きっとあなたも信じている医学神話

医療とその技術はすべてエビデンスに支えられているべき


エビデンスとは読んで字のごとく証拠ないしは根拠であり、医療技術はその1つ1つに根拠があるべきだといいたい。何を当たり前な、と感じる人は現代に生きる若者だからであり、エビデンスに基づいた医療(Evidence Based Medicine; EBM)は1990年代になってようやく根付き始めた概念。


  根拠に基づく医療(Wiki)


目の前の患者さんの症状に対し、最新最善の科学研究から得られたエビデンスを治療選択の意思決定に使おう、という至極真っ当な話。


どのような治療が理にかなっているのか、それを個人の勘や、定説的な思い込み、好みによって左右されてはいけないということだ。*1

やっぱそれが当たり前でしょ?と思っていただきたいのだが、医療の世界にはしばしば思い込みがあって、それはプロたる医師も同様だったりする。



今日はプロも信じやすいそういった「医学神話」について。


Medical myths | The BMJ


f:id:neurophys11:20170915205446p:plain:w300:right
7つの医学神話というのが2007年にBritish Medical Journal(BMJ)に載って反響を呼んだそう(伝聞の理由は後で明かします)。
今でもあちこちで紹介されたりするもののネット上日本語解説も無さそうなので。*2



1.1日に少なくてもコップ8杯分の水は飲むべきだ


アメリカで昔こういったことが言われたのかな。人は2.5lの水分を必要とし、食事から1lの水を摂るから、残りを(コップの容量にもよるだろうが)6-8杯くらいの水分で補えと。


しかし、通常は日常の中でミルクやコーヒーなどの形で摂る量で十分と言えよう。


ちなみに水のとり過ぎは水中毒、低ナトリウム血症を引き起こし時に死に至るということで、論文では注意されている。精神科の病棟では統合失調症の方が水を飲みすぎてしまって水中毒を起こすことが見られるが、それ以外にもダイエット目的に大量の水分補給ということもあり得るか。


ただ今の暑い日本の夏を考えると、脱水も注意しなくてはいけないし、注意喚起の仕方も難しいな…。


2. 脳は10%くらいしか使っていない


これは昔からある神話で、アインシュタインがそう言ったという説もあるようだが、1907年に端を発しているらしい。


f:id:neurophys11:20170915205835p:plain:w300:right


実際には脳の機能は大変に細分化されており、どの場所をとっても違う機能を担っているために、「働いていない90%」を見つけることは不可能。機能的MRI(fMRI)など脳機能を時間差無く見ることができる装置で覗いてみると、脳は1つの課題をこなすのにも沢山の場所を働かせている。図は、画像通りに手を動かして、という課題で賦活される脳領域をfMRIで見たもの。色の濃いところは全て賦活されているので(下のカラーは一部を強調しているだけ)、単純な課題でいかに脳の殆どの部位が働いていることがわかる。


それに脳は人間の体重の約2%の重量しか無いが、人体が利用する糖の20%も消費する。もし10%しか使っていなければこんなに効率が悪い組織は無いだろう。


3.死んだ後でも髪の毛や爪は伸び続ける


これ、怪談になっているが、錯覚。


法医学者によれば、爪や髪の毛の周囲組織(指とか頭皮)が乾燥し縮んでいくことで、あたかも伸びていくかのように見えるとのこと。


爪が伸びるのであれば白い部分が長くなるはず。そういった計測がされていないのでは(見つけられず)。


ネットを散見すると、心臓が止まったからといって身体の全組織が同時に死ぬわけではないからありそう、という人もいるが、違います。


実際には髪も爪も血中のホルモンを含めた多数の因子による複雑な調節を経て伸びているので、死んでまで生きているときのように伸びたりしないのだ。


4.毛を一旦刈ると、伸びが早くなり、濃くなり、巻いてくる


これは確かだ、という声が聞こえそう。しかしBMJの記事によればしっかりした科学的根拠で否定されているようだ。1928年には早くも髪の毛が刈った後で濃くなったりしないことを確認しており、その後繰り返して証明されている。


毛を刈ると、刈った部分が滑らかでないことや、陽や化学薬品にさられていないことで濃く見えてしまうとのこと。


考えてみれば、毛剃が伸びを早くするならハゲの人の解決ができるはずですよね。


5.薄暗い中で本を読むと目が悪くなる


え、そうでしょ?と言いたいが、実際には薄暗さそのものは視力を悪化させない。とはいえ、十分な明るさが無いと目を疲れさせるからそう思えるのだろう。でも目が疲れやすいシェーグレン症候群の人でさえ、休めば回復する。


ただ、ある総説論文によれば薄暗い中で本を読み、目に近づけて本を持っていることは視力発達に悪影響があるだろうと。


論文を離れるが、実際に視力悪化=近視を起こさせるのは距離、と遺伝だろう。薄暗い中で物を見ることが視力悪化の原因になるのなら、電気の無い社会ではそういう機会が多いから視力が悪くなりそうだが、そうじゃないでしょ。


とはいえ、薄暗い中で本を読むときには必然的に距離近くなるからね。まあ寒いと風邪を引く、みたいな相関かなと思ったりする。*3


6.七面鳥を食べると眠くなる


七面鳥?まあ日本人に馴染みが無いのは置いといて、肉に多く含まれるアミノ酸トリプトファンが睡眠を誘発させるということらしい。


トリプトファンメラトニンという睡眠調整ホルモンの原料となっているから…という発想。さらに神経伝達物質セロトニンの原料にもなり、セロトニンは幸福感をもたらすという記述も。*4


探してみるとサプリもあり、トリプトファンでしっかり寝れるし、セロトニン増やして気分もよくしようみたいな宣伝サイトが数多い。


このトリプトファンアミノ酸である。必須アミノ酸と言って人体を構成する様々なタンパク質を維持するために食物から取らないといけない。トリプトファンは確かにメラトニンセロトニンを作るのに必要。だが、実はそれ以外の様々なタンパク質にも原料として使われており、体内に入ったトリプトファンの使いみちはメラトニンセロトニン合成だけではない。さらに、Wikipediaにも書いてあるがトリプトファン摂取によって首尾よくセロトニン合成に使われたとして、セロトニンが過剰に増えてしまうとセロトニン症候群のような重大な副作用も懸念されるので、取れば取るほど良いというわけではない。


ちなみにトリプトファンサプリの1錠は500mgあたりが相場の様子。トリプトファン含有量は例えば卵1個(60gとして)におよそ100mg程度あるらしい。肉類、豆類には豊富だし、ご飯にもそれなりに含まれることを考えると、普通に食事をすれば十分量摂れることが考えられる。


睡眠に対する二重盲検スタディが無いかと調べてみると、2016年の中国の研究が新しそう。確かに若干の改善がありそうだが、古い研究では心理的効果が大きいと結論づけているものもあり、少なくても効果が大きいことは無さそうに思える。*5


まあそんなに効果がしっかり出るなら医者が使うし、第一危険でしょう?


7.病院で携帯電話を使うと深刻な電波障害を起こす


これは今では大体使えるようになったし、ちょっと古い神話、というか注意事項になったかな。


アメリカの有名病院メイヨークリニックで2005年に510ものテストがされた。16の医療機器に6個の携帯電話。医療的な問題な障害は1.2%に過ぎなかった。でもあったんだ、と思うが、1メーターも離れれば障害は起きない。さらに今ではほとんど障害は無いだろう。



入門 犯罪心理学 (ちくま新書)

入門 犯罪心理学 (ちくま新書)


さて、今日紹介した7つの神話はこの本から知ったもの。内容まるで関係ないと思われそうだが、エビデンスに基づいた犯罪対策を、という文脈で紹介されている。
その上で効果的な犯罪対策、刑罰のありかたを解説しているが、犯罪予防の観点からは犯罪者を罰するよりも治療する必要があるという。
薬物犯罪や性犯罪において特に治療の効果は高いのだが、どちらも嗜癖の問題として治療という観点を考えたことの無い人が殆どではないか。


子育ての大誤解〔新版〕上――重要なのは親じゃない (ハヤカワ文庫NF)

子育ての大誤解〔新版〕上――重要なのは親じゃない (ハヤカワ文庫NF)


