自閉症〜名前の変遷〜

いわゆる「自閉症」は診断基準の変遷に伴い診断名がころころ変わっている。例えば「アスペルガー症候群」は 随分と一般にも広がって知名度が増したが、市民権を得た今になって、精神医学界では古い病名となり公的には使われなくなってきた。
それはひとえにアメリカ精神医学会の診断基準、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM)の最新版たるDSM-V(ディーエスエム・ファイブ、と読む)でアスペルガー症候群の診断名が捨てられ、古典的な知的発達の遅れを伴う「自閉症」や、知的能力の高い「高機能自閉症」なども含めて「自閉症スペクトラム*1に一元化されたからに他ならない。


ちょいわかりにくいこの名前の変遷を以下の図2つにまとめてみた。
(図表は出典先のものを使わせてもらっています)
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 ところで、ここでは自閉症スペクトラムとして、「障害」と敢えて書いていないが、これは結局自閉的特性というのは必ずしも実生活を障害しないからである。


何度か紹介した本田悦朗氏は著書「自閉症スペクトラム」の中で自閉的特徴を有しつつもそれが生活の中で大きな障害とならず、社会生活を営む事が可能であれば、「非障害自閉症スペクトラム」という状態で存在する、と主張する。自閉的特徴があまりにも強いと、生活の支障も大きくなり福祉的支援が必要となる、それが「自閉症スペクトラム障害」。


ということで、単に「自閉症スペクトラム」であることは、世界認知の仕方やコミュニケーションの取り方が多くの人とは異なる個性を持っている、ことを意味しているに過ぎないと捉えることが可能だ。思い切って人種の違いであるように捉えたり、犬とネコのような種の違いだ、はたまた外国人だと思え、と主張する方々もいる。誤解を恐れず言えば、それくらい異なる人だと思っていたほうが正直周りにいる者としては楽だと思う。自分と同質の集団に属する人間が期待通りに動かないと腹が立つ一方で、外国人が予想外の反応をしても腹立たしくはならないはず。困惑はするけれども。


 自閉症スペクトラム「障害」とか「発達障害」というのはどうにも当事者にとって受け入れがたい呼称であるのは感じる。私の勤務するクリニックでも、「発達障害検査」ではなく「発達特性検査」と表現している。適切な支援を当事者とその近親者、配偶者に提供するためにも徒に「障害」という言葉が安易に使われない世の中であって欲しい。


DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引

DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引


DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル

DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル

*1:これまで当blogでは「自閉スペクトラム症」と書いてきたが、ASD: Autistic Spectrum Disorderの邦訳としては「自閉症スペクトラム」のほうが一般的なので、今後はそう書きます。これまで書いたのは脳内変換してください。

実際に見たり聞いたりという体験が他人と共有できるかわからないという話

認知行動療法を受けたいという方、あなたは自分が見ている世界が真実1つだけでないことに向き合わなければいけません。


とりあえず有名になったこの画像を見てみよう。


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「この色は何色にみえる?」というのがtwitterでの議論から随分と有名になった。見え方は次の2通り。
   ① 青と黒
   ② 白と金
このどちらかにしか見えないのが普通なので、①を選んだ人は②の選択肢があり得るとは思えないし、逆も然り。
私には「青と黒」にしか見えないが、「白と金」にしか見えない人がいて、しかもそう見える人の方が多い(!)という。私の研究室でも5対2で「白と金」派が多く、「青と黒」派は分が悪かった。ホントは青と黒のドレスなのに!。
このように分かれる理由は以下のリンク参照だが、要はドレス周囲の環境をどのように脳が認識するかの問題。


あのドレスで色が分かれる理由


次に動画。


www.youtube.com



回転しているチャップリンのお面だが、どうだろう、裏側になったときにも引っ込んでいるはずの鼻が出っ張って見えたのではないだろうか。
ホロウマスク幻視(錯視)とも知られる現象で、検索してもらえればもっと極端に見えるものも引っかかる*1


