読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

平成28年度診療報酬改定は精神科における多剤併用大量療法を駆逐するか?

治療

精神科医療界には多剤併用大量療法という問題があった(今でも無いとはいえない)。
日本精神医療の黒歴史の1つ。


多剤併用大量療法だった日本
f:id:neurophys11:20160830224844p:plain:w300:right
特に統合失調症治療において、幻覚・妄想を和らげる抗精神病薬を複数、その副作用対策としての抗パーキンソン病薬、便秘薬、さらには夜は寝られないからと睡眠薬を複数種類といった多剤併用大量療法が漫然とされてきた経緯がある。
図はかつて私が単科精神病院から引き継いだ患者さんの処方だ。時期としては2000年代後半。抗精神病薬が5種類、感情安定薬1種類、睡眠薬2種類(ただしベゲタミンA*1という薬は3種混合薬なので、事実上は4種類)、それに副作用どめとしての抗パーキンソン病薬が2種類に、便秘薬が2種類。服薬時の錠数は朝8錠、昼9錠、夜13錠それに毎食後1包粉薬(アローゼン)。想像してみて欲しい、もはやそれ自体食事といっていい。


f:id:neurophys11:20160830225308p:plain:w300:left
こういうもんじゃないの?と言う方にはもう1つ中医協の資料を見てもらおう。諸外国との抗精神病薬の投与剤数比較だが、ほとんどの国が単剤治療で80%越えなのに対して、日本だけが3剤以上の割合が一番高い。2004年ですら50%。どうしてこうなった?というのは1回分として考察を今度書きたい*2が、いずれにしても、日本がかなり特殊な状態であったのは一目瞭然だ。もちろん、疾患に対する悪影響だけでなく、多剤併用大量であることは医療費を増やす。まして合併症をもたらすのであれば余計に医療費が増すという医療経済的悪影響も考えていい。


診療報酬の改訂が世界スタンダードの治療を導く?
さて改めて統合失調症治療を考えた時に、抗精神病薬はほぼ必須なのだが、その使用原則は同系統の薬の単剤(一種類)使用である。これは同じ作用機序を持つ複数の薬を組み合わせて使っても効果が単剤をはっきり上回ることは無く、かえって副作用だけが増し、ひいては死亡率も上がったという過去の研究成果でもある。必ずしも統合失調症だけに当てはまることではなく、躁うつ病(双極性障害)やうつ病をはじめとした他の精神疾患でも基本的には同じ発想をする。


  ただし、同じ作用機序という但し書きを書いたように、別な作用メカニズムの薬を
  組み合わせて効果の増大を狙う、ということはあり得ることには注意。同じ抗精神病薬
  カテゴリー内でも作用機序を考えたうえでの併用が完全に駄目というわけでもないと
  思うのだが。


単剤使用というグローバル・スタンダードが日本でもようやく標準になってきたのが2000年頃からの10年。dneuroが医者になり研修を開始した時期とちょうど重なる。それ以後は多剤併用大量療法に対しての忌避感が医者の間にも強まり、少なくても新規発症の患者には単剤使用が原則となった。


こういった中、おそらくは入院患者において単剤への切り替えがなかなか進まないこともあり、平成26年度の診療報酬改定でかなり画期的なことが決定された。それは、「1回の処方において、3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、4種類以上の抗うつ薬又は4種類以上の抗精神病薬を投与した場合」に精神科継続外来支援・指導料を算定せず、処方せん料、処方料、薬剤料を減額するというものだった。多剤併用のままではペナルティが課されたのだ。


ただ、これはかなり甘い規定であり、抗うつ薬抗精神病薬も3種類までは事実上全く問題ない、というものだ。さらに言えば精神科継続外来支援・指導料は入院中の患者に適用するものだから、外来のみの診療所への影響は少なかった。


ということで、2年後の平成28年度、すなわち今年の診療報酬改定では「3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、3種類以上の抗うつ薬又 は3種類以上の抗精神病薬の投薬」が処方された場合には、外来患者に算定する、通院・在宅精神療法を50%に減額する決定がなされた。すなわち、抗精神病薬抗うつ薬睡眠薬抗不安薬という精神科でメインに使う薬はそれぞれのカテゴリーにおいて事実上2種類までと制限をされたのだ。もちろん、やむを得ない場合の例外規定はある*3のだが、規定を超えて処方する患者がいる場合には3ヶ月に1回の報告義務も課せられた。