神話が生きている分野の1つは教育界、とうか教育に関する考えだろう。
氏と育ち、という点でとかく「育ち」=「環境」が強調されがちだが、実際に最も影響が大きいのは「氏」=「遺伝の効果」。
だからといって環境が悪くてもいいというわけではないのだが、育ちを重視しすぎると、上手く育たなかったのは親のせい、となる。
とかく「心理」や「教育」の専門家は子どもの行動にもっともらしい理由をつけがちだが、その多くが間違っているのは本書を読めばわかる。20年前に書かれたこの本の状況が今読んでも新鮮に感じるのは残念。

*1:名医の直感がもてはやされることもあるが、その直感の背景には莫大なエビデンスの知識があるものだ。目の前の状態にエビデンスをどのように調整して当てはめるかが名医の条件と言えよう。

*2:BMJはイギリスの権威ある医学雑誌。論文評価に使われるインパクトファクターは2015年で19.967。これは相当高い数字でこれに自分の論文が載れば出世が約束される(かも)。毎年クリスマス前にはジョーク論文が載る(⇛Wiki)。例えばアイスクリームと頭痛の関係、など。

*3:寒いのは風邪の直接の原因にならない。風邪の原因はウイルスであり、ウイルス無くして風邪は引かない。乾燥が喉の細胞を傷めたり、寒さ自体も免疫系を弱める。そして人口密度が高ければ他人の風邪ウイルスい曝されやすい。そういった付帯条件が風邪ウイルスに感染させやすい条件を冬に作っている。

*4:セロトニンを増やす(正確にはセロトニンの機能を増強する)薬剤がいわゆる抗うつ薬抗うつ薬を批判する方はトリプトファン摂取も批判していいのではと思うんだが…。

*5:薬の試験はほぼ必ず、実薬(例えばトリプトファン)と偽薬(例えば乳糖などの薬理効果を持たないプラセボ)が用いて、効果を比較する。二重盲検スタディでは、投与する医者側も、投与される被験者(患者)側もどちらを投与されたかわからない。実薬と偽薬は味や形が同じくなるように作られる。

無届けさい帯血医療のニュースで偽物医療に思うこと

www.nikkei.com


先日、他人のさい帯血を国に無届けで投与したとして東京渋谷のクリニックの医師を含めて6人が逮捕されたようだ。


さい帯血(⇛Wiki)はへその緒に含まれる胎児血液のこと。これを使った代表的な治療対象は、白血病であり、骨髄移植に並んで、移植治療の有力な選択肢となる。骨髄移植は、他人の骨髄を、HLA型という白血球のタイプがあった人に移植することで新しい血液細胞を造ってもらう医療だが、他の移植医療同様、ある種の拒絶反応(移植片対宿主病:GVHDという)から逃れられない。しかし、さい帯血を使った場合にはその拒絶反応が弱く、さい帯から採取するので、ドナー(供給側)の負担が無いメリットがある。一方で、量が少なかったり、治療期間が伸びるデメリットもあったりする。


また、さい帯血の当人(さい帯血は胎児の血液)が将来病気にかかった時のためにとっておく、という選択肢も考えられる。万が一輸血が必要になったり、白血病が発症した時に、自らの血液移植が考慮できればこれほど安全なものはない。*1


このさい帯血が、そういった本来の目的ではなく、さい帯血中には様々な幹細胞(臓器細胞の元になる細胞)が含まれていることから美容やアンチエイジングに効果を期待している人が多いらしい。残念ながら根拠レスなのだが、そういった期待に乗じてやっているクリニックがあったということだろう。供給数が少ないとうこともあるだろうが、基本的に人の弱みにつけ込む悪徳医療なので、高額だ。


偽物医療には共通のキーワード


以前このblogでも書いた(⇛詐欺医療に騙されるな)が、偽物の医療には幾つか共通しているキーワードがある。以前書いたのは、


どんな癌でも治る、免疫力をアップする、気の流れを正す、
邪気を取り除く、生命エネルギー、現代医学では治せない、
学会では認められない、誰もが習得できる、克服した方々の体験談


といったキーワードで、それは今でも変わらない。
改めて強調しておきたいポイントは以下。


1.どんな病気にも効く治療法は存在しない

2.「超自然、スピリチュアル、波動、量子、~エネルギー」は偽物の目印

3.「学会では認められていない」という殺し文句に気をつけよう

4.「体験談」は危ない

5.幾つかの医療は医師自身もビリーバーさん(に思える)な詐欺医療。代表格はホメオパシー、Oリング、メタトロンなど。


あらゆる治療に完全なものは無く、メリットとデメリットの双方があることは念頭に置いて欲しいと思う。残念ながら何にでも効く治療なんて無い。だから、効能として、「どんな病気にも効く」「あらゆる疾患の原因として~があります」みたいな治療法の全能性や、極端に包括的な疾患原因を説くような文章を見たらそれだけで嘘と判定していい。


疑似科学に基づいた偽物医療の最大のキーワードは、「万能」。

波動とか量子とか、「気」とか邪気だとか…そんな計測できないものの流れを正す、といった文句が踊っている「治療法」はとても多いが、現実にないものを根拠にされては困る。


さらに、こういった言葉を使う施術者がその独自な妄想理論を東洋医学的医療と結びつけていることが多いのも特徴で、非常に残念というか…。*2


研究する身からすれば「学会」への信用度が一部の方に低いのは残念。革新的な医療は学会の大物が認めない、とか、そういう治療を推進する側を排除に動くように思われているんじゃなかろうか。


これも前にも書いたが、学会というのはマトモであれば自由な討論がされるし、革新的な医療技術や理論にはオープンだ。通常構成員は可能な限り自らが関わる病期を治したい、何かしらの役に立ちたいと願っているため、もし素晴らしい医療技術があるならそれを取り入れない理由は無い。


体験談の類が強調されるのは、根拠の部分がきちんとしていないからなんだろう。百聞は一見に如かず、実体験に勝るものはない、と思う気持ちは理解できるが、とりあえず以下を考えて欲しい。


・あなたと体験者は違う人間であり、治療の反応性は異なる可能性
   (もちろん、副作用も)
・診断と見立てがそもそも間違っていた
   (少なくない割合でこれではないか)     
・「治った」と思った体験者の実感は体験談を書いた時だけ
   (プラセボ効果も確実にあるだろう)     
代替療法にハマる前もしくは同時に受けた標準的治療が実は効いていた
   (時間的タイミングが合えば効いたと勘違い可能)     
・体験者の自然治癒力が素晴らしかった
   (これがあることは否定しない。ごくまれには奇跡もある)

奇跡の体験談に溢れるといえば、高額な「がん免疫療法」。
がん患者の血液を回収し、その中に含まれるがん細胞を攻撃するキラーT細胞やNK(ナチュラルキラー)細胞を活性化し、元に戻すという手法が多い。が、殆どは実際には効果が無い。がんを免疫で治す、というのはdneuroが学生だった20年以上前からマスコミを踊ったが結局実現してこなかった。話題の抗がん剤オプジーボ」は遂に出てきた免疫系に働く薬なのだ。


さて、偽物医療、と書くものの、これらは詐欺なのか?
「詐欺」が成立するのは他人を意識的に騙す意図が必要なはず。法的には「効果が無い=詐欺」ではなく、詐欺として成立するなら施術者が信じ込んでいては駄目なのだ(だから告発されないのかな…)。


例えばホメオパシーはレメディなる砂糖玉や水を用いるが、本当に信じている医師も多い。dneuroの先輩筋に当たる方が心からのビリーバーになってショックを受けた経験は忘れられないが、彼らに科学的根拠は通じず、詐欺医療をやっている自覚は無い。*3


儲け主義の危うい魅力

疑似科学との境界すれすれという行為(敢えて医療行為とは言わない)を稼ぎにしているクリニックは検索すれば数知れず。


それは、にんにく注射デトックス注射、ビタミンC注射、グルタチオン注射、それにプラセンタといったところか。点滴療法なるものを謳うのも入る。


ビタミンの場合にはそれぞれの中に入っているのはビタミンB1だったり(にんにく注射)、ビタミンCだったりと普通に食べ物やサプリからとれるビタミンを直接注射することによってあたかも効力がとても増強されるかのように宣伝していることが多い。

デトックス注射の成分はどうやら各医療機関独自の成分配合があるらしい。ビタミンB1やC、それに肝臓機能を補強するという触れ込みのグリチルリチンに抗酸化物質グルタチオンなどをブレンドしているようだ。


大体どのクリニックでも1回の注射2000円~5000円の範囲内か。こういった行為は、その成分が少なくても毒ではない。自費で納得づくならまあ違法性はないわなと思う。


