ワクチンと自閉症、あれこれ
「ワクチンと自閉症」でググると当blogの「自閉症の原因はワクチンや水銀じゃないよ」が結構上の方で出してくれるおかげでアクセス数が多い。有り難い一方で、トランプ米大統領の発言のせいか、ワクチン=自閉症原因説が話題になることが多くなっている様子。また、ワクチンに含まれる物質としては水銀が問題視されていたが、最近ではアルミも話題になっている。*1
水銀じゃないよ、というのは以下詳しい。
うさうさメモ チメロサールに関する情報まとめ
横浜市衛生研究所 チメロサールとワクチンについて
ワクチンってのはとかく白眼視されやすい。その理由をdneuro的には、以下考えているのだが。
1.自閉症が増えている要因として理由付けしやすい
自閉症が増えている、という恐らくは事実が複合的な要因からなっていて、それ故にコレという絶対的な原因はないことは以前書いた(⇛ASDは増えているの?)。
自閉症(本稿では現在のASD概念まで含める。要は広い意味で)は、今ではおよそ2歳には特徴が揃うので診断が可能とされているが、一方で気づかれないことも多く、就学時まで顕在化しないこともあれば、診断が思春期以降になることも多い。
診断の時期までに起きたりやったりしたことの何かという原因を探し求めたときに恐らくワクチンは標的になりやすいのだろう。ちょうどワクチンを沢山打つ時期と、問題として顕在化してくる時期が一致しているので、あたかも関係があるのではないかと思えてしまう。人は理不尽を感じた際に、何か理由が欲しいものだ。そういった心理にワクチン=自閉症説はとても説得力を持ちうるのだろう。*2
2.ワクチンは効力を感じにくい上に相反する情報が氾濫している
ワクチンは集団としての健康を考えた時には多くの疾患で有用なのは疑いようがない。例えば東京都、とか日本とか、世界で、といった大きな集団で人間の健康を考えた時に、構成員がワクチンを接種したかしないかで、そのワクチンの対象となる疾患からの脅威を減らせるかどうかが大きく違う。
一方で、例えば毎年、効果がある、いや意味がないと話題になるインフルエンザワクチン。どれだけそのメリットが広報されても一部の人の不信感が拭えない。その1つの理由としては、集団において効果があるといえど、個人としてワクチンの効果を実感するというのは難しいということだろう。罹患しにくい体質の人や罹患者に接しづらい環境にある人からすれば、「俺なんて打っていないけど毎年かからないぜ」と豪語しやすい。また、打って罹患しないという効果が続いても、そんなのは1回でもワクチンを打ったにも関わらず罹患してしまったら、その人個人にとっては「効かないよ」という印象を植え付けかねないだろう。
さらにネガティブなサイトはわんさかとある。特に前橋市の5万人のデータを使ったという研究を根拠にして接種の意味が無いという内容を書いているサイトが多い。興味ある方は論文擁護派(ワクチンには懐疑派)と、論文否定派(ワクチン接種派、dneuro含む)双方の主張をどうぞ。
インフルエンザワクチンは打ってはいけない(Thinkerさんのサイト)
インフルエンザ予防接種について
ただまあ正直ワクチンに限らないけど、ある医療行為に疑念を抱いたときに、それを否定する派の意見って凄く溢れていて、どう判断したらいいかはとても難しいだろうと思う。それは専門家も然り。インフルエンザワクチンは、WHOだって推奨している(⇛http://www.who.int/influenza/vaccines/en/)が、WHOに疑いを抱く人にとっては意味が無いしなあ...。ワクチンは自閉症を起こすことはないが、副反応(接種に伴う副作用)は確実にある。ワクチン接種後熱っぽくなったり、局部が腫れた人は多いだろう。重篤な副作用も大変確率低いながら、ワクチンのタイプに応じて可能性はあるので、集団に数多く打てばごく少数の方に残念な結果が出るのは医療行為の宿命ともいえる。それでも打たなければ出るであろう、病気そのもので亡くなったり、重篤な後遺症を残す人の数を減らすのがワクチンの目的であり、医療行政なんだろう。ごくわずかな重篤な副作用を重視して打たないと選択するのもそれはそれで個人の自由ではある。純粋に個人として考えればワクチン打たなくても、罹患しないことも十分にあるので。ただ、ワクチンの対象が感染症である以上、自分が罹るリスクを減らすことで、自分が関わる他の人たちのリスクも下げられることを頭に置いておくといいかも。
3.医療不信、製薬会社不信
結局はこれなのかなあとも感じるところ。目の前の医師、医師会、厚生労働省や政府がいうことは全て権威の後ろ盾のあるもので、大本営発表みたいなもの、そこには嘘や誤魔化しが溢れていて、大衆が知ってはまずいことは隠されている、と疑っているのかなあ…と。以前、コメントにも書いたが、その関係を疑う人には、医者だって自分の子供達にせっせとワクチン接種をしていることを考えてみて欲しい(いや知りようがないか...)。危険だと感じていたらさすがに声をあげますよ。
さて、現在の頻度でのワクチン接種推奨が、製薬会社が儲けるために医者や厚生労働省と結託しているという論調もあるが、ワクチン接種は必要と判断されたなら広範に施行されないと意味がない部分もあるし(感染症だから)、製造を担う製薬会社にとって利益になるのは必然なので、そういう目で見ればそう見えるかなあと思ったりはする。dneuroはワクチンに関連して医師が製薬会社から利益(リベートとか?)を得た、という話は聞かないけれど…。*3
ワクチン打ったって儲からない、の簡単な計算
大体、小児科クリニックでは1日をすっぽりインフルエンザワクチンの日に当てていることが多いと思うが、果たして儲けているのかをざっくり計算してみる。
いつもの1日を、一人あたりの平均診療単価として、保険点数500点=5000円、患者数40人、とすると、1日の保険収入は5000x40=200,000円。
ワクチンの予約数が例えば100人、単価3000円として、3000x100=300,000円、ここからワクチン単価1000円(一人あたり)を引くと、ちょうど200,000円。注射針や注射器、アルコール綿など必要な器具の単価は含まず、なので実質20万円以下か。
ワクチン接種に1日100人も来るようなクリニックなら、ということで1日患者数40人と設定したが、ワクチン日を設定したからといって、特別利益が増えるわけでもなく、むしろ赤字になりかねないことはわかると思う。もっともワクチンは子供でも自費だから、3000円でなく、もっと高く設定は可能だがそうすると患者さん来ないでしょう。
ワクチン製造の製薬会社はワクチンが売れれば売れるほど当然売上は伸びる。が、経営側からみれば、リスクは高いらしい。莫大な先行投資、予期し難い流行、ワクチン製造法の変化、政治的な判断がもたらすリスク、もし副反応が重篤だった場合の回収や賠償のリスク、などなど。
やや古い記事だが、こちら。
製薬会社も案外苦労しているのだとは思うし、途上国ではそれこそ現在もワクチンがどれだけ広まるかが、子どもたちの死を防ぐことに死活的重要性を持っているので、我々はワクチンを正しく理解すべきだと思う。
- 作者: 吉村昭
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ワクチンのお陰で撲滅された感染症の代表格が天然痘。が、日本での最後の感染者は1955年。今日本に生きているほとんど全員が、天然痘と言われてもピンとこない。なにせもう病原体が存在しないのだから。
天然痘は恐ろしい病気(⇛Wiki)で、致死率が20-50%、高熱を発したあと一旦解熱し、発疹が全身に出現する。それはたとえ治癒した後も残り、痕ととして身体に感染歴が刻まれる。感染力の強さは凄まじく、助かった人のかさぶたからも伝染るという。
日本にはこの天然痘ワクチン、種痘法が江戸時代に長崎を通じて伝来した。福井藩の医師笠原良策は、天然痘の流行に何の力も持たない漢方医学に失望を覚え、当時の西洋医学、蘭学を勉強する中で種痘を知る。知った良策の行動力は凄まじく京都の蘭方医師たちの協力を仰ぎながらついに種痘(天然痘感染患者由来のかさぶた)を得る。その後良策が福井藩に持ち込むのだが、京都〜福井の難路越えや、無理解から来る種痘普及の困難(天然痘の苗を刷り込むなんてと忌避されたのだ)など、最終的に種痘が藩内に根付くまでの苦労は涙なくしては読めない。
- 作者: 手塚治虫
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ストーリーが抜群に面白いのは言うまでも無いが、沢山の弟子(福沢諭吉とか大村益次郎を含む)を私塾(適塾)で育てた大阪の医師、緒方洪庵の苦労、蘭学医師たちが、当時の医学権威であった漢方医師たちとどのように闘っていたか、はもっと知られていい話題だと思ったりする。
「決戦 人類最強の敵」?日本人リーダー 天然痘と闘う ―命輝け ゼロからの出発 プロジェクトX?挑戦者たち?
