ASDの血液診断、発達障害モデルマウス、妊娠とバルプロ酸とADHD、飛ばしているNewsweek

また更新が遅くなってしまった...最近夜が弱くなって字を書き連ねていくのがやや辛いというか。
その分睡眠時間は前よりも確保していて良いと思うんですが、原稿書くのが仕事の方はどうやって時間を捻出しているんですかね...


さて、私が代表やってます発達特性研究所(株式会社ライデック)の研究紹介ページからまず3つ。



tridc.co.jp



ASDのバイオマーカーについての研究紹介です。バイオマーカーというのは検査をしてこの疾患があるという指標になる物質や特徴のことをいいます。

この研究によると葉酸代謝経路に関わる検査からASDのバイオマーカーがわかるっていうんですけど、本当でしょうか。
アメリカの研究です。


ちなみに遺伝子を探る、という方向性はかなり悲観的に述べられていて、

ASDバイオマーカーを調査している多くのゲノムワイドな研究はほとんど結果を出せずに失敗し、そのほとんどが個々の研究に特異的で終わってしまう。ASDを正確、そして差別的に診断することができる『予測可能なバイオマーカー』を発見するために、より良いフレームワークが明らかに必要」


うん、その通りと思います。*1


tridc.co.jp


こちらはモデルマウスの話です。


ご存知の通り医学研究は、疾患モデル動物を用いた実験が不可欠であり、良いモデルを通じて疾患の原因、治療の開発、治療薬効果・副作用の確認がされるのです。


精神疾患研究にもそういう意味でモデル動物が非常に大事なんですが、いかんせん、自分がどういう症状か話してくれない動物相手では、ある精神疾患のモデルと言われても、完全にモデルには成りえないわけです。マウスに、幻覚とか妄想持ってる?って聞いても仕方ないですからねえ...。
でも工夫して、幾つかの疾患では結構良いモデルマウスというか、実験系はあったりします。


ASDADHDの特徴を持ったマウス、というのはあり得るのか是非お読みください。


今回紹介した論文ではCDLK5という遺伝子が欠損したマウスが、そんなモデルになりうるという幾つかの特徴を示していることが紹介されています。
コミュニケーション上の問題やら、繰り返し行動を持っていたり、はたまた多動でちょっと不器用を抱えているとのこと。


私としては、感覚過敏に対して、こういったモデルマウスの良いのができるといいのになぁと思いますね。



tridc.co.jp


少しばかり気になる疫学研究としてはまたデンマークから。


デパケン(一般名はバルプロ酸ナトリウム)は、てんかんや、双極性障害の気分安定に使われる大変ポピュラーな薬で副作用も少ないのですが、ただ一点、妊婦さんに使いづらいのが特徴です。


葉酸代謝に影響し、二分脊椎という奇形のリスクを増やしてしまうことから、妊婦には基本的には投与しない、投与するとしても少量に留めるというのが原則です。


で、何かしら神経発達に影響を与えてしまわないかは心配されるところであり、今回の研究結果からすると、子どものADHD率をわずかながら上げそうだということでした。


リンク先にも書きましたが、もともと遺伝的にADHDの因子を持っていない子供をデパケンADHDにさせてしまう…のではなく、遺伝的にADHD因子を持っている場合に、若干(若干ですよ)そのADHD因子を発現させやすくしてしまうのかなと。そんなエビデンスは出せない個人的な感想ですが...。



飛ばし過ぎだぞNewsweek



さて、どうしても言いたいと思うのが、この前のNewsweek誌。

tDCS(経頭蓋直流電気刺激)が脳の力をアップさせることで運動選手の能力向上や、はたまたトラウマ治療、サイコパスの共感力を上げたりすると。
そしてADHD治療には磁気治療(TMS:経頭蓋磁気刺激)ということをかなりテンション高めに肯定的に紹介しているのですが、いやちょっと言いすぎだって、と。


アメリカのベンチャーが出しているヘッドホンみたいな「Halo sport 2」というtDCSの機械もかなり肯定的に紹介していて、ものすごい効果を謳っているのですが、どう考えても大げさでしょう、というかこんな提灯記事出していいのかと。


Halo Sport 2www.haloneuro.com


といいつつ、実はdneuroも面白いので買ってみようかと思っていたところではあるんですが...。


とまれちょい期待盛り上げ過ぎなこの特集、一度詳しく紹介できればとも思います。
dneuroもtDCSには期待しているんですが、今の所もっと控えめに効果を考えてるかな...。


発達障害の謎を解く NBS (日評ベーシック・シリーズ)

発達障害の謎を解く NBS (日評ベーシック・シリーズ)


発達障害についてその生物学的な部分を知りたい、としたらこの本はとっても良かったとも思います。
原因についても現在考えられていることを抑制的に書いていて、科学的にはこうでなくては、と。
読みやすいですしお勧めです。

*1:ちなみに最近思うんですけど、ASDとかADHDの遺伝子ってわかり過ぎないほうが幸せかなあと。理由は色々ありますが...。

気になる発達障害の話題(2)_発達障害グレーゾーン

発達障害グレーゾーン (扶桑社新書)

発達障害グレーゾーン (扶桑社新書)

