ヒトはなぜワクチンを疑うのか (2) 

インフルエンザの流行を都が認めたらしい。自分もそろそろ打ちたいが今年は不足しているインフルワクチン。今回は以前書いた続編を。


ヒトはなぜワクチンを疑うのか(1)


初めにdneuroの立場を表明するとすれば、ワクチンは一定の感染症を予防し、不幸な感染者を減らすこと、それによって社会が公衆衛生的に計り知れないメリットを享受しているというスタンス。


要するにワクチンは役に立つ。


一方、ワクチンへの懐疑心、不信は消えない様子。


・病原体を身体に入れる、という余計な作業という気がする
・そういう余計な作業が一大産業になっていて、製薬会社や医者が大儲けする軍産複合体ならぬ医産複合体ができている気がする
・そういった構造を守るために国がワクチンを推奨している


こういったところかなあ…


以前も書いたけれども、少なくてもクリニックレベルではワクチンを打ったからと言って正直そんなに儲からないと思う(⇛ワクチンと自閉症、あれこれ)。また、基本的に、ワクチン不要論の意見には都市伝説や誤った研究解釈、短絡的な暴論を一般化しているのが目立つので、正直与しにくい。


今話題の本は困る点が多いなあ

ワクチン副作用の恐怖

ワクチン副作用の恐怖


さて、今話題になっているこの本書。

近藤誠氏は言わずと知れたベストセラー(人によって名著でもあり迷著とも)、「患者よ、がんと闘うな」の著者で、慶応医学部放射線学科にいた人。


さて、今度の近藤氏の本で、dneuroとしては以下4点指摘してみたい。


1.自己体験をもとにしたインフルエンザワクチン不要論の展開はやめれ


体育会系議論というと体育会系の人に怒られてしまいそうだが、自分はこうだったから~はやめようよ、と言いたい。


曰く、
「病原体に感染する機会をできるだけふやせば、それだけ免疫システムが成熟し、充実するはずです。」

だが、1回の感染が命取りになることもあるのを忘れるなよと言いたい。あなたが健康なのは喜ばしいが、誰もがあなたのようには強くない。


そもそもインフルエンザで重症化する人は少数派。大多数はワクチンを打とうが打たなかろうが、また発症しようがしまいが、流行によって超重症になったり、死ぬようなことは滅多にないわけだが、その滅多にない悲劇を無くしたいと思わんのか。



2015年の感染症発生動向調査によれば、2009-2015年の年齢別インフルエンザ脳症数は0-4歳群で202例、5-19歳で408例、そして死亡数は0-4歳で14例、5-19歳で20例(⇛インフルエンザ脳症について)。



そう6年で未成年の34人もがインフルエンザ脳症によって命を落としているわけで、これを無視して、インフルエンザは放置してむしろ罹った方が免疫がついて良い、とは言えないだろう。


尚、脳症発症者においてワクチン接種率がどうだったか、は気になるところ。ある医師の記載ではインフルエンザ脳症発症者にワクチン接種者はいなかった、という記載はあったが文献的根拠まで見つけられなかったのであるなら見つけたい。


また、インフルエンザ脳症自体はワクチン接種で予防できない。言い換えればワクチン接種しても、罹ってしまったらワクチン接種歴は残念ながら関係ないようだ。
ただ、罹患率を減らせることは確かなので、そういう意味で例数は減らせるだろう。


インフルエンザ脳症について興味ある方はこちらを。
インフルエンザ脳症ガイドライン 厚労省インフルエンザ脳症研究班(H21年9月)


2.自閉症ワクチン説を肯定するな


精神科医として本当に困るのは、ワクチンが自閉症を誘発するという虚言を率先して広める医者がいるという事実。ため息出すしかないというか。


そもそもがウェイクフィールドというイギリス人医師の嘘論文に端を発するこの説が未だに広まっているのは、ワクチンに含まれていたチメロサールという水銀化合物への誤解であったり、どこかに原因を見つけたいという主として親の欲求からなのかと思う。以前それらのことを書いたので、参考になれば。


自閉症の原因はワクチンや水銀じゃないよ



ワクチン接種率の上昇と自閉症の発症数が相関しているじゃないか、という人に対しては以下、考えてもらえるといいかな。


・必ずしも相関しているとは言えない(上記リンク参照)。


自閉症(ないしは自閉症スペクトラム発達障害)は、診断基準の変遷と共に診断数が増加したが、かつては多かった誤診が減っているはずで、さらに以前気づけていなかった人を気づけるようになった。昔もいたのだ。


・相関は原因と結果を示すものではなく、例えば自閉症診断数と携帯電話の普及、自閉症診断数とインターネット利用人口、自閉症診断と高齢者数の増加、とか見つけようと思えば相関が見つかるんじゃないかな。


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図は試みに作ってみたグラフで、青は嵐のファンクラブ会員数の増加を示しているが、オレンジの曲線もそれと全く一致するかのように増えている。
実はこのオレンジは65歳以上人口に占める生活保護受給率の推移。
つまり、嵐ファンの増加と、お年寄りの生活保護受給増は極めて密接な相関が認められている。*1


が、嵐のファンが生活保護を増やすわけでもないし、65歳以上の生活保護者が嵐のファンを増やしているわけでもないのは明らかであって、要は2データ間のちょっとした相関なんていくらでも見つかるから、あまり短絡的に2つの現象を繋げてはいけないということ。


3.川崎病がBCG接種で起こると殆ど明言している


川崎病とBCG接種については初耳だったので調べてみたが、これはまた…という内容。


川崎病は乳幼児がかかることの多い自己免疫性の疾患で何かしらの感染症への背景にして、苺状に舌が腫れたり、皮膚が剥がれ落ちるような幾つかの病変の発症を特徴とする疾患。


この川崎病が残念ながら年々増加傾向にあり、最近では年間10000人を大きく超えている。1つには小児科医の専門的な診断が正確にされてきたということは要因で、必ずしも以前にはいなかった、というわけではないが、増えているのも確か。


近藤氏はそこをワクチンと結びつけたかったのだろうか。
BCG接種で、というのは明らかな誤解ないしは曲解。確かに、川崎病になるとBCG接種部位の発赤が目立つようになり、診断の一助となりうる。でもそれは原因ではなくて、BCG未接種でも川崎病にはなるわけで…


もしBCG接種が川崎病を起こすのであれば一大医原病として大騒ぎになっているだろう。官民あげてそれを隠すような利権はどこにも存在しない。



shufu-blog.com


4.ワクチン接種後すぐに死亡した原因をワクチンとするには無理があるのではないか


ワクチンの副反応については、厚生労働省の厚生科学審議会がワクチン定期接種や安全性の評価をし、報告されたケースについてもワクチンによる副反応ゆえと言えるかを検討している。近藤氏によるとこの審議会での議論は「ワクチンは安全ありき」だから、報告例がワクチン由来の死なのは(近藤氏的には)明らかなものなのに、十分な議論もなく、結論としては安全と評価され、副反応報告のよる懸念が握りつぶされてしまうというのだが…


その1つに、2012年に起きた日本脳炎ワクチン接種後10分後から容態がおかしくなり、心肺停止、蘇生処置虚しく亡くなった10歳の子の事例が挙げられている。


詳しくは⇛ 日本脳炎の予防接種死亡例について(pdf,2例目)


この10歳の子には特殊な背景があり、広汎性発達障害の診断のもと、アリピプラゾール(商品名:エビリファイ)とピモジド(商品名:オーラップ)という抗精神病薬セルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)という抗うつ薬が処方されていた。


近藤氏は、これはワクチン直後の死だから、ワクチンとの因果関係は明らかで、それなのに審議会ではワクチンとの因果関係を否定する強引な議論がなされた、報告論文の結論も強引であり、著者たちは案の定ワクチンの専門家だった…と書く。



うーん、どうかな。これに関しては審議会議論を読むと決して各委員たちが結論ありきで議論を述べていないことがわかる。ある委員は、「接種直後の心停止症例で、ワクチン接種との因果関係は強く考えられる」ときちんと述べている。ただ、問題は、「ワクチン接種」という行為そのものがかなり乱暴にされたため、痛みや恐怖が内服薬によってありえる心電図異常(QT延長という)から心停止を誘発したのではないか、と考察していること。dneuroもその可能性のほうが高い、と感じる。要するに、ワクチンの中身(成分)をこの10歳の子の死と結びつけるほうが短絡的であり、これをワクチンによる副反応死亡例とする近藤氏の主張のほうが強引過ぎる気がする。*2


の4点。それ以外も沢山あるが、それは他の方の反論にお任せ。


流行のない感染症のワクチンを打つことで重篤な副反応に苦しめられたらそりゃ理不尽だ


例えば…
感染症Aにかかった時の脳炎発症が1/1000人だとする。
Aワクチンによる脳炎発症は接種100万人あたり1人とする。


感染症Aにかかるのはワクチンが無ければ年間1万人とすると、10人が脳炎を発症する。
Aワクチン接種対象が200万人とすると、脳炎発症は2人だ。


理論的には確かにワクチン接種のほうが脳炎発症が少なく済むわけだが…

そもそも感染症Aが殆ど流行らず、今年の感染は1000人しかいなかったら、脳炎発症は1人だから、ワクチンによる脳炎発症を下回ってしまう。


おまけに脳炎発症は高齢者に多く、対してワクチンは若年者を中心に打たれたら…とか、そもそもワクチンで脳炎発症した人は、たとえ感染症Aが流行っても罹患したとは限らず、罹患したとしても脳炎を発症したとも限らない。そう、自分個人に関してはワクチン打とうと打たなくてもそもそもその感染症にかかるかすら未確定(というか確率的には高くない)というところで、ほんとに必要なの?という疑問が生じるわけで、そこは幾ら理論的にワクチンの便益を説かれても肌感覚として納得いかない部分だと思う。


