無届けさい帯血医療のニュースで偽物医療に思うこと

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先日、他人のさい帯血を国に無届けで投与したとして東京渋谷のクリニックの医師を含めて6人が逮捕されたようだ。


さい帯血(⇛Wiki)はへその緒に含まれる胎児血液のこと。これを使った代表的な治療対象は、白血病であり、骨髄移植に並んで、移植治療の有力な選択肢となる。骨髄移植は、他人の骨髄を、HLA型という白血球のタイプがあった人に移植することで新しい血液細胞を造ってもらう医療だが、他の移植医療同様、ある種の拒絶反応(移植片対宿主病:GVHDという)から逃れられない。しかし、さい帯血を使った場合にはその拒絶反応が弱く、さい帯から採取するので、ドナー(供給側)の負担が無いメリットがある。一方で、量が少なかったり、治療期間が伸びるデメリットもあったりする。


また、さい帯血の当人(さい帯血は胎児の血液)が将来病気にかかった時のためにとっておく、という選択肢も考えられる。万が一輸血が必要になったり、白血病が発症した時に、自らの血液移植が考慮できればこれほど安全なものはない。*1


このさい帯血が、そういった本来の目的ではなく、さい帯血中には様々な幹細胞(臓器細胞の元になる細胞)が含まれていることから美容やアンチエイジングに効果を期待している人が多いらしい。残念ながら根拠レスなのだが、そういった期待に乗じてやっているクリニックがあったということだろう。供給数が少ないとうこともあるだろうが、基本的に人の弱みにつけ込む悪徳医療なので、高額だ。


偽物医療には共通のキーワード


以前このblogでも書いた(⇛詐欺医療に騙されるな)が、偽物の医療には幾つか共通しているキーワードがある。以前書いたのは、


どんな癌でも治る、免疫力をアップする、気の流れを正す、
邪気を取り除く、生命エネルギー、現代医学では治せない、
学会では認められない、誰もが習得できる、克服した方々の体験談


といったキーワードで、それは今でも変わらない。
改めて強調しておきたいポイントは以下。


1.どんな病気にも効く治療法は存在しない

2.「超自然、スピリチュアル、波動、量子、~エネルギー」は偽物の目印

3.「学会では認められていない」という殺し文句に気をつけよう

4.「体験談」は危ない

5.幾つかの医療は医師自身もビリーバーさん(に思える)な詐欺医療。代表格はホメオパシー、Oリング、メタトロンなど。


あらゆる治療に完全なものは無く、メリットとデメリットの双方があることは念頭に置いて欲しいと思う。残念ながら何にでも効く治療なんて無い。だから、効能として、「どんな病気にも効く」「あらゆる疾患の原因として~があります」みたいな治療法の全能性や、極端に包括的な疾患原因を説くような文章を見たらそれだけで嘘と判定していい。


疑似科学に基づいた偽物医療の最大のキーワードは、「万能」。

波動とか量子とか、「気」とか邪気だとか…そんな計測できないものの流れを正す、といった文句が踊っている「治療法」はとても多いが、現実にないものを根拠にされては困る。


さらに、こういった言葉を使う施術者がその独自な妄想理論を東洋医学的医療と結びつけていることが多いのも特徴で、非常に残念というか…。*2


研究する身からすれば「学会」への信用度が一部の方に低いのは残念。革新的な医療は学会の大物が認めない、とか、そういう治療を推進する側を排除に動くように思われているんじゃなかろうか。


これも前にも書いたが、学会というのはマトモであれば自由な討論がされるし、革新的な医療技術や理論にはオープンだ。通常構成員は可能な限り自らが関わる病期を治したい、何かしらの役に立ちたいと願っているため、もし素晴らしい医療技術があるならそれを取り入れない理由は無い。


体験談の類が強調されるのは、根拠の部分がきちんとしていないからなんだろう。百聞は一見に如かず、実体験に勝るものはない、と思う気持ちは理解できるが、とりあえず以下を考えて欲しい。