が、明らかに効果に関しては、信じる者は救われる程度の価値でしか無い。ビタミンは食べ物で取ったら?と思うし、グルタチオンも体内では容易に酸化されてしまうしねえ。


点滴はするくらいならスポーツドリンク飲めば?と思うのだが、二日酔いに対する代謝促進目的のビタミンB1投与と水分負荷という意味では効果が無いとは言えないか。ただ、極度の下戸のdneuroは研修医時代に結構やってもらったけど、自覚的辛さはほとんど軽減しませんでした…。



プラセンタ?いやプラセンタ注射液「メルスモン」は複数アミノ酸の配合製剤であり、それに過ぎないというか…食べ物やサプリで十分では?という成分内容。


胎盤製剤メルスモン


そのサイトから…


国内の、感染のない健康なヒト胎盤を原料とし、多種アミノ酸を含有しています。ホルモン、たんぱく質は含有しておりません。
酸で加水分解し、最終滅菌(121℃ 30分間)するなど、感染症に対する安全対策を講じていますが、理論的に未知のウイルス等の危険を完全に排除することは困難です。


なるほど、胎盤原料を酸処理し、滅菌のため高圧加熱しているからタンパク質やホルモンは分解して跡形も無いわけで、アミノ酸が残ったわけね。どうやら期待する皆さんが欲しい成分はほとんど分解されているようだ。


眉唾な効果、注射費用、医療機関へのアクセスに使う時間と手間、そして拭い去れない未知の感染の危険などを考えたら割に合わないと思うのだが…。


さい帯血やプラセンタ注射への信仰は「若い血」がアンチエイジング効果を持つという発想から来るのか…実際そういう動物実験はあるのだが、血液は本質的に汚いものであり、もっと直接的なアンチエイジング物質の開発を待ちたいよ(⇛不老の薬があるかもしれない)。


結局これらは、人の何となく良いのではという漠然とした期待や、もっと健康でいるために少しでもいいものを取らなきゃという不安を利用した悪徳すれすれの医療ビジネスとしか思えんのですよ。


というわけで、dneuroの勤めるクリニックでもやればとても儲かると思いますが、やりませんよ。


でもどうしても試したい?

誰だったか失念したが、エビデンスのはっきりしない医療行為でもその効果を確認したければ6回まではやってみて評価してみよう、と書いていた方がいた。


ダメダメと言われてもひょっとして、と期待を持つのが人間だし、少しはやってみないと不満が溜まりそうだ。なので、どうしても試したけければ、6回まで受けてみればどうですかね。



代替医療解剖 (新潮文庫)

代替医療解剖 (新潮文庫)

よくある代替医療である、鍼、カイロプラクティック、そしてホメオパシーについて、歴史とともにどんな「根拠」がそこにあるのか、それがどれだけ非科学的かをわかりやすく解説。魔法のような鍼麻酔の映像を見た人がいると思うが、実は事前にしっかりと静脈麻酔薬を打たれていたりという内幕に驚く。また、瀉血のように誤った「標準医療」があった歴史は教訓としたいもの。


わたしたちはなぜ「科学」にだまされるのか―ニセ科学の本性を暴く

わたしたちはなぜ「科学」にだまされるのか―ニセ科学の本性を暴く

ちょっと古いが、著者は物理学教授。詐欺医療もその理論は「科学」的な装いを身にまとう。そうしないと人は欺かれないから。医学だけでなく、宇宙開発、永久機関、エイリアンによる誘拐(アブダクション)なども扱われる。送電線はいかにも強力な電磁場によって周囲に悪影響(例えば白血病とか)を及ぼしそうだが、そのような事実は無いことをこの本で知ってもらうと安心できるはず。


トンデモ本の世界―MONDO TONDEMO

トンデモ本の世界―MONDO TONDEMO

科学を装う偽物を判別するには訓練が必要だが、どうせなら笑いながら学べるといい。「と学会」はSF作家を中心に疑似科学本の謳う根拠を看破というよりは笑い飛ばす本を多数出しており、一部には反感もあるようだけども、UFOの矢追純一とか、ノストラダムス五島勉とか40代より上の世代には香ばしい作家陣の著作も俎上に乗って面白い。絶版なのは残念。


フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

本論と関係無いが、紹介した「代替医療解剖」の著者サイモン・シン出世作フェルマーの最終定理は超有名な定理(⇛wiki)。誰でも内容がわかるために、そのプロ数学者のみならず沢山のアマチュアがその証明に取り組んでは跳ね返された。定理として予想されて360年、遂に証明したのがアンドリュー・ワイルズというイギリス人数学者。7年間にもわたって秘密主義を貫いて証明したエピソードに驚く。もうあいつも終わった…なんて陰口もあったらしい。数学の天才たちが残した数々のエピソードは絶対退屈しないので誰にもお勧め。数学の素養は要りません。

*1:dneuroの学生時代に小児科で受け持った患者さんが日本で最初のさい帯血移植された女の子。その後無事に育ったはず…と感慨深いのだが、当事者が将来病気になった時や、再生医療に大きな可能性があるさい帯血が十分に管理されていないのは余りに勿体無い。

*2:漢方医学の理論的文脈の中で「気の流れ」「水(すいと読む)や血(けつと読む)のうっ滞」などの説明が出てくることがあるが、現実に存在しているのではなく、東洋医学的治療や漢方を使うための方便と捉えていたほうがいい。そういった「理論」は、東洋医学を発展させたかつての中国人が、目の前の病気の症状や治療のメカニズムを説明するために思念的に作り出したもの。解剖とかしなかったですからね。

*3:ホメオパシーには「微量の法則」というのがあり、効果を期待する成分を薄く限りなく希釈したものほど効果が強まると考える。標準的には100倍希釈を30回繰り返すという。それはもうただの水である。そこには元の物質は原子レベルですら残っておらず、敢えて言えば、水+不純物。

嗜銀顆粒性認知症で説明つくのかな

認知症の種類を問うと4大認知症と答える方が多い。アルツハイマー病(型認知症)、脳血管性認知症レビー小体型認知症、そして前頭側頭型認知症


しかし、臨床をやっているとどうにも当てはまらない人が出て来る。dneuroは外来のみだがそれでもこの10年、ほどほど認知症の方を診てきたと思う。そして大抵の方はいわゆる4大認知症+治る認知症(正常圧水頭症、硬膜下血腫、甲状腺機能低下症など)で迷っているわけだが、時々この人はどうにも既存の診断に(挙げた以外も含む)当てはまらないのではないかという方もいる。


1つは、初期にアルツハイマー認知症様の記憶障害(記銘力低下)で始まるのだが、次第に性格変化・情動変化、被害的言動が目立つようになり、認知能力の低下自体はさほど進まないタイプ。普通のアルツハイマー病なら余り目立たない人格変化が強いなあと感じる。


もう1つは、前頭側頭型認知症の始まりと思える症状が明確で、診断的に自信を持っていたら、どうにもやはり認知能力の低下が遅く、通常であれば数年で周囲へのレスポンスがほぼ消えて、身体も動かなくなる経過をたどるはずが、そういった面でも低下が見られない。どちらかと言えば穏やかな面が強くなってきて、介護者が楽になる。こちらは前頭側頭型認知症が穏やかなアルツハイマー病に変化した?と思えたりする。


今日紹介するのは前者として、まだ余り医者においてさえ認知度が低い嗜銀顆粒性認知症がその答えなのかなという紹介。ちなみに漢字が難しいが、「しぎんかりゅうせいにんちしょう」と読む。嗜は「嗜好」のしで、銀に染まりやすい顆粒(つぶつぶ)の画像が脳標本に見られることでそんな名前に(変換しにくいったら…)。


嗜銀顆粒性認知症の特徴
なにせ概念が新しい(といっても最初の報告は1987年)ので、診断基準も無いのだが、高齢発症、軽度認知障害、緩徐な進行、易怒的(怒りっぽい)などが特徴。


記憶力低下が出て来ることでアルツハイマー病診断が下ることは多いと思われる。実際dneuroが体験した恐らく嗜銀顆粒性認知症の患者さんたちもこの病態概念が無いとそう診断せざるをえないと思う。診断して経過を見ている間になんとなく違うんだよなあという違和感を感じつつフォローする印象。ただし、合併を否定する概念ではなさそうだし、最初はアルツハイマー病で、それに合併してきたと言えなくもない…とすると認知機能低下が緩徐なことと矛盾するか。