この前のエントリでも書きましたが、この本、かなり話題のようですね。
読み始めは、グレーゾーンという言葉に対して、どういうスタンスを医師としては取るべきかなとも葛藤があったのですが、読み進めるうちに、言葉として必要性を感じてきました。また、診断がおりている人よりも潜在的に多く、可視化されていないというのはその通りと思います。発達特性は、診断されようがされまいが、あるわけだし、後述のように、状況によってシロクロつけ難い状態というのがあるので...。


さて、「発達障害グレーゾーン」、疾患名ではないので、定義として定まったものはないですが、


発達障害的特性を持っていることが生きづらさにつながっているけれども、自閉症スペクトラムADHDといった確固とした診断名がつくには至らないという状態


ということかなと。


「グレーゾーン」が生まれる理由


例えば自閉症スペクトラム(ASD)であれば、以前
自閉症〜名前の変遷〜 - 神経科学者もやっている精神科医のblogに書いたように、そもそもASDは定義からしスペクトラムなのだから、いわゆる定型発達との境目というのは曖昧です。


そうですね、お湯って何度から?という疑問に答えるのが難しいのと同じかな。一般的には40度前後なのでしょうけど、人が感覚的に把握できる境目というのはかなり微妙ですよね。明らかにこれはお湯、水、という触れればわかる温度がある一方で、境界域の温度は周囲の温度との相対的な比較でしか言えず、お湯とも水ともいい難い。だから、性質を非常に強く持つ場合はわかりやすいのですが、微妙に強い(弱い)性質に対する二者択一判断は、人によっても、さらには同じ人でもブレやすい。

f:id:neurophys11:20190220115948j:plain:w200:right
右の図のように青から緑へのグラデーションというのも考えてみました。周囲環境によって青とも緑とも言いづらいって思いませんか?
人も、その人のおかれている状況によって、発達特性が強い弱いは随分相対的なはずです。


結局、精神疾患の診断基準というのは検査値のような数値をもとにするものではなく、本人の言葉、周囲の人の言葉、そして行動観察から成り立つので、曖昧かつ医者によってその適用に差があるのはある意味致し方無いというか...。


そうなると、この診断の曖昧さを持って精神科は信用ならん、という声は当然あるわけです。ただ、まともな精神科医ならば、ということで持っている共通概念みたいなものはある。とはいえ、発達障害診断が典型的なように、時代によってそれも揺らいでしまう...。


ともあれそんなわけで、A医師は正常(定型)範囲のバラツキと判断する一方で、B医師は診断基準内と判断して診断という状況が生じているわけです。



正直、dneuroも医師として18年経ちましたが、研修医時代にはほぼ知識がなく、教育もされていませんでした。自閉症は極めてまれ、ADHDは子どもの疾患であり、大人相手だとまず会うことはないというか。要するに小児科の先生が扱うというイメージだったことを考えると今とは隔世の感がありますよ。



今考えればASDの人は統合失調症に診断されていたことが多かったし、ADHDはほぼ様子見でした。そう、それに特に今ならストレスへの適応が未熟なASDと診断する人たちを、境界性人格障害と診断していたように思います。それで、治らない、としたり、ひどく強力な薬物療法をしたり、はたまた何だか役に立っているのかわからない精神療法をしている話も聞いていました。


そんな診断上の曖昧状態は、この10年ほどの発達障害/発達特性への理解が進むにつれて徐々に埋まりつつありますが、それでもやはり医師による違いは大きい。



ともあれ皆さんの中には、発達障害のことを相談に行ったのに、目の前の人を発達障害を診断しない場合ってどんなとき?ってやはり疑問かと思います。


自らを振り返ってどんなときにそういうことがあるのか、次回考えてみたいと思います。
発達障害と診断しない医師の思考プロセス」ですね。



ちなみにグレーゾーンの話題は週刊SPA!でも取り上げられていました。webでもかなり読めます。

nikkan-spa.jp

SPA!(スパ!) 2019年 2/19 号 [雑誌]

SPA!(スパ!) 2019年 2/19 号 [雑誌]


グレーゾーンとはどういう人?から当事者の悩み、生活の工夫まで結構なボリュームで載せてくれてます。当事者紹介の欄を見れば、うっ、それは診断されたほうが楽なら診断されるべきでは、と思える内容が多いですね。dneuro的感覚からすれば診断にメリットがあるなら、された(する)方が良いと思うし。


その中で...男性ADHD患者さんに時にいますが、ストラテラ服薬中に勃起障害というのも出ていますね。感覚過敏のために人の肌に触れるのが苦しい、などもやはりパートナーとの営みでは障害となりうるだろうなあという声も紹介されています。そこら辺は、外来で話題に出来ればいいなあと思います。副作用がある人は早めに言ったほうがいいですよ。


もう有名な本ですね。著者の方が当事者として自分のやり方の工夫を様々な面から解説してくれています。診断受けたあとの心構えなども。
SPA!にも紹介してくれている中で、私がコレはと思うのは、不注意で忘れてしまう、なくしてしまうのは前提で、大量にストックを用意しておけ!というライフハックです。

本では、ワイシャツも靴下も大量に予備を持て、と主張。要するに最低限の身だしなみをするのに、いざという時に足りないというのをなくしてしまおう、ということですね。何も高いものではなく安いものでいいと。