・あなたと体験者は違う人間であり、治療の反応性は異なる可能性
   (もちろん、副作用も)
・診断と見立てがそもそも間違っていた
   (少なくない割合でこれではないか)     
・「治った」と思った体験者の実感は体験談を書いた時だけ
   (プラセボ効果も確実にあるだろう)     
代替療法にハマる前もしくは同時に受けた標準的治療が実は効いていた
   (時間的タイミングが合えば効いたと勘違い可能)     
・体験者の自然治癒力が素晴らしかった
   (これがあることは否定しない。ごくまれには奇跡もある)

奇跡の体験談に溢れるといえば、高額な「がん免疫療法」。
がん患者の血液を回収し、その中に含まれるがん細胞を攻撃するキラーT細胞やNK(ナチュラルキラー)細胞を活性化し、元に戻すという手法が多い。が、殆どは実際には効果が無い。がんを免疫で治す、というのはdneuroが学生だった20年以上前からマスコミを踊ったが結局実現してこなかった。話題の抗がん剤オプジーボ」は遂に出てきた免疫系に働く薬なのだ。


さて、偽物医療、と書くものの、これらは詐欺なのか?
「詐欺」が成立するのは他人を意識的に騙す意図が必要なはず。法的には「効果が無い=詐欺」ではなく、詐欺として成立するなら施術者が信じ込んでいては駄目なのだ(だから告発されないのかな…)。


例えばホメオパシーはレメディなる砂糖玉や水を用いるが、本当に信じている医師も多い。dneuroの先輩筋に当たる方が心からのビリーバーになってショックを受けた経験は忘れられないが、彼らに科学的根拠は通じず、詐欺医療をやっている自覚は無い。*3


儲け主義の危うい魅力

疑似科学との境界すれすれという行為(敢えて医療行為とは言わない)を稼ぎにしているクリニックは検索すれば数知れず。


それは、にんにく注射デトックス注射、ビタミンC注射、グルタチオン注射、それにプラセンタといったところか。点滴療法なるものを謳うのも入る。


ビタミンの場合にはそれぞれの中に入っているのはビタミンB1だったり(にんにく注射)、ビタミンCだったりと普通に食べ物やサプリからとれるビタミンを直接注射することによってあたかも効力がとても増強されるかのように宣伝していることが多い。

デトックス注射の成分はどうやら各医療機関独自の成分配合があるらしい。ビタミンB1やC、それに肝臓機能を補強するという触れ込みのグリチルリチンに抗酸化物質グルタチオンなどをブレンドしているようだ。


大体どのクリニックでも1回の注射2000円~5000円の範囲内か。こういった行為は、その成分が少なくても毒ではない。自費で納得づくならまあ違法性はないわなと思う。


が、明らかに効果に関しては、信じる者は救われる程度の価値でしか無い。ビタミンは食べ物で取ったら?と思うし、グルタチオンも体内では容易に酸化されてしまうしねえ。


点滴はするくらいならスポーツドリンク飲めば?と思うのだが、二日酔いに対する代謝促進目的のビタミンB1投与と水分負荷という意味では効果が無いとは言えないか。ただ、極度の下戸のdneuroは研修医時代に結構やってもらったけど、自覚的辛さはほとんど軽減しませんでした…。



プラセンタ?いやプラセンタ注射液「メルスモン」は複数アミノ酸の配合製剤であり、それに過ぎないというか…食べ物やサプリで十分では?という成分内容。


胎盤製剤メルスモン


そのサイトから…


国内の、感染のない健康なヒト胎盤を原料とし、多種アミノ酸を含有しています。ホルモン、たんぱく質は含有しておりません。
酸で加水分解し、最終滅菌(121℃ 30分間)するなど、感染症に対する安全対策を講じていますが、理論的に未知のウイルス等の危険を完全に排除することは困難です。


なるほど、胎盤原料を酸処理し、滅菌のため高圧加熱しているからタンパク質やホルモンは分解して跡形も無いわけで、アミノ酸が残ったわけね。どうやら期待する皆さんが欲しい成分はほとんど分解されているようだ。


眉唾な効果、注射費用、医療機関へのアクセスに使う時間と手間、そして拭い去れない未知の感染の危険などを考えたら割に合わないと思うのだが…。


さい帯血やプラセンタ注射への信仰は「若い血」がアンチエイジング効果を持つという発想から来るのか…実際そういう動物実験はあるのだが、血液は本質的に汚いものであり、もっと直接的なアンチエイジング物質の開発を待ちたいよ(⇛不老の薬があるかもしれない)。


結局これらは、人の何となく良いのではという漠然とした期待や、もっと健康でいるために少しでもいいものを取らなきゃという不安を利用した悪徳すれすれの医療ビジネスとしか思えんのですよ。


というわけで、dneuroの勤めるクリニックでもやればとても儲かると思いますが、やりませんよ。


でもどうしても試したい?

