片頭痛に新しい薬が近づいている

片頭痛を抱える患者(dneuro含む)には朗報といって良いか。間もなく新薬が出る。
内容に間違いも多いけど、こんな記事も出た。


tocana.jp


抗CGRP受容体抗体エレヌマブは片頭痛に有望
大塚製薬、片頭痛予防薬「フレマネズマブ(TEV-48125)」の日本国内での開発・販売独占的ライセンス契約を締結


新薬はエレヌマブフレマネズマブ。舌を噛みそう…。~マブということで抗体医薬品であることがわかる。分子標的薬と言われる一群の薬が特に癌で話題になっているが、これもその1つ。抗体はそもそも免疫系が外来分子を攻撃するためにリンパ球が作り出すミサイルのようなものだが、特定の分子(抗体ならタンパク質)を標的に結合することでその分子の機能を阻害する。ちなみに話題になった抗がん剤オブシーボの一般名はニボルマブ

で、この2薬、ターゲットのキーワードはCGRP。CGRPです。

新薬が如何に期待を持たれているかは、医学専門誌のタイトルにも現れている。医学誌の中では最も権威ある雑誌の1つ、New England Journal of Medicine (NEJM)誌では、昨年“CGRP-The Next Frontier for Migraine”と題した論説と、2篇の臨床試験結果を大きな期待を持って紹介した。


CGRPの血管拡張作用と片頭痛

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さて、CGRPって何よ?という話だが、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene- related peptide)の略である。37個のアミノ酸からなるペプチドで、神経末端から作られ放出されるが、強力な血管拡張作用がある。この血管拡張作用が問題で、片頭痛に大きな役割を演じているようだ。何らかの理由で、顔面の感覚支配をしている三叉神経が刺激を受けると神経末端からCGRPが放出され、血管拡張作用を経て片頭痛に至る…という(図参照)。*1


このCGRPを受け取る受容体(=CGRP受容体)は脳内に広く分布しており、大脳皮質、線条体扁桃核、海馬、小脳などなど。


エレヌマブとフレマネズマブ

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で、この2剤が片頭痛予防に非常に期待が持てるという臨床試験結果が昨年公表された。特にNEJM誌に同時に発表された結果は非常に良いものであって、発売が近いこの2剤への期待を高めるもの。


エレヌマブはCGRP受容体への抗体であり、CGRPが結合する場所を無くしてしまう。つまりCGRPが放出されても受容体にくっつけずCGRPの血管拡張作用が出なくなる。


一方、フレマネズマブは直接CGRPに結合してしまう抗体で、CGRP受容体に結合できなくなってしまう。それによりCGRPの血管拡張作用を阻害する。


どちらも皮下注射薬で、エレヌマブ研究の方は月に1回投与。70mgと140mgと2つの用量を投与することで、4週間後以降の片頭痛発作回数が対照のプラセボとどの程度差があるかを比較した。


フレマネズマブの方は月に1回投与と、3ヶ月に1回(=年4回)投与群にわけ、12週までの片頭痛発作回数の変化をプラセボと比較した。


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多少の違いはあれど、比較法は似ているので、2つの結果を横に並べてみました。


うん、これを見ると、両者ともなかなか良さそう。
臨床試験リクルートされた患者たちは、年齢も体重分布も似ているが、片頭痛日数の平均はフレマネズマブのほうが多く、エレヌマブ試験より重症度が高い人たちが多いかもしれない。また性別は圧倒的に女性(85%以上!)が多い。ボディ・マス・インデックス(BMI)を見ると26前後と高いことから、ふくよかな女性が多く参加したらしい…。


さて、効果。

エレヌマブ試験群が頭痛日数で、プラセボ群が月に8日から6日程度に、実薬群は4-5日程度に減っている。また、月に3回ほどあった片頭痛薬使用がプラセボではほぼ変わらず、実薬群で特に量の多い140mg群ではほぼ半減。


フレマネズマブ群でも頭痛日数でベースラインの16日から、プラセボ群2日vs実薬群4.5日の減少、10~11回だった頭痛薬使用回数がプラセボ群8回、実薬群6-7回に。


これを多いと見るか、この程度でしか無いと見るか…
効果のある参加者では片頭痛頻度が半減以下になっているようなので、恐らく劇的に効く場合が結構あるのではと期待したい。


問題は…
副作用に関して言えば、2つの試験ともに目立ったものはなく、いずれもプラセボ群と内容も程度も変わらなかった。その点では安心して良さそうだ。もちろん発売されれば桁違いの人数に投与されるので、どんな副作用が出るかはわからないが。


皮下注射はどうだろう?
基本予防薬が毎日服薬せねばならず、かつ効果もはっきりしないことが多いのに比べれば、痛い思いはしても、月に1回もしくは3ヶ月に1回の通院で済むなら利便性は上ではないか。


一番の問題は費用になりそうだ。
どうも最初は年間で8500ドルほどかかると予想されているらしい。円じゃないですよ、ドル。つまり3割負担でも30万くらいかかる、と。これは高い…そういえば抗がん剤オブシーボも高くて問題になった。なので、しばらくはチャレンジする人で殺到ということは無さそうな気がする。


とはいえ、片頭痛の弊害は実に大きい。
辛く、苦しいだけでなく、経済損失も大きいことは以前書いた(⇛片頭痛の思い出と経済損失)。慢性片頭痛患者は月に15回以上もの片頭痛発作に苦しめられているので、これまでに無い選択肢が増えるのは歓迎したい。


片頭痛患者でもあるdneuro自身が受けるかどうか。うーん、今の片頭痛頻度(月に2-3回)では適応が無いかな。夏に入る頃、特に日光で誘発されることが多いので、それが予防できるかは試したいと考えている。


誘発を気にせずに日常生活が送れれば人生が変わると思う。


CGRPは悪者なだけじゃないよ
ところで、CGRP、片頭痛を引き起こす悪者かといえば、大事な役割も担っている。特に末梢では皮膚が何らかの痛み刺激によって傷つけられると、そこに分布する神経末端からCGRPが分泌され、血管を広げ(拡張し)、様々な物質の血管透過性を上げることで、炎症反応を誘発、つまり発赤や腫れ(腫脹)を起こす。これが起きないと、傷口の治癒が遅れるだろう。加齢に伴うCGRPの低下が褥瘡の原因になっている可能性がある。

さらにCGRPは、ラットの脳室内に直接投与すると記憶増強が見られる報告もあり、脳で何らかの神経伝達物質的役割を担う上に、うつ病治療に役立つ可能性を示唆する研究もあったりする。


症例から学ぶ戦略的片頭痛診断・治療

症例から学ぶ戦略的片頭痛診断・治療


専門書。様々な片頭痛への対応を知ることができる。ひどい片頭痛はどうやっても解決できないことがある。どの予防薬を使っても効果が無く、副作用ばかりで、発作治療薬であるトリプタン製剤を月に20回も使う方にとって、エレヌマブやフレマネズマブが救世主になることを心から期待したい。

*1:片頭痛のメカニズムはわかっているようで、わかっていない。最近ではこのような三叉神経主因説から、大脳皮質拡延性抑制説(Cortical Spreading Depression)に移っているようだが、痛みにどう繋がるか正直私にはよくわかりません。