アリセプトは残念ながら効かない
アルツハイマー病やレビー小体型認知症治療薬として一般的に使われるアリセプト(一般名:塩酸ドネペジル)は残念だが効果が無いようだ。
なので、アリセプトに反応しないノンレスポンダーの中に嗜銀顆粒性認知症が紛れている可能性はそれなりにあるのではないか。


頻度は高い
 もともと嗜銀顆粒性認知症は高齢者の保存された病理脳標本の中に銀に染まる顆粒が存在することで発見されている。東京都健康長寿医療センターの村山氏の論文を読むと、そういった銀に染まる顆粒(嗜銀顆粒)は凍結保存された脳の672例中323例(48.1%)に、さらに感度の高い染色法では443例(65.9%)に認められたという。
もし、これら全ての症例が嗜銀顆粒性認知症であったとすると、相当高い割合で存在していることになり、実は頻度的には1,2を争う認知症ということもあるのだろうか。


病変の始まる部位に特徴がある
f:id:neurophys11:20170825221859j:plain:w300:right
嗜銀顆粒が沈着し始める部位に特徴があるという。それは図のように、大脳の側頭葉の奥に位置する、迂回回(うかいかい、と読む。英語ならambient gyrus)という場所で、記憶に関連し、アルツハイマー病で萎縮の目立つ海馬という部位に近い場所。ここから徐々にその嗜銀顆粒沈着部位が前頭葉や側頭葉に広がっていくという。その進展が広範囲になれば認知症は必発。


回というのは大脳皮質の襞(ひだ)のこと。大脳皮質は肉眼的にはしわしわだが、そのしわの膨らみには「~回」、溝には「~溝」という名前がついている。「迂回回」は海馬に近い部位。恥ずかしながらこの認知症で初めて知りました…。


文献に提案される診断基準
国立精神・神経医療研究センター病院臨床検査部の斎藤祐子氏は昨年の老年精神医学雑誌(第27巻増刊号P.80-87)にて診断基準を提案されている。今日はその紹介をもって終わりとしたい。


臨床特徴
1)高齢発症(嗜銀顆粒が沈着し始めるのは60歳以上)
2)物忘れから始まることが多いが、頑固さや易怒性(怒りっぽさ)に前頭側型認知症との共通点がある。
3)進行は緩徐。日常生活動作(activity of daily living:ADL)も保持される傾向。
4)ドネペジル(商品名:アリセプト)に反応性が乏しい。

検査所見
1)左右差を伴う形態画像。迂回回を中心とする萎縮像がアルツハイマー病と異なる。
2)VSRADスコアがMMSE得点に比して高い(悪い)=認知機能が比較的保たれているのに、画像上の萎縮が強い。


VSRADはMRI画像の自動解析。平たく言って海馬の萎縮が全脳に比してどのくらい強いか?を示す。MMSEはminimental scale examinationという認知機能テストのことでとても一般的。


3)機能画像(例えば脳の血流を見るSPECT)で側頭葉の機能低下に左右差。
4)脳脊髄液の認知症指標物質(タウ蛋白濃度やAβ濃度)の濃度がアルツハイマー病ほど高くないもしくは正常範囲。


診断しても治療法が全く無いだけに、告知もなかなか難しいという気はする。
それでも早期にわかれば介護のやり方に今後工夫の余地が生まれるかも。

恍惚の人 (新潮文庫)

恍惚の人 (新潮文庫)

認知症と言えば懐かしき有吉佐和子氏の名著。
お嫁さんがお祖父さんを一生懸命介護する姿にそこまでしなくてもと感じるのが今の感覚かなあと。


スクラップ・アンド・ビルド

スクラップ・アンド・ビルド

第153回芥川賞受賞作。孫が支える認知症のお祖父ちゃん。文章の感覚が新鮮。どちらかと言えば面白いのは作家の羽田氏。

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)

羽田氏と同時受賞の又吉さんの作品。ラストの後が気になります。

夏休み書評2 電子書籍よ広まれ 

若い人も紙が好き

愛好家からするとまだまだ普及していないと感じる電子書籍

研究室のセミナーに来た医学部学生たちに聞いてみると、

「電子は読みづらいからやはり紙の本です」

と答えられたのが3年前。さらに、今年dneuroは講義資料として紙を配布するのを止めたが、一部からは不平が聞かれた。また、子育て中の身としては、本の導入には液晶よりも紙を選択するほうが自然だし、それが短期間に変化するとは確かに思えない。


ischool.co.jp


スマホネイティブに近い世代でもまだまだ本を電子媒体で読むことに慣れていないのねと感じるわけだが、電子媒体に慣れていないことを責めてもしょうがないので、どうすれば普及していくかを考えたいところ。


リンク先ではデメリットとして、値段の問題、端末の問題、読みづらさを挙げ、テキストベースでコンテンツを読ませるkindleアプリに変えてnoteアプリにすることを提案されている。


しかし、dneuro的には結局は出版をめぐる環境改善と端末技術の発展が電子書籍普及を後押しし、数年もすればずっと仲間が増えるだろうと確信している。



まずは漫画と雑誌だ

vdata.nikkei.com


少ない少ないと思う日本の電子書籍市場も実は世界2位の市場らしい。


米国が確かに圧倒的で、49.4億ドルだが、日本は2位で13.1億ドル、英国(10.1億ドル)、ドイツ(4.27ドル)、韓国(4.09億ドル)が続く。


一方で、市場伸び率はいわゆるBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国)やタイ、トルコなど発展途上国が並んでいる。発展途上国を旅行してみるとわかるが、とにかく書店が少なく、本を手に入れるのが大変で、かつ専門書は全て英語でしか無い。*1
そういった意味で電子書籍市場が拡大しているのは個人的には必然と思える。


日本では出版不況が叫ばれる中でも、電子コミックや週刊誌市場が相当伸びている。


2015年には紙の週刊誌が電子書籍に追い抜かれているし(紙1454億円vs電子1584億円)、なにより電子コミックが急成長中で紙コミック売上の落ち込みを補っている。それに、日本が電子書籍世界第2位の市場というのはある意味見た目だけの問題で、電子コミックの比率が81%と非常に高く、先の世界市場13.1億ドルのうちコミックを抜かせば2.5億ドルに過ぎなくなる。恐らく他の国では日本のように漫画が読まれてはいないだろうから、「本」の電子市場は実際にはまだまだ小さいのだ。


とはいえ、それでも電子市場の拡大を漫画が牽引してくれれば個人的には文句ない。
実際dneuroも今漫画のほとんどを電子媒体で読んでいる。
大人なだけに(笑)ついまとめ買いしてしまい出費がかさんで困っているけど…。


電子図書館はとっくに始まっている

電子書籍の図書館でどんな現状?って調べてみると、実は知らない間にその動きは広まっている。それも結構前から。海外だけかと思っていたら…。

電子図書館のことを、もう少し本気で考えよう « マガジン航[kɔː]


でもまあ正直普通に使うにはまだまだ拡充度合いが今一歩。
圧倒的にコンテンツは足りない。
著作権の問題もあるだろう。
端末対応がPCのみに限定されていたりすることも多い。やはりスマホタブレット対応にならないと、普通の人は使わんと思うわけで。


個人的には、
 コンテンツの充足 (現在出版中の本が最低10万冊)
 スマホアプリで読める
 読み上げ対応
が条件かな。


国立国会図書館デジタルコレクション



暇つぶしに検索するなら国立国会図書館のコンテンツは面白いことは面白い。
歴史的なものを読んでみたければ…かな。


仲間と貸し借りさせて欲しい
 dneuroにとって紙の本の価値は、ほぼこの1点だ。
 読書仲間や家族と共有したいと思う本があったときに、紙の本であれば貸し借りができる。
でも電子書籍は??


この本良いから買ってみたら?と勧めるのはどうにも難しい。


コンテンツの充足したAmazon電子書籍の全てにレンタルサービスがあればそれを勧めるということができるだろう。Kindleunlimitedにある本なら事実上それが可能だ。



www.amazon.co.jp



こちらを使うなら、貸し借りしたい人が利用さえしてくれていたら。
Audibleよりもコンテンツが充足しているし、unlimitedの本は他のkindle本と同じアプリを使うので、聴読にも問題がない。


ただそれでもやっぱりコンテンツの充足感が無い。



個人的に改善・追加して欲しい3つ


・価格を安くして欲しい
洋書を検索するとわかるが電子は随分と安いことが多い。日本は著作権系の制約が多いのだろうが、もし電子書籍が紙の半額にでもなれば普及速度が爆発的に上がるはず。それに聴読して読了数が増えた身としてはお金かかってかなわんのですよ…。


・人にプレゼントできるように
 Amazon.comでならそれができる(⇛
Amazon.com Help: Purchase a Kindle Book as a Gift
)。日本でも早くサービス開始してくれ。家族、読書仲間、恋人、親戚、先輩後輩、仕事上の知人。本を贈りたい時ってあるでしょう?