誰だったか失念したが、エビデンスのはっきりしない医療行為でもその効果を確認したければ6回まではやってみて評価してみよう、と書いていた方がいた。


ダメダメと言われてもひょっとして、と期待を持つのが人間だし、少しはやってみないと不満が溜まりそうだ。なので、どうしても試したけければ、6回まで受けてみればどうですかね。



代替医療解剖 (新潮文庫)

代替医療解剖 (新潮文庫)

よくある代替医療である、鍼、カイロプラクティック、そしてホメオパシーについて、歴史とともにどんな「根拠」がそこにあるのか、それがどれだけ非科学的かをわかりやすく解説。魔法のような鍼麻酔の映像を見た人がいると思うが、実は事前にしっかりと静脈麻酔薬を打たれていたりという内幕に驚く。また、瀉血のように誤った「標準医療」があった歴史は教訓としたいもの。


わたしたちはなぜ「科学」にだまされるのか―ニセ科学の本性を暴く

わたしたちはなぜ「科学」にだまされるのか―ニセ科学の本性を暴く

ちょっと古いが、著者は物理学教授。詐欺医療もその理論は「科学」的な装いを身にまとう。そうしないと人は欺かれないから。医学だけでなく、宇宙開発、永久機関、エイリアンによる誘拐(アブダクション)なども扱われる。送電線はいかにも強力な電磁場によって周囲に悪影響(例えば白血病とか)を及ぼしそうだが、そのような事実は無いことをこの本で知ってもらうと安心できるはず。


トンデモ本の世界―MONDO TONDEMO

トンデモ本の世界―MONDO TONDEMO

科学を装う偽物を判別するには訓練が必要だが、どうせなら笑いながら学べるといい。「と学会」はSF作家を中心に疑似科学本の謳う根拠を看破というよりは笑い飛ばす本を多数出しており、一部には反感もあるようだけども、UFOの矢追純一とか、ノストラダムス五島勉とか40代より上の世代には香ばしい作家陣の著作も俎上に乗って面白い。絶版なのは残念。


フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

本論と関係無いが、紹介した「代替医療解剖」の著者サイモン・シン出世作フェルマーの最終定理は超有名な定理(⇛wiki)。誰でも内容がわかるために、そのプロ数学者のみならず沢山のアマチュアがその証明に取り組んでは跳ね返された。定理として予想されて360年、遂に証明したのがアンドリュー・ワイルズというイギリス人数学者。7年間にもわたって秘密主義を貫いて証明したエピソードに驚く。もうあいつも終わった…なんて陰口もあったらしい。数学の天才たちが残した数々のエピソードは絶対退屈しないので誰にもお勧め。数学の素養は要りません。

*1:dneuroの学生時代に小児科で受け持った患者さんが日本で最初のさい帯血移植された女の子。その後無事に育ったはず…と感慨深いのだが、当事者が将来病気になった時や、再生医療に大きな可能性があるさい帯血が十分に管理されていないのは余りに勿体無い。

*2:漢方医学の理論的文脈の中で「気の流れ」「水(すいと読む)や血(けつと読む)のうっ滞」などの説明が出てくることがあるが、現実に存在しているのではなく、東洋医学的治療や漢方を使うための方便と捉えていたほうがいい。そういった「理論」は、東洋医学を発展させたかつての中国人が、目の前の病気の症状や治療のメカニズムを説明するために思念的に作り出したもの。解剖とかしなかったですからね。

*3:ホメオパシーには「微量の法則」というのがあり、効果を期待する成分を薄く限りなく希釈したものほど効果が強まると考える。標準的には100倍希釈を30回繰り返すという。それはもうただの水である。そこには元の物質は原子レベルですら残っておらず、敢えて言えば、水+不純物。