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幼児期健忘ってなんだ?

 認知症になっても古い記憶は保たれているという。だから、認知症の介護において、自分の歴史の中の古い部分を引き出すことは、良い介護にも繋がる。自分が知っていることを相手に伝える、ということは自尊心を保つのに役に立つ*1。では一体どのくらい古い記憶まで普通持っているものだろう。小さいころのことよく覚えているぞ、という人でも1歳の時に体験したことを目に浮かべられる人はほとんどいないはず*2


 私の場合、一番古い記憶は3歳か4歳。近所の公園で親戚の皆と遊んでいる時に端っこでうずくまっていたような記憶がある。理由はわからない。でもそんな光景の写真もあるので、ずっと後になって作られた記憶かもしれない。大抵、そんな感じでしょ?


実際のところ、一番古い記憶というのは4歳~7歳くらいであることが多いようだ。特に5~6歳に集中する。でもこれって考えてみると不思議なことで、若い頃は、記憶力に優れた時期であるはず。字を読むのも書くのも、随分と小さい頃から学習して、それを今でも覚えて使っているわけだから。


 実はそんな小さい頃の記憶を失ってしまっていることを「幼児期健忘」と呼び、それが何故なのか最近盛んに研究されている。


 我々の脳には沢山の神経細胞が含まれている。この神経細胞は長ずると毎日どんどん死んでいくと言われるが、基本死ぬと復活することは無い。だから脳卒中を起こすと場所によっては身体が麻痺したままになるわけだ。ただし、1箇所神経細胞がとりわけ多く新しく生まれている(新生という)場所、そこが「海馬」。アルツハイマー認知症で萎縮する場所として有名。この海馬での神経細胞新生、一生続くのだが、幼少期にとりわけ盛んなのだ。そう、この海馬で神経新生が盛んであることが、実は「健忘」と深く関わっているらしい。

 
今日は何をした、というような記憶(エピソード記憶)は海馬を通じて記憶される。我々が経験することは日々そうやって海馬を経由して、最終的には大脳皮質に格納されて記憶される。


       〜エピソード記憶の流れ〜
       出来事⇛感覚器官(目や耳)⇛海馬⇛大脳皮質


さて、最近の研究では何かを思い出すときにも、しばらくは海馬にその時の「痕跡」が残っていて、思い出すときにはそれを辿るということらしい。その海馬で続々と神経が作られていることは逆に言えば古い神経細胞は置き換えられてしまうことを意味する。「辿るべき痕跡」が無くなるってことだ。


 つまり、幼少期は海馬で神経新生が盛んだから、後になって思い出そうとしても、辿るべき痕跡の場所にはすでに新しい神経細胞が出来上がり、新しい記憶の痕跡に上書きされてしまっている。だから、その時期すなわち3~5歳くらいの記憶というのを我々は持っていないのだ*3



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*1:認知症老人の診察をしていて思うのは自尊心がつくづく人間にとって大事であり、それがあるために介護はやりやすくもやりにくくもなる。人の自尊心というのは、自分が何かを与える、ということによって保たれる部分が大きい。年長者の知恵を拝借したり、昔話を関心持って聞くのが介護技術の1つ。

*2:しばしば、とんでもなく昔の記憶、中には胎内記憶すらあるという人がいる。多くは生まれてからの経験が反映された偽記憶だろう。でも幼少期の子ども(3歳とか4歳)が、言葉を獲得する前の記憶を映像として持っていることは、息子を見ていて確からしいと思える。惜しむらくはやはりその幼少期の映像記憶は、言語獲得後に失われたり、修飾を受けてしまって、そのうちホントに無くなってしまうことだ。

*3:とはいえ、中には幼少期からの記憶を消せないという人もいる。私の知人は、フォトグラフィックメモリーを持ち、2歳以後の全てのシーンを覚えているという。そしてそれに苦しんでいるようだ。  映像記憶  映像記憶 - Wikipedia