睡眠時間に関して、心配ばかりしてもしょうがない

さて、睡眠について。

精神科医として、患者さんにしっかり寝て欲しい、というか寝ないと治るのも治らないとは毎日言ってはいるものの、実は個人にとって理想的な睡眠時間というのは無いのだろうと思っています。


もっとも長寿なのは8時間睡眠だった、とか、現代人は睡眠がとにかく足りていないとか、言うけれども、一方で、現代の社会的状況から来る要請の中で、理想的な睡眠時間が取れるはずもなく。取れるはずもないのに、ああ今日も睡眠時間が足りなかった、とか、最低6時間は寝ないと不健康になってしまうと強迫的な不安を抱えるのであればそれはもったいないと言うか...。


覚醒物質とも言うべき「オレキシン」を発見した柳澤正史氏のインタビュー記事が良かったので、ご紹介。


www.lifehacker.jp


柳澤氏のインタビューで、dneuro的に印象的な点を挙げると...


1)6時間以下の睡眠時間で十分な真のショートスリーパーはほとんどいない。
2)睡眠時間の分割は眠らないよりはマシだが、連続に比べると質は劣る。
3)自分の睡眠傾向が朝型か夜型かはココ朝型夜型質問紙でわかる。
4)朝型/夜型は年令によって変わる、小学生朝型、思春期で夜型となり、老年になり朝型に戻る。
5)働き盛りは皆睡眠負債を抱えている。昼間の入眠潜時が8分を切るようだと立派な睡眠障害。いつでもどこでも眠れるなんておかしい。
6)「20分の昼寝」は効果的だが、首をしっかり支える。電車の居眠りは効果が薄い。


柳澤氏の主張は,、よくある記事、つまりとにかく睡眠不足は良くないから長いしっかりした睡眠を取らなきゃいけない、早寝早起きの習慣を、というのとは一線を画していて、読んでいて小気味よい気がします。なかなか面白いのは、朝型・夜型が年令によって変わるという下りで、そうか、どうりで思春期からは夜が平気になるんだと。必ずしも体力の問題というわけではないのだろうと感じますわね。



脳波的には本当に深い眠りは最初の3-4時間

睡眠というのは、大きくいわゆる普通の睡眠であるノンレム睡眠と、夢を見るとも言われるレム睡眠とに分かれます。不思議なレム睡眠のことはさておき、ノンレム睡眠は、脳波を見ると、第1段階から第4段階に順に移行していくことがわかる(図参照)。そしてそのサイクルは約1時間半。

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そっか、だから例えば6時間睡眠であればおおざっぱに4回繰り返されるんだ...と思うとそこはちょっと違う。図を見てわかるように、実は第3-4段階の深い睡眠に移行するのは、最初の2回まで。それを過ぎると、第2段階までの浅い睡眠しかしないのが普通の大人。


そう聞くと、なるほど、だから夜中を過ぎると途中で起きてしまいがちなんだと思いませんか?
寝て、4時間も過ぎると、周囲からの何かしらの変化に脳が応じることができるわけです。ある意味進化上正しいことかもしれません。ずっと深い眠りが続いたら、外で何があっても反応できないので、危険ですよね。


20分の昼寝の効用


さて、柳澤氏も勧める20分の昼寝。

実は、人間お昼を過ぎると眠くなります。

え?ご飯食べて血流がお腹に行って脳に行く血流が少なくなるんじゃないかって?

そんな説明を聞いた覚えがある方、違います。脳に行く血流はかなりしっかり調整されていて、ご飯ごときで血流が減ったりはしないのです。

原因はさておいて、人間は午後2時〜3時頃眠くなることが知られていて、それは基本的には満腹と前日の睡眠時間とはほとんど関係ないのです。困ったことに,交通事故もこの時間の居眠りによるものが多いことが知られています。(下図、上参照)。


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交通事故は午後多く、昼寝は効果が高い


上図下で昼寝の効用がわかります。十分に長い時間の作業で眠気と疲労がピークに達した時、20分の短い昼寝をすると、眠気も疲労感も回復して作業を持続できることが示されています。

そんなわけで、午後に短い昼寝をすることはとっても正しいことであり、dneuroとしてはどんな職場でも昼寝OKとして欲しいところです。また、ドライバーには是非この時間に特に注意を払って欲しいもの。


短い睡眠時間とどう折り合いをつけるか


色々とこれまでの研究から考えてみると短時間睡眠が健康に良いわけは無いのです。
国立精神神経センターの元村先生の論文を見てみましょう。


睡眠・概日リズム機構が気分調節に及ぼす影響とその神経基盤


14名の健常若年男性が、 5日間の睡眠負債セッション(4時間睡眠)と充足睡眠セッション(8時間睡眠)に参加した研究では、睡眠負債が貯まると、脳の扁桃体の活動が高まり、情動的に不安定になる可能性が示唆されています。*1


また、うつ病悪化の因子として、複数の生体リズム指標や睡眠覚醒サイクルがずれて しまう「内的脱同調」が示唆されています。 重症のうつ患者では、睡眠相と、睡眠ホルモンであるメラトニン分泌リズム、深部体温、ノルアドレナリンなどの生体リズムに関連した指標が脱同調、すなわち睡眠リズムに伴う通常のタイミングからずれた動きをしていることが示されました。*2


でも、こういった人の睡眠の性質を考えた上で、現代生活を考えてみると...


必ずしも、6時間睡眠とかできるとは限らないと思うのですよ。確かに十分寝るに越したことはないし、そうすれば作業効率もUPするわけですが、若い時、特別に作業量が多い時、交替勤務に当たっている方などなど、時には短い睡眠で済ませなきゃいけない局面がありますよね?


dneuroは、3時間に少しマージン取って最低4時間寝れればとりあえずはいいやと考えて日々過ごしてます。4時間寝られれば、ノンレム睡眠の第3-4段階を含んだサイクルを2回繰り返しているので、一応その日に取れる深い睡眠は取ったなと。


とはいえ、それでは睡眠負債が貯まるから、土曜や日曜は若干多めに寝たり、午後の眠くなる時間に合わせて20分の昼寝をしたりしてます。


もちろん、そんなことが長期間続けば健康に良い訳ありません。そこはジレンマなんですが、時には4時間睡眠で頑張りつつ、できれば6時間は寝ようと考えています。


なんだか睡眠の専門家には怒られてしまいそうですが...。
ちなみに上記リンク先の朝型夜型得点は「中間型やや朝型寄り」でした。どちらかといえば朝型のようです。


未読ですが、三島先生は睡眠研究の第一人者の1人なので。
今年の精神神経学会では、上記の研究の話など興味深い話が聞けました。


睡眠こそ最強の解決策である

睡眠こそ最強の解決策である

これも未読ですが、タイトルには惹かれますね。
近い内読んでみようと思ってます。

*1:Motomura Y et al. 2013.PLoS One Sleep debt elicits negative emotional reaction through diminished amygdala-anterior cingulate functional connectivity. 8: e56578.

*2:Hickie IB, Rogers NL 2011 Lancet Novel melatonin- based therapies: potential advances in the treatment of major depression. 378: 621-631.