上記のSPA!にもこの方の囲み記事があって、例えばタブレットはベッドやデスク周りに合計6台持っていると。中にはカレンダー専用で持っているものもあり、一度予定に入れてしまえばどの端末でも確認できる。


うーん、大抵は、忘れ物をなくそう、どうなくせばよいか、という発想を大きく逆転させいているんですよ。でも結果的には忘れてしまうことが多いのなら、これは物凄く立派な解決法ですよね。自分も忘れ物が多いけど、結構目から鱗だなと。もっとも、今子供でいる子にこれを推奨していいかは微妙ですが...。



まあ思うのですが、診断がついていようがいなかろうが、こういう特性があればこういう対応が良い、というは変わらないんですよ。だから、発達障害診断された子に優しい、良い対応というのは、グレーゾーンの子にも、定型の子にだって良いはずで...とはいえ、定型的な子に対してはいささか過保護気味になることはあるか。

気になる発達障害の話題(1)_感覚過敏

今年1回目が遅くなってしまいました。このblogをご覧になっている方には申し訳ないです。風邪を引いていましたが、インフルではありません。


ちなみに風邪を引いて大切なのはやはり休息でしょう。風邪薬は残念ながら本質的ではないので...とはいえ症状緩和にしょうがなく使うわけですが。


dneuroは外来で滅多に出しませんが、医者がよく出す、そして患者さんの求めるPL顆粒は眠気が強いので危険なこともあります。


医師3年目の若いときの話です。外来に出るためPL飲んで家を出て、高速で車を走らせていたところ、気づいたら降りるべきインターをとっくに過ぎていたということがあります。距離を考えて10分位の記憶が無いのです。逆行性健忘を高速道路で経験したという。幸い死んでいませんでした(笑)。動作は上手くやっていたのでしょうが、物凄く怖かったのでそれ以来PL飲んでいないのです。気をつけましょう。


さて、気になる発達障害の話題について。まずは感覚過敏。


感覚過敏


発達障害を生きる

発達障害を生きる


感覚過敏、は発達障害、特にASDを語る上では重要です。特に最近は注目されており、NHKのこの本でも真っ先に取り上げられていますね。


ASDの社会不適応を考えると、コミュニケーションの問題やこだわり、新奇性への不安などが問題に挙げられますが、感覚過敏については多くの当事者が抱えているものの、これまで重要視されてきたとは言い難い状況でした。


光や音、肌への接触、嗅覚そして味覚、などの中から特定の外部刺激に対して過度に敏感ないしはときに鈍感であることは多いですし、DSM-5では診断基準でも言及されるようになっています。


例えばある患者さんは、光に対して過敏があり、普段1人で部屋にいる際には常にカーテンを締め切り、照明も落としてほぼ真っ暗にすると。ですから外に出る時はサングラスをかけているわけですが、「診察室の照明も辛い?」と聞くと「辛いです」。そうですよね。その次の診察からは照明を落として話を聞くことにしました。その方は就職して遠方に引っ越されましたが、就職先で職場の照明は大丈夫でしょうか...。室内照明も難しい彼女にとって昼間の社会はその存在自体が暴力的と言ってもいいのでは...。


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給食は辛いよ


また、子供と接していて思うのは、食べ物への過敏さ。正確には食感への過敏さというべきか。同じ食べ物、例えば玉ねぎは、サラダにしたとき、焼いたとき、シチューの中に入れたとき、などなど調理によってあるときは固かったり、しんなりしていたり、と食感が多様です。ASDの子で味覚に対する過敏があると、固い時は食べられても、柔らかいと気持ち悪くて食べられない...そんな感じになります。


ですから、給食はかなり地獄に近いと言えるでしょう。もちろん全員ではなく、逆に無頓着な子もいますが、過敏な子にとって、給食は大変辛い時間です。何がどのように調理して出てくるかの情報に乏しく、未経験な調理方法、それで不安な条件は十分なのに、更に担任教師からのプレッシャー。



「全部食べろ」は、味覚過敏のある子にとってとても辛いことを指導立場にある人はわかってほしい。「慣れる」ことは少なくても学校生活中には無理だと思うべきですよ。率直に言えば、全てきれいに食べるという美徳のために食べられないものを無理やり食べろというのは暴力に等しい、のです。将来が心配、という大人の皆様、大丈夫、圧倒的に多くの人は大人になるまでに食べられるものも増えます。大体あなたにも1つや2つ苦手なものあるでしょう?*1



びっくり反射とASD


音、に対する過敏もよく訴えられるところで、教室内の通常レベルのざわめきがとんでもない騒音に聞こえたりするのですよ。そういった音に対する過敏さへの研究論文もあり、例えば国立精神神経センターのf:id:neurophys11:20190130105243p:plain:w300:right高橋先生らの研究ではASDの方は、そうでない(定型発達者:TD)人が余りびっくりしないような音の大きさ(65デシベル)でもびっくり反射(驚愕反射:目がかっと開く)が出てきてしまうと。普通の会話レベルや静かな自動車の中が60デシベル、ちょっと騒々しい事務所や、やかんの沸騰音を1m離れて聞くと70デシベル、というから、確かに65デシベル程度の音でそんなに驚いてしまうと外で活動するのが難しい。



感覚過敏があればASDか?


