目の前の誘惑に耐えるのは難しい

f:id:neurophys11:20200203105944p:plain


結構有名な心理実験にマシュマロ・テストというのがある。
実験では子どもの目の前にマシュマロを1個置いて、こう告げる。


「20分後に私が戻ってくるまでにこのマシュマロを食べずにいたらもう1個あげる。でもそれまでに食べちゃっていたらあげないよ」


日本人にマシュマロの魅力は今一歩足りないという気がするが、アメリカの子どもには至上のお菓子であることもわかる動画を是非見て欲しい。


www.youtube.com


英語だけど、子どもたちの苦悩する表情は笑える。


このマシュマロ・テストは、子どもたちの自制心、楽しみを後に取っておいて今頑張って苦労しようという好ましい性質(?)を持っているかどうかを簡単に測れるが、神経学的な解釈を考えてみる。


目の前の快楽に抗うのは難しい…

人間誰しも将来の報酬と今すぐの報酬を比較したらすぐに欲しいもの。来年貰える可能性のある1万円と、今すぐ貰える1万円なら誰しも今欲しいだろうが、今すぐ貰えるのが5000円ならどうだろう?


それでも5000円を選ぶ人は多いだろうと思う。5000円と1万円の価値がどれほどの意味を持つかにも依るが、不確実な来年を待つより今得るのが合理的とも言えるし。


ともあれ、将来の報酬というのは今から考えてもピンと来ない。これを報酬の時間割引という。好きなこと、より良い結果というのは、「今」貰えればそれに越したことはなく、1年後とか2年後に良い結果が待ち構えているとしても、「今貰える大きな報酬」の魅力の方が喜びとしては大きい。*1

bit.ly

大阪大学の田中先生の研究がその神経基盤を明らかにしてくれている。*2


f:id:neurophys11:20171220222412p:plain:w300:right


図に描いたように、将来の報酬というのは待ち時間が長いほど低くなる傾向にある。この神経学的に言う「報酬」は金銭の意味ではなく、嬉しい、楽しいといったポジティブな気分や快楽と考えていい。


楽しみも、それを得るための待ち時間を考えたとき、待ち時間がどんなに長くても魅力的なものもあれば(例:好きなアーティストのコンサートとか)、長い待ち時間には耐えられない(例:飲食店の行列とか)ものもあったりする。待ち時間が長くても魅力的な報酬の時間割引は小さく、待ち時間が長いと魅力が薄れる報酬の時間割引は大きい。


f:id:neurophys11:20171220222520p:plain:w300:left

さて、損失もこういった時間割引効果を持つ。そして、一般に、損失の時間割引は報酬のそれより小さい。図のように、将来の報酬の重みと損失の重みでは、損失の方が重く、今考えても大きなことに感じられるということだ。例えばリンク先記事にあるように、1年後に100万円貰える、よりも、1年後に100万円支払えと言われる方が精神的に重み(ショック)が大きい。


日常的な物事を判断するときにも、将来の報酬(良いこと)や損失を考えて行動出来る人、は様々なことを計画的に実行できる冷静な人と言えるだろうが、損失の重みが強く感じられない人は将来の為に努力をすることが難しいようで、例えば肥満率が高いという結果がある。普段の生活で考えてみるとこんなのが例になるかな。


・再来年の受験で成功する`ために今目の前の新刊マンガ本を読まない。
・半年後に10kgのダイエットに成功するために今目の前のケーキを我慢する。
・20年後の貯金を少しでも多くするために、この前出たiPhoneXは買わない。


どうだろう、将来の報酬(より良い結果)を得るためとはいえ、その結果が出るのが大分先のために、「今これをしたからってまあ大丈夫だろう」と思える人は多いはず。でも多くの人はその「今だけ」が積み重なって目標を達し得ない。「明日結果が出る」ならいずれも我慢しやすいはず。