聴覚でも1つ。


こちらもyoutubeから。

www.youtube.com


このシャッター音、多くの人には「♪撮ったのかよ!」と聞こえる…と思う。少なくても私の周り皆そうだった。
が、人によっては「エーアイアイ」と聞こえるという。


実はこれは朝日放送探偵ナイトスクープ」のネタ。

『携帯電話からエーアイアイ!?』


ある操作をすると、誰にでも「エーアイアイ」と聞こえるそうだから、是非探して見てみて欲しい。
ちなみに、子どもや外国人にはそう聞こえる可能性高し。


さて、今日は結局何が言いたいのかというと、認知行動療法では、何かストレスな出来事に直面したときに、即座に沸き起こってくるネガティブな考えを「自動思考」と名づけてそれを把握、修正していくという練習をする。

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認知行動療法をにわかには受け入れがたいという人は多分、この自分の自動思考への信頼が高過ぎるのだと思う。自分が把握している(=認知している)世界を疑うなんてあり得ないという実感。


そんな時今日紹介したような画像・音を違う認識で捉えている人もいることを知っていれば、あなたの頭に浮かぶ自動思考も真実では無いかもよと考えられないかな…と。


錯視・錯聴に興味のある人はこちらにも

イリュージョン・フォーラム

認知行動療法のすべてがわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)

認知行動療法のすべてがわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)

*1:この錯視、統合失調症患者には見られないという(⇛ Neuroimage. 2009 Jul 15;46(4):1180-6 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19327402)。ただ、全員というわけではない。健常者にも実は見えづらい人はいて、その頻度が統合失調症だと高いということだろう。確認したいものだけども。

前頭側頭型認知症を考える(1)

いざ認知症か、というときに本人にとっても家族にとってもかなりな大変さを覚悟しなければいけない認知症の1つが前頭側頭型認知症*1(Fronto-Temporal Dementia: FTD)だろう。


客観情報としての検査で正常と異常の別がすぐにわかるのか?というと…


ここにいわゆる知能テスト*2によるIQが116で、長谷川式認知症スケールが30点満点の43歳男性が居るとする。


長谷川式認知症スケールは目の前の人が認知症か、特にアルツハイマー認知症かを考えるためのスクリーニングツール*3として有用。知名度も高く、私も頻用するが、それでも図形模写が無かったり、これだけだと足りないことも多い。作成された長谷川和夫博士は御年86歳でお元気なはず。


これだけの情報ではいかにも問題無い、というかIQ116はとっても高得点であり、頭の良いお方という感じ。
でも実は、こんな人が次のような症状を持っていた。

  • 職務中しょっちゅう離席をして流しに唾を吐きに行く。
  • それを上司に注意されても無関心。
  • 4歳の息子が可愛くてほっぺたを子供が泣き出してもつつき続ける。
  • カロリー高いもの避けていたのに最近毎日カツ丼だけ食べに近所の店に行く。


どうだろう、こんな社員は、そして夫は。正直困った存在だ。
私の目の前には困った上司とともに来た。こうなって1年だというから42歳発症である。若い。子供も小さい。


「なんで唾を吐くんですか?」の質問には「いや別に…」
「今困ったことはありますか?」には「奥さんにセックスを断られていること」


うーん…まあ奥さんの気持ちもわからんではない。


この人の画像を見てみよう。


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MRI画像(白黒の3画像)だけ見ると、赤く囲んだ海馬というところが随分な萎縮に見えるし、側脳室という場所も広がっており、いかにもアルツハイマー認知症っぽかったりもする。そんな人がIQ116で、長谷川式認知症スケール満点というところに画像と臨床症状の乖離が見られるのが特徴。
(すべてのFTD患者がこれと同じというわけではない。念のため)


この人の「明らかにおかしく」そして「人格が変わってしまった」のを捉えようとしても検査の選択を間違えば、正常ですよ、ともアルツハイマー認知症ですかねえとも誤診されかねないわけだ。
実は異常の多くは、前頭葉機能不全が関係しており、それは知能検査で測定できない(より正確には足りない)。


こういう一般的な認知機能検査では引っかからなかったり、MRI単独では診断の難しいのを補完するとしたら機能的脳画像が1つの手段。MRIのように脳の形(形態画像という)の異常ではなく、血流やある種の化学物質がどのように脳に分布するかを見る。今回示した図の右下は、SPECT(スペクトと読む。ここでは血流と考えて良い)画像であり、前頭葉付近の血流が下がっていることから、こちらでは画像と臨床症状に一致を見る。