・貸し借り可能にしてくれ
 次に貸し借り。
 購入時に、人と共有したい人は若干高く買えばできるというのはどうか。
 同じ本でも、専有して読むのであれば600円、人に貸し借り(同時には1人だけとかにして)する場合には700円、といったふうに。
もしくは例えばそういうサービスを受けたい人は年間幾らかをAmazonに支払い、貸し借り数(上限あり)に応じてAmazonは出版社(著者)に配分する。



というわけで今日は最近聴了した本をkindle unlimited対応本から。


珍夜特急1―インド・パキスタン―

珍夜特急1―インド・パキスタン―

unlimited利用し始めてまず選んだのはコチラ。タイトルは沢木耕太郎氏の
深夜特急(1?6) 合本版を思い出させるが、より退廃的な部分を含む。こちら
著者のクロサワコウタロウ氏は漫画家であり、全編バイクでの旅行記。若者の貧乏旅行らしく、行く先々でである人との交流が読ませるのだが、旅行にかかる費用、バイク修理の苦労、大麻への親しみと苦労話がリアル。2ndシリーズはアジアツーリングで知り合った仲間と一緒に南米旅行。合わせて15冊の大部は聴読で聞き流す入門に最適。


宇宙に外側はあるか (光文社新書)

宇宙に外側はあるか (光文社新書)

宇宙論が心地よく響く一定層がいるのだと思う。dneuroもそうだが、ビッグバン、インフレーション、ブラックホールダークマターといったキーワードに目が反応し、とりあえず読みたいと感じる。実際の所、宇宙論は壮大過ぎて、話を聞いても果たして自分の頭に展開している想像が正しいのかはまったくわからない。またどうやって数式からそんな話を展開できるのか?と何を読んでも疑問。最終章「宇宙に外側はあるか」がやはり一番そそられる内容。この宇宙でさえ、我々の銀河系のみならずその外側には幾つもの銀河が存在しその1つ1つに数え切れない星が存在している。そんな途方もないスケールのこの宇宙のさらに外側と言われても…。計算に拠って宇宙論の疑問が解決可能ならやはりAIがいずれは解き明かしてくれるのか。本書は図表少なくわかりやすい言葉のみの解説が続くので聴読向き。


軽いタイトルのライト・ノヴェルだが、当時の風俗・武器などに細かい解説が乗っかりつつ、幸村の工夫をオタクっぽく様々知ることが出来てお得感強い。タイトル通り源優希なる女子高生が戦国の世にタイムスリップし、家康と戦う大阪城豊臣秀頼の元に向かう真田幸村軍に従軍することになって云々。秀頼に殉じて自死した幸村の嫡男大助のファンなら、気持ちが安らぐので読んで見て欲しい。フィクションとはいえ。ちなみに関ヶ原で敗れた石田三成アスペルガーだったのねと主人公納得する下りがあるが、そうかもとは思わせる。

*1:発展途上国の書店に入って気づくのは母国語の專門領域図書の少なさ。逆に日本では日本語オリジナルの専門書が数多く、訳書も相当程度手に入る。こういう母国語でどんな専門知識も仕入れることが出来てしまう環境は多くの人間にとって専門知識へのアクセスを容易にする一方で、海外研究者とのコミュニケーションが取れない専門家を量産していることにつながっていると思う。もちろん、専門家なら意識を高く持って学習すればいいじゃんという意見は正しい。でも益川敏英さんが英語できないのにノーベル賞取っちゃったしな…。

夏休み書評1:本は読むより聴いてみたら?

もうこの3年ほど、dneuroは本を、目を使って読む冊数が大幅に減った。
一方で、Amazonkindleストアで購入する本は増えた。

読まずにどうしているのかと言えば、最近は専ら聞いている。
使うアプリはiphonekindleアプリ。

www.b-chan.jp

iphoneの場合、やることは簡単で、基本的にはどの画面でも2本指で上からスワイプしてしまえば画面読み上げが始まる。ipadも同様で、どちらか持っている人にはこれが一番ラクだと思う。

一方androidももちろん出来るがやや面倒。読み上げのメリットと共にこちらを。

www.muji-nobita.com


本を聞くメリット

1.冊数が大幅に稼げる
目で読んだほうが冊数を稼げると思うかもしれない。でも実際には聞くほうが冊数は増える。


考えて欲しい。


読むというのは非常に能動的な行為だ。特に専門書や興味の無い情報(でも知りたいから本は買うのだけど)を目で追っていくことに高い集中力・前頭葉機能(逃げずに我慢)を要求される。


一方、聞く、のは受動的行為である。
目で追って理解していくのに時間がかかるものでも、音声で読み上げられると、耳を通じてとにかく一方的に頭に入ってくる。それを聞いてさえいればいいのだ。このことの大きなメリットの1つは、これまでに興味が無かったり、読むにはハードルが高い分野の本に手を伸ばせることにあると思う。denuroの場合、歴史や経済分野がこれにあたる。医科学の言葉が幾ら出てきても読むのに障害にはならないのだが(そうだったら困るけど)、歴史なら系図・手紙文(〜候とか)・法律の条文などが出てくるとかなり読むのがしんどい。


でも聞くのは本当に楽。


さらにスピードを早くも遅くも調整できる。まったく知らない内容であったり、入り組んだ内容や、小説の場合には余りに音声速度が早いと理解が追いつかないことがあるが、慣れてくるとかなり早いスピードで読み上げられても理解可能となる。現在dneuroは日本語書籍の場合、おそらく標準の3倍程度が心地よい速度になっている(スピード表示は無い)。



確かに紙の本にしろ、電子書籍にしろ最大速度は読むほうが早いと思うのだが、いかんせん、その速度にムラがありはしないだろうか?私はADHD的資質のせいかもしれないが、とにかくムラがある。しかし、読み上げてくれる音声は常に一定である。結果的には1冊の本を読む(聞く)平均速度が上がり、しかも疲労度が小さいので、読了(聴了?)する冊数が大幅に増えた。


話題のベストセラー「サピエンス全史」。サピエンスは現生人類たる我々の学名ホモ・サピエンスから。人類史を概観する意欲的な本で各所で絶賛推薦中。面白そうと手にとっても、重い、と躊躇する人多いのでは?聴くのは楽ですよ。本書は文字情報量の多い図表が少なく、聴読向きだと思う。*1

著者曰く「歴史の道筋は、3つの重要な革命が決めた」と。その3つは、認知革命(7万年前)、農業革命(1万2千年前)、そして科学革命(500年前)。アフリカに出現したサピエンスは10万年前にはアフリカを出たが当時は他の人類たるネアンデルタール人に勝てなかった。ところが、7万年前から3万年前に再度アフリカを出たサピエンスは今度はネアンデルタール人を絶滅させ、その後他の人類を圧倒した。だからこの時期に他を圧倒する新しい思考と意思疎通の方法が登場したはずで、それが著者の説く認知革命。革命後のサピエンスは、遂には皆んなで共有できる神話や宗教を発展させ、その虚構の話を奉じて何万人もが協力して事を為すことができるようになったのだという。なるほど、と思う。



2.感情的なシーンで盛り上がれる
さて、読み上げの声は、抑揚がない。
イントネーションが存在しないのっぺりした機械音声だ。

機械音声は味気ないでしょう?
小説がつまらないでしょう?


