医学生は将来ダークサイドに落ちないでね

研究者の中で気の置けない仲間と話していると、時折「あぁあの人はダークサイドに落ちたね」と語ることがある。
それが他のグループでもそうなのかはわからないが、分かる人はわかると思う。

ダークサイドに落ちるとはなに?と疑問抱くかと思うが、我々の仲間内では凡そ以下のような場合が当てはまる。


1.誤っている可能性が高いことを正しいことのように発信する。
2.確定していない学説や俗説を、証明されたかのようにパブリックな場で断言する。


医者の場合は、その行為(医療行為)に影響力が強く、また誤用や悪用で金儲けができてしまうため、ダークサイドに落ちる罪は大きい。


ちなみに、ここでいう正誤の判断は、現在入手できる科学的根拠(エビデンス)に依拠している。


ただ、何が正しいか、というのは厳密には難しくて、信頼の高い学術雑誌(NatureやScienceを筆頭とする科学誌のことです)これまでに積み上がった証拠から恐らくは本当だろうという推測が十分に成り立っている仮説(例えば恐竜の絶滅にはユカタン半島に落ちた巨大な隕石が関係している、とか)などあるわけだが、記憶にまだ新しい小保方さんのSTAP細胞騒動とか、論文捏造で話題になった降圧薬ディオバンの事件などがあるわけで、権威だから絶対的でないというのもある。



ダークサイド医療ってなんだ
定義は難しいけれども、


エビデンスがまだ確立されていないものを、さも確立されたかのように患者(読み手、聞き手)へ情報提供し、実際に医療行為(保険・自費問わず)を行うこと


かな。


以前疑似医学入門という記事を書いたが、そこに挙げたように具体的なキーワードは例えば以下だ(再掲)。


ホメオパシーマイナスイオン手当て療法(気の注入)、高濃度酸素水、活性水素水、バイオリズム、ゲーム脳酵素療法、がん免疫療法、EM菌…


この中には、え?それって何らかの根拠があるんじゃないの?と思うのもあると思う。


例えばホメオパシーは、日本ホメオパシー医学協会(JAHMA)といったいかにも根拠持って実践していそうな団体まであるので、科学的根拠があると誤解されやすい。だけど、JAHMA自体が認めているように、「効く」根拠は「科学的に証明されていない」(ホメオパシーとは)。認めていないのに、効果をうたえるというのは謎としか思えない。


あれ、がん免疫療法はどうなの?と言う人もいるかもしれない。そう、つい最近話題になっているオプシーボ、あれ免疫療法じゃないの?と思う人は鋭いが、今回話題にするものとは全く違うもの。


喧伝された免疫療法は、人が自然に持っていて、がん細胞を見つけて殺すというナチュラルキラー細胞(NK細胞)を個人から抽出し、それを何らかの処置によって活性化・増殖させてまた取ってきた本人に戻すことでガンをやっつけるという形で沢山の診療所が自費で行っていた(いる?)。


実はdneuroが初めてそれを知ったのは医学部に入学した年(20年以上前だ)で、NHKで紹介された番組だった。採取した血液に、幾つかの漢方薬ブレンドしたものを振りかけて活性化させ、それを戻すことで末期がんの方も助かるという。


既に医学部に入学していたので、こんな凄い治療を将来習うのかと胸踊らせたし本も読んだが、待てど暮せどそんなことは習わない。まだ未確立だからかと何となく納得していたものの、いくら待っても同種の「免疫療法」がちゃんと紹介されることは今に至るまで無く、結局理論的期待だけの、カッコつきの治療行為でしか無いことがわかった。本当に効果がある治療を学会が放っておくというのはまずあり得ないことだ。それに効きめがあるとわからない、有効・無効の指標になる数字が示されていないところが殆どで、それに賭けるには余りに高すぎるんですよ、正直。最後の賭けに投資してどのくらいの方が失意を抱いたのか知りたい。ガンで死んだ親父にやってみる気にもならなかったのは言うまでもない。



上記気をつけるべきキーワードの他のは説明するまでもなく全てまやかしだが、水素水に関してはこの間国民生活センターから解析結果出ましたね。


でも更に付け加えると、
にんにく注射、プラセンタ、点滴療法、グルタチオン点滴といったのをうたっているのは、全て金儲け狙い。まあ納得づくのニーズがあるならしょうがないかもしれませんが…。



我が精神科領域ではどうだろう
精神科医療は、かつて学生運動華やかなりし頃は医療自体否定されることもあったようだが、現代では形を変えて、「薬物療法は悪だ」と声高に叫ぶ人(医師も!)、雑誌が出てきているし、それについての批判は以前書いた(⇛週刊現代の医学批判を考える)。


最近罪が重いと感じるのは、これまた以前書いたNIRS(光トポグラフィー検査)に関して、何だか広告が増えてきたことで、うつ病診断の決め手みたいに宣伝している医院もあるが、根拠レスなのは以前書いた通り。


光でうつが診断できる? ちょっとそれはという問題 (1)
光でうつが診断できる? ちょっとそれはという問題 (2)


NIRSに関しては最近日本うつ病学会も、安易なNIRS検査に意義が無いことを声明として発表している。

双極性障害およびうつ病の診断における光トポグラフィー検査の意義についての声明


ただ、なんというか、dneuro的には以前書いた通りどんなに注意深くやっても少なくてもうつ病の診断には意味を感じないので、保険適応になったこと自体が誤っていると感じる。私のクリニックで出来ないこともないが、うつ病双極性障害診断目的にはやりませんよ。


他にセロトニン濃度測定でうつ病の重症度診断、なんてのも似たようなもんだ。


それにしてもなんでまたダークサイドに落ちる医者が後を絶たないのか...
ある意味、わざと、意識的に、金儲けのためにやっているのであれば、おかしなこと、間違っていることはわかっているわけで、むしろ心配は、ビリーバーさんになっていること。その背景には医学部で科学的思考が身につかないことにある。



捏造の科学者 STAP細胞事件

捏造の科学者 STAP細胞事件

STAP細胞騒動をめぐる、毎日記者の書いた本。以前も紹介したが、未だに小保方さんビリーバーの人が結構いるのは、あの外見から嘘(よく言って誤解)が出てくるのは信じたくない心性が働くからか。笹井教授は同じ男として気の毒と思う面もあるが、あの遺書は罪深い。



論文捏造 (中公新書ラクレ)

論文捏造 (中公新書ラクレ)

  • 作者:村松 秀
  • 発売日: 2006/09/01
  • メディア: 新書
この本の主人公というべきか、ドイツ人物理学者ヘンドリック・シェーンは短期間に次々とサイエンス誌やネイチャー誌に論文を載せ、一躍ヒーローになったが一転全部捏造だったことが発覚した偽論文著者だ。その嘘が発覚していく過程は不謹慎だがスリリングで、正直興奮するくらい面白い。NHKの放送はYouTubeで探したらあったのでそちらも是非。