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授乳中は全ての薬を止めるべき?

医療 妊娠

妊娠と授乳中における精神科の薬については、当たり前だけれども皆さん不安が強いようで、しょっちゅう聞かれてしまう。今日はそのうち、授乳と薬についての話題を中心に。


お母さんの精神状態ファーストだ
授乳と薬について考える時の原則を書けばこんなところ。


・お母さんの精神状態が良いこと、が子どもにとって一番大事
・薬の内服は母乳育児を絶対に否定するわけじゃない
・母乳は大事だが人工乳だからダメなんてことはない


ということで、第一にとにかく母親の精神状態が良いに越したことはない。考えてみれば当たり前だと思うのだけど、現代は(もうずっと前からだけど)とても良い人工乳があるのだから、赤ちゃんは肉体的にちゃんと育つ。母乳絶対主義のためにお母さんの精神状態を無視して薬を止めるなんてのは愚の骨頂で、すべきではないし、お母さんの精神状態を保つことがずっと大事。とはいえ、「母乳は諦めなきゃダメなんですか?」という問いがあるわけです。


そもそも薬が赤ちゃんにとって有害かをどう判定するのか
これを考えるにあたって考慮すべきなのは、母乳移行と乳児への影響。
内服した薬が母乳中に入り込むのが母乳移行。それと、移行した薬が母乳と一緒に身体に入った時に赤ちゃんに影響あるかどうか。


飲んでも母乳中に薬が存在しなければそもそも心配する必要がないし、仮に母乳の中に薬があっても、赤ちゃんへの影響を無視していい程度ならば、事実上心配は要らない。母乳移行に関して言えば、母乳は脂肪分が高いので、脂溶性、つまり油に溶けやすい薬の親和性が高く移行性を憂慮すべきだし、当然ながら濃度が高ければ赤ちゃんにその薬を投与したのと同じことになってしまう。


実は案外薬は服用できる
添付文書を見ると、多くの精神科薬で授乳中の内服は禁忌とされている。要は授乳中は飲んじゃダメってことだ。ただ、率直に言ってその但し書きは国や製薬会社の訴訟対策であって、不誠実に感じてしまう。そりゃ妊娠・授乳期を通じて薬の内服が無いに越したことはないだろうけど、全否定の必要はまったくない。


千葉県は八千代病院のサイトでは、授乳と精神科薬について簡単な情報をくれる。


     向精神薬の副作用の話


で、ここにあるように、日本の薬の添付文書には授乳中ダメとありながら、海外では問題ないとされている薬はあったりする。
例えば、抗てんかん薬、気分安定薬(双極性障害に使用)として頻用されるバルプロ酸ナトリウム(商品名はデパケンもしくはセレニカなど)。添付文書では「授乳中の婦人には投与しないことが望ましい」だが、英国のデータベースでは授乳して良いし、事実上問題ないという記載のようだ。残念ながら英国の薬情報データベースには他国からアクセスできないようなので、WHOの文書を確認すると(BREASTFEEDING AND MATERNAL MEDICATION;pdfです)、’Compatible with breastfeeding. Monitor infant for side-effects (jaundice)’とあって、要するに赤ちゃんのときは黄疸に注意が必要だが、授乳してOKだと。バルプロ酸ナトリウムは、妊娠中は催奇形性のため基本的に使用を推奨されない薬だが、授乳中は問題ないというコンセンサスなのだ。


尚、経口摂取したバルプロ酸ナトリウムがどの程度母乳に出てくるかの具体的数値を知りたければこのサイト(⇛Valproic Acid use while Breastfeeding)。文献によってばらつきはあるものの、1日1-2g(1000-2000mg)程度の比較的高用量の服薬をしていても母乳に出て来る量は7mg/l程度以下であり、これは非常に少ない。


さて、授乳と薬についての一押し資料は、大分県産婦人科医会の「母乳とくすりのハンドブック」だ。下記サイトから無料でpdfを入手可能。


       大分県産婦人科医会


精神科薬を含めて、大変多くの種類の薬について、同医会、添付文書、海外研究者、国立成育医療センターなどの授乳に対する見解が一目でわかるように記載されている。図はそのうちの、抗てんかん薬に関する部分。


f:id:neurophys11:20170320103750j:plain:right:w300

バルプロ酸ナトリウムに関して言えば、添付文書以外では問題ないう判断なのがわかる。
Dr.Haleの分類というのがあるらしく、それによるL1(最も安全)〜L5(禁忌)では、L2(比較的安全)とされている。比較的安全というのは、副作用報告が極めて限定されているものをいう。


で、精神科薬に関しては、案外服薬してOKだというのがこのハンドブックを読むとわかる。抗精神病薬抗うつ薬は概ね問題ない。心配があるとすれば、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬で、連用しながらの授乳は児の傾眠や体重減少を引き起こすことはあり得るので(眠くなる薬なのでね…)、注意が必要。とはいえ、お母さんがどうしても不安に駆られてしまう場合の頓服薬として処方があるなら、飲むべき。できればその後数時間授乳を避けられればほぼ問題ないと思える(当然ながら代謝には個人差があるから、絶対に無影響とは言えないけれど…)。


そんなわけで、注意が必要な薬に気をつけつつ、しっかりと主治医と相談して服薬を継続しましょう。また、授乳中はダメという医者には、こういった資料があることを伝え、検討してもらおう。あなたの主治医が根拠も無く検討すらしてくれなかったら?…その場合は医者を替えたほうがいいかも、と個人的には思います。


薬物治療コンサルテーション 妊娠と授乳

薬物治療コンサルテーション 妊娠と授乳

専門家向けに思えるが、アマゾンのレビューでは案外普通の方が読んで安心を得ている様子。dneuroは未読なので、確認したい。


実践 妊娠と薬 第2版  ?10,000例の相談事例とその情報

実践 妊娠と薬 第2版 ?10,000例の相談事例とその情報

そもそもの妊娠と薬についてはこの本を。非常に丁寧でわかりやすい記述と豊富な薬物例。やはり専門家向けだが、一般の方も読んでいる。今日は妊娠については書かなかったが、基本的には少なくても妊娠の成立と、妊娠を自覚する程度の週数までは、服薬が大きな問題を引き起こすことはない。妊娠と薬についてはいずれまた。

開発中のアルツハイマー病治療薬はどうなった?

