インチュニブの副作用について

前回はインチュニブを含めた薬の作用メカニズムについて書きましたが、今回は最近の論文からインチュニブの長期連用における安全性について。


効果、はあるのであとは副作用とのバランス


最初に効果についてですが、

インチュニブに効果があるのは疑いようがありません。
そもそも、臨床試験で効果があることが示されているので発売されているので。

あとは、他の薬剤、すなわち、コンサータストラテラと比べてどうか、という点と、副作用から考えた使い分け、です。


効果から考えた薬の使い分け、はできると良いのですが、実のところそれは難しい。


前回のblogに書いたように、コンサータは主にドパミン系、ストラテラは主にノルアドレナリン系に、そしてインチュニブは選択的にノルアドレナリン系に効く薬剤ですが、残念がらこういうタイプにはこれ、という使い分けができるしっかりした根拠は無いのです。


実際のところ、使い分けに関して臨床医としての感覚的なものはあるんですけどね...
ただ、それは責任を持っては言えないので、ひとまず現段階のガイドラインを中心に考えると、第1選択としては通常はコンサータを選び、副作用や、もしくは併用の観点から第2選択肢として、ストラテラが従来は唯一の薬だったところに、インチュニブが出てきたということになるでしょう。

つまり、基本はコンサータ、第2選択にストラテラもしくはインチュニブ

コンサータストラテラの主要な副作用は、食欲不振です。


この副作用を伝えると、「かえって都合いいです。食べすぎるので〜」と言ってくださる方、結構居るんですが、問題は成長期の服薬が成長を阻害しないかどうかというところ。


なので、特に痩せ型のADHDっ子がコンサータないしはストラテラを服薬するときには食欲の問題は大きい。
後述しますが、インチュニブには食欲不振の副作用はなく、成長阻害が無いため、第3の選択肢ができたことは大きいのです。


今回は、大人への適応拡大なので、その点は子どもに比べると意義は低いですが、それでも他の2剤で痩せちゃう人はいるので、やはり選択できるようになったのは大きいかなと。



インチュニブの主要な副作用を考える


今回参考にするのは、ヨーロッパで行われた第3相試験の結果についての報告論文です。
国内外の臨床試験結果は幾つか手に入りますが、実のところ他の結果と大差は無いので、新しい、という点から採用してます。


プラセボは置いていない、オープンラベルの試験です。つまり、効果のないプラセボ薬との比較や他の薬と比較しての優位性などを見ているものでは無いので、投与する医者も、服薬する側もインチュニブを服薬することがわかっています。*1


www.ncbi.nlm.nih.gov


215人の子どもたち(平均年齢11.7歳)を対象に、2年間、インチュニブ(論文では一般名:グアンファシン)投与を行い、2年間では133人が最後まで服薬しています。ちなみに男子が73.8%。 *2試験の完了は全体の62%ですが、安全性に関してはほぼ全員を対象に解析しています。


多い副作用は眠気

さて、経過中にインチュニブに関連した何らかの副作用を経験した人数は132人、61.7%です。


特に経験する人数が20%以上の大きなメインの副作用は3つ。


眠気(36%)、頭痛(28.5%)、疲労感(20.1%)です。


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眠気、疲労感はやはりどの試験でも多いもので、実際使うと感じる方が多いでしょう。

この眠気、どのくらい続くかというと、どうやら服薬後3-4週の用量調整期間にもっとも多く出てきて、8週間(2ヶ月)ほど経つと落ちついてきて、だんだん少なくなる、という経過のようです。


通常インチュニブは子どもなら体重に応じて1mgから、大人なら2mgから開始します。眠気に応じて用量を調節するものの、初期の眠気は次第に弱くなっていく可能性はあるので、眠気が強過ぎなければすぐにそれを理由にすぐにはやめないほうが良いのでは?と感じます。



