完全無欠コーヒー本を読んでみた〜小麦グルテンって悪いの?

各種ダイエット法に夢を抱く人は多いが、残念ながら奇跡は存在しない。
いわゆる〇〇ダイエットの類はどれも極端であり、医学的蓋然性がないことが多い。身も蓋もないが、そもそも太るかどうかは遺伝的に規定されている。とはいえ、色んなダイエット法や健康法に惹かれる気持ちはわかる。痩せる必要の無かった筆者もこの5年で6kg太り、5年前のズボンではウエストがキツすぎる。ちなみにBMIはかつて理想と言われた22だ*1


シリコンバレー式 自分を変える最強の食事

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今話題の「完全無欠コーヒー」を提唱した本。
「完全無欠コーヒー」とはコーヒーにグラスフェッド(牧草飼育)牛のバターと、中鎖脂肪酸(MCT)オイルを入れて飲むコーヒーのこと。


この本の著者デイヴ・アスプリー氏は、どうやらシリコン・バレーで成功した億万長者さんらしい。ところが、140kgある体重を何とか減らさなければいけないということで、30万ドルという大金と時間を費やして、数多くのダイエット法を自ら試し、一線級の学者と知己になって理論も研究した。結果として得られたダイエット法、なんと1日0.5kgずつやせていくことができ、50kgの減量に成功、しかも筋肉質な身体をずっと維持できているという。今ではダイエットコンサルタントとしてビジネスも展開している。さらに奥さんは医者だ。


30万ドル、自ら各種ダイエット法を試行、一線級の学者、そして筋肉質を維持しての50kgのダイエット成功と維持という現実、医者の妻…といった魅力的なキーワードに惹かれつつ自信たっぷりの記述を読んでいくと、成る程この本は他と違って信用できるという気になるに違いない。
実際そんな気になりながら読んだが、気になった部分をまとめてみると…


・推奨しているもの 
   中鎖脂肪酸 (☆だけど筆者の主張とは違う)
   グラスフェッド牛(牧草飼育)のバター (?)
   コーヒー (☆)
   野菜 (☆)
   適度な運動(短時間、高負荷) (☆)

・避けるべきもの
   小麦食品(グルテンを含有しているため) (★★)          
   アフラトキシン(食品由来のカビ毒) (☆)
   フルーツ、豆類 (★★)
   過度な運動 (☆)
   遺伝子改変作物 (★★★)*2


ということだ。うーん、どうだろうか、野菜や適度な運動はともかくとして、小麦食品が駄目ってうどんもパンも駄目ってことでは??とか、フルーツや豆類が避けるべきってどういうこと?、脂肪やバターがいいの?と疑念を持つのは私だけではないはずだ。とりあえず、私自身が賛意を示せるところを☆で示し、疑念を抱いた主張を★とその数で示した(数多いほど異論に自信あり)。


今日は一番気になった小麦グルテンについて。


小麦グルテンってそんなに悪者か?
最近特に目立つ小麦グルテン悪玉論。グルテンは、セリアック病という小児の栄養失調を引き起こす、小腸に炎症を起こす原因となる子が100人に1人位いる、注意集中力を減じさせるのでパン食をやめると集中できるようになる…とかなり散々な批判をされる。とりわけ著者は、グルテンの持つ麻薬性(中毒性があり、食事に対する渇望を強く起こさせる)と小腸炎症・胃腸障害の起因となることを根拠に批判を展開している。

  セリアック病…グルテンに対する免疫反応で引き起こされる自己免疫疾患。小腸上皮が破壊されるため栄養失調に。特定の遺伝子変異が見つかることが多い。小児期に発症。治療はグルテン除去(グルテンフリー)食。

  セリアック病(メルクマニュアル)


 さて、パンが食欲を増進させるというのはそうかもしれんと思いつつ、気になるのはグルテンが胃腸障害を起こさせるという記述。


ネットを探ると、グルテンは小腸細胞にゾヌリンというタンパク質分泌を促してしまう。このゾヌリンが小腸細胞同士を固く結びつけているタイトジャンクションという結合タンパク質を緩めてしまい、血中によろしくない物質の侵入を許して、様々な疾患(喘息、アトピー発達障害、その他…)の誘因になるのだと。


この学説どっから来てんのかと調べてみた。するとグルテンがゾヌリン分泌を促すというのは、セリアック病研究者で小児科医のFasano氏の研究によることがわかった。そしてセリアック病においてグルテンが悪役を演ずるのは確かそうだ。でも普通の健常者にもグルテンが悪役を演ずるという確かな証拠(研究結果)は学術論文を調べた範囲では見当たらない。そもそもFasano氏の論文中に健常者でグルテンを摂取しても血中ゾヌリン濃度が少しも変わらないという図がある*3