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後半、天然痘の話になってしまった。
*1:ちょっと調べればわかることではあるんだが、アルミについても容易に反論可能である。また今度取り上げたい。
*2:原因の第1はやはり遺伝である。自閉症は精神疾患の中では高い遺伝浸透率(遺伝子が親から子に引き継がれ、その性質が出てくること)を持つ。一方で、幾つかの研究から父母ともに高齢であることや母胎内での何かしらの条件が影響することも示唆されているのでまたいつか取り上げたい。
*3:近年も例えば高血圧治療薬ディオバンをめぐる研究者を巻き込んだ大規模不正事件などがあり、ワクチン疑念派から見れば製薬会社や結託している医師が大勢いると思われても仕方のない現象はある。dneuroやその周辺で製薬会社さんから特別な利益供与の話を聞かないのは、単に小物だからですかね...。
オーダーメイド治療は精神科ではまだまだ先になりそうだ
薬物療法において、薬が効くか効かないか、それが予測できればどれだけいいだろう。前回紹介したアメリカの抗うつ薬効果研究(STAR*D)では、最初の治療薬(シタロプラム)で寛解まで至る患者さんは約1/3だった。現在使える抗うつ薬はSSRI、SNRIといった頻用されるタイプの薬を中心に10種類弱ほど。その中から、選んだこの薬が効く可能性が高いとはいえない(効果という面で最大60%ほどの確率か)のなら、事前に反応性を予測して薬を選択したいと願うのが人情というもんだろう。*1
薬はどちらかと言えば副作用で使えない
さて、反応性の話をしたものの、実際に臨床の場では長期間服薬して効きませんね、というよりも、副作用でとにかく使えない、というのが勿体なく感じる。特にSSRIでは嘔気(吐き気)の副作用が出やすい。日本で使えるSSRIは現在4種類(フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリン、エスシタロプラム)。一応セオリーとして、この中の1種類で副作用が出たからといって、全てのSSRIで副作用が出るわけではない。別なSSRIを出すことで、副作用なく効果発現を狙う、ということはできるのだが、最初のSSRIで吐き気が非常に強かったらやはり次にSSRIを選択するのは躊躇するものだ。勿論、効果が確約されていればいいが、高くて60%の反応率だし...と思うと、メカニズムの異なる抗うつ薬に食指が動く。
オーダーメイド医療ができれば...
オーダーメイド医療(テーラーメイド医療とも)は、各個人に対して最適な個別的治療のことをいう。我々は、それぞれが、遺伝的背景を異にしており、疾患のかかりやすさ(脆弱性という)、同じ病気でも症状の出方(強く出る症状もあれば出ない症状も)、治療への反応性がそれぞれ違ってくる。
うつ病を例に取れば、抑うつ的な気分がひたすら強い人、いてもたってもいられない焦燥感が強い人、意欲低下が強く動けない人、不安が非常に強い人、希死念慮(死にたい思い)が強く自殺への切迫感が高い人、と症状の出方は共通している部分がありながらも様々だ。
臨床的には、例えば不安な気持ちには神経伝達物質セロトニンが強く関わるだろうからよりセロトニンに特化したSSRI、意欲低下が強いのならノルアドレナリンにも働きかけるSNRI、といった選択を実は考えがちだったりもする。しかしながら、実際にはSSRI/SNRIのどちらを第1選択にしても、そして患者さんの症状の何が強くても、結局はその選択自体に余り意味は無い(両薬を逆に選択しても結果的には余り変わらない)ことがわかっている。そう考えると、結局のところ処方する医師の個人的経験や好みから薬が選ばれることになり得るし、実際そうなっているし、かといってそれで不合理というわけでもない。*2
さて、どの抗うつ薬から始めても結果に大差はない、というのはマス(集団)を対象にした結果である。臨床試験の結果は、集団の平均を解析対象とするのでどうしても漏れてしまうが、実際にはこの薬なら効く、もしくは飲めるが、別な薬は効かない、もしくは副作用が強く出てしまって飲み続けられない、という明確な個人差がある。どの薬を選んでも合理性の観点からは妥当と言えても、しかし目の前の患者さんにはその選択が正しいかを事前に判別できない...この状況はいかにも気持ちが悪い。
この状況から、例えば、ある個人の採血結果から、こんな結果が出れば薬の選択がしやすいなあと夢想したりする。
とりあえず副作用発現の予想をしたい
先に書いたように、効果発現に薬の差を期待するのは現時点では難しいので、せめて知りたいのは、この薬が目の前の患者さんに副作用をもたらすのか。これは事前予想が極めて立てづらい、というかほぼ無理。
でも実は立てられるんじゃないの?という考え方はある。
抗うつ薬の多くは肝臓でシトクロムP450(⇛Wiki)というタンパク質で代謝を受ける(代謝を受ける、というのは薬の場合には排泄される形に構造を変化させられることを意味することが多い)。このP450タンパク質は50種類以上に分類でき(CYP...と名前がついている)、かつ遺伝的差異が結構ある。つまり、遺伝子配列に変異があることで、活性の強さが個人によって違っていたりする。
例えばCYP1A2がフルボキサミン、CYP2D6がパロキセチンというように抗うつ薬で使われるCYPが違う。このことを利用して、CYPの遺伝的差異がそれぞれの抗うつ薬代謝の個人差につながり、例えばCYP2D6の活性が高い形の遺伝子変異があったときには、より早くパロキセチンが代謝されてしまう。言い換えるとより早くパロキセチンが体外に排泄されてしまうために、効果発現が弱まる(はず)。一方CYPの活性が低ければ、パロキセチンがより長く体内に留まり、かつパロキセチンは自身を代謝するCYP2D6を阻害するので、効果発現に有利な一方、副作用の発現頻度も高いはずである。こういった遺伝子変異が民族差(日本人、白人、アフリカ系アメリカ人、アラブ人...など)を持って存在してもいる。いずれにしても、CYP2D6をはじめとしたCYPタンパク質遺伝子変異から、抗うつ薬の副作用発現率が予測できても良さそうだ。
基本的な代謝と排泄と効果の関係を整理すると...