さらに、当然ワクチン接種対象を増やせば増やすほど理論上の脳炎発症者は実数として増えるし、ワクチンによって発症が大きく抑制されてしまえば、終いには感染者数0、つまり感染による脳炎はいないのに、ワクチンによって何人かは病気になってしまう、というパラドックスが生じる。


ポリオワクチンはこのパラドックスに陥っているのではと思えてしまう。
そういう意味で、近藤氏のポリオに関する記述については賛同できる部分があったりはするのだが…。


横浜市衛生研究所のポリオのページを参照したい。

横浜市衛生研究所:ポリオ(小児麻痺・急性灰白髄炎)について


ポリオは口から入って感染して、腸内で増殖し、一部が中枢神経に入り込んで脊髄や脳幹部で運動神経細胞を侵し、麻痺症状を起こす病気。日本では2012年8月31日まで口から飲む生ワクチンが用いられていた。

生ワクチンは生きている弱毒化ウイルスを使うのだが、これが腸の中で増殖する。その中で、稀に遺伝子変異を起こし、それが毒性を強くしてワクチン接種者に麻痺を起こさせてしまうことがある。


1980-1994年にアメリカ合衆国で生ワクチンが3億300万回投与された。このワクチンが原因となる麻痺が起こったのだが、0.00000042%、実に240万回に1人という稀な患者発生だ。免疫が正常な人に限ると、620万回に1人。とはいえ、実数125人という人数を見て少ない、という感覚にはなるのは難しい。有り難いことに、2000年からの不活化ワクチンへの切り替えによってアメリカでの患者発生は無い。日本でも既に切り替え済み。


一方で世界的には一部地域での野生型ポリオの流行は確認されており、2014年にはパキスタンアフガニスタンでの流行が国際的に問題視されていた。


ということで、やはり現在の国際的に移動が激しく、どこにどういう病気が伝播されてもおかしくないことを考えると…野生型の流行があるポリオのワクチン接種そのものは必要と考える。通常の生活範囲内で感染機会に遭遇する可能性はあまりにも低いのは否定できないが…。



まとめると、ポリオワクチン接種は現在でも必要。ただ、それは麻痺の可能性のない不活化ワクチンであるべきだろう。生ワクチンによる麻痺の可能性がどんなに小さくても、それは受け入れ難いリスクだ。


飛騨のさるぼぼ NO.9 (赤:さるぼぼ柄)

飛騨のさるぼぼ NO.9 (赤:さるぼぼ柄)


飛騨のかわいいお土産、さるぼぼ、は疱瘡(天然痘)の魔除けでもあるという(⇛Wiki)。


かつて世界中で猛威を奮った天然痘は現在では撲滅された代表的な感染症。致死率も高く、助かってもあばたが顔に残って苦しめられた。歴史上の人物でも、例えばエリザベス女王天然痘罹患者で、顔にはあばたが残った。顔を濃い化粧で覆ったエリザベス女王だが、それは天然痘の後遺症を隠すためだったのだ。他にも、ネイティブ・アメリカンやアステカ族は、ヨーロッパ人の持ち込んだ天然痘によって激甚な被害を負った。何せ毒性・感染性共に高いので、いざ流行すると万人単位の死者を出す。1770年のインド流行では300万人が命を落としたという。


そんな天然痘は現在撲滅されたからこそワクチンを打たずに我々は安心して暮らせる事実は忘れないほうがいい。


破船 (新潮文庫)

破船 (新潮文庫)


陰鬱さが漂う著作も多い吉村昭のこの本は、かなり昔の僻地の貧しい漁村が舞台。時折難破船が漂着するとその中の物資が村民を潤すことになる。もし船員が生きていたとしたら残念なことに。ある日漂着した難破船の中には赤い服を着せられた船員たちが皆死んで横たわっており…という話。まあここで紹介するのだから何故そうだったのかは想像の通り。


アフリカの蹄 (講談社文庫)

アフリカの蹄 (講談社文庫)



著者は精神科医作家。純然たるミステリで、時代は仮想国(といっても明らかに南アフリカ)のアパルトヘイトが無くなった直後頃。1994年に人種隔離政策として悪名高いアパルトヘイトが廃止された同国も、白人支配層の黒人への差別意識は消えず、一部白人層が天然痘を黒人社会に流行させようと試みているのを発見したのは留学中の日本人医師だった…。その証拠を掴もうと彼は奮闘する。


検証 陰謀論はどこまで真実か パーセントで判定

検証 陰謀論はどこまで真実か パーセントで判定


ワクチン不要論が説かれる時に、ワクチンの必要は製薬会社と国、医療界が結託しているのだと、容易に陰謀論と結びついた論調が取られることが残念でならない。本書はワクチンを扱ってはいないが、「アポロ11号は月に行っていない」「9・11テロはアメリカの自作自演だった」や「地球温暖化説はデッチ上げだ」などなどの陰謀論が俎上に挙げられて、しっかりした証拠を基にいやそんなこと無いよ、と解説する。陰謀論は非常に細かくて厄介だったりする。アポロが月に行ったなんて、疑うべくもない歴史的事実なのに、事実の根拠っていざ探ると難しいのだ。著者の1人が述べているように「陰謀論に本気で反論するには、その詳細を徹底的に調べてやるという覚悟が必要」で、陰謀論の説く矛盾に1つ1つ反論するための準備は大変。そんな陰謀論への免疫をつけるのにこの本を。



最後に、ワクチンは確かに個人レベルで見るとその利益に疑問を持ったとしても仕方のない面もある。今本当に必要なものと、近いうちに必要なくなる筈だがまだ続けたほうが良いもの、どちらかと言えば個人の選択になるけど打っておくと万が一罹った時に比べて医療費がずっと少なく済む、といったような場合分けも可能。いずれにしても、批判するなら、結論ありきの陰謀論ではなく、医学的・医療経済学的な視点で議論を喚起して欲しい。近藤氏の本を読んでワクチンが怖くなった方は、氏ががん治療を論じる時もそうだったが「全て」を否定しようと極論に走ること、そして氏の文献やデータ引用を注意深く見ると一部に決定的な無知ないしは故意に近い曲解が含まれていることを考えてみて欲しい。

*1:生活保護受給率は内閣府のデータから(http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2013/zenbun/s1_2_2_05.html)。嵐の人数はこちらのblogを参照(http://yumi55.com/archives/2353)。嵐ファンはやはり多いのね…。

*2:この子はワクチンをかなり怖がっていたようで、診察室を出たり入ったりしていたという。かなり強引にワクチン接種をされた様子。かわいそうに。中止ないしは延期の選択肢を考えてよかったのではと思う。ちなみに心電図測定はされておらず、心電図異常も推測にすぎない。

認知症の治療 捉え方を変えてみよう

先ごろ「認知症の治療」というお題で講演依頼を受けた。

・いわゆる4大認知症(アルツハイマー認知症レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、そして血管性認知症)
・現在市場に出ているアリセプト(塩酸ドネペジル)を主体とした認知症治療薬
・治る認知症を見逃さない


という話をした上で、治る認知症を例外にすれば根本的には止められないんですよ、だから早くから介護を考えましょうという構成にしていた。


が、何というかそれは医学モデルで考えすぎであって、一般の方や介護的立場にとって聞く意義があるのかなと思い始めた。


ところで、何故治らないのかといえばそれはアルツハイマー認知症を代表とする治らない認知症は、進行性の変性疾患というやつであり、脳機能を担う神経細胞群が不可逆的に機能不全(細胞死)を起こしていくから。


要は脳細胞がどんどん死んでいくのであって、根本的には死んだ細胞を再生し、かつ再生するだけでなく、元々あった神経細胞同士をつなぐネットワークまで再生しない限り、機能回復は望めないのだ。


この10年くらい、アルツハイマー認知症治療薬の有力な候補に、脳に貯まってくる老人斑を無くしていくアミロイドワクチンというのがあった。欧米を中心に精力的に臨床治験がされたものの、効果は極めて限定的だったことに世界が失望した。それは幾ら老人斑を取り除いても、死んだ神経とそれが構築していたネットワークの再生はできないのだからある意味当然なわけ。


脳は血管のかたまりであり、血管病変を防ぐことが大事


さて、脳は人間の臓器で最も酸素消費が多い。脳の重さは体重の2%でしかないのに酸素消費量は全身の20%、ブドウ糖消費量は全身の25%も占めしまう。脳はとっても贅沢なのだ。


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そんな脳の莫大な酸素消費とブドウ糖消費を賄うために、脳には心臓拍出量の15%もの血液が循環する血管のネットワークがある。要は神経に栄養を供給するための血管網の塊でもあるのだ。


なので、図に示したように、認知機能低下に関わる因子に血管を衰えさせる条件が多い。それは、高血圧、糖尿、高脂血症などであって、要は血管を大事にすることが認知機能維持に役立つし、その大事さはアルツハイマー認知症などの治らない認知症にかかったとしても変わらない。