医療 治療 認知症

つい先日ヤフーでこんな記事があったので、気になったことなどを。

news.yahoo.co.jp


記事内容は概ね頷ける。確かにアルツハイマー病(アルツハイマー認知症)の治療薬は失敗続き。特にアルツハイマー病の原因は、加齢とともに、アミロイドβ42というタンパク質が神経細胞間に集まって溜まっていき(凝集と沈着、という)、それが神経細胞にとっては毒性を発揮されてしまう。ちなみにアミロイドβ42を主成分とするタンパク質の沈着を老人斑と呼ぶ。

www.icarastudy.com


より専門的には…
アミロイドβタンパク


だって神経細胞もネットワークも復活しないから…
ということで、アミロイドβ42(Aβ42)をターゲットに薬を考えるとすれば、方策は3つ。
1. Aβ42を作らせない(合成抑制)
2. Aβ42が出来てもそれを凝集させない(老人斑を作らせない)
3. 沈着したAβ42を分解する(老人斑を失くす)


それぞれの過程を目標に薬剤開発はされており、ことに沈着したAβ42を分解する治療薬が盛んに治験されてきた。その効果に関しては、実は成功していて、じゃあ老人斑が首尾よく無くなった人では認知機能が改善し、認知症から回復したのかというと、それが残念ながらそうじゃない。老人斑が消失してもほとんどの人の認知機能は期待した回復を見せなかったというのが紹介した記事である。


でも理由はシンプルなはずで、Aβ42の沈着によって認知症を既に発症した皆さんの脳では、元々あった、そして複雑なネットワークを形成していた神経細胞が既に沢山死んでいるのだ。そのために、アルツハイマー病の脳は萎縮している。今更老人斑が分解されたって、死んだ細胞は元通りになるわけじゃない。脳をはじめ中枢神経細胞も実は再生する、という現象は知られているものの、残念ながら殆どの領域ではやはり再生現象は起きない。それに仮に再生したとしても、以前と同じようにネットワークを再生してくれるかもわからない。脳内の複雑なネットワークは様々な経験(刺激)によって繋ぎ合わされたはず。仮に細胞だけが復活しても、またAβ42の毒性がなくなったとしても、ネットワークが元通りになって有機的に機能してくれる、というのは難しいのかなあと思ったりする(これはdneuroの個人的感想)。


Aβ42を失くすならずっと前から
さて、世の中には家族性アルツハイマー病というのがあって、気の毒と言うしか無いのだが、かなり高率に一定年齢に達すると認知症を発症する家系がある。


海外記事だがあるコロンビアの家系について

www.statnews.com


この家系の方は45から50歳くらいの間に初期症状を呈してくるという。実はその原因となる遺伝子はわかっていて、プレセニリン1(PSEN1)という遺伝子の変異があることでアルツハイマー病を発症する。もっとも中には50歳を越えて発症する人も居て、何らかの防御因子がそういう人にはあることが予想されるが、発症から逃れられるわけでもないという。*1


f:id:neurophys11:20170312200357j:plain:w300:right

2012年にNew England Journal of Medicine誌に掲載された論文が興味深いのだが、脳にAβ42が蓄積してくるのは、実際には発症の20-30年位前からだと想定されるらしい(図参照)。さすがに、沈着量が少なければ機能低下は少ないはずで、実際そういった人たちでも認知機能低下が起きてくるのは、アルツハイマー病発症が明確になってくる10年位前から。ということで、発症が予測される家系の方であれば、一定年令になった時にAβ42を除去する薬を投与すれば発症が予防できるんじゃないか、という発想があって、そういう治験は進行している。つまり50歳を発症年齢と想定するなら30歳からもう治療を開始してしまう、というもの。


それに関してはテレビでも紹介されていて、2014年のNHK

cgi2.nhk.or.jp


紹介された薬はどうなった?
スペシャルの前半で紹介された薬がある。LMTXといい、アルツハイマー病の脳の変化においてAβ42と並ぶもう1つの主役を演ずるタウ蛋白の凝集を防ぐ。Aβ42の凝集・沈着とともに、異常なタウ蛋白質神経細胞内に溜まってしまう。


LMTXはこの異常なタウ蛋白質を減らす作用を持ち、番組では将来有望そうだった。番組は2014年だったが、大規模な臨床試験の結果が早ければ2年後には、という話だったので、調べてみた。


In First Phase 3 Trial, the Tau Drug LMTM Did Not Work. Period. | ALZFORUM


臨床試験に参加したのは891人のアルツハイマー病患者。そして残念ながら全体としては効果は認められず、認知症は進行したらしい。ただし、試験参加時点でほとんどの患者さんたちは既に抗認知症薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、それにメマンチン:いずれも一般名)を服薬しており、LMTXの単独治療を受けたのは15%に過ぎず、試験終了時に単独治療だったのは51人。そしてその51人には認知症を遅らせる効果があった、というのだが…実際には統計上の看過し難いごまかし(不適切な対照群との比較)があり、結論は何ともいえないもの。敢えて言ってパイロットスタディ(予備的な試験)としては望みが無くはないから、次にまたきちんとした試験を、という結果でしか無かったようだ。


疑義を呈する研究者からすれば、アルツハイマー病が診断されていながら何の治療もされていないという患者さんたちはどうしてそういう状況にあったのか、診断は確実に正しいと言えるのか、北米と欧州のサンプルだけからはまだ結論は出せないということもあるようだし、まあ実際そうかな。いずれにしてもNHKスペシャルで再度紹介される可能性はしばらく無さそう。


残念な結果が続いているアルツハイマー病治療薬だが、世界の叡智が物凄い金をかけて研究・開発しているのは確かで、今の方向性そのものは合っていることを祈りたい。個人的に期待しているのは以前書いた記事(⇛不老の薬があるかもしれない)のAIMだが、期待を持てるかどうか分かるのもまだ先だろう。


ちなみに、マウスはどんなに老化が進んでも老人斑が出てこない。だから遺伝子改変技術を使って老人斑を作るマウスを作っている。dneuroも実は大学院生時代に半年ほどそういったマウスで研究をしたが、何も結果を出せなかったのは苦い思い出の1つ。ネコは面白いことに老人斑を作り、人間のタウ蛋白凝集による神経原線維変化という現象も起こすとのこと。老人斑に関してはイヌもサルも作るし、どちらかと言えば自然経過で老人斑を作る動物で研究する方が良い気はする(でも個人的にはイヌ・ネコ・サルはいずれも殺したくないので、自分自身で実験はしたくない…)。


動物にもアルツハイマー病はあるのか | 東京大学大学院農学生命科学研究科


紹介2回目だが、熊本大学の池田学先生の著作。標準的な知識を身に着けたい方へ。認知症ごとに症状の違いがあり、それがわかっているとどうなるのか予測が着く。特に家族や介護者にとって今後を考える上で今後の予想は重要。


