オキシトシンを自閉スペクトラムの「治療薬」ということの難しさ

福井新聞が報じたオキシトシンASDへの「治療」効果が話題のようです。


www.fukuishimbun.co.jp

曰く、

'大規模な臨床試験を行い、国際的な基準で治療効果や安全性を検証したのは世界初'
'オキシトシンを投与したグループで常同行動の軽減が確認できたのに対し、偽薬のグループは変化がなかった。対人関係の障害は、両グループとも改善がみられ、差がなかった。また、オキシトシンを投与したグループでは、相手の目を見る時間が増えたという。'
'オキシトシンによる自閉スペクトラム症の改善を国際的な基準で確認できた。治療薬が承認され、安全に処方できるようになることを期待したい」'


これをそのまま受け取ると、自閉スペクトラム症(ASD)の中核症状としても挙げられる「常同反復的な運動・言語使用・物体使用」に対して、オキシトシンの鼻スプレーが効いた、また相手の目を見る時間も増えた、すなわち治療効果が確認されたので、ASDの治療薬として承認されるのを期待している、ということだと思う。


研究グループのプレスリリースはこちら。


世界初 自閉スペクトラム症へのオキシトシン経鼻スプレーの治療効果を検証しました | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構


今後の展開を見ると、製剤により改良を加えてオキシトシンの吸収が上がるもので、新しい臨床試験が開始されているようです。期待したいところなんですが...



原著論文の論調は控えめです


イマイチ歯切れ悪くしか紹介できないのは、1つには以前も書いたようにオキシトシンの臨床応用というのものを考えると幾つも考えるべきハードルがあるということで、コレに対して、twitterで呟いたら、少なからず反応があって、このblogの以前の記事もいつもより読んでいただけたようです。


neurophys11.hatenablog.com



それと、原著論文を読むと、著者の先生方の論調が随分控えめなんですよ。*1


Based on the present findings, longitudinal intranasal oxytocin treatment alone at the current dose and duration is not recommended for the reduction of core social symptoms in adult men with ASD, although the current results do not exclude a possibility that combining intranasal administration of oxytocin with behavioral interventions induces clinically meaningful effects on the autism spectrum core symptoms.

訳すと、


今回の研究を踏まえると、単にオキシトシンを継続的に使っても、今回使った用量と期間では、成人期ASDの方の中核症状を軽減するには推奨できない。ただし、経鼻オキシトシン投与と行動療法を組み合わせたときに、ASDの中核症状に対して臨床的に意味のある効果を発揮できる可能性を排除するものではない(=可能性はある)。


といったところでしょうか。拙い訳ですみませんが。



今回、経鼻オキシトシン群とプラセボ群で有意差があったという評価項目は臨床的なものは1つ。投与6週後に反復行動が減弱した、というもの。もう1つは実験的な指標で、ゲイズファインダーという、画像を見たときの目線を追跡できる機械を使ったもの。話をしている人の画像を見たときに、話者の目を見る時間が伸びたという。



差を当事者やご家族が感じられたかどうかを知りたいところです。



血中オキシトシン濃度が、投与群でちゃんと上がっているのは、経鼻経路できちんと吸収されていることを反映されている気がするから、それは良かったと思います。末梢から濃度が追えて、それが用量依存的に増えてくれるなら、今後望ましい臨床用量を決定するときに有用でしょう。


記者さんは論文も読んだり、疑問を持って欲しい


さて、dneuroが若干問題かな、と思うのは、報道の仕方なんですよ。論文はとても誠実に書かれているように感じたし、プレスリリースにおいて、意味のある結果を強調するのは研究者として当然とも言えるわけです。若干強い気はするけど。



記者さんたちはそういう部分を了解した上で書けばどうかなと。


今回の件に関しても、原著を読めば著者たちはもっと控えめに結論を伝えているし、記者の方にはそこらへんを研究者にぶつけてみて欲しいなと。


過大要求ですかね?


あとは、ASDの特性が「治療」されるものなのかとかも問題提起して欲しいのですが、やはり難しいのかなあ...。



最後に、研究グループの結果を、オキシトシン個人輸入業者が宣伝文句に使っているのが見られました。


オキシトシンの経鼻スプレー、個人輸入で購入できないことはないですが、絶対にやめましょう


著者たちの研究が進んでよりしっかりした結果が出るのを待つか、どうしてもなら治験に参加すべきと思います。それならしっかり評価してもえますから。




ASDへの理解と言うとやはり本田先生の本が良いですね。非障害自閉スペクトラムというのを提唱されています。環境と能力によっては「障害」じゃないし、「治療」する性質じゃないですよね。個人的には「ASDを治す」というのはどこにつながるんですかね、と思ってしまうのです。



自閉症スペクトラムの子のソーシャルスキルを育てる本 思春期編 (健康ライブラリー)

自閉症スペクトラムの子のソーシャルスキルを育てる本 思春期編 (健康ライブラリー)


とはいえ、もちろん、問題が無い、というのはお花畑であって、ASD特性があると生きにくいのは事実。生き抜くためのスキルを身につける必要はあるわけです。


オキシトシンがそのスキルを身につけるのに役立つのであれば素晴らしいと思います。そういう意味で期待はしているのですけれども...。


www3.jvckenwood.com


ちなみに論文にある、視線追跡をする機械。ゲイズファインダー。早期にASDの可能性があるかをスクリーニングする機械としてはとても有用に感じます。

*1:控えめな記載、というのはこういう実験的な治療法の論文を書くときに大変誠実なこと、と思います。