代謝が早い⇛身体にとどまる時間が短い = 効果弱い、副作用弱い
代謝が遅い⇛身体にとどまる時間が長い = 効果強い、副作用強い
実際の臨床は理論通りには予測できない
ところがそうは問屋がおろさず、今述べたような発想で薬物効果を検証しても再現性のある結果が得られていない。
図を見てほしいが、薬が効果を持ち、そして代謝されていく過程は1ステップではなく、沢山のステップを経る。
吸収⇛血流運搬⇛脳内到達⇛効果発現⇛肝代謝⇛腎臓から膀胱への排出といった経過で薬は身体から出て行くが、図の通り沢山のタンパク質がその過程に関わる。そしてそれぞれに遺伝子の差が個人によってある。
例えばCYP2D6の活性が低い人のパロキセチンの効果・副作用を考えてみる。CYP2D6による代謝が遅いということだ。先の図式からすると、パロキセチンが長く身体にとどまれば、作用・副作用ともに強いのでは?と予想される。ところが、良い方向から考えると、脳内のパロキセチンの標的(セロトニントランスポーター)が沢山ある一方で、副作用をもたらす末梢組織の標的が少ない人がいる。その人は効果をより多く享受できるということになるだろう。薬の標的はその分布や量・反応性に個人差が大きく、末梢に偏って存在している人もいる。そういう人ではパロキセチンを使わないほうが良い。末梢性副作用(吐き気や下痢、時に便秘)が強く出るだけで効果も無い。さらに、パロキセチンの直接の標的でなくても、吸収が悪ければ血中に入る濃度は低いだろうし、血液から脳内への運搬が上手く行かなければそもそも服薬の意味が無い。吸収されづらい体質の人では飲んでも何も変わりませんよ、となる。
まあここにあげたのは単なる思考実験で、実際にどうと解析した結果から語っているわけではないけど、少なくても2016年までの多くの研究を解析したメタ解析論文からわかるのは、現時点で遺伝子変異から薬物の効果・副作用予測を目の前の個人に行うのは困難。人というのは極めて高度な複雑系生物なため、そうそう簡単には効果・副作用の発現を予測できないってことか。
いずれは複数の遺伝子変異の組み合わせがどのように薬物動態に影響するのかをごく短時間にかなり正確にした上でのオーダーメイド医療が可能になるのだろうが、もう少し先(10年後くらい?)になりそうだ。
だから今のところは、医療者としては副作用の発現に注意しながら、1種類に拘泥せず、効果なく耐え難い副作用があったなら速やかに他の薬に置換することを心がけるしかない。服薬する側にとっても同様で、医者が処方したのだからと副作用がひどいのに我慢し続ける必要はなくて、別な薬への置換をしてもらうべきだし、次の薬の効果を諦める必要もなかったりする。
尚、薬物はうつ病治療に限らず精神科治療の選択肢の1つであって、そもそも最も必要なのは休息だし、認知行動療法を筆頭格とする他の治療法も選択肢です。
「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか パーソナルゲノム時代の脳科学 (NHK出版新書)
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精神科薬物治療におけるオーダーメイド医療というのは良い本も書きようが無いので...
本書の著者は研究者も使う遺伝子解析の教科書を書いているような専門家。
こころを生み出すのは脳であって、その脳の働きに遺伝子がどう働くのか、という視点から書かれている。氏の研究対象である遺伝子とその遺伝子を欠損したマウスの行動実験の結果について、精神疾患研究をわかりやすく紹介しているのが前半。本書の白眉は後半第4~6章で、自身の遺伝子(ゲノム)解析サービスの利用経験を踏まえて結果解釈の仕方や、今後のゲノム脳科学の未来についてしっかりと解説してくれているところだろう。ゲノムで性格や相性がわかるのかといったのは現在の問題として、ゲノム情報をこれから社会がどう利用する可能性があるのかは、子どもたちの未来を考える上でも興味が湧くはず。
ただまあ、本書執筆が2011年という結構前にもかかわらず、残念ながらというべきか、ゲノム利用についての記述が現在もほとんどそのまま当てはまる。このことはゲノム解析についての進歩が著しかった数年前からはちょっと予想が外れたと思うべきではないか。
個人的には、今日取り上げた、抗うつ薬の副作用予測や、抗がん剤の効果的利用についてくらいはあと10年で利用できるようになって欲しい。でも、2011年当時の、あと数年で個人の生活にもっとゲノム情報が入り込んでくるだろうという予測が外れたのと同様に、10年後もそんなに遺伝子情報がわかりすぎている必要はないかなと。ゲノム情報利用に関しては何となく保守的な考えをしてしまう。それが出来うる社会に不安が大きいからかな。
*1:薬というのは効果が無い以外にも、体質に合わず副作用が出てくるから、とか、飲み忘れや飲みたくないという気持ちから飲まれなくなるということもあるので、目の前の患者さんに処方して効果があるのはせいぜい6割くらいの確率かなあというのが臨床的実感。
*2:第1選択とすべき抗うつ薬は現在は他にもう1種類、NaSSA(ミルタザピン)がある。また、抗うつ薬は新しいから良い、と選んでいるわけではない。効果という面では古いタイプの三環系抗うつ薬も実は新しいタイプの抗うつ薬と変わらないどころか若干良い可能性はある。だが、副作用、とくに大量服薬時の心臓への安全性など考えると、第1選択にすることの合理性は低いと言わざるを得ない。古い薬の利点は安いこと、色んな状況においてのデータが蓄積されていることだ。
うつ病とモノアミン仮説
モノアミン仮説と製薬の歴史
先だってコメントに書かれた、モノアミン仮説(⇛週刊現代の精神科薬批判は的外れ)。
モノアミンとは(脳科学辞典参照)、アミノ基(-NH2)と芳香環(亀の子です)を化学構造に持つ神経伝達物質で、うつ病に関連しては、セロトニンとノルアドレナリンが双璧で、次いでドパミン。
一般的には、こういったモノアミンが脳内で不足していることがうつ病の原因と書かれているようなことがあったりするがそういうわけではない。今うつ状態であるとか、不安が強い状態にある病態の中では脳内でそういうことが起きているだろうという仮説だ。
なぜこの仮説が生まれたのか?といえばそれは治療薬の歴史にある。実を言うと抗うつ薬は、病態解明⇛治療薬開発、という本来の流れではなくて、治療効果の偶然の確認⇛薬理作用の解明⇛同薬理作用の抗うつ効果の確認、というサイクルから開発が進んできた。
最初に抗うつ効果が確認されたのは1950年代、抗結核薬のイプロニアジドで、偶然の産物なのだ。たまたまその薬は、モノアミンを代謝(≒分解)する酵素(モノアミン酸化酵素)の阻害作用を持っていた。次いで抗精神病薬(統合失調症の薬)として開発されていたイミプラミンが偶然にも抗うつ効果を持っており、それは神経と神経の接合部(シナプス)でのモノアミン(セロトニンやノルアドレナリン)を増やす作用を持っていた。*1
うつ病の薬を狙って開発されたのではなく、抗うつ効果という現象論ありきで薬が出てきた、というわけだ。*2
そういうわけで、抗うつ薬はイミプラミンと同じ作用を持つものを探すことになった。イミプラミンは現在でも動物実験において、とりあえず抗うつ効果を示す指標としての対照薬(開発中の薬と効果を比較するための薬)として使われている。うつ病の動物モデルというのは幾つかあるが、開発中の薬Aが抗うつ効果を持つ、と言いたい時にはイミプラミンと同様の効果を持つことからAは抗うつ薬として有望だと議論されたりする。
実際、そのような抗うつ薬は動物実験上、脳内におけるセロトニンやノルアドレナリンを増加させる効果を認めることが多い。
とはいえ、モノアミン低下がうつ病の原因なのか、増やせば良いのか、という点に関しては決定打が欠けており、矛盾点もある。
ここでは2つ。
まず、抗うつ薬がセロトニンやノルアドレナリンを脳内で増加させるのは動物実験では認められているものの、ヒトで直接の証拠はない。
それは、例えばマウスを用いた実験では、マウスの頭蓋を開けて管を入れ、直接脳内から採集した脳脊髄液から各種物質の濃度が測定できるのに対して、ヒトではそういう実験が出来ないので、確認がされていない。
末梢血採血から濃度を測ることはできるが、実際のところ、末梢血の濃度は、うつ病の重症度や薬の抗うつ効果と相関しない。うつ病が重いからセロトニンが減っている、とか、回復したから上がってきた、なんてのは末梢血からは何も言えないのだ。
セロトニン濃度を測定する、というクリニックがあるようだ。保険が利かない検査だから自費で測定する。もしそういったクリニックでうつ病の重症度を把握するため、とか抗うつ薬の効果判定のために、といった理由でセロトニン濃度測定を提案されても断るほうがいい。セロトニンは末梢だけで沢山合成されており、そもそも脳内から出てこないし入ってもいかないのだ。末梢血に増えていれば事足れりであれば、単にセロトニンを摂取すればいい。でもそれは特に意味を持たない。
次に、仮にセロトニンやノルアドレナリンが増えることが抗うつ効果を発揮するというのであれば、抗うつ薬が効果を発揮するまでに時間差(2週間といわれる)があるのがおかしい。セロトニンやノルアドレナリンが足りないことがうつ病の病態で、薬がとにもかくにもそれらの脳内濃度を高めるのであれば、即効性があって良いではないか。まあこれにはセロトニンを、細胞の受け取り手である受容体の感受性が変わるまでに時間がかかるのだとか、脳由来神経栄養因子(BDNF)などの神経栄養因子が合成されて抗うつ効果を発揮してくるのだとか、色々と理由が考えられているが、これですよ、という決定的な証拠はまだ無い(はず)。
そんなわけで、現在の一般的な抗うつ薬が、セロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミン系の神経伝達に関わり、効くからにはうつ病の病態として、それらの物質の濃度や神経伝達回路が関わっているのは確かだろう、という点は大方の研究者が同意するだろうが、それ以上は何ともいえない状況が正直ずっと続いている。
ところで抗うつ薬はどのくらい効果があるんだろう?
