチが働かず、その結果遺伝子の効力が弱い(もしくは無い)状態になってしまう。要は遺伝子配列に変化が無いのに、後天的な要素として、環境がそういったエピジェネティックな要素を動かし、遺伝子の影響を弱めたり(時に強める)する現象をいう。遺伝子に環境が間接的に影響を与えるといってもいいかもしれない。
例えば、癌遺伝子を持っていても、メチル化されているとスイッチがオンにならずに細胞は癌化しないが、何かしら環境要因(例えば喫煙)がそのメチル化を外してしまい、癌遺伝子のスイッチが入る状態になって、癌が発症する、というストーリーが考えられる。


そんなわけで、一卵性双生児なのに発症しない片方は、疾患の原因遺伝子群が働き出すためのトリガーに曝されずに済んだという環境要因があったり、もしくは何かしらのエピジェネティックな要素が原因遺伝子群の働きを妨げている。


ここまでの結論を述べるとこんなところか。


・疾患にはその発症に必要な疾患遺伝子群が存在する。その意味で、遺伝の影響は大前提として大きい。
・疾患遺伝子は、一定の条件が揃うと疾患発症の原因として働く。逆に言えば疾患遺伝子群も条件が揃わなければ働かない。


ということで、疾患に対する遺伝の影響はとても大きいが、完全ではない。場合によっては予防も可能である、ということになる。これは身体疾患も精神疾患も変わりない。


遺伝子を持っていることが発症に影響するか(遺伝的寄与度という)は、疾患によって違うこともあって、一口に言えない部分はあるものの、遺伝絶対派も環境絶対派も間違っているのは確かなようだ。
治療的観点から言えば、疾患遺伝子を持っていてもその発現を予防する環境やエピジェネティックな操作をするための研究が必要なんだろう。


さて、誰もがわかっているように、素質であったり才能、というのはまさに遺伝的に規定されていて、これまでの文章の「疾患」を「素質」とか「才能」と置き換えればほとんどそのまま通じたりする。



素質=才能の開花も疾患と一緒

双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける

双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける

本書は今日書いたようなことも含めて、遺伝子が同じはずの一卵性双生児が何故違うのか?という観点が強調されているのだが、「黙っていても才能って出てくるよね」という実感をお持ちの方はいないだろうか。


実は個々人が持つ遺伝的素因の発露(=才能の発現)は年令が経つほど明らかになってくる。最初に紹介した論文の図を改めて見てもらうと、60代前半までは実は一卵性双生児も二卵性双生児も癌になるリスクが変わらないことに気づく。ところがその後差がつく、ということで、癌だってその発症の遺伝的リスク(言ってみれば癌になりやすい才能)が際立ってくるのは十分に年を取ってからなのだ。


だから、才能の発露には遺伝要因が関わるのだけど、それが際立ってくるのは、それこそ才能を発露させる環境やエピジェネティックな要因が揃ってくる(蓄積してくる)後年になってから、ということになる。このことが、結局才能があるやつは、幼少期に何があっても「出て来る」もんだよね、という実感に結びつくのかなと思ったりする。


ただ、疾患と違うのは(いや違わないかもしれないけど)、才能の発露には多分、臨界期が大きく関連する。


臨界期とは、ある神経回路が発達するためにはその発達に必要なメカニズムが働く一定の固定した期間がある、というもの。例えば、人間は必要な刺激が十分にあれば5歳までに言語機能の大部分を習得するが、同時期に適切な刺激がなければその後どんなに言語シャワーを浴びたとしても言語発達に著しい制限を受ける。鳥は小さい頃に刷り込みという現象があるのが知られている。動物学者のローレンツが詳述した、ハイイロガンの子どもは最初に見た動くものを親と思ってついていく、というやつだが、あれも一定期間のみの現象である。


全てとは言わないけど、ある種の才能には臨界期があって、適切な時期に必要な学習環境を得られなければ(例えば貧困や虐待)、遺伝子的には持っていても、才能を伸ばすことができないということはありそうだ。そう、その意味で環境はとても大事。


遺伝子を持ち、それを極限まで発露させるためには、素晴らしい環境の提供が必須だということ。モーツアルト然り、日本選手権10連覇を果たした内村航平選手然り。内村航平選手はたとえdneuroのもとで育ったとしても体操選手になっただろうけど、さすがに内村選手のご実家の環境は整えられないから、オリンピック2連覇、日本選手権10連覇もできるような才能を発揮させるには至らなかっただろう(多分…)。


通常なら臨界期を超えて学習できないことも可能になる未知の刺激、が見つかって、自分の中にある(遺伝的に持つ)秘めたる才能が発露されないかなって思いますけどね…。


言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)


若干エキセントリックながら、学者じゃない人が遺伝に勝てるものはないと書くとこうなるかなという本。この前紹介した安藤寿光氏は多分に本書を意識したようだ。

日本人の9割が知らない遺伝の真実 (SB新書)

日本人の9割が知らない遺伝の真実 (SB新書)

*1:日本でもこの手の大規模な研究が出来るといいのに、とは思う。皆保険制度だからこういった研究をするためのデータが揃っているのではと思っている人はいるかもしれない。が、残念ながら日本でこんな大量のデータを元にした研究はとても困難。その理由は、治療を保険診療ベースに載せるために、保険病名を極めていい加減につけているから。要は使いたい薬に合わせて病名をつけているのだ。その為、保険病名によるデータベースの信頼性が低い。これは海外研究者にも知られている事実。ただ、そのことが不正かといえばそうとは言い切れない沢山の諸事情があって、皆んなその恩恵も受けているから、批判ばかりが正しいとは言えない。

*2:喫煙は癌リスクの最たるものだが、dneuroは個人的には人を巻き込まない限り、リスクを考えても喫煙のもたらすメリットを取る、というのはアリかなと思ったりする。ただdneuro的には、癌よりも、慢性呼吸器疾患になることのほうを喫煙者には考えて欲しいなと思う。かなり辛いっすよ、と。