続きはまた。


尚、今回話題にした方はその後間もなく失職され、子どもの小さいことも関係して離婚となり、ある地方のご実家に帰ることとなった。その後はわからない。*4


バナナ・レディ―前頭側頭型認知症をめぐる19のエピソード

バナナ・レディ―前頭側頭型認知症をめぐる19のエピソード

ピック病―二人のアウグスト (神経心理学コレクション)

ピック病―二人のアウグスト (神経心理学コレクション)

*1:ほんの10数年前まで今日話題にした方は偉大なアーノルド・ピック博士の名を冠したピック病と言われていた。病態理解が進んだこともあり、幾つかの改訂も経て、現在一般的にはこの呼称。とりあえずは前頭葉と側頭葉の両部位の機能が低下する認知症の1つとして考えれば良い。

*2:この人にやったのはウェクスラー認知症スケール改訂版(WAIS-R)。今は第3版WAIS-IIIが日本では一般的。IQ値80-120が正常と健常範囲とされているが、万能ではなく、臨床的には低い点数(70未満)の有用性の方が高い。この例とは逆に実生活の頭の良さを反映しないことも多いので単純にIQ値だけだと情報として役に立たないことに注意。

*3:スクリーニングとはその検査をすることである種の病気の可能性を探るもの。スクリーニング陽性(高値)=疾患ではない。すり抜けてしまう本物(例えば今日の例です)もあれば、本当は違うのに引っかかることもある。絶対視してはいけません。

*4:この人の妻をひどいというのは酷だろう。若いし、介護だけでない自分の人生を生きる権利がある。幼い息子さんの成長にとっても「変わってしまったお父さん」が近くに居ないほうが良い可能性がある。ただし、私の患者さんのご家族には人格変化にめげず介護される方も多く敬服するし、それまでの夫婦関係が良好ゆえと想像する。

発達の子には優しいお兄さんやお姉さんを家庭教師に

保護的で大人に相談できる環境がASDやADHDの子には必要であるという。
1つその実現法として考えて欲しいのは、
優しいお兄さんやお姉さんの家庭教師だ*1


ASDやADHDの子。
小さいころの目標はできるだけトラウマを作らないこと、自信を育むこと、人への信頼感を養うこと。つまり大切にするのは自尊心と人への信頼感。
最終的にはやはり長じてからの二次障害としての、うつ・不安症・PTSDといった精神疾患や引きこもり、非行・犯罪を防ぐことが1つの目標である。

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ASDの理解といえば勧めている本田秀夫氏の著作「自閉症スペクトラム」だが、思春期までは「意欲のエネルギーを蓄える時期」だという。思春期までに自信を持ち、意欲のエネルギーが一定の水準まで「貯蓄」されていないと、思春期後にちょっとした試練に対しても意欲のエネルギーが減少してしまう。


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そのために思春期までは支援として以下4点に留意せよという。
  1)保護的な環境を提供すること
  2)得意なことを十分に保障すること
  3)苦手なことの特訓を極力させないこと*2
  4)大人に相談してうまくいったという経験を持たせること


これを実現させる一手段が優しいお兄さんやお姉さん。


将来の意欲を貯蓄させるために、小さいころの思い出をトラウマ一色にさせないのが目標だ。実際、彼らは勝手に被害的になったり、周りを苛立たせたりするので「トラウマを生じさせず二次障害を防ぐ」のはなかなか難しい。
状況によっては、小さいころの思い出は嫌なことばかり…となりかねない。


例えばASDの子。いわゆる古典的な自閉症(精神発達遅滞を伴う)や1人で独自の世界を築けて孤独が苦でない子の場合には必ずしも当てはまらないが、従来アスペの人は孤独好きみたいに思われていた。でも実は変わり者に見える彼らASDでも、人と交わりたいという希望〜対人希求性〜が強い子は多い。

 対人希求性とは
http://hattatu-jihei.net/interpersonal-aspiring)