どんな薬もそうだが、効果は100%じゃない。副作用によって服薬の継続が無理だったり、同じメカニズムで効くはずの薬にも合う合わないがあったりする。それは、薬が結合する受容体の分布が人によって違ったり(今のところそれを測定する簡単な手段は無い)、薬を代謝し、身体から出すための肝臓の酵素活性が違ったり、他の薬や食事との飲み合わせなどが関係するということがあるだろう。
抗うつ薬のうつ病患者への効果に関しては、アメリカ国立衛生研究所(NIMH)が主導したSTAR*D研究(2006年発表)というのが有名。全米で7年間にわたり4041人の患者が参加した臨床試験によれば、1/3の患者が最初の治療薬で寛解(症状が問題ない程度に治まること)、4種類の抗うつ薬を連続してそれぞれ12週間ずつ、1年にわたって使ったとして寛解にいたるのは全体の70%だった。
詳しく知りたい人は...
STAR*D study, Q&A
1年で70%、という数字は、抗うつ薬のみを治療手段として考えた時には決して低くはない数字に感じる。それでも、正しくうつ病と診断して抗うつ薬を使っても、1年かけて治らない人が1/3近くもいる。うつ病の病態仮説としても、治療薬としても、モノアミン仮説に基づいた薬物開発に限界があるのは明らかだ。
じゃあ、他の選択肢は?というと長くなるのでまたいずれ。
1つ言えるのは、薬はいくらメカニズムを考慮して開発しても、効かないものは効かないし、効くものは効く。臨床的には、厳密な臨床試験を経れば結果がわかるので、その結果を踏まえて、効くと証明された薬は治療の選択肢に入れないといけない。ただし、きちんと効果が出るためには、前提として診断が正しくないといけないのは言うまでもない。
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野村総一郎先生は、防衛医大の元教授。講演や評判を聞いた限りでは穏やかで頼りにしていい先生と思う。野村先生の著書でdneuroが読んだのは「うつ病の真実」。抗うつ薬はセロトニンやノルアドレナリンの濃度を増やすことではなく、本来の状態になるように「揺さぶって」効果を発揮しているのでは、と。抽象的な表現だが、感覚的には納得がいく。
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漫画家田中圭一氏による、自身を含めてうつ病経験のある方々がどのようにうつ病を抜けてきたのか、を描いたインタビュー漫画。キャラクターは手塚治虫似。大槻ケンヂも一時期大変だったのね...
実体験に基づいた描写がほとんどなので、生々しさがある。とにかく発症のきっかけや、「抜けた」方法、うつとの付き合い方が実に各人各様に異なっている。今うつの人にとっては、それぞれのエピソードと状況が違うし、うつを抜けた「成功者」の体験は、苦悩の最中には必ずしも心の助けとはならないかも。色んな人がなり得るのだということを知ることは支援者にとって役立つ気がする。
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うつ病の治療は、薬物と認知行動療法が2本柱。慶応の大野裕先生は日本の認知行動療法の第一人者の1人。そんなわけで本書は心理的治療側面が詳しいのはもちろんだが、社会的側面、つまり周囲がどのようにサポートしていくか、もわかりやすい。物腰柔らかな著者の人格がにじみ出るような文章に接すると安心感を覚える。
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今月の日経サイエンス「新生児ゲノム検査の期待と不安」から。
2010年テキサス州、キャメロンと名付けられた赤ちゃんは新生児ゲノム検査のスクリーニング検査を受けて遺伝疾患には罹っていないはずだったが、7ヶ月経って発症した肺炎を契機にけいれんと呼吸不全を起こし、あれよとあれよと病状は悪化、髄膜炎や結核などを疑った挙句にたどり着いた診断は重症複合型免疫不全症という遺伝性疾患だった。生まれつき免疫に関わるタンパク質(免疫グロブリン)の合成に問題が生じ、様々な感染症にかかってしまう。結局キャメロンちゃんは9ヶ月で死去。
家族はその後当局に出生時にこの疾患を発症する可能性が無いかをスクリーニング検査項目に入れるよう働きかけ、現在では入れられているようだ。
ちなみに日本では入れられておらず、全員に行うのはアメリカと台湾の様子。およそ5万人に1人の出生であり、日本では年間200人くらいが生まれるという。*1
さて、記事では進歩した技術をもとに、遺伝情報を求め利用することは今後進むことが不可避であろうことを前提に論を進めている。疾患の遺伝情報を予め知ることは、治療できる病気である場合には非常に有用だ。遺伝子を用いるわけではないが、今日本で生まれた子どもは必ず採血され、フェニルケトン尿症やガラクトース血症などをアミノ酸の微量分析などの手法を用いて19疾患を対象にスクリーニング検査をされている。これにより、特定の代謝異常症を発見でき、病気の発症を未然に予知できる。遺伝子で疾患情報が得られるのならより網羅的に多くの疾患を未然に発見できる可能性が高まるだろう。だが、問題は対処法もわからない病気や、影響がよくわからない「意味不明の変異」が見つかった場合で、親はとても気をもんでしまう結果になるだろう。
アメリカではハーバードの研究者を主導にBabySeqプロジェクトというのが進行中で、健常児と疾患を抱えた子どものゲノム(遺伝子全体)を解析している。
新生児の遺伝子スクリーニングがもたらす親の苦悩www.genomes2people.org
で、こういう検査には「偽陽性」がつきもので、本当は病気になるリスクが高いとは言えないのに、高いと判定されてしまうことがある。また、現時点ではリスクが確実とはいえない(例えばこの遺伝子変異を持っていると、無い人に比べて50%ほど発症リスクが高まる)情報も出てくる。
遺伝的情報が親に与える影響を3つ指摘する論文がある(Frankelら、2016年、Pediatrics誌)。3つとは、我が子を脆弱(虚弱)と考えてしまうこと、親と子どもの結びつき、そして配偶者を責めてしまうこと。
子どもが弱いとか将来病気になってしまう、と考えると、たとえ子どもが実際には病気を発症していなくても子どもへの接し方は変わってしまうだろう。必要以上の対策を考えてしまうのは確実だ。いつ発症するのだろうと不安を感じる親のストレスは勿論計り知れない。
ある報告に拠れば、偽陽性の報告を受けてしまうと(親は陽性=発症リスクが高いという情報を得ていることか?はっきりわからないのだが)、親子関係が上手く機能しないことが多くなる。
そして、子どもを抱えた夫婦にとっては、自分を責め、互いに相手を責め合うことにつながる。疾患につながる遺伝子は必ず夫か妻か、どちらからかが持っていたものなのだ。例えば、X染色体上にある疾患遺伝子を男の子が持っていた場合を考えてみる。男の子の性染色体はXYの組み合わせで、Yは父親由来になるので、X染色体上の疾患遺伝子は必ず母親から。母親は自分を責める傾向が強く、父親は配偶者を責める傾向が強いという(男ってのは大抵身勝手なものだ)。
遺伝子解析をしてもなあ...