 興味のある方は⇛ 平成28年度診療報酬改定の概要
      関係有るのはP.102 向精神薬の適切な処方の促進


これは処方行動に及ぼす影響が大であると思う。
日本では保険診療を中心に医療が回っている以上、診療報酬上規定がある場合にはそれを外れるわけにはいかないのだ。だから、今現在冒頭に示したような多剤併用大量療法をしている場合、医師は抗精神病薬の種類を減らすよう調整していくだろう。結果、副作用の軽減⇛副作用どめの減量といった良循環も期待できる。報告義務も有用だ。面倒なことは減らしたいものだ。


この改定は、医師の処方行動を世界のスタンダードであり、かつエビデンスのある治療に誘導する、患者にとって良いものである。
すでに外来の現場においては、世界的に標準的と言える処方行動がほとんどの場合実現していると思うのだが、今回の改定でよりその傾向が進んでいくと個人的には思っている。


2016-2017年度版 イラスト図解 医療費のしくみ

2016-2017年度版 イラスト図解 医療費のしくみ

日本の医療制度の仕組みを知りたければ。


以下参考までに保険点数とその改定の意味することについて。


保険点数は1点=10円
病院経営者が悲喜こもごも感じる診療報酬改定。
ご存知の方も多いだろうが、日本の病院・診療所にかかったとき、もしくは在宅でも、そこで受ける医療行為にはほぼすべてに保険点数が定められている。この点数は1点=10円で換算される。例えば診療所で精神科にかかったとき、あなたが再診であれば面接の技術料としては「通院・在宅精神療法30分未満」として330点=3300円が算定される。普通は3割負担だから3300x0.3=990円が自己負担。これが心筋梗塞にされるいわゆる心カテによる手術「経皮的冠動脈再建術」であれば22000点=220,000円、自己負担は66,000円となるので手術の技術料は桁違いだ(もちろん、人件費や機材にかかるコストがあるのでこれが全て儲けになるわけじゃない)。

 保険点数とは


保険点数改訂は政策誘導手段でもある
で、医療行為に対する保険診療点数は2年毎に改正される。そのための厚生労働大臣からの諮問機関が中央社会保険医療協議会、略して中医協中医協が提案する保険点数が上がるようなことがあれば、保険診療から得られる病院の診療報酬がプラスになるわけだし、保険点数が下がればその医療行為による診療報酬も下がる。


病院(診療所)も保険収入に依存している以上、保険点数が上がった医療を積極的に採用し、下がった医療行為は減らしていくことになる。つまり保険診療の点数改定は強力な政策誘導の手段となり得る。仮に政府がこの方向の医療を増やしたい(減らしたい)という意向を持った時には、その医療行為の保険点数を上げれば(下げれば)、基本的にはその方向に沿って医療行為がされていく。


診療点数早見表 2016年4月版

診療点数早見表 2016年4月版

開業医と医療事務のお友達といえばこれ。

*1:ベゲタミンA/Bという3種類合剤の睡眠薬がかつては盛んに使われていた。クロルプロマジンフェノバルビタール、プロメタジンという薬の合剤であり、Aが高用量。最強に近い睡眠薬としてある意味便利なのだが、大量服薬による致死性が高いことで知られていた。ついでに言うとベゲタミンAは赤い錠剤で見た目も毒々しかった。

*2:一口に抗精神病薬といっても、細かく言えば薬はそれぞれ違う薬理作用を持っている。だからその長所/短所を考えた上で適切に組み合わせる、いわば漢方的発想が日本人医師にあったのではとも思う。香港も多剤率高いし。でも問題は、それが効果を高めず副作用だけ増やし、その対策も含めて結果的に服薬数増加の悪循環を生み、患者の健康・生活能力を下げたことにある。

*3:実際の臨床現場においては、グローバル・スタンダードだの、エビデンスのある治療といったキレイ事が通じないことも当然ある。例外規定は、①他院から引き継いだ多剤併用患者に処方する場合②薬剤切り替えのとき③臨時投薬のとき④どうしても必要と判断されるとき、の4つ。乱用されなければ適切だと思う。