tDCSでワーキングメモリ向上&ディスレクシアの改善
発達特性研究所の研究紹介です。
この研究は私が学生さんと一緒にやったものです。
tDCS(経頭蓋磁気刺激)法は何度か紹介していますが、それを使って、ワーキングメモリ(作業記憶)を向上させたという。
以前から注目されているワーキングメモリ。
基本的には課題をやっている間保っている短い記憶能力を指すことが多く、日常的には例えば電話番号をかける間だけ覚えておく、とか。何か文章を読んでいる間も、最初に出てきた単語なり、内容なりを頭に置きながら続きを読んでいきますので、能力が弱いと本を読んで知識を得る、というのも難しいかもしれません。
このワーキングメモリの能力を、3-backテストというもので計測し、視覚的にこの課題をやったときの成績がtDCSによって向上した、というのが結果です。
このテスト、n-back課題(nは数字)というやつで、ワーキングメモリを計測する課題として使われますが、案外難しい。今見えている文字がnに入る数字より前と同じかどうか、を答えていきます。
だから、1-backなら1つ前と同じ文字かどうかを判定する。これは簡単ですね。次に、2-backなら2つ前。これもなんとかやれますが、それなりに難しくなります。そして、3-backは3つ前と同じかどうかを判定。これは難しい。やってみると正直合っているかさっぱりわからなくなります。でも、そんな3-back課題を、視覚的提示(図のように文字を見せて判定)と聴覚的提示(文字の読み上げで判定)の2通りで試験して、tDCSが成績向上させるか、という研究でした。
一応ね、文字を見て(視覚的提示)の条件では成績が上がったんですけど、問題は成績向上が本人にさっぱり実感できないこと。それに被検者さんが実はそれなりに優秀な学生さんが多かったので、能力向上があったとしても頭打ちが早い。
tDCSが実用になるには、今後はそもそもこういった課題で成績が思わしくない、疾患状態の方にやって能力向上が図れるかという臨床試験が必要なのは明らかですね。
で、こちらは実用版です。
ブラジルの研究ですが、ディスレクシア(発達性読み書き障害)の成人および児童に対してtDCSを行ったところ、読字に関連する項目のパフォーマンスが向上した、という。
30分のtDCSで、ディスレクシアの人に読み課題をしてもらうと、無意味語(「たあせの」「せんむせ」など単語になっていない文字列)や単文の読み上げ時間に短縮が見られた(=読みやすくなった)ようです。実際に効果が本人にも実感できたら素晴らしいですね(そこは論文からはわからない)。
ディスレクシアに関しては、治療、というよりは読みやすくするための対応を必要とし、それによって能力を上げていったり、代替手段(耳を通して内容を聞く)によって必要な内容理解を図っていく方針がとられますよね。
でも一方で、本当の意味での能力、というか脳力向上を図ることはなかなか難しい。ハンデを少しでも軽くすることは目指せても、ハンデを無くして非ディスレクシア者と同じだけの能力には追いつけないのは残念ながら確かだと思います。
tDCSが大脳皮質の力を上げていくのであれば、少しでも能力向上の目的にかなった、「治療」としての使い方ができると思うのですが...。
関連、というわけではないですが、面白い研究結果の内容紹介がありました。
3〜5歳の子たちで、無意味語の反復能力と語彙数の向上が必ずしも年齢とともに上がるわけじゃないという。
最後の方で、外国語の習得に関しての考察をしています。
考えてみると、外国語というのは最初無意味語として入ってくるわけで、そのリピートが正確にできる反復能力は母国語語彙数の向上とともに阻害されてしまうと理解しましたが、確かに母国語は足かせになるなあと。
なるほど、3歳位に外国語のシャワーを浴びておくと、バイリンガルになりやすそう、というのに加えて、5歳くらいまではまだ正確な反復能力の維持ができているのかなと。つまり、英語とのバイリンガルになりたければ5歳(もしかしたらもう少し後くらいまで?)には始めておくといいのじゃないか、と思ったりします。
小学生から英語を始めるのが真のバイリンガルになれるぎりぎりなんでしょうねえ。*1
特異的発達障害診断・治療のための実践ガイドライン―わかりやすい診断手順と支援の実際
- 作者: 稲垣真澄,特異的発達障害の臨床診断と治療指針作成に関する研究チーム
- 出版社/メーカー: 診断と治療社
- 発売日: 2010/05/01
- メディア: 単行本
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現状、医学的視点から学習障害を勉強したい、診断したいと思うとこの本しか無いかと。
例えば、ディスレクシアや算数障害を診断するにはどうするか。
やはりテストをして判定しなくてはいけないわけです。本書にはそのテストが載っていて、結果を小学校1〜6年生までの平均±標準偏差の値と比較できるので、眼の前の人がどの程度のハンデを抱えているかわかりやすい。
その上で、学習障害の支援にどのような発想の上に何をしているのか、支援に積極的な3施設(大阪市立大、鳥取大、東京学芸大)の方法論が概観できるので有り難い。
願わくば英語のディスレクシアに関して同様の本が出ることを。*2
- 作者: 宮本信也
- 出版社/メーカー: 日本評論社
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最近の現状と、取られている対策について知りたければ「こころの科学」の本特集号が良いと思う。
合理的配慮についてのICTの利用についても言及。
他に実際の対策、トレーニングの参考としては
通常学級でできる発達障害のある子の学習支援 (特別支援教育がわかる本)
- 作者: 内山登紀夫,川上康則
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- 作者: 平岩幹男
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などかな。これから私も勉強します。
読めなくても、書けなくても、勉強したい―ディスレクシアのオレなりの読み書き
- 作者: 井上智,井上賞子
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こちらは当事者本。
著者は、読み書き障害の困難があるので、学校時代大変な苦労とそれでも得意な大工業を活かして起業したり、でも失敗したりと波乱の様子が描かれる。緊迫感があって読み物としても面白いです。現在は小学校教師の奥様と暮らして幸せな様子。
褒められること、理解してもらえることがどれだけ大事か、というのがよく分かります。最後、基本的に教師に対する信頼も無い中で信頼できた2人の先生と話せたくだりはほんとに良かったねと思うのです。
それにしても、ディスレクシアがあると、それ以外の能力があっても如何に「できない」「しょうがない」「なまけもの」と思われやすいかということがよくわかります。実際、どんな学習も、「読める」ことが前提になっているわけで、読めて初めて学習できることが殆どな上に、「書けなければ」評価してもらえるさえ出来ない。いざ自分なり、子どもなりが同じ状況になったと思うとき、救済手段の少なさに驚くのです。
医者としては、能力向上の手段がやはり欲しいなと。