遺伝子情報は、それが確実に治しうる明らかな情報をもたらさない限り、知るのはストレスがたまるだけ、ということがありそうだ。
こういう思考実験をしてみる。
ある疾患の発症に影響を与える遺伝子geneXがあるとしよう。geneXの遺伝子変異があると、その変異が無い人に比べて発症リスクが50%も高まるという。さらにgeneYの遺伝子変異がそれに加わると発症リスクは4倍に高まる。果たして、あなたの遺伝子情報を解析したら、geneXとgeneY両方とも遺伝子変異があった...。
どうですかね、不安になるかな。大分話を単純化してみるけれども...その疾患の有病率にもよる。たとえば1%なら100人に1人かかる。geneXの変異が50%発症リスクを高めるなら、リスクは1%から1.5%になる。geneYでも4%だ。言い方を代えれば、たとえ両方の遺伝子変異が重なっていても、96%は大丈夫。なんて考えるのは、実際には個別的に様々な要素が関わるので単純化しすぎだが、それでも余り怖く思う必要が無いと感じる。とはいえ絶対に死んでしまう病気であれば不安は少しつきまとうか...。*2
有病率10%の頻度の高い疾患だったら、geneXの変異で発症リスクは15%に高まり、geneYの変異まであったら40%に発症リスクが高まる。これなら対策を立てる意義がありそうだ。
ということで、遺伝子変異がどれほどのインパクトを持つかは対象とする疾患の有病率と、その変異の与えるリスクへの影響に依る。滅多にない疾患はそもそも有病率が低いから、確実な発症、ではなくリスクを高めるだけなら気にすること自体が精神的健康を保てなくなるだけだ。そして、有病率の高い疾患(精神科なら、うつ病や不安症、身体の病気なら糖尿病や高血圧、高脂血症など)はほとんど確実に多遺伝子疾患であり、1つや2つの遺伝子変異が与える影響は実際には僅かなことがほとんど。多くの遺伝子解析業者が、ごく僅かな遺伝子変異の病気への影響を判定するが、正直意味があるとは思えないことが多い。
民間の遺伝子解析といえば、Googleも出資している23andmeが老舗(ちなみに23andme創始者の1人Anne Wojcickiの夫はGoogle創業者のセルゲイ・ブリン)。なんとたった149ドルで自分の遺伝子を解析し、様々な疾患についてのリスクを高めるような遺伝子変異の検出とそのリスク、人種的ルーツや個人の性質(耳垢、目/髪の色、ハゲるリスク、アルコールを飲めるかなど)を報告してくれる。遺伝子変異の中で、DNA配列の特定の1つの文字(文字というのは比喩だ。念のため)が他の文字に置換されたり、失ったりするのを一塩基多型(SNP)というが、それを検出する。 現在様々な研究の蓄積によって、例えば2型糖尿病はこのSNPを持つとリスクがどれくらい上がるなんてのが(一応は)わかっているので、あなたにそのSNPがあるならば糖尿病に気をつけた生活をしてね、ということになるのだ。
さすがGoogleさんというべきか、それぞれの遺伝子変異のもたらすリスクについての報告は非常に詳しいし(残念ながら英語だが、こんな感じ)、その根拠となる文献情報も定期的に更新されるようだ。ここらへんの解析の確かさとコストの安さは正直日本の業者は太刀打ちできないと思うので、dneuroが個人的にやるとしても選ぶのは23andmeにしたい...と思ったら今は国内業者も29800円が相場らしいから以前に比べたら大分安くなったかな。*3
で、こういう解析を選ぶかなあと言えば、結果も業者によって大分違うこともあって、余り信用はおけないのだ。実際のところ、個々のSNPが根拠とする研究成果にばらつきが非常に大きい。
遺伝子検査を比較!GeneLifeやMYCODEなどで結果に違いあり
dneuro的には、遺伝的リスクを過剰に心配するよりも、一般的に発症に影響するリスク要因(喫煙、アルコール、塩分摂取とか、体重、運動などなど)を下げる生活を心がけることが重要だろうと確信する。遺伝的リスクを考えるなら、誰か近い親族に心配する病気の人がいるときに、自分にもリスクはあるんだろうなと考えておけば十分だ。でも情報としては面白い。今、dneuroは自分の遺伝子を自分で解析できる環境にはあるけれど、それは面倒なので、遺伝子占いと思ってやってみることを考えてもいいな...。
さて、Googleさんの狙いはなんだろう。こうした遺伝情報を提供して健康増進に役立てる、というのは表向き。裏の目的は膨大な遺伝情報をストックすることだ。遺伝情報というのは、人種、性格、体格、能力、好み、そして疾患の情報とほとんどあらゆる個人の特性が分かり得るはずのもの。最もパーソナルな、本来は簡単には開示できないような情報だが、現時点ではわからないことだらけ。暗号表のようなものだから個人で活用できないので、人に解析をお願いしているのが現状ということ。本来ならお金を出して情報を欲しいのは23andmeとGoogleのほうであるはず。昨今のビッグデータ解析の進歩に伴って、膨大な遺伝情報から特定の人に効きやすい薬の開発にも活用可能だろう。製薬会社に情報を高く売りつけられるはずだ。今のところ提供者の意に反して情報を使うことはない、と言っているが、研究の進展により各遺伝子情報のもつ意味をより理解できるようになったとき、彼らが運用ルールを今後も変えない保証はない。
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どんどん進む生殖医療の最前線は当事者でないと実感することができない。以前は受精を体外でやって元の子宮に戻すことが先進技術だったのが、現在では親になるための多様な手段が選択肢として上る可能性がある。精子バンクに代理母なんてのは報道でもよく見るが...どうせ子供を持つなら望みうる資質を、と考えることは当然の権利とみなすべきなのか、それとも問題にすべきことなのか、正直わかりません。
ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃 (講談社現代新書)
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近いうちノーベル賞を獲るであろうゲノム編集技術。遺伝子DNAの配列を直接操り、欲しい機能の遺伝子を導入したり、要らない遺伝子を除いてしまうことが可能だ。Crisper-Cas9法(クリスパー・キャスナイン、と呼ぶ)が開発されて以降、手法の簡便さと確実さが相まって爆発的に技術が普及した。早くもこれを利用して作物の収量を上げようという試みは実用化されている。遺伝子を直接操作するために、神の技術と言われたりもするが、別に神でなくても遺伝子操作は昔から簡単だ。ただその再現性がこの技術で物凄く上がった。これを使えば、望ましくない遺伝子を除いたり、好ましい性質の遺伝子を導入するなど、受精卵で操作してしまうことすら現実になってしまう。生殖医療において今後我々は非常に困惑する事態を考えていかなければいけないのだ。ちなみに個人的にはアルコールを代謝する酵素遺伝子を肝臓に導入したい。方法だけなら考えられるけどなあ...。
*1:米国では、出生児のスクリーニング検査で検出可能な重大な病気の多くが標準的な遺伝子検査の対象項目とされていない、と記事にはあるが、日本だってそうだ。
*2:ここにあげた計算は実際にはもっと複雑に考えなければいけない要素があって、例えば年齢や性によってもgeneXの持つ意味は違うかもしれない。高血圧のリスクを考えた時に、それが意味を持つのは成人になってからであり、たとえgeneX,Yの遺伝子を持っているからといって5歳児にとってと、50歳にとっての重みは明らかに違う。
*3:問題はこの23andme、日本からは発注できないことだ。以前はできたのに...。そしてそのせいで、23andme、つまりはGoogleが持ち得る遺伝子情報に日本人の情報が著しく欠けることになる。一民間企業が利益追求のために集める遺伝子情報、というコトの倫理的是非はともかく、個人的にはGoogleがそれを利用して何を生み出すのかに興味を持ってしまう。その情報の中に日本人のゲノム情報が欠けてしまうのは残念だ。
正常圧水頭症の予後を考える