実はアルツハイマー認知症と言ったって、余程若年期に発症しない限りは脳血管病変を一定程度は持ち合わせていて、それが認知症症状に影響していることは当然考えられる。


だから、根本的には治らない認知症にかかったとしても、血管性の脳病変を招いて認知機能を低下させないため(その最たるものが麻痺を起こすような脳梗塞)に、血管を大切にする、つまり生活習慣病(糖尿病、高血圧、高脂血症)をコントロールすることが大事ということになる。もちろん予防に努めた方が良くて、そういう意味では運動や食事内容を考えていくことが、ある意味認知症治療の一環になるといえるだろうなと。



認知機能トレーニングだけしたって多分意味がない


東北大の川島教授と任天堂が組んで開発した脳トレは一時期ブームだったし、今でもそういったアプリは盛んだ。*1


認知機能を高めようというトレーニングが、認知症に効果的だ、いや効果が無いなんていう論争は前々からあって、正直どちらのエビデンスも探せば見つかるので、なんとも言えないかなあなんてところ。

ただ、1つだけ確かなのは、どんなに効果的な認知機能トレーニングをしたって、それ単独では劇的には効果を出したりしない。

仮にこれだけやっていれば認知症を防げるなんてことを言っていればそれは過大広告というもので、実際に認知機能トレーニングサイト、Lumosity(⇛https://www.lumosity.com/)はアメリカ連邦取引委員会から200万ドルの罰金処分を受けた。*2


gigazine.net


トレーニングするなら複合的に



以前も紹介した日経サイエンス今年の8月号(⇛認知症にならないってできるのか、とかキツネのはなしとか)。


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そこから取ってきた図だけれども、これはフィンランドで進行中のFINGER研究。認知トレーニングだけでなく、もっと包括的な生活改善介入を行う。対照群は定期的な健康指導にとどまるが、介入群には積極的な介入として、認知トレーニング、運動(筋力トレーニング)、栄養(地中海食)それに健康管理(医師受診、看護師訪問)を組み合わせて合計2年間行ったのだ。そうすると、介入群参加者は、3つの認知機能尺度(複雑な記憶、実行機能、情報処理速度)の項目において1年目から対照群を上回るようになり、2年目でははっきり有意差がついた。


素晴らしい。


ちなみにここで言う複雑な記憶、というのは9つの認知機能テストを組み合わせたかなり難しい項目も含むもの(Neuropsychological Test Battery;NTB)。


また、参加者は対照群599名、介入群591名、平均年齢は69歳。こういうテストでは、そもそも認知能力が十分に高い人や、認知症が進みすぎている人には意味がない。そこで、最初の候補者2654名から、十分に認知能力が高い人1108名、非常に低い人7名、それに他の病気を持っている人などが除かれている。参加したのは平均的フィンランド人より若干認知能力スコアが低かった人たちのようだ。だからこそ研究の意義は大きい。


ダイナミックポリゴン仮説と、サルコペニアにフレイル

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さて、これまで見てきたように、認知症を良くしようと思った時には、必ずしも中核病変(アルツハイマー認知症なら老人斑の蓄積や神経原線維変化といった病理的変化)だけが寄与しているのではない。


むしろその他にも生活習慣病の改善であるとか、残存機能に働きかけることなどが認知症治療につながるので、そういう意味で様々な因子が認知症の重症度に寄与するよ、というダイナミックポリゴンという捉え方が提唱されている(Fotuhiら,2009,Nature Genetics)。


確かにこの捉え方だと、認知症悪化に寄与する因子が多いので、病名にとらわれずに、低減できる寄与因子がないかなという観点から考えていけるため、対策の選択肢が増える。


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でも更に言えば、Fotuiらのオリジナルの寄与因子の中で、もうどうしようも無い病変や遺伝的条件はまとめてしまい、サルコペニアとフレイルという概念を寄与因子に加えて、個人的には後述するフレイルこそ中核に据えたい。


サルコペニアは加齢に伴って起きる骨格筋量の低下(いわゆる筋力低下)のことをいう。我々の筋力は30代から徐々に低下を見せ、次第にそれが身体能力の低下を招く。補うには運動と高タンパク食が必要だ。


また筋力低下の他に、体重減少、疲労感、歩行速度低下、活動量低下などが加齢とともに見られる現象は一般的に老化による衰弱そのものだが、それをフレイルと呼ぶ。


これらサルコペニアとフレイルという概念は重なり合う部分もあるが、どちらもその悪化は認知機能低下(認知症)に強く関与する。


…というか認知症はフレイル状態を作り上げる一要因だよね、と思う。であればフレイルを中核としたダイナミックポリゴンが出来るだろうということで、Fotuhiらのを改変したのが図のポリゴン。


認知症の治療というとき、また介護を考えた時には、認知症を治さないと何もできないでは悲しいので、その人の問題点を多面的に捉えたいというところ。


ちなみに今日の記事には下記論文を大変参考にしました。


アルツハイマー病の発症にかかわる因子とその治療の可能性(齋藤聡,老年精神医学雑誌 28(7), 703-707, 2017-07)


著者の齋藤氏は国立循環器病研究センターで、アルツハイマー認知症モデルマウスを用いて有望な薬の開発もしているようで、期待したい。


www.ncvc.go.jp




認知症介護における困った時の様々な対策のヒント集。入浴を嫌がる、オムツを外してしまう、何も言わずに外出してしまう…困った行動は必ずしも全てを無くすことはできないが、困ったことをされてもすぐに原状復帰できる対策もあったりする。また場合によっては無理に止めずにそのまま様子をみてもいいだろうが、このまま様子を見て良いのか、それとも止めるための方策を考えたほうがいいのかは判断に迷う所と想像する。
しかし、認知症の人がする行動に対し、こういうことだろうと非認知症側は気持ちを推測する。本当にそうなのか、は回復可能になると知ることができるのかなあ…。



未病革命2030

未病革命2030


政治家の本というとやや警戒する人もいるかもしれないが、政権中枢に近い議員が日本の今後の超高齢化社会において、インターネット技術を利用した健康行政の在り方、展望をキーとなる分野の第一人者と対談している本書は面白い。今後の医療の財政負担を考えた時に、できるだけ病気は予防し、未病の段階に留める必要があり(そりゃそうだ)、元気な高齢者を増やさなきゃいけない。そのためにはIoHH(Internet of Human Health)の基盤づくりをしていく、その技術開発が成長率も押し上げるというのが片山氏の発想。ちなみに対談相手には楽天三木谷社長や、神奈川の黒岩知事も。


フレイルについても語られているのだが、その中で気になる話を1つ。日本と韓国の20代の女性の筋肉量はものすごく少ないのだという。寝たきりになるフレイル予備軍なのだ。確かに日本の女性って細いからなあと思うが…。筋肉は90代だって運動すれば増強できる。サルコペニアを防ぐ取り組みが必要なのだ。


最新号の日経サイエンスの医学系話題は3つ。「男女の脳はどれほど違う?」「トランスジェンダーの子どもたち」「カロリー神話の落とし穴」。
脳の性差、というのは確実にあるのだが、一方で脳の性質は男脳・女脳と完全に二分されるわけではなく、実際にはそれぞれの性質を一定程度持つモザイクなのだという。
性同一性障害は広く知られてきたが、実は性自認が肉体と逆じゃないかって気持ちは3歳にして持ちうるのだという。精神科医としては彼らが気持ちよく生きていける方策が整うべきとは思う。
減量において大事なのは運動ではなく(思ったより効果薄)、食事内容なのだという。低GI値(グリセミック指数)の食事(高タンパク・食物繊維)をすると摂取カロリーの割に満腹感が高いという。一方高GI値の食事(炭水化物多い)は食べてもすぐにまた欲しくなる。

*1:10年ほど前になるけど、川島教授の脳トレ認知症に対する効果、という講演を聞いた。川島先生は話が上手いから聞いていて楽しいのだけど、脳トレの直接的効果に関しては正直うーん…という感想持ったのを覚えている。

*2:Lumosityそのものはかなり面白くて、夢中になってしまう。しかし、罰金を受けても、エビデンスがないと指摘を受けても、それでもそのまま運営していけているのだから、人々の期待感が大きいってことなんだろう。ただ思うに、普通のゲーム機で難しいゲームをやれば十分色んな要素が入っている。

ハンドスピナーとADHD,それに行動経済学

巷で話題の、というともう遅れているが、子どもに買ったハンドスピナーを自分が気に入って回していたりする。


ハンドスピナーには色んな種類があり、それぞれにちょっとした違いがあるためにコレクション心が揺さぶられてしまうのだが、気になるのは広告に書いてある効用だ。


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あるハンドスピナーの広告では

「不安、ADHD自閉症、悪い習慣をやめる、
長い車の運転で目を覚ますなど、楽しく興味深く、焦点と深い考えに効果的です。」

とある(図で示したのと別なハンドスピナー)。


ADHD自閉症?と思うわけだけど、自分で弄くりつつ、少なくてもある種の集中力を高めるのには役立つ気がしてきた。


結論から言うと、ハンドスピナーは課題施行中に残存する注意容量を埋めることで施行中の課題への集中力を維持させることができる。
今日はそれに関して。


‘ながら’が難しいにはわけがある
ながら勉強は駄目よ!と言われつつながら勉強する経験はあると思う。が、こと暗記する科目に関して、テレビを見ながらなおかつ完璧にこなす人は普通いない(特殊な人は除く)。他のことをしながら人の話を聞く、というのも大体は上の空になりがちで、肝腎なことは抜けているために、その後の人間関係がまずくなったりもする。


