tDCSやスウェーデンにおけるADHDの疫学について

前回書いたように、会社のほうでは情報発信をしています。


読んだ方が面白い、参考になる、今後に期待したくなる、そんな最新研究を、主にADHDをテーマに紹介していており、今後はこちらのblogと補完し合いたい。


会社のHPでは主にADHD関係を紹介し、こちらではこれまで通り医学系の話題について紹介します。


いずれにしても目標は、各研究の現実的解釈を知ることができるように解説することで、研究者の「盛り加減」や、どういった研究背景があるのかをいろんな人に知ってもらえればと思うところ。


経頭蓋直流電気刺激(tDCS)についてまず2報

以前も紹介したtDCS.


neurophys11.hatenablog.com


頭皮からの弱電流刺激で脳機能を変化させる手助けをするというものだから、当然ADHD特性の抱える認知機能的弱点がこれで補えないか?とは考えるところで、それに関して、動物と人を対象にした研究紹介しているので是非読んでみてください。

tridc.co.jp


tridc.co.jp


スウェーデンにおけるADHDの疫学

北欧諸国は国民背番号制度が行き届いており、医療情報が疫学的にまとめやすいのは知られているところ。

今回はスウェーデンにおけるADHDの疫学。

tridc.co.jp


有病率、と言ってしまうと、病気なのかどうかという議論になってしまうけど、とりあえずはこの用語を使うことをお許しを。


リンク先にも書いているけど、女性の診断比率が増えてきていることは注目して良いのではと。これはdenuroの臨床実感とも当てはまる話で、正直男女差があるとは思えなかったりする。女性の場合不注意優勢型が多いので、見過ごされてきたんだろうなあと。


少なくても患者さんとして外来に来る方々のお話を聞いていると、もっと早くに医療に繋がっていれば、違う進路も考えられたのでは、と思うこと多いので、教育関係の方は気を配って欲しいなあと感じますよ。


女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)

女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)

女性の、と言うのもなんですが、男性とは違う身体の生理と、ジェンダー的なストレスが特に日本ではかかりやすいことを考えると、女性ならではの問題というのは存在すると思えます。


ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

最近読んだ中では、対応が具体的でなかなかよろしいかと。特にPC関係作業について、ミスをしないやり方が数多く提案されているのはいいかな。

「大人のADHD」のための段取り力 (健康ライブラリー)

「大人のADHD」のための段取り力 (健康ライブラリー)

司馬先生、いいですよ。とにかく何かを変えるなら沢山のヒントの中から自分が実行できるものを選んでやっていくのが吉。

起業しました

なかなか更新できずにいましたが実は会社を作り、開設の準備をしています。
ようやくホームページも公開できたので、ここでも報告を。

tridc.co.jp

あれ、No imageになってしまうのはなぜだろう...

ともあれ、会社を作りました。株式会社ライデックと言います。

ライデックってなん?という話ですが、もともとは「発達特性研究所」という社名を考えまして、でもなかなかそれも固いし、言いづらいとうことで、英語にした上で、略称を社名にしています。

なので、ライデック=RIDC=Research Institute of Developmetal Characteristics=発達特性研究所です。


会社の事業としては是非事業案内を見て欲しいのですが、メインの柱としてはまずは3つ。

1.ADHDの方を対象にしたグループカウンセリング
2.認知機能トレーニングプログラム
3.医療相談

で、いずれも通常の保険医療の枠組みでは難しい面を補完したいと考えて作ったものです。
そう、日常診療では必要なことの相談に時間を確保することやこれを知ってほしいという知識を伝えるためにしっかり時間を使うということが難しい...だからどうすれば、という1つの答えとして、今回起業したプログラムを考えてます。

利用していただける人に満足が行くよう頑張ってます。


情報発信が大事と思っているのです

さて、事業の他に、ホームページでは情報発信をしています。
実はこれがとてもやりたかったことで、このblogもそうですが、1人の医学者として科学的・医学的に正しい形での情報発信をしたいと常々考えているのです。

「盛らない」情報伝達というか...
そこら辺、書いてますのでよろしければ。

tridc.co.jp


今日はこのあたりで。


ちなみに社員が作ってくれたキャラクターを元に簡単な動画を作ってみました。社員にはそんな時間あったんだ、と呆れられましたが...。



youtu.be

オキシトシンを自閉スペクトラムの「治療薬」ということの難しさ

福井新聞が報じたオキシトシンASDへの「治療」効果が話題のようです。


www.fukuishimbun.co.jp

曰く、

'大規模な臨床試験を行い、国際的な基準で治療効果や安全性を検証したのは世界初'
'オキシトシンを投与したグループで常同行動の軽減が確認できたのに対し、偽薬のグループは変化がなかった。対人関係の障害は、両グループとも改善がみられ、差がなかった。また、オキシトシンを投与したグループでは、相手の目を見る時間が増えたという。'
'オキシトシンによる自閉スペクトラム症の改善を国際的な基準で確認できた。治療薬が承認され、安全に処方できるようになることを期待したい」'