正常圧水頭症といえば「治る」認知症として紹介されることが多い。
正確には特発性正常圧水頭症。特発性というのは、特別な原因がない、という意味で、なぜ水頭症になったのかはわからないということ。水頭症は、脳神経が浸っている脳脊髄液が、適切に排出されずに貯留してしまう状態をいう。脳室という部屋として画像上見えているところに(図参照)、脳脊髄液が溜まりすぎてしまうと、外側の脳を頭蓋骨方向へ圧迫していく。一番外側の頭蓋骨は硬くて膨らんだりしないから窮屈に押し込められることになる、脳は機能障害を起こす。
とりあえずどんな病気かというのはリンク先に詳しいし、わかりやすいが、特徴的な症状が3つある。1つは「認知症」というだけあって記憶障害。2つめは歩行障害で、独特なすり足歩行。3つめは排尿障害(尿失禁)。なので、比較的急速な経過で生じるこの3症状は特徴的で、三徴(trias)と言われるが、必ずしも揃うわけでもない。幾つかの研究によれば、歩行障害はほぼ必発。認知症は80-90%ほど、排尿障害は60-80%弱程度。三徴が揃うのは60%程度。だから、高齢になり比較的急速に歩行障害を呈した時には積極的に可能性を考えて良さそうだ。
特徴的な歩行と、治療後の映像。
治療について
さて、正常圧水頭症をどう治すのかといえば、排出できない余分な脳脊髄液を除去するというわけで、とりあえずは腰から脊椎の間に注射針を刺し、脊髄周囲まで進めて針を進めて脳脊髄液を一定量採取する。これを腰椎穿刺という。それにより、脳脊髄液の溜まっていたことによる圧が低下するから、圧排されていた脳もそれが解かれ、脳機能が回復する。
逆に言えば腰椎穿刺によって機能改善が見られれば診断も決まるということ(こういうのを診断的治療法と言ったりもする)。ただし、これによって得られた回復は基本的には一時的なもので、脳脊髄液はまた溜まってくるので、最終的には、持続的に脳脊髄液を除くためのシャント手術という手術が必要になることが多い。
シャントというのは流れを別方向に誘導する道のことで、正常圧水頭症の場合、脳室からお腹の中(腹腔)まで管を通して脳脊髄液を逃してやる、というのが一般的(脳室腹腔シャント、という)。最近では他の術式もある(適応は限られるようだが)。*1
早めに発見しよう
さて、このように正常圧水頭症は治る認知症なのだが、とはいえあらゆる治療がそうであるように、治療の効果は100%にはならない。
どれくらいなんだろう?というのが気になったので調べてみる。
とりわけ参考になったのは特発性正常圧水頭症診療ガイドライン第2版(2011年)。
結論から言うと、当然ながら、全般的に改善は期待できる。特に本人の主観的満足度は80%以上と高い様子。また、客観的には歩行障害の改善が最も期待でき、術後半年〜1年の判定で、70-90%のケースで改善が認められている。排尿障害は40-80%。認知症の改善度は、40〜80%。*2
どうだろう、これを高いと見るか、低いと見るかは、事前の期待値に拠ると思う。恐らく多くの人が望んでいる、「認知症が治る」期待を煽られて見るとやや残念に思うのではないか。
一方で、歩行障害と排尿障害は、本人のみならず介護する側にとっても生活の質(QOL)に大きく関係するため、手術の現実的なメリットは大きいと感じる。
認知症が十分に改善しない理由は、調べた範囲では確実な因子がわからなかった。知人の神経内科医に問うと、経験的には、発見が早ければは早いほどやはり改善が良く、半年以上も経ってしまうと余り期待できない、と言う。まあそれはそうかな。画像上、脳があんなに圧迫されていたらそりゃ機能障害起こすでしょう、と思えるので、やはり早く可能性を疑うことが大事なのだ。
あとは、恐らく正常圧水頭症発症前の認知機能をしっかりと測定できていることは無いので(そりゃそうだ)わからないことではあるが、発症前から認知症が進行しているケースもあるのではないか。そうすると術後の認知症回復も抑えられてしまうだろう(というのは単なるdneuroの推測だが)。
ちなみに、エビデンスとして、術後に脳室の拡大が減少したかどうかと、症状の改善には必ずしも相関が無いという報告が多い。つまり脳が圧迫されている画像に変化がなくても、歩行障害はじめ症状の大幅な緩和があるという。不思議。
末期がんでも治療には意味があった経験
さて、dneuro自身の経験といえば、医者として遭遇することが多いわけではないんだが、自分の伯父で経験した。
伯父は肺がんで都内の病院に入院していた。抗がん剤による治療を受けており、残念ながら治すのではなく、延命を期待するのみではあったが、比較的元気で会話はしっかりしていた。ところが、比較的早い進行で意識が混濁し始め(ぼーっとする)、会話がままならなくなったのが、入院して3ヶ月経とうとするところか。MRIを撮ってもらうと、どうやら正常圧水頭症っぽい画像が、絶対の確信を持つほどではない状態。主治医からは「どうしましょうか?」と方針の選択をこちらにあずけられた。
む...経験ないぞ...こういう場合、肺がん末期であることを考えると、治療の負担を考えて経過観察なんだろうか、と思いつつ、それでも1週間前来た時は話ができていたし、伯母ももう一度話をしたい、という気持ちが強かったため、腰椎穿刺をしてもらうことに。
結果としては、また話ができるようになったのだ。前ほどクリア、というわけではなかったが、無事に会話が可能となり、伯母にも喜んでもらえた。幸い腰椎穿刺だけでその後水頭症の症状は顕著に悪化することはなかった。伯父はその後さらに3ヶ月ほど闘病して亡くなったが、疼痛管理もしっかりされており、安らかだったのを憶えている。
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ただし、正常圧水頭症への言及はごくわずか。
ブラック・ジャック (6) (少年チャンピオン・コミックス)
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脳室内に閉塞(つまり)があった場合には、当然頭蓋内圧が上昇するのだが、子どもの頭蓋骨は閉じていないため、頭が大きくなる。
水頭症の出て来るエピソードがこの巻に。切ない内容だがお勧め。
ただ、この秋田書店版以外には現在収録されていないそうだ。
michaelgoraku.blog22.fc2.com
ブラックジャックは今から見るとキワドイ表現が多いので再収録にためらうのはわかるのだが、もったいないことと思う。水頭症のエピソード、とても良いのに...。
遺伝が関係無いはずは無いわけで…(2)
遺伝子の発症は環境によって左右される
同じ遺伝子群を持っていても、病気が発症するわけじゃないというのはこの前書いた。
話としてわかりやすいのは、dneuroが専門ではない、癌かなと思う。
癌、というのは細胞が本来なるべき細胞として成熟しないで無限増殖するようになった悪性細胞群のことをいうが、癌家系という言葉があるように、遺伝が強く関わることも何となく知られている。
遺伝が強く関わる以上、基本的には全遺伝子を共有する一卵性双生児は癌の発生が一致していいはず。…と思って調べてみるとこんな北欧の研究があったりする。
北欧というのは、個人番号識別がしっかりしているようで、とても大規模な疫学研究(集団を対象にした疾患の頻度や原因を探るための詳細な調査研究のこと)が発表されるが、これは約8万組の一卵性双生児、約12万組の二卵性双生児を対象にした調査で、北欧各国のサンプルを30-60年間にわたって追いかけて癌のリスクを調べている。*1
結果。癌は当然ながら年令とともに発症率が高くなるので、図の茶色の線のように、だんだんと癌になる人が全体としては増える(図はリンク先紹介論文から)。
が、例えば二卵性双生児という普通の兄弟関係にあると、癌になるリスクは5%ほど上がる。そして、一卵性双生児だとそれが14%ほど上昇する。つまり、人は年を取るごとに癌になるリスクは上がり、最終的(100歳時)には
30%強が何らかの癌を発症するが、兄弟の誰かが癌だと、そのリスクは5%ほど上がり、一卵性双生児だと、14%ほども高くなる。ただ、癌といっても同じ癌が発症するとも限らず、一致率の高いのは皮膚癌のメラノーマや前立腺癌。