と言われるのだが、実は全然違う。


声優などによるオーディオブックに比べ、抑揚のない音声が聞き手である自分の中に、内容がもたらす感情を自由に展開させる。声優さんではその場面に応じて感情生起を強制されてしまう。紙書籍と映像の対比に近いか…原作の映画化にコレじゃない、と感じたことあったらまさにそれ。


なので、知識を仕入れるのに音声読み上げを使うだけでなく小説もお勧めしたい。


関ヶ原(上)(新潮文庫)

関ヶ原(上)(新潮文庫)

今映画で話題の「関ヶ原」。NHKの大河「真田丸」で石田三成に惹かれた人は是非。でも今から読もうと思っても、3分冊の大著はきついでしょう?聞けば早い。*2

西軍(事実上)総司令官三成の最期は抜群にかっこいい。対して東軍の家康、というより最高実力者になった家康になびこうとする武将の卑しいこと。とはいえ、豊臣秀吉への忠義や恩顧の念で戦う三成の視野は狭く、日本の統一を図り、国のビジョンを持ち得た家康が勝って良かったと感じてしまう。司馬遼太郎はちょっと家康嫌いが筆に出すぎているよね…。


3.英語のリスニング練習になる
日本語が良ければ当然英語も良い。

まあ正直なんだかんだ言って母国語でない洋書を1冊完全に読了するのはハードルが高いわけで、耳から勝手に入ってくれる方が楽なはず。それに英語の方は日本語よりも語の区切りがきちんと読まれるので、聞いていて機械音声の違和感は少ない。速度に関してはリスニング力にもよると思うが、dneuroの場合は恐らく0.8-2倍速程度で、やはり日本語よりは大幅に落ちる。 尚、英語学習者ではリスニングしながら読むこともいいのだろう。普通に読むよりもストレス無く持続できるのではないか。


 amazon日本でもKindle用(アプリ含む)には向こうで買える書籍が網羅されているので、読みたい、と思った本が買えるはず。医科学系は専門書を含め、アメリカのほうが多く電子化されており、そういう意味でも有り難い。


https://www.amazon.co.jp/Tricked-story-internet-scam-English-ebook/dp/B00RBVDAD0/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1502840023&sr=8-2&keywords=trickedwww.amazon.co.jp


アメリカの高名な60代物理学者がネットを通じて知り合った20代のアルゼンチン女性モデルに騙されて、ドラッグの運び屋にされ、更にはアルゼンチン警察に勾留されてしまうという話。本人が書いている。下世話な部分がある方が読み(聴き)進めやすい。

著者は女性モデルとのやり取りは初めて会う約束をするに至るまで2ヶ月間何度もやり取りしており、当人とすれば騙されているつもりはなかった。話を外から聞けば騙されていることは明白なのだけど、寂しかったご本人の立場に我が身を置いた時、騙されずに済むかは正直わかりません。


本を聞くデメリット
欠点だって勿論ある。でも詳しくあげつらうと大変なので一言ずつ。

1.コストが高くなる
 聴了冊数が多くなるから。電子図書館が欲しい。
2.図表を見ることができない。
 必然的に。まあしょうがない。後で確認しよう。
3.何かに気になっていると内容がまるで入ってこない
 上の空になると30分聞いた内容がふいになる。
4.寝落ちすることが多い
 電車で目を瞑って聞こうと思うと難しい。寝床で聞くと寝落ちする。
5.漢字の読み方が変
 慣れるとおかしみがあるというもの。大阪城⇛だいさかき、籠城⇛かごじょう、孔明⇛ひろあき、島々=しまくりかえし、現生人類=げんなまじんるい、などなど。



日本語版Audibleは全然足りない

昨年Amazonはaudibleのサービスを日本でも提供し始めた。その前から英語版のaudibleである程度の英語の本を楽しんでいた身としては大いに期待したが、残念ながら、試用期間を越えてお金を払ってまで使うほどのサービスでは無い。
その主原因は、日本語の電子書籍がかつて少なかったのと同様で、まだまだ圧倒的にコンテンツが足りない。
興味のある人は試しに読みたい本を検索すると良いと思う。


www.audible.co.jp


ほら、無いでしょう?

まだまだ本当に冊数が無くて、残念ながら寂しすぎ。


audibleのコンテンツは專門のナレーターや声優であったり、時に著者が本の内容を読み上げているため、iphoneに読み上げさせるよりも当然音声は情感豊かである。


それが機械音声により良いか?と言えば、先に書いた理由で、dneuroは読み上げアプリのほうがお気に入りである。


尚、英語版audibleは日本語版よりも遥かにコンテンツ数が多く、読みたい本も十分。英語リスニングのためであるなら、アメリカのAmazon.comにIDを作って利用すれば、こちらのほうは機械音声より確かな発音で聞けるのでお勧め。


www.audible.com


小脳優位動作時に聞くといい

最後に聴読はいつするのがいいのか?


お勧めは、自動車運転中や散歩・ランニングなどの有酸素運動時、スーパーでの買い物(食料品)。いずれも、脳は覚醒しており、動作はどちらかと言えば自動的で1つ1つの手や身体さばきに言語化された内省を(余り)必要としない。こういった動きは小脳優位の活動だ。


自転車は安全の為にお勧めはし難い。また、電車通勤中は向いていると思いきや少なくても自分は眠ってしまう。座れずに立っている満員電車なら良いと思う。本を広げることも出来ないし、強制的に覚醒させられる。


http:// https://www.apple.com/jp/airpods/


APPLE AirPods  MMEF2J/A

APPLE AirPods MMEF2J/A

聴読のお伴はイヤホンだが、中でもお勧めはBluetooth接続のワイヤレス。何でも良いと言えば良いのだが、iphoneもしくはipadユーザーならairpodsの使い勝手が最高だろう。装着感がとても良く、見た目と違って、耳から落ちることが皆無。dneuroはこれを使うことで、ほんのちょっとした合間でも聴読するようになり、読了書籍数が飛躍的に増えた。一部デザインを問題視する人もいるようだが(うどん、木霊、チンアナゴと言われる)、利便性の前に屈服。

*1:欧米の知の巨人(例えば「銃・病原菌・鉄」のジャレド・ダイヤモンド)はとにかく大著を書く印象。膨大な知識を元にした主張にはなるほどと頷くしか無いのだが、どこまでが確実な事実で、どこからが著者の仮説なのかわかりづらいことも。細部に登場するdneuroの専門領域では若干間違いもあったりすることがあるが、膨大な知識範囲は凄いとしか言えない。

*2:こんなこと言うのは無粋というものだが、司馬氏が事実を大事にして小説を書いたとはいえ、書かれた内容にはフィクションが多い。艶ごとなどは作者の人物イメージの投影でしかないでしょ?と時に言いたくもなる。また、「関ヶ原」執筆は昭和39〜41年。その後近年になっても400年前の文書が発見されるのは驚きで、かつて事実と思われていたことが覆ったり新たな可能性が出てきたりしている。dneuro的には、歴史小説の虚実がない交ぜな点に心理的抵抗を覚えるのだが、司馬小説が抜群に面白いのは確か。読了後には史上の人物の名前を覚え、一定のイメージを心に創ることができ、後に歴史物を読むのが楽になるのは疑いない。

認知症にならないってできるのか、とかキツネのはなしとか

アルツハイマー病(アルツハイマー認知症)の臨床をやっていると、何が進行速度の決め手になるのか?という疑問を持つ。画像上は萎縮像が確かに診断の参考にはなるし、ある程度は萎縮の程度が認知症の状態と相関関係にあるのはわかる。


ただ、萎縮が目立つとされる海馬でも、個人差が大きい。この程度の大きさでもうこんなに認知症が進んでいるのか、と思う人がいる一方で、こんなに小さいのにまだかなり元気ですねえという人まで。


1回の画像では、今見ている大きさが、以前からどのくらい縮んだのかはわからないし、そもそも小さいから機能が低い(大きいから機能が高い)とも限らない。月日を置いて同じ人の経過を見られることは実際には少ないから何とも言えないなあと思うことはしばしば。


例えばある80代の某難関国立大理学部卒お婆ちゃんは、MRI上で萎縮が明らかで、物盗られ妄想や短期記憶障害もあったが、それでも知的水準が高く、中学生相手に家庭教師を現役でしていた。もともとの知的活動具合が進行に影響するのかと感じたことはある。多分、脳を解剖すれば、アルツハイマー認知症で出て来る老人斑が溜まっていただろうに。



日経サイエンス8月号の記事の1つは「アルツハイマー病に負けない力を蓄える」。筆者ベネット教授はシカゴにあるラッシュ大学アルツハイマー病センター所長先生。


f:id:neurophys11:20170730063047j:plain:w300:right
20年にわたって多数のアルツハイマー病患者を追跡調査してわかった、認知機能低下とアルツハイマー病発症のリスクを下げるために出来る10項目が掲げられている(図参照)。


でもなんだろう、のっけから実現不可能な項目でちょっと困るのだが。良い両親もう選べんし…。

とはいえ、それは自分たちが子どもへ良い両親であるべきだと解釈し直すことにして(遺伝子は変えられないがネグレクトは回避できるし相手の遺伝子とも混ざるし)、自分たちができることを端的にまとめると…


