オキシトシンはどうなっている?(1)

愛情ホルモン、オキシトシンASD治療に有効だと言われて久しい。
臨床治験も現在進行中だし、ASD治療薬(と書くのは抵抗があるのだが、それは後述)としてのオキシトシンの現在地を確かめたい。


オキシトシンについて
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オキシトシン(⇛Wiki)は脳下垂体(図参照)から分泌されるホルモン。dneuroの世代としては、子宮収縮を増強して分娩を促進する働きや乳汁分泌を促すホルモンとして習い、まあ産婦人科か、内分泌專門じゃないと日常意識しないよね、という程度の意識でしかなかったのだが、近年は愛情を育むホルモンではないかとの認識が広まったことで意識せざるを得ない。一般的に注目されているのは、このオキシトシンが、Wikipediaにも記載があるように、赤ちゃんを抱っこする、異性と手をつなぐ、セックスをした後などに高まることによって相手を慈しむ感情に影響しているらしいこと、それになんといっても自閉症のコミュニケーション・情緒障害に対して治療効果を持つかも、という期待のせいだろう。もっとも、前段の色んなことしたあとにオキシトシンが高まる、に関してdneuroは根拠文献未読ですが...。


勝手に使うのは時期尚早
このオキシトシンアミノ酸が連なったペプチド(ごく小さなタンパク質と思っていい)という構造であり、飲んでも残念ながら消化管で分解されて吸収はされない。だから、効果発揮のためには直接脳に届けるしか無いのだが、実は鼻の粘膜は中枢神経に通じているので、オキシトシンも鼻の奥にスプレーするのが投与法となる(図参照)。*1


というわけで、鼻へ届けるスプレーが個人輸入でも購入可能であり、発達障害(の中でも自閉症スペクトラム障害:ASD)を診断された人、もしくはそう疑われるケースについて、特に親御さんが子供にスプレーして効果があったという報告もネット上には多く寄稿されているわけです。


一方で、実際の効果に関しては、厳密な条件が設定された上での臨床治験が現在進行しており、その一部に有望そうな結果がありそうではあるが、とはいえ本当に目的に適う結果がえられるかどうかについては結論が出ていない。


こういう場合、医師としては「しっかり結果が出るまで待つべき」としか公式には言えない。dneuro個人的にも実際にスプレーするには躊躇する結果しか今は出ていないので、今日と次回はそのための判断材料として。


オキシトシンの効果についてのエビデンス
まずは2015年のNature誌の記事から。オキシトシンが脳にどう影響するのかの知見がまとめられている。
www.nature.com



基礎研究的にはマウスやラットが多く用いられているが、例えば赤ん坊マウスの鳴き声を聞いた時にオキシトシンが投与されると、神経活動が母親に近いものになる。だから研究者によれば「オキシトシンは脳を子供の声に反応するように作り変える」。2013年のラットの研究ではオキシトシンは神経回路の背景ノイズを減らし、刺激に対して反応しやすくする。そのおかげか、動物では他の個体に対する匂いに注意が払えるようになるという。


一方、人においてはオキシトシン投与により、投資ゲームで相手をより信頼して与える金額が増したり、人の顔を見る時に目を見る時間が増えたり、表情からかすかな感情の変化を感じ取ることができるようになるなどの報告がある。全体的には人への信頼や、感情交流が増すことを期待される効果なのだろう。



実際にオキシトシンASDへの投与が一時的に共感性や社会的協働度を上げる研究が続いたが、一方で複数回投与(継続投与)がそういった効果を持つことは確認できていない。


そういった事情もありオキシトシンを自分で購入して(アメリカでも適応外)子供や配偶者や自分に使っていることに関しては研究者も懸念を抱いている。


可能性はあるが上手く使わないと、という気がする
Nature誌の記事を踏まえると、期待はできるが簡単には使えないよ、という趣旨が垣間見える。結局は進行している臨床試験の結果を待たないと公的には責任あることは言えないので当然か。


dneuroも当然期待する部分はあれども、動物実験で示されたように、直接に信頼や愛情をもたらすよりも神経回路のノイズを減らして、今受けている刺激に対する感受性を増すのでは?という研究がもっともらしく感じる。であれば、そこで何か本人にとって悪いことがなされた時にオキシトシンが高まってしまうと、逆に敵意や悪感情が高まってしまうのではないかと危惧するわけです。基礎実験では、良いことを期待して実験計画を練るしなあと。


それに最初にオキシトシンが人への信頼性を高めるという主張の根拠になった行動実験の論文を読んでみると、正直そんなに凄い効果かなあと思わざるを得ない(2005年、Nature誌。⇛原著はコチラ)


といったわけで、人の情緒にオキシトシンが影響を与えるところまでは同意するけれども、それがどういう状況で、どれだけの量が必要で、どんな人に対して効果が期待できるのか、はきちんと知りたいわけです。


次回、別な論文をもとにもう一度取り上げます。


ところで、オキシトシンと言えば、プレーリーハタネズミ。
遺伝子の変化によって恋に落ちるプレーリーハタネズミ:科学ニュースの森


アメリカに住むこのネズミは一夫一婦制の関係を持つのだが、オキシトシンが、似た構造を持つバソプレシンというホルモンと共に重要な役割を演じているらしい。乱交配のサンガクハタネズミに両ホルモンを与えると、一夫一婦制に変わる、というから人間に当てはめると確かにオキシトシンは惚れ薬になる可能性もあるかなあと思ったりはする。


生理学テキスト

生理学テキスト

医学生含む医療系学生に人気の少し易しめの生理学テキスト。手持ちの第5版(2007年)で既に、オキシトシンに関しては「脳の情動や社会的行動に関係する扁桃体などに作用し、動物ではつがいや親仔を結びつけ接近させる作用を持つ。...オキシトシンは社会的行動を円滑にする働きがある」と記載が。ちなみに医学生諸君はこのテキストで満足してはいけません。


長英逃亡〈上〉 (新潮文庫)

長英逃亡〈上〉 (新潮文庫)

今日のと関係は無いですが、医学史系の紹介として。
高野長英は幕末にいた医師。鎖国下日本に多大な知識をもたらしたオランダ人シーボルトの高弟だった彼は、蘭学の天才の誉れ高く、次第に医業に飽き足らなくなって、当時の幕府が持つ国防体制では列強に太刀打ちできないことを著書で激しく指弾した。終身禁固刑(永牢)となり小伝馬町の牢屋にとらわれて5年、放火を誘導して脱獄に成功はしたが以後逃避行を続ける、という話。当時の日本は今に比べれば格段に通信手段が無いのに、それでも潜伏し続けるのは難しかったことに驚愕する。

*1:知人の話だが、このスプレーは実は結構刺激的で、これだけでもASDのお子さんには辛いのでは?と思ったりする。それになかなかしっかりと鼻の奥にスプレーするのは難しいので、そういった意味でも、オキシトシンがどれだけ脳に到達しているのやら、とは思う。