この結果、どうですかね、リンク先では、やはり一卵性双生児だとリスクがとても高まるというような印象を抱かせるが、dneuroとしては、遺伝子がほぼ完全に一致していてもこの程度か、という気がする。
とりわけ実は肺がんは共有環境リスクのほうが高いことが示されていて、要するに遺伝的リスクよりも喫煙のほうが癌発症のリスクを上げるようだ。*2
遺伝子で規定される素質は環境とエピジェネティックな要因の2つが影響する
図は、病気の発症に関わる要因を描いた図で、遺伝子と環境の相互作用は、例えば喫煙という環境要因が肺がん遺伝子の活性化のトリガーになる。
最近話題なのはエピジェネティックな要因といわれるもの。これは、遺伝子そのものは持っていたとしても、一部にメチル基(CH3ってやつ)があると転写スイッチが働かず、その結果遺伝子の効力が弱い(もしくは無い)状態になってしまう。要は遺伝子配列に変化が無いのに、後天的な要素として、環境がそういったエピジェネティックな要素を動かし、遺伝子の影響を弱めたり(時に強める)する現象をいう。遺伝子に環境が間接的に影響を与えるといってもいいかもしれない。
例えば、癌遺伝子を持っていても、メチル化されているとスイッチがオンにならずに細胞は癌化しないが、何かしら環境要因(例えば喫煙)がそのメチル化を外してしまい、癌遺伝子のスイッチが入る状態になって、癌が発症する、というストーリーが考えられる。
そんなわけで、一卵性双生児なのに発症しない片方は、疾患の原因遺伝子群が働き出すためのトリガーに曝されずに済んだという環境要因があったり、もしくは何かしらのエピジェネティックな要素が原因遺伝子群の働きを妨げている。
ここまでの結論を述べるとこんなところか。
・疾患にはその発症に必要な疾患遺伝子群が存在する。その意味で、遺伝の影響は大前提として大きい。
・疾患遺伝子は、一定の条件が揃うと疾患発症の原因として働く。逆に言えば疾患遺伝子群も条件が揃わなければ働かない。
ということで、疾患に対する遺伝の影響はとても大きいが、完全ではない。場合によっては予防も可能である、ということになる。これは身体疾患も精神疾患も変わりない。
遺伝子を持っていることが発症に影響するか(遺伝的寄与度という)は、疾患によって違うこともあって、一口に言えない部分はあるものの、遺伝絶対派も環境絶対派も間違っているのは確かなようだ。
治療的観点から言えば、疾患遺伝子を持っていてもその発現を予防する環境やエピジェネティックな操作をするための研究が必要なんだろう。
さて、誰もがわかっているように、素質であったり才能、というのはまさに遺伝的に規定されていて、これまでの文章の「疾患」を「素質」とか「才能」と置き換えればほとんどそのまま通じたりする。
素質=才能の開花も疾患と一緒
- 作者: ティム・スペクター,野中香方子
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本書は今日書いたようなことも含めて、遺伝子が同じはずの一卵性双生児が何故違うのか?という観点が強調されているのだが、「黙っていても才能って出てくるよね」という実感をお持ちの方はいないだろうか。
実は個々人が持つ遺伝的素因の発露(=才能の発現)は年令が経つほど明らかになってくる。最初に紹介した論文の図を改めて見てもらうと、60代前半までは実は一卵性双生児も二卵性双生児も癌になるリスクが変わらないことに気づく。ところがその後差がつく、ということで、癌だってその発症の遺伝的リスク(言ってみれば癌になりやすい才能)が際立ってくるのは十分に年を取ってからなのだ。
だから、才能の発露には遺伝要因が関わるのだけど、それが際立ってくるのは、それこそ才能を発露させる環境やエピジェネティックな要因が揃ってくる(蓄積してくる)後年になってから、ということになる。このことが、結局才能があるやつは、幼少期に何があっても「出て来る」もんだよね、という実感に結びつくのかなと思ったりする。
ただ、疾患と違うのは(いや違わないかもしれないけど)、才能の発露には多分、臨界期が大きく関連する。
臨界期とは、ある神経回路が発達するためにはその発達に必要なメカニズムが働く一定の固定した期間がある、というもの。例えば、人間は必要な刺激が十分にあれば5歳までに言語機能の大部分を習得するが、同時期に適切な刺激がなければその後どんなに言語シャワーを浴びたとしても言語発達に著しい制限を受ける。鳥は小さい頃に刷り込みという現象があるのが知られている。動物学者のローレンツが詳述した、ハイイロガンの子どもは最初に見た動くものを親と思ってついていく、というやつだが、あれも一定期間のみの現象である。
全てとは言わないけど、ある種の才能には臨界期があって、適切な時期に必要な学習環境を得られなければ(例えば貧困や虐待)、遺伝子的には持っていても、才能を伸ばすことができないということはありそうだ。そう、その意味で環境はとても大事。
遺伝子を持ち、それを極限まで発露させるためには、素晴らしい環境の提供が必須だということ。モーツアルト然り、日本選手権10連覇を果たした内村航平選手然り。内村航平選手はたとえdneuroのもとで育ったとしても体操選手になっただろうけど、さすがに内村選手のご実家の環境は整えられないから、オリンピック2連覇、日本選手権10連覇もできるような才能を発揮させるには至らなかっただろう(多分…)。
通常なら臨界期を超えて学習できないことも可能になる未知の刺激、が見つかって、自分の中にある(遺伝的に持つ)秘めたる才能が発露されないかなって思いますけどね…。
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若干エキセントリックながら、学者じゃない人が遺伝に勝てるものはないと書くとこうなるかなという本。この前紹介した安藤寿光氏は多分に本書を意識したようだ。
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*1:日本でもこの手の大規模な研究が出来るといいのに、とは思う。皆保険制度だからこういった研究をするためのデータが揃っているのではと思っている人はいるかもしれない。が、残念ながら日本でこんな大量のデータを元にした研究はとても困難。その理由は、治療を保険診療ベースに載せるために、保険病名を極めていい加減につけているから。要は使いたい薬に合わせて病名をつけているのだ。その為、保険病名によるデータベースの信頼性が低い。これは海外研究者にも知られている事実。ただ、そのことが不正かといえばそうとは言い切れない沢山の諸事情があって、皆んなその恩恵も受けているから、批判ばかりが正しいとは言えない。
*2:喫煙は癌リスクの最たるものだが、dneuroは個人的には人を巻き込まない限り、リスクを考えても喫煙のもたらすメリットを取る、というのはアリかなと思ったりする。ただdneuro的には、癌よりも、慢性呼吸器疾患になることのほうを喫煙者には考えて欲しいなと思う。かなり辛いっすよ、と。
遺伝が関係無いはずは無いわけで…(1)
病気って遺伝するんですか?はよく聞かれる質問で、それは以前書いたように性格と同じでyes and no (⇛セロトニントランスポーターは日本人気質を決めているか)。気にする余り、結婚はしないほうがいいとか、子どもは産まないほうがいいとか、短絡的な発想してしまうことがそれなりにあるのと、なんというか考えすぎても意味がない、というのが今日の趣旨です。といって環境が大事、と強調したいわけでもない。
遺伝が関係しない病気は存在しない
基本的にある病気が発症するためには、その病気の遺伝子を持っていることが必要。そして遺伝子は親から子に引き継がれるのだから、遺伝が関係しない病気は存在しない。よく、うつ病はストレスが原因というが、うつ病になる素因(遺伝的基盤、大雑把に言えば遺伝子)が存在しない人はストレスがかかってもうつ病にはならない。だから少なくても環境は精神疾患はじめどんな疾患の十分条件にもならない。
大体、親子見れば顔似ているでしょう?あなたが大人であるとしたら、自分の性格の中に否定しようがない親の性質を感じませんか?
