精神神経学会参加(2)_アルコール依存症の治療
こちらは一般口演で、埼玉県立精神医療センターの成瀬先生の連続2題の口演を聞いた。
タイトルは、「アルコール依存症治療革命」の提案、と、アルコール依存症「中核群」は本来の中核群ではない〜アルコール依存症中核群に対する新たな治療の提案〜。
精神科医の殆どは依存症が苦手
そもそも精神科医が依存症をどう感じているか書いてみたいと思うけれども、普通依存症を苦手としています。それが何故か?精神科医のくせに、と思うかもしれないが、多くの精神科医にとって「依存症」は特別な専門領域。そこには幾つか要因があるのです。
思い込みも含まれていることを考えつつ挙げていくと…治らない、社会的な部分に手を入れないと良くならない、薬は効かない、問題行動に対応する必要がある、酔って来たらスタッフの安全が脅かされる…といったような偏見ないしは少数例でも自分の経験に持っていたりすることが大きい。要するに治療に当たっては相当の覚悟と資源注入が必要とされる為に、治療者側に十分な体制が整備されていないと引き受けられない、という思いがあるのですよ。
しかし、成瀬先生はそういった「思い込み」は、従来精神医療が対象としていた非常に重度な患者さんがたをアルコール依存症の「中核群」とイメージしているからであるという。実はアルコール依存症の中核群は軽症〜中等症群なのだと。
2014年に報告された厚労省のアルコール健康障害対策推進基本計画 によれば、成人の飲酒行動アンケートからは我が国にアルコール依存症の生涯経験者は100万人を超える一方で、患者数(=治療を受けている人)は4-5万人前後に過ぎないという(下記引用)。
”アルコールの持つ依存性により、アルコール依存症を発症する可能性がある。患者調査における総患者数は、約4万人前後で推移しており、平成 26(2014)年は、4.9 万 人と推計されているが、成人の飲酒行動に関する調査では、アルコール依存症の生涯経験者は 100 万人を超えるとの報告がある。また、アルコール依存症を現在有する者 (推計数 58 万人)のうち、「アルコール依存症の専門治療を受けたことがある」と回答している者は 22%しかおらず、一方で、アルコール依存症を現在有する者の 83%は 「この 1 年間に何らかの理由で医療機関を受診した」と回答しており、一般医療機関か ら専門医療機関への受け渡しが適切に行われておらず、専門的治療に繋がっていない可能性があるとの報告がある。
要は、アルコール依存症の裾野は実は非常に広く、今までは、進行した重度の、言葉は悪いが非常に扱いづらい人しか結果的に治療につながっておらず、その人達は必然的に専門病棟を持った病院でのみ治療が可能であり、従って、数が多いはずの軽症〜中等症者は医療が掬い取ることができず、治療されて来なかったというわけ。
なるほど。確かに今迄医療は、殆どがもうどうしようもなくなって、いよいよ持ってなんとかしなきゃあという、言ってみればしょうがない思いから治療対象を受けていた。でもそれは氷山の一角で、本当はもっと普通に外来で対応できる、そして治療対象とすべき人たちがいるのだ。
アルコール依存症治療、変化の背景とどのように変わればいいのか
- 中年男性から女性・高齢者への患者層の広がり
- 健康・就労・暴力問題から飲酒運転・自殺・虐待・メタボ問題への広がり
- 併存症として気分・不安症以外に発達症などの多様化
- DSM-5の登場による「アルコール依存症」から「アルコール使用障害」の診断上の変化
- 「断酒至上主義」から「節酒・飲酒量低減」への移行
- 一律治療から個別治療へ
- 自助グループ至上主義から認知行動療法の導入へ
- 入院治療から外来治療へ
- 抗渇望薬を使った薬物療法の導入
そう、以前はとにかくアルコール依存症といえば、重症。入院が殆どで、3ヶ月の入院を基にして、刑務所のような生活を送る「久里浜方式」と呼ばれるものがあったのだ。導入するには、アルコールをやめるという強い意志と、少しでもスリップ(飲酒の再発)があれば治療は終わり、退院してもらう(そして元の木阿弥に)という厳しい治療が待ち受けていたもの。*1