これをそのまま受け取ると、自閉スペクトラム症(ASD)の中核症状としても挙げられる「常同反復的な運動・言語使用・物体使用」に対して、オキシトシンの鼻スプレーが効いた、また相手の目を見る時間も増えた、すなわち治療効果が確認されたので、ASDの治療薬として承認されるのを期待している、ということだと思う。


研究グループのプレスリリースはこちら。


世界初 自閉スペクトラム症へのオキシトシン経鼻スプレーの治療効果を検証しました | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構


今後の展開を見ると、製剤により改良を加えてオキシトシンの吸収が上がるもので、新しい臨床試験が開始されているようです。期待したいところなんですが...



原著論文の論調は控えめです


イマイチ歯切れ悪くしか紹介できないのは、1つには以前も書いたようにオキシトシンの臨床応用というのものを考えると幾つも考えるべきハードルがあるということで、コレに対して、twitterで呟いたら、少なからず反応があって、このblogの以前の記事もいつもより読んでいただけたようです。


neurophys11.hatenablog.com



それと、原著論文を読むと、著者の先生方の論調が随分控えめなんですよ。*1


Based on the present findings, longitudinal intranasal oxytocin treatment alone at the current dose and duration is not recommended for the reduction of core social symptoms in adult men with ASD, although the current results do not exclude a possibility that combining intranasal administration of oxytocin with behavioral interventions induces clinically meaningful effects on the autism spectrum core symptoms.

訳すと、


今回の研究を踏まえると、単にオキシトシンを継続的に使っても、今回使った用量と期間では、成人期ASDの方の中核症状を軽減するには推奨できない。ただし、経鼻オキシトシン投与と行動療法を組み合わせたときに、ASDの中核症状に対して臨床的に意味のある効果を発揮できる可能性を排除するものではない(=可能性はある)。


といったところでしょうか。拙い訳ですみませんが。



今回、経鼻オキシトシン群とプラセボ群で有意差があったという評価項目は臨床的なものは1つ。投与6週後に反復行動が減弱した、というもの。もう1つは実験的な指標で、ゲイズファインダーという、画像を見たときの目線を追跡できる機械を使ったもの。話をしている人の画像を見たときに、話者の目を見る時間が伸びたという。



差を当事者やご家族が感じられたかどうかを知りたいところです。



血中オキシトシン濃度が、投与群でちゃんと上がっているのは、経鼻経路できちんと吸収されていることを反映されている気がするから、それは良かったと思います。末梢から濃度が追えて、それが用量依存的に増えてくれるなら、今後望ましい臨床用量を決定するときに有用でしょう。


記者さんは論文も読んだり、疑問を持って欲しい


さて、dneuroが若干問題かな、と思うのは、報道の仕方なんですよ。論文はとても誠実に書かれているように感じたし、プレスリリースにおいて、意味のある結果を強調するのは研究者として当然とも言えるわけです。若干強い気はするけど。



記者さんたちはそういう部分を了解した上で書けばどうかなと。


今回の件に関しても、原著を読めば著者たちはもっと控えめに結論を伝えているし、記者の方にはそこらへんを研究者にぶつけてみて欲しいなと。


過大要求ですかね?


あとは、ASDの特性が「治療」されるものなのかとかも問題提起して欲しいのですが、やはり難しいのかなあ...。



最後に、研究グループの結果を、オキシトシン個人輸入業者が宣伝文句に使っているのが見られました。


オキシトシンの経鼻スプレー、個人輸入で購入できないことはないですが、絶対にやめましょう


著者たちの研究が進んでよりしっかりした結果が出るのを待つか、どうしてもなら治験に参加すべきと思います。それならしっかり評価してもえますから。




ASDへの理解と言うとやはり本田先生の本が良いですね。非障害自閉スペクトラムというのを提唱されています。環境と能力によっては「障害」じゃないし、「治療」する性質じゃないですよね。個人的には「ASDを治す」というのはどこにつながるんですかね、と思ってしまうのです。



自閉症スペクトラムの子のソーシャルスキルを育てる本 思春期編 (健康ライブラリー)

自閉症スペクトラムの子のソーシャルスキルを育てる本 思春期編 (健康ライブラリー)