臨床医が語る認知症の脳科学

臨床医が語る認知症の脳科学

著者の岩田誠先生はお会いしたことなど無いが、数々の著作から尊敬している。脳科学的な解説をしながらもきっと人間味あふれる記述になっているに違いない(ということで注文してみました)。

*1:家族性のアルツハイマー病遺伝子は今のところ3つの遺伝子が知られている。プレセニリン1と2(PSEN1,PSEN2)、それとアミロイド前駆蛋白(APP)。とはいえ、じゃあその遺伝子の変異を持っていると全員が発症するかというと、ほんとに全員というわけではない。ところで、家族にアルツハイマー病の方がいれば皆家族性かといえば、そんなことではなくて、こうして特定の遺伝子変異が明らかではない、普通の(?)アルツハイマー病発症の方が実際にはほとんど。この遺伝子を持っていれば発症確率が高いのでは、という遺伝子は一応ある(Apoe4)のだが、臨床的にそれを調べ上げて、発症しますよ、とまで言うのは言い過ぎ。その遺伝子が無い人よりリスクは高いとは言えるけど、変なこと(保険加入とか…)に影響が出たら困るよなあとも思ったり。

ためしてガッテンに見る医療情報伝達の難しさ

医療 疑似科学

NHKためしてガッテンは普通の医療関係者にとって、時に評判が悪い。個人的には認知症をもたらす正常圧水頭症について取り上げられた途端に「うちのおじいちゃんもそうじゃないんですか?」というご家族の質問が続いてやや閉口したことがある。*1


info.ninchisho.net


そんなわけで、放映された途端に番組内容に沿った形での検査や医療を要求される方が増えることが通常診療を妨げてしまうことが医療関係者内でよく批判されるのだが、今回の特集も早くもネット上で批判がかなり目につく。


www9.nhk.or.jp


番組内容に興味を持った方、オンデマンドで見られますよ、と思っていたら今は見られず、サイトでもついに謝罪が加わった。

批判はこんな感じで展開されていたので読みたい方はこちらを。


2017年2月22日放送のNHKガッテン「糖尿病に睡眠薬」に疑義を申す


見てみたが内容は面白い
で、まだ見られる時にオンデマンドで見てみた。批判を読んだだけだと、主張したい内容を煽って、専門家の立場からは得られる示唆も少ないかと思って警戒しつつ視聴したのだが…dneuro的には結構興味深く、面白く見ることができた。演出が上手くて、さすがテレビ。見せ方に感心してしまう(嫌味っぽいか…)。

内容的には要するに下記3つのことについて。


睡眠障害と糖尿病の関係
・交感神経系とインスリン分泌や血糖の関係
・デルタ波が多く出る深い睡眠(番組ではデルタパワーと紹介)が現代人は少なくなっている


実際のところこの3点はそれぞれきちんとした内容であり、この番組が本来伝えるべきことを医学的に正しく表現するならば、こうなると思う。


 ・糖尿病患者の中には深い睡眠が得られていないなど睡眠障害を抱えている
  患者が一定割合で存在する。
 ・浅い睡眠下では本来働くべきでない自律神経(交感神経)活動が高まりやすい
 →血糖値上昇→早朝高血圧→血管障害の進展という悪循環形成
 ・睡眠障害を改善するための介入によって悪循環を断ち、糖尿病を改善させる
  ことが可能な場合がある。


この内容を、一研究者の仮説的内容や、試みている治療を強調しすぎることなく伝えることが出来たなら良かったと思うのだが…


ベルソムラが直接糖尿病を改善させるわけではない
番組で最も大きな問題点と感じたのは、登場された大阪市立大学医学部、代謝内分泌病態内科学(長いな…)の稲葉雅章教授が、糖尿病の睡眠障害の治療薬として、殆ど1つの薬、つまりベルソムラ(一般名はスボレキサント)があたかも夢の薬であり、特効薬かのように紹介していることだろう。普通にこの番組を見ると、ベルソムラさえ服薬すれば糖尿病の改善が達成できるように思えてしまうが、そんなエビデンスは今のところ無いので、殆どの批判がここに集中している。糖尿病治療の先生のもとには、「ベルソムラ処方してください!」という患者さんが殺到してもおかしくないくらいだ。


NHKはこれまでに稲葉教授の研究を紹介していたようで、今回の特集もその延長上なんだろうなと。実のところベルソムラを使って睡眠障害を改善させることが糖尿病治療に効果的ではないかという論文自体は内容的にはマトモ。


www.osaka-cu.ac.jp


でも、注意が必要。ベルソムラはあくまでも、睡眠障害を改善させるための介入法、とりわけ睡眠薬治療の中の1選択に過ぎないのだ。実際のところ、ベルソムラが糖尿病の改善に役立ったとしてもそれは間接作用であり、睡眠障害を改善させるための手段は、生活習慣の改善(運動、仕事量の調整、環境調整など)や他の治療法の選択(例えば認知行動療法)など他にもあるので、番組があんな誘導的であってはいけなかった。稲葉先生の研究自体はおかしな内容ではない(真偽は今後の研究による)だけに専門家の信頼を失わせるような紹介に関与したのは非常に勿体無いと感じる。


小さな問題点を2つ
1つは、ベルソムラ服薬によって、普段の血糖140が、112に低下した=糖尿病が改善したぞ!的な実際の患者さんを出したこと。実際には糖尿病における血糖の変動はかなり大きいものがあり、正直その程度の低下は治療に関係なく見られるもの。大事なのは持続的に丁度よい血糖調節がされていることで、1回の測定で血糖が低いことは糖尿病改善の指標にはならない。通常そのための指標はヘモグロビンA1c(HbA1c;1ヶ月程度の血糖推移を反映)だし、糖尿病で最も注意が必要なのは実は低血糖発作なのに、と感じますよ。もっとも出演された方にとって112という’正常値’が嬉しかった気持ちは伝わってきた。


f:id:neurophys11:20170304132356p:plain:w400:right
もう1つはデルタパワーという言葉。番組を見た殆どの人は、あたかもそういう力、能力という意味合いのパワーを人が持っていると勘違いしそう。この番組で言うデルタパワー。脳波というのは図を見るように色んな波から成り立っているのだが、覚醒して目を開けている時にβ波、閉じている時にはα波という波が主に観察される(図は大熊輝夫著、「脳波判読Step by step 入門編」から)。それぞれ観察される一定の周波数内に収まる波をそう名付けている。*2一秒間に幾つの波が出ているか、が周波数なので、例えばα波は8-13Hzの波だが、それは波が1秒間に8回から13回観察されるということ。人は睡眠の深さに応じて脳波を変化させるが、深い睡眠段階(ノンレム睡眠の3もしくは4段階という)では非常にゆったりした脳波である、デルタ波が観察される。こういった周波数の異なる波が一定の時間内にどのくらいの割合で出てくるのかを、フーリエ変換という手法を用いて示した量をパワーと呼ぶ。つまり、デルタパワーとは、ある一定時間内に出現してくるデルタ波の量(割合)を示す言葉であって、デルタ波を出す力があるとかそういう意味ではない。


