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開発中のアルツハイマー病治療薬はどうなった?

つい先日ヤフーでこんな記事があったので、気になったことなどを。

news.yahoo.co.jp


記事内容は概ね頷ける。確かにアルツハイマー病(アルツハイマー認知症)の治療薬は失敗続き。特にアルツハイマー病の原因は、加齢とともに、アミロイドβ42というタンパク質が神経細胞間に集まって溜まっていき(凝集と沈着、という)、それが神経細胞にとっては毒性を発揮されてしまう。ちなみにアミロイドβ42を主成分とするタンパク質の沈着を老人斑と呼ぶ。

www.icarastudy.com


より専門的には…
アミロイドβタンパク


だって神経細胞もネットワークも復活しないから…
ということで、アミロイドβ42(Aβ42)をターゲットに薬を考えるとすれば、方策は3つ。
1. Aβ42を作らせない(合成抑制)
2. Aβ42が出来てもそれを凝集させない(老人斑を作らせない)
3. 沈着したAβ42を分解する(老人斑を失くす)


それぞれの過程を目標に薬剤開発はされており、ことに沈着したAβ42を分解する治療薬が盛んに治験されてきた。その効果に関しては、実は成功していて、じゃあ老人斑が首尾よく無くなった人では認知機能が改善し、認知症から回復したのかというと、それが残念ながらそうじゃない。老人斑が消失してもほとんどの人の認知機能は期待した回復を見せなかったというのが紹介した記事である。


でも理由はシンプルなはずで、Aβ42の沈着によって認知症を既に発症した皆さんの脳では、元々あった、そして複雑なネットワークを形成していた神経細胞が既に沢山死んでいるのだ。そのために、アルツハイマー病の脳は萎縮している。今更老人斑が分解されたって、死んだ細胞は元通りになるわけじゃない。脳をはじめ中枢神経細胞も実は再生する、という現象は知られているものの、残念ながら殆どの領域ではやはり再生現象は起きない。それに仮に再生したとしても、以前と同じようにネットワークを再生してくれるかもわからない。脳内の複雑なネットワークは様々な経験(刺激)によって繋ぎ合わされたはず。仮に細胞だけが復活しても、またAβ42の毒性がなくなったとしても、ネットワークが元通りになって有機的に機能してくれる、というのは難しいのかなあと思ったりする(これはdneuroの個人的感想)。


Aβ42を失くすならずっと前から
さて、世の中には家族性アルツハイマー病というのがあって、気の毒と言うしか無いのだが、かなり高率に一定年齢に達すると認知症を発症する家系がある。


海外記事だがあるコロンビアの家系について

www.statnews.com


この家系の方は45から50歳くらいの間に初期症状を呈してくるという。実はその原因となる遺伝子はわかっていて、プレセニリン1(PSEN1)という遺伝子の変異があることでアルツハイマー病を発症する。もっとも中には50歳を越えて発症する人も居て、何らかの防御因子がそういう人にはあることが予想されるが、発症から逃れられるわけでもないという。*1


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2012年にNew England Journal of Medicine誌に掲載された論文が興味深いのだが、脳にAβ42が蓄積してくるのは、実際には発症の20-30年位前からだと想定されるらしい(図参照)。さすがに、沈着量が少なければ機能低下は少ないはずで、実際そういった人たちでも認知機能低下が起きてくるのは、アルツハイマー病発症が明確になってくる10年位前から。ということで、発症が予測される家系の方であれば、一定年令になった時にAβ42を除去する薬を投与すれば発症が予防できるんじゃないか、という発想があって、そういう治験は進行している。つまり50歳を発症年齢と想定するなら30歳からもう治療を開始してしまう、というもの。


それに関してはテレビでも紹介されていて、2014年のNHK

cgi2.nhk.or.jp


紹介された薬はどうなった?
スペシャルの前半で紹介された薬がある。LMTXといい、アルツハイマー病の脳の変化においてAβ42と並ぶもう1つの主役を演ずるタウ蛋白の凝集を防ぐ。Aβ42の凝集・沈着とともに、異常なタウ蛋白質神経細胞内に溜まってしまう。