生きがいを持つ
知的にも身体的にも動き続ける
食事内容に気をつける


が主要な3点かなと。いずれも出来ていた群はアルツハイマー病発症リスクがかなり低くなったらしい。


   意地悪を言うと、アルツハイマー病にならない人がそもそもそういうことが出来るだけなんじゃないの?と反論できるが、正確にはわからない。


図中にあるMIND食というのは同じくラッシュ大学のモリス氏が提唱する地中海食に近いもので、ベリー類、野菜、全粒穀物、ナッツ類をふんだんに含んだ食事。アルツハイマー病発症リスクを劇的に下げると報告されているものの、臨床試験の結果はまだ出ていないので、現状真偽不明。悪くはなさそうだが。興味ある方はご自分で検索して下さい。日本人が普通に健康に気をつけた食事をすれば多分大丈夫?という気もする。*1


修道女研究からわかったことはなんだろうwired.jp


ところで、ベネット先生が参考にした研究に、アルツハイマー病の修道女研究というのがあり、一時その結果が日本でも話題になった(⇛原著はコチラ)。アメリカジョンズ・ホプキンス大学の研究者らが、修道女の解剖した脳組織を解析したところ、病理的にはアルツハイマー病の病変が認められても、臨床的には認知能力が健常脳の高齢者と同じレベルに保たれていた方たちがいた(無症候群)。


臨床的にアルツハイマー病を発症した(=認知症になった)人たちとの相違点として、無症候群の修道女たちの海馬細胞は健常高齢者以上に細胞の体積、細胞核の体積が大きく、そして若い時に書いた文章が発症群の修道女よりも複雑で巧みだった。言語活動が活発だとアルツハイマー病を予防できるかも、と話題になったのだ。


もっとも同じ研究者たちが2015年に出した論文(⇛原著はコチラ)が興味深くて、無症候群の修道女たちは、アポリポタンパク質遺伝子にε2という変異を持つ頻度が発症群の修道女たちより非常に高かった(無症候群19.2%vs発症群4.7%)。同じくアポリポタンパク質遺伝子にε4という変異があるとアルツハイマー病のリスクを高めることが知られており、実際そうだった(無症候群3.8%vs発症群19.4%)。*2


無症候群では大学院卒が多く、知的活動が盛んだったことが伺われるのだが、実はそれはアルツハイマー病を発症予防した原因ではなく、単にアルツハイマー病を発症しづらい(もしかしたら頭の良さにもつながる)遺伝子を持っている結果なのかもしれない。だとすると予防も何もあまり関係ないだろう。


ということは、先に紹介した日経サイエンス記事にあるように、「いい両親を選ぶべし!」が結局一番重要なのか…いや無症候群だって多くはε2変異を持っていないのだから、遺伝子ですべて決定されるのではないと信じたいところ。遺伝子も唯一無二の因子ではないので、何か自分の努力で出来ると考えて実行した方が健全なのは確かだ。*3


キツネも懐けばイヌになる

f:id:neurophys11:20170730063834j:plain:w300:right
さて、日経サイエンス7月号で一番面白かったのはこっちだ。
ロシアに酔狂な研究者(ベリャーエフ氏)がいて、動物の家畜化の課程を研究するために野生のキツネから人間に対して穏やかに接する個体を選び出しながら交配を繰り返し、遂には人が近づくと尻尾を振って近づいてくるキツネが生まれてくるようになったのだという。実験開始は1958年。


そういったキツネは6世代目に登場したが、とはいえ、そこまでイヌ的なキツネ(著者たちはエリートと呼んでいる)は2%に過ぎなかった。それが世代を経るごとに増え、現在では70%に達するという。


エリートは写真のようにとても可愛い。
動画で見たい人は⇓。
www.youtube.com


実験結果として出てきた人に馴れたキツネ。どこまでイヌなのよ、という感じ。

How to Tame a Fox (and Build a Dog): Visionary Scientists and a Siberian Tale of Jump-Started Evolution

How to Tame a Fox (and Build a Dog): Visionary Scientists and a Siberian Tale of Jump-Started Evolution

詳しく知りたければこれを読むしか無い。
現在も実験は進行中で、43世代目のキツネがいるらしい。ますますイヌらしくなり、生まれつき人間の視線と身振りを目で追い、尖った鼻が丸くなり、四肢がずんぐりと短いそう。ただまあイヌよりはやはり懐かない個体も生まれるとのこと。ペットにしていいものかはわからない。


人イヌにあう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

人イヌにあう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

イヌと人間の関わりと言えばローレンツ先生のエッセイ。
読んだのが確かdneuro高3時なので内容はうろ覚え。忠実なイヌも裏切られ続けるとあるときから攻撃性を向けるようになったという話が記憶に残ってます。


実験医学増刊 Vol.33 No.7 発症前に診断し、介入する 先制医療 実現のための医学研究

実験医学増刊 Vol.33 No.7 発症前に診断し、介入する 先制医療 実現のための医学研究

ハイリスク群を層別化し、指標となるバイオマーカーを同定、発症前に予防する、それが先制医療。アルツハイマー病は先制医療で癌と並んで最も期待される疾患だが、残念ながら今のところは理論先行。早く実を結んで欲しい。

*1:一応臨床試験は進行中。こういった食事系や〜油が良いの類は沢山あるが、きちんとした臨床試験を経て確立されたものはあるのかな。とりあえず血管病変につながる高血圧、高脂血症、糖尿病を予防する、悪化させない食事が良いのは確かと思う。

*2:精神科系疾患のリスクになりうるような遺伝子で今まで発表されているものは、ほぼ全てが再現性無く、信じるに値しないと何度も書いてきたと思うが、唯一の例外と言って良いのが、アルツハイマー病リスク遺伝子としてのアポリポタンパク質ε4変異(APOE4という)。この変異を持つ場合には確かにリスクが上がるようだ。これについてはいつか。

*3:認知症予防に認知トレーニング、例えば脳トレみたいなものが役に立つのかというのはずっとある疑問で、役に立つという研究も立たないとする研究もあって両論拮抗している。個人的印象を言えば、効く人がいればいいなと願望を持ちつつ、今までの結果を見ると残念な思いを禁じ得ないので、そんなに都合よく予防できないんだと考えている。これについてもそのうちに。

自殺数10万人越えのデマと自殺統計をつらつら見て考える(1)

自殺数に関してwebで検索していると気になる記事が結構あって、その中には日本の自殺者数は本当は10万人を越えているみたいなエントリに当たる。例えばこんな⇛【マジかよ】毎年報道される日本の自殺者数は3万人どころじゃなかった!? 「遺書が無いと自殺ではなく変死扱い」等が話題に


これが本当かを考えるに当たり、自殺統計をつらつら眺めてみた。
ちなみに、遺書が無いと変死扱い⇛自殺に組み入れられない、ということは無く、遺書ありと遺書無しとに分けてきちんと数えられているようだ。自殺なのに自殺ではないと判断されてしまうこともあるだろうが、遺書の有無と変死扱い、は違う話。



自殺者数は最近減少している
f:id:neurophys11:20170717163832j:plain:w300:right
日本の自殺者が年間3万人超えで推移しているなんて報道は数年前まで。相変わらず自殺死亡率(10万人あたりの自殺者数)では先進国の中で最低なんだが、それでも今は減少傾向。2016年の自殺者数は21,897人、一番多かった2003年は34,427人だったから、この13年で1万人以上減ったことになる。これは大きい(図1は厚労省HPから⇛コチラ)。


図1右上の「年齢階級別自殺死亡率の年次推移」を見ると、年齢層別の推移がわかる。2007年以降、つまりこの10年では、40代以降、ひときわ50代の自殺死亡率の低下が著しい。図中表の数字は10万人あたりの自殺者数だ。10年前(2007年)は38.1人だったのが2016年には23.6人まで。40%近く少なくなっている。70代(35.0⇛21.4)、80代(35.0⇛21.6)、それに40代(31.9⇛19.8)も同様だ。


一方で、19歳以下の若者の自殺死亡率は10年間でほぼ一定だし、20代の自殺死亡率も増減しつつ余り変わりない(22.0⇛17.3)。中年以降には何かしらの自殺の要因が関わっている一方で、若者ほど本気で自殺を考えたことがあり、自殺未遂率が高いというデータがある。


公益財団法人日本財団(http://www.nippon-foundation.or.jp)の調査では自殺念慮・自殺未遂は20-39歳の若年層で最も高いという。厚労省の調査と直接比較することはできないかもしれないが、自殺未遂経験者は同財団の調査では年間45万〜60万人の推計で、若い世代・女性の方が多く、しかも複数回に及ぶことが多い。要は若いと既遂率(最後まで遂げて亡くなる率)が低いのだ。恐らくその理由は手段として大量服薬やリストカットなど比較的ライトな手段を取ることと、衝動性の高まりに依るもので準備が足りないことなどが要因なのだろうが…。*1