願わくば、ベルソムラが脳波を改善させるよ、というもっと説得力のある証拠が欲しかったのだが、番組で紹介されたように、簡易的な測定器(多分この開発に稲葉先生関わっているんじゃないのかとも思うけど…)での測定で改善しましたよ、という単なるデモは、証拠として圧倒的に足りない。


ベルソムラは新しい機序の睡眠薬だが、必ず効くわけではない
一臨床医として、ベルソムラが良い薬というのは確かだと思う。
この薬は、睡眠薬とは言っても、多くの睡眠薬(ベンゾジアゼピン)のような依存性が無く(少ないと言うべき?)、筋弛緩作用を心配することがなく(筋弛緩作用が強いと起きた時力が抜けて転んじゃう)、そういった安全性が高い上に効果もちゃんとある。もっとも、2014年に世界に先駆けて日本で発売されたため、世界的なエビデンスにはまだ乏しい。


ベルソムラの作用機序はとても変わっている。ベンゾジアゼピン系やバルビツール系といったこれまでの睡眠薬は、鎮静効果のある受容体に働きかけることで、いわば無理やり催眠効果を誘導していた。一方、ベルソムラは、オレキシンという覚醒タンパク質(我々は起きるために必要なタンパク質を持っているのだ!)の働きを阻害する。起きているのを邪魔すると眠くなるのだ。


開発過程も従来薬とは違っていて、とても興味深いが、今日はとりあえず↓参照で。柳沢教授は現在テキサス大学所属だが、もしかしたらオレキシン関連の研究でノーベル賞も、と期待されていたりもする。


睡眠障害の謎を解く(基礎研究最前線)


で、このベルソムラ、確かに使い勝手はいいです。睡眠障害でこれまで精神科にかかっていなかった人に対する薬としては、使いやすい。ただまあ、どの薬にも言えることだけど、効果があるとは限らないし(効かないという人もいれば、効きすぎという人も当然いる)、副作用(傾眠と悪夢)はちゃんとある。


医療情報の伝達って難しい
長くなってしまったけど、dneuro的には今回の内容は、問題点と今後の治療方向性をもっと穏やかに言えれば、こんなに専門家の反発を受けないのに、と思う。


ただ、どの番組にも言えるのだけど、医療情報をテレビで伝達するのって難しい。テレビ的にはできるだけ断言的に、センセーショナルな作りをしないと視聴者の気が引けないというのがあるよねぇ、と。本当は、科学者が物を言うときは、大体が仮説的なことしか言えないので、迫力が無いのだ。


今回の件なら、上述したように、睡眠障害を抱えている糖尿病の人は、それを良くすることで、糖尿病も改善される可能性がありますよ、その時には、もしかしたらベルソムラのような新しい睡眠薬が役に立つかもしれませんよ、まだ研究中で断言はできませんけど…、なら科学的には許せる。でも、テレビ的には、そんな「〜かもしれない」「もしかしたら〜」「断言は難しい」という言葉じゃ曖昧で、視聴者受けが足りないと考えるはず。


以前書いたようなダークサイドに落ちた科学者さんたちもおしなべて断定ばかりする(だから断定口調の科学者というのは余り信用出来ないことが多い)。


そんなわけで、このblogも主張を断定的には書いていないつもりで、その分迫力に欠けるかもしれません…でも1つだけ断言できるのは、「病気の治療でこれが決定的でそれしかない、と言える治療法は今のところ何1つ無い」、ということかな。だから、権威の言うことも、サプリの煽りも、ある程度距離を置いて聞こうね、という、医療ユーザーとして正しい姿勢を我々は持たなければいけないのですよ…。


とりあえずわかりやすい一般書。ベルソムラまでは話が出てるかな…
昼間眠くなるのはお昼ごはんを食べたせい、とか良い睡眠時間は決まっているとか、誤解が解けるかも。


眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

今日の内容に実は関係ないけど、睡眠絡みで…イタリアのある貴族家系は、ある年齢に達すると眠れなくなる致死性不眠症という疾患を発症する。その理由には人間が持つ食人習慣が関係したという意外な話に展開していくノンフィクション。この10年位で一番面白い本だったのでいつかは改めて紹介したい。


新版 脳波の旅への誘い 第2版 ‐楽しく学べるわかりやすい脳波入門‐

新版 脳波の旅への誘い 第2版 ‐楽しく学べるわかりやすい脳波入門‐

脳波を勉強したい、医学生、今日の図に使った大熊先生の本は買わなきゃいけない本ではあるが、とりあえずフレンドリーな本で勉強したいならこちらをどうぞ。脳波は古い検査だが、今でも進歩しているし、なにせ測定コストが安く、またリアルタイムに脳機能を探れるスグレモノなのだ。


ところで糖尿病と言えば糖尿病食。いかにも不味そうだが、ここ兵庫県尼崎市池田病院の病院食は美味しそう。何ごとも知恵と工夫次第と思える。できるかどうかは別問題として。

*1:「治る」認知症としての正常圧水頭症認知症診断において必ず鑑別すべき疾患の1つ。なので、「最初にその可能性を否定しているんですよ〜」と繰り返すことになった。が、まあ確かに頭のなかで色んな疾患を否定しつつ診断をしてはいるものの、その過程の全てを説明したりしないからな…と反省点もあるし、しっかり鑑別しているよなあと確認する機会になったのも事実。

*2:覚醒閉眼状態でα波と書いたが、α波ってすごい一般的な脳波なんだよねえ。昔α波発生機とかいうのが流行った時期があるし、今でもリラックスしたら出てくるとか言うんだけれども、実際には普通の脳波。α波を増やす機械の開発にどうですか?と誘われたこともあるけど、理論的に何も納得できず参加しなかったことがあるなあ…。

発達障害特性独自の強みについて

ADHD ASD

発達障害についてはやはり「障害」と括られることで否定的なことが書かれることが多い。発達障害の持つ特性が障害になる一方かというと、そんなわけでも無いというのが今日の論点。実際の所、あぁこの人ASDだなあという偉大な人はそれなりにいるし、ADHDを公言している著名人もいる。