スリップしたらダメって、そりゃ治療放棄では??と思いつつ、そう教わったわけですよ。
しかしそんな状況は成瀬先生によれば、それでは医療は患者を罰するようになり、対決姿勢を取らねばならないと。
そーなのだ、そんな必要は無いというのだから有り難い。
新しい治療では、来てくれたことを歓迎し、飲んでも決して責めないと。
「ダメ、絶対」じゃなくて、アルコールがもたらすダメージを減らすハームリダクションを発想として持とうと。
成瀬先生の著作。今回の学会内容は全てカバー。
面白いのは、再飲酒時の本人の気持ち。
そもそも再飲酒した時には「やめよう、どちらかというとやめよう」という 気持ちが8割近いのだと。しかし、家族や医療者に責められると「飲もう、どちらかというと飲もう」という気持ちが6割を超えてきてしまうと。
そう、責めても逆効果なのだ。確かに映画なんかでも、「やめてぇ」と叫ぶ奥さんに依存旦那は「うるせえ、お前がそういうからやめる気無くなったわ」と言って飲むよね…。
ところで、成瀬先生の職場は埼玉県立精神医療センター。
研修医時代、薬物治療病棟のモデルとして見学に行く機会があり、驚いたのは、非常にソフトな病棟だったこと。なにせ、薬物治療メッカたる、千葉の下総療養所の薬物病棟は非常な厳戒区域で、監視カメラ完備、時に暴力沙汰、と聞いていたので、ギャップにびっくりしたのを覚えている。
また、dneuroはアルコール全く飲めないのだが、かつて精神病院時代にアルコール依存症治療班となり、15人程度の依存症の方の主治医となっていた。スリップされてしまうと、患者さんの吐く息で酔ってしまうので困りものだったのだが、当時のアルコール治療神話を覆す経験があった。*2
それは「依存症になってしまったら、一度でもスリップすると元に戻り、連続飲酒に至ってしまう」という神話。
これをですね、患者さんに熱心に説く一方、結局患者さんたちは隠れて飲んでいたし、でも問題行動起こさない人たちが確かにいて、彼/彼女らは少なくても自分が診ている間はきちんと外来に通ってくれたから、スリップしたのがわかっていても責めなかったんんですよ。厳しいこと言うの辛いし…。
それと、正直、節酒で上手く行く人居たんですよね。
だから、「絶対やめなきゃいけません」と言いつつ、いや中には一旦依存症になっても節酒でアルコール復活できる人いるよね?と内心 では建前とのギャップに苦しんでたのですよ。
もっとも当然中には、スリップ後依存症状態に逆戻り、の人たちは居たわけですが。
ところで…
アルコール依存は自殺率が非常に高い。dneuroの受け持った患者さんたちも、後々消息を聞くと、残念ながら1/3は自殺されたか、やや不可解な変死として発見されたと。
昔はいわゆる「底付き」から治療が始まったためというのもあったと思うところ。職場をクビになり、家族関係も壊れてから治療始めても、壊れた関係は元に戻らないですから…。軽症から治療を始められていたら結果は違ったかもと思うと心苦しいのです。その意味でもアルコール依存症治療環境が変わるといいなと。
尚、成瀬先生も、理念説くだけでは環境が変わらないことを考えており、治療環境が整うためにはしっかりしたインセンティブが必要だと。保険収入、研究や教育の制度の充実‥と。整備されるといいのですが。
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樋口先生もアルコールを含めた依存症の大家。恐らく先生も従来から現在に至る過程で発想を変えてきたのでは。
アルコールの問題を抱えていたといえば吾妻ひでおさん。突如ホームレスともなった。第2段は未読なので買って読むこととします。
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ハームリダクションといえば松本俊彦先生。依存症からの回復において、医療者が対決姿勢を取らないで良いと講演で聞いたときの衝撃たるや。