とはいえ、もちろん、問題が無い、というのはお花畑であって、ASD特性があると生きにくいのは事実。生き抜くためのスキルを身につける必要はあるわけです。


オキシトシンがそのスキルを身につけるのに役立つのであれば素晴らしいと思います。そういう意味で期待はしているのですけれども...。


www3.jvckenwood.com


ちなみに論文にある、視線追跡をする機械。ゲイズファインダー。早期にASDの可能性があるかをスクリーニングする機械としてはとても有用に感じます。

*1:控えめな記載、というのはこういう実験的な治療法の論文を書くときに大変誠実なこと、と思います。

精神神経学会参加(2)_アルコール依存症の治療

こちらは一般口演で、埼玉県立精神医療センターの成瀬先生の連続2題の口演を聞いた。

タイトルは、アルコール依存症治療革命」の提案、と、アルコール依存症「中核群」は本来の中核群ではない〜アルコール依存症中核群に対する新たな治療の提案〜

 


精神科医の殆どは依存症が苦手

そもそも精神科医が依存症をどう感じているか書いてみたいと思うけれども、普通依存症を苦手としています。それが何故か?精神科医のくせに、と思うかもしれないが、多くの精神科医にとって「依存症」は特別な専門領域。そこには幾つか要因があるのです。


思い込みも含まれていることを考えつつ挙げていくと…治らない、社会的な部分に手を入れないと良くならない、薬は効かない、問題行動に対応する必要がある、酔って来たらスタッフの安全が脅かされる…といったような偏見ないしは少数例でも自分の経験に持っていたりすることが大きい。要するに治療に当たっては相当の覚悟と資源注入が必要とされる為に、治療者側に十分な体制が整備されていないと引き受けられない、という思いがあるのですよ。


しかし、成瀬先生はそういった「思い込み」は、従来精神医療が対象としていた非常に重度な患者さんがたをアルコール依存症の「中核群」とイメージしているからであるという。実はアルコール依存症の中核群は軽症〜中等症群なのだと。


2014年に報告された厚労省のアルコール健康障害対策推進基本計画 によれば、成人の飲酒行動アンケートからは我が国にアルコール依存症の生涯経験者は100万人を超える一方で、患者数(=治療を受けている人)は4-5万人前後に過ぎないという(下記引用)。


”アルコールの持つ依存性により、アルコール依存症を発症する可能性がある。患者調査における総患者数は、約4万人前後で推移しており、平成 26(2014)年は、4.9 万 人と推計されているが、成人の飲酒行動に関する調査では、アルコール依存症の生涯経験者は 100 万人を超えるとの報告がある。また、アルコール依存症を現在有する者 (推計数 58 万人)のうち、「アルコール依存症の専門治療を受けたことがある」と回答している者は 22%しかおらず、一方で、アルコール依存症を現在有する者の 83%は 「この 1 年間に何らかの理由で医療機関を受診した」と回答しており、一般医療機関か ら専門医療機関への受け渡しが適切に行われておらず、専門的治療に繋がっていない可能性があるとの報告がある。

 

アルコール健康障害対策 |厚生労働省

 


要は、アルコール依存症の裾野は実は非常に広く、今までは、進行した重度の、言葉は悪いが非常に扱いづらい人しか結果的に治療につながっておらず、その人達は必然的に専門病棟を持った病院でのみ治療が可能であり、従って、数が多いはずの軽症〜中等症者は医療が掬い取ることができず、治療されて来なかったというわけ。

f:id:neurophys11:20180623221910p:plainなるほど。確かに今迄医療は、殆どがもうどうしようもなくなって、いよいよ持ってなんとかしなきゃあという、言ってみればしょうがない思いから治療対象を受けていた。でもそれは氷山の一角で、本当はもっと普通に外来で対応できる、そして治療対象とすべき人たちがいるのだ。 

 

アルコール依存症治療、変化の背景とどのように変わればいいのか

 

  • 中年男性から女性・高齢者への患者層の広がり
  • 健康・就労・暴力問題から飲酒運転・自殺・虐待・メタボ問題への広がり
  • 併存症として気分・不安症以外に発達症などの多様化
  • DSM-5の登場による「アルコール依存症」から「アルコール使用障害」の診断上の変化
  • 「断酒至上主義」から「節酒・飲酒量低減」への移行
  • 一律治療から個別治療へ
  • 自助グループ至上主義から認知行動療法の導入へ
  • 入院治療から外来治療へ
  • 抗渇望薬を使った薬物療法の導入

 

そう、以前はとにかくアルコール依存症といえば、重症。入院が殆どで、3ヶ月の入院を基にして、刑務所のような生活を送る「久里浜方式」と呼ばれるものがあったのだ。導入するには、アルコールをやめるという強い意志と、少しでもスリップ(飲酒の再発)があれば治療は終わり、退院してもらう(そして元の木阿弥に)という厳しい治療が待ち受けていたもの。*1

 

スリップしたらダメって、そりゃ治療放棄では??と思いつつ、そう教わったわけですよ。

 