要は何か他のことをしながら、というのは注意散漫なわけで、人が向けられる注意の量というのはその人に応じて(状況によって多少は違えど)一定量で、ある1つのことに必要な注意を向けつつ、なおかつ別なことを為すのは難しい。なかなか聖徳太子にはなれず、マルチタスクは完璧どころか中途半端にさえこなせない。



神経学的には、注意(attention)とは脳に入力される情報を取捨選択する心的過程のことを言う。注意を向けられる脳の容量(PCで言うメモリ)には限りがあり、それを注意容量(attentional capacity)といい、2つ以上の課題をこなすときにはそれを分割し、分配する。


 ここらへんは、医学的立場からするとどう考えても仮説的で、実証されているかdneuroは
知らないがどうなんでしょうね。ノーベル経済学賞受賞の心理学者ダニエル・カーネマンが1973年に提唱した説を主に参考にしてます。興味ある方はこちらが詳しい⇛
北大文学部田山先生のpdf


話を簡単にするために注意容量を100として、例えば英語読解で精読するのに70くらいの注意力を必要とする。周囲に集中を阻害するものが無ければ余裕があるし、残りの30を周囲環境に気を配ったり、ちょっと他のことを考えたりすることもできるはず。しかしそこで、テレビのバラエティを見始めたりすると、場面にもよるだろうが、20~50くらいの注意力を要するとしたらキャパオーバーだ。読んでいたはずの内容が抜けたり、テレビを見るのに手を止めてしまったりする。*1


注意が発散しやすいといえばADHD


ちょっとやろうと思って目的に向かい始めるとすぐに他のことが目に留まったり、考えついたりしてちっとも目的を達成する方向の行動が進まない。かと思えば、特定のものには猛烈な集中力を示し、声をかけても反応せず、気づけばいつの間にか数時間。


課題遂行と注意容量の関係で言えば、ただでさえ注意を1つに向けるには困難なことで、遂行中の課題への注意へ向ける力は揺らぎやすい。ADHDはそれにも増して、目についたり耳から聞こえたりする感覚からの入力にも反応しやすくて、それが注意容量の中に侵入しやすい。反面、過集中状態では非ADHD者が残している注意容量が殆ど無くなっており、ある程度は必要な外部入力に振り分ける余力が無い(選択的注意力に欠けている)。両極端なのだ。


 参考⇛ADHDに関する10の誤解(神話)_前編


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ハンドスピナーは余剰な注意容量を埋め、集中力を増させるのかも

さて、ハンドスピナー
これが集中力を発揮する、というのは要は図に描いたような感じかなと。


場面としては、読書、ないしは音声で情報を得ているときを想像して欲しい。


(a)では集中しようと思っても、色んな思考が邪魔したり、目や耳から入ってくる感覚情報が別な思考を誘発し、読み物、聞いていることに集中することを邪魔しようとする。集中力が低い人では今集中が必要なことへ向けている注意はとても浮動的で、安定もしていないだろう。


(b)では、ハンドスピナーを使ってみる。ハンドスピナーの特徴は、やり方簡単、ただ回すだけだが、何となく気持ちよく、やり続けるのに苦痛が無い点。


この、簡単、心地良い、疲れにくい、というのがたぶん利点で、(a)で余剰部分として色々感覚情報が入っていた部分をちょうどよく占めてくれる。その結果として今集中すべき読書なり、音声情報へ気持ちを持続的に向けることが楽になるのでは、と。


ただ、多分これはBGMとして音楽を流すのと基本的には変わらない。でも、音楽だと好みだったり、不快だったりで情動面が動きやすいのと、歌詞があると集中が難しい部分はある。


また、以前スマホの読書アプリ読み上げ機能は運転やランニング、買い物中に使うといいと書いたけど(⇛本は読むより聴いてみたら?)、そういった作業は注意容量を占めるのにちょうどいい。それでも例えば運転は難しい場面でなければ認知的に暇になる(作業が自動的で簡単)ので、その時は更にハンドスピナーやりながらのほうが聴読に集中できるだろう。


ハンドスピナーで集中力を上げる、は実験されて無さそう


軽く調べた限りでは、ネットで論文業績を調べてもハンドスピナーで注意容量の過剰部分を埋めて課題成績を上げようという論文は見当たらない。日本語でも英語でも。広告のADHDへの効果って誰が実証したのやら…。


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というわけで、例えば、文章読み上げを聞きながら特定の位置の言葉を記憶したり、幾つかの選択的注意課題や短期記憶課題をやったりしながら、ハンドスピナー使用時と非使用時で効果を見るというのは簡単に実験できそうだから誰かやってみたらどうか。

選択的注意課題というのは例えば図のような。


正直細かい条件を気にしなければ、子どもの夏休みの自由研究課題になりそうだ。
研究者的にはもう少しひねりが欲しいけど。


さらに、ADHD者に対して実験してみれば効果をしっかり判定できるのでは?と思う。


しかし、ハンドスピナーってペン回しだよなと思う。あれは集中力を上げるための自己治療であり、正しい行為なのだ。



注意容量の仮説を提唱したのは、ノーベル経済学賞を受賞した心理学者、ダニエル・カーネマン。心理学者なのに経済学?と思うかもしれないが、今でいう行動経済学の先駆者。今年のノーベル経済学受賞のリチャード・セイラーとも共同研究したりしている。この著書が一般向け代表作。人の認識にはシステム1と2という2通りのものがあるというのが有名。システム1は自動的な反応で、ある種の刺激に対して極めて素早く対応する。一方システム2は複雑・論理的な思考をする回路であり、努力を要する知的思考過程。システム1は言ってみれば直感で、パッと物事を判断する。毒蛇がいると聞いている藪の中で細長いものを見かけたら正体が判明する前にぱっと避ける行動をすると思う。そこでいやこれは待てよと考えていたら万が一毒蛇だった時のリスクが大きいから、システム1は生存に必要なのだ。が、人間社会の物事は直感に反したことも多いわけで、システム2をいかに働かせるかが社会成功の鍵になる。


行動経済学 経済は「感情」で動いている (光文社新書)

行動経済学 経済は「感情」で動いている (光文社新書)


カーネマンは元々心理学者なのにその業績が経済学で使われた、という方。そもそも経済学ってのは、人間は合理的な判断を常に行いうるという「経済人」を想定してできていた、らしい。経済畑を元々知らず、人間は合理的に動かないのが当たり前な感覚でいたdneuro(精神科医なので…)からすれば何を当たり前な、と思うのだが、経済学ではそうだったらしい。カーネマンもその点不思議だった様子。では人間の非合理性が経済学に取り入れられたらどうなるのか、ということで本書。


実践 行動経済学

実践 行動経済学


で、今年のノーベル経済学賞のセイラーさん。
実はkindleサンプル分しか読んでいないけど、キーワードは「ナッジ」らしい。ナッジとは人に良い行動を取らせようとする戦略のこと。オランダのスキポール空港の男性用小便器にハエの絵が描かれたことがあり、その結果男性がそのハエを狙って用を足すようになった結果小便器の周りの汚れが劇的に減ったという(それまでどれだけひどかったかということ)。そんなふうに気づいたら多くの人が行動を誘導されてしまっている、そんな戦略がナッジであり、上手く設定すれば善にも悪にもなる、というか、多くの詐欺の被害者はナッジされてしまっているのではないかなと。

*1:とはいえ、注意容量が十分にあって、その容量内に収められる範囲では多方向に注意を払いながら作業ができるのも事実。特に例えば運転のように行動が自動化していれば振り分けられる残存注意量は多い。

将来必要なのはきっと整形外科医だけ

以前、AIの発展に伴って精神科医は20年後には生き残れないと書いたが、最近はますますそうじゃないかな~と思う。


www.huffingtonpost.jp


いや、人間に打ち勝ったアルファ碁をさらに100戦全敗に追い込んだアルファ碁ゼロなどの記事を見るとその感は強くなる一方だ。アルファ碁は人間の棋譜を学習したが、アルファ碁ゼロはそれすらしなかったのにごく短期間で強くなったので、人間の結果が、アルファ碁が強くなるのにはむしろ足かせだったのだろう。


画像診断はAI医学の得意技


そんな今のAIブーム発展につながった機械学習においてとても親和性が高いのは画像認識。普段は例えば顔認識技術などに応用されてその素晴らしさが実感できるのだが、人の顔というのは要は一定の特徴を持ったパーツの組み合わせであり、そのパーツは更にある範囲内での特徴がある構造の集まりにすぎないから、同じ技術で認識させるのは何も顔に限定する必要はないわけで…。


itpro.nikkeibp.co.jp


記事にあるように、国立がん研究センターNECと共同で、内視鏡検査の画像を認識するシステムを開発している。

内視鏡、受けた方もいると思うが、上部消化管内視鏡ならば口や鼻から、下部消化管内視鏡ならば肛門から長い蛇のような管を挿入し、管の先に付いているカメラが食道・胃・十二指腸(上部)、大腸(下部)の内部・壁面を撮影する。直接見るこの技術による恩恵は絶大なものがあるのは当然で、もうずっと以前から粘膜内にとどまるような初期癌であれば操作者の手元から挿入した別な器具によって切除まで可能になっている。*1