LMTXはこの異常なタウ蛋白質を減らす作用を持ち、番組では将来有望そうだった。番組は2014年だったが、大規模な臨床試験の結果が早ければ2年後には、という話だったので、調べてみた。


In First Phase 3 Trial, the Tau Drug LMTM Did Not Work. Period. | ALZFORUM


臨床試験に参加したのは891人のアルツハイマー病患者。そして残念ながら全体としては効果は認められず、認知症は進行したらしい。ただし、試験参加時点でほとんどの患者さんたちは既に抗認知症薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、それにメマンチン:いずれも一般名)を服薬しており、LMTXの単独治療を受けたのは15%に過ぎず、試験終了時に単独治療だったのは51人。そしてその51人には認知症を遅らせる効果があった、というのだが…実際には統計上の看過し難いごまかし(不適切な対照群との比較)があり、結論は何ともいえないもの。敢えて言ってパイロットスタディ(予備的な試験)としては望みが無くはないから、次にまたきちんとした試験を、という結果でしか無かったようだ。


疑義を呈する研究者からすれば、アルツハイマー病が診断されていながら何の治療もされていないという患者さんたちはどうしてそういう状況にあったのか、診断は確実に正しいと言えるのか、北米と欧州のサンプルだけからはまだ結論は出せないということもあるようだし、まあ実際そうかな。いずれにしてもNHKスペシャルで再度紹介される可能性はしばらく無さそう。


残念な結果が続いているアルツハイマー病治療薬だが、世界の叡智が物凄い金をかけて研究・開発しているのは確かで、今の方向性そのものは合っていることを祈りたい。個人的に期待しているのは以前書いた記事(⇛不老の薬があるかもしれない)のAIMだが、期待を持てるかどうか分かるのもまだ先だろう。


ちなみに、マウスはどんなに老化が進んでも老人斑が出てこない。だから遺伝子改変技術を使って老人斑を作るマウスを作っている。dneuroも実は大学院生時代に半年ほどそういったマウスで研究をしたが、何も結果を出せなかったのは苦い思い出の1つ。ネコは面白いことに老人斑を作り、人間のタウ蛋白凝集による神経原線維変化という現象も起こすとのこと。老人斑に関してはイヌもサルも作るし、どちらかと言えば自然経過で老人斑を作る動物で研究する方が良い気はする(でも個人的にはイヌ・ネコ・サルはいずれも殺したくないので、自分自身で実験はしたくない…)。


動物にもアルツハイマー病はあるのか | 東京大学大学院農学生命科学研究科


紹介2回目だが、熊本大学の池田学先生の著作。標準的な知識を身に着けたい方へ。認知症ごとに症状の違いがあり、それがわかっているとどうなるのか予測が着く。特に家族や介護者にとって今後を考える上で今後の予想は重要。


臨床医が語る認知症の脳科学

臨床医が語る認知症の脳科学

著者の岩田誠先生はお会いしたことなど無いが、数々の著作から尊敬している。脳科学的な解説をしながらもきっと人間味あふれる記述になっているに違いない(ということで注文してみました)。

*1:家族性のアルツハイマー病遺伝子は今のところ3つの遺伝子が知られている。プレセニリン1と2(PSEN1,PSEN2)、それとアミロイド前駆蛋白(APP)。とはいえ、じゃあその遺伝子の変異を持っていると全員が発症するかというと、ほんとに全員というわけではない。ところで、家族にアルツハイマー病の方がいれば皆家族性かといえば、そんなことではなくて、こうして特定の遺伝子変異が明らかではない、普通の(?)アルツハイマー病発症の方が実際にはほとんど。この遺伝子を持っていれば発症確率が高いのでは、という遺伝子は一応ある(Apoe4)のだが、臨床的にそれを調べ上げて、発症しますよ、とまで言うのは言い過ぎ。その遺伝子が無い人よりリスクは高いとは言えるけど、変なこと(保険加入とか…)に影響が出たら困るよなあとも思ったり。