でも悲しいかな、どうやって友達に声をかけたらいいのかわからない。
例えば、登校時にクラスメイト2人が立ちどまって何か話しているとする。そんなところに通りがかったら「よう!」と声をかけて自分も加わればいい。急いでいるなら「急ぐからじゃあな!」と言って通り過ぎればいい。
ASD児にこれはハードルが高い。
大抵の場合彼らは、クラスメイトの姿を見て固まる。しばらくもじもじしたあと、意を決したように、でも下を向いたまま走って声もかけずに通り抜けてしまう。
あ、どうしようと思っているのかどうか…周りから見ると不自然極まりないし、そこにいたクラスメイトからすれば「変なやつ!」と思われる。しかも本人はクラスメイトたちが行く手を阻んだと被害的な認知をしている可能性もある。


一方のADHD児は、いわゆる「怒られる」所業を沢山するのが特徴だ。忘れ物多く、行儀悪いため、先生に怒られるだけではない。連帯責任など取らされたり、思ったことをすぐに口に出すその内容は人を苛立たせ、クラスメイトに疎まれたりする。親の口癖はもちろん「どーして何度言ってもあなたは同じことばかりするの!!!」だ。そんな怒られている最中にも、適切に注意を向けられない彼らは目についたおもちゃに気を取られて親の怒りを倍加させる。これに関しては、特に小さいころどうしようもないものがある。*3


そんな彼らに優しいお兄さん、お姉さんの役割はこんなところだ。


 1. 子供の独特の特性を受け入れて親しくなる。子どもの世界観を否定せず一緒に遊ぶ。子どものできたことを褒めまくる。
 2. やらかすことを一方的に叱らない。特にキツイ言葉を使っても入らないし、拗ねるだけだ。それがいけないことであれば理由を具体的に、明確にして指導するが、そこには笑いを交えたい。
 3. 能力を伸ばすお手伝いをする。学習においてもコミュニケーションにおいても。宿題の手伝い、読み書き算盤能力を高める。*4
 4. できれば身体を一緒に動かす。運動が苦手な子が多く、相応の体力がついていない子が多い。


ただまあそんな優しいお兄さん、お姉さんをどのように手に入れるか(というと言葉は悪いけど)が難しいわけで…。ここではあくまでそんな存在を考えられる環境にある人には選択肢に加えてほしいということでお願いしたい。支援側にどんな資質が必要かはまたいずれ。
個人的には大学教育学部の、とりわけ特別支援教育科の学生さんたちにとっては活きた実習を兼ねたアルバイトになるのではと考えている。


発達障害 工夫しだい支援しだい (ヒューマンケアブックス)

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ADHD症状を抑える授業力!―特別支援教育の基本スキル

ADHD症状を抑える授業力!―特別支援教育の基本スキル

*1:療育センターはじめとする行政側対応や民間のデイケアサービスが本人に合っていて十分な頻度で提供されていれば特に必要はない。

*2:親としては例えば計算や漢字など出来ないことがあれば何度でも練習を繰り返して習得して欲しいと思うのは当然で、だからドリルなどをさせるのが普通だろう。でも嫌なこと、間違っていることを繰り返して、失敗を特訓しているかのようになってしまうという。

*3:理解できない行動に理由を問うてもよくわからないことは多い。筆者も(ADHD気味です)、叔母さんに目的地までの切符を押してと頼まれた時、どうしても目的とは違う値段の切符を逆らって買いたい衝動を抑えられず押してしまいその途端に泣き出した経験を覚えている。そんな衝動に特に理由など無いため、問い詰め型の叱り方すると切り上げるのが難しい。

*4:彼らはどうも集団の中の一員として周りに従うことができないこと多い。そうした場合、授業で能力を培うことができず、それがますます授業参加を難しくして…という悪循環にハマりやすいし、適切な時期に能力を習得しないと実際に将来力が伸びないことになりかねない。

光でうつが診断できる? ちょっとそれはという問題 (2)

NIRSでうつを診断できるのか、という話。
 ここで問題にしたいのはこれが本当なのか?ということだったりする。


NIRSの問題点は大きく2つ。
1.見ているのが本当に大脳皮質の血流なの?
2.結果が再現できない



1.見ているのが本当に大脳皮質の血流なの?