さて、この内視鏡で、例えば胃ならば胃壁の微妙な形状・凸凹や、その色合いなどから、正常か、異状か、異状ならばどのような病変か、経過観察で良いのかそれともすぐに処置が必要か、それとも開腹手術を要するか、など様々なことを判断する。


病変が誰でもわかる典型的なものならば良いが、残念ながら実際には微妙なものも多い。


そこに術者による判定の差が出てきてしまう。ある医師では何でも無いと素通りされるものが別な医師では病変と認定され、それが前癌病変や癌の場合にはその差が生死を分けかねない。記事中「国立がん研究センターの山田真善中央病院内視鏡科医員によると「内視鏡医による検査では、24%の病変が見逃されているという研究結果もある」とあるがそんなものだろうなあと。


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図は日本内視鏡学会雑誌(清水ら、2014)からの写真を載せてみた。論文は炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎クローン病)の病変を他の疾患、特にアメーバ性大腸炎カンピロバクター腸炎、腸結核などの感染性腸炎と誤診しないよう、病変判断のコツを書いているのだが、見分けるのに熟達した技と経験が必要なことがわかる。頻度的には少ないかもしれないが、見逃しや間違いがあるからこそこういう論文が出るのだ。


また、カプセル内視鏡(⇛カプセル内視鏡について)はカメラの内蔵されたカプセルを飲み込むことで、消化管の生理的な蠕動運動に乗って、通常の内視鏡では到達できない小腸も含めて壁面を撮影できるスグレモノ。


ただし、その欠点の1つは画像数が多すぎる(5万枚以上!)ことで、現状医師の目視でぱぱっと見ている。ちょい古いが2008年の論文(Solemら、Gastrointestinal Endoscopy誌)にある内視鏡の診断感度(病変をキャッチできるか)と診断特異度(間違えずに判断できるか)を比較している結果を見ると、カプセル内視鏡は83%と53%。案外病変の拾い上げはできているが、目視に頼る限り疲労度の問題もあるだろうし、精度良く何人も出来るためには自動画像解析に頼るしか無いだろう。


こんなふうに画像にAIの親和性が高い以上、今後画像解析が人の手を離れていくのは避けがたい。放射線科や消化器内科の業務のうちで、専門的判断が必要とされる部分は相当程度自動化されていく。


要は手技の操作的部分以外の内科的判断は全てAIがこなすようになるだろうから、いずれそういう分野の医師は殆ど要らなくなる。


ただ、少なくてもあと数年は、普通の医師にとって便利で有用なツールになるだろうし、その後も精度においてしばらくは名人域の判断>AIの判断という熟練した人間の優位性は保たれるだろうが、少なくても平均的な医師の力はAIに遠く及ばなくなるだろう。時間が経てば、そもそも何を根拠に診断が出来たのか、人の頭ではうかがい知れなくなるかもしれない。


そうなってくると、カプセルで収集した画像さえあればあとは手持ちの画像をAIが判断してくれば事足りるので、内視鏡を扱う医師が、ひいては消化器内科医がいつまで必要か、という話だろう。


もちろん、消化管内視鏡だけでなく、画像判断は例えば脳のMRI,CT、眼科の眼底所見など、画像さえあればその後の診断をするのが医師である必要が無いのは言うまでもない。


問診系もAIだ


問診と検査データから専門知識を駆使し、名人芸的診断を下すのは、内分泌科や膠原病・アレルギー科、神経内科、そして救急医だが、その分野にもAIは親和性が高いだろう。NHKの「総合診療医ドクターG」で断片的情報から診断を組み立てていく思考が披瀝されるが、進化したAIさんはきっと楽に診断ないしは限られた鑑別診断にたどり着くだろう。


dneuroの分野たる精神科医
もちろん、以前書いたとおり少なくても今のようには要らなくなる。時々精神科医は大丈夫でしょ〜と言われるが、そんなのはちょっとした幻想が皆んなの頭のなかにあるからだろう。どういう幻想かは秘密。


外科医は必要か?


さて、今のところ外科技術は人間のもの、という認識が一般的だと思うが、それもそうではなくなる。


現在は手術支援ロボットに過ぎず(⇛手術支援ロボットダ・ヴィンチ徹底解剖)、あくまで操作の主体は人間だが、細かい血管結紮などから順に自動化されていくはず、と思う。そういう方向に行くでしょう?しばらくは小さな血管を次々に結んだり、神経を避けながらの微小病変削除から自動化だろうが、細かい眼科や脳外科手術、肝臓手術時のきめ細かい止血など、人より絶対機械がいい(という風にならないと)。


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消化管内視鏡時の細かい手技は勿論自動化されるし、されるべきで、例えば普段消化器内科医はどれだけ薄い膜に処置をしているのかと(⇛胃がんの内視鏡治療)。今の医師たちが努力の末に大変な成果を出しているのだが、避けがたい出血や穿孔(穴が開いてしまう)リスクは今の数%からさらに下げることができるだろう。まだまだとりあえずは図のように術者がロボットアームを操作する支援ロボットにとどまるのだろうけど、微細な構造へのアプローチはどんどん進むのかなと思える。*2


恐らくもっとマクロの、外傷時のちょっとした処置であるとか、怪我して痛かったり、意識朦朧下で何するかわからないような非常事態下で外傷処置を手早くやってのける、というような肉体労働系がロボットに変わるのは相当先だろう。


そして離島など遠隔地で、設備の整った病院まで行くほどではない、もしくは行く過程の中で応急処置をする、といった中では医者の価値があるだろうと思う。遠隔医療も幾ら整ったとしても器具の整備やネットワークへアクセスする物理的制約からは逃れられないはず。


医者が今後も必要とされるキーワードは、救急、外傷、離島(遠隔地)。


それを満たす整形外科医の皆さんが最後まで必要とされるんじゃないかなあ…当然その人は、ある程度までは内科を含めかなりな万能選手である必要があるが、今だって優秀な整形外科医さんは相当何でも出来るので、そういう人がちょっと居れば医者は十分なはず。


blogos.com


そんなわけで、例えばこの著者さんは医師が要らなくなる理由がないことを説明してくださっているが、少なくてもdneuroは医師自身の実感として、いずれはこんなに要らなくなるし、社会にとってそうあるべき、と考えてます。


AI以外で医者は今ほど要らなくなる理由

さて、これまではAIとロボットの発展に伴って医者が不要になる論を書いたが、実際にはAIが発展しなくたって、今ほど医者は要らなくなる。少なくても日本からは。


少子高齢化社会による人口低下
 dneuroは第2次ベビーブーマーの最終世代だが、様々な要因があるとはいえ、結果的には我々が十分な子どもを残さなかったために、次世代は先細っている。我々が老年を迎えるまでは医療需要が増す可能性はあるが、その後の人口減社会では当然医療需要が減るはず。


予防医学の発展
 医療の理想は病気にならない、発症を抑えられることだろう。
 医学生の頃、臓器移植の講義があり、講師は京都大学田中紘一先生だった。


 「医学の発展に伴い、臓器移植というのは将来は無くなる医療では?」という質問に対し、「正にそれこそが我々の望みであり、我々の仕事が無くなることが理想だ」と答えられたことに皆が感銘を受けた。

 
 そう、今後正常に医療が発展すれば、医師の数なんてそんなに要らなくなるはず。実際に現代社会はかなりな程度予防医学の恩恵を受けており、そのために平均寿命も伸びている。


・ウエアラブル端末による自己健康管理と遠隔医療
前項の一部の機能を担うのだが、Apple Watchを代表格として、ウエアラブル端末で活動量だけでなく、心拍数が計測できたりする。こういった技術の進展は近い将来健康管理に非常に役立つようになるはずで、慢性疾患である高血圧、高脂血症、糖尿病などの管理に近所の内科医が必要、なんてことは無くなるんじゃないかなあ。コレに関してはまたいずれ。


他にも、遠隔医療の発展、医療の自由診療化、移民人口の増大(外国人の優秀な医師が入ってくる)なども少医師化への理由になりそうだ。


というわけで、そもそもAIが予想通りに発展しなくても現在のままの医師供給は明らかに過剰にならざるを得ないと思うわけです。


今から整形外科医になろうかな…とりあえず仮想現実(VR)の発展で外科的処置の練習がきっと容易になるだろうし(おっとそうしたら整形外科的処置も誰でも学べるから、整形外科医すら必要ないかも)。



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天才外科医と言えば、大門未知子よりブラックジャック。どんなにAIとそれに基づく医療が発達したとしても、そのネットワークが届かないところに行ったらその場で手に入る技術を駆使して助かるしか無い。5巻の「ディンゴ」ではオーストラリアの人里離れた僻地が舞台。自分を治す必要が生じたBJは自ら腹をかっさばいて手術をする。こういうとき頼みになるのは自分自身に習得された技術のみ。今だってそうだが、技術とそれを載せるネットワークがある社会と無い社会の格差、システムが壊れたときのサバイバル、そういう場面では人間が役立つはず。


切るか切るまいか、一般的な判断では確実に安全策が取られる中、BJだけは挑戦できる、そんな話が多い。将来のAIはそういった限界の判断をどうするんだろうとは思う。一般的には倫理的枠組みを議論するフレーム問題というやつに相当するかな。




