読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ドラマ「無痛」と先天性無痛症

久坂部羊の「無痛」を原作にフジがドラマにしているが、重要人物の1人(イバラ君)が先天性無痛症だという。


無痛 (幻冬舎文庫)

無痛 (幻冬舎文庫)

ドラマの後読もうと思っているので未読です。


さて、先天性無痛症が一体どういう病気なのか、学生相手の講義で扱うこともあるのでそんな内容を。若干危惧するのは、ドラマでは無痛症のイバラ君が残虐行為をしている描写があり、それが肉体的に無痛であることと関連があるかのように思える人もいるだろう。実際にはそういうことはないので、その点はあくまでもフィクション*1


    先天性無痛無汗症(Wiki)
    先天性無痛症(難病疾病センター)


無痛は羨ましいと思う人もいるかもしれないが、少なくても病気でない、普通の状態で無痛になってしまうと実はとても困る。


痛み、は身体に危険が迫ってるぞという警告であるのに、それを感じない先天性無痛症の子供は危険を避けることを学習できない。爪を噛めば肉を噛み切ってしまうし、高所から飛び降りて骨折をしても痛みを感じないから動き続ける。普通であれば痛みがあるからこそ固定に従うがそれも無いため動かしてしまうし、傷も化膿する。当然治りは悪く骨は変形して治癒する。風邪を引いて高熱が出てもそれを感じないから動き続けるし、感染症でお腹に病変があったりしても痛みを感じないから治療の機会を逸し、病状は悪化する。そんなこんなで早死にする子は多く、後述の文献によれば3歳までに20%の子が死去、大人まで生き延びないことが多いとされている。


先天性無痛症の子たち

f:id:neurophys11:20160928224433j:plain:w300:right

この図の子は先天性無痛症の12歳の男の子。普通の両親から問題なく生まれたが、6か月児に父親のタバコでお腹に火傷を負ったのに何の反応も無かったという。写真は12歳論文著者たちの病院受診時の写真らしい。口角(口の端)が傷つき、指の爪は短く指先の変形があり、X線で見る大腿骨頭は破壊が進んでいる。病気は次の子と同じ。



CNNの特集を見てみよう (英語ですが)。

www.youtube.com

この映像の主人公ロベルト君4歳は先天性無痛症。空腹も一種の痛みなのか、生まれたときからお腹も空かず、従ってミルクは無理やり飲ませていた。痛みを感じないで動き回り、身体は傷だらけとなった彼に診断されたのは遺伝性感覚性自律神経ニューロパチーIV型(Hereditary Sensory Autonomic Neuropathy IV)。無痛という感覚障害と自律神経に問題のある神経病という意味。この病気は遺伝性疾患で、実は無痛であるだけでなく、汗もかけない。汗を出しての体温調節が出来ないから夏は地獄である。クーラーの存在が死活問題だ。そしてこのような無痛で無汗という悪条件が揃った上に彼は多動なのだ。痛みを感じず動き回るから怪我が絶えない。
そんな彼を支援するための募金活動があった(⇛Help Roberto)が、2009年を境に更新されていないので亡くなったのかもしれない。


さて、「痛み」は身体への警告だと書いた。すなわち、痛みがあることで我々はその原因となるものを避けて安全に行動するし、痛みがあるから病気だとわかって治療に向かう。


痛みを感じる経路
痛みを感じる末梢神経(主に皮膚に分布)の興奮⇛脊髄から脳へと情報の伝達⇛視床⇛大脳皮質    
    詳しく知りたければ⇛痛覚(脳科学辞典)


先天性無痛症の人は、感覚の出発点、すなわち皮膚に分布する痛覚神経の数が非常に少ない、もしくは興奮しづらいようだ。一方で、他の感覚神経は正常に分布し、大脳皮質に至る感覚経路も正常だから、痛覚以外の皮膚感覚(体性感覚という:触覚、圧覚、振動覚など)は感じる(ビデオでもロベルト君はくすぐられたら笑ってた)。


患者会ガイドラインがある
先天性無痛症の発症は、遺伝形式が常染色体劣性であることで極めて稀である(高校生物の復習なら⇛メンデル遺伝と疾患)。原因遺伝子の異常(変異)を素因として持っている両親が揃った上で子供に引き継がれる確率は1/4。もともとそういった素因(原因遺伝子変異を染色体上の片方に持つ)を持っている確率そのものが低いため、100万人に1人程度の発症のようだ*2。だが、日本の人口は1億人以上いることを考えると、全国に少なくても100人以上居る。


稀な疾患には同じ病気を持つ患者会家族会の果たす役割が大きい。情報だけでなく、同じ病気を持つ者、家族にしかわからない苦労や喜びが共有できる。また、まとまることで発言に影響も持てる。日本にも家族会があり、今回のドラマにおける先天性無痛症の描き方について意見を表明し、フジテレビもそれに応じたようだ。


   NPO 先天性無痛無汗の会 「トゥモロウ」

トゥモロウさんの作ったガイドラインは内容がとても充実しており、少しでも関心を持った人には役に立つだろう。
   改訂版 先天性無痛無汗症〜難病の理解と生活支援のために〜 (pdf)


アメリカでは同じ病気を持つ本人・家族がキャンプを開催している。
   Camp Painless But Hopeful


このキャンプの中心になっていた女の子、Ashlyn Blockerさん、2012年に元気な姿をテレビに見せていたが、今でも元気でありますように。



www.youtube.com

  

*1:肉体的な痛みがないのは精神的な痛みが無いことにはならない。作中のイバラ君は好きな人物の苦悩を自分の(精神的な)痛みとして感じる心優しい人物であり、決して悪人としては描いていない。

*2:原因遺伝子はNTRK1遺伝子である。神経栄養因子NGFというタンパク質は神経を伸ばす作用があるが、それを受け取るタンパク質がNTRK遺伝子から作られる(TrkA受容体)。このNTRK遺伝子に変異があるため作られるタンパク質が異常となり、NGFを受け取れない痛覚神経が正常に発達しない。この遺伝子素因を500人に1人が持つとしたら、500人に1人同士が出会う確率が1/500x1/500で25万分の1、さらに4人に1人の確率で子供が発症するので、100万人に1人の計算になる。ただ実際にはそもそもどれくらいの確率で素因を持っているかはっきりわかっていない。