特性の強みに関しては、例えばASDでは⇓のような就職関連のサイトで、こだわりを上手く活かせば…とか、人が退屈に思うことでも不満を言わずに作業レベルを落とさずに長時間継続できる、といった文脈が多いかと思う。


hataraku-chikara.jp


ただ、一方でそれは「障がい者」の枠の中でこういった強みがありますよ、と言うだけであって、障がいと無関係な積極的な強みとして語られることは少ないのは仕方が無いとは言え残念な部分ではある。


ASDADHDもその特性は条件が揃えば強みだ
条件が何か、というのは少し置いておいて…


・空気が読めない
日本人が空気を読みすぎたり、その場に居る立場が上の人を慮って議論を停滞させる傾向にあるのは周知の通り。
空気が読めない、ことは誰に対しても声をあげられるという素敵な面を発揮できる。なあなあで済ませてしまうもしくはそのようになってしまった中でも、余計な私情を挟まず誰かを特別扱いしない、裏表なく公平といった非常に公正な人になり得る。*1


ASD(傾向)があって活躍している人は「外国に居るほうが楽」と語ること、結構多い。英語圏では敬語もなく、議論においても上司や教授など権威に対してもファーストネームで呼び合い、また声を上げること自体が評価されるために、英語圏では能力を発揮できる条件が1つ多いと言えそうな気がする。


日本に戻ってくると途端に窮屈になる…この傾向はADHDにも言える。そう、ADHD特性に衝動性、多動があるがそれは外交的性格と重なると積極的な社交性に繋がり、日本人らしからぬ「空気を読まない実行力」「疲れを知らない行動力」となり得る。楽天三木谷社長はADHDの気があるかも、と発言しているようだが、頭の回転が早くアイデア豊富なのはADHD特性に源泉があるのかもしれない。衝動的にぱっと考えを口に出すのは日本社会には合わず、やはり海外、特にアメリカにマッチする方は多いだろうと思わせる。


いずれにしても、空気を読めない、というか周りを気にしないことは、特定領域の公務員、技術者、研究者、資格職にとって強みになることが十分にあるはず。


・こだわりが強い
ASD特性の1つだが、これも特定職種にとってはとても重要な資質になりうる。手順を確実に守り、疲れても手抜きしない。ルーティンを大切にして、ぶれない生活を守る。慣れてくると技術的には手抜きをしたり、特定の人や業者などに対しては融通を利かせすぎてしまうのが普通の人という感じだが、そういう袖の下を通さず、規律を遵守するのが得意というのはASDの強みと言っていい。*2


・不注意なればこそ
認知科学における注意と言う場合には、今起きている物事や周囲に適切に注意を分配する、例えば、何かに集中していても声をかけられたらそちらに注目するといったことも注意機能に含まれる。これはADHDが苦手とする機能。


しかし、特定のものへの熱中に度が過ぎて、話しかけてもまったく聞こえないというような過集中という性質は、特定分野においては強みだろう。注意の分配が適切にしっかりできることは、マルチタスキングに有利だし、どちらかといえば女性が高く持ちうる能力だが、ただでさえADHD的要素の強い男は、逆に過集中できるからこそオタク的、マニア的知識や技術習得に役立っていると言える。


・特性を活かせる条件とは何だろう
身も蓋もないが、一定以上の知的能力、技術習得能力が必要。特性そのものが問題になってしまうのは、特性を欠点としか認めてくれない環境条件もあるが、持ちうる能力が足りないことも多い(ので能力は伸ばす必要がある)。


本来は素晴らしい能力を持ちながらも、環境がその能力の発揮や、向上を許してもらえない状況にある発達障害者は多い。養育・教育に携わる人に考えてほしいが、大勢の健常者を凌駕するような何かの能力に長けている場合には、特性を修正することにこだわってしまってはもったいない。能力の凹凸を均すことに努めず(少なくてもある程度は)認めてあげられる環境づくり、というのが条件とも言える気がする。周りの人には、持ちうる得意な能力を伸ばす手助けをしてもらえたら、と思う。*3


また幼児期には十分に人に対する信頼を構築することが恐らく重要。そうでないとASDは被害的になりやすい部分があるし、ADHDは挫折に弱く悲観的になりやすい。人との良い関係を築けていてさえ、そういった部分は残るので、当事者であればそれも自覚する、自覚できることが自らの持つ能力を発揮できる条件といえる(はず)。自身を知ること、客観的に把握する能力をメタ認知(⇛https://ja.wikipedia.org/wiki/メタ認知)と呼ぶ。


特性を活かすキーワードは、能力、環境、メタ認知、とまとめたい。


仕事がしたい! 発達障害がある人の就労相談

仕事がしたい! 発達障害がある人の就労相談


ASDとその特性を活かした就労支援といったときにまず思い浮かぶのが梅永雄二先生。まずは自分の特性を知る、ということも強調されている。ただし、特性の長所の活かし方については福祉的立場から述べていることが多いとは感じる。求められているニーズの多さからして仕方が無いとは思うが。



楽天三木谷社長の評伝。色々なことに、短期間に次々チャレンジする姿勢は、ADHD的、と思える。

*1:良い方向に働ければASDの方は理想的な上司にもなり得るのではないか、と思う。ある私の知人は明らかにASDだ。彼はとても公平無私で、判断は常に合理的。理を大事にする。社会人なりたての頃は上司にとって、融通の利かない、上司にも正論をもって楯突く煙たい奴だったが、能力が高いため出世し、今では部下にその能力と公平さを慕われている。私も心から尊敬している。

*2:ADHDはむしろ逆というか、手順を守るための注意力を維持できない、つい手順を飛ばしてしまう、ミスをするといった面があるので、こちらは明確に改善が必要な場合が多い。とはいえ、過集中できるほど熱中できることに関しては妥協を許さない人が多い印象も持つ。

*3:どうも文科省は子供にバランスの整った能力発達を求めているらしい。一見良さそうだが、せせこましい。バランス重視というよりも尖った部分を評価する社会の方が発達障害者にとって生きやすいのではないかという気はする。アメリカやカナダにおける教育状況を聞くと殊にそう思う。伸ばせる能力は伸ばして欲しい。

優しい薬物療法を目指したい (2)

治療 医療

良い薬物療法はあなたに優しいはず
さて、良い薬物療法はある意味悪い薬物療法の裏返し。


正しい診断のもと、症状を緩和したり治すのに十分に効果を望める必要最低限の量、可能なら出来るだけ少ない種類を。定期的で、十分な副作用対策(副作用対策は薬だけとは限らない)。そして効果が発揮され、目的が達成された時に可能ならば減量もしくは中止する。