しかしそんな状況は成瀬先生によれば、それでは医療は患者を罰するようになり、対決姿勢を取らねばならないと。

 

そーなのだ、そんな必要は無いというのだから有り難い。

新しい治療では、来てくれたことを歓迎し、飲んでも決して責めないと。

 

ダメ、絶対」じゃなくて、アルコールがもたらすダメージを減らすハームリダクションを発想として持とうと。

 

アルコール依存症治療革命

アルコール依存症治療革命

 

 成瀬先生の著作。今回の学会内容は全てカバー。

 

面白いのは、再飲酒時の本人の気持ち。

そもそも再飲酒した時には「やめよう、どちらかというとやめよう」という 気持ちが8割近いのだと。しかし、家族や医療者に責められると「飲もう、どちらかというと飲もう」という気持ちが6割を超えてきてしまうと。

 

そう、責めても逆効果なのだ。確かに映画なんかでも、「やめてぇ」と叫ぶ奥さんに依存旦那は「うるせえ、お前がそういうからやめる気無くなったわ」と言って飲むよね…。

 

ところで、成瀬先生の職場は埼玉県立精神医療センター。

 

 

研修医時代、薬物治療病棟のモデルとして見学に行く機会があり、驚いたのは、非常にソフトな病棟だったこと。なにせ、薬物治療メッカたる、千葉の下総療養所の薬物病棟は非常な厳戒区域で、監視カメラ完備、時に暴力沙汰、と聞いていたので、ギャップにびっくりしたのを覚えている。

 

 

また、dneuroはアルコール全く飲めないのだが、かつて精神病院時代にアルコール依存症治療班となり、15人程度の依存症の方の主治医となっていた。スリップされてしまうと、患者さんの吐く息で酔ってしまうので困りものだったのだが、当時のアルコール治療神話を覆す経験があった。*2

 

それは「依存症になってしまったら、一度でもスリップすると元に戻り、連続飲酒に至ってしまう」という神話。

 

 

これをですね、患者さんに熱心に説く一方、結局患者さんたちは隠れて飲んでいたし、でも問題行動起こさない人たちが確かにいて、彼/彼女らは少なくても自分が診ている間はきちんと外来に通ってくれたから、スリップしたのがわかっていても責めなかったんんですよ。厳しいこと言うの辛いし…。

それと、正直、節酒で上手く行く人居たんですよね。

 

だから、「絶対やめなきゃいけません」と言いつつ、いや中には一旦依存症になっても節酒でアルコール復活できる人いるよね?と内心 では建前とのギャップに苦しんでたのですよ。

 

もっとも当然中には、スリップ後依存症状態に逆戻り、の人たちは居たわけですが。

 

ところで…

 

アルコール依存は自殺率が非常に高い。dneuroの受け持った患者さんたちも、後々消息を聞くと、残念ながら1/3は自殺されたか、やや不可解な変死として発見されたと。

昔はいわゆる「底付き」から治療が始まったためというのもあったと思うところ。職場をクビになり、家族関係も壊れてから治療始めても、壊れた関係は元に戻らないですから…。軽症から治療を始められていたら結果は違ったかもと思うと心苦しいのです。その意味でもアルコール依存症治療環境が変わるといいなと。

 

 

尚、成瀬先生も、理念説くだけでは環境が変わらないことを考えており、治療環境が整うためにはしっかりしたインセンティブが必要だと。保険収入、研究や教育の制度の充実‥と。整備されるといいのですが。

 

 

アルコール依存症から抜け出す本 (健康ライブラリーイラスト版)

アルコール依存症から抜け出す本 (健康ライブラリーイラスト版)

 

 

樋口先生もアルコールを含めた依存症の大家。恐らく先生も従来から現在に至る過程で発想を変えてきたのでは。

 

 

 

失踪日記

失踪日記

 
失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

 

 

アルコールの問題を抱えていたといえば吾妻ひでおさん。突如ホームレスともなった。第2段は未読なので買って読むこととします。

 

 

ハームリダクションとは何か 薬物問題に対する,あるひとつの社会的選択

ハームリダクションとは何か 薬物問題に対する,あるひとつの社会的選択

 

 

ハームリダクションといえば松本俊彦先生。依存症からの回復において、医療者が対決姿勢を取らないで良いと講演で聞いたときの衝撃たるや。

                                                           



*1:断っておく必要があるのは、その久里浜方式を開発した久里浜病院も今では認知行動療法を中心に据えた「新久里浜方式」に移行している点。でも今でも多くの精神科医が従来の久里浜方式でないとアルコール依存が治療できないと思いこんでいる。

*2:そう、dneuroは人間アルコール探知機なので、嘘ついた方、全部バレてましたよ。「いやあなた飲んでたでしょ、俺感じるもん」と言っても信頼関係崩れるだけだから言いませんでしたけど。とはいえ、新しい治療法では、そんな嘘が必要ない治療関係を結んで良いわけです。

