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認知症でトイレを失敗する理由

認知症の方の外来をしていると、トイレを失敗してしまうのはなぜ?という疑問を聞かれることがある。


認知症のタイプにもよるのだろうけど、ここではアルツハイマー認知症で考えてみたい。


アルツハイマー認知症というと、「おじいちゃんボケてきたかしら?」と周囲が心配する記銘力障害すなわち新しいことを記憶できない、すぐに忘れてしまう、を思い出す方は多いと思う。これは、大脳の側頭葉深部にある海馬という組織が萎縮をするからだ。海馬は物を覚える際に、とりわけ出来事(医学界隈ではエピソードという)や単語の意味を記憶する場合に主要な働きを担い、永続的に記憶を保存する大脳皮質との橋渡し的な役割を果たしている。MRIでもアルツハイマー認知症では、初期から海馬およびその周辺の萎縮を見ることが多い。


一方で、アルツハイマー認知症の初期から問題になってくるのは実はもう1つあって、頭頂葉症状である。

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頭頂葉は読んで字の如く、大脳皮質の上部を指し、あなたの触覚、暖かさや冷たさ、そして痛みを感じるときに最初に反応する大脳皮質部位である一次感覚野や、手足や顔を動かすための司令を末梢神経に発する一次運動野が存在している。頭頂葉脳卒中を起こすと身体が麻痺するのはよく知られている。


で、頭頂葉が萎縮してくると、感覚と運動を統合し、外界に正確に反応して身体を動かすことができなくなる。それが、例えば服の裏表がわからなくなって変な着方をしてしまう(着衣失行)、ちょっとした図形を把握したり書いたりできなくなる(構成失行)、椅子に身体をどちら向きにして腰掛ければ良いかわからない(定位障害)、物の形が見えていても正確に把握できない(形態失認)といった症状として出てくる。


     失行…以前はできていた行為ができなくなること
     失認…感覚を通じた認知ができないこと*1


そう、トイレの失敗は恐らくこの頭頂葉障害が大きく出た結果だ。便器や便座の位置はわかっても身体や、男なら自分のアレをどの方向に向けたらいいかわからない、もしくは頭で考えた方向に向けられないのだろう。


それは努力すれば出来るというよりも、能力的な問題になっている。
だから、「おじいちゃん、きれいに使ってよ!!」と叱っても無意味なのだ。
やろうと思ったって出来ないんだから。


では解決はオムツか?
もちろんオムツは選択肢の1つだけど、トイレ失敗するから即オムツというのでは人としての尊厳に関わる、と自分なら思う。


なので、どの程度の失行・失認状態にあるのかは知りたい。軽い形態失認であれば便器がわかりやすく周囲から目立っていれば上手くできるかもしれない。ピンクなどの目立つ色の便座カバーをかけるとか。他にも、夜失敗する人にはトイレは一晩中電気を点けておく、便器内に目標を設置する(男子便器ならハエの絵とか⇛スキポールのトイレのハエ)。どうしてもトイレではないけど同じ場所で排泄をするのであれば、思い切ってそこで出来るようにしておくとか…。


定位障害の人は、便器に座るという動作はしようとするはずなので、誘導可能な環境なら誘導して示してあげる、便座にお尻の位置を固定できるようにするとか…いやこういったことは介護の専門家が沢山のアイディアをお持ちなはずだけども…。夜間トイレに起きることが多いのは認知症の方も一緒だが、トイレをずっと明るくしておくのも役立つかもしれない。


埼玉は和光病院の介護ケアTips。
上述のトイレ介護の工夫もこの本に幾つか。


認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ (介護ライブラリー)

認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ (介護ライブラリー)

認知症の人の能力低下に厳しい・キツイ言葉かけしても意味は無いので、気持ちが落ち着く声掛けは大事。

*1:失行は一度獲得した能力の喪失だが、失認は必ずしもそうじゃない。相貌失認と言って人の顔がわからない人がいる。右頭頂葉の損傷(梗塞、出血、外傷など)で起こることもあるが、もともと相貌失認状態な人もいる。そういう人は顔で人を覚えられない。