但し、言うは易しというやつで、現実にはスムーズに行かないこともある。良い薬物療法は実際には、医療者と患者双方の協力が不可欠で、出した薬の作用はそれが生活をしやすくしているのか、医療者の注意深いモニタリングと共に、患者側も医療側に伝えることをして欲しい。受療側は、介入手法の1つである薬物療法が、目的を達しているのか、改善させたのか、悪化させたのか、もしくは不変なのかを判定する必要がある。


「飲んでます?」と聞くと実は飲まずにいることも多かったりする。うん、結果が良ければそれでOK、怒ったりしませんよ。でも基本的には医者は出した薬は飲んでくれている、と思っているから、忘れたにしても、故意にしても、何を飲まなかったのか、は伝えて欲しい。そうでないと効果・副作用把握に誤解が生じるし、医療費の無駄遣いだ。もちろん、副作用が辛くて飲めませんでした、は殆どの場合しょうがない。*1合う、合わないはあるし、辛い副作用があるのに飲み続ける方も時にいらっしゃるが、頑張りすぎる前には主治医や処方医と相談して欲しい。


薬に抵抗はあるかもしれないけど…
前回冒頭に「時間制約のある現代精神医療の中では中心にならざるを得ない」と書いたけれども、薬物療法に後ろ向き、ということではない。
薬に抵抗を感じる、というその感覚は健康的だ。余分な異物は体内に取り入れたくない、そんな気持ちはとても良くわかる。


でも、正直症状に苦しみ抜いて自然の回復を待つ、のは余りに辛い時がある。服薬することで、眠れぬ夜が少なくなって疲労が回復し、死にたい気持ちから生きたいという気持ちに変わる、不安で外出もできない状態から安心して外出できる、そうなれるかどうか、まずは飲んでみてもいいだろうと思う。


副作用には、副作用が出ない量を使う、使う薬の種類を変える、副作用どめを使う、といった対策が取れる。


抵抗感だけで薬を飲まなかったり、とにかく少なくしたいと効かないような極小量を飲んだり、あれやこれやと感覚だけを頼りにした自己調節、は避けて欲しい。ただし、きちんと飲んでもらうための説明であったり、対応が医療側に必要であることも言うまでもない。やはり良い薬物療法は、両者の協力の上に成り立つものですよ。


dneuroは、困りごとはできるだけ良い方向に改善されていくべきと思うが、一方で「治療者」に依存して生きていく期間はできるだけ短い方がいいはずとも。医者にお世話になんて本来はならないほうがいいのだ。薬物療法は、丁寧に、正しい方向でやれば、受ける側の自己治癒力を邪魔せず、かつ他の治療法以上に自立を促し、医療者無しに過ごす自分なりのやり方を身につける生き方につながるものだと考えている。


カウンセリングは理想?
薬物療法に抵抗感がある方には、精神科に来たらカウンセリングとイメージを持っているのかなと思う。そう、カウンセリングなり、精神療法が理想なのか?という問いには、疾患や症状(要するに困りごと)、年齢、状況によっては、と答えたい。
まずは、提供されるカウンセリングが相談者にとって良くなる方向において正しいとしても、それを受け入れる脳の条件が整っていることが必要。つまり、幻覚・妄想、興奮や不安・焦燥感が強すぎたりする中では言葉が入っていかず、まずは薬で脳を落ち着ける必要があるだろう。
さらに、困りごとに、破綻した人間関係や明らかにおかしい職場環境、ないしは全く能力とマッチしない仕事をしている、といったことが関連しているなら、それをどうにかせずに薬物療法もカウンセリング(精神療法)も効力を持たないだろうと思う。環境改変させるのはカウンセリングだけでなく、薬物療法だって話しながらそれをしてもらっていきますよ。


また、ここでは詳述を避けるが、例えば精神分析はdneuro的には治療行為とは到底思えないし、間違った、というか方向性の誤った精神療法は時に薬物療法以上に副作用をもたらしかねない。*2


ところで、今流行りの認知行動療法も、訓練を受けていない治療者では効果を発揮し得ない。効きやすく、薬物よりも効果を発揮する疾患(例えば、単一の恐怖症、強迫性障害パニック障害)がある一方で、認知行動療法だけでは治療が困難な疾患(例えば、統合失調症双極性障害)がある。昨今の流行で、「認知行動療法が最後の砦」的意識を持っている医療者・患者がいるが、万能でないのは他の治療法と同じです。


うつと不安の認知療法練習帳

うつと不安の認知療法練習帳

本を読むのが苦手でない人で、認知行動療法に興味のある方にはこの本を一押ししている。アメリカはやはり自分で何とかする、というためにワークブックが良く出来ている。本書は認知行動療法入門にもなるし、不適応な思考がどんなプロセスで出来上がっているのか、わかりやすい。


ではいずれは内科疾患になるのか?
精神科医としてしばらくが過ぎた頃、小児科の同期と話していたら、「あ、結局そうなんだ。でもいずれは内科の仕事になるってことかい?」と言われたのを思い出す。確かに、病因が解明され、根本治療がされたら、検査と治療法が一体となり、精神科医の武器である詳細な問診による診断、という技術が不要になる可能性は高い。そうなれば理想的とも思えるが、研究者視点でそれがあと数十年単位で可能とは到底思えない。以前も書いたが(⇛精神疾患って原因あるの?)、精神疾患の原因、すなわち原因遺伝子保持からその発現が疾患に至るまでの身体内での発展メカニズムは絶望的なまでにわかっていない。*3内科の仕事になるのはまだ当分先だ。

*1:辛い副作用があったとき、とりあえず服薬を止めてほしいと思う。精神科においては特別な場合(急性の興奮時や感染症膠原病など身体疾患による精神症状治療時)を除けば、まず大体は一旦止めても大丈夫。副作用の中には危ないものもあるのだからひどい副作用があると感じたなら、とりあえず止めてからまた相談して欲しい。

*2:実を言うと精神科医になって精神医療に不信感を覚えたのは、精神分析治療のカンファに出たときだ。正直それはあなたの感想じゃないの?という医師側の言葉や、分析上級者たちが具体的な言葉もなく相互理解しているのがまずは気持ち悪かった。さらに、言葉による治療に頼る(はずの)分析上級者たちの薬物療法が多剤併用大量であることが多く、副作用に無頓着なことにショックを受けた。単に私の接した方々が悪かったのだという可能性はあるけれど、今に至るまで不信感を払拭しきれてはいない。また、精神療法というわけではないが、しかし類似のものとして危険性が高いのが「洗脳」だろう。

*3:よく「統合失調症の原因遺伝子が判明」みたいな記事が踊ることもあるが、全てウソ、まあそれは言い過ぎにしても、その研究者が解析した範囲内で原因の1つになり得る結果が得られた、程度の解釈が正しいものばかり。真の原因究明はまだまだ先の話。