精神神経学会参加(1)_リキッドバイオプシーとアルツハイマー病

第114回日本精神神経学会学術総会に参加しました。
会場は神戸。国際会議場とポートピアホテルが会場。結構広い。


f:id:neurophys11:20180622142725p:plain


日本の精神科医の殆どが参加するという...精神科医が一同に集うある意味気色悪い学会です。もちろん中にはコメディカルの方や基礎研究の方々もいらっしゃいますが...こんな人まで精神科医なんだと自分を棚に上げて見てしまうこともあったり。


今回は非常に短いのですがとても真面目に参加したので、シンポジウムと口演から幾つか、備忘録も兼ねてご紹介。*1


さて、今日の紹介はPCにメモした内容から。

f:id:neurophys11:20180622233322p:plain


見てもよくわからない人は多いと思いますが、あんまり親切には書きません(すみません)。わかる方はわかってください。難しい方はふーん、くらいに...。



脳リキッドバイオプシー(脳由来エクソソーム解析)による神経疾患の予防・診断・治療

リキッドバイオプシーってのは血液から病態を知るために役立つ物質を同定し、定量するための技術ですが、要は採血で病変を知ろう、というもの。バイオプシーは日本語だと生検、すなわち人の粘膜とか臓器の一部分をちょろっと持ってきて、それで病変を診断する技術です。がんでおなじみ。手術中に、怪しいところをちょっと切除して、急いで標本にしてこれはガンか、ガンなら切除範囲を広げるぞ、みたいなことをします。大事で時に必須なんだけど、現場(腫瘍とか病変部位)まで何かしらの手段(手とか内視鏡)を届けなくてはいけないし、痛いこともあって結構侵襲性が高いんだな。


tech.nikkeibp.co.jp


で、記事にあるようにガンで今ホットトピックなんですが、精神科領域だと脳を取ってくるわけにはいかないので、血液から何かわかる疾患指標物質(バイオマーカーという)を探そうよ、というわけ。


一方、エクソソーム。

www.gelifesciences.co.jp



エクソソームは、いろんな臓器から分泌される細胞外小胞にタンパク質や、DNA・RNAなどの遺伝物質が中に含まれている脂質膜を外側に持つ玉で、血液に漂っている。脳からも実は抹消に向けてそのエクソソームが分泌されているので、それを例えばアルツハイマー病の人から取ってきたら、特有の性質をもっているだろうと。
それを解析することで、アルツハイマー病の病態や、何が治療にとって真に有効なのかがわかるのではないかと期待されています。


以前dnueroも書いたとおり、アルツハイマー病の新治療薬として開発されているものはほとんどが有効性を示せず悲惨な状況下に。


neurophys11.hatenablog.com


演者の滝川先生に言わせれば、アミロイドやタウ蛋白といった異常なタンパクの脳内への蓄積は認知症の原因ではなく、結果だろうと。今や、病理所見からの仮説提唱型アプローチは低く、データを統合し、集められたデータから考えていかなきゃならんと。



そんなわけで、エクソソーム解析から言えたことは...
・エクソソーム中のアミロイドβタンパクはアルツハイマー病で高くなっている。
・エクソソーム中のリン酸化タウ蛋白もアルツハイマー病で高い。(↓図)

f:id:neurophys11:20180622183913p:plain

アルツハイマー病ではリン酸化セリン持つインスリン受容体タンパク(IRS-1)が2型糖尿病と同じく多い(すなわち脳の糖尿病?)。
アルツハイマーでは細胞内の老廃物処理が上手く行っていない。
・アストロサイト、血管内皮細胞などニューロン以外の脳細胞もアミロイドβ42を作り出している。


つまりそんなこんなでエクソソーム解析がもたらした結果は非常に面白い、と。


エクソソーム研究への質問

滝川先生の研究は大変面白かったが、質問を2つほどしてみました。


1つは結局何がアルツハイマー病の原因と考えているのか。もう1点はどこ由来のエクソソームか判別は簡単にできるのか?