既に囲碁・将棋の世界では人知を超えたAI。AIがあらゆる分野で人知を超えた到達点がシンギュラリティ。もちろん、その後も進んでいくのだがもうその世界ではAIが辿った思考の道筋を人は追えなくなってしまう。そんな未来を従来から予測しているのはレイ・カーツワイル博士。なにせ思考はネットワークにアップロードされて、拡大した人間の知性はいずれは宇宙を満たす、みたいなことを言うので面白いにも程がある。でもカーツワイル博士の言うことはこれまでも実現してきたらしいし、夢がある。ただし博士の言う未来世界の中で、個のもつ意味はとか、人の生きる意味はなんて考えていくと、映画「マトリクス」の世界でVR世界に生きる人たちとか、SF作家アーサー・C・クラークが描いた「地球幼年期の終わり」の進化した人類の姿を思い浮かべたりする。きっとシンギュラリティに達した未来に今の私たちが意識している人という存在は無いんだろう。




未来の話は置いといてとりあえず現実想像可能な範囲で日本が直面するのは人口減少社会。今後の人口減少に大きく寄与したのがdneuro世代なので子どもたちには責任を感じざるを得ない。著者はAIが労働力減少を補う想定そのものを夢物語と説く。うーん、どうかな。個人的には今回のAIブームは本物で、実際に仕事は奪われていくだろうなあと思ったりする。本稿のように医師はとりわけ要らなくなる(特に先進国では)職業の1つと思っているのだが。それより本書を読んで怖いのは人口減少がもたらす治安悪化の恐れかな。人がまばらにしか存在しない、というのは怖い社会なのだ。

*1:dneuroも上部は3回、下部は1回体験した。上部は鼻からが2回、口からが1回である。鼻から入れるのは正直とても楽だった反面、口からでも案外入るのだなと感じた。受ける側のコツとしては、ビデオ画像を見せてもらいながら、管が喉に来た時にタイミングを合わせてゴクン、と飲み込むイメージかな。最近の喉の麻酔は優れものなので、余り怖がらずに。下部は術者の腕によって苦痛が大分違う。上手い人、事前にわかればなあと思う次第。

*2:今後のロボット手術、さらなる自動化進むのか?と思って検索しても今のところ操作は人間がする支援ロボットしか見つけられなかった(例えば⇛11 surgical robotics companies you need to know)。操作が人間である以上ミスは避けられず、支援ロボット使った医療事故が起きていることにも注意。

今年のノーベル賞と概日リズム

海外に旅行すると時差ボケが強くて困る人と大して問題ない人がいると思う。


dneuroはもともと時差ボケが強いとは思っていなかったが、大学院生時代に参加したアメリカ西海岸のサンディエゴでの学会。5日間のうち2日は時差ボケのせいか眠気がものすごく、ほとんどホテルで寝て過ごしてしまった。我が身の体内時計の頑固さと予防策を取らなかった自分の至らなさに恨みを抱いたのを覚えている。*1


で、今年のノーベル生理学・医学賞は日本人が受賞しなかったが、研究としては我々が時差ボケを持つことにも関わってくる内容。


scienceportal.jst.go.jp


受賞したのはアメリカの70代のおじ様たちで、いずれも概日リズムを制御する遺伝子、いわゆる時計遺伝子の発見とその機能研究に功績のあった方々。


概日リズムとメラトニン


概日リズムというと一般的な言葉ではないと思うが、要は人も含めて地球上の殆どの生物が24時間周期の生理的なリズムを持って生きている性質のことをいう。


www.nobelprize.org


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ノーベル賞のページで紹介されているのを和訳したのが図1Aで、通常、人の生理現象にはリズムがあり、例えば一番体温が低くなるのは早朝だし、血圧が一番高くなっていくのは午前中(一番高血圧になるのは夕方)、反応速度が一番早くなるのは午後で、夕方には体温が一番高くなる。


こういったリズムは、外部からの刺激(光や社会的な刺激)に影響されるものの、基本的には1日のリズムを生み出す内的なメカニズムを持っている。つまり外からではなくて、自分自身が時計のように周期的なリズムを刻んでいて、それが生物の持つ体内時計となっている。


図1Bで示すように、その中枢が動物では脳の視交叉上核(⇛Wiki)という部分にあり、光によってそのリズムを調整する。*2


さらに脳の松果体からは、メラトニンというホルモンが分泌され、言ってみればこのメラトニンがその量の変化で身体の各部位に伝令として今が何時ですよ、と伝えている。図1Cはヒヨコの松果体細胞を取り出して分泌されるメラトニン濃度を測定しているが、松果体自体も光情報によって調整を受けながらリズムを持ってメラトニンを分泌していることがわかる。*3


概日リズムを作り出す時計遺伝子

さて、今回ノーベル賞を受賞した皆さんの研究の中心は時計遺伝子。


人では視交叉上核の神経細胞が時計遺伝子活躍の場となる。


一方、その時計遺伝子の発見と機能究明に鍵となった生物はショウジョウバエ生ゴミや発酵した果物に寄ってくる、あの小さいハエ。


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時計遺伝子はショウジョウバエでその周期性が研究されたが、働く遺伝子やメカニズム的には人を含めた多くの生物で共通している。


時計情報を担うのは幾つかのタンパク質群であり、その合成が24時間の周期で調整を受けていることを発見したことになる。


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特に初期に発見されたのがPER遺伝子で、これはピリオドタンパク質を作る遺伝子。図2の下に描いたように、細胞内でこのタンパク質は夜に量が多くなり、日中は少ない。

PER遺伝子は細胞核内で転写が活性化して、細胞質内でピリオドタンパク質に合成されだんだん細胞内に貯まってくる。


  注)遺伝子DNAは細胞核内に存在。DNAはタンパク質の構造が書かれている設計図だが、タンパク質は細胞核の外、細胞質で合成される。


十分に貯まると、ピリオドタンパク質はタイムレスタンパク質(TIM遺伝子が設計図)とともに細胞核内に入り込んで、今度はPER遺伝子の活性化を抑制する。つまりもう十分増えたから合成ヤメレと伝えることをしている。

このようなタンパク質合成とその抑制のサイクルが極めて正確に24時間周期で動いているので、時計遺伝子と呼ばれるのだ。


研究に大きな役割を果たした実験動物、それはショウジョウバエ


時計遺伝子研究で活躍してくれたショウジョウバエ

ショウジョウバエは実験動物として非常に優れている。理由は以下のようなものかな。*4


・世代交代が早く、1週間から10日で子孫を残してくれる。
・だから遺伝子変異の結果を子孫ですぐに確認できる。
ショウジョウバエの全ゲノム配列(遺伝子配列)が短く、コンパクトで解析しやすい。
・飼育が容易で、飼育費用もお得。


こうして分かった時計遺伝子の機能とその結果として生物が持ち得た概日リズム(サーカディアンリズムとも)。その成果が例えば不眠臨床にどう役立つかなんてのはまたいつか。時間医学なるものもあるようだし。



今日のトピックに興味を持った人は良かったら粂和彦先生の本を。やや古いが記載は色あせない。

睡眠研究に役立ったショウジョウバエ。寝なそうな昆虫も実は寝る。一瞬でも動きを止めないように見えるが、そんな彼らもじっとし、少し大きい音や刺激を加えないと動かない時間があり、それは夜に多いという。研究者によって、その時間が10分続いたら、とか30分続いたら睡眠とみなすようにしているらしい。時計遺伝子の1つを無くしてしまうと、そのハエは断眠に弱く、12時間眠らせないだけで死んでしまうという。睡眠は生存に必要なのだ。人では当たり前だがハエでさえ。


ちなみに粂先生は今は名古屋市立大学薬学部の教授だが、本書執筆時は熊本大学で奥様(当時教授)の研究室にいらした。dneuroは本書に感動し、一時弟子入りを考えていたが、事情により断念した。行ってたら人生違っていただろうなあ…。



生物時計はなぜリズムを刻むのか

生物時計はなぜリズムを刻むのか


さらに興味を持った人はこの本を。絶版は勿体無い。生物時計研究の歴史や研究成果の細かい部分まで丁寧に解説しているので、専門家にも役立つ。といっても2000年代前半までの研究成果が基本だが、正直基礎は今も変わっていない。


エピソード満載だが、その中から1つ。
電気自動車の全自動運転で有名なTeslaの創業者イーロン・マスク氏は火星移住計画を考えている。そこで火星の1日は24.65時間なことが実は人の概日リズムを狂わせる。地球の1日24時間と大した違いではないと思う。ところが、実験では1日が24時間よりちょっと時間が短かったり長かったりするだけでもメラトニン分泌リズムが狂い、睡眠-覚醒リズムの維持が困難となる。
火星移住には人の概日リズムも妨害要因になりうるのだ。


体内時計の謎に迫る ?体を守る生体のリズム? (知りたい!サイエンス)

体内時計の謎に迫る ?体を守る生体のリズム? (知りたい!サイエンス)


新し目の本ではこれかな。
未読だが、目次を見る限り読みやすそう。


ところで、どの本でも時間医学はトピックになっている。NHKでも抗がん剤投与を夜にしたら効果が増し、副作用が少なくなったという紹介があったし、多くの病気で1日の中での症状変動があるのも確か。


時間医学は時間科学者が必ず言及するとは言え、dneuroを含めた一般医家には知識が殆ど無い。実際どうなんだろうか…というのを今後確かめたいところ。


最後に、ショウジョウバエ研究といえば東北大学の山元研究室。
www.biology.tohoku.ac.jp

ショウジョウバエの研究から人の行動の起源となりえそうな様々な遺伝子を発見。記憶や求愛行動、性自認などの分子メカニズムに関して。最近一般書を書いてくれなくて寂しい。