優しい薬物療法を目指したい(1)

医療 治療

精神科や心療内科に訪れた方が時々口にするのが、「カウンセリングじゃ駄目なんですか?」という問いで、その言葉を聞く度に、精神科というイメージが持つ誤解や、時間制約のある現代精神医療の中では薬物療法が中心にならざるを得ないことや、名医と言わずとも良医ではありたいと思っているdneuro自身の力不足など思い浮かぶ。…とはいえ、精神科医療に薬物医療は必要であり、でもそれは優しいものであるべきとは考えている。


優しい薬物療法が基本的には必要と考えている
前に書いたように、薬は病気からの自己治癒力を支える杖のようなもの、と考えるといいのではと。


  薬について


薬物療法は本質的治療といえないが、良い杖は生活を支えてくれるはずだ。
薬なんかに頼りたくない、という気持ちはわかるけれども、骨折してギプスで固めた足があるときに、松葉杖頼らないで暮らして生活圏が狭まっては勿体無いでしょう?


ちなみに、病気の根源を絶つ、というのを本質的医療というなら、多くの病気で実はそんなに根源的治療にはなっていない。糖尿病、高血圧、高脂血症、各種心臓疾患、がん、多くの病気がどのように引き起こされるか解明が進んでいるが、だからといって原因療法ができるとも限らないのだ。


良い薬物療法、悪い薬物療法
悪いほうが考えやすい。

誤診、病態に合わない量、同じ薬理メカニズムの薬の重複、副作用が強いのに使い続ける、効果がないのに漫然と続けている…


診療において誤診は実は少なくない。診断に沿った薬が使われなければそもそも薬は効かない。そんなことあるの?という疑問も持たれるかもしれないが、ある程度治療行為による介入が進んで初めてわかることもあったりはする。診断的使用という言葉があるくらいだ。


病態に合っていない多い量が強い副作用に繋がりかねないのは当然。でも実は、少なすぎるのに、効かないという判断を早くしすぎてしまうこともある。細菌をやっつける抗生剤で考えてみるとわかりやすいが、一定量の細菌群を殺すためには、それなりの強さの薬を使う必要があるのだ。弱い、病態を改善させるのに不十分な量の薬を漫然と使ったって改善するはずがなく、またきちんと判定できないのにその薬を諦めてしまうのは勿体無い。薬は少なければ少ないほどいいのではなく、病態改善に十分な必要最低量が望ましい。


同じメカニズムの重複は精神科医療の暗い歴史の中に歴然とある。今もそれは反省すべき現象で、以前統合失調症が適正化するかという話題で書いてみた。


平成28年度診療報酬改定は精神科における多剤併用大量療法を駆逐するか?


同じメカニズムの薬をいくら重複させても、基本的には意味がない。例えば抗うつ薬SSRIに属する、パキシル(一般名:パロキセチン)とジェイゾロフト(セルトラリン)を一緒に服用したって、同じセロトニン再取り込み阻害作用が発揮されるだけなので、2種類使うよりは、パキシル最高量、ジェイゾロフト最高量という単独の最高用量までtryしてから切り替えるのが標準的なのであって、重複使用はどちらが効いたのかもわからず、また副作用が複雑になる。実際の所、効果発揮メカニズムは同じでも、薬によって若干構造の違いがあることが、効きめの個人差や副作用の出方(こういった特徴をプロフィールと呼ぶ)に差が出てくるものなので、重複使用は事態を混乱させてしまう。とはいえ、状況によっては選択肢としてはありうるので、あくまでも基本的スタンスだが。


副作用が強いのに使い続けることもよく見られる(もちろんそうでないように努めているつもりですが)。精神医療においては、一旦処方してそのまま、病態回復しても使用続けた時、そしてお節介な副作用どめ使用、という形が多いのではないかと。


例えば、気分変動が続くので、最初に処方した抗うつ薬ジェイゾロフトに加え、感情安定薬リーマス(炭酸リチウム)を加える…まではいい。でもそのリーマスが効果なかったと判定したのに続けながら別な感情安定薬であるデパケン(バルプロ酸)まで加えて経過を見たら、それは出しすぎというもの。効果を発揮させるために加えた薬は、なんとなくそのまま使ってしまいがちなので、戒めたい。患者さん側も、減らすのが不安だからそのままのほうがいいです、という方がいたりする。


また、大体が、効果を発揮させたいときには、それが効くべき病態があるので薬がちょうどよく働き、副作用が出ないことが多い。一方改善してきたら効くべき病態が無いので、効果そのものが副作用になることもある。例えば抗不安薬は不安を鎮めるが、不安でないのに使えば眠くなったり集中力を落とす。必要なくなったら薬は減量すべきだ。


そして、dneuroが医師になりたての頃、副作用どめは最初っから入れておくべきと習ったが、今その発想は基本的にはしない。なにせ、副作用どめも薬である以上副作用があるのだ。効果を狙う薬の副作用が出るかどうかもわからないうちから、副作用の可能性だけ増大させても益は無い。


効果が無いのに漫然と使用。*1抗うつ薬抗不安薬睡眠薬で顕著に目立つ。とりわけ症状が重い時に効果があった薬を減量したり、やめるのは医療者側にとっても患者側にとっても勇気がいることが多い。
でも、そもそも医療なんて必要ないに越したことはないのだ。
十分に回復したら、必要ない医療から脱出を図るべき。


ところで、認知症についての講演で必出の質問がある。
アルツハイマー認知症の初期にしかアリセプトは効かないといいますが、もう5年も出ています。効果はあるのでしょうか?」
もちろん、個人差はある。もしかしたらアリセプトの持つ興奮作用がいい方向に働いているかもしれない。でも大抵の場合において、アルツハイマー認知症が発症して5年も経ったらもうアリセプトは何も効果を発揮していないはず。医療コスト的にも良くないよね…。MRさんは使っているから有り難いと思うでしょうが、きちんと助言してね、と思う。


精神科の薬がわかる本 第3版

精神科の薬がわかる本 第3版

改めて見てもこの本はわかりやすくて良いと思う。
ADHDに使う薬については簡単過ぎるが、それ以外は概ねわかりやすい。これを読めば自分の治療薬の把握と、医師への質問もしやすくなるだろうと。


白い巨塔〈第1巻〉 (新潮文庫)

白い巨塔〈第1巻〉 (新潮文庫)

