気になる発達障害の話題(1)_感覚過敏

今年1回目が遅くなってしまいました。このblogをご覧になっている方には申し訳ないです。風邪を引いていましたが、インフルではありません。


ちなみに風邪を引いて大切なのはやはり休息でしょう。風邪薬は残念ながら本質的ではないので...とはいえ症状緩和にしょうがなく使うわけですが。


dneuroは外来で滅多に出しませんが、医者がよく出す、そして患者さんの求めるPL顆粒は眠気が強いので危険なこともあります。


医師3年目の若いときの話です。外来に出るためPL飲んで家を出て、高速で車を走らせていたところ、気づいたら降りるべきインターをとっくに過ぎていたということがあります。距離を考えて10分位の記憶が無いのです。逆行性健忘を高速道路で経験したという。幸い死んでいませんでした(笑)。動作は上手くやっていたのでしょうが、物凄く怖かったのでそれ以来PL飲んでいないのです。気をつけましょう。


さて、気になる発達障害の話題について。まずは感覚過敏。


感覚過敏


発達障害を生きる

発達障害を生きる


感覚過敏、は発達障害、特にASDを語る上では重要です。特に最近は注目されており、NHKのこの本でも真っ先に取り上げられていますね。


ASDの社会不適応を考えると、コミュニケーションの問題やこだわり、新奇性への不安などが問題に挙げられますが、感覚過敏については多くの当事者が抱えているものの、これまで重要視されてきたとは言い難い状況でした。


光や音、肌への接触、嗅覚そして味覚、などの中から特定の外部刺激に対して過度に敏感ないしはときに鈍感であることは多いですし、DSM-5では診断基準でも言及されるようになっています。


例えばある患者さんは、光に対して過敏があり、普段1人で部屋にいる際には常にカーテンを締め切り、照明も落としてほぼ真っ暗にすると。ですから外に出る時はサングラスをかけているわけですが、「診察室の照明も辛い?」と聞くと「辛いです」。そうですよね。その次の診察からは照明を落として話を聞くことにしました。その方は就職して遠方に引っ越されましたが、就職先で職場の照明は大丈夫でしょうか...。室内照明も難しい彼女にとって昼間の社会はその存在自体が暴力的と言ってもいいのでは...。


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給食は辛いよ


また、子供と接していて思うのは、食べ物への過敏さ。正確には食感への過敏さというべきか。同じ食べ物、例えば玉ねぎは、サラダにしたとき、焼いたとき、シチューの中に入れたとき、などなど調理によってあるときは固かったり、しんなりしていたり、と食感が多様です。ASDの子で味覚に対する過敏があると、固い時は食べられても、柔らかいと気持ち悪くて食べられない...そんな感じになります。


ですから、給食はかなり地獄に近いと言えるでしょう。もちろん全員ではなく、逆に無頓着な子もいますが、過敏な子にとって、給食は大変辛い時間です。何がどのように調理して出てくるかの情報に乏しく、未経験な調理方法、それで不安な条件は十分なのに、更に担任教師からのプレッシャー。



「全部食べろ」は、味覚過敏のある子にとってとても辛いことを指導立場にある人はわかってほしい。「慣れる」ことは少なくても学校生活中には無理だと思うべきですよ。率直に言えば、全てきれいに食べるという美徳のために食べられないものを無理やり食べろというのは暴力に等しい、のです。将来が心配、という大人の皆様、大丈夫、圧倒的に多くの人は大人になるまでに食べられるものも増えます。大体あなたにも1つや2つ苦手なものあるでしょう?*1



びっくり反射とASD


音、に対する過敏もよく訴えられるところで、教室内の通常レベルのざわめきがとんでもない騒音に聞こえたりするのですよ。そういった音に対する過敏さへの研究論文もあり、例えば国立精神神経センターのf:id:neurophys11:20190130105243p:plain:w300:right高橋先生らの研究ではASDの方は、そうでない(定型発達者:TD)人が余りびっくりしないような音の大きさ(65デシベル)でもびっくり反射(驚愕反射:目がかっと開く)が出てきてしまうと。普通の会話レベルや静かな自動車の中が60デシベル、ちょっと騒々しい事務所や、やかんの沸騰音を1m離れて聞くと70デシベル、というから、確かに65デシベル程度の音でそんなに驚いてしまうと外で活動するのが難しい。



感覚過敏があればASDか?


