精神神経学会参加(1)_リキッドバイオプシーとアルツハイマー病

第114回日本精神神経学会学術総会に参加しました。
会場は神戸。国際会議場とポートピアホテルが会場。結構広い。


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日本の精神科医の殆どが参加するという...精神科医が一同に集うある意味気色悪い学会です。もちろん中にはコメディカルの方や基礎研究の方々もいらっしゃいますが...こんな人まで精神科医なんだと自分を棚に上げて見てしまうこともあったり。


今回は非常に短いのですがとても真面目に参加したので、シンポジウムと口演から幾つか、備忘録も兼ねてご紹介。*1


さて、今日の紹介はPCにメモした内容から。

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見てもよくわからない人は多いと思いますが、あんまり親切には書きません(すみません)。わかる方はわかってください。難しい方はふーん、くらいに...。



脳リキッドバイオプシー(脳由来エクソソーム解析)による神経疾患の予防・診断・治療

リキッドバイオプシーってのは血液から病態を知るために役立つ物質を同定し、定量するための技術ですが、要は採血で病変を知ろう、というもの。バイオプシーは日本語だと生検、すなわち人の粘膜とか臓器の一部分をちょろっと持ってきて、それで病変を診断する技術です。がんでおなじみ。手術中に、怪しいところをちょっと切除して、急いで標本にしてこれはガンか、ガンなら切除範囲を広げるぞ、みたいなことをします。大事で時に必須なんだけど、現場(腫瘍とか病変部位)まで何かしらの手段(手とか内視鏡)を届けなくてはいけないし、痛いこともあって結構侵襲性が高いんだな。


tech.nikkeibp.co.jp


で、記事にあるようにガンで今ホットトピックなんですが、精神科領域だと脳を取ってくるわけにはいかないので、血液から何かわかる疾患指標物質(バイオマーカーという)を探そうよ、というわけ。


一方、エクソソーム。

www.gelifesciences.co.jp



エクソソームは、いろんな臓器から分泌される細胞外小胞にタンパク質や、DNA・RNAなどの遺伝物質が中に含まれている脂質膜を外側に持つ玉で、血液に漂っている。脳からも実は抹消に向けてそのエクソソームが分泌されているので、それを例えばアルツハイマー病の人から取ってきたら、特有の性質をもっているだろうと。
それを解析することで、アルツハイマー病の病態や、何が治療にとって真に有効なのかがわかるのではないかと期待されています。


以前dnueroも書いたとおり、アルツハイマー病の新治療薬として開発されているものはほとんどが有効性を示せず悲惨な状況下に。


neurophys11.hatenablog.com


演者の滝川先生に言わせれば、アミロイドやタウ蛋白といった異常なタンパクの脳内への蓄積は認知症の原因ではなく、結果だろうと。今や、病理所見からの仮説提唱型アプローチは低く、データを統合し、集められたデータから考えていかなきゃならんと。



そんなわけで、エクソソーム解析から言えたことは...
・エクソソーム中のアミロイドβタンパクはアルツハイマー病で高くなっている。
・エクソソーム中のリン酸化タウ蛋白もアルツハイマー病で高い。(↓図)

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アルツハイマー病ではリン酸化セリン持つインスリン受容体タンパク(IRS-1)が2型糖尿病と同じく多い(すなわち脳の糖尿病?)。
アルツハイマーでは細胞内の老廃物処理が上手く行っていない。
・アストロサイト、血管内皮細胞などニューロン以外の脳細胞もアミロイドβ42を作り出している。


つまりそんなこんなでエクソソーム解析がもたらした結果は非常に面白い、と。


エクソソーム研究への質問

滝川先生の研究は大変面白かったが、質問を2つほどしてみました。


1つは結局何がアルツハイマー病の原因と考えているのか。もう1点はどこ由来のエクソソームか判別は簡単にできるのか?

滝川先生がアミロイドβやタウ蛋白の増加は結果に過ぎない、というのは、結局は炎症を背景にタンパク質の劣化がエイジング(老化)によって全般的に起きてくる、と考えておられると理解いたしました。


つまりそうであれば、老人斑だけを追ってもダメ、ということで、もっと前の段階でタンパク質がしっかりと機能を発揮し、劣化タンパクがきちんと修復ないしは処分されるメカニズムが効果的に働いていることが大事であって、そういった機構を維持・回復させることが治療になるということかな。


エクソソームがどの臓器由来か、というのは結構難しいと。そうねえ。そうだろうと思うところ。何せ微量なので、滝川先生方の研究は疑うつもりはないのだが、よく訓練されていない研究者がやってしまうと誤差が極めて大きいのではと心配にはなりますね。


感染を契機に、という意味では、感染と戦った結果としてアミロイドβが貯まるのではという仮説も。


www.jstage.jst.go.jp

昔全ての病気は炎症である、と病理の教授から習ったが、やはりそうなのかも。
であれば、抗炎症作用がある鎮痛剤(NSAIDS)が何らかの役割を果たしうるという幾つかの結果に何かの解がありそうだけども…。


また、もう一点どなたかの質問で面白かったのは、そもそもエクソソームが何故神経から抹消へ分泌されるのか?という疑問。筋肉に向かうのでは?という意見があるらしい。確かに、老齢により筋肉量が衰え、サルコペニアになるのが認知症につながるという考え方があり、前に紹介した。抹消に存在しているからにはその意義があるはず。それを知ることも認知症治療の開発につながることになりそうです。


最後にアルツハイマー病は感染症か、古細菌が見つかったとという鹿児島大チームの研究がちらっと紹介されたけど、それに関してはもう体力も無いのでいずれまた追いかけよう。


参考文献
・Fiandaca et al.,2014 doi:10.1016/j.jalz.2014.06.008
・Kapogiannis et al, 2016 doi: 10.1096/fj.14-262048
・Goetzl et al., 2015 doi: 10.1212/WNL.0000000000001702
・Goetzl et al., 2016 doi: 10.1096/fj.201600756R



未読だが、今日の流れにつながるものの良い解説本の1つかな。
糖尿病、というのは血糖値が高くなる病気と思われがちだが、実はそうではなくて、インスリンが相対的に不足することで、インスリンの大事な作用、すなわち細胞内に栄養分であるグルコースを取り込めなくなるのです。
だから、糖尿病になると脳は、神経細胞のほぼ唯一の栄養源たるグルコースを取り込めなくなってしまい、きっとそれがアルツハイマー病につながるような、飢餓による細胞機能の喪失を起こしてしまうんじゃないかな〜と。

いずれにしても糖尿はコントロールしたいもの。


認知症は脳のメタボだった!

認知症は脳のメタボだった!


シロスタゾールの白澤先生も多分同じようなことを書いているのではないか。



細胞が自分を食べる オートファジーの謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)

細胞が自分を食べる オートファジーの謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)

細胞内のお掃除はきっと大事。オートファジーは細胞内で廃棄処理をするメカニズム。大隅先生がノーベル賞獲りましたが、糖尿病でオートファジー能が落ちるという研究もあり、やはりアルツハイマー病には関係深そうではあります。

*1:いつもは真面目じゃないのか?と突っ込まれそうですが、実際この学会は専門医の更新に必要なポイントを集める為だけに参加する人もいて、そういう人は出席したふりをして観光に勤しんだりする。でも今回は自分も含めて真面目に参加している人が例年より多いのでは?と思えましたよ。大学を辞めると特に何でも聞きたくなるな...情報に飢えているのかしらん。