上述の誤診したら薬は効かない、に絡んで。山崎豊子の「白い巨塔」は、浪速大学医学部第1外科助教授(今なら准教授か)である財前五郎が教授目指して策謀巡らせる話。その中で財前が、潔癖な親友里見に対して「なあ、〇〇大学の元教授が自分の誤診率は3割だったと言ったそうだ。医師仲間はそれだけかと驚き、普通の人はそんなにか、と驚いたと言う。それほどまでに意識は違うものなんだよ」と諭すシーンがあった(正確な引用じゃないです)。実際誤診は珍しいものではなく、それは様々な要因が絡むけれども、大事なのは早くそれに気づき、わかったならすぐに対処するということだと思う。「後医は名医」という言葉があり、前の医師がしたこと、というのは何かしらの結果が伴うので、次の医者は多くの情報を持った状態で診断・治療にあたられる。次の医者が名医だから診断できたというわけではないことも多いのだ。
ちなみに、「白い巨塔」で中心となる教授選、少なくてもdneuroの知る限り、今の教授選はすごいクリーンですよ。

*1:効果が無いのに漫然と処方、は精神科だけでは勿論無い。急性期に対してもそうだが、日本の医者が薬を使いすぎ、患者が薬を求めすぎ、なのは明らかで、意味がない処方が正直多すぎる。風邪を引いたら抗生剤、咳止め、去痰薬、複合剤がかなりな量出されると思うし、高血圧、高脂血症、糖尿病などに対する薬も一度始めたら止められない神話が利きすぎているように感じる。さらに効果の無い漢方薬治療が漫然と続けられることもあり、使うからには効果検証が個人レベルでも行われるべきと思う。

知って面白い医学史

医療 書評 治療

医学史は面白い。それは不謹慎だが人体実験の歴史だし、今から見るとまさかそんなことを権威じみた偉い人達が言っていたんだ、と当然こちらは後出しじゃんけんなのでずるいのだが、正しい治療に至るまで苦闘の歴史が偲ばれるというのもあるのかもしれない。


世にも奇妙な人体実験の歴史

世にも奇妙な人体実験の歴史


先日、「飲んだ、治った、効いた」の判断には注意しなくてはいけないと書いたけれど、治ったという判断ではなくて、飲んで病気になった、という判断の方も怪しいことはある。正しい例外は、胃潰瘍胃がんの原因になるヘリコバクターピロリ菌で、オーストラリアのバニー・マーシャルが自ら飲み込んだ10日後に胃潰瘍を発症したことが決め手になった。医学史上、非人道的な人体実験がされていたことを理由に今では医学実験(治験)は大変面倒な倫理検査と、同意手続きを経て行われるが、マーシャルさんは「同意できるほど十分に説明を受けている人間は、私しかいなかったから」と自らを実験台にした理由を言う。マーシャルは2005年にノーベル賞を取って報われたけれども、自己を対象に報われない人体実験をした医師・研究者は沢山いらっしゃる。


本書の第1章の主人公は18世紀のロンドンの外科医、ジョン・ハンター。外科医の教育には遺体の解剖が不可欠と考え(それ自体は正しい)、そのために沢山の遺体を確保すべく墓泥棒とも結託したらしい(当時は献体という制度がないので…)。さらに、今もそうだがもっともポピュラーな性感染症の1つである淋病と、流行復活の兆しの見える梅毒は、18世紀同じ病気と考えられていた。1767年、ハンターは淋病患者の膿を自らの性器にこすりつけ、その淋病患者が偶然梅毒にも感染していたために両方に感染した。多分、彼は同じ病気と誤解したままだったはず。もしこんなハンター先生の奇人ぶりを知りたければこの本がいいらしい。

解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 (河出文庫)

解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 (河出文庫)

内容はこの方のblogに詳述されてしまっているけれども。
   解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯



ところで、もちろん、今やっている治療が正しい、と決めつけるのは傲慢で、現在も20年後から見れば歴史であることを考えると、多分間違っていることも沢山やっている。でも、間違いや行き過ぎ、は今はわからない。そんな中でも例えば、抗がん剤治療は、ほんの10年前から見て今は随分と副作用に配慮されてきているように思う。近藤誠氏の「ガンと戦うな」は、氏の「結果から見てしかわからないがんもどき」理論を受け入れがたいのだが、それでも当時主流派のひたすらガン縮小が大事的発想に対して疑念は呈してくれた。主流・潮流になっている医療は時に病気を叩くことに行き過ぎになってしまう。でもその揺れ戻しが来て、というのを繰り返し、次第に結局何が大切なのか、を熟考できるようになる気がする。ガンだけでなく、高血圧しかり、高脂血症しかり、征服するだけが医療の発展ではないのだ。もちろん精神科も同様であって、統合失調症の治療に関してはようやくゴールを病気の軽快以外の点に置く発想が定着してきたように思う。


とはいえ、これまでこのblogで述べてきたように、主流派であり標準的な医療は、基本的には膨大な実験やダブル・ブラインドの治験を経ており、それを頭ごなしに否定してしまうのはおかしいことがほとんどだ。dneuroは治療で漢方も使うし、何しろ学生時代東洋医学研究会の部長だったので、別に漢方否定派じゃないんだが(⇛漢方って何だ?)、時に漢方絶対派の方に遭遇するとげんなりする。日本では、江戸時代末期まで、人の想像をベースにした東洋医学(当時は東洋なんてつけないけどさ)が全てであり、物理的存在を対象とした実証主義で無かったし、天然痘ワクチンとなる種痘の普及をどれだけ当時の主流派である漢方医たちが邪魔したのか知らないの?と問いたくなる。頼むから福井藩の町医者、笠原良策の決死の努力を知ってくれ。

雪の花 (新潮文庫)

雪の花 (新潮文庫)


ところで、先日紹介した「外科の夜明け」はさらっと内容を読めるのだが、実は作者トールワルドの原著の大幅な抄訳。完訳版はこちら。

近代医学のあけぼの―外科医の世紀

近代医学のあけぼの―外科医の世紀

この人は医学史を、作中主人公が、医学史を発展させた医師たちの同時代人として生き、その発展を見て、体験していくドキュメンタリー仕立てとして書いている。
胃がんの手術といえば、ビルロート法(第1法と2法がある)という胃の摘出術があるのだが、手術法が開発された当時、外科手術そのものが冒険だった。主人公は若き妻に何とか手術を受けさせるよう奔走するのだが、結果的に妻は受け入れず死んでしまう。
外科医になりたい人は是非この本を読んで気持ちを高ぶらせ、外科医に憧れる人はこの本で疑似体験を。

外科の夜明け―防腐法 絶対死からの解放 (地球人ライブラリー)

外科の夜明け―防腐法 絶対死からの解放 (地球人ライブラリー)