さらに当のFasano氏、グルテンフリーなんて殆どの人には必要ないし、そうしたからって何にも健康に与える影響は無いと自分でワシントン・ポスト紙に寄稿している!!*4


   Five myths about gluten
 ‘For most of us, a gluten-free diet is not a naturally healthier diet. If you give up gluten-containing cookies, cakes and beer, and replace them with gluten-free cookies, cakes and beer, you will not lose weight or feel better.’
(殆どの人にとって、グルテンフリー食は(グルテン含有食)よりナチュラルで健康な食事というわけではない。もしグルテン含有のクッキー、ケーキ、そしてビールをあきらめて、グルテンフリーのクッキー、ケーキ、そしてビールに替えても体重が減るわけでも心地良くなるわけでもない。)


ここまで調べて、何だ、グルテンの毒を説く人はそもそもその危険性を一部の人に対してだけ発した研究者の言葉を無視して、拡大解釈しているのねと納得。
Fasano氏の主張を拡大している人は、色々害毒を説いて、例えば自閉症者をグルテンフリー(グルテン除去食)にすると性質が変わるとか言うのだけれども、ちゃんと否定する研究結果が得られている*5


パンやうどんが食べられないなんて嫌だ
セリアック病や単純に小麦アレルギーを持つほんの一部の人にとって小麦がイカンことに何の異論もない。その人達はしょうがない、エビアレルギーの人がエビを食べられないのと同じで、小麦原料食品を食べちゃいけませんよ。

でも、私は違う。パン食べたいし、日本人だからうどんもラーメンも、そしてパスタも食べたい。それらが全部ダメな人生なんて悲しい(セリアック病の人にはごめんなさい)。グルテンがそんなに身体に悪い証拠も見つけられなかったし、そこまで小麦が身体に悪いなら、あのローマ帝国においてずっと主食だったというのも解せない。

ま、ダイエット本はより人生が豊かになる範囲で参考にしたら?と思うわけです。それに怒られちゃうかもしれないけど、著者アスプリー氏は140kgの大巨漢であったわけでそもそもスタート地点が違う。50kg減量した90kgだって普通の日本人からしたらどうなの??というレベルでしょう。


完全無欠コーヒーは美味しい
批判ばかりしているようだが、完全無欠コーヒーは作ってみたら美味しかった。ネットにどんなものかは沢山転がっているので、詳細はそちら参照だが、バターコーヒーは味まろやかで、腹持ちもする。今、朝に飲んでいるが間食要らなくなるのは確か*6。ただし、グラスフェッドバターじゃないと駄目とかはちょっと良くわからない(買ってみたけど高すぎです。よつばの無塩バターでダメな理由が知りたい)。アメリカは良い品質のものが手に入りづらいからこその色んな主張では?とか言うとまた著者に怒られそうだ。それに頭の回転が良くなるかどうかもわかんない(元々良いから、と言ってくれても構いません)。


*1:BMIはbody mass indexの略で、体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)。ちょい前は22が理想とされていた(はず)。摂食障害ではしばしば16を切り、生命予後に関わる。ちなみに一番長寿なのは22〜26くらいの群らしい。ちょっと太め、が健康なのだ。「太り過ぎ」は「やせ」よりも長生きする?

*2:いつか書くけど、遺伝子改変作物って安全ですよ。それがモンサントという大企業によるほぼ独占状態だとか、従来型の農業が奪われるだとか、いろんな経済的な批判と危険性をごっちゃにする人がいるが、全く別問題。どのような品種改良もそれは自然な遺伝子改変がベースになっており、それを人為的に行ったからといって危険になるわけじゃない。高収率で虫にも農薬にも強い作物ができるって良いことだ。ただし味が良くないと食べたくないけど。

*3:What No One Is Saying About Zonulin -- Is Celiac About More Than Genes and Gluten? Fasano氏論文の図を見る限り、グルテンは健常者には何の影響も与えないとしか思えないわけ。もう世の中はグルテン=害毒というビジネスモデルが出来上がってしまっているからまともな研究者が否定しても聞く耳持ってねえなという感じ。

*4:説得力のある研究結果が1つの研究グループからだけということがままある。そしてその研究者の社会的発言力が強い場合、しっかりした科学的根拠と思われがち…そんな研究は要注意、と書きたかったけどFasano氏は記事を読む限り良心的。

*5:Are ‘leaky gut’ and behavior associated with gluten and dairy containing diet in children with autism spectrum disorders?自閉症スペクトラム(ASD)で、グルテン摂取群と非摂取群で腸管透過性と行動が変わるかどうか。4週間で何も差はなかったとのこと。ASDの子から小麦食の美味しさを奪ってはイカン。

*6:いくら食べても満腹感を感じない認知症のご老人に使うと自然に食欲抑えられて良いかなと思ったり。