成長への影響は無いが、脈拍と血圧は若干下げる


さて、抗ADHD薬の心配の1つである成長阻害がインチュニブに無いことは以下のグラフを見て安心して良いのではと思います。
コンサータと併用することも有りうるので、成長への影響が多少なりとも懸念せれるコンサータと組み合わせたときに、副作用が相加的ではない(重複して積み上がるわけではない)のは安心材料の1つでしょう。


身長(下図a)、体重(同b)、BMI(同c)といずれも大きく変化は無いですね。
身長が右上がりなのは、子どもたちなので時間とともに成長しているわけです。BMIが安定しているので、体重も身長に応じてはちゃんと増えているということでしょう。



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上図右側は脈拍(d)と血圧(e)で、こちらのほうは若干下がります。
これが深刻な副作用に繋がることはめったに無いと思いますが、仮に問題になっても服薬をやめれば大丈夫そうです。神経質にはならなくて良いと思いますが、注意しておくと良いでしょう。



User reviewは真っ二つ


さてさて、私はよく薬について情報を知りたいという時に、海外のuser reviewも参考にします。
日本にはこういったサイトは無いですが、さすがアメリカというべきか、服薬してどうだったか、というのを服薬した本人や家族がレーティングして載せるサイトがあるのです。


www.drugs.com


これで見ると、インチュニブの評価は、10点満点で平均5.8点。

低い、というのではなくて、8以上の評価と3以下の評価がほとんどです。


両極端に分かれているので、要するに、効く人には実感が強く感じられ、効かない人には効かない、もしくは副作用で服薬が難しい、というのがはっきりしている薬だと言えるのでしょう。


ADHD薬を使う際に心がけたいのは、とにかく、使うことでメリットを感じられること、副作用がある場合はその程度に応じて薬を変えることです。
今回インチュニブが成人に適応拡大されたことで、薬としての選択肢が増えたことは喜びつつ、上手く生活に役立たせられれば、と思うところです。



めんどくさがる自分を動かす技術

めんどくさがる自分を動かす技術

行動を開始するのが難しい、のはADHDの生活困難の1つに挙げられますが、たとえADHDでなくても、やらなくてはいけないことに腰が重いというのはありますよね。

この本には面倒くさがる自分を動かす沢山のやり方が書いてあるので、自分が持っている以外のやり方を参考にするのにとても良い気がします。
私に関して言えば、「集中したいなら手が届くところに"誘惑するモノ"を置かない」というやり方が効果的かなと。子どもに何かをやらせたいときにも有効ですよ。


世にも危険な医療の世界史

世にも危険な医療の世界史

こちらは単に最近読んで面白かった本です。
今でこそ、標準医療は、完全ではないとはいえ、エビデンスを大事にし、結果によって根拠を持って治療を考えることができますが、昔はどうしてこんなことがされてたの?と思う医療が沢山あります。

とりわけ罪深かったのは瀉血ではないかと思いますね。


とにかく具合が悪ければ、血を抜く。血を抜いて具合が悪くなれば、効果がないと更に血を抜く。そんな瀉血が医師によって盛んに行われていた時代があったのですよ。欧米ですけどね。モーツアルトも、死ぬ1週間前に2リットルもの血液を治療として抜かれたそうです。2リットルは大人の循環血液量の40%。彼がそもそも具合を悪くしたのがなぜかはわかりませんが、弱ったところに2リットルの瀉血は、それ自体致命的ダメージを与えたことが想像に難くないというか。モーツアルトは毒殺されたなんてことが言われてますが、医師の瀉血による殺人というのが正しいんじゃないですかね...死んだのは意図したことではないわけですが。


エビデンスを考慮しない時代、人は専門職を含めて、どんな突拍子もないことも健康に良いと信じられる性質を持つのだ、とわかります。

*1:プラセボ薬を置かない理由ですが、インチュニブはすでに効果そのものはあることがわかっていますし、2年間の追跡研究で効果の無い薬を対照群に置くのは倫理的とも言えません。

*2:男子割合は教科書通り多いですね。でも私の外来だと、実は30-40代になるとADHDは圧倒的に女性が多いんですよね〜。子どもの女性ADHDさんはかなり見逃されてるのではないかと疑います。