外見や性格がそっくり同じでないにしても、似ている、というのは同じ遺伝子を持ち、それが発現しているからこそということで、病気だって当然遺伝する。
交通事故による怪我や感染症は?
いやそれだって遺伝は関係する。例えばdneuroとイチローの子(がいたとして)のどちらが危機回避能力高い?と考えると、そりゃ大抵はイチローの遺伝子を引き継いでいる子と答えるだろう。身体能力的な素質が遺伝するのは誰もが感じていると思う。そういった身体能力は怪我の頻度や回避能力に通じており、その能力の背景には、その目的にかなった遺伝子群が発現しているはずで、要するに遺伝は関係する。*1
感染症だって、ある意味、我々は現在日常的にかかりうる感染症からの死を回避しえたご先祖から強い遺伝子を引き継いでいる。特定の感染症にかかりにくい遺伝子というのも存在する。例えば鎌状赤血球貧血という疾患があり、赤血球の持つ酸素運搬タンパク質、ヘモグロビンの遺伝子変異から、赤血球の形が鎌状に変化し、酸素運搬能力が低下している。そのために貧血になるのだが、悪いことばかりではなく、実はマラリア感染を起こしにくくなる利点がある。マラリアは世界で最も死者の多い感染症で、マラリア原虫が赤血球に感染するのだが、鎌状赤血球には感染しづらい。要は感染症に感染する/しないにも遺伝は関わるってことだ。
だからって親の病気を子どもが必ず発症するわけじゃない
ここでは詳しく触れないが、単一遺伝子の変異によって発症する疾患は残念ながらその変異遺伝子が引き継がれれば高率に発症するだろう。一例にデュシャンヌ型筋ジストロフィーという病気(⇛Wiki)がある。性染色体の1つX染色体上の遺伝子変異によって、筋肉内にある重要なタンパク質ジストロフィンが作られないことで発症する。性染色体は、女性はXX、男性はXYで、男性がX染色体を1本のみしか持っていないことが関係して、発症は男子のみ。
でも、多くの病気、特に精神疾患は多因子遺伝という形をとる。ある病気を発症するためには、複数の遺伝子群が必要というものだ。概念的だが、発症にはABCDという4つの遺伝子の異常が必要だとすると、そのうちBやCの異常を捉えただけでは不十分なはず。そして、現実には、神経機能に関係した沢山の遺伝子の、恐らくは小さな異常の積み重ねが発症に関わるはず。その数や異常の種類が現状では到底網羅できず、そのせいもあって、精神疾患の原因遺伝子はさっぱりわかっていないに等しい。
時折、新聞に「〇〇大学の研究で△△遺伝子が統合失調症発症のメカニズムにつながることがわかった」などの見出しが踊ることがあるが、単一の遺伝子の成果を強調している限り、研究者的には良く言って大げさ過ぎる。*2
だから、ここで強調したいのは、沢山の遺伝子が発症に関わっている以上、親が疾患を持っているからといって、子どもに引き継がれるのは同じ遺伝子群ではなくて、両親のハイブリッド。子どもの遺伝子群は発症しないで済む組み合わせになっている確率が高い。
実際、片親が統合失調症の場合に子どもの発症危険率は10%程度。一般人口における有病率が1%であることを考えると、リスクが10倍に上がると考えることも出来るが、親が統合失調症でも子供の90%は発症しないわけで、親の病気が必ず子どもに引き継がれるわけではない。
遺伝子を持っているからって発症するとも限らない
じゃあ同じ遺伝子群(今はそれはわからないけど)を持っていたら発症するの?という疑問があるかと思うが、これは一卵性双生児を考えれば、そうでないこともすぐにわかる。身近にいる双子ちゃんを思い浮かべて欲しいが、性格同じだろうか?当然見た目は相当程度一緒だが(それでも身近に接しているとどっちかすぐわかるけど)、性格は随分違う双子多いでしょう?当然、性格の違いはストレスに対する強さ、態度にも差をもたらすし、自ずと疾患の発症に曝されるリスク因子も違ってくる。
それに、結果(統合失調症の発症)が同じだとしても、どの発症に関わっているのも同じ遺伝子群とも限らない(はず)。色んな工業製品が、製品として出来ることは一緒でも部品にはメーカーによって違いがあるように、同じ症状を引き起こしたとしても、どういう遺伝子の組み合わせで出てくるかは人によって違ってもおかしくない。
さて、基本的に全く同一の遺伝子を持つ一卵性双生児だが、統合失調症の発症一致率は約50%だ。つまり、明らかに遺伝子以外の影響があるということ。
それに関してまた今度。
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疾患に限らず、人間の持つ様々な性質には遺伝の影響がこんなにも大きい、という内容。とはいえ、一卵性双生児が遺伝子とともに環境を共有していながらも才能の発揮度合いが違う理由としては、2人の間で僅かに共有していなかった非共有環境(学校生活、友人関係、病気にかかった、人にかけられた言葉などなど)があげられるようだ。環境が個人の性格や行動に影響をあたえるのは僅かで、ある調査では相関があったのは父親が自分で本を探す姿が息子の本好きに影響していた、くらいだという(dneuroの息子は本好きになるだろうか…)。最後の方は、遺伝の影響が人間行動において如何に大きいかを多くの研究を引きつつ、素質を見つけて伸ばす教育・社会づくりを説く。その人なりの得意を見つけ出してその方向に努力を向けさせることが環境的に大事なのだ。特定の環境を作ってやれば、放り込めば、なんでも身につくという考えにはまってはいけないのだろう。