滝川先生がアミロイドβやタウ蛋白の増加は結果に過ぎない、というのは、結局は炎症を背景にタンパク質の劣化がエイジング(老化)によって全般的に起きてくる、と考えておられると理解いたしました。


つまりそうであれば、老人斑だけを追ってもダメ、ということで、もっと前の段階でタンパク質がしっかりと機能を発揮し、劣化タンパクがきちんと修復ないしは処分されるメカニズムが効果的に働いていることが大事であって、そういった機構を維持・回復させることが治療になるということかな。


エクソソームがどの臓器由来か、というのは結構難しいと。そうねえ。そうだろうと思うところ。何せ微量なので、滝川先生方の研究は疑うつもりはないのだが、よく訓練されていない研究者がやってしまうと誤差が極めて大きいのではと心配にはなりますね。


感染を契機に、という意味では、感染と戦った結果としてアミロイドβが貯まるのではという仮説も。


www.jstage.jst.go.jp

昔全ての病気は炎症である、と病理の教授から習ったが、やはりそうなのかも。
であれば、抗炎症作用がある鎮痛剤(NSAIDS)が何らかの役割を果たしうるという幾つかの結果に何かの解がありそうだけども…。


また、もう一点どなたかの質問で面白かったのは、そもそもエクソソームが何故神経から抹消へ分泌されるのか?という疑問。筋肉に向かうのでは?という意見があるらしい。確かに、老齢により筋肉量が衰え、サルコペニアになるのが認知症につながるという考え方があり、前に紹介した。抹消に存在しているからにはその意義があるはず。それを知ることも認知症治療の開発につながることになりそうです。


最後にアルツハイマー病は感染症か、古細菌が見つかったとという鹿児島大チームの研究がちらっと紹介されたけど、それに関してはもう体力も無いのでいずれまた追いかけよう。


参考文献
・Fiandaca et al.,2014 doi:10.1016/j.jalz.2014.06.008
・Kapogiannis et al, 2016 doi: 10.1096/fj.14-262048
・Goetzl et al., 2015 doi: 10.1212/WNL.0000000000001702
・Goetzl et al., 2016 doi: 10.1096/fj.201600756R



未読だが、今日の流れにつながるものの良い解説本の1つかな。
糖尿病、というのは血糖値が高くなる病気と思われがちだが、実はそうではなくて、インスリンが相対的に不足することで、インスリンの大事な作用、すなわち細胞内に栄養分であるグルコースを取り込めなくなるのです。
だから、糖尿病になると脳は、神経細胞のほぼ唯一の栄養源たるグルコースを取り込めなくなってしまい、きっとそれがアルツハイマー病につながるような、飢餓による細胞機能の喪失を起こしてしまうんじゃないかな〜と。

いずれにしても糖尿はコントロールしたいもの。


認知症は脳のメタボだった!

認知症は脳のメタボだった!


シロスタゾールの白澤先生も多分同じようなことを書いているのではないか。



細胞が自分を食べる オートファジーの謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)

細胞が自分を食べる オートファジーの謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)

細胞内のお掃除はきっと大事。オートファジーは細胞内で廃棄処理をするメカニズム。大隅先生がノーベル賞獲りましたが、糖尿病でオートファジー能が落ちるという研究もあり、やはりアルツハイマー病には関係深そうではあります。

*1:いつもは真面目じゃないのか?と突っ込まれそうですが、実際この学会は専門医の更新に必要なポイントを集める為だけに参加する人もいて、そういう人は出席したふりをして観光に勤しんだりする。でも今回は自分も含めて真面目に参加している人が例年より多いのでは?と思えましたよ。大学を辞めると特に何でも聞きたくなるな...情報に飢えているのかしらん。

突然「障害」と言われて納得できるわけがない

発達障害」という言葉が嫌い


嫌いだと言っても行政に出す書類を出すために使うこともあるし、実際~の専門という時に一々いやそう言うのは嫌いなので…と伝えるのも面倒なので使うことはあるんですが、「障害」という言葉はどうにも使いづらい。


というのも、例えば、学校や職場などから「あんたは発達障害の気があるから診てもらってきなさい」という要請を受けて受診された方々や、親に連れてこられて本人的には半強制で来院した子供たち。どちらかといえば自分に問題があるとは感じていなかった人が、問診を経て、検査をしたからと言っていきなり「発達障害ですよ」と言われて納得できるもんかなと思うわけです。こちらとしても、自分から「発達障害だと思いまして」と来られた人ならともかく、そうでないのに「障害」呼ばわりされては理不尽感ハンパないだろうと。


実際、障害の定義が「ものごとの達成や進行のさまたげとなること、また、さまたげとなるもの」(Wikiより)であれば、発達特性を持つ場合に、それが必ずしも障害ではないわけで…そのことは以前書いた中で主張してきたつもり。

neurophys11.hatenablog.com


科学者、医者、職人さん、にはASDADHDも、小さい頃LDだったぞという人も多いのだが、今活躍してる人で特性があるからといって障害という呼称を当てるのは明らかにおかしいでしょう、と。