さて、疑問の1つはこれかなと。

答えから言うと、それは明らかにイコールではないですね。

つまりASDの多くの方が感覚過敏を持っていますが、感覚過敏があればASDという逆は言えないということ。もしそうであれば、誰しも持っているような過敏さが1つでもあればASDになってしまう。例えば、黒板に爪を立てて発せられるあの音や、スプーンやフォークで鉄の皿を引きずったときの音、特定の嫌いな匂いなどそんなものは誰にでも探せば見つかるもので、明らかに感覚過敏とASDはイコールじゃない。


それに、まだ確立した病態概念とは言えませんが、世間的にはHSP(Hyper Sensitive Person:過度に敏感な人)という言い回しが出てきているようです。


ひとまずWIkipediaから。
ハイリー・センシティブ・パーソン - Wikipedia



ただし、何やら共感性の高さ、みたいな気持ちの繊細さなどにも踏み込んでいるようで、若干私には違和感があります。だって、他者への共感性を示さない(示せない)サイコパス的な人だって、感覚過敏は持ち得て良いでしょ?なんだか感覚過敏がある人は人への優しさも持ち合わせている、みたいな理解は本質を外れるかと。


専門用語としてもやはり医学的な観点からはまだしっかりした用語が無くて、Sensory Processing disorderだったり、Sensory Processing Sensitivity みたいな語が使われています。前者は感覚処理症、後者は感覚処理感受性なんて訳になりますかね。



感覚過敏の基準


そんなわけで、どれくらいの感覚過敏があると、「過敏」と言えるのか、やはり基準が必要なわけです。


dneuroも実はやったことがないのですが、一応そういった基準を設定している検査はあります。


SP感覚プロファイル | サクセス・ベル株式会社 -心理検査・学力検査・適性検査・箱庭療法・コミュニケーションツール等の販売-



感覚プロファイル(Sensory Profile)検査というやつで、125項目の多岐にわたる質問に答えていく検査なので多少時間はかかりますが、以下の項目を判断していきます。


それは、低登録・感覚探求・感覚過敏・感覚回避、という4項目。低登録と感覚探求は感覚刺激に対する低い反応と特定の感覚刺激への希求性、感覚過敏と感覚回避は刺激に対する過敏さと、それに伴い行動を回避する性向をみます。


こんなふうに書いてますが、実際に使ったことはないので、いずれまた詳しく取り上げたいかな。


自閉症だったわたしへ (新潮文庫)

自閉症だったわたしへ (新潮文庫)

有名な自閉症(自閉スペクトラム症)当事者のドナさんの本ですね。
これをきっかけに自閉なるものを知った人も多いはず。dneuroは研修医3年目の時に読みました。ただ、例えば口絵の自分の写真に「典型的な自閉症の目つき」とかあるんですが、正直よくわかりませんでした。また自分の内面をとても豊かに描いていて、当時の自分はそこに、あれ?こんなに感情的に豊かだったら自閉じゃないんじゃないかという無知による偏見があったなあと。

さて、ドナさんはハグのように身体を接触されることがとても嫌だったようです。日本だって、親はこどもを抱きしめるし、まして挨拶でハグが普通の欧米社会でクラスには、触れられることへの過敏さがあると生きづらいだろうと想像します。



発達障害グレーゾーン (扶桑社新書)

発達障害グレーゾーン (扶桑社新書)


自閉症スペクトラムADHDといった確固とした診断名はつかないけど、発達障害的特性を持っていることが生きづらさにつながっている、という状態にあるのが「発達障害グレーゾーン」の人たち。


グレーゾーン、というのが、まあ医者の診断基準(個々の医師の、という意味で)が曖昧にしかならない現状がそのような存在を作り出している気がしないでもないのですが、ASDという概念もまたスペクトラムであるし、当然境界に存在する人が出てきますよね。


そういう方々に、HSPというのがもし1個の病気として存在すると医学的に承認されるのであれば、治療対象となり、配慮を求められたりすることで生きやすい条件が増えることにつながるでしょうかね。


グレーゾーンについては思うところもあるので、またそのうちに。

*1:ちなみにdneuroも給食はとても苦手でした。今から思えば食わず嫌いですが、食べられないものが多く、給食の予定を見て、ハヤシライスの日はとても気が重かったのを覚えています。今では好きですけど、そして食べられないものが今は殆ど無いのです。あの当時無理やり食べさせられていたらトラウマになったでしょう。残させてくれた担任に感謝。それにしても今から考えたら美味しい給食だったんですよ。作ってくれたおばさまたちには申し訳ないです。

tDCSでワーキングメモリ向上&ディスレクシアの改善

発達特性研究所の研究紹介です。


tridc.co.jp


この研究は私が学生さんと一緒にやったものです。


tDCS(経頭蓋磁気刺激)法は何度か紹介していますが、それを使って、ワーキングメモリ(作業記憶)を向上させたという。


以前から注目されているワーキングメモリ。
基本的には課題をやっている間保っている短い記憶能力を指すことが多く、日常的には例えば電話番号をかける間だけ覚えておく、とか。何か文章を読んでいる間も、最初に出てきた単語なり、内容なりを頭に置きながら続きを読んでいきますので、能力が弱いと本を読んで知識を得る、というのも難しいかもしれません。