図を見て欲しい。大脳皮質に進入する近赤外光は実は頭皮を通るときに頭皮の血管も通っているのだ。

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すなわち、帰って来たシグナルは
頭皮血管のヘモグロビン+大脳皮質血管のヘモグロビン
の2つの層を通り抜けているわけで、実は課題の緊張感から血圧が上がり、それによって頭皮血流量が増しているだけ、ということもあり得る。医学系から出す結果に対して、工学系の研究者からは疑念が提出されている。というのが図の右側の論文で、実際に観察されたNIRSシグナルから頭皮血流分を引いたら殆どシグナル無くなっちゃったよ、というもの。 
 まあdneuro自身もNIRS研究者なので何度も言語流暢性課題で健常者を測定した。結果としては確かに言語流暢性課題では酸化ヘモグロビンシグナルが高くなることが多い。一方で他の課題ではさっぱりということがある。男女でシグナルの上がり方に違いがあることや、健常者でも抑うつや不安があることで差が生じうることなども報告したことがある。特に課題による差があるということは必ずしも頭皮血流の増減では説明がつかないのでNIRSの可能性を信じたいところだが…。


2.結果が再現できない
 NIRSの結果に関して疑念が生じるのはまさにこの再現性の無さに起因していると考える。

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 日本のNIRS研究といえば群馬大学の福田正人先生なのだが…図左はイギリスの学術雑誌Natureの記者が先生の教室を訪ね、実際にNIRSを受けた結果である。その結果は健常者パターンを示したのではなく、双極性障害に近いパターンを示したという。福田先生方の研究によれば、双極性障害の賦活パターンは後半になってシグナルが上がってくるというものだ。もちろん記者は双極性障害ではないのだが、正常でない理由として「室内に見物人がいるせいで発語をためらった」と説明されたという。
 素直に感想を言ってみよう。何じゃそりゃ?だ。Nature記者もそれじゃあ疾患の測定なんて無理だろ?と言いたい感じ。


 図の右側を見てみよう。
 上の段に載せた2つの図は健常者とうつ病患者の課題時のシグナル賦活パターンを示している。
 うん、明らかに健常者はうつ病患者より賦活されているね、と思った方は甘い。これは実は平均画像なので、実際にはシグナルが大きい人から小さい人まで非常に大きなばらつきを示す。中段の図形は平均を導いた被験者たちのひとりずつのシグナル賦活の様子である。矢印に書いたように、健常者と言っても賦活の非常に低い人、殆ど無い人もいる。うつ病患者と言ってもシグナルがしっかり高くなる人も沢山いる。
 これは何を意味するのか考えたい。結局いくら大勢の平均でうつ病患者は賦活が小さいという結果を出したとしても、それは目の前の人の賦活が低かったらじゃあその人はうつ病か?賦活が高かったら健常者か?といった疑問に直接答えられないってことだ。せいぜい賦活が低ければ、何かシグナルが低くなるような要因がその被験者にはあるということしか意味しないし、次に測定したら高く出るかもしれない。安定性なんて無いのだ。


 東大病院ではNIRSの検査を含めた様々な画像検査を診断に応用する「こころの検査入院プログラム」を提供している。
http://www.h.u-tokyo.ac.jp/patient/depts/kokoro/
 様々な検査のパックで7万円。私はこれが高いとは思わない。NIRSだけでなくCT、血液検査、SPECT、MRI、そして様々な心理検査など、単独で組み合わせれば保険適用されても7万じゃすまない豊富な検査を入院費込で受けられるのだ。4日間だそうだから、休養にももってこいだ。
 ただ、これだけは言っておきたい。診断の決め手になるのはNIRSの結果ではなくて、詳細な問診結果だ。東大病院のプログラムでは「精神科診断面接(SCID)による、詳細な症状の評価」がそれに当たる。先のNature記者の記事でもその点が指摘されており、「え、問診で決めてない?」という疑念、そりゃ当然持ちますよ。