障害ならそれを取り除く、すなわち治療するのかという議論にもなると思うが、特性そのものを「治療する」というのはそもそもおこがましいと言うか、そこは変わらんでしょうとも考えるわけで。


neurophys11.hatenablog.com



かといって、「障害」を「障碍」とか「障がい」と言い換えるのも何だかもやっとした感情が残ります。少なくてもワタシ的には。行政は当てる漢字を変えればいいでしょう、なのかもですけど。


www.nishinippon.co.jp



「障害」の定義Wikipediaさんは、「医学的には、生理的な機能障害のimpairmentと、その結果ものごとを遂行するための能力障害disabilityが日本語では区別されておらず、また精神障害では、変調を意味するdisorderに障害の語があてられる。」と書いているが、正にそのとおりで、英語から~Disorderと書いてあるものが、日本では上手く当てはめる単語がないということなのだろう。


障害という言葉を忌避してか、最新のアメリカ精神医学会診断基準DSM-Vの訳では、「~症」という言葉を使い始めた。例えば、パニック障害→パニック症、注意欠陥多動性障害→注意欠如・多動症という感じにだ。


neurophys11.hatenablog.com


妥協点としてはまあいいとは思うんですよ。だから「発達障害」も「発達症」と言ってもいいのかもしれないし、実際使っている人はいた(次回言及)。



とりあえず「発達特性を持っている」と表現している


dneuroの臨床ではだから相談をしてもらうのも、「発達特性」という言葉を使っている。この言葉は誰かから聞いたり読んで使い始めたわけではないけれども、「発達上の特性を持っている」という言い方は少なくても奇妙ではないし、それなら「発達特性」の特徴を見る、ということで良いのでは、と考える次第。とはいえ、英語で発達特性=Developmental Characteristics、を調べると、例えばある年齢範囲の純粋な発達上の特徴、という形で使われているので、必ずしもベスト、というわけではないかもしれない。とはいえ、個人的にはではどう呼ぶのが良いのかはわからなかったりします。特に英語で聞いたときのニュアンスとしてどうなんだろうかとか…。今度ネイティブに聞いてみよう。



ともあれDSM-Vの訳、良いと思うんですよね。大体ASDなんかはもうスペクトラムなわけで、定型(この言い方もなんとかならならんかだけど)の方との間は断絶があるのではなく、連続した性質の中で、強い特徴が目立つという概念なのだから。ASDの説明項目も、「周囲からの社会的要求が能力の限界を超えるまでは完全には明らかとはならないかもしれない」という記述があって、ハンデになりそうな性質を能力でカバーしていることはよくあるわけです。それで上手く行っているなら、やはりわざわざ「障害」診断する必要は無いだろうと思うんですよね。ある意味問題が出てきたら診断し、問題が消失したら診断を引っ込めるのも可というか。


私はそう感じているんですが、ともあれ自分の特徴を告げられた人が、それを受け入れやすい呼称、そして偏見を助長しない呼称、というのは大事ですよね。それはごまかしとか、ラベルを貼り替えるだけという非難は当たらないと思うんですよ。元々の言葉がおかしいんだから。


理想としては、特性を持っていることに対して、卑屈になったり、蔑視するような感情を持たずに、自由に「俺(私)の特性からするとそれは苦手なんだよねえ〜」とか、「お前の特性だと一体どう感じてんの?どうすれば楽なのよ?」とか気軽に口に出せる状況が良いなと思うんですが。



ちなみに、「統合失調症精神分裂病」も、変わって本当に良かったと思う。そもそも名が病態を現していなかったし。一方で「痴呆→認知症」は痴呆のままよりはいいけど、「認知」という言葉に本来とは別な意味が加わってしまったのは余り良い呼称じゃないなあとは思ったりします。

医学部を辞めてみた(2)

野心は必要 (かも)

さて医学部を辞めて1ヶ月ほど。
これ実際教員になって2年ほどして思ったんですが、野心、というか地位的な野心ね、これが無いと研究ってやりづらいのだなと。


私はもともと、かなり純粋な好奇心派でして、つまり好奇心が研究の原動力であり、ポジションなんて二の次、というやつ。大学院生時代に師匠筋の方に、「いや全くの地位的野心が無く研究を続けるなんて不可能でしょ」と言われ、それに対して反発心の抱いていたわけですが、まあ年取って少しばかり(かなり?)変質した部分があります。


とはいえ、もともと自分が生涯に渡って研究者であり続けるのは無いな、そんな贅沢が自分に許されるほどの才能は無かろうと思っていたこともあり、出世するなら貪欲に求めるべきインパクトファクターとか、論文のcorresponding author(コレスポと略す)とか敢えて欲せず、特にコレスポは院生さんにも譲ってきたので、まあ自分には地位的野心が入り込む余地が無かったんですが。*1