 日本財団自殺意識調査2016(pdf)


とはいえ、そもそもこの自殺死亡率自体やはり高いのだ。


日本の自殺率6位、若年層ほど深刻 政府が17年版白書


記事によれば先進7カ国の中で、15-34歳の事故による死亡率(6.9人)を自殺が上回っているのは日本だけのようだ。英、米、仏、独、伊、加の6カ国はいずれも事故死亡率のほうが自殺死亡率より高い。要するに自殺する人が事故で死ぬ人より多い逆転現象は先進国では日本に独特だと。


自殺と経済問題、1998年年急上昇の謎
f:id:neurophys11:20170717164423j:plain:w300:right
経済・生活問題は常に動機別自殺要因の第2位だ。厚労省統計で7318人(2007年)⇛3522人(2016年)とこの10年で約半減している。これは明らかにとても大きい減少幅で、景気動向指数と男性自殺者数の相関や、景気・失業率と男性自殺者数の高い相関が指摘されることが多い(図2c,d)。


とりわけ同期間の年齢送別自殺死亡率低下の中では、50代男性が目立つ。さらに、男性だけで高い相関、というのが特徴で、女性の自殺死亡率はそういった経済指標との相関は無い。こと経済問題だけは日本の自殺要因においてこれまで男性偏重になっていたのは疑い無いだろう。一応今見られる男性の自殺死亡率低下トレンドは政権の経済政策が悪い方向に働いていないということか。


jbpress.ismedia.jp


さて、図2aでは2000年(H12年)が50代の自殺死亡率が高いが、一番高かったのは実は1998年で、図1の総自殺死亡者数のグラフを見ても気づくように、1997年から1998年にかけて自殺死亡率は急上昇している。さすがに傾きが急すぎるので、これは「さては自殺の定義が変わって、これまで組み入れられなかった自殺が加わったに違いない」と思ったが、そうではないらしい。H16年厚労省補助金による資料「自殺増加の社会的要因についての検討」によれば、


 警察関係者に対して,1997年から 1998年にかけて,自殺の判定基準の変更があったかどうかについて問い合わせたところ,警察庁から特段の変更の通知がなされた事実もなく,現場の担当官にも,その扱いに有意な変化があったという認識はなかった


と。じゃあ考察はというと「リストラにあっても再就職が難しい層」というコメントだが、まあそれはいつの時代もそうだしなあと思うし、何もこの1年で急勾配にならなくてもいいのでは、と思うので、もっと何か別の理由があるのではと勘ぐってしまう。もちろん実際に1998年が自殺急増の特異年なのかもしれないけど。


動機としてトップの健康問題と高齢者
で、健康問題。自殺の理由としては常にトップとなる。さらに厚労省統計からは、健康問題の中でもうつ病を始めとした精神疾患の割合が大きいという。自殺数は、14,684人(2007年)⇛11,014人(2014年)と25%ほどの減少。実数として減っているのは大変喜ばしいので、文句はないのだが、近年、精神科への敷居が低くなり、精神科受診数が増えている中でのこの数字というのが満足して良いレベルなのかはわからない。


H2年(1990年)とH26年(2014年)を比較してみれば明らかだが、H2年に60代から急激に上昇していた自殺死亡率がH26年には半減以下になっている。同期間の高齢者数は日本で大幅に増大しているのだから、自殺死亡率の顕著な低下はとても良いことと思う。この世代には景気動向の影響が若い世代と違って小さいはずで、だとすればこの20年間に、日本は高齢者の自殺を予防する手立てに成功してきた、ということなのか?特に女性高齢者の自殺死亡率は他の年代と変わらなくなっており、何かしら要因があって然るべきと思うのだが…。


もともと高齢者は男女を問わず自殺死亡率が高い。特に若い世代と違って、高齢者自殺死亡率のピークは、50代がピークを迎えていた平成10年前後ではなく、その10年ほど前で、図2dを見ると1990年は失業率も自殺死亡率も非常に低い。時はバブル終了期で、まだ皆浮かれた気分が漂っていた頃かな…何故世の中が不景気の沈滞ムードに入る前に高齢者自殺が多かったのか疑問だったりする。


尚、図22a,bの縦軸(10万人中の自殺者数)は男女で軸の範囲が違い、一見高齢者自殺死亡率の男女差がなさそうだが、やはり女性の方が少ない(H2年で男性約90人、女性約60人、それでも顕著に多いが)。


自殺数変動に周期性?
さて、些か口の悪いdneuroの同僚は、この数年の高齢者の自殺者数低下は、要するに自殺という選択肢を選んでしまう傾向のある人達が、若い時期に(つまり50代とか)既遂してしまっているからなのでは?と指摘した。


自殺の多かった1998-2000年くらいに50代〜60代だった方々は当然今が60代〜70代。仮に人口の一定割合の人たちが自殺に向かう選択をするとしよう。その潜在的に自殺を選ぶ人たちの多くが50代で既遂し、高齢者人口からいなくなれば、高齢者の自殺者数が減少する、という考えが成立する?


そういう目で見るのもありか...という気も。社会情勢に影響を受けやすい中年世代で自殺が増加⇛自殺素因のある人口プールが中年世代で減少する⇛しばらくその世代が高齢人口になった時に自殺者が減る、みたいな周期性があるんだろうか、とも思うが、疲れたので次回以降に考えることとする。


「日本の自殺者数、本当は10万人越え」のウソ

最初に戻る。
変死体として見つかるのは年間15万人にも達するときがあり、WHO基準では変死体の約半数が自殺と考えられるので、実際には日本の自殺総数は10万人を超えるのだ、という。もう10年以上も語られているようだ。


いやいやいやそれは多すぎでしょう、ということで何故そんな誤解が成り立つのかを考えていたら、以下のblogで詳細に考察されているので一読を。


d.hatena.ne.jp


まあ、簡単にまとめると以下。
1.WHO基準とされる一文がどうやら誤訳された上で無批判に利用されている。
2.変死体というか法的にいうところの異状死体(死因が診断確実な病気でないすべての死因による死体)の中で実際に解剖された中での自殺者はおよそ15%程度。
3.警察庁統計はそのように後から判明した自殺の数も組み入れている。
4.「変死体」増加の主原因は高齢者の孤独死の増加ではないか。


いずれにしても10万人は越えていません。


死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ (光文社新書)

死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ (光文社新書)


デマはデマとして、日本における警察発見の死体の死因推定が雑なのは事実。日本では事実上東京以外に專門に死因究明のための解剖を行う施設(監察医務院)が無いため、「変死体」がきちんと解剖されず死因の究明が果たせないことが多い。警察に嘱託された医師に依る安易な「心不全」とか「呼吸不全」という死因が多いのが特徴的。そりゃ死ぬときは心不全にも呼吸不全にもなりますよ。


著者の岩瀬氏は千葉大法医学教室の教授。発見された異状死体の死因究明の為に、解剖に先立つ画像診断専用のCTを日本で最初に導入、CT画像も参考にする。


日本は残念ながら他の先進諸国と比べて発見死体の死因究明目的とした解剖実施率が絶望的に低く、殺人が見過ごされている可能性が十分にある。肝臓がんによる病死と考えられているケースが解剖して初めて蹴られたことによる内臓破裂による死だと判明する例があったりもするのだ。自殺も「本当に自殺」なのかは解剖しなければわからないことがある。



歴史上の様々な人物たちの死の様子を生前の業績と比較しながら淡々と解説する。自殺した偉人としては、ヒトラーゴッホクレオパトラマリリン・モンロー円谷幸吉川端康成ロンメル将軍、乃木希典芥川龍之介。芥川は幼い我が子に、「もしこの人生の戦いに破れし時には、汝等の父のごとく、自殺せよ」と遺書に残したという。自殺ではないが、抗生物質ペニシリンを発見したフレミングの死が好きだ。具合が悪く、傍らの妻に心臓病かと聞かれ、「そうじゃない、食道から胃のほうへずっと下がっていくようだ」と語って考えこんでいるとふいに、静かに息絶えた。

*1:日本財団(ニッポンザイダン)って何?と思ったら、昔の日本船舶振興会なのね。「一日一善!」のCMが懐かしい(って分かる人は40代より上なはず)。