ADHDの薬は何が理由で飲めなくなるか?

前回のblogに書いた、多くの人が持つ疑問、2つに関連して今日は書きたいと思う。
その2つは…
・依存症にならないの?
・もう絶対やめられないのではないか


どうしてそんな疑問が出てくるのかと言えば、ADHDに使う薬、特にコンサータ(メチルフェニデート徐放錠)が「中枢刺激薬」に分類され、薬理学的にも法律上覚せい剤に分類されるアンフェタミンに作用機序が近いことが心配されるからだろう。そういった知識が無くても、ADHDのように多動や不注意が問題になる特性に対して「刺激」してしまったら余計悪化するのでは?と危惧するのも気持ちはわかる。


どんな薬でも投与によって起きた副作用ないしは有害事象は投与中止の理由となる。コンサータストラテラの投与試験・研究における中止理由を見てみると、何に気をつけたらいいかがわかるのではないか、というのが本日のお題。


コンサータ長期投与試験で依存症は発症したのか?
コンサータで依存症が心配されるのは、覚醒剤が依存症を作り出す、脳内の快感中枢すなわち側坐核(⇛Wiki)という部位と作用部位が重なるからだ。アンフェタミンやコカインといった覚醒剤側坐核においてドパミン濃度を上昇させ、それが脳内報酬系を活性化させると得も言われる快感につながって、嗜癖(依存)を生じさせる。


ところが、以前から書いているように、ADHD脳はこの側坐核(に限らないのだが)におけるドパミン神経系の活動がそもそも弱く、非ADHD者が快感を感じられる刺激でもこの脳内報酬系が活性化し辛い。つまりコンサータは元々反応し辛い脳を普通の刺激で活性化できるようにする程度にしか脳の反応性を上げないと考えられるのだ。


そんなわけでどの本でも強調されているように、実際にコンサータによる依存症というのは、診断が正しい限りにおいて無いと考えて良いのだが、日本で行われた、成人のADHDを対象にした48週間の長期投与試験の結果から見てみたい。


成人期の注意欠陥/多動性障害患者を対象としたJNS001(メチルフェニデート塩酸塩徐放錠,コンサータ錠)18,27,36,45,54,63または72mg/日の非盲検可変用量長期投与試験 (内容は専門家向け)


この試験の対象は小児期にADHD診断が確定している成人253例で、205例(81%)が48週の投与期間を通じてコンサータを継続し、48例(19%)が投与中止となった。オープン試験であり、つまり医者も患者も何が投与されているかは知っている試験なので、二重盲検試験のように、薬の有効性を見るものではない。最低投与量の18mgから開始し、症状を見ながら、人によっては72mgまで増量している。


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さて、この試験の中止理由は図の通り。48例のうち、有害事象は22例、すなわち全体253例の8.7%が有害事象(副作用)を理由にした中止であり、中止例の46%にあたる。
その内訳を見ると、多い(といっても4例、3例)のが動悸と悪心。動悸はどちらかと言えば交感神経系を刺激する方向に働くことを考えたら当然だし、コンサータの薬理作用である(結果的な)ドパミン受容体刺激増強は、末梢では特に上部消化管(胃・十二指腸)の動きを抑える方向に働くので出現しやすい副作用だ。ただし、よく言われる食欲減退や不眠といった副作用中止はそれぞれ2例、1例と、かなり少ないこともわかる。
さて、ここで注目したいのは依存症が生じたのかという点だが、投与中止に至った48例いずれも、やめられない、という依存は生じていない。有害事象が出てくれば即座に中止できるのだ。


ストラテラコンサータの中止理由比較
さて、もう1つの抗ADHD薬、ストラテラのほうはどうだろう?
こちらの特徴は、脳内のノルアドレナリンという神経伝達物質の働きを増強させるところにある。機能としては覚醒・注意・意欲など人間が行動する時に必要な能力を活性化させる働きをもち、うつ病で機能低下が目立つことも知られている。ADHDもこのノルアドレナリン神経系が全般に機能低下状態にあり、ストラテラはその機能向上に働く。


コンサータと違うのは、ストラテラは理論的には依存症をそもそも発症させない。それは、先に述べた側坐核におけるドパミン濃度上昇を来さないことによる。なので、ストラテラの場合には依存症は心配しなくてよいのだが、副作用による中止には何があるのだろう。


コンサータストラテラ双方の長期投与を約3年、子どもも含めて対象とした報告から見てみたい。


注意欠陥多動性障害 (ADHD) の薬物療法
—methylphenidate徐放錠およびatomoxetineの継続率等からみた有用性の検討—(専門家向け)


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この報告の対象は、コンサータ460例(男395、女65、6-21歳)、ストラテラ121例(男102、女19、6-20歳)。
図を見てみよう。コンサータは中止率40%。先ほどの臨床試験に比べて中止率が高いのは、こちらのほうが、投与期間が長いこと、年齢層が若いこと、ストラテラという選択肢もあることなどが理由かと。ストラテラでは中止率が50%とより高い。これは筆者らの薬剤選択では、コンサータが第1選択であり、コンサータ中止例やコンサータ無効例にストラテラを使っており、対象がより難治であることも関係している。


グラフを見てほしいが、副作用による中止例はコンサータでもストラテラでも割合としては決して高くないということがわかる。中止に至った理由を見ても、コンサータは先述の臨床試験と余り変わりはない。一方、ストラテラの方だが、コンサータに無い(少ない)面として、乱暴と強度の眠気、が挙げられている。ストラテラコンサータと異なり、中枢「非」刺激薬に分類されるので意外感があるかもしれないが、実はストラテラで攻撃性や易怒性が高まる事例の存在が知られている。また眠気が強いこともままあるので、服薬時間としては夜が望ましいことも多い。
ただし、いずれにしても生命に関わるような副作用や依存症など深刻なものは無く、出現した副作用も服薬中止により回復している。また、攻撃性や易怒性は副作用としてある人がいたとしても、むしろ気持ちを穏やかにコントロールできるようになる人の方が多い(それが抗ADHD薬の効能ですから)。


ということで、抗ADHD薬の主要な2剤において、実際には依存は問題にならず、また副作用中止、効果あるも止めた、といった中止理由はむしろ一度始めたらやめられない、という誤解を払拭するに足りるのではないかと思う。


服薬を怖がってばかりだと学習機会を逸してしまう
ADHD者の抱える諸問題に対して薬が全てを解決できないのは勿論だが、少しでも(人によっては大いに)解決に至る手助けになり得るのは確かだ。懸念があれば中止できることを考えれば、服薬に消極的になる必要は無いといえるのではないか。
ADHDの特質故の不器用さや課題達成困難を抱えたまま、「出来る」という経験を積めないのであれば劣等感だけが強くなってしまう。とりわけ子どもの間にそうならないよう、服薬は選択肢の1つとして考えたい。


大人のADHD: もっとも身近な発達障害 (ちくま新書)

大人のADHD: もっとも身近な発達障害 (ちくま新書)


以前も紹介した昭和大学附属病院精神科岩波明氏の著作ADHDADHDとして診断されることが重要だとわかるはず。うつ病などではなく。岩波先生の精神科ではADHD向けデイケアも行っており、見学した印象としてはとても素晴らしく感じた。



ご存知モデル・タレント・俳優の栗原類氏の自伝的著作。栗原氏はASD+ADHDでそれ故の学習障害も抱えて成長したようだ。小学生時代ニューヨークで過ごしており、彼の地と日本の小学校の違いが私にはとりわけ興味深かった。NYの小学校が示す子どもへの対応の柔軟さ。この本は日本の教育界のお偉いさんに是非読んで欲しい。