 まあ以前も書いたが、精神科の疾患診断はこれだけ画像や血液中の様々な因子(遺伝子含む)の解析が進んだ現在においても、結局は患者さんへの問診や客観的な行動評価が伴わないかぎり無意味ってことだ。
 ともあれ、東大病院をはじめ、ちゃんとした病院での検査結果が蓄積されればいつかは何か本当に意味のある結果が導けるといいなと願っている。データよ集まれ、と思う。

光でうつが診断できる? ちょっとそれはという問題 (1)

今日はいかにも先進的な技術を使った研究が紹介されたり、大学のお偉い先生が喋ると本当のような気がしてくるけども、実は疑うに十分なものがあるのだというお話。


時々「光を使った検査でうつ病の診断ができるんですか?」と聞かれる。
それは多分以下のようなHPやもしかしたらTVなどを見て興味を抱いたのだろうと思う。
例えば次のようなサイト。


光トポグラフィー検査 うつ病を「見える化」する先進医療技術です
http://utu-yobo.com/topography.html


しかも、躁うつ病統合失調症との鑑別も可能だという。


問い合わせが殺到!うつ病見える化」診断 光トポグラフィー検査
http://diamond.jp/articles/-/14130


この光、近赤外光である。赤外線の中で可視光線に近い波長のものだ。
近赤外⇛http://bit.ly/1jHGXs5


これを利用するとなんとうつ病が診断されるというのでNHKでも紹介された。
 NHKスペシャル ここまで来た! うつ病治療
http://www.amazon.co.jp/NHKスペシャル-ここまで来た-うつ病治療-NHK取材班/dp/4796688803


で、ここで話題になっている検査というのが、近赤外スペクトロスコピー(Near Infrared Spectroscopy; 以下NIRS)。NIRS(ニルス)と読む。
日本語では、近赤外分光法、もしくは光トポグラフィとも。
    NIRS(Wiki)(https://ja.wikipedia.org/wiki/NIRS脳計測装置


計測機械の国内大手は島津製作所と日立。安価な機械を売るベンチャーは沢山。
メカニズムを知りたければ島津さんのHP
http://www.an.shimadzu.co.jp/bio/nirs/nirs2.htm


 NIRSは頭皮から近赤外光を当て、それが脳に達し、帰ってきた光を再び拾う。脳には血管が通っており、その中の血流を光が通り過ぎると頭皮から入った波長が変わる。変わる理由は血液中のヘモグロビン(Hb)だ。Hbは赤血球の中に存在し、組織に酸素を運ぶ。酸素を運んでいるHbをOxy-Hb(オキシ〜),酸素を組織に渡したヘモグロビンをDeoxy-Hb(デオキシ〜)という。2つのHbを通った近赤外光は波長を変えて帰ってくるため、その2つを分離して検出可能である。
この検査では、言語流暢性課題というのをやっている間の大脳皮質血流を観察する。


f:id:neurophys11:20160308160937j:plain


この言語流暢性課題というのがなかなか凄くて、多くの人でこれをやっている間にNIRSの酸素化ヘモグロビンの値が上がってくるのを観察することができる。


 課題は全然違うが、新生児にあるイメージを見せながら側頭葉の血流が
変化している様子はこちらを⇓

http://www.ucl.ac.uk/medphys/research/borl/nirs/nirs/current_projects/funct_infant/fa_studies


で、うつ病では前頭葉機能が落ちるのでこの言語流暢性課題を課しながらNIRSの測定を見れば、見事に診断可能だという…さらに疾患によって(統合失調症躁うつ病うつ病)によってもNIRSのシグナルの出方が違うから鑑別までできると。


産経の記事では思いもしなかった躁うつ病が診断されたようだ。
思いもしなかった結果が…大脳血流で鬱診断「光トポグラフィー検査」
http://www.sankei.com/life/news/150126/lif1501260001-n1.html


本題はこれから。
 ここで問題にしたいのはこれが本当なのか?ということだったりするのだが、長くなったので次に。
 ちなみにうつ病で前頭葉機能が落ちるのは本当です。だから、うつ病になると記憶力が落ちた、頭が悪くなったような気がする。

セロトニントランスポーター遺伝子は日本人気質を決めているか?

性格は遺伝するんですか?