*1:今なら正直飛行機でがっと寝るために睡眠薬を使ってしまうが、薬を使わない方法ならJALのサイトなどどうぞ⇛https://www.jal.co.jp/health/arrive/ 他のサイトは正直科学的に??な記述多し。鍵は旅行前から少しずつ時間をずらす

*2:体内時計を調整するのは実際には光情報だけではない。人であれば朝食や夕食といった食事や、時間によって異なる挨拶など社会的な事象も調整のための情報として使われる。

*3:もっともメラトニンは睡眠ホルモンや体内時計を知らせる役割があるだけではなく、実は様々な良い作用をもたらしている可能性もある。⇛この方のblogに詳しい⇛http://blog.livedoor.jp/beziehungswahn/archives/30497276.html

*4:医学実験は沢山の動物の犠牲の上に成り立つ。マウスやラットも実に可愛く、見ていると実験に供することの罪深さを考えてしまう。ショウジョウバエはそういった罪悪感を大きく減らせるのが実験者としての利点の1つでもあると思う。でも、進化系統樹の別の到達点に達している彼らはヒトからは種として余りにかけ離れているので、医学実験に使うには制約が大きい。早くスパコンとAIが進化して動物実験など必要なくなる世界を望む。

プラセボは効いてしまう(1)

薬効の証明は二重盲検試験を経なければならない 



現代の薬の効果判定の最終プロセスは無作為二重盲検試験というやつで、このサイトがわかりやすい。


臨床試験・治験に特有の仕組み アーカイブ - 臨床試験・治験の語り


ある新薬Aの効果を知りたい時に、Aと味も形も区別できないBを用意し、症状だけでなく年令や性別なども含めて病気の人たちをランダムに(無作為に)2群に分けてA,Bを投与する。だから患者は自分がどちらを服薬するかわからない。


ここで、Bはプラセボ(偽薬)であることが多い。
偽薬とは効果を持たない、生理的に不活性な薬で、本来は飲んでも何にも反応を来さないもの(なはず)。


ただし、二重盲検試験において、Aは苦く、Bは甘い、なんて違いがあるとすぐにどちらを服薬したかわかってしまうから、それを避けるためにAとBは、形、色、においや味が全く同じになるように作られる。*1


患者をランダムに2群にわけるのは、十分な数が対象のとき、AとBを服薬する2つの集団の性質(年令、性別、病気の重症度)に偏りが無いように調整するため。


さらに、投与する側の医療者もどちらがAでどちらがBかわからない。


そういった無作為な割付と二重盲検、つまり患者も医者もどちらを服薬しているかわからない試験を解析して、効果の点でA>Bが出れば晴れて新薬Aが効くことが証明できる。


これはとっても大事なことで、現代医薬品はほぼ全てこのプロセスを経て発売されているから、信用して使えるのだ。


さて、面白いのはこのプラセボが効くのだ。大抵の試験で、プラセボでも服薬後に症状が良くなる(場合によっては治る)人が出てくる。
失敗した臨床試験というのはプラセボで効果のあった人たちと実薬との間に、服薬後に出た効果の人数に差が無かったということになる。


プラセボ(偽薬)は効く


生理学の授業で必ず紹介するエピソードがある。


56人の医学生を2群に分けて、2種類の何の生理的効果を持たない錠剤をそれぞれに服薬させた。A群にはそれを鎮静薬、B群には興奮薬と言って。


するとA群の学生は眠くなり、1錠より2錠投与された群では更に眠く。
B群の学生は疲労感を感じなかった。


さらには頭痛、めまい、ふらつきの副作用が出現し、効果を感じないのは3人だけであった。


このエピソードが示すように、効果を持たない(はずの)錠剤(生理学的に不活性という)でも、事前に情報を持って服薬すると効果がその情報に沿って出て来さえする。


サプリに二重盲検試験の結果を見つけてみた


殆どのサプリはこういったプロセスを経ていないので、効くか効かないかは正確にはわからない。


大抵のサプリに関しては、飲んで良い気持ちになればいいんじゃない?というのがdneuroのスタンスだが、1つ、健康食品の二重盲検試験の結果を見つけたので紹介したい。


疲労を感じている男女成人におけるニンニク・卵黄配合食品の疲労改善効果―無作為化二重盲検プラセボ対照並行群間比較試験―


これは(株)健康家族の「伝統にんにく卵黄」の効果検証の論文らしい。疲労回復に役立つとされるにんにくと卵黄を成分に入れたものだ。最近のは話題のアマニ油成分まで入っているようだから、若干試験に使ったカプセルとは成分が違うかもしれない。


試験はこのにんにく卵黄を20歳以上60歳未満の成人80人をランダムに2群に分けて、実薬(GE)群とプラセボ群として12週間に渡って服薬してもらい、疲労の回復を見た。


その結果を論文中では表だが、グラフにしたのが図で、2つあるのは、疲労を評価するための質問紙を2種類使っているから。


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簡単にまとめると以下。

1.CFS-Jという評価では2群に差がない。12週まで一貫して。
2.POMS-Sの疲労尺度を使ったときには、12週の評価時点ではGE群がプラセボ群に対して統計的に有意に疲労の回復が良かった。


ということで、にんにく卵黄は安全で効果も高く、疲労に悩ませられる現代社会にとても有用と考えられる、という結論を導いているのだが…
有意な結果って言っても小さいよねえと思ってしまう。安全は確かにしても。
dneuroが売り込むとしたらグラフ中に囲った中のように差を際立たせたい。


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特定の商品に対する悪口を言うわけではないんだけど、どうかなあ、これ見て効果あるって自信を持って言えるかなあというと個人的には疑問である。
もし、次の図のような差があったら何をおいても買うんだけどなあ…。論文の結論は些か盛り過ぎの感はあるが、データをそのまま出しているのはとても素晴らしいと思うけど。



で、本稿で言いたいのは、要はやはりプラセボって効いてしまうということだ。


それでも、毒性が無いプラセボで病気が治療できたら理想的じゃん、とは言えないのであって、それに関しては後日。


***


ところで、にんにく卵黄だが、紹介した試験では疲労を強く感じているといえども基本的には病気を持った人を除外している。試験に応募する時点で健康に関心がある人なら試験参加後はより疲労回復に気を留めそうだ。試験参加時点で疲労のピークに達しているなら後は回復するだけだろう(健康なんだから)。


といった理由で、そもそも差が出づらい被験者集団だろうと思う。


疲労が問題となる病的状態の方でどうなのかを試験して欲しい…。


「病は気から」を科学する

「病は気から」を科学する

著者はイギリス人ジャーナリスト。今日書いたようにプラセボは効くのだが、効くからにはそこには様々な生体反応が実際に起きて症状を軽減させたり病気を治しているわけで…どんなこと、行為、思想、宗教が人に治療効果を発揮しうるのかをこれでもかと取材を通じて語り尽くす。


ルルドの泉についての章が個人的には興味深かった。ルルドの泉はスペイン国境にほど近いフランスにある。聖母マリアが出現し、病気を治す水が湧くとされる、カトリック教会の聖地だ。病気が治った、という話があると、かなり厳しい基準を経てその「奇跡」が認定されているという。だが、ある奇跡的に治癒したと奇跡認定された骨肉腫(死亡率高い)の青年は、後にちゃんと診断すると治りやすいリンパ腫であったことが発覚する。とはいえ、ルルドでは奇跡的体験を感じやすい。宗教心というよりもそこに集う皆との心のつながりがどうやら良い実体験をもたらしているらしい。



以前も紹介した(⇛自殺数10万人超えのデマと自殺統計をつらつら見て考える)。
この本に紹介されている死に様で凄まじいの一言なのが、ロシアの怪僧ラスプーチンであり、彼はロマノフ王朝をたぶらかしたことで貴族たちに図られて殺された。彼は非常に粗野で、とても王と話すのにふさわしい言葉遣いなどでは無かったのだが、そのことがむしろ彼の持っていたという神通力を信じさせたらしい。


ロマノフ王朝最後の皇子、アレクセイは血友病を持っており、激しい運動など出来ないひ弱な子であった。が、その彼がラスプーチンと会って言葉を交わすやとても元気になり、血も止まったのだという。


ラスプーチンは自らの雰囲気・口調によって、アレクセイ皇子にプラセボがもたらす効果と同じメカニズムが働かせたのだろう。

*1:実薬との比較対照薬がプラセボで無いこともある。これは抗がん剤の試験などで多いが、偽薬投与が倫理的に問題ありと考えられる場合だ。そういったときには、既に使われている実薬Bに対して、新薬Aが少なくても同等の効果、できれば更に良い効果を示すことを期待して試験が行われる。

きっとあなたも信じている医学神話

医療とその技術はすべてエビデンスに支えられているべき


エビデンスとは読んで字のごとく証拠ないしは根拠であり、医療技術はその1つ1つに根拠があるべきだといいたい。何を当たり前な、と感じる人は現代に生きる若者だからであり、エビデンスに基づいた医療(Evidence Based Medicine; EBM)は1990年代になってようやく根付き始めた概念。


  根拠に基づく医療(Wiki)