報酬と損失の時間割引の脳内基盤とADHD

f:id:neurophys11:20171220222756p:plain:w300:right

こういった報酬や損失の重みの感じ方とそれを踏まえた意思決定には、線条体という脳部位とセロトニン神経系が強く関わっているようだ。


そしてADHDはこういった報酬と損失の時間割引の感じ方に問題を抱えていることは多くの研究から明らかで、多分それが「やらなければいけないのはわかっているけど、今手をつけられず、後回し」がADHDに多い理由なのだろう。


以前話題にしたような報酬系の弱さ(⇛学習できないのは報酬系の不全が問題)、と相まって、なかなか学習できないことにも本人にはどうしようもない神経基盤を抱えているのだ。だからといって、それを改善できない、ということではないはずだけど…。


マシュマロ・テスト:成功する子・しない子

マシュマロ・テスト:成功する子・しない子


冒頭のマシュマロ・テストを1960年代に考えた、スタンフォード大学のウオルター・ミシェルの著書。このテストの意義は、子どもたちの欲求の先延ばしの性質が彼らの将来に影響があったかどうかを判定できた、という点にある(著者によれば)。長く待てた子どもたちは、待てなかった子どもたちよりも、大学進学適性試験の成績が良く、肥満指数が低く、自尊心が高く、目標を効果的に追求し、欲求不満やストレスにうまく対処でき、中年になっても成功していた割合が高かったという。うーん、息子は駄目だな…。



人のあらゆる行動は快感をベースに出来ている、と言っていいとdneuroは考えている。その背景にあるのが本書に詳しい報酬系のメカニズム。ある経験が、脳内の腹側被蓋野と呼ばれる部位を活性化させ、そこに繋がる側坐核前頭皮質、背側線条体扁桃体といった脳部位にドパミンが放出されると快感に繋がるという。この快感回路が酒や麻薬の依存を作り出す背景にあり、普通は娯楽や良いことであるギャンブル・セックス・ランニングなども依存にさせ得るのだと。
ギャンブル依存になる背景として、人の脳は、報酬そのものが大きいよりも、自分で行為をして(例えばスロットを引く)報酬に達せられるニアミス経験をするほど快感回路が活性化されるのだという。依存というと意志の弱さが責められがちだが、もともと我々の脳にはそうならざるを得ない神経ネットワークが埋め込まれているのだ。*3



1440分の使い方 ──成功者たちの時間管理15の秘訣 (フェニックスシリーズ)

1440分の使い方 ──成功者たちの時間管理15の秘訣 (フェニックスシリーズ)

  • 作者:ケビン・クルーズ
  • 出版社/メーカー: パンローリング
  • 発売日: 2017/08/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


マシュマロ・テストが示すように弱い自制心の背景には抗えない脳の構造がある。でも、人間なのだから持って生まれた性質にもなんとか対処法を考えていきたいというもの。1日は1440分しか無い!と戒めるこの著者の先延ばし癖克服法は確かに取り組めば役立つかも、と思わせる。モチベーションを高める方法は人それぞれに色んなやり方があるけど、「なりきる」は新鮮なやり方かも。「私は健康的な食生活をしている」「私は社内トップの営業マンだ」…と自分に語りかけるとその価値観が刷り込まれ、自分の誘惑に負ける行動に自制がかかるという。確かにちょっとやってみてもいいな。私は名医だと語りかければ名医の行動ができるだろうか…。

*1:窃盗とか、レイプのような犯罪もこういった時間割引に耐えられないというのが影響しそうだ。目の前の女性の気を引くのに色々やって頑張った結果として関係を持つよりも今叶えたい…と思えば行動が違ってきてしまう。

*2:どうでもいいがdneuroは田中先生が前職である企業にいた時に講演を聞いたことがある。失礼ながら「物凄い才女」という印象だった。

*3:依存症は意志の問題というより、元々その人の持っている快感回路に刺激が悪い意味で上手くフィットしてしまって成立した病気だから、なってしまったことを責めるのは酷。でも回復にはその人の意志が絶対必要なのも自明。依存症は、発症に本人の責任は無いが、回復には責任を持たなければいけない病気。