よくそう問われるが、実際のところ答えはyes and noだ。
結局子供は親2人のハイブリッドなので、持っている遺伝子は他人よりずっと近い。親子そっくりは容姿だけでなく、性格や人格(ここでは余り区別しない)にも当てはまる。とはいえ、勿論おおよそ半分は違うので*1容姿・性格ともに、似ても似つかない親子は数多いわけだ。


では一番似ているはずの一卵性双生児はどうか。
基本的に一卵性双生児は同じ遺伝子のセットを持っている。だからとり分け幼いころの容姿は親でも区別がつかないほどだ。


⇛ 三つ子が見分けられないおじいちゃん(「探偵!ナイトスクープ」2015.10.16)

    (映像は自分で探すべし)


ただ、年をとると双子でも違いが目立ってくる。同じ環境で育ってもそうだ。
なぜ?という疑問に関して1つ答えが出ていて、たとえ同じ環境下にあっても遺伝子は生まれて何十年も経つとDNAメチル化をはじめとしたエピジェネティックな変化・修飾を受けて遺伝子の発現(=タンパク質合成)に違いが生じてくる(図参照)。


エピジェネティクス(http://bit.ly/21mIqIM
 ⇛遺伝子そのものの変化ではなく、遺伝子DNAに後天的にメチル基(-CH3)がついて修飾したりすることでDNAからのタンパク質合成が影響を受ける
  (多くの場合抑制的に働く)。


だから、年を取ってくるとそのように大きくなった相違点が、容姿の差や性格の違いというのに反映されてくる。
  性格を規定する遺伝子は遺伝しうる(次の世代に引き継がれうる)。
  でも環境の影響によってその遺伝子発現が違ってくる。
ってことだ。


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さてさて、ここでポイントとしては性格やら人格やらはたった1つの遺伝子で規定されているものではない、ということ。
それを把握の上で、この記事。


日本のネットで「炎上」が多いのは江戸時代のせいらしい、脳科学的に
 (http://nkbp.jp/20ZRhuo)


脳科学者、中野信子氏によれば、「ネット炎上」を作る日本人気質はセロトニントランスポーター遺伝子の変異の差によって説明が付くのだという。


セロトニンは、神経伝達物質の1種で、これが多いと前向きな気持になり、やる気が出たりするので「幸せホルモン」と呼ばれることもある。*2そのセロトニンの働きを調整するのがセロトニントランスポーター。遺伝子は、長いタイプ(LL型)、短いタイプ(SS型)、そしてその中間型(SL型)があるが、ざっくり言ってLL型を持つとセロトニンの働きを強めて楽観的に、SS型は弱めて悲観的性質を作る。集団のセロトニントランスポーターの遺伝子タイプの構成比は民族によって異なり、アメリカ人はLL型が多く、日本人はSS型が多い。それが日本人の悲観的で確実、同質性を重視する気質につながっているのだ。戦国の世を経て、江戸時代にはそういった確実性を重んじ安定が好まれる社会となり、この遺伝子型が日本人に定着した…


ざっとこんな趣旨の記事だが、先に書いたようにそんな気質そのものがたった1つの遺伝子で決まるものでは無いんである。このセロトニントランスポーターが気質を決めるというのは実は結構な前から沢山の論文が発表され、ある程度そう言える部分はありそうなのだが、それでもその決まる程度は極僅かで、決して「日本人気質」を作ってなどいない。


こういった「1つの遺伝子が性格を決めている」系の話は、すべて科学漫談として楽しんでおけばいい。特にセロトニントランスポーターが気質を決めるという話は良く出てくるが、そんなにすごい力コレだけにはないですよ。


元記事がなんだかやたらとSNS系で広まっていたので書いてみた。

*1:子供はざっくり両親からそれぞれ半分の遺伝子を受け継ぐ…と考えがちだが正確に言えば、ミトコンドリア遺伝子という特定の遺伝子群があり、それは母親からしか受け継がない。だから、実は母親から受け継ぐ遺伝子の方が多いのだ。全体からすると数としては少ない割合ですけどね。病気においても、母親からという意味で進化上とても重要ではある。

*2:セロトニンの作用自体、こんな幸せホルモンと考えるのは単純化の極地だが、抗うつ薬が神経細胞におけるセロトニン作用を増強する方向に働くことは確か。