生物学的検査は精神科臨床に役に立つのか (1)
精神科医はおしなべて身体疾患の医師を羨ましく思う時があるはずである。
それは、身体疾患が客観的指標で診断を付けられるし、治療効果も数値で追えることが大部分であることにほかならない。時々「日本消化器内視鏡学会雑誌」というマニアックな雑誌をパラパラとめくるが、胃カメラで直接胃の表面にある病変を見ながら診断と治療のできる消化器内科の世界が羨ましい。
そう、精神科医の夢の1つは、精神疾患を迷うこと無く診断を下し、治療効果や薬の効果判定に使える検査(生物学的な、と枕詞を付ける)が確立されることだ。
ところが、一向にそんな検査は存在しない。
精神病患者を牢獄のような病院に押し込めていた時代から近代精神科を確立したのは、18世紀フランスの医師ピネル(http://bit.ly/1W6oRfS)。それから200年以上経ってまだ1つも生物学的検査が開発されないってのはどういうことだ。
私は今から12年ほど前に精神疾患研究の道に入って、研究をすれば成果は出るし新発見もあるのだが、やればやるほど精神疾患の原因にはあまりにも関係する要素が多すぎて手に余る。
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さて、心臓病の心筋梗塞と、代表的な精神疾患統合失調症の診断基準(かなり簡単にしてある)を並べてみた。
違いは明確だろう。心筋梗塞の診断基準がとてもわかり易く、かつほぼデータでも表せられるのに対して、統合失調症診断基準の曖昧さときたら…
例えば、妄想の中には「CIAから狙われている」ということもあるわけだが、本当にCIAから狙われていることだって考えられるではないか。
統合失調症の診断基準に客観的視標が無いのは、それが存在しないからである。結局、精神科の病気は普通検査では診断しない。何が辛いのか、をひたすら問診して、つまりは言葉で聞いて診断する。幻覚、妄想、高揚気分、抑うつ気分、不安、恐怖、と全ては本人がどう感じているのか、を知ることから始まるし、それは客観的には判じ得ないことが多い。
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でも、1つだけ、精神科に最初にかかる(かかってしまう、というべきか)可能性の高い身体の疾患群がある。
器質性精神障害である。
厳密な定義はともかく、脳外傷(脳挫傷、くも膜下出血など)や脳梗塞・出血後、内分泌疾患(甲状腺機能障害)や感染症などによる、明らかに身体要因があって、それに付随して生じた精神障害のことを総じて器質性精神障害と呼ぶことが多い。
精神科に患者が来た時、真っ先に否定しなければいけないのはこの器質性精神障害だったりする。何せ、精神科で聞く訴えといえば、何でもありな部分があるし、それにどんな人にもストレスがあるから、症状出現に時間的に近い出来事なんかは、それと結びつけやすい。
気力が失われてきて、気分も沈みがち。聞けば職場ストレスがちょうど増しており、厳しい上司が異動してきたあたりから出てきた症状だという。そりゃストレスだね、と心理的に了解していたら、実は甲状腺機能低下でしたなんてことがある。甲状腺は喉にある臓器だが、そこから分泌される甲状腺ホルモンは簡単にいえば元気を出す作用がある。
甲状腺ホルモンの働き:元気の源 - 甲状腺の基礎知識 - 甲状腺機能異常.net
ということで、死別なり、離婚なり、職場上司からのいじめなどなど、いかにもそれらしいストレスがあると、心理的に病気の発症を了解してしまうから、気をつけなきゃいかん、というのは研修医の時分に叩き込まれるわけだ。
そんなわけで器質性精神疾患だけはMRIやら血液検査によって、具体的な「データ」を診断の根拠にできる。
現在多くの大学で精神疾患の診断や治療効果判定に役に立つ検査を見つけ出そうと研究が進んでいる。古くはストレスホルモンと称されるコルチゾル、近年は脳由来神経栄養因子BDNFが有名だ。コルチゾルはストレスに反応して分泌が増すホルモンであり、うつ病だとその機構が破綻して、ストレスに対する正常な反応性を失っていると考えられている。BDNFはそれがあると神経を栄養し、神経の機能を強化するのだが、うつ病ではそれが上手く働いていないとの研究が相次いで報告されている。
⇓興味あればここを読んでみよう。
というわけで、それではちゃんと「検査で診断」に期待が持てるじゃないか、なんて思えてしまうわけだけど…(続く)