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週刊現代の医学批判を考える

どうも週刊現代は医療批判に目覚めたようで、このところ特集が続いている。
今回は第一部として、「内視鏡・腹腔鏡手術の真実」、「医者が切りたがるがんも本当は手術しないほうがいい」。


センセーショナルな見出しと内容を見たければかなりな程度ネットでも見られる。
 現代ビジネス(医者でサイト内検索 )


さらに特集は続いて、「飲んだら、一生やめられなくなる生活習慣病薬」。
そして「医者とMRが本音を告白〜安くて安全な薬より、高くて危ない薬を出すんです」。


今回殆どは私の専門外なので、記事の妥当性を説得力を持って語るのに役不足だから一々否定や批判はしたくないのだけど、危惧するのはこういった記事が医療不信を煽り、正しい治療を受けている人がそれを疑い、放棄し、治る機会、改善するチャンスを逸すること*1
記事には正しい批判と不確実・もしくは個別的に論じるべきものを一般化してしまっている批判が混在しており、医師でも科が違えば真偽を判定しづらいのが困りもの、と感じる。


例えば一部の腹腔鏡手術に危うい側面があるのは事実だ。慈恵医大や群馬大の事件が記憶に新しい。開腹手術を選択することがいい場合は確実に存在する。
一方で、腹腔鏡を使うことで確実に負担が減り、技術的にも回復を凌駕する治療を受けられるチャンスがあることを否定してはいけない。私の親しい知人は確かにその恩恵を受けた。


がんの手術を延々と批判して放射線を活用した方がいいというのは文芸春秋に負けず劣らずだが、どれもケースバイケース。日本で放射線治療がもっと活用できる余地があることと、手術の是非は切り離して考える必要がある。
前立腺がんに対して「欧米では切らないのが常識」という富家孝氏のコメントはしっかり考えなくてはいけない問題だが、後半の「大学病院が一番危ない」は「大学病院にいる医者の多くの最終目標は教授になること」という偏見から記事内容が歪んでいる。大学病院に近い立場からすると、多くの大学病院の医師は誠実であり、希少症例の経験を積むために大学に居ることも多い*2


薬に関しては、副作用が出た人、を過大に紹介することでその薬の存在価値を全否定しているかのような薬剤批判が多すぎるように感じる。総じて新しい薬の副作用を書きたてるが、副作用は出る人には出てしまうものだ。だからそれをしっかり考えた上で個々人にとって有益か否かを判断しながら使う必要がある。



週刊現代の記事は、別な号の同様記事と同じジャーナリスト、医師のコメントが多い。コメントを寄せる医者が限られているのだろうが、批判者を無批判に信頼することも危険なことは覚えておくべきだ。特に医療ジャーナリスト田辺功氏は、これまでの著作を読んでも(良く考えて)理解不足からくる誤解から激しい批判を展開することが多く、読者は注意を要する*3


dneuroの専門でもあるので、抗認知症薬に関しての記事を少しコメントを。前回と違ってこの部分は一面からは事実。
紹介しているのは2剤。
1つはメマリー。成分名はメマンチン(⇛wiki )。
本文引用すると、
このメマリーはその後、記憶回復効果があまりないことがわかってしまい、今では製薬会社と学会は「怒りっぽくなった認知症患者の興奮を抑えるために使って欲しい」と言っている。
実はこれはこれまでの発売後のエビデンスからは本当で、抗認知症薬としては臨床的実感を持って役立つ、という感覚は乏しい。
Lack of Evidence for the Efficacy of Memantine in Mild Alzheimer Disease


次に名古屋フォレストクリニック院長河野和彦氏の推奨するウインタミン(成分名はクロルプロマジンで一番古い抗精神病薬の1つだ)について。河野氏はこの薬が興奮を抑えるのにはずっと有効だと「思う」とし、古い薬で安い点を強調する。そう、確かに低用量では使い勝手も効果もそして経済的にも良いことを否定しない。でもこの薬だって、wiki を見ればわかるようにとても怖い副作用でいっぱいであり、この高用量処方が日本の精神医療をどれだけ遅れさせたかという暗黒面を持つ薬であることは忘れてはならないのだ*4


さて、結局医療はバランスである。どんな治療も過小では効果を期待できず、過剰では副作用・弊害が多くなる。絶賛だけ出来る医療はあり得ないとは言えないまでも希少であり、副作用面から見ればほとんどの薬が怖くて飲めないだろう。手術や麻酔も然り。なので、賛美も批判も医療記事はちょっと距離を置いて読むべきだ。ごく一部しか当てはまらないのを拡大解釈して賛美もしくは批判している記事やテレビ番組が多いせいで現場は苦労している。


とはいえ、今回の週刊現代だって的を得た医師にとって耳痛い内容はある。日常臨床をしていればなんじゃこりゃという医療に出会うことも多い。エビデンスもあればいいってもんじゃないので*5、結局は信頼できる医療者と知り合いであることが一番の安全弁という困難があったりする…。


「医療否定本」に殺されないための48の真実

「医療否定本」に殺されないための48の真実

医療記事に信頼が置けない以上は色々情報収集して武装しないといけない。極論は否定し、1人の言葉に信じこんだりはしないようにしよう。

*1:極論的医学批判や疑似科学に染まってしまう危険は正にこのことで、標準的な医療へのアクセスを失ってしまうこと。標準的医療をしていると言いつつ標準的な医療をしていない医者もいるのでコトがややこしい。もちろん標準医療は常に刷新される可能性があるからそれも難しい。でも極論は普通ダメ。

*2:大学病院は患者層が教授の専門に応じて特殊なことが多い。大学病院の医師が教授ばかり狙って患者を実験台にしているというのは過去のイメージの産物だ。とはいえ政治家と一緒でトップでないとできないことがあるから、きちんと正しく教授を目指す人がいる必要もある。

*3:最近読んだ氏の認知症に関する著作は突っ込みどころ満載だった。一方できちんと考慮すべき問題提起もしており、今度取り上げたいと思う。問題提起が正しいのに、解決として選んだ医師の言うことが全て正しいわけではなく、それを見抜けないで著作になっているのは勿体無い。

*4:私が医師になった2000年当時このクロルプロマジンをはじめとする抗精神病薬のあまりに高用量な使用が問題となっていた。当時イギリスではこの薬を使うことはもはや犯罪だという風潮だったと聞くが今はどうかな。しゃっくりの治療、緩和医療、冬眠、そしてプリオン病治療と時折話題にはのぼる。

*5:どんな試験や研究も一定のバイアス下にある。今あるエビデンスを知識として網羅した上で、独りよがりでない豊富な経験を元に目の前の人に適応可能か判断できれば理想だ。実際には理想の人はいないから部分部分で信頼できる人の意見を総合する。