目の前の患者さんの症状に対し、最新最善の科学研究から得られたエビデンスを治療選択の意思決定に使おう、という至極真っ当な話。


どのような治療が理にかなっているのか、それを個人の勘や、定説的な思い込み、好みによって左右されてはいけないということだ。*1

やっぱそれが当たり前でしょ?と思っていただきたいのだが、医療の世界にはしばしば思い込みがあって、それはプロたる医師も同様だったりする。



今日はプロも信じやすいそういった「医学神話」について。


Medical myths | The BMJ


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7つの医学神話というのが2007年にBritish Medical Journal(BMJ)に載って反響を呼んだそう(伝聞の理由は後で明かします)。
今でもあちこちで紹介されたりするもののネット上日本語解説も無さそうなので。*2



1.1日に少なくてもコップ8杯分の水は飲むべきだ


アメリカで昔こういったことが言われたのかな。人は2.5lの水分を必要とし、食事から1lの水を摂るから、残りを(コップの容量にもよるだろうが)6-8杯くらいの水分で補えと。


しかし、通常は日常の中でミルクやコーヒーなどの形で摂る量で十分と言えよう。


ちなみに水のとり過ぎは水中毒、低ナトリウム血症を引き起こし時に死に至るということで、論文では注意されている。精神科の病棟では統合失調症の方が水を飲みすぎてしまって水中毒を起こすことが見られるが、それ以外にもダイエット目的に大量の水分補給ということもあり得るか。


ただ今の暑い日本の夏を考えると、脱水も注意しなくてはいけないし、注意喚起の仕方も難しいな…。


2. 脳は10%くらいしか使っていない


これは昔からある神話で、アインシュタインがそう言ったという説もあるようだが、1907年に端を発しているらしい。


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実際には脳の機能は大変に細分化されており、どの場所をとっても違う機能を担っているために、「働いていない90%」を見つけることは不可能。機能的MRI(fMRI)など脳機能を時間差無く見ることができる装置で覗いてみると、脳は1つの課題をこなすのにも沢山の場所を働かせている。図は、画像通りに手を動かして、という課題で賦活される脳領域をfMRIで見たもの。色の濃いところは全て賦活されているので(下のカラーは一部を強調しているだけ)、単純な課題でいかに脳の殆どの部位が働いていることがわかる。


それに脳は人間の体重の約2%の重量しか無いが、人体が利用する糖の20%も消費する。もし10%しか使っていなければこんなに効率が悪い組織は無いだろう。


3.死んだ後でも髪の毛や爪は伸び続ける


これ、怪談になっているが、錯覚。


法医学者によれば、爪や髪の毛の周囲組織(指とか頭皮)が乾燥し縮んでいくことで、あたかも伸びていくかのように見えるとのこと。


爪が伸びるのであれば白い部分が長くなるはず。そういった計測がされていないのでは(見つけられず)。


ネットを散見すると、心臓が止まったからといって身体の全組織が同時に死ぬわけではないからありそう、という人もいるが、違います。


実際には髪も爪も血中のホルモンを含めた多数の因子による複雑な調節を経て伸びているので、死んでまで生きているときのように伸びたりしないのだ。


4.毛を一旦刈ると、伸びが早くなり、濃くなり、巻いてくる


これは確かだ、という声が聞こえそう。しかしBMJの記事によればしっかりした科学的根拠で否定されているようだ。1928年には早くも髪の毛が刈った後で濃くなったりしないことを確認しており、その後繰り返して証明されている。


毛を刈ると、刈った部分が滑らかでないことや、陽や化学薬品にさられていないことで濃く見えてしまうとのこと。


考えてみれば、毛剃が伸びを早くするならハゲの人の解決ができるはずですよね。


5.薄暗い中で本を読むと目が悪くなる


え、そうでしょ?と言いたいが、実際には薄暗さそのものは視力を悪化させない。とはいえ、十分な明るさが無いと目を疲れさせるからそう思えるのだろう。でも目が疲れやすいシェーグレン症候群の人でさえ、休めば回復する。


ただ、ある総説論文によれば薄暗い中で本を読み、目に近づけて本を持っていることは視力発達に悪影響があるだろうと。


論文を離れるが、実際に視力悪化=近視を起こさせるのは距離、と遺伝だろう。薄暗い中で物を見ることが視力悪化の原因になるのなら、電気の無い社会ではそういう機会が多いから視力が悪くなりそうだが、そうじゃないでしょ。


とはいえ、薄暗い中で本を読むときには必然的に距離近くなるからね。まあ寒いと風邪を引く、みたいな相関かなと思ったりする。*3


6.七面鳥を食べると眠くなる


七面鳥?まあ日本人に馴染みが無いのは置いといて、肉に多く含まれるアミノ酸トリプトファンが睡眠を誘発させるということらしい。


トリプトファンメラトニンという睡眠調整ホルモンの原料となっているから…という発想。さらに神経伝達物質セロトニンの原料にもなり、セロトニンは幸福感をもたらすという記述も。*4


探してみるとサプリもあり、トリプトファンでしっかり寝れるし、セロトニン増やして気分もよくしようみたいな宣伝サイトが数多い。


このトリプトファンアミノ酸である。必須アミノ酸と言って人体を構成する様々なタンパク質を維持するために食物から取らないといけない。トリプトファンは確かにメラトニンセロトニンを作るのに必要。だが、実はそれ以外の様々なタンパク質にも原料として使われており、体内に入ったトリプトファンの使いみちはメラトニンセロトニン合成だけではない。さらに、Wikipediaにも書いてあるがトリプトファン摂取によって首尾よくセロトニン合成に使われたとして、セロトニンが過剰に増えてしまうとセロトニン症候群のような重大な副作用も懸念されるので、取れば取るほど良いというわけではない。


ちなみにトリプトファンサプリの1錠は500mgあたりが相場の様子。トリプトファン含有量は例えば卵1個(60gとして)におよそ100mg程度あるらしい。肉類、豆類には豊富だし、ご飯にもそれなりに含まれることを考えると、普通に食事をすれば十分量摂れることが考えられる。


睡眠に対する二重盲検スタディが無いかと調べてみると、2016年の中国の研究が新しそう。確かに若干の改善がありそうだが、古い研究では心理的効果が大きいと結論づけているものもあり、少なくても効果が大きいことは無さそうに思える。*5


まあそんなに効果がしっかり出るなら医者が使うし、第一危険でしょう?


7.病院で携帯電話を使うと深刻な電波障害を起こす


これは今では大体使えるようになったし、ちょっと古い神話、というか注意事項になったかな。


アメリカの有名病院メイヨークリニックで2005年に510ものテストがされた。16の医療機器に6個の携帯電話。医療的な問題な障害は1.2%に過ぎなかった。でもあったんだ、と思うが、1メーターも離れれば障害は起きない。さらに今ではほとんど障害は無いだろう。



入門 犯罪心理学 (ちくま新書)

入門 犯罪心理学 (ちくま新書)


さて、今日紹介した7つの神話はこの本から知ったもの。内容まるで関係ないと思われそうだが、エビデンスに基づいた犯罪対策を、という文脈で紹介されている。
その上で効果的な犯罪対策、刑罰のありかたを解説しているが、犯罪予防の観点からは犯罪者を罰するよりも治療する必要があるという。
薬物犯罪や性犯罪において特に治療の効果は高いのだが、どちらも嗜癖の問題として治療という観点を考えたことの無い人が殆どではないか。


子育ての大誤解〔新版〕上――重要なのは親じゃない (ハヤカワ文庫NF)

子育ての大誤解〔新版〕上――重要なのは親じゃない (ハヤカワ文庫NF)


神話が生きている分野の1つは教育界、とうか教育に関する考えだろう。
氏と育ち、という点でとかく「育ち」=「環境」が強調されがちだが、実際に最も影響が大きいのは「氏」=「遺伝の効果」。
だからといって環境が悪くてもいいというわけではないのだが、育ちを重視しすぎると、上手く育たなかったのは親のせい、となる。
とかく「心理」や「教育」の専門家は子どもの行動にもっともらしい理由をつけがちだが、その多くが間違っているのは本書を読めばわかる。20年前に書かれたこの本の状況が今読んでも新鮮に感じるのは残念。

*1:名医の直感がもてはやされることもあるが、その直感の背景には莫大なエビデンスの知識があるものだ。目の前の状態にエビデンスをどのように調整して当てはめるかが名医の条件と言えよう。

*2:BMJはイギリスの権威ある医学雑誌。論文評価に使われるインパクトファクターは2015年で19.967。これは相当高い数字でこれに自分の論文が載れば出世が約束される(かも)。毎年クリスマス前にはジョーク論文が載る(⇛Wiki)。例えばアイスクリームと頭痛の関係、など。

*3:寒いのは風邪の直接の原因にならない。風邪の原因はウイルスであり、ウイルス無くして風邪は引かない。乾燥が喉の細胞を傷めたり、寒さ自体も免疫系を弱める。そして人口密度が高ければ他人の風邪ウイルスい曝されやすい。そういった付帯条件が風邪ウイルスに感染させやすい条件を冬に作っている。

*4:セロトニンを増やす(正確にはセロトニンの機能を増強する)薬剤がいわゆる抗うつ薬抗うつ薬を批判する方はトリプトファン摂取も批判していいのではと思うんだが…。

*5:薬の試験はほぼ必ず、実薬(例えばトリプトファン)と偽薬(例えば乳糖などの薬理効果を持たないプラセボ)が用いて、効果を比較する。二重盲検スタディでは、投与する医者側も、投与される被験者(患者)側もどちらを投与されたかわからない。実薬と偽薬は味や形が同じくなるように作られる。