このワーキングメモリの能力を、3-backテストというもので計測し、視覚的にこの課題をやったときの成績がtDCSによって向上した、というのが結果です。

f:id:neurophys11:20181220062858p:plain
3-back課題


このテスト、n-back課題(nは数字)というやつで、ワーキングメモリを計測する課題として使われますが、案外難しい。今見えている文字がnに入る数字より前と同じかどうか、を答えていきます。


だから、1-backなら1つ前と同じ文字かどうかを判定する。これは簡単ですね。次に、2-backなら2つ前。これもなんとかやれますが、それなりに難しくなります。そして、3-backは3つ前と同じかどうかを判定。これは難しい。やってみると正直合っているかさっぱりわからなくなります。でも、そんな3-back課題を、視覚的提示(図のように文字を見せて判定)と聴覚的提示(文字の読み上げで判定)の2通りで試験して、tDCSが成績向上させるか、という研究でした。


一応ね、文字を見て(視覚的提示)の条件では成績が上がったんですけど、問題は成績向上が本人にさっぱり実感できないこと。それに被検者さんが実はそれなりに優秀な学生さんが多かったので、能力向上があったとしても頭打ちが早い。


tDCSが実用になるには、今後はそもそもこういった課題で成績が思わしくない、疾患状態の方にやって能力向上が図れるかという臨床試験が必要なのは明らかですね。



tridc.co.jp


で、こちらは実用版です。


ブラジルの研究ですが、ディスレクシア(発達性読み書き障害)の成人および児童に対してtDCSを行ったところ、読字に関連する項目のパフォーマンスが向上した、という。

30分のtDCSで、ディスレクシアの人に読み課題をしてもらうと、無意味語(「たあせの」「せんむせ」など単語になっていない文字列)や単文の読み上げ時間に短縮が見られた(=読みやすくなった)ようです。実際に効果が本人にも実感できたら素晴らしいですね(そこは論文からはわからない)。


ディスレクシアに関しては、治療、というよりは読みやすくするための対応を必要とし、それによって能力を上げていったり、代替手段(耳を通して内容を聞く)によって必要な内容理解を図っていく方針がとられますよね。


でも一方で、本当の意味での能力、というか脳力向上を図ることはなかなか難しい。ハンデを少しでも軽くすることは目指せても、ハンデを無くして非ディスレクシア者と同じだけの能力には追いつけないのは残念ながら確かだと思います。


tDCSが大脳皮質の力を上げていくのであれば、少しでも能力向上の目的にかなった、「治療」としての使い方ができると思うのですが...。



www.crn.or.jp



関連、というわけではないですが、面白い研究結果の内容紹介がありました。


3〜5歳の子たちで、無意味語の反復能力と語彙数の向上が必ずしも年齢とともに上がるわけじゃないという。
最後の方で、外国語の習得に関しての考察をしています。


考えてみると、外国語というのは最初無意味語として入ってくるわけで、そのリピートが正確にできる反復能力は母国語語彙数の向上とともに阻害されてしまうと理解しましたが、確かに母国語は足かせになるなあと。


なるほど、3歳位に外国語のシャワーを浴びておくと、バイリンガルになりやすそう、というのに加えて、5歳くらいまではまだ正確な反復能力の維持ができているのかなと。つまり、英語とのバイリンガルになりたければ5歳(もしかしたらもう少し後くらいまで?)には始めておくといいのじゃないか、と思ったりします。


小学生から英語を始めるのが真のバイリンガルになれるぎりぎりなんでしょうねえ。*1


特異的発達障害診断・治療のための実践ガイドライン―わかりやすい診断手順と支援の実際

特異的発達障害診断・治療のための実践ガイドライン―わかりやすい診断手順と支援の実際

現状、医学的視点から学習障害を勉強したい、診断したいと思うとこの本しか無いかと。
例えば、ディスレクシアや算数障害を診断するにはどうするか。
やはりテストをして判定しなくてはいけないわけです。本書にはそのテストが載っていて、結果を小学校1〜6年生までの平均±標準偏差の値と比較できるので、眼の前の人がどの程度のハンデを抱えているかわかりやすい。


その上で、学習障害の支援にどのような発想の上に何をしているのか、支援に積極的な3施設(大阪市立大、鳥取大、東京学芸大)の方法論が概観できるので有り難い。


願わくば英語のディスレクシアに関して同様の本が出ることを。*2


学習障害を支援する (こころの科学)

学習障害を支援する (こころの科学)

最近の現状と、取られている対策について知りたければ「こころの科学」の本特集号が良いと思う。

合理的配慮についてのICTの利用についても言及。

他に実際の対策、トレーニングの参考としては


ディスレクシア 発達性読み書き障害 トレーニング・ブック

ディスレクシア 発達性読み書き障害 トレーニング・ブック

などかな。これから私も勉強します。

読めなくても、書けなくても、勉強したい―ディスレクシアのオレなりの読み書き

読めなくても、書けなくても、勉強したい―ディスレクシアのオレなりの読み書き


こちらは当事者本。
著者は、読み書き障害の困難があるので、学校時代大変な苦労とそれでも得意な大工業を活かして起業したり、でも失敗したりと波乱の様子が描かれる。緊迫感があって読み物としても面白いです。現在は小学校教師の奥様と暮らして幸せな様子。