さて、疑問の1つはこれかなと。

答えから言うと、それは明らかにイコールではないですね。

つまりASDの多くの方が感覚過敏を持っていますが、感覚過敏があればASDという逆は言えないということ。もしそうであれば、誰しも持っているような過敏さが1つでもあればASDになってしまう。例えば、黒板に爪を立てて発せられるあの音や、スプーンやフォークで鉄の皿を引きずったときの音、特定の嫌いな匂いなどそんなものは誰にでも探せば見つかるもので、明らかに感覚過敏とASDはイコールじゃない。


それに、まだ確立した病態概念とは言えませんが、世間的にはHSP(Hyper Sensitive Person:過度に敏感な人)という言い回しが出てきているようです。


こんなサイトもありますね。

hsptest.jp


ただし、何やら共感性の高さ、みたいな気持ちの繊細さなどにも踏み込んでいるようで、若干私には違和感があります。だって、他者への共感性を示さない(示せない)サイコパス的な人だって、感覚過敏は持ち得て良いでしょ?なんだか感覚過敏がある人は人への優しさも持ち合わせている、みたいな理解は本質を外れるかと。


専門用語としてもやはり医学的な観点からはまだしっかりした用語が無くて、Sensory Processing disorderだったり、Sensory Processing Sensitivity みたいな語が使われています。前者は感覚処理症、後者は感覚処理感受性なんて訳になりますかね。



感覚過敏の基準


そんなわけで、どれくらいの感覚過敏があると、「過敏」と言えるのか、やはり基準が必要なわけです。


dneuroも実はやったことがないのですが、一応そういった基準を設定している検査はあります。


SP感覚プロファイル | サクセス・ベル株式会社 -心理検査・学力検査・適性検査・箱庭療法・コミュニケーションツール等の販売-



感覚プロファイル(Sensory Profile)検査というやつで、125項目の多岐にわたる質問に答えていく検査なので多少時間はかかりますが、以下の項目を判断していきます。


それは、低登録・感覚探求・感覚過敏・感覚回避、という4項目。低登録と感覚探求は感覚刺激に対する低い反応と特定の感覚刺激への希求性、感覚過敏と感覚回避は刺激に対する過敏さと、それに伴い行動を回避する性向をみます。


こんなふうに書いてますが、実際に使ったことはないので、いずれまた詳しく取り上げたいかな。


自閉症だったわたしへ (新潮文庫)

自閉症だったわたしへ (新潮文庫)

有名な自閉症(自閉スペクトラム症)当事者のドナさんの本ですね。
これをきっかけに自閉なるものを知った人も多いはず。dneuroは研修医3年目の時に読みました。ただ、例えば口絵の自分の写真に「典型的な自閉症の目つき」とかあるんですが、正直よくわかりませんでした。また自分の内面をとても豊かに描いていて、当時の自分はそこに、あれ?こんなに感情的に豊かだったら自閉じゃないんじゃないかという無知による偏見があったなあと。

さて、ドナさんはハグのように身体を接触されることがとても嫌だったようです。日本だって、親はこどもを抱きしめるし、まして挨拶でハグが普通の欧米社会でクラスには、触れられることへの過敏さがあると生きづらいだろうと想像します。



発達障害グレーゾーン (扶桑社新書)

発達障害グレーゾーン (扶桑社新書)


自閉症スペクトラムADHDといった確固とした診断名はつかないけど、発達障害的特性を持っていることが生きづらさにつながっている、という状態にあるのが「発達障害グレーゾーン」の人たち。


グレーゾーン、というのが、まあ医者の診断基準(個々の医師の、という意味で)が曖昧にしかならない現状がそのような存在を作り出している気がしないでもないのですが、ASDという概念もまたスペクトラムであるし、当然境界に存在する人が出てきますよね。


そういう方々に、HSPというのがもし1個の病気として存在すると医学的に承認されるのであれば、治療対象となり、配慮を求められたりすることで生きやすい条件が増えることにつながるでしょうかね。


グレーゾーンについては思うところもあるので、またそのうちに。

*1:ちなみにdneuroも給食はとても苦手でした。今から思えば食わず嫌いですが、食べられないものが多く、給食の予定を見て、ハヤシライスの日はとても気が重かったのを覚えています。今では好きですけど、そして食べられないものが今は殆ど無いのです。あの当時無理やり食べさせられていたらトラウマになったでしょう。残させてくれた担任に感謝。それにしても今から考えたら美味しい給食だったんですよ。作ってくれたおばさまたちには申し訳ないです。