好奇心だけだと長く続けられない

いや、物凄い贅沢な環境下なら別です。イギリスの貴族的研究者はそれにあたるかな。例えば水素の発見者キャベンディッシュ(→ヘンリー・キャヴェンディッシュ - Wikipedia
)なんてまさにそうで、人と会うことも名誉を追うこともせずに画期的発見をし続けた。ASDだったに違いないとは言え、旺盛な好奇心と名誉への双方の意欲が半端なかったニュートンとは対極というか。


閑話休題、好奇心だけだと長く続けられない理由は2つ。


1.結婚や育児によって研究が自分の人生にとってどれほどの重みを持つのか考えてしまう。


そうなんですよ、特に子供生まれたら育児は大事だし、私は結局育児を取ったし(いやそれでも足りなかったと思うけど)、子どもの成長を実感できる喜びと、病気したときの対応の大事さ/必須さというのを研究の次に置くことは到底できません。軽重で言えば、少なくても自分の研究能力を考えたときには、圧倒的に家庭>>研究の重みなわけで…


でもね、出世をしたかったらもっと両立への努力をしただろうし、疲れていてももっと貪欲に知識の吸収とアイディアを得るための思考を頑張ったと思うんですよ。そうすれば結果的に研究もより良いものをできただろうし。

つまりは、好奇心だけだと、その他の人生の大事な出来事を前にすると、後回しにせざるを得ないというか。



2.好きなことをするには地位を上げるしか無い


政治家みたいだけども、一定のポジションでなければできないことが多い。どの社会でも下でいる限り理想を追うことは難しく、基本下にいるのは修行が必要な状態なのであって、自ら研究テーマを追い求めていきたいなら、まずはお前の能力を証明して(=言われたことをこなし、論文を量産する)からだろう、と。


そう、上になって初めて教授を離れて自分のテーマを追えるもんなのです。そして研究が進んでいけばこれはまた企業と同じで、拡大せざるを得ない。大きなことをするためには自分ひとりで遂行することは不可能であり、大型予算を獲り、人的資源を使いこなしていかなくてはいけない。それにはポジションが下でいては当然ダメなわけで。とりわけ医学分野では。


そんなわけで、これから研究者になりたい皆さんに言いたいのは、ポジションを上げていく適切な野心を持ちましょう、と。まあ当たり前か。dneuroは医者というライセンス持ちで、その資格に極めて甘えられる人間でもあるので、そもそも何かしらにハングリーさを発揮しない限りイカンのですよ。今は以前とは別な気持ちで研究意欲が高いと言えば高いけど。あなたが医者や薬剤師でライセンスを持っているのに研究者としてやっていきたいと思うなら、まずはそのライセンスを利用してお金を得るという甘えからは脱却せよ、と言いたい(すぐは難しくても)。


ちなみに、母校では途中までは、助教は5年(更新1回可)、講師は7年(更新1回可)という、ポジションが上がらない限り契約更新しないよ、という条件があった。今は諸事情により無いようだが、新教員は年俸制に移行しており、少なくても給料を上げるのは条件が求められるようになった。そのための条件は結構理不尽に感じるけどそれはまたいずれ。



論文捏造 (中公新書ラクレ)

論文捏造 (中公新書ラクレ)

以前もおすすめしたけど、超一流雑誌にフェイクを投稿し続けたヘンドリック・シェーンの話。彼の動機は解明されたとは言い難いが、やはり研究者としてのポジションアップを狙う野心があったからなんでしょう。野心がこんな風に発露されてはいけません。


ちなみに捏造論文数トップは日本人麻酔科医。その数なんと172本(→
藤井善隆 - Wikipedia
それだけのバイタリティがあれば何故まともにしなかった???と疑問に思うのはdneuroだけじゃあるまいて。


捏造の科学者 STAP細胞事件

捏造の科学者 STAP細胞事件


彼女の野心が何だったのか、といえばやはりポジションなんでしょうか。最近も話題になっていましたが、明らかに論文は間違いですよ。それも恐らく故意の。同じ存在を作り出さないという責任が大学にはあるはず。


白い巨塔(一)(新潮文庫)

白い巨塔(一)(新潮文庫)


出世のための野心と言えばやはりこれ。財前教授。

でもまあ思うんですけど、野心と研究への好奇心って良い研究のための両輪なんですよ。だから、小説家やマスコミさんは、野心的な方は研究への誠実さは二の次で、ポジションだけを求める名誉と権力への権化みたいに描いて、カウンターパートに善意の野心がない世渡りは不器用な研究者を置いてしまうけど、実際には両立できるはずなんですよ。


野心のもたらしたダークサイドに疲れた人にはこちらを。キャベンディッシュが出てきますよ。

*1:医学部時代に習った解剖学の教授が最終講義で、「私は研究員には自由に研究することを奨励してきた」というのが印象的だったこともあった。自由にさせる、というのは研究者のやる研究の責任も栄誉も教授が取らないのだ、と解釈した。実際発言に拍手が鳴った。