褒められること、理解してもらえることがどれだけ大事か、というのがよく分かります。最後、基本的に教師に対する信頼も無い中で信頼できた2人の先生と話せたくだりはほんとに良かったねと思うのです。


それにしても、ディスレクシアがあると、それ以外の能力があっても如何に「できない」「しょうがない」「なまけもの」と思われやすいかということがよくわかります。実際、どんな学習も、「読める」ことが前提になっているわけで、読めて初めて学習できることが殆どな上に、「書けなければ」評価してもらえるさえ出来ない。いざ自分なり、子どもなりが同じ状況になったと思うとき、救済手段の少なさに驚くのです。


医者としては、能力向上の手段がやはり欲しいなと。

*1:ま、そうは言ってもごく一部の人は結構後からでもバイリンガルになっていそうですが。dneuroの尊敬する老神経科学者は、小学3年位から戦後の進駐軍の兵士たちと接することで英語の脳が出来、バイリンガル脳であることがfMRIで示されてますしね。

*2:英語が小学生から授業に入ったのは、圧倒的多数の子にとっては望ましいことである反面、英語のディスレクシアの子にとっては悪夢と言っていいことではないかと。選択制でも良いんじゃない?とは思うんですが。

インパクトファクターってなにさ?

非研究者の同僚から「インパクトファクターって何?」と聞かれたことがあります。

終わってしばらく経ってしまったけど、同僚が見たのは二宮和也くんのブラックペアン。

www.tbs.co.jp

そう、ドラマでは佐伯教授と西崎教授がインパクトファクターを争っていましたね。

論文掲載を争っていたのは「日本外科ジャーナル」。えーとまあここに関しては...


和雑誌なんてインパクトファクターがとても低いので、その掲載を争うか?
争うなら海外一流誌への最初の投稿でしょう?
両教授の持っているインパクトファクター(70点台)が低すぎるよ?


とツッコミどころが多いのですが,それは置いておきましょう。


blog.livedoor.jp


ところでインパクトファクターとはなんぞやと


さくっと言っていまうと、論文の価値の指標であり、インパクトファクター(Impact Factor:略してIF)が高い雑誌=一流誌とみなされることが多いのです。


で、掲載している論文が過去2年どのくらい引用されたかを示す指標です。


例えば、ある雑誌Aジャーナルの2017年のIFの計算は、


(2015年と2016年に掲載されたAジャーナル掲載論文の、2017年の総引用回数)➗( 2015年と2016年にAジャーナルに掲載された引用可能な総論文数)


となります。
優れた論文は他の論文にも根拠として引用されていくので、引用される論文が多く載っているほど良い雑誌、というわけです。

そして、このIFが高い雑誌に載ることが一流研究者の証ともみなされるのですよ。


例えば皆さんご存知のNatureやScienceですが、最新の2017年のIFを調べるとNatureが41.577、Scienceが41.052。
これはとっても高いIFです。dneuroがこの前学生さんと一緒に書いた論文はNeuroscience Letter誌に掲載されましたが、同誌のIFは2.159。
Natureのざっくり20分の1ですよ。IF稼ぐとしたら効率が悪い.


研究者はそのレベルが、自分の名前の掲載された雑誌のIFの総数で判断されたりしますが、NatureやScienceに一本でも載せることができたら、ちまちまIFの低い雑誌に何本も論文を掲載することよりも一気にIFを稼ぎ出すことができるのです。


図は、dneuroの精神科分野におけるIFインパクトの私的感覚です。雑誌に掲載されたときのIFに応じての気持ちも書いておきました。目安ですけどね。




インパクトファクターは絶対の指標か?


例えば、医学部の教授選では候補者のIFの高低が選考の指標になったりしています。実際他分野の人間にとってはどの雑誌に載ったのか、とか論文タイトルとその内容から、論文の質を判断するのはとても難しいというか事実上不可能なので、IFってわかりやすいんです。


でも、このインパクトファクター、その多さのみで研究者としての価値が測られると実は危険です。


IFの弱点とはなんでしょう?

雑誌にとっては、
・研究者人口がいない分野では高くならない(優秀な論文でも引用回数が少ない)
・創刊間もない雑誌では不利(まだ引用数少ない。逆に今IFが低い雑誌でも成長していくことがある)
・雑誌側はIF上げたければ自雑誌掲載の論文引用を著者に促したり、掲載論文数を少なくしておくことで一定の操作が可能
・IF上げたくても、掲載論文数が多ければ、個々の論文の引用回数が減るので、上がりづらい


1つ1つの論文としては
・論文の質は担保されない(単にIFが高い雑誌に載っただけ)
・IF高い雑誌に載っても間違いはある(小保方論文とか)
・業界では信用があったり、意義が認められてたりで価値が高いのにIF低いので他分野や非専門家に価値をわかってもらえない


