発達障害、昔は少なかったの?

発達障害の講演を時に依頼されることがあり、その折に質問に多いのが、「昔は発達障害なんて問題になっていなかったのになんで今はこんなに増えたの?」とか、「発達障害は増えたの?」という類。


以前も書いたように診断数に関しては激増している(⇛ASDは増えているのか?)。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の統計では2000年に150人に1人(0.67%)だったASDは2012年では68人に1人(1.47%)だ。ADHDも4-17歳の子どもで2003年の7.8%から11.0%(!)へと増加している。日本では、ASDの乳幼児期の頻度が1995年時点で1%を超え、ADHDでの小中学生を対象にした文科省の調査では4%と推定されている。*1


中年以降に結構多いじゃん


さて、冒頭の質問は結構年配の方から発せられることが多いのだが、内心思うのは、「いやあなた方の世代に沢山いるじゃん」。
実際、dneuroの上司世代、患者さんの親世代には未診断だけれども、明らかにASDADHDだよね、という方はいらっしゃる。医療の世界にはそれこそ両者とも非常に多い。能力と環境がマッチして活躍している方々も多いし、一方でちょっと困った方と感じる方もいる。まあともあれ印象としては少なくない。*2


診断基準が変わったことによる検出の増加


これは非常に大きい。特にASDは、診断基準の改訂とともにその診断範囲を広げている。自閉的行動特徴がその程度が軽度から重度まで連続的に分布しているから、それはそれで正しいのだけれども、診断対象が広くなるのだから数が増えるのは当然。


デンマーク国民総背番号制が徹底しており、医療情報を元にした疫学研究の信頼性が高い。そのデンマークのある研究ではASD診断数増加のかなりな部分が診断基準の改訂と、データベースへの外来患者への導入で説明できるという。1994年までそういった診断数は入院患者データを対象としていたのだが、1995年からは外来患者も入れるようになり、それにより外来レベルの軽いレベルのASD患者がデータに入ることになって、そりゃ数は増える。*3


bit.ly



大人を今の診断基準で調べてみよう


さて、中年以降にも多いじゃん、という単なる印象を証明するとすれば、成人でも現在の診断基準で調査すればASD,ADHDの頻度が子どもと変わらないレベルであることを示せばいい。


2011年に英国で発表された研究がその示唆を強く与えてくれる。*4


その論文で調査された16歳以上の7461人のASD頻度は年令による差が無く、子どもに匹敵する約1%であったという。


また、ADHDに関して60歳以上を調査対象としたオランダの研究では2.8%、フランスの成人対象の調査では2.99%の頻度だったという。*5

CDCの推定よりは少ないが、ADHD特性は年齢とともに和らぎ、診断基準を満たさなくなる人も多いので、子どもの頻度に十分匹敵すると言えるのではないか。


ということで、子どもにばかり多いってわけじゃないよ、と言いたいのが今日の結論。


更に言うと、発展途上国では未だ頻度が低い報告が多いが、それは先進国のほうが第3次産業が多くて特性が顕在化しやすいということと、保健医療サービスへのアクセスが先進国とは段違いに悪い、ということがあるのではないか。


発達障害の原因と発症メカニズム: 脳神経科学の視点から

発達障害の原因と発症メカニズム: 脳神経科学の視点から


今日の主張は実はこの本への反論という側面を持たせているつもり。
本書は発達障害を脳神経発達の異常という観点から捉えた時に、環境要因が様々な生物学的変化を引き起こしているのがその異常の原因となっているという主張を展開する。ストレス、環境化学物質(農薬やPCBなど)、重金属や薬剤などへの暴露などが、遺伝子変異や遺伝子発現の変化(エピジェネティクス)に関わっており、結果的に発達障害を増加させているという。


もちろん、その可能性はあるし、dneuroも全否定するつもりはない。でも本書はちょっとそれを強調しすぎな気がする。


環境要因が増加させているというのは現代生活への不安を煽る可能性もあり、その主張には十分に気をつけるべきだ。ワクチンを自閉症の原因としたような混乱を社会に招きかねない(ワクチンに関しては本書も明確に否定)。dneuroは今の環境が本書が述べるほどまでに、人間の脳発達に脆弱性を引き起こしているのかは疑問に感じる。環境因子という点では、頻度が少ない発展途上国のほうが種々の環境物質に対する法令も未整備で、先進国より条件が良いとは到底思えないし…。

*1:Honda H, Shimizu Y, Rutter M. No effect of MMR withdrawal on the incidence of autism: a total population study. J Child Psychol Psychiatry. 2005;46(6):572-9.

*2:活躍している人が多い事実は、ASDADHDの特性=障害ではないということを示している。ただし、自分の特性に自覚的でないと、周囲の人を巻き込んで一定の問題を抱えていることは多い。

*3:Hansen SN, Schendel DE, Parner ET. Explaining the increase in the prevalence of autism spectrum disorders: the proportion attributable to changes in reporting practices. JAMA Pediatr. 2015;169(1):56-62.

*4:Brugha TS, McManus S, Bankart J, et al. Epidemiology of autism spectrum disorders in adults in the community in England. Arch Gen Psychiatry. 2011;68(5):459-65.

*5:Michielsen M, Semeijn E, Comijs HC, et al. Prevalence of attention-deficit hyperactivity disorder in older adults in The Netherlands. Br J Psychiatry. 2012;201(4):298-305.,Caci HM, Morin AJ, Tran A. Prevalence and correlates of attention deficit hyperactivity disorder in adults from a French community sample. J Nerv Ment Dis. 2014;202(4):324-32.