などでしょうかね。


要はIF高い雑誌だから価値が高いとか、論文の質が良いと判断するのは早計ってことです。


医学系では、例えば循環器(心臓)分野にはIF高い雑誌が沢山ありますが、研究者数が少ない寄生虫学とか、論文が専門的過ぎて引用しづらい放射線科などではそもそもIF高い雑誌が少ない、ということにもなります。渡海くんの外科手術の分野もそんなに高くはありません。手術の技術的論文を読む人は限られているからね。


研究者的にはIFが高いことだけ狙ってもしょうがないことは自明の理であって、IFが低い雑誌でも載せた論文は高度に専門的で、自慢できる論文があったりするのですが、それでもIF高いに越したことはないよな、とジレンマに悩むわけですよ。



インパクトファクターの調べ方


さてさて、そんな研究者の気持ちを揺さぶるインパクトファクターを調べたいときにはこちらをどうぞ。


www.bioxbio.com


気になる研究の載った雑誌名(英語)を入力すればOK。
結果に関しての注意は書いた通り。


でもやっぱインパクトファクター高いと嬉しいんだよな...という正直な感想を言うのはちょっと恥ずかしい。


IF以外の指標はないの?


色々書いた通りIFで研究者や論文を評価するのはマズイと誰もがわかっているので、他にも考案されてます。詳しくはこちらなんか。


www.editage.jp


でもね、中々普及しないんですよね。インパクトファクターほどのインパクトが名称にないし、分かりづらいんだろうなと。


ちなみに、研究者自身の評価を探る指標としては、


h-index

h指数について_wikipedia


なんてのもあります。


研究者のSNS、Research Gateで調べると、どうやらdneuroは19です。


これは、19回以上引用された論文が19本はある、ということらしいです。20回以上引用された論文は19本未満、と。


どうなんだろう、少しは誇っていいのか、大したことないって思われるのか、全然だめなのか、さっぱりわからない。


まあ人の客観評価なんてそもそも難しいのです。
世の中には、強烈に頭が良くて、みんなから尊敬されているけど、自分の論文はさっぱり発表しない研究者もいるのですから...。


最後に研究者のSNS、Research Gateはこちらから。知っている有名研究者を探してもいいかもしれません。



www.researchgate.net





研究室で生きている方法が書かれているようだ。
レビュー見ると役に立つようだから、研究室にこれから入る学生さんや院生さんは参考にして良いかも。

私にとてはこちらのほうが馴染みがあるけど。




dneuroはこの手の本は読んだこと無いけど、きっとアクセプトされるコツが書いてあるはず。
指南本は読めばコツがわかって先に進みやすい気もするし、一方で、読んだ内容に縛られてしまわないかな、とも思ったり。




前にも紹介しましたが、これは読んでてドキドキすること間違いなし。ヤン・ヘンドリック・シェーンというドイツの若者がScienceを筆頭に次々と材料工学系の論文を捏造投稿し、一躍ヒーローになっていたことがあるのですよ。NHKスペシャルを見たとき、彼の嘘がバレていく過程が、不謹慎ながら強烈に面白かったのですが、何故彼がそこまでしたのか、は結局わからず。

慢性疼痛、恋愛、眠気とADHD

発達特性研究所の方で論文紹介をしています。

今回は3つです。ADHDと慢性疼痛、恋愛、そして眠気の話題。



tridc.co.jp

慢性疼痛で学校に通えなくなってしまった6歳女の子です。慢性疼痛は色々検査しても、疼痛の原因がはっきりと同定されず、でも生活にその疼痛が大きく影響しているときにつく病名ですが、なかなか治療に難渋します。
そりゃそうですよね、「痛い」のは本当なのに、原因がない、とか心理的な原因だと言われちゃうので...特に心理的と言われても、言われた当人は「じゃあどうすりゃいいのよ」と思うわけです。

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紹介している論文では、その子にADHD特性があることに気づき、コンサータや療育的対応をしていく過程で慢性疼痛が和らいだ症例を紹介しています。
良い視点を提供しているように感じます。実際同じような子を経験したこともあります。


心理的療法と言っても、直接痛みに対するアプローチでないことが奏効する一例でもあるかなと。



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ADHDの恋愛事情,カナダ編です。なかなかこういう視点からの論文は少ないので、面白く読めました。


よくADHDでは、男女関係が活発で乱れがち、みたいなことが書かれているし、実際特性を考えれば当てはまりそうですが、私の外来では余り感じたことがありません。むしろ奥手で、男女経験がない人も多い...ただ、それは外来に来る人達は、何かしら小さいときに心の傷を負ったり、劣等感を持つ経験をしていて、自信がないから、というのも大きいかもしれません。能力のあるADHDで成功している方の場合には、活発な(ちと羨ましい)恋愛体験を繰り返している可能性はあるかと。


カナダのADHDの若者は、活発なようです。
暴力性とは無関係だったという結果にはほっとします。



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外来をやっていると、ADHDの方が強く日中の眠気を訴えることが多いのです。特に中学生以降くらいから目立つのですが、その実感に合う臨床研究の紹介になっています。


なんで眠気が強いのか、というと、それはちょっとわからない。
体内時計が破綻しているとしても、それはさらに理由の説明が欲しい。


というわけで、メカニズムには踏み込んでいませんが、事実としてADHDは過眠になりやすいのでしょう。


薬を内服し始めると、日中の眠気が無くなって有り難いという方、多いです。


コンサータは、覚醒作用がダイレクトにあるので、それはわかりやすいのですが、ストラテラでもそういう方多いです。副作用に眠気がありますが、眠りを深くし、朝の目覚めがすっきりするのかもしれません。ただこれは単にdneuroの私見であり、エビデンスが欲しいところ。


ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

日常、特に仕事に役立つヒントが欲しいという方については、最近この本を勧めています。
先延ばし、段取り、ケアレスミス、忘れ物...などありがちなことに対して、極めて具体的に対策を載せています。


メモがいい、って言ってもただメモを取ろうだけじゃわかんないよね...。


発達障害の自分の育て方

発達障害の自分の育て方

当事者本として有名ではないかと。Kindle unlimited使っている人ならサービス範囲内で読めます。

dneuro的にはこの著者さんの主張で、単に向いていることを仕事にしてもつまらない、自分が好きで熱意を持てるものにしないと続けられない、という内容にとても共感しました(正確でなかったらスミマセン)。


著者さんは今データ解析が仕事で、特性だけを考えるなら、不注意が強く、見落としがしょっちゅう起きたりしたら大変なわけですよ。


支援サイドは、どうしても、まず向いていない(だろう)ものを排除しようとしますが、本人の志向があるならば、どう実現できるかをまずは考えたいところですね。もっとも能力的に本当に難しく、諦めざるを得ないということもあるので、そこは冷静な視点が必要でしょうが。

がん免疫療法について (2) 〜免疫療法への模索

さて、話題のオプジーボはがんに対する免疫療法と言われます。


だけど、正確には、オプジーボそのものが免疫細胞を強化したりするわけじゃなくて、がん細胞が適切な免疫細胞(Tリンパ球)に発見されるお手伝いをしているのですよ。



免疫療法の落とし穴


率直に言って、がんの免疫療法は、理想的治療法です。
なぜなら、がんをやっつけてくれる材料である免疫細胞は自分の持っているものであり、かつ、認識したがん細胞だけを(特異的に)攻撃してくれるからです。
当然ながら、じゃあどうすればがんを攻撃する免疫細胞を身体に作ってもらえるか、というのがテーマになってきたわけで。


とりあえず免疫力を高める、がん細胞をやっつける免疫細胞だけを増やす薬を入れる、特定の免疫細胞を患者血液から抽出してがん細胞を攻撃するように育ててから身体に戻す、などなど。
そのあたりの歴史はオプジーボ小野薬品工業のホームページを。

www.ono-oncology.jp


で、色々されたんですけど、なかなか効果が安定しなかったのです。特に、次のような免疫療法が期待されつつもはっきりした効果を上げていませんでした。

・がん細胞をやっつけるナチュラルキラー細胞(NK細胞)やナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)を何らかの手法で強化した上で体に戻す。
・免疫細胞に細胞の種類を提示する樹状細胞に、目的のがんのシグナルを提示させて、がん細胞を攻撃するリンパ球を増やそうとする樹状細胞ワクチン。


どちらも、理論的にはいいのですよ。


でもね、結果の伴う免疫療法が学会やきちんとした医学誌にほとんど報告されてこなかったんですよ。確かに一部の患者さんには効いたのか?と思える報告は散見されても、少なくても多くの人に確実に施行できるものではなくて。


なのに、末期がん、医者に見放されたがんに対してそういった治療をしますよ〜というクリニックは乱立してます。法外な費用をとって施行し、そして結局効果なく亡くなる方、ということが日々起こっているはずです。末期がんを抱えた本人や家族は、少しでものぞみのあるものにすがりたくなるのも当然で、そういったクリニックは一縷の望みに期待する人から効果の無いものを提供し、さも効果があるようにお金をむしり取るので悪徳以外の何者であもありません。


そのことは今年6月にもNHKで報道されましたし、私も以前言及させてもらいました。

www.nhk.or.jp

neurophys11.hatenablog.com


思い出します。学生時代に(もう20年前!)そういった手法を聞いたり、すでにそれをやっているとの放送がNHKであったりして、おお!と思って興奮しました。


そう、そのNHKの番組は、1995年に免疫細胞(Tリンパ球)を漢方薬で強化して患者さんに戻すATK療法なるものを提唱された京大の内田温士教授の研究でした。著書も読んだのですが(現在絶版)、効いたという報告が並んではいるものの、きちんとした臨床試験を経て確立したものとは到底思えず、どう考えても、免疫細胞への活性化手段は単なる思いつきにしか受け取れないため、がっかりしたのを覚えています。*1


そんなわけで、今回は警告番組を作ってくれたNHKですが、1995年の番組で言ってみれば免疫療法へのお墨付きを与えてしまったのではと思えて、結構罪深いと感じてしまいます。


オプジーボは初めての正しい免疫療法


さてさて、悪徳免疫療法と一線を画し、本物であるのがオプジーボなわけですよ。初めに聞いたときにその適応であった悪性黒色腫への効果に目を見張ったのを覚えてます…。

*1:じゃあ内田先生が出鱈目な研究をされていたのかというと、科学研究費のデータベースで申請のために出した研究計画や報告書を読むとそんなことは無さそうなので、今一歩あのようなことを提唱された動機がわからないのですが...。